3-3 “奇跡の男”
【ロック・シュバルエ 闘技場地下牢】
「……つまりお前は本物の勇者で、ここに水の女神様が拉致されたから救出しに来た。ただ闇の女神様の手違いで誤って女湯に落下し捕縛、極刑を言い渡されてここにいる、と?」
「そんな感じです」
鉄格子の前に正座する俺の話を聞き、牢屋の隅で固まる四人が顔を見合わせ何とも言えない顔をする。
俺達は今、ようやく落ち着きを取り戻しお互いに事情を説明している。
「……水の女神様が拉致ってホントなのかよ? 事実なら天地が引っくり返るくらいヤバイだろ」
「あの、兄さん達は闇の女神って聞いた事あります? 闇はかつて魔王側についた事で勇者に滅ぼされていないんじゃなかったでしたっけ?」
ただ女神関連の話に四人は困惑しきりで信用する材料になっていない感じだ。
「……くどいがな――勇者殿は本当に俺達を殺しに来た訳じゃないんだな?」
三十から四十歳ぐらいの短髪をした屈強な大男、あだ名“投擲男”が代表して俺に尋ねる。
「はい。ヴォルティスヘルムの人間はあなた方を赦さないと思いますが僕にそこまでの敵意はないです。そもそも死刑囚じゃないですかあなた方。言ってはなんですが僕もそこまで恐怖されるとは思いませんでした」
「それはそうなんだが……あの蘇生や天変地異を見せられるとな。身体に恐怖が染み付いてやがるんだ」
理解はしているが感情が追い付いてないらしい。
「というか、なぜヴォルティスヘルムの捕虜がこんな所にいるんです? 他国ですよここ?」
投擲男を除く三人が微妙な顔をしたが、彼だけは顔色一つ変えずに説明した。
「正規軍はまだしも、身分を偽装し潜伏していた俺達の様な工作員は本国から存在を否定されている。王国に捕まっていた工作員はあらかた処刑されたが、当初は捕虜の引き渡しの条項があった為にたまたま早めに国に送還された俺達は、送還されたはいいものの本国で受け渡しを拒否され行き場が無くなった。そして腫れ物同然で回り回って、王国と友好関係にあるこの国で処刑される事になった」
なんだそれ。
侵略戦争とはいえ自国の為に戦った兵を切り捨てるのか?
「それは」
「なんだその顔。いいんだよ、工作員は名も家族も捨て、最初から切り捨てられるのも承知の上であの作戦に参加していた。お前がそんな顔をするな」
言われて自分の眉間に皺が寄っていることに気付いた。
「……にしてもお前、人間だったんだな」
「え? いやずっと人間ですけど……今は紅蓮大帝との戦いの力も使えないですし、その辺にいる普通の自称宿屋です」
たださっき空間作成を使った感じ、衰えていた力も戻ってきていた。
「自称宿屋はその辺に普通いねぇよ。その辺の話はさっき聞いたが、そうではなくだな。ものの見方で勇者も魔王も変わるものだなと思っただけだ」
そういえば最初は魔王と言われたからな。
彼らは紅蓮大帝を味方だと最後まで信じていたからなのだろうか。
「でも紅蓮大帝、あの人はあなた達も一緒に殺そうとしましたよね?」
「関係ねぇさ。作戦が頓挫した時点で工作員の俺達は生きて帰る事なんて考えてなかった。作戦の第一目標はヴォルティスヘルムの奪取だが、例え奪え切れなくとも更地化するのが最低目標。侯都さえ落とせれば王国の守りは辺境領だけとなり一気に南部の広範囲を抑えられるからだ。
ゆえにあの御方は盤上を引っくり返す最後の希望だった。技術局の開発したあの甲冑の制御に唯一、成功したのもあの御方だ。教国の希望であり誰からも慕われていた人なんだよ。間違いなく英雄だった。本人はあまり教国に思い入れはなかったみたいだけどな……むしろ五年以上も積み重ねた作戦を土壇場で引っ掻き回したお前こそ、最後の天変地異を含め悪魔そのものだ」
彼は苦々しく、けれど少し自虐気味に笑った。
「……最初は僕もなし崩し的に戦っていただけなんですけどね。しかしどうしてそこまでして王国南部を奪い取りたかったんですか?」
教国は苛烈というか、決死の覚悟すら感じる侵攻だ。防衛に必死で気付かなかったがら彼も相当に強引だったのだ。
「俺達は所詮、下っ端だから詳しくはしらない。……が、教国内ではずっと噂されている悪い噂がある。『死、来る』だ」
「え?」
「教国には聖女の代わりに巫女がいるんだが、その先代の巫女が死の間際、発狂の果てに呟いた言葉がそれだ」
「……まさか予言ですか?」
「上層部は否定に必死だが、軍の内部から見た印象は間違いなく予言であり、上層部はそれを元に国家戦略を立てている。つまり」
“――死の魔王、ザックーガの復活か”
苦渋に満ちた声で先代勇者にしてそのザックーガを当時、教国にいたという精霊王達と共に退けた村松が脳内で呟く。
けれど彼も勝った訳ではない。すべてを犠牲に何とか押し返しただけの相手。
「教国にある大神殿の地下には地獄に通じる門があると囁かれているが、そこから数百年前の魔王が蘇るのではと、兵士達の間では噂されている」
「だから国民を出来るだけ遠くへ逃がそうと?」
「上層部は明言しないが暗黙の了解で皆そう思っている」
……やばいな。
ザックーガの残滓の様なものとはヴォルティスヘルムで俺は戦っている。ただ所詮は残滓。
“いくらロックが天才でもあれには単身では勝てないぞ。奴は死の化身。紅蓮大帝の操るマグマの上位互換を操る存在だ。やっぱりなんとかして復活を阻止すべきなんだが、これと言った手立てもないんだよな。……くそっ”
もし今すぐにでも復活して場合、勝てる可能性は極めて低いようだ。
「もっとも今すぐに復活するという話ではないだろう。上層部は十年規模の移住及び商人増加政策を発動させている。あれは間違いなく教国の民を外へ逃がす為の施策だからな。その間はまだ大丈夫だと思うぞ」
「そうですか……」
「――お前なら勝てるのか?」
不意に縋る様な目で見られた。けれど俺の返答を待たず彼は頭を振った。
「いや、なんでもない。筋違いな話をした。それに俺達はどうせこのあと死ぬんだ…………処刑場で“お前に殺されてな”」
「え?」
はい? なんで俺が殺すんだ?
「いやだから僕は別にあなた方の事は――」
その時だ。
牢屋に繋がるドアが軋んだ音を立てて開いた。
「オイオイ……ホントに生きてるじゃねーか宿屋」
振り返ると巻煙草を咥えた看守長が拍子抜けした顔で俺を見ていた。
「まあいい獲物は多い方が盛り上がるだろう。全員出ろ、お待ちかね」
看守長が冷酷な笑みを浮かべる。
――処刑の時間だ。
『レディィィィィィィスアーーーンドジェントォルメェェェェェェン!! さぁさぁお待ちかね! 本日のメインイベント『奇跡の男』の時間だッー!』
俺と工作員達は全員揃って地下から闘技場の入場口に連れてこられた。
すると待ってましたとばかりに魔導具によって拡声された声が闘技場内に響き渡る。
「なにがメインイベントだ。クソみたいな処刑のやり方で賭けの対象にしやがって」
隣で投擲男がぼやく。
周囲を見ると闘技場の観客席には疎らだが客と思わしき砂漠の男達がいた。
どうやら彼らにとって処刑はショー扱いなのだろう。
「おーう、やれやれ〜ヒックっ」
「早く紹介しろクソ司会! 賭けられねぇじゃねぇかよ!」
……ただ明らかに客層は悪い。昼から働きもせず、飲んだくれにギャンブラー。座席に対して人数が少ない辺り不人気なのだろうか?
『うっせぇなぁ〜、昼から呑んで、処刑でギャンブルしに来てるクソ共がよぉ……』
「おおいっ!? この司会、今なんか言ったかぁっ!?」
「俺達ちゃ客だぞ、やんのかこのヤロー!? ……ヒックっ」
人が多くないせいか司会も客もだいぶ緩いな。
『なんでもありませーん☆ さぁて気を取り直して砂漠国に伝わる伝統の処刑方法、奇跡の男! 本日この地獄に参加するのはこの七人だァ!』
俺達のいる入場口に視線が集まると、後ろからいきなり蹴り飛ばされた。手枷のせいもあって俺達は屋根の無い円形闘技場のメイン舞台に転がされる。またか、足癖悪いぞ。
「せいぜい頑張れよお前ら。運が良ければまた一日生きられるぜ」
蹴り飛ばした看守長が背後で笑う。
すると兵士達が一斉にこちらに群がり上半身の服を剥ぎ取り背中に塗料らしきものを塗り始める。
「ちょ、なにしてるんですかっ!?」
「番号だよ。お前たちを区別する番号だ」
それが済むやいなや彼らは俺の首輪や手枷まで外し始め、あっという間に自由の身になる。
「えっ、結局この首輪は外すのか?」
こうなればあとはどうにでもなってしまうぞ。だがなぜそんな事をするのか分からない。
『さぁやって参りました死刑囚五人! 一番から四番はなんと、どこぞの戦争で暴れまわった名も無き強兵達だァァァ!!』
「おい見ろよあの筋肉! 四番はカタイな!」
「いや二番のヒョロいのはもしかしたら魔術師かもしれんぞ」
「一番と二番も鍛えられてんなぁ。それに殺しの経験も豊富、と。今回は随分と難しいぜ〜」
柄の悪い客達がまるで品定めする様に上半身裸の工作員達を見ている。
『そしてそして最後の一人はええっと、なになに……ちょっ、えぇ? なにこれ嘘だろ。ホントなのか?』
「もったいぶってねぇで早く言え司会!」
「賭けに間に合わなかったらテメェのせいだぞ!!」
『うるせーな! ったく、なんとなんと最後の一人は衝撃の死刑囚――王族の湯浴みに乱入し死刑判決を受けた宿屋の倅だあああああ!!』
客達が目を見開いて一斉に俺を見る。
空気が固まった様に静かになったあと、一斉に彼らは。
「ブハハハハハハハハハ!!!」
爆笑した。
「今まで見た中で一番の雑魚じゃねーか! 帰れヘンタイ、一人で首括ってろ!」
「ひゃははは、死刑の理由が女の湯の覗きって、はらいてぇ!!」
「よっしゃあ、これで当て易くなったぜ! お前はさっさと殺されちまいな宿屋!」
兵下たちと同じくボロクソに言われる。
……不可抗力なんて言っても無駄だろうな。つーかここに来て俺、悪く言われすぎじゃないか?
『いやー、ビックリですよ。まず最初にくたばりそうな雑魚ですが、果たしてどれだけ持つんでしょうか? ではあと二人、一回限りの一般参加組をご紹介!』
「嫌だ! 帰してくれ!? 奇跡の男だと私は、私は知らなかったんだ!」
「くそっ……くそっ……これじゃ死刑と変わらねぇ!」
俺達が突き飛ばされた入り口から同じく半裸で六と七と背中に描かれたひ弱そうなおっさんと、俯き怒りに震える若者が現れた。
『六番の男はアーリア商会への借金を返せず、借金の棒引きを賭けての参加! 七番は盗みを繰り返す小悪党だが兵まで殺しちまったことで減刑を賭けての参加だァ!』
「六番は駄目だな」
「七番は案外……」
『という訳で賭け金の受付をスタアァート!!』
司会の合図に観客達が近場の元締めの所へ行くのが見える。
「俺は二番に銀貨三枚!」「四番に銀五!」「七番に銅十!」などと硬貨を渡し券と交換している。
「……一体、何に賭けているんだ?」
「誰が生き残るかだ」
投擲男が俺の独り言に反応した。
「奇跡の男。昔、闘技場の事故で七人の囚人が戦い一人だけ生き残った感動の逸話から導入された、最後の一人になるまで殺し合う処刑方法だ」
「それってバトルロワイヤルってやつですか?」
「そうだ。と言いたいが一つだけ異質な点がある。逸話では事故があったんだよ。それは」
彼の言葉を遮って突如、楽器か何かの金属の音が響く。
『さあ皆さん! 券は買われましたか!? こっちの準備も出来たようです、最後の参加者を呼びましょう!』
司会の声に合わせて闘技場の高台に一人の男が現れ、何やらダイスらしきものを掲げる。
それを目の前の皿台に転がす。出目で何か変わるのか?
やがて止まったのか男はダイスを持ち上げ宣言した。
「十二だ! 最悪の十二だ!!」
男の掲げたダイスの出目で会場にどよめきが起こった。
「オイオイこないだ誤って全滅させたばっかじゃねーかよ!」
「この当てやすそうな賭場であの化物を出すのか!?」
『これは来てしまったァーー!! 奴はゲームブレイカー! 本来ならば誰か一人が生き残るはずが勢い余って殺し尽くすこと多数! 観客も参加者も地獄に落とす最悪の処刑人にして最強の処分屋!』
司会の声に俺達の反対側、遠くの入り口が開く。……それも人より十倍も馬鹿でかい入り口が。
隣で投擲男が苦虫を潰した様に呟く。
「この処刑の元になった逸話はな……七人の素手の囚人と、それを襲った凶悪な魔物とのルール無用の殺し合い。その中から一人の囚人が生き残ったから奇跡の男と呼ばれ、こうして素手の七人のバトルロワイヤルに一匹の魔物がぶち込まれるんだよ」
『奇跡の男の選別者にして、闘技場最強の魔物ッ! デザァァァーート・マンドラアアアア!!』
――SRYYYYYYYYY!!
観客の喝采と同時に現れたのは十メートルはあろう腕がなく足だけの蛇の様に長い首の蜥蜴。ただしその額には異様に大きい、二本の肉切り包丁で作られた鋏の様なニつの角。
それがジョキンッ、ジョキンッと音を立てて空切りしている。
“ヘラクレスオオカブトの角を鋏にした蜥蜴版みたいな奴だな……”
先代が呟くヘレクレスなんちゃらは分からないがデカさといい、あの鋏といいバトルロワイヤルどころではない。
――あれと素手で戦うのか?
『それでは処刑スタートだああああ!!』
合図と共にマンドラと呼ばれた異様な蜥蜴が砂埃を上げて突撃してくる。思ったより速い。
だがこれでなぜ処刑場ではなく闘技場なのか理解できた。それにこのルールなら思ったより楽に死刑を回避できるかもしれない。
「なるほどなっ……ようは魔物をなんとかすれば」
大丈夫。
そう言おうとした瞬間、近くにいた一般参加者と紹介された七番の若い男がこちらに駆け出し。
「死ねぇッ!」
「ぇ?」
――俺の脇腹にナイフを突き刺した。