3-9 剣闘士ロック・シュバルエ
【闘技場 破壊のロンメルマン】
『レディーーーーーーースアァァァァァンドッ、ジェントルメェェェェン!』
観客ひしめく闘技場は熱気に包まれていた。
前座の試合も終わり、敗者は許されなかったようで死んだらしい。おかげで観客達のボルテージもやたら高い。
『さぁギャンブラーにはお楽しみ、新人剣闘士達のデビュー戦、闘いのルールは宝玉だぁああああ!』
闘技場名物のクッソうるさい司会がいつも通り叫んでいる。そうだ。アイツはいつも喋っているのではない、ただただ叫んでいるだけだ。
『がしかぁーーーーし! 今日の宝玉は一味違う! なんと今回参加するチームは新人一組に現役二組! いいのかこんなアンバランスが!? しかもだッ、現役側の参加者はコイツラだ!!』
「よし、出ろ!」
入場門が開く。俺様達は堂々と舞台へと上がっていく。
『巨大槌が今日も全てを打ち砕く!! 破壊のぉぉぉぉぉぉぉロンッ、メルッ、マーーーーン!!』
「うおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
司会に合わせて魔技グラビティバウンドで地面に得物の大槌を叩きつける。
打ち砕ける地面に観客達が喝采を上げる。
――そうだ! 俺様だ! 他でもないこの俺様を見ろ!
『そしてもう一組にはこの二人ッ! 二刀のアラァァァァァァン!! アーーーーンド! 閃光ォォォォォォハルジィィィィ!!』
別の門から現れた精悍な顔をした二刀流の男と、へらへらした態度の長弓と矢を背負うオッサンが現れる。
「相も変わらず煩い連中だ」
「ま、サクッとやりますか。酒の続きが呑みてぇや」
アランには女から、オッサンには酔っ払いから声援が送られる。
「おいおいおいっ、ホントに二つ名持ち同士の激突かよ!?」
「どうなっちまうんだこの試合!」
「ロンメルマンに賭けたが、マジでどうなるかわかんねぇ。ここ最近で一番熱いカードだ!!」
観客達も新人どころではない対戦カードに熱気を高めている。賭けの関係で事前に告知されていたのだろう。奴らもこれが新人の為の試合ではないことは理解しているらしい。
『そして最後にオマケとばかりに、二つ名持ちの戦いに巻き込まれる哀れな新人をご紹介致しましょう!! 今回デビューする期待の新人は………………あぁ……なるほど。そうか来たかぁ。ついに来ちゃったかぁー、彼』
突然、司会が素に戻って勝手に納得しだした。
『なるほどねぇ。だから新人の試合なのに名前持ちが……これはどっちが御愁傷様なんだろうか』
「なんの話だ?」
「一人で納得してないで早くしろー!」
戸惑いや怒声が響き司会が何故か渋々と言った風に紹介を始める。
『仕方ないなぁ。それでは最後の一人、この男はなんと死刑囚ながら剣闘士! 不遜にも王女の大浴場に侵入し死刑宣告を受けた命知らず、或いは究極の変態、宿屋の倅ぇロォォォォック! シュバルェェェェェェ!』
は?
王女の大浴場に侵入したのか? 暗殺者? なのに宿屋?
「あ、どうも」
意味がよく分からない間に別な門から出てきたのはあまり強くなさそうな一団とその先頭に立つ、なんとも幸薄そうな青年。
どう見ても暗殺者にも変質者にも見えない。
「なんじゃありゃ? くるとこ間違えてねぇか?」
仲間の一人が呆れるが俺様も同じ感想だ。
「あははははは、なんじゃそりゃあ!」
「不潔よ! 最低!」
「宿屋に剣闘士が務まるか、引っ込め―!」
「三分生きてたら褒めてやるよ」
「おいおい剣じゃなくてエプロンの方が似合うんじゃねぇーのー?」
観客達も同じ冷やかしや嘲笑、非難の嵐。それを見て納得した。
「なるほど、数合わせというか番狂わせがない様にしたんだろ」
俺様の言葉に仲間達も納得する。メインである戦いに絡めない丁度よい雑魚って訳だ。
「へっ。分かってねーな」
「ひっく。だな、全く見る目のない奴らだ」
「クズ共を黙らせてやれー、宿屋ー!」
「頼むぜ宿屋ァッ! 今日は有り金全部お前に賭けてんだ、マジで頼む! いやホントお願いしますッ!」
「勝てぇ! 何がなんでも勝てぇ! 俺の人生はお前に掛かってんだァ!!」
ただ何故か妙な声援も聞こえる。
めちゃくちゃガラの悪い観客達が「宿屋最強!」と書かれた横断幕まで用意して血走った目で応援しているのだ。新人なのになんでファンがいんだよ。つかどういうファン層だアレ……。
あとその隣の高台にいるもう一人もだ。
「ふれー♪ ふれー♪ ロックさんっ! 頑張れ頑張れ、ロックさーんっ♪」
隣とはあまりに対象的なセミロングの銀髪をポニーテールにした女……いや絶世の美少女。
彼女は勇者を応援する為の服と伝えられるチアガール姿であっちこっちへぴょんぴょん飛び跳ね、黄色いボンボンとその馬鹿でかい胸を揺らして目立ちまくっている。
「くっ、な、なんであんなに跳ね回っているのにスカートの中が見えないんだッ!?」
「……ふざけんじゃねぇぞ……なんで覗き魔にあんなカワイ子ちゃんがッ」
「なにあの子、めっちゃ可愛いんだけど!」
下側の席の下衆共はこっそりスカートの中を見ようとしているがなぜか一向に見えず地団駄を踏み、他の男達は嫉妬から殺意を宿屋の青年一身に向け、女は純粋に可愛い妹でも見るような目で見ている。
ハッキリ言ってあの周辺だけめちゃくちゃカオスだ。
「ま、まぁいい数合わせは無視だ。俺様の敵はもとより二刀と閃光のみよ!」
『おう!』
叫ぶと二刀達とも視線がぶつかる。奴らもトウシロ集団は眼中にナシ。いや仲間の剣闘士も添え物でしかない。
俺様か、奴らか、だ。
『さぁ果たしてどのチームが生きて明日を迎えられるのか! もし最後に宝玉を持っていなければ、そのチームは観客の気分次第で無数の魔物との闘いに突入だぁ! ……まぁそれがどうしたってのが一人いますけどね。ああいえ、失礼なんでもないです。
それではいよいよ試合を始めようッ。球を持つのは破壊のロンメルマンチーム! ドラがなるまで奪い合え! 持っていなけりゃ魔物のフルコース、それが嫌なら勝ちやがれ! それではゲーーーーーームスタァァァァァトォォォ!』
開始のドラが煩いくらいに叩かれ観客の歓声が爆発する。
「野郎共! 櫓だ!」
『おう!』
俺様の櫓と名付けた陣形指示に即座に反応する仲間達。
盾持ちが周りを囲み、弓がその隙間。槍がすぐに弓と入れ替われる様に続き、大型の得物持ちと俺様はさらに後ろで本陣とする。
この形を取ると二刀と閃光が目に見えて警戒する。
なおこの試合の場合はあえて瓦礫等の遮蔽物が置かれている。俺様たちもその遮蔽物を利用しているが、あちらはまとまらず散開し各々が遮蔽物に身を隠してた。
「う、うおおおおお!」
普通、こうして陣形を組めば容易には攻めてこない。
しかしシロウトは別だ。攻め手がないゆえに隙をわざと作ってやれば奴らはバカ正直に攻撃してくる。
実際にシロウト共の一部がこちらに投石をしてきたので盾共がわざと崩れたフリをすると、先走った数人がそこへ突っ込んでくる。
「待ちは基本なんだよ。これで学ぶんだな」
迫るトウシロの集団を仲間達が引き入れて簡単に潰していく。
最初に突っ込んできた奴らは盾の後ろの槍の餌食。仲間達も殺しはしてないがあれではもう武器は持てまい。あとから来たシロウト連中も盾を全く突破できず弓で簡単に追い返される。半数が傷つき叫びながら逃げ惑う姿はまるで幼児だ。
「弱すぎる。話にならんな」
死体は邪魔になるので殺していないが半分近くはもう戦えないだろう。残りも戦意喪失って感じだ。
当然の結果。戦いというものを理解していない。……まぁいい、そもそも相手はこいつらではないのだ。
閃光と二刀を見る。しかし閃光の姿が見えない。ヤツの長弓は厄介だ。不意を突かれれば即死すらある。
だが見つけるより先に二刀率いる小回りの利く連中が突っ込んでくる。
こっからが本番だ。前衛の盾持ち達に緊張が走る。
「来るぞ!」
「任せろっ、ってなに!?」
だが二刀達は矢を躱しながら盾とぶつかる前に散開し、周辺をぐるぐると回りながらちょっかいを掛けてくる。明らかな撹乱戦法。
「ちっ、厄介な――うおおおっ!?」
思わず愚痴った瞬間、風切り音に反射的に身を捻ると魔技で高速と化した矢が顔を掠めた。
「閃光かッ。アル中の癖に油断も隙もねぇなァ!」
すぐさま俺様の前に仲間の盾持ちが入り込む。
「やっぱ閃光がいると盾持ち必須っすよ!」
「わりぃ助かる!」
射線を塞いでくれた仲間に礼をいう。だがその間に矢と撹乱により陣形が崩れた場所へ二刀が斬り込んできた。
「邪魔だ雑魚ども」
どういう目をしているのか、神業的にわずかな隙間を一瞬で抜けて待機していた槍に突っ込みそれすら突破してくる。
「やらせるかァ! グラビティバウンド!!」
周囲を背後から斬り殺そうとする二刀に俺様がすかさず魔技を叩き込む。しかし器用にすり抜け、地を穿つ俺様の大槌の衝撃に任せ距離を取られた。
「破壊の。相変わらずイカれた威力だ。受けただけで刀ごと全身を粉砕されるな」
「当然だ。俺様の大槌だぜ? オメーさんこそ、どんな目をしてやがる二刀の」
「……速さではなく“目”に気付くとは流石は闘技場トップクラスの二つ名持ち。だがこの目がある限り貴様の大槌は俺を捉えない」
「ハッ、オメーとはそこそこ長いが相変わらず戦いの時は随分と口が軽くなるな。まぁどうせすぐ喋れなくなるがね」
「お前の口のことか。それは大変だな」
俺様と二刀が軽口を叩きあう。その間に仲間に指示を出す。
「オイ聞け野郎共、二刀は俺様がやる! その間、閃光の射線封じと雑魚を頼む!」
「了解!」
「任せろ!」
辺りを緊張感が包む。
剣戟の音が聞こえはするが、周辺の剣闘士達は俺様たち二つ名持ち同士の戦いを固唾を飲んで見守っている。
「……あのー……すみませーん……」
二刀は強い。
対峙してあらためて分かる。どう攻めても避けられる。そんな気配が拭えない。
だがそれは相手も同じか。踏み込んでは来ない。来れば潰す。必ず致命傷を与え――。
「あのっ、すみませーん!」
「うるせぇな! 今いいとこなんだから黙ってろやシロウト!? つか陣の外から悠長に喋りかけんな!」
やたら場違いな声に見ていた仲間の一人がブチ切れている。
警戒は解けないので視線は向けられないが、どうやらシロウト集団にいた宿屋の青年が陣の外から叫んでいるらしい。馬鹿すぎんだろ。
「すみません。一つお聞きしたいんですが、奪う玉は大槌を構えている方の腰についてるのがそうですか?」
二刀が一歩、にじり寄る。
対してこちらは少し重心を下げる。
「今更ぁ!? ああもうそうだよ! 分かったら黙ってろ!」
「ありがとうございます」
外野が何か喋っているがもはや耳には何も入らない。
――来るッ。
極限状態で先に動いたのはやはり二刀。
右へフェイント、から急激な切り返しで左に躍り出る。だが刀はまだ抜かない。俺様の大槌を避けた瞬間、取る気だ。
対してこちらは地を這う様に大槌を滑らせ、面で薙ぎ払――。
「じゃ、この玉は頂きますね」
――心臓が凍りついた。
さっきの外野で叫んでいたトウシロの声がすぐ、本当にすぐ真横から聞こえたのだ。
「っ??」
眼の前の二刀すら目を見開き踏み込みを留め、急反転。
俺様も咄嗟に恐怖から二刀への薙ぎ払いを流れる様に反転させ、大槌の柄の方で声のした方を抉る。人影を捉えたという確信を持つ。
「時間加速」
しかし大槌の柄は空を切る。まるで虚像でも斬った様な不気味な感覚。
「あとはこれを守ればこちらの勝ちですね」
抑揚のない声で間抜けとも思える質問を敵地のど真ん中でしたのは間違いなくあの宿屋の青年だった。
――今、何が起きた?
――どうやってここまで来た?
――どうやって避けた?
疑問が押し寄せるがそれら全て呑み込んで、今そいつの手にある奪われた宝玉を見て叫ぶ。
「取り返せぇ!!」
俺様の檄に我に返った仲間達が一斉に獲物を振り被り青年へ殺到。
「ヴォルティスヘルム野伏流」
しかしまるで無人の野を歩く様に無警戒に青年が俯くように腰を低くして歩き出すと瞬間――消える。
「魔技、山嵐」
変化は一瞬だ。景色が切り替わったかの様に、気付いたら襲い掛かった仲間達の背後まで青年が歩き去っていた。
「え?」
「遅延解除」
直後、なぜか剣戟が響く。
「んぐぁっ!?」
時差の様に遅れて仲間達の武器が一斉に地面に叩き落とされた。ついでにベルトまで斬られたのかズボンまでずり落ち下半身丸出しになる。
「はあ!?」
「えっ、なに、なんが?」
やられた側は誰一人何が起きたのか理解していない。いや傍から見ていた俺様達にも分からない。山嵐は連撃系の魔技だ。けれど攻撃が遅れるなんて技じゃない。
気づくと観客ですら静まり返っていた。それ程までに今起こされている事態は衝撃的だった。
「……待て。お前、今なにをした? なぜ山嵐の斬撃が遅れる!? どうして俺の眼をもって何も捉えられない!? 俺の正鵠眼で捉えられない事象などないばずだッ!」
二刀が絶叫する。
やはりコイツのギフトは眼だったか。しかし正鵠眼だったのかよ。あらゆる速度の物を視認すると言われるのギフト。それすら今の魔技を捉えられなかったのか?
「っ、後ろだ後ろ!!」
騒ぎに気付いた他の仲間の槍持ち達も反転、素早く呑気に歩く青年を囲み魔技の輝きと共に槍を突き立てた。
「手加減すんな殺せッ! 技すら使わせるな!」
無意識に叫ぶ。そうだ。技を出させなければいい。
「悪く思うなよ!」
「空間捻転――纏」
魔技の輝きはない。今度は逃さず槍が四方八方から完全に青年の全身を貫いた。
「よしッ、串刺しだ!」
「――って、どうなってんだこれっ!?」
なにっ?
俺様の歓喜の声は槍を放った仲間達の声にかき消される。
なにを驚いている? 槍は貫通しているだろう。そう訳が分からずにいたがすぐに理解した。
「槍が……捻じ曲がっているっ?」
貫いている槍が尽く意味不明な方向に曲がり一本たりとも当っていない。全てだ。全てが湾曲している。
「え!? 折れ、折れてない!? なんだこれ、え? えっ!?」
仲間達が槍を引くとなんと槍はそのまま無事。だが再び突き立てるといとも容易く真横や斜めに勝手にひん曲がる。
「なんだありゃあ!?」
「空間捻転――解除」
動揺している間にも青年が掌を開いて、ギュッと握ると立て続けにボキッボキボキっ――と音を響かせ槍がすべて圧し折れた。
「ひっ!?」
もはや柄だけになった槍に恐怖し囲んでいた仲間達が後ずさる。
「ふーむ……空間捻転は発動と実際に捻れるまで時間が掛かるし、魔力強いと抵抗されて近接の直接攻撃では実用的じゃなかったけど、誘い込んでからなら使えるか。ホントに時空間魔術は使い方一つだな」
別格だ。
コイツが一体何なのか分からない。だがこうなってしまうと俺様達以外はもはや見ている他にないだろう。仲間達とコイツの格付けは成されたのだ。
『すげぇよ、やっぱりえげぇよ宿屋の倅ぇぇぇぇぇぇぇぇ! さすがは処刑“奇跡の男”を長い歴史の中、全ての処刑用魔物、そしてあの殺戮者マンドラを倒して唯一覆した男だああああああああああ!!』
「なにっ!?」
「どういうことだッ!」
俺様と二刀が思わず叫ぶ。
あの奇跡の男を乗り越えただとっ? まさか……処刑用の対魔力・対魔技の鱗を持つマンドラを素手で倒したってのか? いや、ただ倒しただけでは死刑囚なら恩赦にならない。まさか本当にウルチの子飼いの魔物全てを倒したのか?
「はあっ!? あのマンドラを倒したぁっ!?」
「アイツ、もう三帝と同じレベルじゃねぇのか!」
「よしッよしッよしッ!! このまま全員殺せぇ! 俺達を金持ちにしてくれぇッ!」
観客たちの熱気が爆発する。
司会の言葉で困惑から解き放たれた闘技場の空気は一変した。凄まじい興奮と驚愕が巻き起こっている。
……そして俺はこれは知っている。
俺様が、俺が初めて名持ちを倒し、破壊の名を手に入れたときと同じ。突然踊り出ニューヒーローへの期待。つまり。
――主役の交代。
駄目だ。これは駄目だ。
呑まれてはいけない。抗わなくてはならない。しかし使用している魔術? そのカラクリが全く分からない。二刀ですら眼で追えなかった魔技を返せるとも思えない。
もしこのまま策もなく正面から攻め込めば確実に俺様は――負ける。
――ヒュン。
突然、そんな俺様の弱気を切り裂く様に風切り音がする。
「がはぁッッッ!?!?」
同時に青年の右肩を矢が粉砕した。
その威力から青年の腕が千切れ掛け、身体も吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。それで雰囲気に呑まれかけていた俺様や観客達も現実に引き戻される。
『っ!? これはっ、これはまさかまさかのあの男オオオオオオオ!』
「ッ、閃光ハルジかァッ!? 流石だぜっ!!」
完璧な部位破壊。
敵である閃光の弓術に思わず喝采を上げてしまう。だが片腕を失った今が好機。眼を覚ませ、俺様は破壊のロンメルマンだ! 宿屋だかなんだか知らないがここで仕留めてやるぜ!
――がしかし。
「くっ……時間逆行」
「え?」
畳み掛けようと走り出すその刹那、吹き飛んだ青年の肩が一瞬でくっついた。傷一つなくなり何事もなかったかの様に立ち上がる。
「――は?」
「――え?」
走りかけていた俺様や二刀が呆然と立ち尽くす。
「えっ、なんで腕が治ってるの!?」
「ヒール!? まさかヒールなのか!」
「馬鹿やろうヒールはそんな強力じゃねぇよ! きっとキュアヒールってやつだ!」
観客たちも仲間達まで混乱している。今目の前で起きた現象の説明がつかないのだ。
「……違うッ。今のはそもそもヒールじゃない!」
仲間達や観客の勘違いを二刀が混乱気味に否定する。俺様も同じ考えだ。
――今の速度は絶対にヒールじゃねぇ。
あの回復速度はどれだけ最高位でもヒール等では絶対にない。そんな即座に傷が消える魔術など聖女様でも出来ない。
――ヒュンッ。
だが俺達が混乱している間にも二射、三射と高速で矢が放たれ続ける。けれどまただ。
「空間捻転!」
逸れる。
青年が手をそちらに翳しているだけで矢が直撃する瞬間、理解不能な軌道へ逸れて行く。
「っ、弓の人強いな! 神気ならともかく、純粋な魔力勝負だから捻転もやや押し切られるのかッ」
ただ数撃ちゃ当たるともいうのか。曲がり切らない矢もあり、当たりはしないが段々と数に圧され始めた雰囲気。
「グラビティバウンド!!」
「蛇羅神ッ」
――その隙きを逃す俺様たちではないッ!
今しかない。その本能から二刀と俺様が同時に仕掛ける。
二刀は刀を抜き放ち刀身を蛇の様にうねらせ青年の首へと迫る。
それに遅れ逃げ道を塞ぐ様に俺様の大槌が上から強襲する。
「っ!? 時間遅延!」
「んぐっ!?」
蛇と化した刀身と俺様の大槌の動きが少し遅れだす。先に斬り掛かった二刀の刃は青年の剣で受け止められた。
――だがそれは囮。二刀の本命、もう一本の刀が青年の死角から地を這う様に足首を斬り落とすべく迫る。さらに死角から俺の大槌と閃光の矢も迫る。
「時間停滞! ――って、きっつ!! 三方向とかムリっ」
青年が初めて焦りの声を上げるがこっちの台詞だ。
――今の一瞬で不意打ち全てを把握するのかよッ。
飛来する矢、足元から迫る刀、遅れてくる俺様の大槌、全てを一瞬で察しやがった。けれどもう押し込む他にない。
「空間捻転!」
「逃がさん!」
二刀の地を這う刀身の軌道が変化。だが変化してなお再び刀身がうねり再度追尾する。
「取った!」
「――なら空間捻転、時間遅延!」
それでも刀が足首を斬り落とす瞬間、まるで粘土に刃を突き立てる様にゆっくりして動きに変化、見えない何かによって二刀の刃は全て阻まれた。
――ヒュン!
だが間髪入れずに再びの風切り音。閃光の矢が今度こそ青年を捉える。
「空間作成!」
青年の前の空間が揺らぐ。そこに飛来した矢が一瞬で消えた。それで終い。
意味不明だがもう不意打ちは俺様だけだ。何が何でも圧し切るしかない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
極限まで魔力を高めると不意に謎の動作の遅れが消え軽くなる。どれだけトリッキーでも魔術は魔術。やはり押し潰せばいいだけのこと!
「しまっ――」
「破壊のロンメルマンを舐めるなぁぁぁぁ!!」
直撃。
全てを穿ち周囲に土砂が吹き飛ぶ。青年もろとも何もかもを俺様の大槌が圧し潰す。二刀も風圧で距離を取った。
周りは敵も味方も関係なく全員が立ち込める砂埃を見つめる。
「……流石にやった――」
「――ヴォルティスヘルム騎士槍術」
ゾクリっ、と後ろから聞こえた声に背筋が凍る。
忘れていた。そうだ。この青年は宝玉を盗んだ時、まるで瞬間移動したかの様に現れたのだ。それを今ここで使わない道理はない。
「魔技、正道打撃」
俺様と二刀が本能的に反転。
背後から突然現れた青年の槍に薙ぎ払われ、大槌の柄でなんとか受け止めるも手に凄まじい衝撃が走る。
「ぐっ!」
「このッ」
致命的な一撃。
放たれたのは不意打ちかつ武器の払い落としに特化した騎士がよく使う魔技。なぜ宿屋がそんなもの使うのか。根性で落としはしなかったが握力が死ぬ。
「失礼。――時間加速」
瞬時に槍から二本の剣に武器が入れ替わりすれ違い様に一閃。
手と首に激痛が走る。剣の背で打たれ今度こそ武器を落とした。ついでにズボンまで落ちた。
「ガハッ――」
「残り一人、空間跳躍」
成す術もなく崩れ落ち薄れゆく意識の中で振り返ると青年が消えた。
直後遠くで聞こえたのは……。
「なっ!? ちょ――がはっ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおッ!! ホントにやりやがったああああ!!』
最後の名持ち、閃光ハルジの断末魔。
そして遅れて観客達の大歓声が地を揺るがしたところで俺様の意識は途切れ地に突っ伏した。