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宿屋の倅、時空間魔術に目覚める ~真の勇者とか結構ですので宿屋やらせて~ √E  作者: 霧嶋透
3章 異形なる都市ナー・サラス 凍結大砂塵編
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3-7 地下牢を魔改造しよう



【剣闘士地下牢 ロック・シュバルエ】





 闘技場で処刑されそうになった俺は何とか剣闘士になる事で一命を取り留めた。


 だが剣闘士になって連れて来られた場所は囚人と同じ地下牢。


 食事などはなく周囲には瀕死の剣闘士達。砂漠にあるにも関わらず酷く冷え込むそんな死臭漂うこの地獄の如き地下牢で、俺達は今――。








「うっっめえぇぇ!? なんじゃこりゃあ!?」


「いっ、いぎででよがっだっ! いぎででよがっだよ俺!」


「うーーんっ、とっても美味しいですっ♪」


 絶賛、皆で鍋パーティーをしている。


 なお今回は異空間で浸しておいた豆を使い豆乳を作り、当宿屋秘伝の豆乳鍋にした。独特の甘さが嫌がられるかなとも思ったが大好評で作った側としても満足である。


「すまねぇ……こんな旨いもん……っ」

「これで明日も生きれる、ありがとうっ」


 ちなみにせっかくなので死にかけの他の剣闘士たちも一緒だ。

 鉄格子はプルートゥさんの闇の前ではほぼ無意味なので、十人の大所帯で鍋を囲んでいる。おかげでロクな飯を食っていなかったらしく、涙ながら舌鼓を打っていた。


「こら! 自分で食ってるフォークを入れようとするな! 取るならちゃんと共用のを使え! あ、そこの肉はもういいぞ」


 投擲男も鍋奉行として頑張っているようだ。皆思い思いに鍋を楽しんでいる。


「はぁ。まさか俺達の軍を壊滅させた男と一緒にこんな旨いもん食うことになるとはなぁ……」


 俺の隣では金髪の工作員がぼやいていた。


「それは俺も思ったっス」

「分かります兄さん」

 投擲男を除く他二人の工作員もうんうんと頷く。


「あの、三人は兄弟なんですか?」


 俺の質問に投擲男以外の印象の薄い三人が揃ってこちらを向く。


「ああ。つっても誰も血は繋がってねぇけどよ。スラム育ちだからな、義兄弟ってやつ? ちなみに俺が長男だ宜しく」


「俺が次男っス」


「僕が三男です。名前はそれぞれ――」


「あ、はい」


 たぶん覚えられないのでもし何かあれば長男、次男、三男と呼ぼう。


「……にしても、食べさせて貰っといてなんだけど、これがバレると大変なことにならないかな?」


 鍋を囲んでいる栄養不足で痩せた剣闘士の一人が不安そうな顔で俺を見た。


「バレなきゃいいと思います」


「い、言うね君……でも今更だが匂いとか」


「ああ、実は覗き窓の辺りは異空間にしてあるので大丈夫です」


「え? あ、そ、そうなんだ??? ……え?」


 プルートゥさんに暗くして貰おうかと思ったが匂いでバレるのは良くない。異空間を作っておいたので向こうからは匂いも姿も見えない。この地下のことを感知するのは不可能だ。


「逆にお聞きしたいんですが、剣闘士ってこんなに待遇悪いんですか?」


「違うよ。こんな酷いのは俺達が犯罪奴隷の剣闘士だからだ。普通の奴隷や貴族の子飼の剣闘士はちゃんと宿舎があって、ちゃんとしたもの食ってる。むしろ名持ちや三帝クラスになると豪邸や奴隷が与えられてる」


「その三帝ってなんです?」


 痩せた剣闘士が目を見開く。


「知らないの? 闘技場において未だ無敗の三人だよ。それぞれ“貴公子”と“切断魔”と“鉄壁”と呼ばれてる。お互いに戦っても決着がつかず、なんかその三人は別格扱いなんだ」


「へー」


「興味なさそうだね。むしろ君はどうしてこんな所に?」


「ええと王女様の風呂に乱入して死刑判決を受けて、処刑用魔物を全部殺したら剣闘士になる様に誘われたのでおっけーした感じですねー」


「んん???」


 痩せた剣闘士は俺の説明にだいぶ混乱していた。


「ふぅ。食った食った。いやー旨かった」


 鍋奉行をしていた投擲男が鍋が完全になくなる様に分配し腹を擦った。


「マジで俺達が今まで食ってきた飯とはいったい何だったのか……まさか勇者の飯がこんなに上手いとはな」


「僕、宿屋なんで。飯の上手さは評判に直結するのでホント大事なんですよ」


「そういうもんか。あ、そういえば食っておいてなんだが道化師と勇者に払えるものがない。代わりに何かやって貰いたい事はあるか?」


 そういわれて俺もプルートゥさんを見た。


「そうですよ材料費とか鍋とかどうしたんですかプルートゥさん。お金足ります?」


「あ、大丈夫です。よいしょっと」


 彼女はニッコリと笑うと闇の中からジャリっと音の出るずっしりとした袋を取り出した。


「金貨は余りに余ってますので」


『んなっ!?』


 金色に光る袋の中身に全員が驚愕する。そんな金額を持っていたなんて知らなかった。


「い、いつの間にそんな大金を……」


「今さっきですよ」


「は?」


「にゅふふふ♪」


 俺の反応に悪戯っ子の様にプルートゥさんが笑う。

 どういう事だ。今さっきこんな大金が転がり込んできたって……。


「っ! プルートゥさんもしかして奇跡の男の『結果を当てた二人のうちの一人』って」


「はいっ。おかげさまでお金はいっぱいありますのでお気になさらず」


 ――闘技場では俺達の処刑で誰が生き残るかというギャンブルが行われていた。推測するにその中で彼女は観客に紛れ『魔物が倒され全員生存』という結果に賭けていたのだ。


 あの観客席で一人当てた奴が出たとき、確かに司会は『当てた者は二人いる』と言っていたので間違いない。

 当然、俺達が魔物を倒して生き残るなど想定した人間はいなかったのでとんでもない配当になった訳だ。


「 さ、さすが。抜け目ないですね……」


「先ほど申し上げた通りにございます。この道化師めはロックさんなら全員を助けて凶悪な魔物にも絶対に勝つって信じてましたから……ねぇ?」


 さっきの言葉がお世辞ではないどころか彼女の中では確信だった事を知らされ、トドメに貞淑な淑女のように優しく、けれど何処か怪しくミステリアスに微笑まれてはもはや苦笑するしかない。


「……とはいえこのお金は皆さんのお力で稼いだ様なものですから、皆さんのご飯代とか武器代に回してしまいましょうか」


「おいおいそれは待て、流石に悪いぞ道化師」


 慌てる投擲男の言葉に俺もしきりに頷く。


「別に構いませんよ。投資したのはわたくしめですが闘ったのは皆様にございます。いわば分配の様なものと思って下さいませ」


「……じゃあせめて貸しにしておいてくれ。いずれ返す。それと飯作ってくれてる勇者にも、何か手伝うことはあるか?」


「あ、そしたら僕の方は一つ。アレやりましょう、アレ」


「アレ?」


「お店です」


 俺の話に全員が「は?」という顔をしたので宣言した。


「飲食店、やりましょう。将来の宿屋経営の為に」


「や……飲食店って、ここ、どう見ても地下牢……」


「それが? 僕は他でもない、宿屋ですから」


 自信満々に言い放つと、なぜか優しい目のプルートゥさん以外の全員からアホを見る様な目で見られた。

 なんでだよ。




















【支配人室 看守長ベルモンド】



「……という訳だ。宿屋の倅達の処刑に関しては何とかして長引かせる。幸い、見届け人として送り込まれた使者の懐柔も進んでいる」


 豪華な装飾品が飾られる部屋でウルチが静かに今後の方針を伝えてくる。


「分かっているだろうが、あの男はリング魔術という得体の知れない魔術を行使する。枷をしている上に地下にいるので問題はないだろうが、気をつけておけ……ベルモンド。君はよく働いているし、その分の高い給金も出している。剣闘士達のコントロールも出来ていると言えるだろう。しかし、二度目はないぞ?」


「ははぁっ! お任せ下さいウルチ様!」


 それを俺は土下座で聞いている。俺とウルチの関係は絶対である。

 このクソみたいなデブのご機嫌取りに土下座など朝飯前だ。それだけこの仕事の金と地位は素晴らしい。

 なにより元奴隷から十年以上も辛酸を嘗める思いをし、ここまで来たのだ。他に働くあての無い俺は何が何でも縋りつく。他の誰にもこの仕事は渡さん。


「もっとも締め付け過ぎて暴走されるのも困る。そのあたりの塩梅は上手くやれ。それと前々から言っていた剣闘士共から金を巻き上げる施策は何か取り入れたか?」


「い、いえ……ずっと考えているのですがなかなか……申し訳ございません!」


「まぁいい。急ぐ件ではないからな……そうだ」


 おもむろにウルチがベルを取り出すと、それを軽く鳴らす。


「っ!? うぐっ!?」


 突然の頭痛。

 脳を締め付けられる様な激痛に俺はのたうつ。


「うっ、ウルチ様、これは!?」


「ほぉ。お前達にはやはり効くようだな。すまなかった、ちょっとした戯れだ」


「たっ、戯れ……」


 雇い主じゃなけりゃブチ殺すぞこの豚!

 きっとあれは音で発動する魔導具か何かなのだろう。実験台にでもされたか、思ったより使えそうだ等と呟いている。

 くそっ……だが耳栓もしてないウルチはなんで苦しんでいない?


「まぁいい。もう下がっていいぞ……くれぐれも切断魔の二の舞にはするな」


「はっ、はい!」


 同じ犯罪奴隷剣闘士にして三帝が一人、闘技場最強にして脱走常習犯の名が上がる。


 あんなイカれた野郎が二人もいてたまるか!

 俺はよろよろと立ち上がり部屋から退出した。


 くそっ、なんで俺がこんな目に……。

 せっかくだ、生半可な態度ではアイツラに舐められる。徹底的に上下関係というものを教えてやる。


「おや? 誰かと思えば無能ではないか」


「っ!」


 支配人室から出て悪態を吐いていると、いつの間にか眼の前に派手な橙色のジャケットを着てターバンに虹色の羽飾りを刺す美男子が俺をニヤニヤと見下していた。


 三帝が一人、貴公子だ。


「てっ、てめぇ……剣闘士風情がこないだは良くも――ぐあっ!」


 前に馬鹿にされた怒りから掴みかかろうとするも逆に軽く殴り飛ばされる。


「んー? 死刑囚の能力も見極められない、使えない下級民が何か喚いているなぁ?」


「な、殴りやがったなコイツっ! 三帝だか、ウルチ様の子飼いだかなんだか知らねぇが、お前は俺の下だろうが! 反逆罪だこれは!」


「何を言い出すかと思えば愚図がくだらないことを愚痴愚痴と。あの宿屋の能力を見誤る失態を犯すまでは多目に見ていたが……あの醜態。この闘技場に損害を与えた上に、言うに事欠いてお前が私の上? 反逆罪? 貴様こそ、立場を弁えろ……愚図!」


 んぐふぅ!?

 気付くと腹に衝撃が走り床に転がされていた。


「ふんっ。看守としての仕事もロクに出来んとは全く使えない男だ。無様よ無様……おいウルチ! 私だ。入るぞ」


 そうして俺は床に転がされたまま放置された。

 くそっ。ウルチの子飼いだか何だか知らねぇが、どいつもこいつも剣闘士風情が俺を敬わずトラブルばかり起こすんだよ!!


 これも全てあの宿屋のせいだ。あいつが俺を騙さなければこんな嘲られる事もなかったのに……!



 










 そうしてウルチの指示通り、待機させていた奴ら――宿屋と教国の死刑囚共を地下牢にぶち込むと、俺は早速パンと干し肉を持っていこうとする給仕係の若い奴隷を止めた。


「オイ、犯罪奴隷のあいつらには飯はいらねぇぞ」


「え? いいんですか? 懲罰の類は下されてなかったと思うんですが」


 本来ならあんな立場の者でも食事は支給される。だがそれを決めるのは他の誰でもない、この俺だ。


「いいんだよ。奴らには誰がボスなのか分からせる必要がある」


 俺はつい貴公子に殴られた頬を撫でる。


 ――看守としての仕事もロクに出来んとは全く使えない男だ。無様よ無様。


 思い出すだけで腹が煮えくり返る。


「クソッ。顔と実力でチヤホヤされてはいるが所詮は剣闘士だろうが……ッ!」


 無意識にまた新しい巻煙草に火をつける。そこでようやく俺の怒気に怯え困っている給仕奴隷の存在を思い出した。


「ああ……そうだな、とにかく三日だ。三日は飯を抜け」


「三日!? 待って下さいっ、健康な剣闘士ならともかく、ただでさえ犯罪奴隷の剣闘士は酷使で衰弱しています。三日も食事を抜けばそのまま衰弱死する者も――」


「看守長の俺に指図する気かッ!」


「っ……す、すみません」


「チッ。いいんだよ、いざという時の魔物が全滅したせいでしばらく決闘は休みだから弱っていようが関係ない。それにどうせ剣闘士なんて奴は長くは生きねぇ。今日入った奴らも死刑囚だ。お前が気にする必要はねぇから黙って飯を抜け」


「……はい」


 そういうと給仕奴隷はトボトボと踵を返して戻っていった。


 そうだ。

 あの宿屋の倅とかいうクソガキのせいでこんな目にあったんだ。確かに奴は信じ難い程に強い。だが所詮は剣闘士。


「――お前らの生活全てを握っている俺には逆らえねぇんだよ。自分の立場を分からせてやる」


 俺は煙草の煙を吐くと少しだけ気を持ち直して部下の報告を聞く為に看守室に戻った。











「――あの」


 その三日後。

 新しい魔物の搬入などが終わった時、給仕の奴隷が何故か俺のいる看守室にやってきた。


「あ? 飯はさっき食ったぞ」


「そうではなく犯罪奴隷の剣闘士の食事は……」


 ――ああ、そういえば立場を分からせる為に抜かせていたな。


 最近、魔物の管理で忙しく忘れていたがそろそろ頃合いだろう。


「まぁもう許してやるか。いいぜ。飯はこの部屋の入口においておけ。俺が直々に渡しに行ってやる」


 そういうと奴隷は気になっていたのか少しホッとした様な顔をして全員分の飯が入った袋を運んで来た。


「おい、これから躾と餌付けをしてくる。餌を運ぶから誰か来い」


「うっす」


 部下の一人が立ち上がり俺と二人で奴らの飯が入った袋をもって地下牢へと向かう。

 とはいえすぐに与えてやるつもりはない。


 ――もしまだ反抗的ならばまたしばらくお預けだ。目の前で全員分を踏みにじってやる。そうなれば周りの剣闘士共の怒りも買うだろう。


 奴らの哀れな立場を考えつい鼻で笑った。


「お疲れ様です」


 少しして地下牢の入り口の部屋につく。中に待機している兵士が出迎えた。


「おう。問題はないか?」


「はい……でも良かったんですか? 水も与えてませんけども」


 俺はトドメとばかりに兵士達に水の要求も無視しろと伝えてある。本来ならば定期的に兵士が中に入る時に水分を頼める手筈だが無視されるって訳だ。

 奴らの絶望は計り知れないだろう。


「いいんだよ。死んでないなら構いやしねぇ。ま、死んでいても構いやしねぇがな」


 俺の言葉に兵士達は何とも言えない顔をするが、そんなことはどうでもいい。俺は兵士二人に地下への入り口を開け先に入る様に促し、部下に飯と水瓶を持たせ下へと降りる。


「奴らがどんな顔をするか楽しみだ」


 内心でほくそ笑んでゆっくりと階段を降りていく。


 今頃全員が死屍累々だろう。


 ――許して下さい看守長!


 ――俺はもう二度と貴方様に逆らいません!


 これまでも反抗的な奴はいた。だがどいつもこいつも飯を抑えれば簡単に立場を弁える。

 こいつらだって例外じゃない。今じゃ動く事も出来ず俺の偉大さと、歯向かった愚かさを心の底から悔いているだろう。


 案の定、階段を降りるとそこは血生臭く生気のない宿屋達が横たわる薄汚い地下牢――。





 ――ではなくお洒落なカフェテリアだった。


「――は?」


 全員が固まった。


 兵士も部下も俺も何がどうなっているのか訳が分からな過ぎて言葉を失っている。

 視覚から入ってくる情報と想定してたものが180度異なりすぎて、まず、最初の光景を認識することが出来ない。


「……」

「……」


 ――もしかして場所、間違えた?


 と口を動かそうとするが驚き過ぎて口が開かない。人間あまりに驚き過ぎると口が動かないらしい。


 だっておかしいだろ。ここ地下牢だぞ。


 なんであそこに小川が流れている。

 どうして観葉植物が生い茂っている。

 どこから生えたあの漆喰のバーカウンター。

 壁に飾られている絵画は誰の趣味だ? 

 ステージでバラードを歌っているあの道化師は何処のどいつだ。

 逆にここにあった鉄格子どこいった。

 垂れ流しになっていた汚物とシミは?

 どうして死刑囚の一人が一張羅を着て、コーヒーを片手に優雅に本まで読んでいる。

 そのコーヒーはどこから湧いた、本は何処から持ってきた、奴隷服がどうやって一張羅に変貌したッ!


「いらっしゃいませ」


 驚愕で硬直したまま動けない俺達に、記憶だとつい三日前まで死にかけていた細身の剣闘士が優雅な執事服に身を包み出迎えてきた。


「何名様ですか?」


「すいません間違えました」


 思わず反射的に踵を返して上の階に戻る。


 後から他の者達も真っ青な顔で這う這うの体で逃げる様に上がってきた。慌てて地下へのドアを全力で踏みつけ閉じると、兵士の一人を捕まえて首を思いっきり揺する。


「おい。なんだ。お前、なんだあれ。なにがどうなっている。なんなんだよあれ」


「し、知らないっ。自分、なにも知らないですっ」


 兵士も兵士で音が出るくらい強く首を振っている。強引に引き寄せ目の前で怒鳴る。


「知らない訳があるかッ、このバカ野郎ッッ! なにがどうしたら地下牢が三日であんな優雅なカフェテラスに変わるってんだよ!?」


「ほ、本当ですっ! 今日の見回りだって何もおかしな事はなかったんですよッ!!」


 涙目でぷるぷる震えている兵士。もう一人にも視線を送るが、そいつも震えながら首を振る。

 ダメだ頭が痛い。

 なにが起こった? まさか幻術か? 集団催眠にでも陥れられた?


「いや、あれやっぱり、現実ですよ……魔術の形跡はないです」


 振り向くと部下が化け物部屋でも覗くかのように床に這いつくばり、恐る恐る地下への扉を開けて下を確認していた。


「じゃあなにかオメーッ! 出口もない地下で独房と囚人が一瞬で優雅なカフェテリアとそのウェイターに変貌したっていうのかッ!? ええッ!!」


「でも意味分からないですけど、実際なってますよね……」


 誰も言葉を発しない。


 昔、勇者が理解できない危険なものを開くときパンドラの箱を開くと表現したらしいが、今がまさにそうだ。あれはパンドラの箱過ぎる。


 どう考えてもおかしい。あまりにおかし過ぎてなにもかも整合性が取れない。


「…………な、なにがあったと思う?」


 俺は恐る恐る乞うようにこの場の全員に尋ねた。


「……まずはその、ものどっから持ってきたってとこですよね?」


 そうだ。

 それだ。白く塗られた木彫りの椅子やバーカウンター、壁の木に一張羅、コーヒーにステージ、観葉植物に小川、テーブルにカップやナイフやフォーク……。


「いや多過ぎだろうッ!? 一個二個裏で持ち込んだってレベルじゃねぇぞ!?」


 これじゃあ俺達の警備は検問どころか自動で勝手に開くドアレベルじゃねぇか。


「……あとその、あの道化師いったい誰っすか?」


 そうだ、それもだ。

 他の連中は剣闘士達だった。だがあのバラードを歌っていた道化師は元からいない。そもそも女奴隷は別な闘技場でありここにはいないはず。


「すっ、すげえ可愛かったっすね」


 反射的に今感想を口にした兵士を殴り飛ばした。


「というか、どうやったかは分かりませんが物を持ち込めたところで……三日で作れますかあの空間?」


 それもだ。

 最後に兵士が中を確認したのが今日というのだ。その兵士がグルでなかったとしたら、魔術やギフトしか考えられない。しかしそんな魔術やギフトなんて未だかつて聞いた事もな――。


「まっ、待て! あいつら首輪も枷もしてなかったぞ!?」


「あ! 確かに!?」

「完全に脱獄じゃないですか!」


 俺の言葉に全員が騒然となる。

 あまりに訳が分からな過ぎて混乱していたが脱獄は重罪である。


「それだ! 奴らを拘束するぞ!」


 俺達は顔を見渡し頷きあうと、とにかくその一点で押し切るつもりで再び地下への扉を開けた。


「お前らなぜ首輪と枷をしていない!」


 階段を降りて優雅にカフェを運営する連中を怒鳴りつける。


「え、突っ込むところはそこなんですか?」


「――ぐっ」


 バーテンをしていたあの疫病神の宿屋の倅に冷静に突っ込まれた。


「そ、それは……どうせこのカフェは魔術か何かでやったのだろう!」


「まぁそうなんですが思考停止し過ぎではありませんか?」


「うるさい黙れ! とにかく全員を脱獄、いや奴隷剣闘士だから逃走容疑で捕縛する!」


 そう怒鳴ったのだが、なぜ彼らはまるで抵抗する様子も見せずその場から動かない。


「捕縛するならどうぞ。ただその前にお客様が一人いますのでその後ですね」


「は? なにを言って――」


 不意に俺の頭上で扉が開いた。

 上から降りてきたのは他でもない俺の雇用主。


「ほぉ、これが地下カフェか」


「うっ、ウルチ支配人様!?」


 は? なんで? なんでウルチがこんな地下牢に?


「なかなか良い出来ではないか看守長」


「――え?」


「うむ。雰囲気も悪くない。よもや君にこんな才能があったとはな」


「は、はい?」


 なぜか階段ですれ違いざまによくやったとばかりに肩を叩かれる。


「いらっしゃいませ」


「酒が呑めるそうだな。オススメを貰おう」


 我に返ってバーカウンターの方を見るとウルチに小さな器で酒を出す宿屋の倅がいた。

 なにがどうなって……って、あいつらいつの間に首輪と枷をしてやがる!? それに道化師までいつの間にかいなくなってやがる!


「――ソルティドックになります」


「おおっ、あの勇者ムラマツが好んで飲んだというカクテルという奴か!」


 すぐさま毒味役の奴隷がグラスを移して呑む。それを確認してから支配人も口をつけた。


「うむ。よく冷えている。これは旨い! 甘さに塩気とはなんと斬新な……それに冷えた地下水を利用するとは考えたな」


「ありがとうございます」


「よし、これならいいだろう。よくやった看守長」


「へ?」


 突然、俺が褒められて混乱する。

 ウルチは酒を全て呑むと立ち上がり俺の前に来る。


「地下牢を改造し、剣闘士にカフェ兼酒場を運営させると書かれた書面を見た時は正気を疑ったがなかなか悪くない」


 書面? カフェ兼酒場の運営? そんなもの俺は何一つ知らない。知らないぞ。


「あとはセキュリティと剣闘士が食事に何かしらしないか疑問視される部分もあるが……当然、その辺りは対策を取っているのだろう?」


 ウルチの視線が鋭くなる。返答を間違えれば俺の首が飛ぶのを直感的に理解する。

 なんでこうなった?


 いやそれよりどうする。

 どうすればいい。


「どうした? まさか問題でも? にも関わらず刃物を持たせたり、食事の提供をさせているのか?」


「じっ、自分はその、この件には――ッ!」


 そう否定しかけて支配人の後ろで囚人達が下種な顔でニヤニヤ笑っている事に気付いた。その中で宿屋の倅が声を出さず口だけを動かす。


 ――ゼンブ、バラシマスヨ?


 絶句した。


 お、脅されているのか俺はッ!?


 ようやく自分の置かれた状況を理解する。


 もしここで何も知らないと否定すれば剣闘士たちが脱獄し、こんな設備を作るまで野放しにしていた責任を取らされるのは間違いない。


 “二度目はないぞ?”


 ――駄目だ。俺は失職する。


 失うのか? 苦節十年。クソ豚の靴まで舐めて奴隷からようやく手にしたこの安定的な仕事を? 

 まだ給金から天引きされる奴隷解放の保釈金をウルチに支払い終わってはいない。もしそうなれば、俺はまたあの底辺の奴隷に逆戻りに……。


「かんしゅちょうにはこうして、おしごとをくれて、ぼくはかんしゃしかありません」


 あいつッ、いけしゃあしゃあと下手くそに言いやがって!


 だ……だが逆に奴らの口車に乗って全て俺が手配し許可したという事にすれば、全て俺の手柄となり彼らの脱獄も揉み消せる、のか?

 ただしそれは奴らに弱みを握られ共犯になるということ。


 奴ら初めからこれが狙いか。どうして俺の立場と弱味を知っているんだ? 地下で魔術を封じられていたのに、どうなってるんだ奴らの諜報能力は?


「どうした? まさか本当に……」


「い、いえ! ……その辺は調整中ですがっ、あくまで剣闘士に対しての商売に留め、搬入などは我々がやろうと、その」


「ふむ、まぁそうだろうな。一般を入れるのはたしかに危険。しかし剣闘士共も同じ食堂ばかりで飽きているだろう。奴らから賞金も回収できる。それに使えない剣闘士も労働力にできるだろうから、闘技場の直営として上手くやりたまえ。では後は任せるので、経費はあとで請求してよいぞ。よくやった」


「あっ……」


 違うんです。

 俺じゃないんです。何も知らず気づいたらこんな事になっていたんです。


 そう心の中で弁明しているうちにウルチは階段を上がっていった。


「宜しくお願いしますね、看守長」


 逆に宿屋が近づいてきてニッコリと笑いかけてきた。俺はただ頬を引きつらせる事しかできない。


 どうしてこうなった。

 俺はこいつらに分からせようとしただけなのに、どうして……。


「あ、そうだ。一つ伝え忘れた事がある」


 共犯にされた事実に愕然としているとウルチが戻ってきて何やら宿屋に告げた。


「ロック君のデビュー戦が決まった。存分に暴れたまえ。期待しているぞ」






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― 新着の感想 ―
[一言] クソ笑った
[良い点] うは〜やっぱりロックは変態だ〜w でもそこが安心するww [一言] 更新お疲れ様です! 続きも楽しみに待ってますが、マイペースで どうぞ!!
[良い点] 本当にさあーwww [一言] 流石に草
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