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Epilogue5 ロズディーヌという女

『王子の破滅とロックを狙う影』のエピローグです。



「――これで、どちらが次期王に相応しいかハッキリ致しましたねお兄様?」


 王城。

 その謁見の間。


 蟲人達の秘密結社が密かに蠢く中、王城でも大きな動きが起きた。


 対峙するは二人の男女。


 膝を突く男と見下す女。


「どうか此度の戦争の失態。償って頂きます」


 そう冷めた目で告げるのは勇者パーティーの一人である第一王女、メイヴ。


「……………ッッッ!!」


 それを血涙さえ流しそうな目で睨み返すのは第一王子その人である。


 女神の神託が世界を駆け巡り、戦争も一段落。そして王国と教国が和睦して数日。


 王国の中心地、王城では論功行賞が行われていた。

 当然、中心となるのは軍と勇者をそれぞれ派遣した、今まさに対峙する二人の王族。第一王女と第一王子。


 それはそっくりそのまま次期王を巡る政争でもある。

 ただその最有力二人の優劣は、教国との戦争の結果でより明白になった。


 第一王子――勇者不要を訴えて自らの派閥の将軍に二万の軍勢を率いさせ、勇者を置き去りにして無断先行。だが途中に寄ったヴォルティスヘルムにて偶発的に落ちた隕石が直撃。教国軍と戦う事なく壊滅。


 対して。


 第一王女――勇者と共に行動し、世界の危機を察知。将軍達への合流を諦め、少数による最速行軍で伯爵領に到着。そこに現れた女魔王 紅蓮“騎士”と闘い、皆の力を合わせて勝利。同時に教国軍を撤退させる。


 子供でも分かる戦果の差。


「だがッ、戦争に勇者を持ち込む事は禁止されて――」


「教国は魔王、紅蓮“騎士”を投入してきたのにですか?」


 勇者の戦争利用は協定により禁止されている。それは事実だ。

 だが敵である教国軍が投入した紅蓮騎士と名乗った女は、魔王であると光の女神より神託が下ったとも言える存在。


「しっ、しかし魔王は魔国にいるものがそうだろう!? 勇者が倒したのは――」


「はぁ。女神様の神託をお聞きにならなかったのですかお兄様? 女神様は確かに『レオン様によって魔王は倒された』そうお告げになられた。あの戦いであの御方は公国を破壊した、かの伝説の紅蓮騎士を打ち破りました。事実、あの化け物は千人以上の兵士をその炎で焼き殺しています。まさに魔王と言えるでしょう」


「くっ……それは!」


 どちらがより正しいかは一目瞭然。


 論功行賞において魔王撃破は過去最大級の功績だ。

 いや世界各地より賛辞と感謝が送られる、人類の歴史に確実に名を残す偉業である。


 当然、世界各国もこれに同調した。


 この論功行賞の後に予定されるパーティーにも世界各国のVIP達、そして姫達が訪れるだろう。

 全ては世界を救った勇者レオンを讃える為のもの。


 それを真っ向から否定している時点で、もはや王子の味方はいない。

 論功行賞に参加した貴族達からの援護も一切ない。誰も彼もが見限っていた。


「では、新たにレオン様に将軍の地位を授けると共に、不在だった北部公爵家の領地を与え、また前々から検討されていた勇者の乙女騎士団を結成する。……これで宜しいですね?」


 隕石で死んだとされる将軍に代わり新たな将軍に。

 そして北部の膨大な領地を与えられ。

 さらに人数や戦闘力の観点から勇者のパーティーにまで入れない、多くの勇者の妾となる予定のハーレム候補達で組織される女性のみの騎士団。勇者の乙女騎士団の結成許可。


 それが今回の魔王撃破に対する勇者レオンへの褒美である。

 意外な事に周囲の貴族達に異論は一切ない。


 これには、いくつか理由がある。

 レオンを将軍につけられれば戦争に駆り出す大義名分ができる。また与えられる北の領地は魔物が多く、開拓できるのは勇者くらいであるから構わない。そして勇者の乙女騎士団は自分達の娘を捩じ込むには格好のチャンスと、悪い話はない。


 また同時に王子の失態を受けて、軍事権が剥奪され王女へと移行。

 これにより勇者と王女は事実上の最大権力者となった。


「では皆様、魔王を打ち破りし偉大なレオン様に拍手を!」


 政治的な事のさっばり分からない勇者レオンは、王女の声に立ち上がりとりあえず手を振る。


 そうして王城は万雷の拍手に包まれた。















「……ふふっ。随分とあの男に御執心なことね、お姉様」


 その論功行賞の後。


 次なる魔王討伐の祝賀会に向け、王城の廊下を気心の知れた護衛数人と歩くメイヴ王女。

 他の者達はすでに会場入りしているので、彼女だけである。そのタイミングに廊下の物陰から声を掛ける者がいた。


「本当にあんな男に将軍位を与えて良かったのかしらね。なにをしでかすか、分かったものじゃないわ」


「…………彼は偉大な“私の”勇者様ですよ。あれほど強く男らしい、将軍に相応しい殿方はいませんよ」


 立ち止まり穏やかに返す彼女だが、仲の良い者はその声に著しい不快感を顕にしている事に気付くだろう。

 さらに。


「まぁ。貴方の様に傲慢で我儘かつ、欲深い女には一生、あの様な殿方は捕まえられないでしょうね。特に……薄汚い血の混じった貴方には!」


 それは物影の人物への最大級の侮辱。

 メイヴ王女は勇者には見せぬ悪意を込めて、人を見下す傲慢極まりない表情でそちらを見た。


「なんですって……!!」


 現れたの金髪ではない。

 何故か他の王族とは異なる赤髪。


 メイヴの妹姫。第二王女。


 前髪は真っ直ぐに切り揃えられ、長い艷やかな髪を伸ばし、その一部が頭の高い位置左右で髪飾りで結ばれている。

 村松的に言えば、ツーサイドアップである。


 また目の前の、少し小柄でお人形の様な可憐なメイヴ王女とは異なり、くびれた腰。おおきく突き出した胸。男も女も二度見する様な、まるで理想を体現した様なプロポーション。


 そしてその顔は思わず惹きつけられる絶世、いや傾国の美少女。


 ――美しい。


 メイヴ王女の護衛ですら思わず息を呑む美しさと存在感。


 そんな彼女が――。


「この幼児体形女は今、なんて言ったのかしら!?」


 顔を面白い様に真っ赤にし凄まじい表情でキレ掛かっている


「ようじッ……このっ、あまり図に乗るなよ薄汚い血めッ!」


 だがメイヴ王女も負けていないこの沸点の低さ。


「こっちの台詞よこのクソ女ッ。フンッ! まぁ? 怒るって事は図星だったのかしらね? 確かにそんな身体じゃあ、あの気持ち悪い男にもすぐ飽きられるんじゃないの」


 両者は女と言う見てくれも言葉遣いも忘れ、青筋を立てながら罵倒し合う。

 しかも割と罵倒してキレそうになっているあたり、ブーメランである。


「気持ち悪い男ですって? ……ふふっ。ふははははっ、まさか貴方まだ、レオン様が偽物だと思っているの!? レオン様に相手にされないからって、そんな嘘をでっち上げて? 魔王すら倒したあの御方が? ああ! 負け犬が必死に強がって……なんて哀れなのでしょう!」


 サディスティックな笑みを浮かべ見下すメイヴ。


「くっ……ふっ、ふふ。そうね。勘違いしてる様だから言ってあげるけど、私もあの男に散々口説かれたわよ? 隙あらば胸や身体を触ろうとしてきたわねっ。思い出しても気持ち悪い。……でも残念。あんな男、私から振ってあげたわ。ああ、ごめんなさい? 貴方のフィアンセなのにねぇ!?」


 そう言って身体を反らし芸術の様な女性らしさを強調する。


「このっ薄汚い情婦がッ! 私が王位を取った暁には、無事でいられるとは思うなよ……! それまで必死に粋がってるがいいッ」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ! 散々お祖母様とお母様を侮辱したのだから……私が本物の勇者を籠絡し傀儡にしたら、この王宮に居られると思わないことねっ!」


 ――世迷い言を。

 ――後悔すると良いわ。


 そう互いに捨て台詞を吐き、とても他の者には見せられない会話を打ち切ってそれぞれ立ち去った。


 そうして赤髪の彼女はしばらく歩き、自室に戻ると。


「お帰りなさいませ姫様。宰相様が――」


「キィーッ!! あんのっ傲慢チキ女!! ぜったい後で泣かす! 何がなんでも泣かす!!」


 扉が閉まった瞬間、再び発狂した。


「……あとで来るそうっすよ。はあ、ロズ様。またメイヴ様と罵り合ったんスカ?」


 キリッとしたメイドは急に脱力し、ジトっとしたやる気の無さそうな目で、自分の主に溜息を吐いた。


「そうなのよ!! 聞いてマリリン! アイツ、よりによってまた私のお祖母様とお母様を馬鹿にしたのよ!? 私の事ならいい! けど二人を馬鹿にする奴は許さないわ! 八つ裂きよ八つ裂き! 万死に値する! 馬の糞が当たって死ねっ! ちねっっっ!」


「いやー。それ、このままメイヴ様が王位ついだらロズ様の首の方が飛ぶんで、他所では言わないで下さいっすね」


「分かってるわよそんなこと! ふんっ! おらッ! 喰らえペチャパイ女がぁっ!」


 メイドの言葉に頷きながら、怒りの形相でベッドの枕へと殴る蹴るの暴行をくわえる姫。


 そこへノックが鳴った。


「姫様。宰相様達がお見えです」


「ふぁっきんッ!! ……え? 宰相? 宰相が何の用よ!?」


「あ、開けていいっすよー」


 がるるるっと、牙を剥き出しにするロズを無視してマリリンと呼ばれたメイドが許可を出す。


「はぁ…………あの、ロズ様。外までちょっと聞こえるので、そう言った事をする時は、なるべく外を確認するかもう少し声を抑えて下さい」


 マリリンがドアを面倒臭そうに開けると、頬を引き攣らせて部屋の中に入ってくる宰相。そしてもう一人、宮廷魔術師筆頭補佐にして月の大神官の青年も続く。


 この部屋に事実上、第二王女と真なる勇者を支持する勢力の主要人物が揃う。


「仕方ないでしょ!? こっちは何度あの顔を殴り飛ばしてやろうかと思ったか!」


 そしてキレぎみに迎えるのは、肩で息をして仁王立ちするこの部屋の主。


 他でもない月の女神に愛されし第二王女 ロズディーヌその人である。


「……まぁ、とりあえずご報告です。やはりヴォルティスヘルムに落ちた隕石は作為的なもの。生き残った住民達の証言からすると、紅蓮の魔王が現れ都市を破壊しようとしたらしいです。それを一人の少年が彼等を守る為に挑み、なんと倒したと」


「でかしたわ!」


 その報告に不機嫌が吹っ飛び、ロズはパァと顔を輝かせる。

 さらには枕を殴り付けるのを止め、クルッとモデルの様にその場でスカートをふんわり浮かして振り返った。


「凄いじゃない! 人々を守る為に単身で魔王と戦うなんて。それで? その男の子の名前は?」


「それが……誰も口を割らないのです」


「え? なんで? 勇者様なんでしょ。隕石を落とすようなやばい奴に、皆の為に挑んで倒したんでしょう? 普通に大英雄じゃない」


「間諜の話では何でも、殆どは知らないか分からない様子だったそうです。ただ一部、知っていると思われる者もいたけれど、逆に彼らは頑なに口を割らなかったと報告してきました。また同時期に光の神殿から勇者と魔王について、民の不安を煽らない為にとヴォルティスヘル全体に緘口令が敷かれたと聞きます。そうなると、この件は薬や拷問も使えないので中々……」


「ふーむ。名乗れないような奴なのかしら? それともシャイとか?」


 彼女は一人、訝しむ。


「でも……そんな凄いやつなら報われるべきよ。やっぱり」


「まぁ確かに。一応、これと言う訳ではないですが、ロック・シュバルエという者が怪しいとは報告を受けております。何でも宿屋の倅だとか。血筋的には問題ですな……また、あえて名乗り出ないのは危険な思想の持ち主という可能性もあります」


 宰相は密かに懸念していた。

 ここまで名前が確定しないのは、世界を混乱に陥れようとする革命的な危険な思想の持ち主で、わざと秘匿しているのではないかと。


「ふーん。でも生まれも仕事も関係ないわよ。それにその子、都市の人達の為に魔王と戦ったんでしょ? 誰かの為に立ち上がれる人が悪い奴とは思えないわ」


「いえいえ。あくまで可能性です。ロズ様は少し真っ直ぐ過ぎるので……とはいえ、もしそのロックでも別人でも、とにかく本物が見つかれば栄誉の代わりに、たっぷりと我々の為にも役に立って貰いますけどね」


「そうね。しっかりと私を女王にして貰わないと! ではこれから急いで真の勇者を特定して。そしたら、あとは私に任せなさい!」


 そう自信満々に胸を張る彼女。


 だが。


 ……メイド、宰相、大神官の青年は何とも言えないでその顔を見る。


「だいじょうぶ、でしょうか姫様?」


「ええっ。この私、月の女神の聖女にして第二王女ロズディーヌに任せなさい! 私が迫ればどんな男もイチコロよ」


 自信満々。


 ゆえに不安。


 そんな何とも言えない目で彼女を見る三人だが、元々本物の勇者が見つかれば彼女がその美貌で籠絡するという話ではあった。

 問題は性格なのだ。性格。


「それならば信じます。まぁいざとなれば加護の魅了もございますし、我々男には話難い房中術などのスキルもありましょう」


「そうね。……ところで宰相。ぼうちゅうじゅつってなにかしら?」


「え?」


「虫を防ぐとなんでモテるの?」


 思わず宰相と大神官は光速でメイドのマリリンを見た。

 が――マリリンも負けじと速攻で目を逸らし口笛を吹き始めた。


 それですべて悟った宰相は、酷く疲れ切った顔で同意する。


「そ――そうですね。キャンプやレジャーでは喜ばれるでしょう。防虫術。とりあえず我々は勇者の特定を急ぎます。……もう、なんも考えなくていいや」


「そう? 分かったわ! なぁに大船に乗った気でいなさい、私は必ず女王になる女なのだから」


 彼女は仁王立ちのまま、拳を強くグッと握る。


「その為に本物の勇者を、王国一の美少女である私のテクニックで骨抜きにしてあげるっ。ふふっ、あの光のニセ勇者だって何度振ってもしつこく寄って来るんだから。本物の勇者だって私がちょっとおっぱいでも当てて上げれば、舞い上がって虜になるに決まってるわ。間違いないわね。ほんと、男ってやーね」


 まるで恋愛上級者の様にヤレヤレと首を降る処女にして恋愛未経験のロズ。


「がんばれー、ロズ様ー」


 その様子に男性陣二人はげんなりし、マリリンに至ってはポケットからお菓子を出し、応援しながら食べ始めた。


「そうして惚れたが最後、私が女王になる為に徹底的にこき使って上げる。いいこと? 覚悟しなさいまだ見ぬ本物の勇者くん、ロック・シュバルエ! 私が貴方を骨抜きにしてあげるわ!」












 ……それからしばらくして部屋から退出する男二人。


 本来、二人の男が未婚の姫の部屋に行くべきではない。

 だが今は殆どの者が勇者の魔王討伐祝賀会へ参加していた為に、逆に堂々と話し込むチャンスであった。


 おかげで打ち合わせは短時間で済む。あとは本物の勇者を特定するだけ。その後は――。


「……宰相。姫様は大丈夫でしょうか」


 しかし部屋から出た大神官が不安そうに宰相に尋ねる。


「……もはや信じるしかあるまい。間違いなく顔は美少女だ。胸も尻も大きくそれでいて細身。町を歩けばすれ違う男は皆振り返る。完璧といえるプロポーションだろう……そう、見た目はな」


「そうですね。案外、あっさりと籠絡できるかもしれません。自分もそうですが男なんて結局、そんなもんですからね……ただし中身がバレなければ」


 そうして二人は後ろを振り返る。


「しかし」


 ――私ぶっちゃけ恋愛経験なんてこれっぽっちもないけどっ、きっと大丈夫よ! ちょっと色っぽく迫れば喜んで私の為に戦う様になるわ。ああ、女王になる為とはいえ、なんて罪作りな女なのかしらっ!


 痛々しい独白と高笑いが、部屋から聞こえてくるのだ。


『馬鹿なんだよなぁあの人……』


 二人が同時に目を覆ったのは言うまでもない。


「さ、宰相様!」


「ん?」


 そこへ宰相の直属の部下である文官が走ってくる。かなり慌てている様子だ。


「どうした?」


「それが、メイヴ様にしてやられました!」


「なに? 詳しく話せ」


「教国軍の捕虜一部が受け入れ拒否により、我が国の友好国である砂漠の国で行き場を失っているのはご存知ですね?」


「ああ」


「……メイヴ様はそれらの処刑を砂漠の国に委託すると話しをつけ、ロズディーヌ様を立会人にすると通達されてしまったようなのです」


「なにっ!? ロズディーヌ様にはこれからヴォルティスヘルムへ向かい勇者と会う手筈なのだぞ!?」


 そう声を荒げる宰相ではあるが、誰よりもそんな理屈は国家間の約定において通じないのは理解している。


「くそっ、なんという……」


 こうして唯一ロックを狙う第二王女までも遠のいてしまった。

 王国とロックの邂逅は未だ見えない。

 

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