3-10 道化師ポイントを稼ごう
【ロック・シュバルエ 地下カフェ&バー】
『衝撃のデビュー戦 破壊、閃光、二刀を粉砕する超大型新人現る』
『大波乱の宝玉戦 超新星が三人の名持ちを破り大金星』
『まさかの処刑戦でも無双 宝玉戦で初の死者ゼロ達成』
『前代未聞! 下半身丸出しペナルティで魔物投入回避?』
『三帝の牙城を崩すのは……宿屋!?』
『謎のリング魔術の使い手ロック・シュバルエ 魔術原理の解明が急がれる』
『闘技場最大の珍事ペナルティ! 逃げる全裸の剣闘士たちと追い掛ける切り裂き宿屋の死闘(笑)』
『宿屋の正体は勇者? ファンの間で早くも勇者説急浮上か』
『二刀、破壊の裸体に淑女たち大興奮』
「って感じの新聞だ。すげぇな……闘技場に貼られる速報とその追い記事はお前一色だぞ?」
何処から貰ってきたのか薄っぺらい紙の束をテーブルに並べながら投擲男が口笛を吹く。それらにはやや訛りの強い文章で先程の俺のデビュー戦について書かれていた。
現在、俺は今しがたデビュー戦を完全に終えて今は地下のテーブルに突っ伏している。
宝玉戦。
新人剣闘士とベテラン剣闘士を交えた玉の奪い合い試合に参加させられた俺は、二刀や破壊等との二つ名を持つベテラン剣闘士達から無事に玉を奪い勝利を収めることが出来た。
観客も大盛りあがりし、闘技場の壁に張り出される掲載式新聞など俺一色になっているらしい。
ただ手放しに全てが良かった訳ではない。あの後、いろいろと心労が溜まる事もあったのだ。
投擲男が呆れ半分、茶化し半分で笑う。
「まさか試合後に敗者に対するペナルティ目的で投入される魔物すらオメーが単独で退けるんだからな。流石は勇者ってところか?」
「いやまぁ……お陰でまたまた変態扱いですよ……」
――投擲男が言っているのは試合後に起きた一悶着。
……宝玉戦が決着した直後の話だ。
俺がやたら強い三人を倒した後、試合の終了を告げるドラの音が闘技場に響いた。
『決まったああああああああ!! 勝者はまさかまさかの大波乱! 名持ち三人を討ち果たし宝玉を死守したのは新人、宿屋の倅ぇぇぇぇぇぇロッーーク・シュバルエぇぇぇぇ!!』
大歓声で闘技場が震える。
これだけの人間の叫びを一身に浴びるのは凄まじい迫力である。右も左も後ろすら見渡す限りの人間が立ち上がり、俺への称賛の拍手が鳴り響くのだ。
……なるほど、これにのめり込む人間がいるのも少し分かった気がした。
「オイ! 勝った新人組はこっちだ!」
とりあえずどんな顔をしていいか分からずアホみたいに突っ立っていると、兵士達に指示され観客達に拍手で門の外へと見送られる。
一方、他の大槌の剣闘士達の仲間は絶望した顔で地面に座り込んだり、周りを必死に見渡し始めた。
「なんだか慌ただしいな」
「そりゃこれから敗者の処断が始めるからな。安心しろ、勝ったお前らには関係ない」
「え?」
誘導する兵士の物騒な言葉に驚いていると、反対側の門から獅子やサソリの様な魔物達が現れた。
まだ全て檻の中にいるが今にも解き放たれそうだ。
『そしてえぇ!! 敗者には相応の罰を! 彼らを助けるか殺すか、果たして観客達の意思は如何に!!』
司会の声に観客達が様々な声が上がる。
「新人に負けた以上は処刑だ!」
「どうせ名持ちの三人は生き残るからやっちまえ!」
「良い勝負だった! 処刑は不要だ!」
「いや出せ! 生き残るにせよ死ぬにせよ破壊達に落とし前をつけさせろ!」
それらの声を聞きながら一際高いVIP席のような場所で、一人の兵士が宣言する。
「観客の声により今回は――処刑! ただし限定的処刑だ! 魔物の投入は一匹のみ!」
宣言に合わせて檻が開きマンドラ程ではないが中々にでかい黒い獅子の様な魔物が解き放たれる。
『それではペナルティ、スタートォォォォォ!!』
「逃げろオオォォォ!!」
司会の宣言と剣闘士の叫びが響くと同時に別な門が開けられた。そこへ会場に残された剣闘士達が一目散に逃げ出す。
……だが彼らは闘いを終えたあとで走らされるのだ。
「がっ!?」
当然、足を取られ倒れ込む者も多数出てくる。
――WUOOOOOOOOON!!
魔物は待たない。
遠吠えと共に解き放たれた獅子が疲れ果て転んでしまった剣闘士へと襲い掛かる。
「くそっ!!」
「オイやめろ! お前の相手は俺様だ!」
未だ倒れたままだったモヒカンヘアーの大槌の男、名前は破壊だったか? が必死の形相で仲間のために叫ぶが魔物は止まらない。
獅子が足の動かなくなった剣闘士の頭を食い千切る。
「なんてさせるかよ」
空間跳躍。
しばらくのタメと視界が必要だがギリギリ間に合い獅子の横に移動すると、格闘家のロンさんから教わった魔技の回し蹴りで横っ面を蹴り飛ばしてやった。
情けない声を上げ横へと転がっていく獅子。
「宿屋!? なぜ! 俺さまも……っ!」
後方でモヒカンヘアー大槌が何とか立ち上がろうとするが今は無視だ。
彼も満身創痍。魔物の相手など出来る余力はなく、このままでは殺されるだろうから静かにそこにいてほしい。
「無事ですか? あの門に逃げ込めればセーフなんですよね。なら走って」
「あっ、ああ! すまんっ、恩に着る!」
背後の剣闘士に指示すると這う様に走り出した。その間、殺意を向ける黒獅子と対峙する。
『おおっと!?!? どういう事だ! 勝者である宿屋の倅がまさかの乱入だああぁ!』
「おい! なんで止めるんだ!」
「そうだぞ! これは敗者のペナルティだ!」
「どういうつもりだ!」
観客達から先程とは真逆の野次が飛んでくる。
なるほどなんか最初にそんなこと言ってたよな。魔物がどうのこうのと。
「どういうつもりかと聞かれれば、僕はそのペナルティを拒否します」
『はあ? 拒否ってお前! ……拒否ってありなの?』
「そんなの認められるか!」
「いくら勝ったからってルールはルールだ!」
「敗者はペナルティを負うと決まったら、必ず負う決まりなんだよ!」
「ペナルティの決定権は俺達にある!」
どうにも観客達も引かないらしい。まぁそうだろう。ペナルティがルールというのだから……なら、勝手にこちらで決めてしまえばいいか。
「なるほど。なら彼らがペナルティを負えばいいんですね? せっかくですからそれを勝者の僕がやっても構わないですよね?」
『は? いや、それはできなくは無いが、なにを勝手に――』
問答無用に空間跳躍で黒獅子の懐に飛ぶ。
――WON!?
獅子は突然の俺に慄き、猫っぽく前足を伸ばし顔を引いた。
……魔術の発光が見えるものには看破されるかもしれないが、見えない者からしたら驚くだろ瞬間移動?
「寝てろ、猫すけ」
異空間から取り出した斧の背で魔技のアースバウンドを発動。無防備な顎に叩き込むとぐるんっ、と白目を向いてぶっ倒れた。
「や、やりやがったぞアイツ……えっ!?」
さらに近くで驚愕している剣闘士達がいたので剣を抜き、時間加速で超速で斬り掛かる。
「えっ! こっち!?」
「ひっ!?」
「くっ……」
すれ違い様に斬りつけると苦悶の表情を見せて彼らは痛みに耐える様に硬直する。
「や、宿屋テメェ、やりやがったなッ!」
遠くから仲間を斬り殺されたと思ったであろうモヒカンヘアー大槌の怒声が聞こえるが俺は別に彼らを斬った訳ではない。
――ずさっ……。
斬ったのは衣類。
ベルトと紐が裂けて彼らのズボンとパンツがずり落ちる。
三人共全裸である。
「おおおっ??」
「いやあぁ!?」
「ひっ!!!」
剣闘士達が慌てて破けたズボンで股間を隠すが尻は丸見えだ。……いや見たくないけど。
「ぶはははははは!」
「オイ何が「いやあぁ!?」だよ! 乙女かアイツ!」
「前隠して尻丸出しじゃねぇーか、あはははっ!」
「なんてひでぇ絵面だ、いいぞもっとやっちまえ!」
だが見世物としては面白かったらしく観客達に笑いが巻き起こる。
――これを引き出したかった。
観客達の反応はかなりいい。ヴォルティスヘルムなら無理だったろうが、この国の人間は良くも悪くも馬鹿で陽気そうだからな。
『おい、おいおいおい!』
「ちょっと待てあのバカまさか!?」
司会とモヒカンヘアー大槌が俺の意図に慄く。
「観客の皆さん! これがペナルティなら文句ないでしょ? と言う訳で――僕に追いつかれた人は問答無用で全裸です」
「はあっ!? なんでそうなるんだよォ!?」
「って、速すぎんだろ!? とにかく走れ! 死にはしないが一生の恥を晒すぞ!」
俺は逃げ惑う剣闘士達に次々と襲い掛かる。それを見て観客達がノリノリで大笑いしており、追加の魔物の投入の気配も消えた。
「ぎやああああぁぁぁぁ………!!」
とりあえず彼らは尊厳と引き換えに命は失わずに済みそうだ。
「……あれは酷かったなぁ」
ある意味試合並に疲れた。逃げ惑うムサイ男たちの服を剥いで回るのだ。凄まじく楽しくなかった。
そんな地獄の様な光景を思い出したのか投擲男が苦笑して遠い目をする。
すると彼の隣にいる被害者のはずの『男達』も笑う。
「確かにな! いくら何でもアレは酷すぎるぜ。お前もそう思うだろ、二刀?」
「全くだ。俺まで斬る必要はなかったはずだろう。お陰でいい笑いものだ」
「オジサンも気付いたら全裸だったからねぇ〜、あ、エールもう一杯貰うね」
左からモヒカンヘアー大槌、イケメン二刀、アル中の閃光と続く。名前は第一印象と二つ名を勝手に合わせた。
さっきまで殺し合っていた男達だが試合後なんかここに来たと思ったらそのまま絡まれている。
「オイオイ宿屋の兄弟! そんな顔すんなよ。俺様達の裸を見れたんだから良かったじゃえねぇか。眼福だったろ?」
「そうだな。俺の裸体を見たんだ。本来なら金を取るところだ」
「いやぁ宿屋くんはそっちの趣味だったなんてねぇ、オジサンお尻が怖いよ〜」
「いい加減に殴っていいですか? つかなんか試合中よりあなた方、仲良くなってません?」
俺は心底疲れた顔で和気藹々とする彼らを見る。なんだか肩くらい組みそうな雰囲気だ。
「試合が終わればみんな同じ剣闘士よ。俺様たちは同じ今日を乗り越えた戦士。……なにより仲間を生かしてくれたお前さんにはすげぇ感謝してるんだぜ?」
モヒカンヘアー大槌の言葉に残りの二人も頷いた。
「いや……あなた方を案じたというより、自分の生き方にそって助けたというか……」
「随分と高潔な生き方だ。嫌いじゃない」
イケメン二刀が薄っすらと笑みを浮かべ静かにいった。つい顔を背けてしまう。
「そんなんじゃありませんよ。でもその、嫌々とまでは行きませんが、せめて好きな自分でいたいじゃないですか」
「……違いない」
笑われるかと思ったが三人は静かに頷いていた。
「しかし勇者、なんで勝ったお前の方が疲れててコイツらは元気なんだよ」
テーブルに突っ伏す俺と三人を見て投擲男が小さく息を吐いた。
「疲れるに決まってるじゃないですか……」
この三人は普通に強かったからな。というか魔力で無理やり押し切られたのは初めての経験だった。
――どうして突破されたんだろうな。
特にアル中の矢と最後のモヒカンヘアーの大槌。
魔力について足りなくなったという経験は殆どない。教国軍を相手にしても技量は足らずとも時空間魔術だけは押し切れていた。
なのにあの矢は無尽蔵というか極限まで魔力を高め連射されていた。矢なのか魔術なのか区別がつかないくらいだ。下手すればあの教国軍の老剣士に匹敵する。
「うひゃひゃひゃ」
こっそり当の弓術士を盗み見るもグラスに注がれる地下水で冷やしたエールを眺め狂気じみて喜んでいる。
……見た感じただのアル中のおっさんなんだけどなあ。
なにより最後の大槌の急激な魔力の高まり。あれが最大の違和感。恐らくあれは本人の魔力じゃなかったのだ。
――誰か支援者がいた?
闘技場についてはまだ分かっていない事が多い。だが不正などは当然の様にあるらしいし、第三者の介入があってもおかしくはない。
ついモヒカンヘアー大槌も見るが視線が合ってしまう。
「お? なんだ兄弟」
「あ、いやその、最後の一撃は――」
「おお、凄かったろぉ!? あれこそ俺様の本気の本気よ! 自分でもあんな一撃が出てびっくりしたぜ」
嘘を吐いている感じはない。まさか自覚がないのか。つまり全く無関係な第三者の仕業?
……もしそうなってくると厄介だなぁ。
「ところでロックさん」
さらに俺の心を現在進行形で追い詰めているもう一方、俺の隣にいる『彼女』が余裕綽々で声を掛けてくる。
「……な、なんでしょうプルートゥさん」
「どうしてあまりこちらを向いてくれないんでしょうか? せっかく特別なおめかしを致しましたのに道化師は哀しくございます。なのでもっーとじっくりこちらをご覧になっても宜しいのですよ?」
言葉とは裏腹にくすくすと上品に、けれど悪戯心を感じさせる絶対にやにやしているだろう確信を抱かせる声。
今この場にはさっき闘った三人と投擲男と俺、そしてプルートゥさんがいるのだが隣にいるはずの彼女の方を意図してあまり見ていない。
……クソ可愛いのだチア衣装。試合前は気にしないようにしたが、笑顔で出迎えられてどストライク過ぎて赤面して顔を背けてしまった。
その反応をずっとからかわれている。つか試合前からちゃんと気付いてたからな! 応援ありがとうな!
「……おっと、そろそろ三帝の試合だな。俺達は先に行くから“軽く運動”でもしてゆっくり来い」
投擲男が不意に立ち上がり意味深なことを言って階段へ向かう。
「へっ、俺様とした事が気が利かなかったぜ。じゃあな、仲間を助けてくれてありがとよ兄弟! 今度お前に何かあったら俺様に任せな!」
「俺からも礼をいう。もし何かあったら俺にいえ、助けてやる。あと先輩からの忠告だ。……避妊はしておけ」
「これは貸しにしておくよ。いつか返すね、じゃ彼女と今はごゆっくり〜、あとこのお酒貰っていくね、どうも」
三人も俺に礼をして階段を登っていた。地下には俺と彼女だけ。
……つか最後のやつただの窃盗じゃねーか。
しかし二人きりになったのでこれはもう逃げられない。けど恥ずかしいんだよいろいろ。それでもお礼だけはしなければと咳払いして話しかける。
「と、ところでプルートゥさん。応援ありがとうございました。遠くからでもよく分かりました。チアガール服って言うんですよね? とても可愛かったですし、その、嬉しかった、です」
「やー♪ ロックさんの為になったのなら道化師も嬉しいです」
またそういうことストレートにいう……。
「僕もプルートゥさんにはとても感謝しています。その、一人じゃなくて、貴方と二人で本当に良かったな、って」
「………」
とりあえず普通に恥ずかしいので今の感謝の気持ちとお礼を伝え立ち上がる。
「じゃ、じゃあ僕も三帝とやらの試合を見に」
ぎゅ――。
行きますね、と言おうとしたら後ろから抱きしめられた、もとい捕まえられた。
「ひゃい!?」
「まぁまぁ♪ そう急がずに良いではありませんか。それにロックさん。最近、道化師ポイントが足らないと思うのです。ここでポイントを稼いでおくのが良いのではないでしょうか?」
「どうやって稼ぐんですかそれ……」
「ロックさんがちゃんと私の方を見て、この衣装を着たプルートゥをたくさん褒めて頂ければきっと高ポイント間違いなしです♪ 上手くすれば三百万ポイントくらい入るかもしれませんねっ」
前も思ったけどインフレやばいな。
「ちなみにポイントを貯めるとだんだん私めの衣装が増えます」
「え?」
まってなにそのシステム。マジでちょっと貯めたくなるぞ。
拘束が緩むと身体の向きを反転させられ対面させられた。
頬に人差し指を当てにやにやと挑発的に上目遣いで見てくる。
正直、髪型は少し高いところで二つに結ぶものに戻っているが、それが「女の子らしさ」を強くて感じさせくっそ――。
「……かわいい」
「ほんとですか? えへへ、嬉しいです♪」
「あっ!? いや、ちがっ!」
やべぇ素の声がそのまま漏れた。すると彼女は絶望した様に目を伏せ肩を狭める。
「え? そんなっ……かわいいって言って下さったのは、ホントは嘘だったんですね………………ちらっ」
「ぐっ」
なんという揚げ足。つーかニヤニヤしながらチラ見してるし。
「と、というかチアガールなんてよく知ってましたね? 先代勇者の応援団でしたっけ。あの踊りも凄かったですし」
「むぅ。話を逸しましたねロックさん? まぁでも、私めの実家とかではよく耳にした事ありましたので衣装も存じておりました。ただ、踊りについては正当なチアダンスと呼ばれるものではありませんよ?」
「そうだったんですか?」
なぜかプルートゥさんが死んだ目をした。
「……本当はですね、この服で足を高く上げたり空中で横に開いたりするらしいのですが、それ、どう考えても私めのスカート捲れてその、パンティとか下手したらもっといろいろハッキリ見えちゃうじゃないですか。もちろん、闇でガードしてますので誰からも見えはしないんですが、不特定多数の殿方に、そんな見せつける様に開脚するのは流石にはしたないとプルートゥは思います。もちろんそういったご職業の方もいらっしゃいますので否定までは致しませんけど……」
あ、あ〜、うん。なるほど。なるほどねー。
「正直、このスカートの短い服を着て思いましたがたくさんの恋人達にこの服を着させて、足を開いたり上げたりするダンスで応援して貰っていた先代の勇者様って、間違いなくお近付きになりたくないダメお……殿方だなって思いました」
正論過ぎる。
思いっきり言われてるぞ先代。
“やめて。お願いだからそういうのやめて……俺の黒歴史を掘り起こさないで。だってしょうがないじゃんか! 誰だってイキる時期ってあるだろッ。そもそもチアダンスも本当は見せパンと言ってだな、スカートの中にもう一枚……”
脳内で話を聞いていた先代の必死の弁明が始まったがそっと聞き流した。
「ロックさん?」
俺が黙ったのでプルートゥさんが少し不安そうに上目遣いで見てくる。いつもはからかってくるのに、自分より背が低く華奢なせいでこういう仕草を見ると猛烈に保護欲を掻き立てられるのズルいと思う。
「……もしかしてその、やっばり私のチアダンス見たかったですか?」
「違います!」
本音は見たいけど男の都合なのでそれは我慢します。ただし見せて貰えるならば決してやぶさかではないがたぶん理性が秒で溶ける。
「――じゃあどうしてずっと不満そうなのですか?」
「っ……」
思わず心臓を鷲掴みされた様な気がした。
表に出したつもりはない。それは些細な俺の勝手な感情だったからだ。しかしバレてた?
「えいっ」
え?
彼女に急に身体をクルッと回されすぐ近くの壁際に背中を向けられると――ドンッ、と手をついて追い込まれた。
眼の前にプルートゥの綺麗な顔がある。
ただいつものに様に笑ってはいない少し困ったような、不安そうな表情だ。困惑しながらこの人は笑うと可愛いに極振りになるが澄ましてると綺麗系になるんだよな、等とどうでもいい事が頭を過る。
「あ、あの、プルートゥさん……?」
「……正直に申し上げれば」
「あ、はい」
「皆さん可愛いって褒めて下さいます。道化師はとても嬉しゅうございました。ただこの衣装は他でもありません、貴方様の為に着たものです。結構その、これでも、私めも恥ずかしかったのですよ? ……だから愚かな道化師は少し勝手に期待してしまったのです」
「え?」
「ロックさんも喜んでくれるだろうなって。だから闘技場で遠くからロックさんを見た時、かなり険しい顔をしていらしたので……ああ、私また一人で暴走して……余計な心労をお掛けしてしまったのかな、って。
プルートゥはかなり自由に生きております。けどそのせいで人の嫌がることを勝手に善意と取り違え、無理に押し付けてしまったのかもしれない。もしそうならごめんなさいロックさん、嫌な思いをされたなら申し訳なかっ――」
「そんなことないです! あれはっ、全面的に僕が悪いんです!」
思わず彼女の肩を掴んで大声を出してしまう。
「っ、と、はい?」
あーあー、そういうことか。つか嘘だろ、あの苛ついた表情を見られていたのか。やってしまった。完全に俺が悪い。そりゃ不安にもなる。
「どういうことでしょう?」
「違うんです……あれはプルートゥさんに怒っていたのではなくて……その」
「その?」
「…………チアガール姿のプルートゥさんに男どもが嫌らしい目で集まっていたので、つい、殺意が」
「――」
“なんだ嫉妬かよ~”
目が点になっているプルートゥさんの代わりに先代が脳内でズバリ煽り返してくる。
そ、そうだよ! 嫉妬だよ! 悪いか馬鹿野郎! どうせ闇で見えないんだろうがスカートを覗こうとしたクソ野郎とかいたからな!
「にゃ……」
「にゃ?」
「にゃはははははは!」
「笑わないで下さい! 僕だって言うのだいぶ恥ずかしいんですからっ!」
「だってだって! ふふっ。そっか、そっかぁ……私めのチア衣装で盛り上がっていた周りの男性陣にロックさんはずっとプンっプンっ怒っていらっしゃったんですねぇ? へー? ふーん? なるほどぉ」
この人、かつてないくらいめっちゃニヤニヤしてやがるッ。だから言いたくなかったんだよ!
「ふふっ、じゃあもし、私めがこのあとデビューする元教国兵の方々もこの衣装で「頑張って下さいねっ♪」と応援しますと申し上げたら――」
「っ!!」
「ロックさんは嫌なのですね。もうっ、しょーがないですねー、そんな事はしな――ふにゃ!?」
思わず彼女の手を取って一回転、今度は逆に彼女を壁際に追いやり俺が壁に手をつく。
「俺は、貴方には、俺だけを見て応援して欲しいんですッ!」
反射的にそう真剣に叫ぶと彼女が固まった。
思わず言った。言ってしまった。
「おっ、俺が応援して貰いたいのも、頑張れるのも、貴方が見てくれるからなんです。他の男を応援する貴方の姿なんて耐えられません」
正直、これがみっともない嫉妬、独占欲なのは自覚している。かつてこんな感情、リビアにもシェリーにも抱いた事はない。そもそも宿屋と魔王以外にここまで感情を掻き混ぜられた事はない。
けどそれくらい嫌なのだ。目の前の愛らしい女性が他の男に俺に向けてくれる表情を見せるのは。
少し遅れて凄い羞恥心が込み上げてくる。ただそれでも言わないと気がすまなかった。今自分がどんな顔を晒しているのかも理解したくない程、恥ずかしいのだけれど。
「す、すみませんっ、声を荒げてしまって」
「…………」
黙ったままのプルートゥさんと目が合う。
これは思いっきりからかわれる――と覚悟したが彼女は固まったままだ。
ただ見つめていると彼女もだんだんと顔を真っ赤にして手と目をあたふたと左右に動かし、なにか必死に言おうとしたが結局言えず…………最後は恥じらう様に目を伏せ、ぎゅっと胸の前で手を握ると頬を上気させて一言。
「……はい」
とだけいって小さく頷いた。さらに噛み砕くように。
「……貴方様がそんなにも真剣に仰られるなら、プルートゥはずっと、貴方様だけを見つめ、応援します」
と何故か敬語で呟かれた。
「――」
「――」
やばい。顔が熱い。彼女も赤いがたぶん自分も相当に赤い。もはやどんな顔をしているか自分でも分からない。
「…………あ、あの」
なにか言おうと頑張ったが服が優しく引っ張られた。下を見るといつの間にかプルートゥさんにぎゅっ、と服の端を摘まれていた。
意味がわからず再び顔を上げると上目遣いに軽く握った手で口元を隠し恥じらいながら何か呟いた。
「い、一億ポイント……です」
「はい?」
「今のはその、とても、とってもキュンとしたのであの、道化師ポイント、一億ポイント差しあげちゃいます……」
「あ、ありがとうございます……」
「こ、こちらこそありがとうございました……」
しばらくお互いに顔真っ赤で無言。空気がきつい。結局、羞恥心に耐えられず俺が情けなく声を出した。
「……そ、そろそろ時間ですから行きますか、試合見に」
「……そうですね」
このあと、先に会場に来ていた投擲男たちにしこたまからかわれた。
しかもプルートゥさんもからかわれている間、相当に恥ずかしかったのかずっと俺と顔を合わさず、けど隣に座り俺の服の端をぎゅっと掴んで離さないので俺の心が乱れまくって観戦どころではなかった。
俺って、本当はこんな、人に執着する人間だったのだろうか……。