Epilogue8 ロックと都市の人々
区切りが悪かったので短めです。
「…………なんか、めっちゃ見られてない?」
ロックはヴォルティスヘルムの道をただ歩いていた。
けれど周囲の人々の視線が明らかにおかしい。
――皆して俺を見てるよなこれ?
原因不明の視線。居心地の悪さと戸惑いを抱え復興の進む都市を歩く。
だが行く先々でその視線はどんどんと増していき……。
ある日の午後。
ロックはベッドを抜け出しとある目的の為に、復興が進むヴォルティスヘルムへと繰り出した。
道化師プルートゥにより看護される身ではあったが、身体に関しては殆ど治っていたと言えるし、時空間魔術が微弱にしか使えない以外はむしろ元気であった。
「気分転換にもなるしな」
そういって繰り出した都市は未だに戦いの傷が深い。至るところでマグマによる火災が相次ぎ多くの建物が消失している。
それでも魔王戦の天変地異と異なり、まだ大災害程度であった。
なのでその復興もまずは片付けからという状況。
「あっ……あの人……まさかっ!?」
しかし片付けに勤しむ人達の一部が、ロックを見つけるとその手を止めた。
「あっ……!!」
「おっ、おいあれっ」
「ああっ!」
――やっぱり、めっちゃ見られてる。
困惑する彼を見つめる都市の人々によるいくつもの視線。
それは多岐に渡る。
まるで物語で竜を倒し姫を救い出す英雄や勇者を見る様に、キラキラした目で見つめてくる女の子達。
なんか泣きそうな顔で胸に手を当て、背筋を伸ばし敬礼する騎士の人。
その場で膝をつき一心不乱に祈る老人。
憧れのヒーローを前に興奮して目を輝かせる様な少年達。
――な、なんだこれ……怖い。怖いぞ。もしかして後ろになんか凄いひとがいるとか?
後ろを振り返る。だが誰もいない。
――あるいは、もしかして気付かれてる?
過るのは自分が勇者だとバレた可能性。
ロックはあの戦いで別に顔を隠した訳ではない。ただ距離もあったし、消えたり現れたりを繰り返すロックを捕捉するのも困難だったはず。
――プルートゥさんも正体はバレてないって言ってたよな? あと魔王を倒したのは光の勇者だってなんか神殿が言ったらしいし……。
「あっ、あのっ、これ!」
そこへ突然、遠くから見守っていた少女の一人がロックの元に走って来た。
差し出されたのはお手製の首飾り。
「どっ、どうぞ!」
「え?」
そのまま強引に押し付けられ、少女は顔を真っ赤にして去っていく。
「わっ、渡しちゃったっ! ――様にっ、私!」
「いやっ、あの――」
だが困惑し追い掛けようとするロックの前に、それを見ていた人間達が一斉に寄って来る。
「あー! 兄ちゃんちょうど良い所に! うちの余りのナイフを処分するはずだったんだ。受け取ってくれ!」
装飾店のオヤジは高価そうな箱に入った上等なナイフを押し付けてくる。
「あっ、その、私占い師なんですけど握手して下さいっ。……っ、にっ、握っちゃった!! これが――さまの手!」
占い師の女性はロックの手を握ると感激しうっとりした表情を浮かべる。
「あんた病人なんだって!? うちの亭主が作った安い薬をあげるよ!」
薬師の女将さんは装飾が施され明らかに高価そうな薬を大量に服のポケットに入れてくる。
「神よッ! ああっ、ありがとう御座います! ありがとう御座います!! 貴方様がいなければっ、子供達はっ、私の孫達はいまごろっ!」
老紳士が膝を付きロックの手を取ると涙ながらに感謝の言葉を述べる。その隣で「ウチの爺さんボケてるんだ。すまねえな」と息子らしき男が涙声でウンウン言っている。
「いやっ、えっ!? なにこれ!? いやちょっと……!?」
取り乱すロックに、人々が群がり物を渡してきたり、握手を迫ったり、抱き付かれた上に勝手に泣かれたりする始末。
――これ本当に正体バレてないの!?
どう見ても異常である。
だが誰も『勇者様』という言葉は使わない。それどころか超適当な理由をでっち上げている。
――でもこれ絶対勇者と思われてるよな?
誤解、ではないがロックとしては座りが悪い。
勇者として戦ったのは半分は人の為とはいえ、半分は自分の為だ。しかももし、正体がバレれば宿屋の夢が勇者によって潰える可能性もある。
ロックはすかさず、起死回生の手を打つ。
「あ、あー、なんかいろいろともらってしまってわるいなー! でもぼくなんかより、さっきみたひかりのゆうしゃさまっぽいひとの方が、すごいよなー! きっとあのひとがまおうをたおしたんだろうなー!」
大声による僕勇者じゃないよアピールである。
――これならまるで俺が勇者じゃないと聞こえるはず。完璧なアリバイ工作だ。
ロックは自身の気転と演技力に思わず震える。場合によっては極めて有効だったろう。だが問題が一つ。
ロックは想像を絶する大根役者であった。
かつて幼い頃、リビアとシェリーとオママゴトをした時だ。
ロックは家事全般の手際があまりに良すぎて二人の仕事を全て奪った挙句、あまりの演技の酷さに二人が唖然とし二度と開催されなくなったいわく付きの下手さ。
しかも……。
チラッ。
ロックは周りを盗み見る。すると。
「そうなんですねぇ」
「私もそんな偉大な勇者様とお会いしたいです」
「勇者様ばんざい!」
みんな妙にほっこりした顔をしていた。
――だがこの反応、間違いなく騙せたな。
ロックはこの下手さで何故か自分の演技に絶対の自信を持っていた。
原因はシェリーとリビア、そして親父があまりにも下手過ぎて、気を使って一切突っ込まなかったせいである。
そのせいでこの男はつけ上がった。自分は演技派だという勝手な思い込みで今に至るのだ。
紅蓮大帝との戦いで魔王の死角を狙った男とは同一人物とは到底思えない酷さ。
――これで俺への視線はなくなるはず。光の勇者様には悪いがしばらく風よけになって貰おう。
そんな事を考えながら、ロックは人垣から去って行った。
一方、尊敬やら敬愛やら感謝やらの視線だけがその背に刺さり続けた。
「あの、サイン下さい!」
「俺と手合わせお願いします!」
「私と一緒に絵画に描かれて貰えませんか!?」
だが学園についても同じ状況であった。
――なにこれ……。
学園に到着し、あのメイドさんと話すはずが彼を見つけた学生達に取り囲まれた。
「あの、これはなんでですか?」
ロックの引き気味の反応に全員が顔を見合わせる。
「そりゃあ、あれですよ」
「ゾンビから私達を助けてくれたじゃないですか」
「そうそう。貴方さ……君はうちのヒーローなんだよ」
まるで示し合わせたかの様に、何かを隠す様にニコニコする生徒達。
「は、はあ」
不気味としか言いようがない。
だがそこへ助け舟が現れた。
「お待ちしておりました。ロックさん」
ロックに学園に来る様に頼んでいた張本人、メイドさんである。
「あっ、どうも。あのっ、ちょっと失礼します。すみません、僕そんな大した人間じゃないんで……」
勇者とは思えぬ低姿勢でヘコヘコしながら人垣を進み、メイドさんの元へたどり着く。
「すみませんロック君。ご足労させて」
「いえ、暇でしたし構いませんよ」
そう笑うとメイド組長がジッとロックを見る。
「あの何か?」
「いえ。……貴方は凄いですね」
最後に聞こえるかどうか分らないくらいの声で呟き、彼女は歩き出す。
「とりあえずこのまま一緒に来て下さい。どうしても貴方に会わせたい人達がいるんです……気は進みませんけどね」
「会わせたい人ですか?」
ロックは首を傾げた。
「ロック・シュバルエが来たぞっ!!」
そこは比較的、無事な校舎の三階の廊下であった。
階段を上がり教室の方を見ると、一人の男子学生が血相を変えて室内に走り込んだ。
「……え?」
「はぁ、なにやってるんですか彼らは」
困惑するロックと、頭が痛そうにするメイドさん。
二人は男子生徒が消えた教室のドアを開ける。
そこにあったのは――。
「いやだ、俺は逃げるぞっ!」
「馬鹿ここ三階だぞ!?」
静止を振り切り窓から飛び降りる学生。
しかも落ちた直後、下から痛そうな悲鳴が上がる。
だが室内もなかなかにやばい。
服を脱ぎ全裸で土下座する者。
懐から親から貰った金貨を持ち震える者。
泣きながら正座する者。
……などなど悲惨な事になっていた。
「え、なにこれ?」
ロックも悲惨すぎて思考が追いつかない。魔王でも現れたのかという惨事である。
「なんですかこの人たち?」
「――謝罪だそうです」
「はい?」
メイドさんは頭が痛そうにこめかみ辺りを押さえ、彼等を指差した。
それで覚悟を決めたのか学生の一人が喋り始める。
「……その、僕達はあの当時、入学して舞い上がっていたと言いますか、思い上がっておりまして、あの、貴方様を害する意思はなかったと言いますか……大変、申し訳ないことをしたと思ってまして……」
ロックには訳が分からない。
「あの、なんで敬語なんですか?」
「いやその、ゆう――」
ごほんっ、と隣でメイドさんが咳払いする。
「競技場で助けてくれた訳ですし! 今までその、馬鹿にしたり雑用を押し付けたり、宿屋だからと馬鹿にしてごめんなさい」
彼らは主に学園で散々ロックのことをポーターとして馬鹿にしていた者達である。
ポーターだからと顎で散々扱き使った者や、ロックが学園に来なくなった事件に関わった者などだ。
そんな彼らがなぜ今更になって謝罪など考えたのかと言えば――怖くなったのだ。
彼らからすれば、自分のパシリにしたり馬鹿にしていた存在が、実は天変地異を引き起こし流星を落とし、大地を砕き、マグマの津波を操る魔王を倒す、同じく時空間を自在に操る人外の化物だったのだ。本来なら世界の中心に立つべき天上人である勇者その人。
その事実を目の当たりにした彼らは当然、震え上がった。
間違いなく殺されてもおかしくない。「……今までよくもやってくれたなぁ?」なんて言われた日には失禁するか気絶するだろう。下手をすれば勇者が許しても彼に力を貸す神殿や国が、彼らの存在を秘密裏に抹殺するかもしれない。
ただその恐怖は正しい。
実際、ロックが学園に入学出来たのは光の神殿が用意したシェリーとリビアの口止め料&手切れ金である。
彼女達よりも上位の本物の人類最強が、かつてそんな目にあっていたと知れれば貴族ならお取り潰し、冒険者なら口封じされても不思議ではないのだ。
それを回避する為の全身全霊の謝罪。
全員が死刑判決を待つかの様に、ロックを固唾を呑んで見守る中。
「えと、そもそも僕って何かされましたっけ?」
全員の目が見開かれる。
一方のロックは謝られる心当たりの無さに混乱していた。
「ほら、言ったじゃないですか」
呆れるメイドさん。
ロックは夢を宿屋と言えるくらいには図太い。アホである。それくらいの嫌がらせ、気にしてすらいないのだ。
実際、面倒だから辞めて解決した上、もはや興味すら抱いていなかった。
「え、ええと」
顔を見合わせる生徒達。唯一、外から。
「おいしっかりしろ!? 駄目だ、足が折れてやがる! なんで三階から飛び降りてきたんだよ馬鹿! 三階にまたゾンビでも出たってのか!? 神官だ! 誰か神官呼んで来い!」
などという悲しい声だけが響いた。
「あ、ところでロック君。一つお聞きしたいのですが」
「なんですか?」
――野良メイドとか募集してません?
ロックは一人天を仰いだ。