3-8 闘技場デビューに備えよう
【地下カフェ ロック・シュバルエ】
「さて。なんとか支配人の許可も下りた訳ですが、皆さんに集まってもらったのは他でもありません。今後について話し合う為です」
地下牢飲食店化計画。
計画は上手くハマり俺達の地下牢は支配人公認のカフェ&バーとなり一段落。
その支配人が帰ったあと、俺達はカフェの下ろしたてのテーブルに集まり顔を突き合わせている。
「分かっている。あと一刻もしたら始まるお前のデビュー戦についてだな」
「いいえ。僕が将来経営する宿屋のロゴマークについてです」
なぜか全員に墓場で死人と再会した様な顔をされた。
「……それ、今か?」
「はい。なぜ僕が宿屋でもないカフェ&バーをわざわざこさえたのかと言えば、将来的に僕の宿屋の系列で展開しようとしているからです」
「はあ」
「宿屋の経営といえどただ宿屋を運営していれば良いと言う訳ではありません。例えば僕の家は代々勇者の料理をウリにしています。客の胃袋をガッチリ掴むのです。しかし宿屋でしか提供されない以上、それはリピーター客を増やす事にしか作用致しません」
「はあ」
「そこで宿屋で提供するメニューが食べられる系列店を展開するのです。いわゆる多角経営というヤツですね。キャッチコピーは『あの宿屋の料理が近場でも食える!? あなたの街で勇者飯!』です」
「……あなたの街で勇者飯」
「あなたの街で勇者飯です」
全員が言葉を失い、俺の斬新なアイディアと広告センスに感嘆している。
「ああ、ちなみに勇者飯なんてものは適当です。ただうちのオリジナルメニューを先代勇者直伝とか言って出せばいいんです。先代勇者は死んでますから誰も否定できません。まぁそんな感じで既存の強みを活かし需要の高い勇者飯飲食店を大量に打ち出し、また一方で僕の宿屋でしか食べれないオリジナル限定メニューを作ってさり気なく誘導もかけます。勇者飯を期待しつつも食べれないあのメニュー、これに刺激され僕の宿屋に客が流れる訳です。僕もね、ただ宿屋宿屋連呼するだけの夢だけで何のプランもなく日々を自堕落に過ごす吟遊詩人ではないんですよ。如何にお客さんを呼び込めるかこうしてちゃんと考えているんです。んで思いついたのがこれ。たがしかし、系列店と言ってもただ名前だけでは僕の宿屋と飯屋の繋がりにピンと来ないお客さんも多いでしょう。そう、そこでロゴマークです。古代は創世神の紋章からどこぞの都市の入場印に至るまで今ではマークが溢れかえっている。なぜなら人々はそのマークを見ればそれが何か分かるから。同じように宿屋を頂点とした宿屋グループをまとめるロゴマークが重要であ――」
ぽんっ、と突然肩を叩かれた。
「ロックさん」
背後から凄い圧を感じる。
恐る恐る振り返るといつの間にかプルートゥさんが、世界の真理を悟りその全てを包み込む様な聖母の様な顔をしていた。
「あ、いや、あの、今ですね、僕の宿屋の、その、ロゴマークが如何に大事であるかという」
「ロックさん」
でもなんか怖い。微笑んでいるのにかつてないくらいプルートゥさんが怖い。
「……………えと、時間ないですし先にこの後の試合の話でもします?」
俺は圧に屈した。
「と言う訳で、よく分かりませんがデビュー戦ですって」
渋々話題を変えると全員の表情に生気が戻った。解せぬ。
「楽しみだな。悲惨なことになるぞ」
「よっしゃ、いっちょぶっ殺してこいよ」
投擲男と三兄弟の長男がやたら好戦的だ。
「デビュー戦かぁ。僕らは言われるがままに殺し合いさせられて訳もわからなかったから、そう考えられるだけ大物だよ」
痩せた剣闘士の兄ちゃんがいつの間にか全員分のコーヒーを煎れて持ってきてくれた。……俺の大事な話の途中でこっそり退席してたなこの人?
「ありがとうございます。にしてもウェイターがやたら似合いますね」
「昔は商会で接客してたからね。ウルチにお店潰されて、オーナーに泣いて頼まれて資金の一部を逃そうとしたら捕まってこのざまだけど。そのオーナーも借金で実刑を受けてたから、今頃どうなってるかね。あははは」
彼もいろいろ大変だったらしい。
「しかしデビュー戦となると新人同士のバトルロワイヤルかな。あれは酷かったなぁ、十人くらいで戦わせられてドラが鳴るまで生き残ってた奴が剣闘士、みたいな。宿屋くんもそんな感じになるんですよね、看守長」
このテーブルを囲む中で唯一、剣闘士達を管理する側の男。
痩せた剣闘士が沈黙したまま怒りに震えているその男と、その後ろで気まずそうに立っている兵士数人の一団を見る。俺達も釣られてずっと無言の彼に視線が行った。
「――てめぇら、こんなことしてどうなるか分かってるのか!」
看守長が睨みながらテーブルをぶっ叩く。
……しかし誘ったら同じテーブルに座り、早速煙草に火をつけていたのだから正直、説得力はないと思う。
「何を言ってるんですか看守長。勝手に首輪と枷を外して脱獄。鉄格子は撤去するわ、内装を入れ替えるわ、店はオープンするわ、これだけ好き勝手やったのに全部見てみぬフリをして、挙げ句は自分の指示でやった事にしてくれたのは看守長じゃないですか。やだなぁもぉ」
「そっ! それは宿屋っ、テメェが勝手にやった事だろうが!!」
「だが否定しなかった。あの場で支配人に自分は何も知らない、これは奴らが脱獄してやった事だと言えば終わってましたよね?」
「それじゃあ俺のキャリアも終わるんだよ!!」
『知ってる』
全員でハモって返すと、何か言おうと拳まで振り上げたが、やがて下ろす先もなく力なく椅子に崩れ落ちた。
彼の後ろに控える兵士たちまで同情的だ。
「……どうなってんだよ。頭おかしいだろ。どうやって脱獄した。どうやって首輪と枷を外した。他にも有り得ないことがあり過ぎる」
気持ちは分かる。
当たり前の様にプルートゥさんがくすねてきた鍵で首輪と枷を外して貰い、全員が普通に魔術を使えて脱獄可能。
物資は全員で表に堂々と調達しに行き俺の異空間に仕舞って帰る。買い出しと異常な物量はこれで解決。
兵士が見回りに来た時は俺が牢獄を再現した異空間を見せたり、それでも証拠を見られた時はプルートゥさんの闇浸で洗脳。
最近、彼女の力は増々強くなっているようで彼らは錯覚を起こし記憶が曖昧になる。なのでもう一度、俺の作った牢獄異空間を見せ、勝手に納得して上へと帰って行く。隠蔽はこれで解決。
トドメにプルートゥさんが仕入れてきた情報から支配人のウルチと看守長の力関係、看守長が元奴隷であり今の職に固執していること、そして流されやすく保身を一番に考える性格なのが分かり今回の計画に至った。
「しっかし勇者なのに、なんでこんな飯やら飾りつけやら改装が得意なんだ?」
「本職ですから」
「……なるほど」
投擲男がカフェ全体を眺めながら呆れる。
掃除からデザイン、改装まで全て俺の指揮だ。宿屋の為に店舗の改装、デザイン、料理、裁縫など全てマスターしているので隙はない。
掃除についても完璧だ。触れて二秒でベッドメイク出来る俺に落とせない汚れ等ない。それでも足らない時間はちょびちょび、時空間魔術を使い加速させていたので不足することも無かった。
ここまで揃ってこの結果だ。看守長達からすればミステリーどころか軽くホラーだったろう。
「まぁ看守共にも同情はする。店をやりたいと勇者が言い始めた時は俺も正気を疑った。だが振り返ってみれば、ここまで大胆に動いた事で看守長を共犯にして堂々と生活環境を改善できた。あそこまで本気でやったからこそ、あの疑い深いウルチを騙せた。……ふっ、全て計算の上とは流石だな勇者」
「いや僕、地下牢の生活改善のついでにさっき説明した様に多角経営の第一歩にしようと思っただけで、あとはその場の成り行きっていうか、ノリ?」
「は?」
「え?」
投擲男と俺がお互い何言ってんだという顔になった。
「ロックさん、宿屋のお話はあとでいっぱい私とお話するとして、今は先に本題に入りましょうねー?」
「あ、はい」
笑顔のプルートゥさんに言われ俺はなんとなく背筋を正してしまった。
「ええと、これから僕が初戦を迎える訳ですが、なにか対策というか、気をつけた方がいいことあります?」
「……ねぇよ」「ないだろ」
看守長と投擲男に断言された。
「いやほら、もっとこう、看守長?」
「お前の後に三帝も今日試合がある。だがお前とじゃなく魔物とやるパフォーマンス試合だ。だからお前の相手は三帝じゃないのは確定。それ以外の奴と当たっても……癪だが負ける姿が想像出来ねぇ。以上」
看守長がヤサグレ気味にそう言い放つと対策会議は秒で終わった。
【剣闘士待機場 破壊のロンメルマン】
『これより“宝玉”を始める! 呼ばれた参加者はゲートに向かえ!』
運動場、水場、テーブル等といった基本的な設備が備え付けられる広々とした剣闘士の待機場。
そこでウルチ支配人の私兵が大声で剣闘士達の名前を読み上げている。
「お、やっと『宝玉』か。兄弟、稼ぎの時間だぜ」
俺様、破壊のロンメルマンの言葉に仲間達が笑みをこぼす。
「サービスゲームか。俺の名前呼ばれねぇかな」
「俺はちゃんと私兵のポケットに入れてるぜ」
「賄賂も安くねぇけどな。ここでトウシロ相手に稼いでおかねぇと酒代がねぇ」
仲間達は久々の稼ぎ時にやる気に満々だ。
それもそうだろう。宝玉とは闘技場のデビュー組が二つ、現役剣闘士組一つの計三つの組に分かれ宝玉と呼ばれる球を奪い合う。最後に球を持っていたチームが勝者となる試合だ。
だが決してイーブンな試合ではない。最初に球を持たされるのは俺様達剣闘士組になるよう私兵に幾らか握らせてある。
基本はシロウト二組VS現役組となるが数が多くとも所詮はトウシロの集まりよ。日々殺し合いしている俺様達とは練度が違う。いわばボーナスゲーム。群がる雑魚を跳ね返すだけの簡単な仕事って訳だ。
それにだ。
「破壊のロンメルマン!」
「おうよ!」
俺様の名前が呼ばれると「ロンメルの奴が呼ばれたぞ!」「この試合は頂いたぜ」「けっ、ただの雑魚狩りだろ。名持ちの癖に」と有象無象どもが騒ぎ立てる。
俺様は本来、こんな雑魚試合には出ない。だが宝玉はチーム戦だ。仲間の稼ぎにたまには貢献してやるのも、リーダーの務めってやつだ。
なのでしっかり私兵に金を握らせてある。この試合で呼ばれるのは当然の事なのさ。
「悪いがこの試合、楽勝だな!」
ガハハハと笑うとそれだけで周りが俺様に視線を集める。いいねぇ、いいねぇ、こういうの。
「ワース! ベルシアンガ! スイカク!」
盛り上がる剣闘士達を余所に参加者の名前の読み上げは続く。
「ロールハット! ベン! サン!」
「……なんか妙じゃね?」
「ああ。これ明らかに超えてるよな?」
ただ俺様を含め剣闘士達が違和感に気づき始めた。
「おいおい、参加者何人だよ?」
多過ぎるのだ。
一試合の剣闘士側の参加者は六から八人。だが既に十人は超えている。
「そして……二刀のアラン! 閃光ハルジ!」
「なんだと!?」
思わず俺様は名前の呼ばれた二人の男を見た。
二つ名持ちは凄腕の証。
俺様のように仲間の稼ぎに協力する為に、わざわざ賄賂でも握らせなければこういった低レベルな試合に参加はしない。力の差が有り過ぎるからだ。
だが俺様を含めてこの試合に三人もだと?
「……」
「なんだかおかしな事になったねぇ」
静かに壁に持たれる東方人のアランと、酒を呷っていた酔っぱらいのハルジは二人とも群れないタイプの剣闘士だ。
アランは俺様の同期で得物を交えた事はないがその強さはよく知っている。ハルジもここに来て日が浅いがその腕は三帝に次ぐとまで言われる男。
誰かの援軍ではないだろう。何よりあの表情は純粋にあいつ等も困惑してやがる。
「……そいつらまで参加するってのはどういう事だ」
俺様たちの疑念に答えるように私兵が告げる。
「なお今回は通常とやや異なるチーム編成となる。宝玉を奪い合うチームは新人が一組、現役が二組だ。現役の組分けは破壊のロンメルマンを中心とした組と、ニ刀のアランと閃光ハルジを中心とした組とする。以上だ!」
――なるほどな。
その組分けで俺様達は互いに察する。
これは潰し合いだ。
今回は新人の為の試合じゃない。本質的にはあの二人との試合。ようは仲間の稼ぎの為に低レベルな試合に出る俺様を潰すべく仕組まれた闘い。
――それがどうした。
こいつは退屈な試合が楽しくなりそうだぜ。観客もその方が盛り上がるだろう。
「いいぜぇ、二つ名持ちが組んでも関係ねぇ……俺様達は最強チームだ。だろう!?」
「おうよ!」「腕は劣るかもしれんが連携じゃ負けねぇ!」
仲間たちもこの試合の意味を察したのか鼓舞する様に立ち上がる。
「これは面倒なことになったねぇ~」
「――どうでもいい」
俺様を冷ややかに見つめる二刀のアランと閃光ハルジ。
だが俺様には分かる。あの二人もスイッチを入れやがった。連携なんぞ皆無だろうが二人合わせれば俺様一人では無理だ。
だがこちらはチーム。一匹狼どもに思い知らせてやるぜ、連携皆無の有象無象と実力者がどれだけ集まろうとプラスどころかマイナスでしかないことを。
可哀想なのはデビュー組か。
ま、せいぜい隅っこで目立たない様に隠れてるんだな。
――じゃあいっちょ、やってやろうか!
闘技場の強さの序列は
①『切断魔』>『鉄壁』>『貴公子』
②その他の二つ名持ち
③一般剣闘士
④奴隷剣闘士
という感じです。