表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿屋の倅、時空間魔術に目覚める ~真の勇者とか結構ですので宿屋やらせて~ √E  作者: 霧嶋透
3章 異形なる都市ナー・サラス 凍結大砂塵編
86/94

3-4 “奇跡の男たち”

あけましておめでとうございます。今年もまた適当な感じでよろしゅうお願いします


【ロック・シュバルエ 円形闘技場】



『いきなりぶっ刺したァァァ!! 流石は盗みを繰り返し最後は人にまで手を出した小悪党! 全員が魔物に気を取られた一瞬の隙を突いてまずは雑魚が一人脱落ぅぅぅ!』


「宿屋っ、てめぇがっ、囮になれ!」


 完全な油断。

 咄嗟に急所は外したが、敵は魔物なのだという認識の誤りが一瞬の命取りとなり、俺の脇腹にはナイフが深々と刺さっている。


「オイ待てやテメェ!」

「――!」


 投擲男の怒鳴り声に慌てた様に七番と背中に描かれた若い男は逃げようとする。

 反射的にナイフを抑えると、抵抗したが「くそっ!」と悪態を吐いてナイフから手を離し逃げ出した。


「え、えっ? ――ま、待ってくれ!」


 それを見て六番と背中に描かれたおっさんが混乱しながらも、迫る魔物と俺達を見比べ「ごめんっ、ごめんっ!」と謝りながら彼の後を追う。


 俺は自らナイフを抜き取り投げ捨てるが追うことも出来ず痛みで膝をついた。


「ちっ。ルール無用だから一般参加者の武器持ち込みも見逃されるってのかッ。それにお前も本当に力が使えないのかよ……ヴォルティスヘルムの天変地異が嘘みたいだぜ」


 魔王戦を思えばこれくらいという感じだが、普通にくっそ痛いし動くのがキツイ。

 駆け寄ってきた投擲男達が俺の刺された場所を強く押さえてくれる。


「おいっ! 息をゆっくり吸え!」

「応急処置のリア・ヒールしてやるから動くな」


「っ、すみません……でもなぜ助けるんです?」


 あまりにも自然に俺を助けようとしてくれる。彼らからすれば俺は怨敵だ。むしろ敵討ちに出てもおかしくはない。


「俺達はゴロツキじゃねぇ、矜持のある兵士だ。戦争が終わったのならもはや人を殺していい道理も怨嗟もない。……それに俺達は帰る場所のない死者みたいなもんなんだよ。生き残るなら俺達じゃない――お前だ」


 彼らはどうやら俺が思っている以上にこの状況において腹が据わっているらしい。

 それなのに不意の一撃を貰いこのざまなのは申し訳なってくる。


“いやロック、第三位階の時間逆行を使えよ!”


 ――え?


 脳内で先代勇者が怒鳴るが、時計を展開していない俺が使えるのは第二位階までで……。


“やっぱりなっ、お前風呂場で金的蹴り食らった時、第三位階が発現してるんだよ!”


「はい?」


 意味が分からない。

 ……意味が分からないが迷っている暇もない。


「第三位階――時間逆行」


 するとしばらくなんの変化もなかったが、ある一定の時間が経過すると急速に元に戻った。


「えっ、いや、は?」

「……で、できるじゃねぇか」


 どうやら俺は……金的蹴り食らって新たに力に覚醒したらしい。言葉にすると酷すぎる。なぜだ。


「って、それより鋏頭の魔物の方は!?」


「こっちには来てねぇよ」


 え?


「やっ、やめろ! 来るなぁ!!」

「助けてっ! 助けてくれぇ!」


『ざんねーん! この魔物は逃げるものを追う性質があるんですよねぇ、自業自得で一般参加組が先に脱落かなぁ!?』


「ぎゃはははは、ざまぁみろ!」「計算が違ったな偽善者のオッサン!」「どうせ喰われる順番が変わるだけだよバーカ!」


 投擲男が他所を向いたので釣られて見ると、魔物はこちらではなく逃げた二人の方を追っていた。それを見て司会や観客が笑っている。


「はっ。だがこれでこのゲームは決まったな」


「どういう意味です?」


「このゲームは参加者の一人が生き残った時点で終わる。あの魔物は特殊でな、武器なしではどうせ倒せないから一人になった時点で決着。出なければ賭けも成立しない」


「特殊?」


「ああ……向こうの二人は助からないだろう。ならあとは俺達の中の誰かが残ればいい」


 投擲男は静かに落ちていたナイフを拾い上げると、それを自分の首に当てた。


「恩赦、なんて都合のいいことにはならないだろう。だが次の処刑までは生かされるはずだ。あとは魔物が止められるまで逃げ回れ…………お前ら、悪いが先に行く」


 最後に投擲男は部下なのか他の三人に微笑んだ。


「すぐ行きますよ軍曹」

「ありがとうございました」

「アンタが上官で良かったよ」


 そうして彼は自分の首の動脈を切り裂き自決する。


「空間捻転っ」


 ――だがそんな事はさせない。

 ナイフはぐにゃと有り得ない軌道で彼の首を避ける。


「なにっ? おい、どういうつもりだ!」


「腹が据わりすぎるのも如何なものですかね。いやまぁね、確かに止める義理なんてものがあるかどうか分かりませんし、本人がそれを望むならそういう結末も良いと思うんですけど」


「なら邪魔をするな。生き恥でも晒せってか? 帰る場所もなく、負け犬として!」


「それを言われるとホントぐぅの音も出ないんですが――癪じゃあ、ありません? こんな所で殺し合わされて、見世物にされて。皆さんって、こんな結末の為に国と名を捨て戦争に参加してたんですか?」


 俺の煽りに四人の目に怒りが灯ったのが見て取れた。

 今度は振り向き襲われている二人の方を見る。


『おおっとこれは惜しい! あと少しで真っ二つだったぞ七番!』


「避けるんじゃ死ねぇよ!」

「バカ六番が先に死ねよクソがぁ!」


 煽る司会に罵詈雑言の観客達。


 ――気にいらねぇなぁ。


 勇者を気取るつもりはないが、ここに来てからというのもどうにも俺は、些か腹が立っているらしい。


「……だったらなんだ。俺達はもう負けたんだ」


「違います。それはこの間の話ですよね?」


「あ? この間の話って、お前」


「――この闘技場ではまだ一度も負けてはいない、でしょ?」


「はぁ?」


「そういう訳で死ぬ前にちょっと手伝って下さい、よっと」


 俺は困惑する投擲男に飛び掛かる。


「なにをっ」

「腕出して!」


 叫ぶと仰け反りながりも彼は腕を出したので時間遅延で上手く腕に着地する。


「まぁどうするかはお任せします。ただその代わり、まずはあそこまで投げて下さい」


 俺の指さした方角を見て、投擲男は目を見張った。だが本気なのを理解したのか、逡巡した後に乗っている腕を振り被る。


「……くそっ、どうなっても知らねぇからな!」


「いやぁ侯都で人間飛ばしてるの見て、一回やってみたかったんですよねこういうの!」


「喋るな馬鹿野郎が舌を噛むぞッ。投擲魔技――ロングボウ!」


 ぐいんっ、と身体に重力が掛かりながら高く速く空へと俺が投擲される。


 ――おおっ、気持ちいいなこれ!


 空を飛びながら前を見ると危機的な状況であった。


「まてっ、俺は、おれまだ! いやだ! いやだああああ!」

「どうすればっ、どうすれば!!」


 俺を刺した若い男が甚振られ足をやられたのか、尻をつき泣きながら後ずさる。もう一人のおっさんは相変わらず優柔不断に、逃げる事も戦う事もせず右往左往している。

 だが魔物はお構いなしに彼ら目掛けご自慢の鋭利な鋏の角を振り下ろす。


『これは決まったァ!! 次の犠牲者は七番と六番! 一般参加組!!』


「殺せぇ!」「いいぞぉ!」「死ね!」


 司会と観客が下劣に盛り上がる中。


「時間加速――初めましてこんにちわ宿屋デース!」


 その角を勢いの任せに真横から蹴っ飛ばしてやった。


 ――SYAAAAAAAAAAAA!?


 角は折れはしなかったがバランスを崩し横転しひっくり返る魔物。自分で起き上がれないのかジタバタしている。

 また突然の乱入に場も騒然となる。


『なっ!? なんだっ、人間が飛んできたぞ! いや投げたのは囚人組か! 強者達はここで虫の息のクズまでブン投げ、魔物共々一掃する気だああああ!』


「おいさっき刺された雑魚じゃねぇか!」「邪魔すんな引っ込んでろ宿屋!」「まとめて一緒に死ね!」


 俺のことが視界になかったのか彼らが少し動揺するが、囚人が投げた事に気づいて勝手に解釈をしていた。


「お二人とも無事ですか?」


「……っ、なんで」


 震えて涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔になっている二人を見た。

 良かった。捕食が目あえてならとうに死んでたろうが、この魔物はたぶん、そういうんじゃない。それが幸いしたか。


「いやぁ、せっかくですし、このクソみたいなゲームをぶち壊してやろうかなって」


「そうじゃなくて君、腹の傷はっ!?」

「ちが、なんで、なんでお前を刺した俺をっ、助けた!? どうして!」


 二人していっぺんに質問してくるので適当に答える。


「癪です」


「は、はあ」


「ここまで随分とロクでもない目に合わされてこちとら癪なんで、ちょーーと意趣返しをしてやろうと思いましてね。だからこっちの都合で助けただけなのでお気になさらず……あ、それと」


 俺は動揺している若い男に振り返ると――思いっきり蹴っ飛ばした。


「へぐぅ!?」


「よくも刺してくれたなこのクソヤロー! ……じゃ、これでさっきのはチャラって事で」


「ぐっ……そ、そんな簡単に済ましていい話じゃ!」


 ――SYAAAAAAAAAAAA!?


 俺の背後で雄叫びが上げ襲い掛かる。


『おおっと一般参加者と宿屋で仲間割れかな!? だがマンドラは待ってはくれないぞ!』


「おっと」


 俺は二人を抱えて時間加速で脱出する。鋏頭が空を切る。


「は? なんで助けてんだあの雑魚!」「おいおいあの宿屋、これがバトロワだって理解してねーぞ!」「ケハハハハハッ! あのバカはルールもわかってねーのかよ!」


 笑いを無視して俺は二人を離す。

 だが振り返ると鋏頭がいない。砂に潜ったのか?


「お、俺達はどうすれば……っ!」


「うーん、そしたら目を瞑ってぶるぶる震えながら百くらい数えといて下さい。それくらいで終わ――うわっ!?」


 突如、砂漠の下から上へと勢い良く吹き飛ばされる。

 二人をは巻き込まれなかった様だが少し不味い。下を見ると蠍の様な尾が迫り、落下地点では鋏頭が待ち構えている。


『出たー! マンドラの吹き飛ばしー! 空へ打ち上げられた哀れな宿屋は成すすべなく落ちるだけ! そこへマンドラの毒針の尾が襲い掛かり、逃げ様にも真下には巨大な鋏角だ待ち構えるぅぅ!』


「きたぁ! 一人目の犠牲者だ!」「よしゃあ、予想通り脱落だぜ!」


 俺は雑音を無視して真下で待ち受けるマンドラと呼ばれる魔物を見た。蛇の様な蜥蜴にして蠍? その顔が笑みである事を理解するのは簡単だった。


 こいつ、楽しいんでいるな。

 食事としてではない。弱者を殺す事そのものをだ。


 きっと今まで何人もその鋏で切り刻んできたのだろう。


 ――KIIIII!!


 思考は先ほどとは違う甲高い声にかき消され、放たれた毒針が弾丸の様な速度で俺を貫く。


「死ぬな。普通なら」


 B級冒険者以上でなければ目で捉える事も躱す事も出来ない、数多の見世物を殺し尽くしてきた殺戮者の一撃だ。


 ――だが教国最強(あの老剣士)やスキンヘッドの教官よりは遥かに劣る。


 俺はもはや、かつての駆け出し冒険者ではない。あのヴォルティスヘルムの死闘が俺を大きく成長させた。


「空間作成――連結展開」


 放たれた毒針が突き刺さる直前に両手でそれぞれ別方向に異空間を展開。

 俺を貫くはずだった針は左手の異空間へと吸い込まれ、体を通り抜け反対の右手の別の異空間から飛び出し、素通りした。


『まず一人! 矢の様な毒針で宿屋が貫か――は? え、ええっ!?』


「なんだ今の!? はずれたのかっ!?」「いや確かに刺さった、なのにどうして貫かれていないっ!?」


 観客混乱。

 化け物の即死の一撃が理屈も分からず回避された衝撃に闘技場全体がにわかに騒然となる。


 ――KIII!!


 だがマンドラの攻めは終わっていない。毒針を躱しても鋭い鋏がすぐ下から俺を両断しようとする。

 その目は強者のもの。人間を自分に与えられるただのオモチャとしか見ていないのが伝わってくる。


「随分と傲慢な蜥蜴だな」


 静かに怒りを滾らせ、ヴォルティスヘルムにて学友のリドルから無償で貰った剣を何もない異空間から引き抜いた。


「……いったい何人殺してきたのか。喰い過ぎて随分と重そうな首だ――今軽くしてやるよ!」


 迫る鋏に両断される前に落下軌道を捻じ曲げる。


「空間捻転スルー」


 瞬時に鋏を逸れ、首の周りを一周し地面に着地する様に目の前の空間が捻じ曲がった。

 直後に鋏が襲い掛かる。


「ッッ!?」


 ――しかし鋏が切ったのは空。マンドラの目の前から俺は突然消えた様に映っただろう。


「ドワーフ師匠直伝」


 混乱するマンドラのすぐ横で俺は剣を振り被りながら物理現象では不可能な回転軌道でマンドラの首横へと高速で()()、その勢いのまま。


 ――ずぶり。


 と鈍い音と共にマンドラの首に剣を食い込ませ、軌道に乗ってぐるっと首の周りを一周して分厚い皮を切り裂いた。


『なんだっ!? 急に首の周りでぐるっと一周回転し……え!? なんで剣!? アイツどこからっ、いや、いつから持っていた!?』


 ――GYIIIII?!?


 首に突き刺した剣が一周し噴き出す鮮血。


「まだだ」


 だが首はまだ落ちていない。地面に着地すると同時に剣を手放し、今度は着地の勢いを利用して異空間に手を突っ込んでハルバートを引き抜きながら振り上げる。


 ――分厚い首の皮は裂いた。残すは肉と骨を断ち切るのみ。


「戦斧系魔技崩し――断頭台ギロチンッ! 」


 その首へと渾身のハルバートが炸裂させ、ずぶっ――メリッ――と肉も骨もたたっ斬る。


 流水一閃。

 ハルバートが振り抜かれると、水が流れる様な淀みなさでずるっ、と音を立て恐怖に染まったマンドラの頭部が地面に落ちた。


「……よし、師匠に教えて貰った魔技もちゃんと覚えてるな」


 確かな手応えにこっそり拳を握る。

 時空間魔術と師匠達から教わった魔技や武器の取り扱い、そして教国軍を相手に鍛えられた実践経験により自分が大幅に強くなっているのが実感する。


「――うそ、だろ?」


 周りの誰ともなくそう呟かれた。


 やがて巻き起こる砂ぼこり、暴れながら崩れ落ちたマンドラの胴体部、口と眼だけが動く頭部。そのジタバタもやがて動かなくなり、言葉を発する者も消え、闘技場はやがて水を打った様な静けさとなった。聞こえるのは声量の小さい困惑の声だけ。


『な……なにが、起きた?』


「今、きった?」「え? え?」


 どうやら想定外過ぎたらしく観客も実況も看守たちも、後ろの一般参加組すら混乱している。ただ離れた場所にいる投擲男の呆れた声は聞こえた。


「……まぁそりゃこうなるか。あの魔物の皮膚、本当なら魔技も魔術も弾くんだけどな。武器も持ち込めないから絶対倒せない想定も勇者の前じゃ無意味だったか」


 え、そうだったの? 偶然だが最初に首を裂いてその後に魔技を叩き込んだが、実は最適解だったらしい。

 なおその静けさを破ったのは。


「…………当たった」


 観客席にいた一人の酔っ払いらしき男。

 見ると彼は急激に赤い顔を青くして、震えながら手元の札に目を落としている。そして少しして。


「当たったああああああああああ! 嘘だろ来たぞっ。来ちゃったぞっ、間違えて買った全員生還がきたぁっ!! 俺、俺は今日から億万長者だっ、あひゃひゃひゃひゃ!!」


『え? あ――そうだ! 確か二人だけ全員生還に賭けた奴がいたってオッズに……』


 司会が慌てて表を確認し周りの人間も我に返る。


『とにかく、なっ、ななんとまさかの大っ、大っ、大っ、大金星!! 訳が分からない! 一体何が起きたのか!? けれどまさかまさかの宿屋の倅の闘技場の歴史市場初の快挙! マンドラ討伐だああああ!』


 実況はまだいい。問題は……。


「あああああ俺の金ぇぇぇ! 金がァ!?」「うっ、嘘だ、これは嘘だ」「イカサマだこれは! こんなの認めない! 何が宿屋の倅だふざけんなッ!」「B級冒険者でもマンドラの単独撃破は無理なんだぞ! あいつボロ布に剣じゃねぇか!?」「それよりあの剣どっから出した! 反則だ反則ぅ!! 金返せぇチクショウォ!」


 俺のせいで賭けが破綻した人間達が阿鼻叫喚、見っともなく泣き叫んでいる。ざまぁみろ。

 しかし焦っていたのは彼らだけではないらしい。


「看守長! どうするんですかこれっ!? 奴隷間引き用のマンドラが殺されちゃいましたよ!?」「あれ以上に強い魔物にいないのに、このままじゃ前代未聞で全員生き残る大失態っすよ!?」


 バトロワを仕向けている看守達もあの魔物が負ける可能性など考慮していなかったらしく、慌てふためいた声がする。


「うっ、うるせぇ! とにかくラドンやグリーンモスターを出せ! 今いる他の奴らも全て出せ! これは処刑だ! あいつらを生かして終わらせるな!!」


 すると叫び喚いていた看守長の指示で、更に別な巨大なゲート六つが同時に開く。

 遠目から近場まで骨の怪鳥や百足、霊長類や分類不能なものまで様々な大型の魔物が放たれる。


『これは!? 闘技場の全処刑用の魔物が放たれています! いいのかこれ!? ずるくねっ? 魔物が倒された事もかつてないせいか、こんな展開も今までなかったぞォ!?』


「ちょ、ふざけんなっ! 俺一人で全部相手にしろってか!?」


 この量は流石に無理だ。

 そう叫ぶ間に後ろから大型の霊長類が俺目掛けて一直線に走ってくるのが分かる。

 さらには巨大な百足も骨だけの怪鳥も一斉に向かってくる。 


 とにかく一番近い霊長類を迎え撃つしかない。


 ――GUOOOOOO!!!!


「くっそッ! 多すぎだ!」


 だがその瞬間、霊長類の頭に大剣が突き刺さる。

 走っていた霊長類は足から崩れ落ち白目を向いて地面に倒れ込んだ。


「え?」


「――忘れるな、俺達もいる」


 投擲男だ。

 飛んできた方を見ると投擲男の周りに無数の剣が地面から出ている。……そんな気の利くことしてくれる可愛くて素敵な道化師は一人しかいない。


「ナイスですっ、プルートゥさん!」


 俺は感謝しつつ他の状況も見る。


 ――KVEEEEE!?!?


 すると怪鳥も叫んでおり、よく見ると二人の教国兵に空中で囲まれている。


「……ま、腐っても俺達?」

「紅蓮騎士様の直々の配下ですし?」


 そう余裕たっぷりに呟く空中の二人の教国兵。


 ――そうだあの二人、確か侯都で壁走りして縦横無尽に飛び回っていた奴らか!


 結局、自分より高く飛ばれた骨の怪鳥は真上から降ろされた斧と槌により首と頭ごと地面へと叩き落とされていく。


 ――KIIIII!?


 また迫っていたもう一匹も悲鳴を上げる。


「悪いね虫公、これでも僕もエリートなんもんでさ」


 大型百足だ。

 しかしあの魔物も最後の教国兵に鞭で首を絞められ、泡を吹きながらもがきのたうち回っている。

 間違いなく直に死ぬだろう。


 強い。名も知らない兵なのにやっぱり普通に強いぞ教国兵。


「……俺、時空間魔術って初見必殺系のアドバンテージとプルートゥさんの協力があったとはいえ、よくこの人達から逃げ切って勝ったな」


 彼らの強さに嫌な汗が出るが、とにかく瞬く間に三匹が殲滅され残りは半分。


 むしろ取り残されたイノシシ系、ゴーレム系、カメレオン系の魔物達は仲良く並んで門の前で尻込みしているのが見える。

 ならばこのままやってやる。


 俺はハルバートを捨て今度は異空間から弓と矢を三本取り。


 ――第三位階 空間跳躍。


 新しく使える様になった空間跳躍を行使する。時計開放時と違い使用するまでラグが数秒程生まれたが、そいつらの眼前上空に一瞬で移動する。


「よっ、時間遅延ッ!」


 恐怖からの驚愕。突然目の前に現れた俺にその三匹が動揺した隙を逃さず、一匹ずつ時間遅延をかける。その最後に。


「エルフ師匠直伝、流弓術――メテオシャワー」


 矢を三本束ねて一度に放つ。

 それぞれがイノシシ系、ゴーレム系、カメレオン系の魔物の額に向かい、到達すると時間遅延の影響に巻き込まれゆっくりとその頭部に近付いていく。


 三匹がスローモーションでその表情を段々と死の恐怖へと変える中、残りのカウントをしながら地面に着地。


「……三……ニ……一……終いだ」


 直後、ドンッ! と強烈な音を立てて三匹の魔物の頭部が矢により破裂した。


 瞬く間に六匹の魔物は崩れ落ち全滅である。


『――』


 今度ばかりは動揺すらなく誰も喋らない。司会も看守長も観客すら言葉を失っている。

 なので……これは好機だ。

 俺は悪辣な笑みを浮かべて看守長の前に空間跳躍する。


「――で、このゲームまだやります?」


「――っ、うおおおおおおっ!?!?」


 彼は突然現れた俺に驚愕し無様に尻もちをつく看守長。よく見ると巻煙草も驚き過ぎて落としたらしい。


「お、おおおお、お前!?」


「それとも次は看守さんたちを殺せばいいですか?」


 俺の言葉に一瞬で顔を真っ青にする看守長たち。


「くっ……ちゅ、中止だ! 今日の処刑は――」


「違いますよね?」


「は?」


「俺達の勝ち、ですよね? それともまだやりますか?」


「ぐっ……それは……」


「お忘れですか? この国の処刑方法はそれはそれは慈愛のあるものだと仰ったのは貴方ですよね看守長?」


「――ッッ!!」


 そういうと看守長は泣きそうな様な、悔しさに震えるような、なんとも表現できない顔をして。


「っ……決着だ……全員生還で決着とするッ!! 死ねクソォッ!」


 で俺達の勝利宣言をした。

 その宣言に闘技場が揺れる程の騒ぎとなる。


『すごい……すごいぞ! 凄すぎるぞ今回のメンバーは! なんだこれぇ!? 長く司会をやってるけど初めてだ、初めて見た! あるのかこんな結果が! まさに奇跡の男っ! いや“奇跡の男達”だッ!!』


「すっげ……賭けは負けたがこんなん見せられたら笑うしかねぇよ……」

「はははは! よくやったぞ宿屋! お前が最強だ! 感動した! あと金返せコンチクショー!」

「お前らならこの闘技場の三帝の牙城を崩せるかもしれねぇ!? こうなったらやっちまえ宿屋ァ! 俺は今日からお前のファン一号だ! そして今日失った金を取り返させろォォッ!」


「…………知らんがな」


 その宣言にあれだけ辛辣な物言いだった観客と司会があっさり手のひらを返し、拍手と惜しみない賞賛を俺に送ってくる。

 挙げ句に宿屋コールしたり闘技場内に金すら投げ込んでくる始末だ。……あ、今プルートゥさんこっそり回収したな。


 ――しかし現金というか素直というかなんだかなぁ……俺の怒りはどこに振り下ろせばいいんだ……。


「すまねぇ! 俺はっ、俺は!」

「ありがとう! 君のおかげだ! 君のおかげで僕は娘をっ!」


 さらに俺は足に縋り泣き付いてくる一般参加組の若い男とおっさんをあやしながら、クソとか雑魚とかさんざん罵ってきた彼らを前に、勝ったのになんか物凄くモヤモヤしたまま立ち尽くした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今日は無しな感じっすね
[一言] うわお!気づいたら続きが!! ご無理をなさらず、更新楽しみにしています!
[一言] >ラドンやグリーンモスターを出せ 全力で五体投地してゴマすりかましそうなクソバードっぽい奴がいる…………w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ