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Epilogue6 光の勇者と新たな仲間

『紅蓮騎士を倒し世界を救った事になっている光の勇者達の』エピローグです。


※光の勇者が出ますが、ちょっとしたヘイトとちょっとしたざまぁの両方があります。苦手な方はご注意下さい。


 

 第二王女ロズディーヌと月の信者達の密会。


 その結果、先行きが不安過ぎて宰相と大神官が暗澹たる気持ちで王城の廊下を歩く一方、逆に浮かれる人々もいた。


 光の勇者の支持者達だ。


 彼らは魔王討伐という大偉業を成し遂げた光の勇者を祝う為に、祝賀会が催される王城の巨大ホールに集まっていた。


 ホールの中では贅を尽くされた料理が並び、着飾った美女達が花となり、貴族達の政治的な駆け引きを多分に含んだ挨拶がなされている。


 当然、そこには祝福の為に国外からやってきた者達もいる。

 他国の王族の中でも姫や大貴族といった者達がへつらい、この国の王女と勇者を祝福するであろう。

 そういった彼らを見たメイヴ王女の反応は。


「――ふざけているのですかッッ!!」


 ヒステリックな声に全員がそちらを見る。


 だが国内の貴族達はそちらを見て納得。

 ――あれはそうなる。

 問題はそれを見て、声を顕にするか皮肉に留めるかだったが、王女は激怒した。


「と、仰られましても我々も何分、国教が異なりますゆえ」

「祝賀会と申されましても、戦勝会の意味も含んでおりますので、教国と交易のある我が国としては中々……」


 理由はその格。


 やって来た各国の使者の多くは、王族どころか良くて侯爵。下手すれば近場の伯爵である。


 姫にしても第一や第二ではなく、見たことも無い末端の末端。美姫や武姫ならともかく、魔王討伐の祝辞に馳せ参じる者では到底ない。


「ですが魔王討伐ですよ!? あなた方は世界に対する危機を本当に理解しておいでなのですか!!」


 ――そうは言うがね……。


 彼等を連れてきた外交官達は内心で溜息を吐く。


 こうなった理由は実に様々だが主なのは三つ。


 まず魔王関連がマッチポンプである事を疑っている者達。主にこれは冒険者ローウェン(魔王ヴィー)などがいる、自由都市連合のトップ達がそうだ。


 次に国教が異なるので光の勇者の活躍自体が妬ましい者達。主にこれは砂漠の王国や海洋国家と言った他の女神信仰が強い国がそう。


 そして何より『本物の勇者』という存在を嗅ぎ付け始めた者達。これは帝国や皇国という大国である。


 これにより殆どの国が、王女メイヴの期待に反してかなり格の下がる者を派遣する事になった。


「まぁ落ち着けよメイヴ」


 そこに現れたのは勇者レオン。


「レオン様!」


 先ほどの姉妹喧嘩の時の雰囲気などまるで嘘だったかの様な顔で、王女が喜びの声を上げる。


「レオン様、この度は紅蓮騎士討伐。おめでとうございます」


 するとずんぐりムックリとした帝国貴族が早速、勇者に祝辞を送る。


「ああ。あれくらい大したことなかったぜ」


「ほぉ。さすがは光の勇者様にございます。……ヴォルティスヘルムを救いし英雄様は違いますなぁ」


「あ? ヴォル? なんだそりゃ?」


 その言葉に帝国と皇国、そして一部の者達の目の色が変わった。


「おや? ヴォルティスヘルムの魔王を倒したというお話ではありませんでしたかな?」


「誤解ですよ。ヴォルティスヘルムについては、ただ隕石が落ちただけです。どうにも民は隕石を魔王の仕業と勘違いしているようですが、実際には関係ありませんので勘違いなさらないように」


 そこへ王女がすぐさま助け舟を出す。


 なお東の空に出現した紅い空と、空を駆ける流星については多くの目撃証言があり、王国民の間ではそれが魔王だという騒ぎになった。


 王女メイヴ達からすれば馬鹿馬鹿しい話だが、誤解されて悪い話でもないので訂正はしてない。

 結果、人々はあの隕石が魔王によるもので、それを勇者が倒したと思い込んでいる現状だ。


「しかし神託では魔王を倒したとありましたが?」


「っ。ですからっ……貴方こそ何を仰っているのですか? 魔王、紅蓮騎士は辺境にて討たれました。それは事実でしょう」


「ではヴォルティスヘルムに出現したと噂が立っている魔王は別物だと?」


 一瞬、怪訝な表情を見せる王女。

 だがそこへ別な者が入り込んだ。


「魔王? ……ああ、あの教国が持ち込んだ精神魔術兵器にあてられた者達の話ですかな。まさかそんな話を本気で信じておられるのですかね、帝国は?」


「……これはこれはアナハイム公爵」


 現れたのは勇者レオンよりも背の高い大女。

 眼帯さんの雇い主こと、女公爵アナハイムである。


 そしてその後ろには勇者レオンのパーティーメンバー。


 公爵の娘である金髪ツインテール。

 長く白い髪のダークエルフ。

 ロックの幼馴染みであるリビア。

 ロックの義理の妹シェリー。

 そして雑用係の騎士トロン・バートン。


「確かにどうにもヴォルティスヘルムには、幻覚症状により、魔王だの勇者だのを見たって者達がいますがね……まぁ私が調べた限り虚言ですよ。虚言」


 彼女はロック・シュバルエの存在を半信半疑ながら知っている。

 だから秘匿する。知られる訳にはいかない。他国に渡るとは考え難いが、それでも相手が相手だ。


「虚言、ですか。しかし隕石が魔王によるもので、ここ最近各国で突如として起きた噴火やスタンピートが魔王によるものと疑う者もおるのも事実ですよね?」


 それは考え過ぎですよ、そうアナハイム公爵が言おうとしたが、それより早く別の二人が反応した。


「ふっ……ふふっ、ふふふふっ。それは随分と面白いっ」

「あはははっ、いくら何でもそれはないよー!」


 メイヴ王女とロックの幼馴染みであるリビアが思わず笑い出す。


「あの隕石が魔王によるもの? 馬鹿馬鹿しい……」


「いくら何でも想像を働かせ過ぎですね。それを帝国の方が仰るとは、呆れてしまいます」


 ダークエルフも義妹のシェリーも呆れ気味だ。

 王女は笑うのを堪え諭すように話す。


「随分と面白いご冗談ですね。魔王が隕石を落とし、大陸の火山を噴火させ、スタンピードを引き起こしたと? それはもう、魔王ではなく神と名乗った方が正しいのではないでしょうか? それはいくら何でも魔王を過大評価し過ぎというものですよ」


 幼馴染みのリビアも賛同する。


「だよねー、メイヴ様。いくら何でも魔王があんな隕石を落とすなんて、ぜったい無理に決まってるじゃん。そんな有り得ない神様みたいな魔王だったら、いくら私達でも戦えないよ。まあ、魔王を倒した事の無い帝国の人に分かんないかなー」


 そういって彼女は笑う。


 ――だが彼女は知らない。


 彼女が置き去りにした幼馴染みが、宿屋という自分の夢の為に、そして彼の在り方を認めてくれた女性と学友達、都市の人々を守る為、そんな有り得ない魔王に真正面から挑んだ事を。


 降り注ぐ流星群を消し去り、外から見えた隕石の数百倍の巨星を暗黒空間で受け止め、三度も無惨に殺されてなお生き返り、その数十トンのマグマの鎧をついぞ金剛石の槍で突破。


 神に至った復讐者を討ち果たし、死闘の末に世界を救いきった彼の英雄譚を。


 彼女は知らない。


「王女殿下の仰るとおりですね。実際、ヴォルティスヘルムは隕石や噴火の影響で破壊されましたが、もし魔王がそんな力を持っていれば都市は影も形もなく消え去っていたでしょう」


 そうアナハイム公爵も援護する。


 ただ……彼女の場合は、その在り得ないが起こり、その最悪の結末が起きてなお、まるで何事もなかったかの様な世界に作り変えた存在がいる事に薄ら寒いものを覚える。


 一瞬の惑い。

 ……今、自分が世界から隠匿しようとしている者は果たして本当に、世界から隠しておいて良いものなのか、と。


「なあ、そんなどうでもいい話より……帝国と皇国は忘れてねーだろうな?」


 だがさっきからキョロキョロと周りを見渡すレオンが話を遮る。


「はて?」

「我が国になにか?」


 帝国と皇国の使者は共に知らぬ顔。


「とぼけんな。俺が魔王を倒したら姫を俺の所に置くって話だよ。皇帝と上皇の奴に言ったじゃねーか」


 一瞬、それぞれの使者の目に侮蔑の色が浮かぶ。だがそれを気取られる様なヘマはしない。


「ああ! その件でしたか」

「ええ、ええ。承っておりますとも」


 その返事に気を良くするレオン。

 だが逆に王女以外の女性陣は露骨に不満顔となる。


「……ねぇレオン君。また新しい子が増えるの? もう何十人といるよね?」

「レオン様……英雄は多くの女性に愛されますがいくら何でも」

「そうです。流石に節操がなさ過ぎませんか?」


 最近あまり相手にされない彼女達の不満は最もだ。

 しかも次々と新しい娘を引き込もうとする。それを叱る将軍も消えた以上、誰も彼を止められず昨日、部屋に呼んだ女性の名前を覚えているかも怪しい始末。


「安心しろよ。お前らは特別だ。俺のパーティーメンバーじゃねぇか。それに俺は勇者だからな。優秀な子供を残す義務があるんだよ」


 まるで悪びれず、彼女達の抗議はどこ吹く風だ。


「まぁ私達は特別、なら」

「それは、そうなのでしょうが……」

「確かに勇者様である以上、次世代に多くの子を残さねばならないですし……」


 しかしリビア達も不満ながら『お前達は特別』という言葉に肩透かしなくらい絆される。勇者である以上、シェリーが言う様に子供も多く作らなくてはならないのは事実でもある。

 もっとも、そんな簡単に言いくるめられる時点で話にならないが。


 ……ただアナハイム公爵に肩を叩かれ、苦虫を潰す金髪ツインテールの姿は視界に入っていない。

 彼にとって大事なのは帝国で一目惚れした姫と、皇国のまだ見ぬ美姫である。


「それで? 彼女は何処だよ」


 彼女。それは彼が帝国で一目惚れしたプリーシアという名の皇女。


「ええ。こちらに……」


 そういって帝国貴族が前に出したのは雪の様に美しく、大人びたスタイルの美姫。


「おお、プリーシア。ようやくおまえを」


 ではなく。


 ――ぶくぶくに太ったそこそこ歳の言っているお世辞にも顔が良いとは言えない女だった。


「だっ、誰だお前!」


「勇者様! 始めましてっ、私ドズリアちゃん三十五歳よ!」


 元気の良い挨拶には多分に皮肉が含まれているのだろう。その二人の様子にそこかしこで隠し笑いが起こる。


「い、いや、ちょっと待て! プリーシアはどうしたんだよ!?」


 帝国貴族までも笑いを堪えながら説明する。


「か……彼女は今、留学中につき帝国で今差し出せる姫はそもそもドズリア姫一人しかおりませんので」


「よろしくね勇者様! ……それともまさか、かの光の勇者様が見た目で人を差別しないわよね?」


 これには勇者も絶句。

 帝国貴族までもドズリア姫に向かって。


「ふふっ……やってやりましたな、ドズリア様。おめでとうございます」


「おうよ。うちの可愛いプリーシアちゃんには自由恋愛して貰いたいからね。あんないい子、変な男に任せられないわ。それに私もそろそろ結婚しないとヤベーと思ってたのよぉ〜。まさに渡りに船だったわね!」


 この帝国側の様子から分かるように完全に計画的な流れ。


「よ、良かったねレオン君!」

「なんか……魔物を素手で倒せそうな方ですね……」

「くっ……くくくっ……おめで……くっ、あははははっ」


 嬉しそうなリビアに、目を白黒させるシェリー。

 ダークエルフの姫に至っては途中から爆笑である。


「――いい加減にして頂きたい!! 帝国は我が国を! ひいては光の女神様を侮辱しているのですかッ!!」


 だが国辱とも思える行為に王女は怒り心頭。

 勇者派ではあるが内心嫌っている国内の貴族も口を紡ぐ迫力だ。


「……そうは申されましても、我々は姫を差し出せと言われましたので、相手のいない中で一番の美姫をお連れしたまで」


 ただ彼女しか未婚の姫がいなかっただけ……そう言外に含め、逆に帝国貴族は相手の上げ足を取りに行く。


「それともまさか、ご婚約の決まった姫や留学中の者を呼び戻し連れて来いなど、仰りませんよね?」


 光の女神に傾倒する王国。

 軍事力強化に突き進む帝国。

 異文化の集合体である皇国。

 秘密主義の教国。


 無論、光の勇者は凄まじい力を持つ。

 だがこの大国と言えるこの四カ国に大きな力の差はない。


 さらに急浮上してきた『ヴォルティスヘルムに現れし謎の勇者と魔王』。

 光の勇者の真偽が揺らげば、教国と王国が手を組む可能性が今回の戦争で消えた以上、いざという時に手を組める帝国と皇国は強気に出れるのだ。


 もはや光の勇者を全面に押し出した政治的パワープレイはこの二カ国には通じない。

 当然この二カ国は事前に打ち合わせし共同歩調を取っている。


 メイヴ王女は目に見えて怒りを顕にするが、それを振りかざせる相手ではないのだ。


「あ、あのうちも……」


「まさかそっちもか!?」


 そしてさらに恐る恐る声を上げる皇国の使者に、勇者の悲鳴が上がる。


「いっ、いえうちはそこまで……おいっ」


 そう急かされ出てきたのは普通の、むしろ綺麗な女の子であった。


「金剛竜の半竜半人、マガナです」


 民族衣装らしき物を着て、肩まで届く青い髪。身体も鍛えられており、釣り上がった目が気の強さを感じさせる。


 だがその言葉に、帝国の対応に青筋を立てていたメイヴ王女も反応。


「竜人? まさか神剣の元となる? 未だレオン様に元に届いてないあの?」


「はい、王女様。本来ならばレオン様に神剣をお渡しするはずだったのですが、その……先代の神剣となるはずだった私の父親が、重圧に耐えかねて逃げ出してしまったのです」


 その目には明らかに侮蔑と怒りが見えた。


「たかが尻尾を斬り落とす事に怯え、あまつさえ逃げ出した、血が繋がっているとは思いたくもない臆病者です。本来なら私が殺してでも連れ帰るのですが、居場所も分からず……」


 なので、と言って勇者レオンを見る。


「恥晒しの父に代わりに、私が剣を作れる様になるまでレオン様に全てを捧げお供させて頂きます」


「あ、ああ」


 本来ならレオンとしても悪い話ではない。ただ隣の女のインパクトと、その面の皮の厚さに未だ彼も及び腰である。

 一方の皇国も、保護する竜人族で爪弾きにされていたものを差し出すだけなので大した痛みもない。


 こうして新たに勇者パーティーに35歳未婚の姫とある男の子供である竜人が加わった。

 だが、お目当てのプリーシア皇女を逃した勇者は酷く不満顔だ。


 その様子を見てメイヴ王女は溜息を吐く。


「……仕方ありませんね。本当はもう少し後でお伝えしようと思ったのですが」


「なんのことだ、メイヴ?」


 彼女も少し悩んだあと、帝国貴族への牽制も兼ねて腹を括る。そしてこの場の全員に聞こえるように告げた。


「――実は、新たな聖女がおります」


「なんだとっ!?」


 騒然となる会場。

 これには帝国と皇国の使者も驚いた。唯一、表情を変えなかったのはその当人を連れてきたアナハイム公爵くらいであろう。


「そ、それはどういった女神の加護を受けられた方なのですか?」


 周囲の貴族から誰もが気になる質問が飛ぶ。


「お待ちなさい。彼女はまだ聖女になったばかり。あきらかな加護は持っておりますが、それがどういった神によるものかは分からないのです」


 さらに会場はどよめく。

 加護はあるが神不明。

 そんなものはかつて存在しなかったからだ。


「へー。で、その子は可愛いのか?」


 勇者的重要ポイントである。


「悪くはない、と思います。年齢も若く小柄で至って普通な方ですよ」


 その言葉に安堵する勇者。内心で少し残念がる周囲の貴族たち。

 王女メイヴは階段を登ったホールの入り口に視線を送る。


 頷く執事と護衛の騎士たち。


「それでは皆様。本日のサプライズ。魔王を打ち払ったレオン様達の裏で、被害のあったかの都市で人々の傷を癒やし、別行動していた教国を撃退した救国の聖女をご紹介致しましょう!」


 王女が手で階段の先へと手を向けると、全員の視線が扉へと注がれる。


「そう、彼女こそ新たな聖女にして、新たな勇者パーティーの一人、神官ナーダです!」


 そういって扉が開かれ、中から現れたのは。


「……………………………………おうち、帰して」


 他でもない。


 ロックとパーティーを組み、ヴォルティスヘルムで少女に手を出そうとしたら、なぜか聖女に祭り上げられたあのロリコン百合気質な女神官――ロックの言う神官ちゃんその人である。


「そう! 彼女こそ災害の中で勇敢に人々の傷を癒やし、教国軍を相手に戦い幼い子供達を守った、誉れ高き聖女なのです!!」


 そんな彼女は今、ヴォルティスヘルムの救世主として王国に祭り上げれ、泣きそうになりながらぷるぷる震えていた。


 ――なぜっ。なぜこんな事にぃ……! 


 涙を溜めながら唇を噛む彼女。


 実際彼女はただ小さくて可愛い女の子が性的に好きなだけである。

 それがヴォルティスヘルムで謎の力に目覚め、調子に載った結果がこれであった。


 彼女を知る者からすれば、間違いなく器ではない。

 それを本人が何より理解している事もあり、並み居る大貴族や勇者達の前で既に心が折れ掛けていた。


「あ、あの、わたしやっぱりもう一回トイレに――」


 何度も逃走を試みていたのでそんな言葉も無視され、騎士に誘導、というか両脇を抱えられ神官ナーダが勇者達の前に連行されてくる。酷い絵面である。


「へぇ。まぁ、地味だな」


「ひっ!?」


 そうしていきなり勇者の前に立たされ、ビクつく神官ちゃん。


「ちょっとレオン君! 彼女怖がってるよ!」


 その様子にリビアが怒るも、流石に勇者もこれはとばっちりである。


「え? あ、ああ。わりぃ?」


「あっ、あの、すみませんっ……その、大人の男性が苦手で……」


 とりあえず謝る神官ちゃん。実際は苦手ではなく単に好みじゃないだけなのだが、その様子に周りも勝手に勘違いして同情気味だ。


「あのっ! わたし、やっばり聖女なんて……」


 なにより本人はそのプレッシャーから既に胃腸と膀胱関係が限界。

 小心者ゆえ帰りたくて仕方がない。だが王女がその退路を塞ぐ。


「いえ神官ナーダよ。貴方しかいないのです。勇者様と共に世界を救えるのは!」


 期待の眼差し。しかし本人的には。


 ――胃が……痛いっ……『あの御方』の為だと言われてもヘタレな私に……これは無理っ!


 ヴォルティスヘルムの英雄。


 その『当の本人』がその栄誉を望まなかった結果、その落とし所に誰かが成らねばならず、気を使った周りにより彼女へと押し付けられただけなのである。

 当然、彼女も誰が紅蓮大帝を討ち果たしたか気付いている。

 ただその人物がそれを望んでいない以上、教祖を名乗り聖女だと認めてしまった事もあり流石に断れるはずもなく、かと言って聖女なる覚悟もなく、それでいてちやほやされたい下心も多分にあり、あっちこっちに揺らぎながらこの様である。


 しかしそれでも国のトップ達といきなり会い、お披露目された時点で彼女の心は挫けた。


「ごっ、ごめんなさい実は魔王を倒して皆をすくったのは――え?」

「あのっ、大丈夫ですか?」


 罪の意識、ではなく単にプレッシャーに負けて全部包み隠さずゲロるその瞬間、彼女の手をそっと誰かが包み込んだ。


 ロックの義妹シェリーである。

 二度、三度、その手の主を見て彼女の思考はようやく戻る。


「…………え? 天使?」


 だが思考の大部分はシェリーに釘付けとなる。さらに。


「うんうんっ、いきなり聖女なんて言われても困るよね。私達もそうだったから、大丈夫だよ!」


 そういってもう片方の手を取る幼馴染みのリビア。


 一瞬、守備範囲の内か外か悩んだ彼女だがギリギリ内と判断する。


 そうして神官ちゃんは気付く。

 勇者の周りにムサイ男はいない。基本、綺麗どころの女性が揃っている。彼女の好きな年頃の子もいるだろう。つまり。


 ――勇者のハーレムは私にとっても楽園なのでは?


 この瞬間、彼女の中の下心が怯えを僅かに逆転する。

 そんな内心など知らずシェリーが諭す。


「大丈夫ですよ。私達もいます。もし男性が苦手なら最初は私やリビア姉さん、他の皆さんと一緒の部屋で生活しましょう」


「……一緒に、ですか?」


「はいっ」


「……同じベッドで?」


「いいですね! たまにはみんなで寝ましょうか」


 神官ちゃんの腹は決まった。


「――分かりました。世界の危機と言うならば必ずやこのナーダ、お役に立ってみせましょう」


 先ほどとは打って変わって強い決意と宣誓。

 その姿に溢れんばかりの喝采がホールに響き渡る。


 ただ巻き起こる新たな聖女への祝福の中、勇者だけが所在なさ気にシェリーに尋ねる。


「あの……シェリー、そうすると俺は?」


「あ。とりあえず女性陣は当面の間は皆一緒に寝るので、しばらくお一人で寝て下さい」


「そ、そうか……」


 こうして時間を操る神の加護を持つ女性が新たに勇者パーティーに加わった。



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