Epilogue2 潜む悪魔/動乱へ伏す
『ザックーガの欠片とその眷属』と『侯城で洗脳兵器を破壊したとある魔族』のエピローグです
「……負けたか」
村松の多重世界が崩壊し、勇者魔王激突前の世界へと戻ったヴォルティスヘルム。
ロックが絶賛、白目を剥いて泡を吹いている最中。
崩壊した侯城にて佇む影があった。
――欠片。すなわち偽りのザックーガ。
それは破壊された神器であるランタンを拾い上げる。
炎の精霊王。
土の精霊王。
その亡骸を使い人間に権能を与えた代物。そこにザックーガは溜め込んだ神気を注ぎ込み、紅蓮大帝を作り上げた。
が、結果はこの様。
「やはり、本体復活以外に道はない」
彼はそれを拾い上げローブに仕舞うと、ロックの方を見た。ここで手を下すか。
そう過るもそこには既に何人かの影がある。
――今の我では守護者どころか、雑兵を殺す事すら不可能。
神気も枯渇し並の冒険者程度の力しかない。この隙を突く事すら困難。
彼はすぐに頭を切り替え、本当に『魔術』に成り下がった死霊魔術を行使する。
「……来い」
現れたのは死霊魔術師クラフトガンの死体。
その身体に手を翳し――ローブの姿は消えた。
「……………………………………………………ンッ、ンンッ」
代わりにこの場で一人となったクラフトガンの死体が動き出す。
「……思ったより脆弱な身体だな……依代を間違えたか? まぁ構いやしねぇ」
口調はクラフトガン。
しかし彼の魂ではない。中に入っているのは当然、一人しかいない。
「じゃあさっさと『我が祖国』へと帰還しようじゃねぇか……なぁ、盟友さんよ」
そういってクラフトガンの皮を被った欠片が、地面に出来た暗黒に手を入れる。
そこから引きずり出したのは他でもない。
「出せぇ! 嫌だこんな地ご――って、お前誰だ!? 俺をどうするつもりだ!」
生首。
出てきたのは教国に両親と妹を殺された青年、レインバック・アルスの生首。ロック的には黒髪イケメンである。
「どうもしねぇよ。けどお前はもう半分は俺の眷属でもあるんだ。最後まで付き合って貰うぜ……この世界が終わるその時までな」
そう言って欠片は黒髪イケメンの生首を引っ提げて歩き出す。
「眷属だと? それか! それのせいで俺はこんな姿になっても生きてるのか! ってか――いてぇ!? 髪の毛つかんでプラプラするな貴様ァ!」
「まったくうるせぇ奴だ。……お前さんの目的は教国への復讐だろう?」
欠片には分かっていた。
彼はこの男の憎悪、復讐心を利用してデュラハン化させ、紅蓮大帝の器の片割れに利用したのだから。
「それはっ」
「なぁに。テメェと俺の目的は一致する。とりあえず付き合え。そうすればお前の願いは自ずと叶う」
――あらゆる生物の死という結末を以ってな。
そこへ彼の存在に気付いた者達がやってくる。
「くっ、クラフトガン様ぁ! よくぞご無事で!」
「隊長っ!? 生きてたんですねっ! あ、帽子落ちてたので拾っておきました!」
教国軍の彼の部下達である。
「隊長ッ、もうみんな心が折れています! 俺達以外はあの“地獄”を見て、もう立ち上がる事も出来ず、泣き喚く、懺悔するか、死を望む始末で」
「ほら土産だ」
そう言って放り投げられる生首。代わりに部下の一人からトレードマークの帽子をひったくった。
「俺の扱い!?」
宙を舞うレインバッグの頭が兵士の腕にすっぽりと収まる。
「教国軍はもう――ひぃ!? なっ、なんですかこれ! ぱっ、パス!」
「バカこっち寄越すな! ってかなんで生首!?」
「だからっ髪の毛を掴むな! 禿げるわ!」
喋る生首と兵士達が騒ぎ始める。
「騒がしい連中だ。とにかくこの混乱に乗じて逃げるぞ。準備しろ」
――本体復活に向けてやる事は多い。だがこちらには触媒と条件さえ揃えられれば、一度切りだが神すら蘇らせる『切札』がある。
欠片は元の身体の持ち主の癖で潰れた帽子を深く被る。
――ゆえにまずは教国の暗部に潜り、クラフトガンとして深く根を生やす。あの国には本体復活の鍵があるはず。だがその前に……。
「おい帽子男!」
「――あ?」
兵士の一人がビビりながら生首をこちらに差し出していた。
もちろん喋っているのはレインバックだ。
「クラフトガンだ生首」
「くっ、クラフトガン! お前は俺に一体何をさせる気なんだ!」
その問いに彼は目を細める。
【――……果たさなければ】
欠片の脳裏に過ぎったのは本体の、魔王の残滓。
どうしてそこまでの怒りを、憎悪を抱けるのかという、底無しの憎しみ。或いは敵意。
魔王を魔王たらしめる悪意。
それらはきっと地の底で凄まじい怨念に晒されたか、生者への嫉妬による狂気なのだろう。ずっと光の当たらぬ世界にいた王なのだから。
だが――欠片にはその悪意はあっても、そういった“動機”がまるでない。
敗北の記憶や、虐げられた記憶、怨念、ましてや仄暗い地獄へ押し込められ生じた、生者達への狂うまでの妬ましさなんて何もない。
形だけの憎悪。
世界に死を撒き散らそうとする存在なのに、死を撒き散らす動機がないのだ。
だからこそずっと考えていた。
――なぜ本体はあそこまで生者を憎むのか。
「……そうだな。なら」
知らなければならない。
人間の感情と言うものを。
彼の頭に過るのはこの都市でここまで見てきた光景。
紅蓮大帝にあって、欠片にはなかったもの。
怒りも。
憎悪も。
敵意も。
まず欠片は知る事を欲した。
「戻ったら――学園に通う。お前も付き合い、俺に人間という者を教えろ」
そう鼻で笑う欠片。
「はっ? が、学園!? いやいや俺っ、向こうじゃ死んだ事になってる人間だぞ! 学園なんて――」
喚く生首を無視して欠片は歩き出す。
――我は欠片。ゆえに本体に従う。
彼はこの内に溢れる悪意、その動機を求め動き出した。すべては再びこの世界に『死』を蘇らせる為に。そして内に渦巻く疑念を振り払う為に。
こうして戦争に敗れた教国に、その敗走に乗じて眷属のデュラハンと共に一匹の魔王の残滓が潜り込んだ。
「……………………馬鹿みたいだよね」
一方、その候城の反対側にも二人の男女がいた。
一人は黒い翼が生えた、細身で長い金髪をなびかせる優しそうな少年。
彼から目を離さず剣を向けるのは女騎士。
彼女は剣を突きつけながら、けれど、殺意は微塵もなく黙って話を聞く。
「あんな闘いを見せられたらさ、魔王なんて名乗るのが馬鹿みたいに思えるよ」
少年は魔族であった。
そして女騎士は彼がこの学園に入学していた頃から彼を見張っていた。
彼女の正体はヴォルティスヘルムの主家にあたる公爵家が有する魔蠍騎士団の騎士。
魔蠍は教国の革男が名乗った騎士団。というより革男が使者を殺しその皮を剥いで成り済まし、チェスター侯爵に近づいたが彼女は革男と違って本物である。
ただ目の前の相手が相手かつ、また疑いの段階ゆえ侯爵に極秘に進められていた案件だった。
「僕はさ。王位継承なんてする気がなくて、正体を隠して隠居の為にこの都市にやってきた訳だ。だって父親が魔王だよ? 父様はただの魔族の魔術師なのに世界の敵扱い。兄弟は今日も今日とて殺し合い。やってられないよねそんなの……まぁ君の雇い主の公爵にはバレてて、君と眼帯の人にずっとマークされてた訳だけど」
少年はただの魔族ではない。
魔国の魔王の子供が一人。魔族達の中でも権威ある存在だった。
ゆえに魔族の少年も自分がマークされている事には気付いていた。
ロックも参加したあの学年末試験。
少年が組んだ試験パーティーで本当に自然に組んだのは胸の薄いエルフの少女一人だけ。
あとの二人……眼帯と目の前の女騎士は自分のマークとして仕組まれていたのも察していた。
だから嫌がらせの為、彼はわざと『侯爵家ご令嬢』を自分達のメンバーに誘ったのだが。
「今にして思えば、あの森での出来事で気付くべきだったよね。覚えているかい? あの時のメンバー。
眼帯と君という公爵家の魔蠍の手の者が二人。
魔王の王位継承者の一人である魔族の僕。
成績上位の黒髪の騎士。
侯爵家ご令嬢とその護衛の背の高い槍の達人。
引率教官は元侯爵家お抱えの侯都最強騎士。
そして密かに影で見守っていた多くの兵士達。
それが――全滅した」
惨劇の森。
ロックが覚醒した切っ掛けとなった事件。
あそこにいた戦力は本当は下手な護衛よりも強力なものがいた。
だが。
「暗殺集団沁黒。あれは教国軍の総長より僅かに劣るがそれに近い……いや集団ゆえそれ並の厄介さだった。大陸に名を轟かし名指しで対策をされる暗殺集団だけはある。長はいなかったみたいだけどね。それを」
魔族の少年……またはロックが言う所の“優男”はロックが倒れている方角を見る。
「それを単身で倒す少年が並であるはずがない……ただの宿屋の倅だなんてはずがなかったんだ。そして幸運にも僕らは彼と面識がある」
「何が言いたいんですか?」
女騎士。
あの時に森にいた中で最も影を薄くし、目の前の優男をマークしていた女が苛立ちを込めて聞く。
「勘違いしないでくれ。害しようという訳ではないよ。なにより僕は侯城に潜入し、槍使い君に回復薬を与え、君と共闘して洗脳兵器? を破壊したじゃないか」
その指摘に女騎士は黙る。
侯城奪還。
学園で暴れていたロック達は知る由もない別な場所で起きた闘い。
それは実の所このロックとパーティーを組んでいた二人が中心に行われた。
人知れず潜伏していた魔族の少年と。
それを密かにマークしていた女騎士。
語られる事のない闘いはこの二人の共闘という有り得ない形から始まり、槍使いや兵士達を開放、最終的に教国軍の革男を出し抜き兵器を破壊した。
だが二人はあくまで敵。ゆえに彼女は剣を向けている。
「――僕は魔国の現体制を転覆させたい」
そんな仲間であり敵である優男から出た言葉は正気を疑うものであった。
「魔王の息子である貴方がそれを企むのですか? 何故?」
「何故? あはははははっ! だって当然だろ? もし本物の魔王認定でもされてロック・シュバルエが攻めて来たら魔国は一夜で滅ぶよ? いったい誰が止めるのさ。空を切り裂き、時を戻し、隕石を呑み込む暗黒を作り出す化物を?」
「あっ……たし、かに」
「無理だよ。彼は……彼だけは絶対に敵に回してはいけない。数万人を蘇生させ、マグマの化身と真っ向から戦える存在は、間違いなく世界のアンタッチャブルになる。分かるかい、父様も光の勇者も彼の前では有象無象の雑魚でしかない規格外さが」
戦慄すら覚える優男の言葉に女騎士は沈黙する。
「だから、組まないか?」
それに突け込む様に優男は彼女を見た。
「おそらく王国は『彼の存在』を絶対に認めないだろう。もうこの国は光の勇者に対して取り返しのつかない所まで投資してしまった。どっぷり浸かってしまった。だからむしろロック君を暗殺する事まで考えるだろう」
「馬鹿な事を言わないで下さい! あの御方は――」
「そう、紛うことなき本物だ。混じり気のない救世の存在。神の如き御方。けどだからこそ邪魔なんだ王国からすれば。彼らは過ぎた力を欲してないから」
「なぜです!?」
「だって僕の父様『程度』を魔王認定してるんだよ? つまり魔王を光の勇者で倒せると思ってるんだ。つまり彼は過剰戦力」
女騎士は絶句。
“我は紅蓮大帝”
その声とマグマの熱を思い出すだけで恐怖に震える。訓練を受けた騎士である彼女ですらこれなのだ。
光の勇者如きがあの様な存在を相手にして勝てる訳がない。なのに王国はそれで十分だと思っている事実。
「つまり……あの御方の存在は、本物の魔王が現れ脅威とならないと認識されないと?」
「そういうこと。セットなんだよ。魔王と勇者は。んで今まではウチの父様と、光の勇者でバランスが取れていた。みんなそんな風に思ってたさ。僕もそう、君だってそうだろ? ………………あの紅蓮大帝が現れるまでは」
女騎士は否定出来なかった。
魔王も勇者も偽物だなんて一度たりとも思わなかった。
むしろ実際に紅蓮大帝を知らなければ、ロックの力は過ぎた力とすら思える。そこに政治的な話を持ち出されれば、さらに否定は難しくなる。
「……なんたる……ことなの……」
「とはいえだよ。公爵がこの事実を君達を通して知れば間違いなく動く。そうなれば僕の存在をマークしてきた女だ。すぐに王族と勇者と距離を置きロック君を取り込もうとするはず」
「まぁそうでしょうね」
彼女は勇者と共にいる主の娘を思い出し、少し不憫に思った。
「――それ、上手く行くと思うかい?」
「えっ?」
彼女には意味が分らなかった。
「だってロック君の夢は宿屋だよ?」
「え? いや、は? だってあの御方は勇者様で、皆から尊敬され崇められる御方としか」
それを優男が鼻で笑う。
「残念。たぶんロック君、いくらお金積まれても、美女を並べても、権力を与えても、靡かないよ。だってさ、もしそうならあの森で暗殺者を倒した事を彼はすぐ名乗り出たはずでしょ」
「――っ」
女騎士が驚きその顔が青ざめる。
「彼の理想は力に反して小さ過ぎるんだ。覚えているかい? チームを選ぶ際にユースティ様がロック君に誘わせた時の彼の反応。まるで興味を示さなかった。本当にどうでも良さそうだった。あの姿は今でも覚えてる……侯爵家のご令嬢相手に素であれが出来る人間って、間違いなくまともじゃないよ」
彼女もふと、あの周りに呆れられたあの残念なやり取りを思い出す。
だが凡人の事などその時は気にも止めなかった。
……しかしあの異次元の死闘を見せられた後では、まるで話が違ってくる。
「ね? 俗人と彼の欲は大きく異なる。権力と政治の世界で生きてきた人間には絶対に、その単純な答えに辿り着けない。だから誰もロック・シュバルエを取り込め無い。断言しても良い。ただその代わり――動かせる事は出来るけどね」
優男は見た事もない悪辣な笑みを浮かべる。
「繰り返すけど、僕は彼を利用して魔国の現体制を破壊するつもりだ。そしてロック派になるであろう公爵には、それに協力して貰いたい」
「なる……って、いやいや。なぜ我々が貴方に協力する必要があるのですか。話が繋がりません、滅茶苦茶です。しかもロッ――あの御方は靡かないから関係ないじゃないですか!?」
剣を突きつけたまま、睨み付ける女騎士。
「いいや繋がるさ。だって公爵はロック派に転向する以上、没落する王族とはいずれ縁を切らなきゃならないんだから」
「ですから! 貴方の魔族達のクーデターと王国の王族が転覆するのは何も繋がらないって――」
優男は彼女の剣を払い一瞬で肉薄。
「繋がるんだよねぇこれが。だってこの国の王族と光の神殿、そしてウチの父様は裏で繋がってるんだもの。勇者も魔王も全部マッチポンプなんだよ」
思わず投げ飛ばそうとする彼女だが、その言葉に目を見開く。
「まさか――」
「公爵に伝えて欲しい。ロック君の事は静観する事を勧める。下手に触れるべからず。決して誰も彼を御せはしない。それより全てが明かされる来たるべき時に向けて動かれよ。そしてお互いの“頭部”がなくなった時、僕達がより良い関係になる事を期待する、と」
そう言うと優男は逆に、彼女を魔技で放り投げた。
「ちょ――っ!」
その場で一回転。
すぐに体勢を立て直す彼女だが、既に優男は空へと飛んでいた。そして。
「ああ、それともう一つ……僕は英雄では世界を変えられないと思っていた! 所詮は個人だからね! だから隠居して全て諦めようとした……けど、彼は英雄ではなかった! それすら超越する神だったんだ! ならば、彼は世界に靡くべきではないッ!」
そうして心底愉しそうに笑う。
「そう逆だ! 世界こそがッ、力ある彼に平伏し、傅き、靡くべきであるッ! それこそが唯一にして正しき世界ッ! 僕と彼ならばそれを成せる! 間違ったこの世界を正し、あるべき姿へと導けるんだッ!」
「貴方っ……いったい、なにを言って!?」
「――ふふっ。じゃあね、伝言を頼んだよ」
まるでこれから誕生日パーティーに出る幼い子供の様な喜びようで、彼は予言の様な言葉を残し飛び去った。