3-1 ドナドナロック
【大砂漠の宮殿 ロック・シュバルエ】
「さっさと乗れ!」
謎の宮殿で死刑判決を受けた俺は、裁判が行われた広間から引きずり出され魔法陣が描かれた魔導具らしき馬車に放り込まれた。
「うぐっ」
首輪に手枷、さらに足枷までされた状態で車内に転がされドアが閉まる。
この枷、何処にでもありそうな見た目だがヴォルティスヘルムにあった魔力を遮断する鉄格子と同じ素材らしく魔力が上手く練れない。
トドメにドアの外で金属音が響き、時間を掛けて厳重に四つ以上の鍵が掛けられた。馬車の中は基本的に密閉されているが、前方にある監視用の小さな覗き窓があり、そこが開閉され兵士らしき男が一瞥した後に馬車も動き出した。
「……どうしてこうなった」
率直な感想がこれである。
俺は昨日まで王国の侯都ヴォルティスヘルムにいた。
確かにちょうど出立する感じだったが、だからと言って謎の大浴場に放り込まれたかった訳ではない。
「どう見ても砂漠だよなぁここ」
馬車のほんの僅かな隙間から外を見ると馬車が通る整備された道以外は一面砂だらけ、絵本や宿屋時代のお客さんから聞かされた砂漠ってヤツだと分かる。
そしてとにかく暑い。王国の気候とは比較にならない。
見かけた人々も皆して肌が褐色。服装は基本的にターバンと言われるものを頭に巻きつけ、男は半裸や薄いジェケットを羽織るだけ。逆に女性は白い服を頭まで足まで被ってたり、或いは扇情的に思えるほど露出が多かったり独特だ。
「世界ってひれー……」
実は初めて見る砂漠にちょっと感動していたりもする。
まぁそれは置いといて、さっきのプルートゥさんのやるせない叫びが頭を過る。
“王族専用の大浴場に転移させるなんて女神さまのばかっー!”
「あれはつまり、闇の女神様が俺とプルートゥさんをここへ強制的に送り込んだって事なのか?」
でもなんで?
つか闇の女神なのに転移はどう見ても時空間魔術だったぞ? それどころか転移の魔法陣は俺の使う魔法陣とかなり酷似していた。
女神はその系統の力において全能にして象徴。だからこそ他の力を使えるなんて逸話はかつて聞いた事がない。ましてなんで俺と魔法陣まで同じなのか。
他にも分からない事がある。彼女が俺達をこの場所に飛ばした意味だ。
大浴場で見たロズなんちゃらって女性、王国の姫様とか言われてたけど彼女と俺を会わせる為に飛ばしたのか?
でも肝心のお姫様は捕まってから一度も見てないし、そもそも王国の姫様がなぜこんな辺境の砂漠にいるのかもよく分からない。
「うーん駄目だ……女神がどうやって転移させたのか、その目的も何なのか、さっぱり分からん」
「おやおやお困りですかぁ?」
「え?」
考え込んでいると突如、壁しかない真横から独特なイントネーションと共に幽霊の様な女の顔がこちらを覗き込んで来た。
「なっ!? ……って、プルートゥさん!」
「あっ、しーっ! ロックさんしーっ!」
思わず口を押さえる。
恐る恐る御者と兵士がいるだろう前方の覗き窓を見ると、窓が開いて兵士と目が合ったが、しばらく周囲を確認して何もないのが分かったのか再び閉まる。
少し時間をおいて彼女は覗き窓の死角になる場所から再び顔だけを出す。体は闇の中だろう。
「……もう大丈夫でしょうか」
「ええ。にしても驚かさないで下さいよっ」
「いやぁ少々不用意にございましたね。誠に失敬、失礼、失禁にございました」
神妙に言ってるけど最後ただのおもらしじゃねーか。
「それでプルートゥさん。この状況、一体どういう事なんですか?」
「あー、うー。実はですねぇ……」
目を瞑り頭を傾け何とも言えない顔する。
「ここは大陸の西に広がる大砂漠。その中にあるダイモスと呼ばれる砂漠国らしいんですが、なんかですねぇ……闇の女神様によると、水の女神様が襲撃され何者かによってこの大砂漠に拉致された様でございまして……」
「はい?」
んんっ?
水の女神が何者かに拉致ぃ? え? 女神って拉致されるの?
つか言い伝えだと天界って場所にいるんじゃないの彼女たちって?
「心中お察しましますよ。私だって状況がよく分からないんですから。ただ闇の女神様はかなり焦ってるみたいで、この砂漠の何処かに水の女神様がいるのは間違いないらしいのですが……あ、あと追加の神託が来ました」
「神託!? まさか魔王ですか?」
「こほんっ……『女湯に落としてしまい誠に申し訳ございませんでしたわ。その、ファイトですわ』との事です」
「……神託で?」
「神託で」
闇の女神なんか思ったより緩いな……。
「とりあえず事情は分かりましたし、僕は怒ってないです。悪意があったというより、事故みたいですし。女神様にお伝えする機会があればそうお伝え下さい。
……それにその後の対応の悪さは自業自得かなって。女性に「興味ないです」は流石に我ながら失言だったと反省してます。これからはなるべく使わない様にします」
「ええっ!? あのロックさんがデリカシーのない発言を自覚して、しかも反省していらっしゃいます!?」
「いやそこまで驚かんでも……ぼ、僕だって多少は反省するんですよっ」
普段どんな風に見られてるんだ俺。まぁ確かにデリカシーはないのかもしれないが、反省くらいする。た、たまにだが……。
すると闇の中から上半身が出てきて、にまにま顔で優しく頭をナデナデされた。
「ふふっ、冗談ですよ。でもちゃんと反省されてえらいえらい♪」
「……いや反省くらいできますから」
貴方はオカンか。ただ悲しいかな、不服だけれど撫でられて嫌な気がしていない自分がいる。
……あと頭を撫でてくれる関係で彼女の上半身が闇から乗り出していて、彼女の甘い良い香りが鼻孔をくすぐり、その片腕に乗っかるおっきな質量を感じる胸が眼の前で強調され凄く困る。
「どうしましたロックさん?」
「やっぱり興味ないです」
「わずか数秒前の反省はどこへ……? とにかくですロックさん、このまま闇に紛れて脱出しますか?」
「それは――」
俺は彼女の提案に即答し掛けて言葉を止める。
聞いた話では砂漠には水が殆どないらしい。砂漠に女神が拉致された以上、水のありそうなこの国を拠点に捜索しなくてはならないはず。
闇雲に探して見つかる保証もない。
馬車の隙間から外を見るといつの間にか市街地に入ったのが分かる。案の定、水らしきものを売っている商人の姿も散見された。
やはりここで追われる身になれば生命線の水の調達が困難になるのは明らか。
「……脱走犯として水の女神の捜索活動をするのは危険すぎる気がします」
「それはそうなのですが、ただ、その、問題はロックさん極刑っていう」
「うっ」
ですよねー。
脱走も問題だがこのままでは処刑されるのも事実。なんとか上手いことならないか。
「うーん……」
「うーん……」
二人で思考しているとやがて馬車が止まる。
「おい! ついたぞ、鍵を持って来い!」
外から兵士たちの声が聞こえ始める。
「やばっ。プルートゥさん、とにかくあとは自分で何とかやってみます。最悪は逃げますがその時はごめんなさい」
「分かりましたにございます。では道化師は陰ながら見守らせて頂く感じで」
何重にも施錠された鍵が開けられ始めると同時にプルートゥさんが闇の中へ消える。
「っと、その前に闇玉! あーんど一名様ごあんなーい♪」
「えっ」
突然、彼女は再び顔を出し閉じている覗き窓に暗闇を放つと、今度は俺の手を握り闇の中へ引き込む。手を繋ぎながら間髪入れずに俺の首に何かを突き立てた。
「なにをっ」
「ええと? おかね〜ましまし〜ひらけたまねぎー?」
よく分からない謎呪文と共にカチッと音がする。枷が外れたのだ。
あと“ええぇ、俺が適当に伝えた『ひらけごま』何がどうしてそうなってんだよ……”と脳内で何故か先代勇者が嘆いていた。
「実はこんな事もあろうかとこの道化師め、宮殿から偽物の枷と前に座る御者の方から鍵を失敬しておいたのでございます」
「え、マジすか?」
「えっへん!」
銀髪を二つに結んだウェーブのかかった髪を揺らし、むふー! と可愛くドヤ顔を決める。ただその間も手は休めず瞬く間に俺の首輪と手枷を、魔術の阻害効果のないただの首輪や手枷へとすり替えてくれる。
「プルートゥさんちょっと凄すぎません? でも、うん……魔術が普通に使えるならあとは自分でなんとか出来ますよ。具体的な方策がある訳ではありませんが、上手くやってみせます!」
「おおっ、それは良かったです。でしたら私めは闇の中でずっと応援しておりますので……」
不意に握られていた手にきゅっと力が入る。彼女は自然な動作で髪を少しかきあげ、見惚れるほど綺麗な顔を俺に少し近づけると。
「――ロックさんの格好いいとこ、私にいっぱい見せて下さいね♪」
と内緒話をするかの様に耳元で甘く蕩ける様な声で囁いた。
再び顔を離すと何がそんなに嬉しいのか目を細めてクスクスっと上品に、だが小悪魔の様に微笑んでいる。
直後、掴んでいた手を彼女が離した事で闇から弾き出され俺は一瞬でまた馬車の中へ戻った。
「……」
――やられた。
今のはやられた。今自分がどんな顔をしてるのか想像したくない。思わず口元を手で押さえる。
「いやだから……そういうのは卑怯ですよプルートゥさん……あんなこと言われ――」
「あ、ところでロックさん?」
「――ひゃい!?」
「ふふっ。ちょっとお時間ありませんので……そぉい!」
闇の中から声がしたと思うと空中に俺の剣や簡素な槍、弓などが放り出されたので慌ててキャッチする。
「あっ、武器! 武器めっちゃ助かりますっ。第ニ位階――空間作成」
異空間に即座に受け取った武器を突っ込んで閉じる。
「ホント何から何までありがとう、プルートゥさん!」
「いえいえ~。私達は持ちつ持たれつですからねっ」
小声で感謝を伝えると闇の中からぐっ! とグーサインが一瞬だけ出てきてまた引っ込んだ。それを見て俺の精神も少し落ち着く。
と同時に、外の何重にも施錠されていた鍵開けの音が止んだ。
「よーし最後の鍵も問題なし。全員警戒、開けるぞ――うむ、中は問題ないな、さぁ降りろ!」
間一髪、馬車のドアが再び開く。窓から覗かれることも無く、今の魔術も気付かれなかったようだ。厳重すぎて解錠の為に空白の時間が生まれた事が逆に助かったらしい。
俺はそのまま上がり込んできた複数の兵士たちに無理矢理、馬車内の暗闇から照りつける太陽の下へ引っ張り出された。
「ッ、眩しっ……ってなんだここ?」
そうして馬車から降ろされ光に目が慣れると、まず目に飛び込んできたのは巨大な円形建物だった。
これは一体……。
「よく見ておけ、お前の死に場所となる剣闘士達の円形闘技場だ。さぁ行くぞ!」
そう言って引っ張られる先にあったのは男達の喧騒やら剣戟、断末魔が響く血で血を洗う闘いの世界だった。