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Epilogue7 道化師、宿屋を看護する

ここからロックのEpilogueになります。※ラブコメ注意

【侯都ヴォルティスヘルム ロック・シュバルエ】



 ヴォルティスヘルムの死闘から数日後。


 ロックは病院のベッドでなかなかに難しい選択を迫られていた。


「ロックさん。はい、あーん♪」


 白衣の天使という言葉がある。


 ロックが上体を起こし座っているベッド。そこに腰掛け彼の隣にいるのは、緩いウェーブの掛かった銀髪を左右で結ぶ可愛らしい少女、道化師プルートゥ。


 彼女の看護服姿はまさにそれであった。


 しかも隣に座ってロックの口元にスプーンを運んでいるゆえ、体の片側が密着し腕から肩にかけて彼女の柔らかな感触が伝わり、その近さもあって女性特有のいい匂いがロックの鼻孔を刺激してくる。


 意識すると思わず、その看護服がはち切れそうになっている胸元に視線が行く。行ってしまう。

 だがロックも男の子。意地がある。


 咳払い一つ。気付くと吸い寄せられている視線を、なんとか意思の力で上へとあげた。


「――っ」


 が、目があった。

 彼女はにやっと笑みを浮かべ、こっちを見ている。つまり。


「おんやぁ? どうしたんですかロックさん。下のほうばかり見て、なにか私の看護服についてますか?」


 ずっとロックの心の葛藤は見透かされていた訳である。


「っ……い、いえなにも」


 ――この人、わざとやってやがるなっ!?


 可愛らしい顔をにやにやとさせながら、覗き込む様にこちらを見る美少女に頬を引き攣らせる。

 その恥ずかしさから、本当は自分で食べたいのだが……。


 ――だけど、断れないよなぁ。


 この場において精神的にも物理的にもロックに逃げ場はない。


 それは数日前。

 彼が気絶から目覚めた直後の話だ。


「ロックさん!」


 紅蓮大帝を討ち果たしたあと気絶したロックだが、次に目が覚めるといきなり柔らかい感触に包まれた。


「っ!? ――!?!?」


 それが女性に頭を抱えられていると気付くと余計にパニックである。


「良かったっ。……ほんとにっ……よかった……っ!」


 だがその声が涙声になっているのに気付くと、ロックも冷静になる。


 彼は自分の頭を胸に抱えるプルートゥ、そして周りで安堵したり涙を湛えている友人や師匠達を見て、いろいろと察した。


 ――心配してくれたのか。


 “最後に少し、救われた”


 ふと、死にゆく教官が最後にロックにいった言葉を思い出し、彼はこんな気持ちだったのだろうか。と少し思う。


 そうして現在に至るまでの入院生活が始まったのだが……。


「じゃーん! 白衣の天使ならぬ白衣の道化師でございまぁす。これでいっーぱい、ロックさんのこと介護してあげちゃいますからねっ♪」


 ノリノリで看護服に着替えたプルートゥが待っていた。


 もちろんロック的には凄く嬉しい。だが絶対にからかわれる。イジられる。


 “はー。コスプレしてくれる彼女とか。死ねロック”


 外野の声はさておき。

 ロックはやんわりと断ろうと思った。疲弊しているのは彼女も同じはず。


 だがあれだげ心配を掛けた事を考えると結局、からかいを含めた看護を拒めずこの様である。


 さらにもう一つ。

 力を使い過ぎたのか一時的にロックは時空間魔術の力が弱くなっているのだ。

 村松いわく。


 “そりゃ魔王相手にあんだけ大立ち回りすりゃそうなる。どうせ少ししたら戻るから気にすんな”


 とのこと。

 なので物理的にも精神的にも彼女の圧倒的な看護の前に、ロックは尊厳を守る事もできずただただ赤面し右往左往していた。


 ……しかし問題はそれだけではないのだ。


「じゃあ、お口を開けましょうねー?」


 そういってロックを追い詰めるプルートゥだが、その差し出すスプーンにもかなり問題があった。


 ――物体X。


 紫のグツグツと煮え滾る何か。強烈な刺激臭に大量のデバフ効果が乗りそうな見た目。


 やばい。


 料理に精通するロックでなくとも、誰が見ても分かる。


 これはやばい。


 ――そうだ。少し考えれば分かる事だったんだ。プルートゥさんの性格、どんな事にもなにかイタズラしないと気が済まない上、さらになんか実は箱入り娘っぽい人が…………料理が上手いはずがない!


 そう。

 プルートゥの料理の腕は壊滅的であった。


 一応、見た目は酷いが食えないものではない。

 彼女はロックの為に薬膳としてあらゆる滋養強壮に栄養バランスを考えた料理を作ったのだ。


 ……ただちょっとそれでは面白くないからと、オリジナリティを加えてしまっただけ。

 典型的な素人のクセにレシピ通りに作らず栄養面を理由に有り得いな材料を組み合わせたり、独自性とか言い出し余計なものを投入し失敗するあの、原因も理由もハッキリしてるのに全く治らないダメ人間である。


 おかげでプルートゥは見た目と味はともかくこの物体Xを工夫を凝らした『健康食』だと思ってすらいる。

 善意でそれを毎日食べさせられるロックはたまったものではない。


 ――完璧な人だとつい思い込んでいたけど、こういう所もあるのか。


 ただロックからすると、ずっとプルートゥは完璧に見えていた。

 騒がしくイタズラ好きな性格も静かなロックからすれば活力的に見え、その戦闘能力や意志の力、物事に対する考え方や慈愛の精神など……ロックは彼女に対して、あまりにも出来た女性過ぎて、少し畏れ多いとすら思っていた節もある。


 ――ちょっと安心した。


 だからこの欠点はロックに少し安心感をもたらす。

 彼女にも出来ない事は、ダメな事はあるのだと。


「どうしたんですか。冷めてしまいますよロックさん?」


 ……とはいえそんな考えをしていて、目の前の物体Xがなくなる訳ではない。


「あ、ちょっと熱かったんですね? ふぅ……ふぅ……はい、あーん♪」


 お上品に耳に掛かる髪をかきあげながら優しくふぅふぅし、耳元であーん♪ と甘く囁かれる彼女の吐息。その一方で刻一刻と迫る禍々しい何か。


 飴と鞭の落差にロックの脳内が大混乱しながらひとまず。


 ――今度から意地でも食事は自分で作ろう。


 心の中で決意をして物体Xと、プルートゥの自然な色気と、それぞれ戦いを繰り広げた。









「じゃあ、この都市の人は僕が勇者だって知らないんですか?」


 そんな衝撃的な食事をなんとか胃に収めたロック。

 その後、彼はプルートゥとまったりとトランプのババ抜きを楽しんでいた。なおこの辺りの文化は大体、村松が出処である。


「そうなんですよー。たぶん、何人かの方は気付いたかもしれませんが、多くの人は顔が分からなかったでしょうし、分かってもロックさんの事をそもそも知っていたかどうか」


 溜息を吐きつつ、彼女の差し出す最後の手札二枚がシュシュシュシュ、と高速で消えたり現れたり、終いにはどんどんスライドして扇状態になったりする。


「……いやそれトランプの枚数ぜったい増えてますよね? プルートゥさんが残り二枚で僕が残り一枚でしたよね?」


「はて? なんのことやら」


 どう見てもイカサマである。

 ただロックもそっちがその気なら考えがあるとばかりに、気にせず手を伸ばす。

 プルートゥは彼の挙動を見つめつつ話を進める。


「そもそも、ロックさん的にはやっぱり皆に今回の戦いは知っていて貰いたいですよね? 私としては絶対、報われるべきだと思うのですが……」


「うーん。知られるとそのまま勇者に担ぎ上げられそうだし、別に褒めてもらいたくて戦った訳じゃあ、ありませんから。別にいっかなぁとも思いますげどね」


 ロックが扇状になった一枚を取る。瞬間、カードが消失。

 直後に別なカードがロックの指の隙間に滑り込む。


「あー、残念っ。それはジョーカーでございます。惜しかったですね♪」


「わぁ白々しいぞこの人」


 掴まされ手元に持ってきたジョーカーにげんなりするロック。

 攻守交代。今度は彼が二枚のカードを混ぜて彼女へと差し出す。


「……でも、本当にロックさんはそれでいいんですか?」


「え? ああ、まぁ、僕は宿屋をやれればそれで構わないですし」


 プルートゥの前に出される二枚のカード。当然片方がジョーカー。

 その二枚へと彼女はゆっくり手を伸ばし、うーん。と悩み続けたあと、右へ――スペードの8を引き抜こうとする。


「お覚悟。見切りま――」

「時間遅延」


 だが掴みとる瞬間、ロックは時間を遅らせ右のスペードの8と左のジョーカーを入れ替える。


「――したよおおおっ??」


 時間が戻ると同時に、プルートゥは手を止めることが出来ずジョーカーを引き抜いてしまう。

 思わず細められる目。


「……ほお。なかなかおやりになるご様子」


「はて。なんのことやら?」


 他所を向いてさっきのお返しとばかりにシラを切るロック。


 二人のババ抜きはただのババ抜きではない。

 道化師の騙しテクニック&闇魔術VS弱体化中の時空間魔術によるジョーカーの押し付け合い。もはやババ抜きかどうかも怪しい謎の攻防戦。


 ――なんとしても勝つ。次の食事当番をプルートゥさんに譲る訳にはいかない。絶対にだ。


 なぜここまでムキになっているのかといえば、この戦いで次の食事をどちらが作るのかが決まるのである。


『ただババ抜きするだけでは楽しくありませんし、ババ抜きで勝った方が次の料理当番ということで如何でしょう?』


 プルートゥがそう提案した事で、ロックの眼の色が変わった。

 また提案した側のプルートゥも、もう少しの間は健康的(?)な料理を彼に食べて貰いたいので譲る気はさらさらなかった。


 結果、両者出し惜しみ無しのイカサマもへったくれもない戦いへ突入していた。


「ふふふっ。ここまでついてこられたこと、お見事にございます。この道化師めも、いささかロックさんを過小評価していた様で。お恥ずかしい限りにございます」


「いえいえこの程度、造作もありませんよ。プルートゥさんの方こそ、まだまだ隠し玉があるんではないですか? 看護服とはいえ沁黒との戦いでは至る所から暗器を出されていましたよねぇ?」


 不敵に笑う二人。

 ジョーカーを手にしているプルートゥが二枚のカードを前に出す。


「さぁ、どうぞ?」


 ロックが問う。


「……そろそろ8を引いてしまってもよろしいですか?」


「ええ、望む所にございますよ?」


「分かりました。もし引けなかったら勝手に僕から8を取っても構いません。この引きで決めましょう」


 カードに手を伸ばすロック。当然、彼には策があった。


 ――当たりを手にする瞬間、加速してカードに何かされる前に奪い取る。


 プルートゥはもし当たりを取ろうとすれば、必ず奪われない様に何かを起こす。さっきの様に。

 その瞬間を加速して攫うのだ。ようは何か起こす前に取る戦法。


 ゆっくりと近づく手。

 まず左のカードへ流れる。だが動きはない。


 なのですかさず。


「こっちかっ!」


 逆に右のカードへと方向転換。


「っ!」


 瞬間、カードの周りが闇に呑まれ始める。


「時間加速!」

「なっ!?」


 だがそれよりも早くロックが加速。

 右のカードを闇に呑まれる前にゲットする。


「よしっ、これで勝った――」

「――と思われましたかぁ?」


 しかしロックの手にしたカードはジョーカー。


 さっきの闇は『ロックさんはきっと闇で隠そうとした方を本物だと思い込むはず』――という完璧にロックの手の内と思考を読み切ったプルートゥによるブラフ。


 結果、まんまとロックがジョーカーに引っ掛かり勝ち誇るプルートゥ。


 ……ただ、そんな事より問題は別に存在した。


 強過ぎたのだ。ロックの勢いが。


「あっ」


 加速により勢い余ってそのまま手を伸ばしてしまい、ロックの手が。


 ――ふにゅん。


 と、大きくて弾力のある柔らかいものを掌いっぱいで揉んだ。


「ひゃぁ!?」


「え?」


 聞いたことも無いプルートゥの可愛らしい悲鳴。

 そこでロックはようやく、自分の手が彼女の看護服からはち切れんばかりのおっぱいを鷲掴みしている事に気付く。


 そして何故か。


 ――ふにゅん。


 もう一度揉んでしまった。


「ふにゃぁっ!?」

「――」


 反射的についやってしまい、やった側もやられた側も二人共、思考停止。


 ――やばい。


 その手いっぱいに埋もれる様なあまりの柔らかさと、手を押し返す張りのある弾力に固まるロック。


「………ぁ……ぅ……っ!?」


 一方のプルートゥも目を白黒させ、両手を縮こませアワアワしている。


「――って!?」


 直後、プルートゥより早くロックの時間が動き出し思わず――ただちょっと名残惜しそうに――その手を引き戻す。


「ごっ、ごめっ!?」

「っ、いえっ、その……」


 しかしキュッと膝をくつけ、両手を膝の上に真っ直ぐ置き俯くプルートゥ。


「あっ、いやっ、その、ほんと申し訳ない!」


 幸福感も一瞬、逆に嫌われるか、からかわれるか焦ったロックが即座に謝る。


 しかしプルートゥの反応は彼が懸念していたどれでもなかった。


「もう……」


 からかう訳でもなく、侮蔑する訳でもなく、彼女は上目遣いにちょっとモニョモニョとしながら。


「……………………………………………えっち」


 “優しくなじった”。


「っ」


 突如、凄まじい羞恥心がロックを襲う。

 彼女の反応がなじっているにも関わらず、あまりに優し過ぎて、それがロックの顔をなぜか際限なく真っ赤にさせる。


 なにせ、それはまるで彼女が全てを受け入れ許容した上で――。


「……えいっ!」

「え?」


 だがそれも一瞬。

 まだ顔の赤いプルートゥが身体を乗り出し、右往左往するロックの残った手にあるカード、スペードの8を取り上げる。


「あ」


 これで彼に残ったのはまんまと騙され掴まされたジョーカーのみ。

 逆にプルートゥはハートの8とスペードの8が揃い手札がなくなる。


 つまり。


「勝っちましたぁ〜! これで次の食事当番も私ですね。ふふっ♪」


「――」


 唖然としたまま動かないロックと、まだちょっと赤いままはにかむプルートゥ。


 こうして突然の役得に右往左往しているうち、ロックの次の食事は引き続きゲテモノチャレンジに決定した。


















 そんな風に遊びつつ、ロックと二人で取り留めのない話をしたプルートゥ。

 彼女はやがてロックが船を漕ぎだしたので、そのまま寝かしつけ部屋を後にした。


「ふぅ……病み上がりなんだから自重しないと。これじゃあ私がロックさんに甘えちゃってますね」


 そうして閉めた扉にもたれかかると、息を吐きしゃがみこんだ。

 彼女も悪意をもって接している訳ではない。ついロックの反応が可愛いので、つい弄ってしまうのだ。


 ただそれはあまり良くないとも本人は思っている。

 思い出すのは、魔王を倒した後に彼がここに運ばれた時の事。


 ――ずっと意識の戻らないロック。


 あれだけの戦いだ。見た目は無事でも体の中まで無事とは限らない。


 正直、ずっと不安だった。


 このまま目覚めなかったら……。そう考えると、代わってあげたいとすら思った。


 彼女はロックの夢もその本心も全て知っているから。

 それがこんな形で奪われるなんて、到底許せなかった。

 だから彼が起きた時、思わず抱き締めてしまったのは仕方ない。その後も不安から、やたらからかう様に看病と称して絡み続けてしまうのもまた、仕方ないのだ。


「起きた時に抱きついてしまったのは道化師失格ですね……ロックさんの方が目を白黒させてました。それにさっきのなんかも……うー、恥ずかしかったですよぉ」


 からかうのは愉しいが、あんな風にされると彼女もかなり負けず劣らず恥ずかしいのだ。


 その羞恥を掻き消すように、膝の上で交差させた腕に頭を乗せ、彼女はロックについて考える。

 目を細めながら思い出すのはさり気無く彼がいった一言。


 ――別に褒めてもらいたくて戦った訳じゃあ、ありませんから。


「凄いなぁロックさん……ほんとうに、凄い人」


 プルートゥという女性がロックに寄せる感情は主に二つ。


 ――親愛と尊敬。


 与えられた欲しくもない使命・役割と、それでも譲りたくない夢。

 二人の境遇は似ていたから彼女は彼の喜びや辛さが手に取るように分かった。


 だからロックに一番強く抱いた感情は親しみ。


 同じ悩みと苦しみとそれを持ってしても諦められない夢を持つ他人とは思えぬ人。むしろ同志に近かった。

 また自然と自分の実家、跡継ぎ問題等にロックを巻き込まない様、彼を無理やり仲間としてみようとしている節もある。


 よって本人の『意識』の上ではラブではなく、限りなく高いライク。他人とは思えない、とても、とても好ましい人。それがロックだった。


 ただその中で二人には決定的に異なるものがあった。


 ――僕は宿屋がやりたい。けれど勇者からも逃げる訳にはいかない。


 勇者という使命からロックは逃げなかった。

 逆に聖女という使命からプルートゥは逃げて今ここにいるのだ。


 彼女はずっと、聖女なんてものはやりたい人がやれば良いと思っていた。光の勇者について行って聖女として皆から賞賛されたり、崇められたい訳でもない。

 それに加護なんて所詮、他人の力だ。彼女の小さい頃からの努力も、人を驚かす研究や小物作りも、なんの関係もない。

 いやきっと聖女という役割は彼女の努力を踏み躙りさえするだろう。


 それではダメなのだ。


 別に彼女も与えられた力そのものを否定しない。大事なのはその力で何を為すか。誰かの為に戦ったり生きたりするなら、その力だって選り好みなんて出来ない。

 だから闇魔術も本人は否定せず利用している。


 ただ夢というものに関してだけ、彼女はやはり自分の力で手にしたい。


 ある種ワガママかもしれないし、本人の嗜好の話でもある。

 だけれど自分で努力し、考え、試行錯誤して胸を張って道化師になりたかった。それが彼女の夢だから。


 なのでお姫様にはなりたい人がなればいい。与えられ押し付けられた役割より、私は私の夢を叶えよう。そう思いここにいる。


 ……けれど彼は違った。


 ロック・シュバルエは同じような立場と異なる夢を持ちながら、その使命からも逃げなかった。

 何より宿屋になりたいはずなのに彼女達の為にあんな化物に挑み、何度も殺されながらついに打ち勝った。


 プルートゥは自分と同じだと思っていた者が、自分が出来なかった事を乗り越える姿を目の前で見たのだ。


「自分の為だけではなく誰かの為にも戦える、逃げてばかりの私なんかよりずっと素敵でカッコイイ人ですよね……ロックさんは」


 ゆえにロックがプルートゥの言葉に救われた様に、プルートゥもまたロックの生き方を誰よりも尊敬した。


「だからこそ、私も覚悟を決めないといけません。しばらくは、道化師稼業も兼業かなぁ……」


 ――真の魔王について、勇者ロック一人に全てを背負わせる訳にはいかない。


 自分も聖女という使命を果たさなくてならない。彼女も覚悟を決める。

 例えロックの様に魔王とは戦えなくともだ。出来ることは必ずある。

 また光の勇者という彼女が何よりも嫌う人間が本物ではないとハッキリと分かったので、一緒に魔王討伐に付き合う必要がなくなったのも大きい。


 ――ロックさん一人にすべてを押し付けるなんて出来ない。


 なにより道化師の誇りを賭けてでも、それだけは決して許してはいけないと思うから。


 ただもし彼が勇者をやめようと言ったら。或いは逆に宿屋という夢を捨て、勇者になると決めたなら。


「……うん。その時は一人で頑張ろう」


 彼女はロックの決断を尊重しようと思った。

 彼にはその権利があるべきだから。


 ――それにこれは他の誰でもない、私自身の決断です。


 それでも、やはり思う。魔王の噂や神託を元にこれから世界を周る時、その隣にロックがいてくれたら。


「……きっと愉しいだろうなぁ」


 そう口に出し道化師は少し寂しそうに笑った。



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