Epilogue9 『暖かな田園』
「来たか」
学園で心当たりの無い謝罪をとりあえず受けたロックは、次に冒険者ギルドに来ていた。
扉を開けこっそり中を覗く。だが即座に師匠達に見つかった。
「おいロックが来たぞ!」
ドワーフ師匠の声に他の冒険者達も騒がしくなる。
「おいっ、どれだ! 誰が例の――ああっ! そうだよ! アイツだよ、あの化物の大木を単独でぶっ潰していった野郎は!」
「間違いない。アンデッドの軍勢を歩くだけで皆殺しにした聖人様……」
「あれが噂の魔物クラッシャーか……確かに見た事あるぞ。普通そうなのに、すげぇ奴だな」
彼らはロックを知っていた。
紅蓮大帝と戦った勇者だからではない。その前に巨大な火樹鬼やアンデッド軍団を蹂躙し、教国軍を単騎で殲滅せしめたからだ。
全員ガン見である。
「……どうも」
「やっぱり教国軍の幹部を倒していったのは貴方なのロック?」
そこにはギルドの受付嬢のエミリーの姿もある。
「あ、はい。まぁ」
「まさか本当だったなんて……なんと言ったらいいか正直、分からないわ。けどこれだけは言える。ありがとう。貴方のお陰でここにいる者達はみんな生き残れた」
そういってロックを抱き締めるエミリー。
他の冒険者達もこの時ばかり好奇心や冷やかしではなく、感謝と敬意をロックへ向け喝采と冗談混じりの賞賛が巻き起こる。
「まったくよぉ、巨大な木が玉っころになった時はビックリし過ぎて死にそびれちまったぜ!」
「あんたのお陰で生き残った俺がパーティーの隠し財産総取り出来たぜ! あんがとよ!」
「ほんとっ、君が来てくれなかったら治癒の使い過ぎで死んで、聖女様になるとこだったよ!」
そういって彼等は笑い合う。
彼等にとってロックは英雄ではないのだ。勇者でもない。彼等からすればロックは、なにより頼もしい戦友だった。
皆が皆、あの場では死力を尽くし教国軍と紅蓮大帝に抗っていたから。誰もが死を覚悟してなお、マグマの地獄の中で必死に活路を見出していたから。仲間の死を前にして歯を食いしばって生き足掻いたから。
だからこそ、その背を見た時に彼等は震えた。
その誰よりも頼もしい背中を見て、オレはまだ終われない、私にも出来ることはある、と生き抜く事が出来たのだ。
結局、確かに魔王を討ったのは間違いなくロックではある。だが戦ったのは一人ではない。沈黙の都市で生きる為に皆がそれぞれ死力を尽くした結果が今なのだ。
「……でも正直にいえば私、貴方のことずっと弱いんだと思ってた。いったい何があったのよ。私この仕事に向いてないんじゃないかって自信無くしそうなんだけど」
エミリーはそう苦笑する。
実際、彼女のロックに対する評価はお世辞にも良いとは言えなかった。
上にはいけないけど現実的で堅実に頑張ってくれる若者。
だが蓋を開ければ教国軍の幹部を鎧袖一触。S級でも勝てないであろう化物達を、まるで三下の様に次々と撃破していったのだ。
堅実の対局にいる破格の冒険者である。彼女が一番驚いているのは間違いなかった。
「とりあえずロック君、こっち来なよ」
「あ、師匠」
爽やかな好青年、騎士師匠。
「ごめんね、彼借りるよ」と周りに告げる彼に手招きされ、ロックは師匠達にギルドの二階にある個室へと連れて行かれた。
「で。早速ですが聞かせてくれますかね、君の正体を」
部屋に入ると貴族師匠に予想通りの質問をされ、師匠達に――なぜか魔女師匠とエルフ師匠はいないが――説明を始める。
自分の正体とその力。この都市であった一連の戦い。
そして全てを話終えると……。
「黙っていてすみません」
そう謝罪した。
そんなロックの姿に全員が顔を見合わせたが。
「――馬鹿野郎! 最高だッ、良くやったぜ!!」
野伏師匠ことマキラを筆頭に全員が抱き着いた。
「ぐえっ!?」
むさ苦しい男四人に揉みくちゃにされるロック。
「いやーこれで我々、勇者の師匠ですな!」
「おうっ! 実家のかあちゃんに自慢したろ!」
貴族師匠とドワーフ師匠は少しズレた所で盛り上がり。
「……ありがとう。この都市を、ぼくの大事な人の故郷を救ってくれて」
騎士師匠は涙を浮かべていた。
――ああ、そうか。
ふとロックは思い知る。
――俺がもし負けていたらプルートゥさんだけじゃない。都市の人々も、この学園の生徒達も、冒険者や師匠達も全員、死んでいたんだよな。
それはあったかもしれない最悪の末路。一人ゾッとするロック。
「しっかし、マジで勇者なのかよ。つか光の神殿とかが言う勇者とは違うのか? それともお前もその中の一人なの?」
マキラの疑問に、ロックは知っている限りの話をする。
それに当然の様に疑問を抱く師匠達。
「……それ、光の女神様は何処までご存知なんでしょうか?」
「そんなの関係ないだろ。ここに本物が現れたんだ。世間の評価も全部ひっくり返るわい!」
「いやいやそれはいけない。あの手の連中は、自分達の邪魔と思えば容赦なくロックを排除するやもしれませんぞ」
「……光の神殿クソすぎだろ。宗旨変えするわ」
騎士師匠が疑問を呈し、ドワーフ師匠がそれを笑い飛ばすが、貴族師匠は元貴族らしい視点で断言し、マキラがドン引きした。
「あの、僕の事……怒らないんですか? 黙っていたのもそうですし、だいぶ無謀な事をしましたし……」
「ん? あー、まぁ、それも考えたんだけどよ」
ロックの疑問にマキラが朗らかに笑う。
「――命の恩人に説教なんて出来ねぇだろ。それにその役目は道化師の嬢ちゃんに譲るぜ。だから」
マキラが足を引きずりロックの前に立つ。
そこでロックは彼の足が致命的な怪我を負っている事に気付いた。
その視線を切らせる様にマキラがロックの額に人差し指を当てる。
「――あの嬢ちゃんを泣かせるんじゃねぇぞ?」
「はい」
ロックは真剣に頷いた。
「とか言ってぇ、あの土壇場になってようやくエミリーに告った男が言ってものぉ?」
「なっ」
だがマキラにも弱点はあった。容赦なくニヤけたドワーフ師匠を皮切りに、他の師匠達が穿り返す。
「ふふふ、みんな知ってましたからね。エミリーさんとの事。どう見ても相思相愛なのに、くっつかないし。ほんと歯痒かったんですよマキラ君?」
「そうそう。いやー、アンデッド軍団を前に『惚れた女の為に死ぬなら本望だ!』『馬鹿っ、そんなカッコつけるなら生きてよ! 私の為に生きてマキラ!』でしたからねぇ~。若いっていいですよねぇ~」
珍しく優等生な騎士師匠までもがニマニマし、貴族師匠に至っては完全にセクハラオヤジの顔である。
「うっ、うるせぇなお前ら! あの時は本当にもう駄目だと思ったんだよ! おいロック! 今のことは――」
「結婚式いつです? うちの宿が完成したら新婚旅行の招待状送りますね」
「ロック!?」
それから皆でマキラを弄り倒した。
その後、マキラが怪我により冒険者を引退し、空席で魔女師匠が代理を務めていたこの都市のギルドマスターになるという話や、クラン虹羽の拠点が壊滅しクランメンバーは事前に疎開していた事もあり、現在この都市の虹羽はクランとして機能してない等の話を聞き、ロックはギルドを後にする。
――なお一階では一番最初にロックの面倒を見たロンさんを筆頭に、冒険者が行列を作っていた。
「ちょっとロックさ、悪いんだけど武具にサイン貰っていい?」
将来のSSランク冒険者として、ロックはめちゃくちゃミーハーな期待でサイン攻めにあった。
……ただしロックもロックである。
全員にサインがされるとロンさんがホクホク顔で礼をいう。
「ありがとうよロック! ……ところでサインしてくれたこの“――”って文字はどういう意味なんだ?」
「あ、それ僕が開業予定の宿屋の名前です」
『――え?』
彼は全員の武具に開業予定の宿屋の名前を彫り込んでいたのだ。これぞダイレクトマーケティングである。
「ではいつか開く、当宿屋をよろしくお願い致します」
唖然となる冒険者達を尻目に颯爽とギルドを去っていった。
またその姿を二階の窓から見ていた師匠達は。
「行っちゃいましたね、ロック君……」
「もはや教える事もありませんし、若者は旅立ちは必然ですよ。……ただ困りましたなぁ。我々、このままC級やB級に留まっていては彼の師匠として面目が立ちませんよ?」
「じゃ、やる事は一つしかねぇな。目指すしかあるめぇよ」
ニヤリと不敵に笑うドワーフ師匠の言葉に、溜息を吐くギルマスになる予定のマキラを除いた二人が頷いた。
『いっちょS級パーティー、目指してみますか!』
そうしてロックがギルドを出て次の目的地へと歩いていた時だ。路地の横を通り過ぎた瞬間。
――ぐいっ。と腕を捕まれ路地に連れ込まれた。
「なっ――あふっ」
訳も分からず、柔らかい感触に抱きしめられる。
女性特有の甘い匂い。
顔を上げると。
「――ジッとしてなさい。年上女の恋心を弄んだ罰よ。これで勘弁してあげるから」
魔女師匠がいた。
彼女がゆっくと顔を近づけ、湿った瑞々しい唇がロックの唇と重なる。
……はずが。
「時間遅延」
ひょい、っとロックが避けた。
「……………………は?」
無意識に避けてしまったのだ。
「あ、いや……ごめんなさい。つい……」
反射的に回避してしまったロックに、弟子の唇を奪おうとしたまま固まる魔女師匠。
酷すぎる空気の読めなさいである。
「………………あなた、普通、今の避ける?」
青筋を立てる師匠。
ロックも目を逸らす。
「ご、ごめんなさい」
「ねぇ普通避ける!? 私、自慢じゃないけど結構美女よっ!」
「いや、なんか、つい……」
「つい!? 貴方はつい美女のキスを避けるの? 年上女が恥を忍んで、格好をつけたキスを、つい……で避けるっての!?」
「いやあのほんと、申し訳ない……」
「別に私だって! 私だって抱けって言ってる訳じゃないのよ! 馬鹿! 死ねこの馬鹿弟子ッ!」
涙目で年上としても師匠としての威厳もへったくれもなく、ロックを抱き締めたまま罵倒する魔女師匠。
その怒りがひとしきり収まると、ロックを開放して盛大な溜息を吐いた。
「はぁ……なんというか……最後まで貴方って貴方よね。ほんと、ズレてるっていうか。というか本当にその、嫌だったから避けたの?」
「ああいえ、ふと……」
――プルートゥさんの顔が浮かんで。
本人としてもなぜ女神の様な彼女の顔が浮かんだのか分からない。
だがそれを口に出さない分別は流石にあった。
「――ふーん。なるほど。貴方もちゃんと青春してるのね?」
「え? それは――わっと!」
だがロックの質問は投げつけられた本で掻き消される。
「それ。魔法学園の推薦状になってるから。私、これでもあそこを主席で卒業してるの。友人も多いわ。もし魔術関連で困る事があったら行ってみなさい。タダで、しかも無試験でたぶん入学できるわ――じゃ」
そういって魔女師匠はロックに背を向け去っていく。
呆然とするロックだったが、すぐさま叫んだ。
「っ、ありがとうございます!」
返事はなかった。
ただ手だけは振ってくれた。それはまるで劇画のワンシーンのように美しい去り際であった。
だがロックは大事な一言を伝え忘れた事に気付き、思わず駆け出す。
「――待って下さい師匠!」
「……っ!」
驚く魔女師匠の手を掴む。彼女が振り返った。それは一瞬の期待。なにせ告白して去る女の手を掴んだのだ。
それはつまり。
「あの僕“――”って宿屋を開く予定なので、何処かで見かけた時は宜しくお願いしますね!」
ただの新装開店の宣伝告知であった。しかも満面の笑みである。
「……………………」
そうして彼女は――無言て杖を振り上げる。
「いやぁ、まだ名前と経営計画だけなんですけどね。ただ今のうちに伝えて――あたっ!? ちょっ、痛い! 痛いです! なんで殴るんですか!? いたっ、叩かないで下さい師匠!」
「この馬鹿弟子ッ! 死ねっ! ホントに死ねっ! 貴方そういうとこよっ! そういうとこがホントっダメなのよッ!!」
結局、最後は杖でボコボコに殴られるという何ともグダグダな別れだった。
「あれ、宿屋じゃない……ってか、なんでズタボロになってるの?」
そうしてボロボロになってロックが路地裏から出てくると、今度はふと弓使いのペッタンさんに出会った。
元ロックと同じパーティーにして、クラフトガンとの戦いでロックが助けた少女だ。
「あっ。お久しぶりです。ちょっと、なんか竜の尻尾を踏んだらしく……」
「ふーん? でもアンタも無事だったみたいで良かったわ。それと……その、学園では助けられたわね。あの時はありがと」
少し照れた様に彼女は髪をかき上げながら言った。
どうやらロックが勇者だと気付いている様子はない。
「あっ、そうだ! その時のお礼じゃないけど、特別に凄い人と会わせてあげるわ!」
「凄い人ですか?」
「ええっ、なんと――あの勇者様よ!」
――んんっ??
ロックは思わず首を傾げる。
それは光の勇者の事を言っているのか、自分の事を言っているのか、はたまた違う人物か。
「えへへへ、あの魔王を打ち倒し、この都市を世界を救った大英雄様に私、これからお会いしに行くのよっ。特別に貴方も連れて行ってあげる!」
「は、はあ」
ペッタンさんの説明からすると、どう考えても自分だ。
だが自分はこれからエルフ師匠に会いに行く予定であり、ペッタンさんと会う予定はない。
ロックはそう考え首を傾げるも。
「さっ、行くわよロック。憧れの勇者様が待ってるわ!」
「えっ、いやちょ――」
答えが出ぬまま、ロックはペッタンさんに腕を取られ引きずられて行った。
そしてその数十分後。
「――これまでの生意気な発言の、数々……誠に……申し訳、ありませんでした……」
まるでコントの様に、しおらしくなったペッタンさんが涙目で土下座していた。
「本当にっ、本当にうちの馬鹿娘がっ、なんとお詫びしたらいいかっ!」
隣でもエルフ師匠が顔を覆い、絶望に打ちひしがれている。
される側のロックも。
「お願いです……僕、宿屋なんで……こっちが居た堪れないんで顔を上げて下さい。というか、途中で僕も気付くべきでした。むしろなんかごめんなさい……」
土下座などされて気分の良いものではなく、こっちが泣きたいという心境であった。
とある宿の一室で、お通夜状態の三人が出来上がっていた。
なにが起こったのかといえば――エルフ師匠とペッタンさんがまさかの親子だった事が発覚したのだ。
父親であるエルフ師匠はロックと娘が知り合いだとは知らず、上手くすれば恋人の一人にと企んでいた。
一方その頃、親の心子知らず。娘はさんざんロックに「アンタには覇気が足らないのよ!」「実力あるんだからもっとシャキッとしなさいよ!」とひたすら勇者本人に上から目線の駄目だし。
そしてロックもまさか、ペッタンさんがこれから会う予定だったエルフ師匠の娘かつエルフだなんて思いもよらず、きっと勇者は全くの別人なんだろうなぁ、と思い込んでいた。
結果この惨状である。
「いや僕ほら、宿屋なんで。勇者は魔王が出た時だけで、基本的に違うんで――」
「でっ、でも私……勇者様に……な、軟弱者とかヘタレとか……あああああああっ」
頭を抱えて取り乱すペッタンさん。
そういえば沼の森に行く時とかいろいろ説教されたなぁ……とロックが遠い目をする。
「と、とりあえずだ。娘の責任は私にもあります。死にたくないので娘の身体で勘弁してくれませんか?」
「――パパ!?」
さり気無く既成事実を作りにかかる父親。
「あ、結構です」
「勇者様!?」
しかしロックもつい即決で断ってしまう。先ほどの魔女師匠の時の反省がまるで生かされていない。
「あっ、別にペッタンさんに魅力がないって訳ではなく――」
「ペッタン……さん?」
「あっ、やべッ」
さらなる墓穴を掘り目を逸らすロック。
思わず自分の胸を見るエルフの少女。
「うわああああああん!」
…………その後、エルフ師匠とロックで彼女を宥めるのに一時間を要した。
「あの、お互いに相手に大変、失礼があったという事で」
「うん……全て水に流していつも通りって事で……」
結果、逆に互いに酷すぎる落ち度があったゆえ二人は和解。
ペッタンさんも敬語を止め、ロック相手に普通に接する様になった。
「……ああ、娘の勇者様への嫁入りが遠ざかる……」
ただし父親の目論見は完全に破綻したと言えよう。
「あの、ところで僕に何のようがあったんですか?」
「え? ああ、その、まずは全エルフを代表してお礼を申し上げたかったんです」
そういって頭を深々と下げるエルフ師匠。
今回の件はマグマを伝って全世界に影響が出たので、ただ一人存命のハイエルフがそのリカバリーとケアに必死になったという。
なので魔王が降臨した事も、ロックが倒した事も、向こうは把握しているらしい。
「光の神殿のせいで、大変なご面倒とご不便をお掛けして申し訳ありません。と。必ずや奴等は潰す! と仰っていたそうです」
「そうでしたか」
――でも俺的に光の勇者はいてくれた方が助かるんだよな。
ロックからすれば、政治関連の強要や職業選択の制限を受けなくなるので大変助かっているのだ。
また。
――光の勇者って、そんなに悪いイメージないんだよなぁ。
ロックは確かに義妹と幼馴染みを奪われはした。
けれどそれは自業自得な所もあり、むしろ欲望に忠実な上に魔王は倒せない光の勇者だが、一応は役目を果たしている彼に好感すらあった。
――やっぱり勇者は俺様系じゃないと辛いしなぁ……。
キレればロックも明らかにヤバイ側の人間だ。
ただ平時の彼はドライな部分もあるが至って穏やか、悪く言えば宿屋以外には無欲な人間である。光の勇者の様な人間こそが勇者には最適と思っている節すらある。
「とりあえずロック様が勇者である事は伏せる様に話は進んでおります。都市の人々にも緘口令が敷かれたとかなんとか」
「あ、そうなんですか」
そこで住民達や学生達の謎の言動の意味が分かってきた。
「はい。侯爵を中心にあの道化師の子や、太った騎士くん、眼帯の人がロック様を見つけた時に話し合ったらしいです。少なくとも、公表し光の神殿と戦うか、ロック様の望みを汲んで隠すかどうか。それは貴方様次第にしようと。何か聞かれませんでしたか?」
「――ぁ」
ふと。
『そもそも、ロックさん的にはやっぱり皆に今回の戦いは知っていて貰いたいですよね?』
ババ抜きの時のプルートゥの何気ない問いを思い出す。
その問いかけは間違いなくロックの本音を引き出すものであった。
――また、気を使わせてしまったのか。ホント敵わないなぁ。
実際あの問いかけがあって、ここの人々の反応なのだろう。間違いなく裏で彼女はロックの望む展開を作ってくれていたのだ。
そう考えるとロックははにかんだ。
「……どうされました?」
「あ、いや。ただちょっと――」
優しく愛しむ様に目を閉じる。
「…………誰かを守れて、良かったなって」
――どうにもいくつかの神殿と、国が人を寄越して来てるようです。何かされるとは思いませんが、お気をつけて。
――エルフはなにがあっても貴方様の味方です。それだけはお忘れなく。
――あ、あとサイン下さい。
そんなやり取りをして、ロックはエルフの親子と別れ最後の目的地へと向かっていた。
だがそこへ着くなり絶望する。
「……うそ、だろ?」
何もかもなくなっていたのだ。
ここにあった建物は火災でなくなり、何もない殆ど更地になっていた。
「そんなッ!?」
思わず膝をつくロック。
この場所こそが外に出た最大の目的である。それが潰えたショックは大きい。
「ん? お主、なにやってるんじゃ?」
そんなロックに声を掛ける人物がいた。
「えっ? ……あっ、店主さん!」
老人――彼はこの場所にあった店の主、美術商であった。
「あのっ、ここのお店にあった商品ってまさか全部燃えてしまったんですかっ?」
「ああ……まぁ全部とは言わんが、あとで回収しに来ようと残したヤツは建物と一緒に全滅じゃった。一応、半分くらいは無事じゃがな」
残したヤツは全滅。
それの価値を考えるとロックはたぶん、駄目だろうなと思った。けれど可能性はゼロではない。
「あのっ、その半分見せて貰ってもいいですか!」
「え? お、おおう。そこの馬車に積んであるぞ。ただし触ってはいかんぞ?」
ロックはすぐさま馬車に上がり込み、護衛らしき男が目を光らせる中、美術品を探す。
「………………あった」
そうしてロックが見つけたのは一枚の絵。
「あった! 良かった!」
「ん? ああっ。そういえばお主、その絵を売りに来たときの」
「はい……この絵、持ち出してたんですね」
美術商はバツの悪そうな顔をする。
「まぁの。お主達から安く買ったが、その絵には力がある。案外、技術なんてものはその時々でも変化するもの。逆に強く人の心を揺さ振る力を持った絵の方が、化けたりするもんじゃ」
美術商が馬車に上がり、その絵を取り出す。
「ほれ、触っていいぞ…………そういえば、これを書いた者は一緒ではないのか?」
絵を受け取りながら一度、言葉に詰まりながらもロックは濁さず話した。
「ええ。――彼は亡くなりました」
「そうか」
一人で来た事からも美術商はその答えを予測していたのか、頷くだけであった。
「――ならくれてやる」
「え、いいんですか!?」
「構わん。やっぱりこんな下手な絵、何年経ってもきっと売れんわい」
そう心にもない事を言ってロックに押し付ける。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べ受け取った絵を高く掲げるロック。彼は哀しげでありながらも何処か優しい顔でその絵を見ていた。
「それでお前さん、その絵をどうするつもりなんじゃ?」
「飾ろうかなって思うんです。僕が開こうと思っている宿屋のホールのその正面に。少なくとも僕は、いや僕だけは、この絵を忘れてはいけないって、なんとなく、思ったんです」
目を細め眩しそうに二人が絵を見つめる。
「それにこんな良い絵なんですから勿体無いですよ。ねぇ――」
その絵の名前は暖かな田園。
それは何処にでもありそうな村の絵。
春に浮かれる人々の絵。
――皆が笑顔だった。
暖かな日差しの中で、遊びまわる子供達が、優しそうなお姉さんが、二人の中の良さそうな夫婦が、大勢の村人が朗らかに笑っていた。
そしてそんな人々に見守られ二人の少年が――いたずら好きそうな兄が、優しそうな弟の手を取って、春の田園を駆けて行く。
何処までも。
無限に広がる夢に向かって。
二人は悪夢なんて知らず、皆に見守られこの永遠に続く穏やかな日差しの中を駆けて行く。
「……ぁ」
けれど。
何故か弟が兄の手を離してしまう。離れ離れになる二人。そして春の田園で一人弟だけが立ち止まる。
「おい、どうしたんだよ?」
「……ごめん、兄さん。いま誰かに呼ばれた気がして」
ふと立ち止まった弟はそう答えると――彼は突然、大粒の涙を流し始めた。
「なっ、お、おい!? どうしたんだいきなり! どこか怪我したのか!?」
慌てる兄。それを見て弟は、力なく笑う。
「違うんだっ……ごめん。ごめんよ兄さんっ……なんでもないんだ。ただ、ずっと……長い……長い暗い夢を見ていた様な気がしてっ……」
「暗い夢って、今日はお前が王都で賞を取った記念の日じゃねーか! まったく辛気臭ぇ顔すんなよ。それより今日はお前に、俺の宝物をお祝いにくれてやるから期待しとけよ!」
そうした再び、兄は力強く弟の手を取った。
二度と離さぬように。今度こそ一人にしない為に。立ち止まった弟を引っ張って走りだす。
「ああ、ああっ……そうだね。ぜんぶっ、全部悪い夢だった……長く、苦しい……夢だったんだ……」
再び兄は弟の手を取り二人揃って駆けていく。もはや誰も止める者はいない。その穏やかな日々を、彼らは走り抜けていく。
そんな幸せに包まれた『暖かな田園』が。
確かにずっと、そこにはあった。
またレビューを頂きました。半端者さんありがとうございます。
感想も嬉しいですがレビューは宣伝にもなるので助かりますorz