3-6 (犯罪奴隷)剣闘士になってみよう
【闘技場監禁部屋 ロック・シュバルエ 】
魔物との集団戦のあと。
俺と囚人達は再び服を着せられ枷をされると窓のない小部屋にて待機させられた。なお一般参加者の二人は土下座する勢いで俺達に感謝した後、貨幣袋を持って市井に戻っていった。
その中で俺は部屋にあった椅子に座り、台座に頬をついて明後日の方向を見ながらやさぐれている。
「はぁ〜」
なぜ、どいつもこいつも可哀そうな目で俺を見るのか。
確かに我ながらこう、空気が読めない所はある。最近は少し努力もしているのだが、あれだけ気を使われれば居た堪れないわ。
「もー、そろそろ機嫌直して下さいよロックさん。……えいっ」
そんな俺の心情を知ってか知らずか、隣に座るプルートゥさんが不貞腐れる俺のほっぺをぷにぶにと優しく突いてくる。
……別に誰が悪い訳ではないのだが、貴方もこっそり闇の中で笑ってましたよね? 聞こえてましたからね?
「別に不貞腐れてないです」
「なるほど。よいしょ、っと」
すると座っている俺の背中に柔らかい感触と重さが加わる。なにを、と思った時には反対側の横からプルートゥさんの顔が現れた。
「にゃ。お元気ですか♪」
「…………ええまぁ」
背けていた不機嫌顔を覗き込まれバツの悪さを感じてぶっきらぼうに答える。何が嬉しいのかにへっと彼女が笑った。
「そんな顔をしないで下さいませ。闘技場のロックさんは見惚れちゃうくらい、とっても素敵でございましたよ」
「……プルートゥさん、実は俺のこと褒めれば簡単に機嫌取れると思ってません?」
「……」
少し見つめ合ったあと。
「ところでこれからどうしましょうか?」
「思ってるんかい」
思ってるんかい。って、思わず口に出たわ。
「まぁまぁ。でも不貞腐れてるロックさんもぎゅーーっとしたくなるくらいとっても可愛いなぁ♪ とも道化師はこっそり思っておりますよ。……ロックさんには内緒ですっ」
本人に言うな。
だからニヤニヤした顔で後ろから抱きしめられているのか俺。……いやまぁ嫌ではないんだけど。むしろ嬉しいというか、後ろの感触とかありがとうございますというか。
「でも闘技場のロックさんが素敵だったのは本当です。とっても男の子しててカッコイイなって思いましたよ」
「……男の子してるといいんですか?」
「ええ。女の子はそういうところを見ると応援したくなりますね。人によってはキュンとしちゃうかもですよ?」
「じゃあその、プルートゥさんもしたんですか?」
「ふふ。さぁ、どうでしょうか?」
今度は細い人差し指を自分の口元に持ってきて妖艶な笑みで答えない彼女。
「……なんかやっぱり僕、手のひらで転がされてる気がするんですけど」
「にゃははは。私はちゃんと良い所はお伝えして、ロックさんにはもっとニコニコして欲しい所存なのですよ。他の方からは少し分かり難いかもしれませんが、ロックさんはとても素敵な殿方です。なので良い所は積極的に肯定していきませんとね!」
優しい顔であまりにド直球に言われ内心ドキッとする。これはからかっている訳ではないらしい。彼女に照れはなく男女ではなく、あくまで人としての本心を言っただけだろう。
それでもそんな風に言われたら不貞腐れてる自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「…………うーん」
ただなんだか嬉しいやら釈然としないやらだ。せめてもの反撃に再び恨めしい、ジトっとした視線を彼女に向けてみる。
すると。
「……ねっ♪」
少し首を傾げパァと見惚れるくらい可愛らしい微笑みで返され、逆に俺の方が再び顔を背ける羽目になった。
駄目だこれ。ぜったい勝てねぇ。
「……はぁ。分かりました。分かりましたよ。降参です、もうやさぐれてません。あまり褒められると心臓に悪いのでもう勘弁して下さい」
「ふふっ。もうちょっと不貞腐れてもいいんですよ? お姉ちゃんがいっぱい甘やかしてあげちゃいますから♪」
「……俺の尊厳的にそこは我慢させて頂きます」
「あら、ざぁんねん」
目を合わせずにいうとまた彼女はお姫様の様に上品にころころと笑う。
それを見て俺も釣られて笑った。
「 ――って宿屋さ! いやなんか勝手に良い感じになってるがそもそも誰なんだよその女!? つかどうやって、いつの間に入ったんだ、ここ密室だぞ!?」
俺達とのテンションの落差を感じるが叫びが後ろからする。
プルートゥさんを背負ったまま振り返ると、同じ部屋に閉じ込められている元工作員たちが俺達を見てドン引きしていた。
「歌って踊れて可愛くかっくいい完全無欠の道化師プルートゥにございまぁ~す。いぇーい♪」
「いやそういう質問じゃねぇよ!? その女、さっきまでいなかったのにあまりに平然と混じってて怖いわ! つかここ出口一つしかない部屋だぞ!?」
あれ? この人達って確か面識あるよな。
「おかしいな。工作員の皆さん、この方に本当に見覚えありませんか?」
「いやいや初めて見たわ!」
プルートゥさんとも工作員達とも出会ったタイミングは同じだが、当時は一瞬だけ共闘しただけなので彼女の事はあまり記憶にないのか。
「……もしかしてヴォルティスヘルムで爆発するカボチャから飛び出してきたあの道化師か?」
元工作員の中で投擲男だけがようやく気付いたらしい。
「いぐざくとりぃ♪」
「やはりあのえぐいハメ技の……いやしかしだお前ら、ヴォルティスヘルムで初対面みたいな会話してなかったか? それがどうしてここにいる。どうやってここに入った」
「実はかくかくしかじかで一緒に旅する事にしたんです。ねー、ロックさん」
「はい。かくかくしかじかと実際に口で言うと何にも伝わっていませんけど、まぁそんな感じですね」
すると呆れた顔で眺めていた工作員の一人が吐き捨てる。
「ケッ。ただのカップルっすか」
「「違います」」
「いや息ピッタリじゃねぇッスカ。どうせ毎晩ズッコンバッコンやることやっ ――」
「下へ参りまーす」
悪態を吐いた工作員の一人がプルートゥさんによって地面に引きずり込まれていった。
「んごぉ!? もががががっ」
なんか闇に溺れている風になっているが自業自得だし見なかった事にしよう。
投擲男はその様子に自分の顎を撫でる。
「なるほどな。沁黒殿の影魔術と似て闇の中なら変幻自在に移動できるという事か。……なんつー凶悪な魔術だ。あらゆるセキュリティを簡単に無効化できる。なのになぜ貴方は無名なのだ?」
「無名とは失礼にございますよ? これでもわたくしめは最強にっ! 可愛くっ! そしてカッコイイ道化師として! そこそこ名が知れ渡っておりましてねっ」
そういって斜めに立ち腕を交差させウィンクするという妙にカッコイイ決めポーズを取るプルートゥさん。
「いやそれは道化師としてだろう。まさかその力、戦闘や諜報といった事に未だかつて使用した事がないと?」
「…………もちろんにございますよ?」
プルートゥさんがポーズ決めたまま全力で目を逸らした。
しかし確かにそうだ。いろいろと彼女のお世話になっているが、俺が所属している虹羽クランにあった新聞や著名人の事が書かれた本にプルートゥさんの名前や闇魔術に関するものは見なかった。
似た力である影魔術を使い、それを普及させていた沁黒は史上最悪の暗殺者として各国から名指しで警戒され、王侯貴族は影魔術に関する対策が講じられるレベルなのに……。
「あ。そういえばロックさん。生きたまま捕まえていた沁黒ってどうなったんですか?」
沁黒の名前が出たからだろうか、プルートゥさんが俺に尋ねる。
「それがですね、気づいたら彼は自然に帰っていたんです」
「そう……死んでしまったのですね」
「土に帰ったって意味じゃないですから。異空間からいなくなっていただけです」
俺はヴォルティスヘルムで目覚めた後、最後の最後で沁黒に助けられた事もあり礼をする為にも彼のいた異空間を開いた。
だがしかし中は空っぽ。なにがどうなったのか、彼はこつ然と姿を消していた。
「正直、何処に消えたのかさっぱりです」
「あそこから逃げるとは流石は大陸の権力者を恐怖に陥れる暗殺者」
「でも、もしかしたら次元の彼方に飛んでいった可能性もあって……彼を捕獲していた異空間を見て貰えますか?」
俺は気まずくなって目を伏せると、空間作成で沁黒のいた異空間を開いた。よく見ると一部亀裂の様なものが走っているはずだ。
「え? なんですかこの、亀裂?」
「はい、その亀裂は魔術の文字列の綻びでして……彼はそこから異次元、下手したら今頃パラレルワールド《異世界》に飛ばされている可能性が……」
「え、冗談ではなく?」
「マジです」
俺が悲しそうに頷くと珍しくプルートゥさんが頬を引きつらせた。
「そ、そうですか。ただ、悲しいですがこれも一つの決着にございます……それに別次元でも案外どうにかなっているかもしれません。なにせ大陸最強の暗殺者にございますから」
「そうですね……」
どうしよう今頃、太古の魔物ひしめく魔境とかにいたら。
ただ紅蓮大帝との戦いではもう一人、誰か分からないのに懐かしい声がした。一人でないなら案外元気にやっているかもしれない……。
「いやまてまてまてッ! お前ら、なんか捕まえた虫を放置してたら野に逃げてしまったみたいな話をしてるが……虫じゃなくて沁黒だと!? 沁黒ってあの沁黒殿か!」
「「はい」」
「はいってどういう事だよ!?」
仕方ないので彼らに俺の力と彼らを倒した後に沁黒とバトった事を説明した。すると投擲男が頭を抱える。
「時空間魔術。神話の中だけの架空の魔術だと思ったが……いや確かにあの戦いは神話レベルだったか。にしても大陸最強の暗殺者を監禁して、しかも下手したら異次元送りとは……さすが勇者なのか、それともただ管理が適当なのか……」
言葉にされると確かに我ながら酷いな。
「ん? いや待て勇者、なんで魔術が使える!? 枷と首輪はされているだろう!」
投擲男が何気なく時空間魔術を作っている事に気づき驚愕する。
「ロックさんの枷と首輪はわたくしめがちょーとだけ拝借してきた偽物にございます。皆さんの分もございますよ?」
すると流石のプルートゥさん、闇の中から何個か見た目が同じ枷と首輪を取り出し器用にお手玉を始めた。
「……脱獄する気なのか?」
「いえ今のところ――」
その予定はないと答えようとすると、隣にいたプルートゥさんがカッコよく空中で回していた枷をバシッとまとめて片腕に通し、音もなくすっと闇に消える。代わりに闇に埋もれていた工作員の一人が地上に吐き出され「ぐぇ」と床に転がった。
同時に扉が開く。
「おい貴様ら! これから犯罪奴隷の剣闘士用独房へ連れて行く!」
怒鳴り込んできたのは看守長だ。
しかし何故か顔に大きな痣がある。
「痣どうしたんですか?」
「ッ、関係ないことは喋るな!」
キレ気味である。たぶんだが俺のステータスチェックを適当にやってレベル15とか書いてたからお灸を据えられたのだろう。
俺達はイライラしている看守長の後についていくと再び地下へ降りる。最初に来た場所とは違うようだ。
「血生臭いな」
後ろで投擲男が小声で呟く。
確かに最初の独房よりも遥かに匂いが強い。
「ここに入れ!」
俺達が案内されたのは最初と同じ薄汚い鉄格子だけの牢であった。
ただ……。
「っ……」
「…………ハァ……ハァ……」
周囲にもいくつか牢があり、そこには不気味さを感じる笑みを浮かべる男や怪我で動くことも出来ない男などがいる。
「いいな貴様ら!? 処刑用の魔物を全て倒したからと言って調子に乗るなよ!? 貴様らは剣闘士ではない、犯罪奴隷剣闘士だ! 扱いは剣闘士より下、ましてや死刑はあくまで延期されただけであり、死刑相当の試合が随時組まれると思え!」
看守長はツバを撒き散らし血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「さらに剣闘士には『三帝』と呼ばれるマンドラを凌ぐ化け物が三人もいるッ。もしまた何かして俺のキャリアを邪魔したらそいつらとぶつけて殺してやるからなッ! 分かったな!!」
「知るかよ。それよりオイ、もう夜だ。俺達のメシはねぇのか」
「もうメシの時間は終わった! 一日くらい我慢しろクズ共がッ!」
投擲男の要求に一方的にキレ散らかすと看守長は巻煙草を咥え上の階、地上へと消えた。
犯罪奴隷とはいえ剣闘士ゆえある程度の自由は許されるのだろうか、それとも地下だから脱出先がないと思われているのか見張りは地上の出口に立つらしい。
俺は周囲を見渡す。
「巡回はされるでしょうが、ずっと中にいる見張りがいないのは助かりますね。上に覗き窓みたいなのありますけど細かいところは分からなそうですし」
「かもな。にしても動き過ぎて腹が減ったな。これ以上、腹を空かしても仕方ねぇし俺は寝るぞ」
「あ、それなんですけど」
投擲男達が疲れ切った顔で何もない地べたに寝そべろうとするので俺は待ったをかける。
「あ? なんだよ」
俺は次の展開が予想できたので誰もいない方向を見る。
するとやっぱりプルートゥさんがいろいろと新鮮な食材をもって浮かび上がってきた。さすが、できる女かっこいい。
「はいロックさんっ、わたくしは前に作って下さった白い汁のお鍋が食べたいです!」
「すべてお任せ下さい。というわけで僕――全員分のごはん作りますよ?」