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Epilogue4 秘密結社と女王陛下の晩餐会

『光の女神メイン――に見せ掛けた蠢くもの達の』エピローグです。

※多少は抑えましたがグロ・猟奇表現に注意。




「魔王を倒して下さりありがとうございます、光の勇者様!」


「光の女神様バンザイ! 」


「聖女様とレオン勇者様こそが本当の英雄です!」


「光の神殿に、王国に栄光あれ!」


 光の神殿の総本山は王国その王都に隣接する形で存在する。


 聖都とも呼ばれ、中心には巨大な光の神殿がそびえ立つ。

 そして今、数日前に光の女神より下された魔王撃破の神託に伴い、その前にある広場では王国民や信者達からの賛辞が鳴り止まず、光の神殿へともたらされている。


「――皆さん。光の女神様は常に我々を見守って下さっています。そして光の勇者様と聖女様達は世界に破滅をもたらす魔王から、必ずや我々をお守りして下さるでしょう!」


 今この場には勇者も聖女達もいない。

 彼らは王都で始まる教国軍と魔王撃破の功績を称える祝賀会の最中であった。


 代わりに彼らの民の声に応えるのは、優しそうなメガネを掛けた恰幅の良い初老の男。


 光の神殿最高責任者である大司教である。


 彼こそが勇者や聖女を管理し、光の女神様のお言葉を伝える神の代理人。

 その背後には何人もの司祭と聖騎士が佇む。同時に政治的・軍事的にも彼らの指導者である。


「大司教様……天使様がいらっしゃいました」


「ああ、分かった」


 そんな彼へと法衣姿の背の高い、髪を全て後ろへ流した青年が近付き耳打ちする。

 大司教は手を振りながら神殿内へと戻った。


「天使様の体調に何か問題あるかね、ベルパパ?」


 早足で神殿内の廊下を進む二人。

 その一人、ベルパパと呼ばれた背の高い青年が首を振る。


「何も問題ありません。すべて順調にございます。総督」


 ――総督。


 そう呼ばれた瞬間、大司教の顔に筋が入った。


「よし給え。ここはまだ神殿内である」


「し、失礼致しました」


 そうして二人は神殿の奥にある『祈の間』と呼ばれる場所に入った。


「聖騎士達よ。これより何人足りともここを通すな」


「――ハッ!」


 そうベルパパが言うと、聖騎士が片足で地を鳴らす。

 そして二人が重厚な音を漏らさぬ扉を開け、中に入ると――。


 天使がいた。


 文字通り男か女か分からぬ人の形をし、後ろに翼の生えた神の使徒が宙に浮いている。


『遅いぞ、大司教。光の女神様がお待ちだ』


「はっ。申し訳ありません」


 その場で平伏し頭を下げる大司教。


 そこへ。


【おっそーい。私を待たせるなんて人間の分際で良い度胸じゃない】


 若い軽そうな女の声が響いた。


「これはこれは“光の女神様”! 申し訳ありません、女神様のお力により民が殺到しているゆえ、蔑ろにする訳にもいかず――」


【言い訳なんか聞きたくないわ。で? アンタが言う様に魔王を私の勇者が倒したって、神殿通して伝えたけど、ちゃんと成果出てんでしょうね?】


「それはもう! 民たちはヴォルティスヘルムで起きた隕石を魔王と勘違いし、それを光の勇者様が討ち倒したと大変な騒ぎでございます!」


【ふーん。なんか火の女神と土の女神が、魔物や自然が言うこと聞かなくなったとかで、怖がって御茶会にも来なくなったんだけど、やっぱりただの隕石だったんだー】


「ええ! ええ! それにもし本物の魔王が現れても、光の勇者様の敵ではありません!」


【そうよね。魔王なんていう神でも何でも無い雑魚に怖がって、裸足で逃げ出した先代女神と私達は違うし。魔王なんて愛しいレオン君と私の名声を高める為の道具だしね】


「誠、左様にございます! 加護をお与えになり魔王に仕立て上げた者も、魔国におりますゆえ……少し民の危機を煽り、そこでレオン様を駆け付けさせ女神様が助力して差し上げれば、世界の人々は必ずや光の女神様を主神として崇め奉るでしょう!」


【当然よね。けど他の女神達も私みたいに勇者作り始めてウザイのよねぇ。ま、一番力あるの私だし、みんなレオン君の踏み台だから良いんだけだ……あ、けど】


「はい、なんでしょうか?」


【本物の勇者? この星に勝手に生まれた奴。あれもし見つけたら、偽物として排除していいから。どれだけ強いのか知らないけど、レオン君の邪魔なのよね】 


「ハッ! 心得ました!」


【じゃ、そういう事だから。あとよろしくー】


 その声を最後に天使の目が元に戻る。


『……終わったか。女神様を怒らせはしなかっただろうな?』


「滅相もございません! ちゃんとこうして――בצע」


 しかし大司教がそう呟くと、ふと天使の動きが止まる。


 すると大司教と天使が二人同時に、右手で三本指を立て、左手で一本指を立て交差させ、何らかのマークを作った。


 二人が頷く。


 その直後、彼らは全く聞き取れない言語で会話をし始める。


「どうだ。偽りの映像を天界へと上手く流せているか?」


「…………問題ない総督。例の紅蓮の魔王の映像は全てこの天使の記憶の底にしまった。あんなものを見せたら、光の女神は発狂して計画が変更されかねんからな」


「ならば良い。馬鹿は馬鹿らしく陛下の『晩餐会』まで踊らせておけ」


「…………分かった」


 するとまた。


『………ん? ああ、あれ? もう終わったのか』


 天使の言語が元に戻る。

 それをさも、何もなかったかの様に大司教は流した。


「どうかしましたか天使様?」


『い、いや何でもない。では女神様に引き続き尽くせ』


「はっ!」


 そうして天使は天界へと消えた。


 こうして完全に『祈りの間』から神気が消える。


「……お疲れ様でございました。夜の会合まで時間がございます。神殿の執務関係は僕が片付けておきますので、それまでお休み下さいませ」


「そうもいかん。私でなければならぬ業務もある。……ところで今日はどんな女達だったか?」


 ベルパパと呼ばれた青年の声に、膝をついて平伏していた大司教が立ち上がる。


「十五歳程の信者の少女にございます。もちろん処女にございます」


「そうか。それはいい」


 そんな会話しながら、二人はさらに『祈りの間』から去った。







 その夜。


 光の神殿その総本山の廊下を大司教が補佐のベルパパを従え歩く。


 彼らはやがて神殿最上階にある小さな物置に辿り着く。


「見られてはいないな?」

「人払いは抜かりなく」


 ベルパパの報告に頷いて大司教が物置の扉を開く。


 そこを開けると、部屋のサイズが外観とまるで一致しない大きな白い部屋が現れた。その中には同じく大きな円卓のテーブル。そしてそれに座る者達がいた。


 彼らの風貌は様々だ。


 学者風の男から浮浪者、子供、果ては貴族までいる。老若男女の地位も身分も異なる者達が席についている。


 そうして大司教とベルパパは同時にあの、三本指に一本指のマークを作る。

 同時に着席者も同じマークを示した。


 そう、ここに集いしは秘密結社の者達。

 ここ神殿内部などではない。結社が回収した小さな次元門を利用し作られた彼らのアジト。


「ふぅ。皆、まずは遅れてすまない。光の神殿の業務が嘘の魔王討伐により立て込んでいてな。まったく女神と信者共の相手は疲れる」


 そう愚痴りながら大司教が円卓最後の席へと座る。

 ベルパパはその背後だ。


 その愚痴に思い思いに口を開く出席者、結社の構成員たち。


「さすがは総督。都市に落ちた隕石を魔王の仕業と信者達に誤解させる。そしてその存在しない魔王を、光の勇者が討伐した事にして支持を集める。見事な手腕ですな」

「女神のコントロールも上手くいっているそうではありませんか。偽りの守護者とはいえ、民の支持を一身に受ける勇者達を、こうして利用できるのは大きい」

「しかし次元門の捜索は未だに上手くいっていないのだぞ? 今は光の神殿や王国貴族を思い通りに動かせるが、門が見つからなければいずれ星の守護者が現れてしまう」


 好き勝手に会話をする参加者達。

 それを大司教が制する。


「まぁ待ちたまえ。実は今日は集まって貰ったのは他でもない。我々の今後の活動を左右する重要な事柄を二つ、皆に伝えなければならないのだ」


 全員が会話をやめて大司教を見る。


「ただ、その前に宴としようではないか。おい、例の者達を」


 大司教は背後のベルパパは一瞥すると、彼は別なドアから一度外へ出て、しばらくするとまた戻ってきた。……ロープを持って。


「お待たせ致しました皆様。今宵のメインをお連れ致しました」


 彼はそういってロープをを引っ張る。


「ぐっ!」

「ぁ!」

「きゃ!」


 部屋の中へと連れて来られたのは、年頃が15歳程の全裸の少女たち。

 彼女達の首には一本のロープが結ばれ一列に繋がれていた。


「おお!」

「きたきたぁ!」


 それに喜ぶ参加者達。


「相変わらず好きだねぇ」

「好みではない」


 また呆れたり嫌な顔をする参加者達もいた。


 一方、少女達はその中で、見知った顔を見つけて驚愕する。


「なっ、大司教さま!?」

「そんな大司教様が性奴隷を!?」


 大司教その人である。

 この中で一番地位が高いのは最大宗派である光の神殿、その大司教なのは間違いない。その権力も世間への露出機会も一国の王に匹敵する。


 そんな彼を見て性奴隷として連れて来られた彼女達は裏切られたとばかりに顔を強張らせる。それは彼女達の様な人間を拉致して性奴隷とする人間であった事と、そんな地下組織に所属していた両方から来るものであった。


「では、僭越ながら一人はいつも通り私が最初で」


 そう言って円卓に座る浮浪者が立ち上がる。

 意気揚々と先頭の女の前にやって来たそいつは、少女を前にして舌を舐める。


「へへっ」

「っ……や、やめて」


 これからされるであろう事を想像し、思わず体を縮こませ身体を隠す少女。


「いただきまーす」


 男は嬉しそうに、そんな彼女の首へとその口を伸ばしそして。


 ――突き、刺した。


 まるで鋭利なストローの様な針へと変わった口をより、深く鋭く。


「ギャ――」


 そう短い悲鳴を残して少女の顔が歪む。


「……ああっ。なかなかに美味だぞっ」


 嬉しそうにその口から少女の体液を貪る男。


 少女は見る見るにうちに痙攣し、やがて色を失っていく。それ所かどんどん干からびて行き、目玉が垂れ下がり、全身の皮膚が枯れる。


 そうして全身のあらゆる体液を飲み干され彼女はミイラとなった。


「…………ぇ?」


 同じロープで結ばれる後ろの少女二人は目の前の光景に、ただただ言葉を失う。


 目の前の男は何をしたのか?


 自分達は性奴隷ではなかった?


 その人間とは思えぬ口は何なのか?


「いっ、いやぁ!?」

「なにっ、なによこ――」


 その異常を訴えようと残った少女達が円卓に目を向けた瞬間。


「ひぃっ!?!?」


 彼女達は見てしまった。


 円卓に座る者達が嗤っている姿を。


 歪な笑顔で。


 人の顔ではない何か。


 そう――『蟲の顔』へと成り果て嗤う化け物達の姿を。


 一人はアリ

 一人は蜘蛛クモ

 一人は

 一人は蟷螂カマキリ

 一人は甲虫コウチュウ

 一人はハチ

 一人は芋虫イモムシ

 一人はハエ


 ……などなど。


 頭が人間のそれではない。

 円卓に座る老若男女は、二足歩行する蟲の怪人達へと変身して本性を現す。


「いやぁ、この年頃の人間の処女の肉は美味ですからなぁ」

「吸液食の卿がお一人で、一匹丸々食すのは如何なものかと……」

「まぁまぁ。それより貴方はやはり内臓ですか? 私は一番後ろの少女の心臓を頂きたいですな。舌も悪くない」


 それは和やかな食事前の談笑。

 だが彼らの目は人を見るものではない。捌かれる前の家畜を見る、品定めする目。


「あっ、ああああああああああっ!!」


 そうしてようやく少女達は、自分達がなぜ裸でこの場に連れて来れれたか理解し、後退り逃げ出そうとする。

 だが――。


「ではこちらも調理を開始させて頂きます」

「ッ!?」


 不意にその背後に別な蟲人間が現れ、そいつが蟷螂の鎌を振り上げ。


「ぁ」「ぎッ」


 一閃。少女の生首が二つ宙を舞う。


 そこから始まるのは――おぞましい人間の解体ショー。


「この子は心臓はソテーにでも、こっちは――」


 こうして三人の少女達は蟲の食材と瞬く間に形を変えて、その生涯を終えた。まるで家畜のように。


 そうして食事の支度が整うと大司教――蜘蛛クモの顔をした蟲人が立ち上がった。


「では結社の皆、食事を始めよう」


 挨拶と共に始まる蟲人達の食事会(カニバリズム)

 出される食材は飛蝗バッタ類の為の野菜、甲虫コウチュウ類の為の蜜。そして作り立ての人肉。


「うむっ。良い肉だ」


 光の神殿の信者から、毎回新鮮な食材を選び提供する蜘蛛男たる大司教。

 彼も満足気に柔らかい肉を切り分け味を楽しんでいる。


 そうしてBGMに流れるは、蟋蟀キリギリスの蟲人であるベルパパのバイオリンの演奏。

 この怪人達の狂気染みた至福の時間はあっという間に流れ、用意された料理もつつがなく頂かれた。


 そうして全員が晩餐を終えたタイミングで再び、蜘蛛の大司教が立ち上がる。


「さ、みな食べ終わったかな? では今日も良き食事が出来た事を偉大なる女王陛下に感謝しようではないか――המלכה המלכותית」


『המלכה המלכותית』


 そうして蟲人達の晩餐は終わった。


「…………こんな肉を、祖国の者達にも喰わせてやりたいな」


 そんな時、一人のハエ頭がそう零す。


「それは……」

「まぁ、な」


 他の参加者達も渋りながらも同意する。


 だが彼等は帰れない。


 ここにいる蟲人達は、実はかつて彼らの王がこの星に降臨した時、置き去りにされた者達の末裔である。


 先代勇者村松により巻き戻された王と軍勢たち。それに運悪く置き去りにされた者達が彼等の祖先なのだ。

 そして蟲の姿から少しずつ人型へ適合し、その姿を隠して長い時間を掛け徐々に権力を手にした。そして生まれたのがこの秘密結社――給仕たち(Waiters)


「……さて食事も済んだ。早速だが本題に入ろう。もっとも、ここからはだいぶ暗い話となる。その為に先に食事とさせて貰った程だ」


 蜘蛛の大司教と視線を交差させ、アリの蟲人が口を開いた。


「ああ。まず皆に不幸な報せだ。少し前、本国から私に仲間のテレパシーが届いた――偉大なる女王陛下の限界が近い。その結果『栄誉ある旅立ち』が行われた、と」


 その言葉を聞いた瞬間、蟲人達が全員震え上がった。


「ばっ、馬鹿な……」

「そこまで母星の食料は尽き欠けているのか!?」


 驚愕し絶句する一同に、アリは静かに告げる。


「そして今回『栄誉ある旅立ち』に選ばれたのは――飛蝗バッタだ」


「そんなっ!?」


 思わず叫び飛蝗バッタ頭が立ち上がる。

 彼は震えながら、声を絞り出す。


「ま、まさか、二割か……いや三割かッ?」


「いや、五割だ」


 半分。

 それを聞いた彼は思わず顔を覆い、嗚咽と共にその場に崩れ落ちた。


「ッ……うぅ……ぅぅッ!」


 それに哀れみ同情の目を向ける一同。


 ――栄誉ある旅立ち。


 それはつまるところ偉大なる女王陛下の餌となった事を意味する。

 共食いにして生贄。

 女王陛下の空腹が限界になった時、彼らは自らの仲間を供物として差し出す。


 偉大なる女王陛下――【現蟲神ギャ・ヌ】はそれ程に絶対なる存在。


 蟲達にとって彼女は、彼らを生み出し続ける聖母にして、ただただ怯え、かしずき、崇めたてまつらねばならぬ神でもある。


 拒否など認められない。

 もしその空腹が限界に達すれば、彼女は同胞同類同属にして自らの子供である彼らを食い尽くすのだから。


「かつて起きたあの地獄が始まり掛けているのかッ」

「……駄目だッ……陛下が再び空腹に我を忘れれば、今度こそ我々は根こそぎ文明共々滅ぶぞ!」

「なんとかならないのかっ? このままでは蟲族そのものが陛下に食い尽くされるッ」


 蟲人達は祖先から受け継いだ記憶と本能から、怯え恐怖に震え上がる。


 飛蝗バッタの総人口の半分を犠牲に今は何とかなっているが、それもまた何時まで持つのか。


「――今説明したように、もう時間がないのだ」


 飛蝗バッタの嗚咽が響く中、蜘蛛クモである大司教が口を開く。


「もはや雌伏の時は終わりだ。『晩餐会』は近い」


 ――晩餐会。


 その言葉に震える蟲達の目つきが変わる。


「愚かなる人間の女神共は彼女達の下界での目と耳である、天使を寄生虫で支配してやれば意のままに操れる事は証明された。光の勇者や魔王なんぞは敵ではない。光の神殿は我ら蟲人の手中。他の人間の軍隊も然り……」


 その力強い言葉に円卓の蟲人の一人が賛同する。


「そうです! 今や人族の最大宗派は我々の支配下にあるっ、今こそ信者を総動員し母国と繋がる門を手に入れる時ですっ」


 彼らが求めるもの。

 それは偉大なる女王陛下がこちらへとやって来る為の次元の門。それさえ開けば全ては解決されるのだ。


「そうだ。それしかない。だがしかし――実は不幸な報せはもう一つある」


 ゆえに光の神殿を利用し彼らは大々的に行動に移し、その門を手に入れるはずであった。


 だがしかしそこへヤツは現れた。

 現れてしまった。


「あの、世間には偽勇者に討たれたと告げた侯都に出現した魔王なのだが――それは本当に実在するのだ。これは皆にも初めて言うことだが」


 円卓に座る蟲人一同が驚きのあまり腰を浮かす。


「なっ、馬鹿な!? 魔王!? それは……女王陛下と同じ存在だぞ!?」

「各地で一斉に怒ったあのスタンピートや巨大地震、大噴火は本当に魔王降臨の余波なのかッ!」

「ではなぜ嘘の情報を流したのです!? 魔王が降臨した以上、この星もその魔王に奪われ兼ね――」


「だがッ!!」


 蜘蛛の顔をした大司教が叫び、円卓に背中から生えたクモの足の一本を突き立てた。


 一撃で破壊される円卓。

 そして押し黙る蟲人たち。その沈黙の中、絞り出す様に告げる。


「――だが既に討ち取られたのだッ。その火と土を操る紅蓮の魔王は……討たれたッ」


 雷に打たれた様に全員に衝撃が走る。そして悟る。


 魔王。偉大なる女王陛下と同格存在。それを“殺した”者がいる。それはつまり――。


「こんな状況で本物の勇者、この星の守護者が現れたというのですか!?」


 ロック・シュバルエは彼らにとって間違いなく、強大すぎる決して挑んではならぬジョーカー。


 円卓は瞬く間に阿鼻叫喚となる。彼らはその存在がどれだけ脅威か誰よりも正しく認識していた。

 光の勇者なんていうお飾りとは格が違う。

 怯え敬い平伏す彼らの偉大なる女王陛下、それと同じ土俵に存在する――彼らからすれば宿屋の倅ロック・シュバルエは完全に恐怖の対象、人間から観た魔王そのものである。

 もし秘密結社たる給仕たち(Waiters)の正体が発覚したが最後、間違いなくその圧倒的な力で自分達は殲滅されるだろう事は誰もが理解していた。


「皆、落ち着け。確かに本物の勇者は現れた。だが勇者を選定する光の神殿は我々の手にあるのだ」


 だがその大司教の指摘にハッとなり、我に返る者達。


「なにより……本物の勇者は我々に辿り着かないだろう」


「どういう事ですか?」


「忘れたか。既に女神により、偽勇者が魔王を討ち取ったと言う誤った神託を下させている。その上で何の反応もなかったのだぞ、真なる勇者は」


 その言葉に蟲人達が顔を見合わせた。


「そうか……だから総督は光の女神に、偽勇者によって魔王が討伐がされたと、偽りの神託を下させたのですね? 勇者の出方を見る為に」


「ああ。だが何も起きなかった。一切。何もだ。果たして力が十分ではなく現れられないのか、そもそも現れる気がないか、それは分からない。だがどちらにせよ、我々の存在は本物の勇者に捕捉されてはいないのは確か」


 断言する大司教の姿に蟲人の目にも希望の光が戻る。


「ゆえに予定通りこのまま行く。ただし絶対に勇者にだけは勘付かれるな。そして準備が整い次第、なんとしても排除する。愚かな人間共を味方につけ、守護者を人間の手で破滅させる。戦わずに殺すのだ。そうして密かに、だが確実に、敵を排して門を再び開く。その門が開いた時、それこそが」


 ――人類が肉に成り下がる日。


「偉大なる女王陛下と仲間達がこの星に雪崩れ込み、人類を召し上がる『晩餐会』の始まりである」


 数百年前に密かに作られ運営され続ける蟲人達の秘密結社、給仕たち(Waiters)


 彼らにもいよいよ故郷の食糧不足というタイムリミットが迫りつつあった。


 たが既に光の神殿は彼らの手に落ちている。貴族もいる。軍人もいる。

 彼らはもう十分にこの星に溶け込み、権力を手にしてきた。


 ――全ては陛下の『晩餐会』の為に。


 ゆえにあとは故郷とこの世界を繋げる門を捜し出し再び開くだけ。

 逆にそれが出来なければ祖国の同胞達が女王陛下に貪り尽される。失敗は絶対に赦されない。








 そうして……冒険者に擬態し力を蓄える獣。


 死を復活させる為に教国へと潜り込んだ欠片。


 その最後に。


 ロック・シュバルエが世界に現れると同時に――蟲までもが偉大なる女王陛下にこの星を献上すべく、密かに動き出した。



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