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最終話 紅蓮大帝VSロック・シュバルエ Ⅳ


 ――ロック・シュバルエが荒れ狂うマグマへと突き落とされる。


『死ね、勇者』

「――ぁ」


 空から落とされたロックをマグマが呑み込み。

 ジュッ――そう音を立てて、人間一人を一瞬で蒸発させた。


 その死に様を、下半身をマグマの竜へと変えて上空で見ていた紅蓮大帝が吐き捨てる。


『これで三人のロック・シュバルエを殺した訳だが――』


 三人のロック・シュバルエ。

 それはロックが跳んだ過去ではなく、現在の事象。元の時間に残されたロックが、咄嗟に時間重複で増えたせいである。


 だがその三人は全て今まさに、魔王の手でマグマの津波に落とされ蒸発した。


『手こずらせてくれる。星も多少戻されたか……だがいずれ再び落ちるだろう』


 天を仰ぎ見る。

 そこにはマグマと同時に落下してきた巨星があった。


 しかし巨星は落ちる所かゆっくりと上昇している。それは残されたロックが決死で掛けた『時間逆行』の効果によるもの。


 だがそれもあと少しで切れる。


 そうなれば再び巨星は落下し世界を粉砕するだろう。


『けれど時計は何の動きも示していない、か。本体は逃げたか? それとも自爆したか……ん?』


 そんな時、敵のいなくなった世界で紅蓮大帝は地上にてあるものを見つける。


 ――薄い半透明な人間達。


 つまり本来ならばこの世界に守られ、魔王には見えないはずの都市の人々である。


 魔王はほくそ笑む。


 村松の作り出した世界は、降り注ぐ流星群、押し寄せたマグマの津波、巨星と暗黒空間の衝突……これらによって既に限界に達しつつあった。

 ゆえに彼らのいる世界との境界が曖昧になりつつあるのだ。


『見え始めたという事は、そういう事なのだろう』


 紅蓮大帝は自らの下半身を元に戻す。

 巨星と暗黒空間の激突で地割れが起こり、マグマの津波によって残り僅かな大地へ降り立つ。


「なっ!?」

「ま、魔王……」


 大地を粉砕し降り立つ紅蓮大帝。

 この絶望的な状況を作り上げた化け物に慄く者達。


「慌てるな! 俺達は勇者様の力に守られてる! どうせ向こうはこちらが分からないし攻撃もできない!」


 だが気丈な者が震え上がる人々を安心させるべく声を上げた。

 それにより後ずさり、生唾を飲み込むも、人々はまだ発狂せず魔王の前に立つ事ができた。


 しかし。


『……憐れなものだな。勇者は逃げ出した。もはやお前達を守る者はいない』


「……ぇ」


 虚を突かれる人々。


 そして魔王は嗤う。


『さぁ、殺戮の時間だ。マグマに焼き殺されるか、星に潰されるか、我に喰われるか……好きなものを選ぶがいい』



















 一方。


「なんなんだよこいつら!?」


 過去の時計塔。

 いや過去の時計塔から連れ込まれた異空間。


 そこで分身とは異なる、全ての原点となるロックは夥しい死者達に襲われていた。


「これ全部アンデッドか!?」


 ロックの周りに群がる数万の死者。タールの様な黒い液体を滴らせ、押し寄せる髑髏の波。


「時間停止、ボックス!」


 上、左右、前後、それぞれの時間を止めて四角い空間を作り上げる。

 直後、黒い波が激突しロック達の視界を黒に染め上げる。


「とりあえず止めた時間は越えられないだろッ」


 全方位の空気を時間停止した無敵空間。

 停止した時間を髑髏が飛び越えられるはずがない以上、ロックの安全は確保された。


 ただしそれは――これが並の怪物だったのならばの話。


「死霊魔術――侵食」


 だが敵は並などではなく偽者とはいえ神である。


「えっ? ……いやいやいやッ!?」


 段々と死んでいく。

 ロックの四方を囲った時間の停止した空気が、死んでいく。


 まるで砂の城に水が浸食し溶けていく様に、止まった時が、無敵の壁が、容易く崩れ始めた。


「なんだそりゃ!? くそっ、空間捻転!」


 周囲百八十度黒い髑髏に覆われ雪崩れ込まれる寸前のロックは、空間捻転で即座に髑髏達を強引に捻り、穴を開ける。


「空間跳躍! からの」


 そこから薄暗い空間に飛び出す。

 そしてそのままこの地獄を作り上げた“敵”へ狙いを定める。


 ――長身のローブ。魔王ザックーガと名乗った何かへと。


「空間断裂!」


 短剣の一振りと共にローブが真っ二つに断裂する。


「死霊魔術――絶死」


 だがそれは叶わず、逆に空間断裂そのものが掻き消された。


「馬鹿なっ!?」


 文字が消えたのだ。

 空間断裂によって文字が変化していくはずが、その文字と配列自体が消え失せたのだ。

 さらにその文字の消失がロックにまで迫る。


「くそっ!」


 空間跳躍で一気に距離を取り、即座に空間迷宮。さらには時間停止ボックスを作り上げ防御面を整える。

 そしてロックは村松に吼えた。


「先代ッ、なんだあれは!? 時空間魔術が消えたぞ!」


“やっぱり力だけは本物と同じかよ畜生っ……ヤツは文字通り『死』そのものなんだよ! 無機有機関係なくあらゆるものを『殺す』のがヤツの権能!”


「は? 攻撃全無効化な上、自分まで触れれば殺されるってのかっ。そんなの相手に前はどうやって退けた!?」


“それは……火 水 土 木 雷の五大精霊王が捨て鉢になって特攻。それを俺が延々と再生し続け、ごり押しな自爆攻撃で『門』に無理やり押し返し閉じた……だがその結果、聖国は滅び聖樹も枯れ、五大精霊王全てが死んでやっと出来た事だ! 再現しろなんて不可能だからなっ”


「それこんな消耗した状態で勝てるのか!?」


“正直、無理だ。だが、だがあれは本物じゃないっ。力は同じだが遥かに弱い!”


「あれでなのか!?」


 ロックは思わずら偽者と言われたザックーガを見た。


“もし本物が降臨したら、この都市に存在する生物は降臨と同時に間違いなく全て例外なく即死しているはずだ! あれは恐らく魔王の残滓であって魔王そのものではないッ”


 その残滓と呼ばれた魔王がゆっくりとこちらに向き直る。

 特に何かしてくる気配はない。だが黒い髑髏共はお構いないとばかりに、津波の様にロックに再び纏わりついてくる。


「それがなんでこの時間に現れるんだよ! いや、なんで前の時間は出てこなかったっ?」


“ヤツは所詮、偽者。恐らくそのまま紅蓮大帝に力は移行させるつもりだったのだろう。だが俺達が現れ紅蓮騎士を殺そうとしてきた事で黙っていられなくなった……だからアイツもこの戦いは本意ではないはずッ”


「なら倒せるか?」


“そうだ! といいたいが、こっちだって既に十全とは程遠い満身創痍じゃねぇか!”


 視界が髑髏に埋め尽くされ段々と侵食される中、二人のやり取りは続く。

 だが突然、ロックが何かに気付いて顔を上げた。


「……ぁ」


“おい、今度はなんだ!?”


「……元の時間に残した別な時間軸の俺が全て死んだ」


“なにっ、分かるのか!?”


「なんとなく。だがこうなったらもう、誰も向こうの紅蓮大帝を止められない!」


 その言葉に村松もいよいよ絶句する。


“おいおい……いよいよどうすんだよこれ!? 元の世界には自由になった紅蓮大帝! 目の前には偽者とは言えザックーガ! 前門の魔王に後門の魔王なんて俺でも経験ねぇぞ!?


 だがロックは答えない。


“って、ロック?”


 ただ小さく「……まて。死ぬ? 俺が?」とだけ呟く。


“そうだよこのままじゃお前も世界も死ぬんだよっ。つーか髑髏そこまで来てるぞ!?”


 だがロックは思考を続ける。


「いや違う。そう。そうか――」


 そしてついに時間迷宮が崩壊。時間停止に髑髏が群がり、先ほどと同じく瞬く間にそれも侵食される。


「……生者を憎む本体の為に死ぬがいい」


 魔王が人ともつかぬ声と共に呟き、ついにロックを守る防御全てが崩壊。


“もう限界だぞロック!!”


 夥しい死者が空間迷宮を食い破り、全方位から襲い掛かるその瞬間――。


「そうかよ……そんなに殺したいならッ」


 迫る髑髏の大群を前にロックは短剣を振り上げそして。


「――潔く自分で死んでやらぁ!」


 自らの心臓に短剣を突き立てた。


“ロッ、ロックぅ!?”





















 そんな頃、現在では殺戮が始まりかけていた。


『――貴様らを覆うその境界の様なものを溶かし尽くせば、もはやお前達を守るモノは何もない』


 魔王を前に。

 勇者の消えた世界で。


 人々はようやく自分達の置かれた状況を理解した。


 ――魔王は自分達を殺しに来たのだと。


「あっ、ああっ、ああああ!!」

「やっ、やめてくれっ!?」

「助けて! お願いですっ、見逃してぇ!」


 自分達の置かれた状況を理解した者達が、逃げ出したり、立ち尽くしたり、泣き叫んだり、命乞いを始めたりと一気に恐慌状態に陥る。


『醜きかな』


 それらを嘲笑うかの様に、紅蓮大帝が巨大な両腕を泣き叫ぶ都市の人々へ向ける。


 もし。


 直接的に魔王の攻撃に晒されれば、その境界はもはや消えうせ、本物の彼らがこの世界に曝け出されるだろう。


 だがそれでも気丈に振舞おうとする人間はいた。


「このっ、臆病者! 根暗野郎! あの子が戻ってくればアンタなんか一瞬でブチのめしてくれるわ!」


 ロックの師である魔女師匠が紅蓮大帝を前に叫ぶ。

 その足は竦み上がり、一歩も動けず失禁すらしていた。

 けれどロックの師であるという、たった一つの矜持が彼女を奮い立たせた。


『下らん。戻らんだろうな。ヤツは逃げたのだ。だが――それは正しい選択だ。それを認めぬ貴様こそが、何よりも醜い存在なのではないか?』


 魔王の言葉に師匠の顔が歪む。

 それはロックに対する勝手な期待への批判。


 ……なぜなら魔王はロック・シュバルエの本心を知っているのだから。


 にも関わらず彼が勇者をしているのが、一体どれだけの事なのかも知っていた。

 そしてそれは“魔王として出た言葉”でもなかったから。


『……もし文句があるのなら自ら戦えば良い。()()()に全てを押し付けた世界こそが何よりも邪悪であろう』


「っ、あなた……っ?」


 思わず目を見張る魔女師匠。だがそんな事は一瞬の惑いだとばかりに魔王が切り捨てる。


『――もっとも。勇者に頼らず我に勝てるのならば、否定の言葉もあるだろうがな』


「っ……」


 その侮蔑の本当の意味を一部の者達は悟る。他の者達も、表面的にだがもはや助けは来ないという事は理解する。


『解したか。ヤツは戻らない。いや戻るべきではない。その絶望を深く味わい、そして――存分に苦しんで死ね』


 その両腕から火砕流が放たれる。


 何の抵抗も出来ず人々の境界が消えうせ、生き残った者達が焼き尽される――その刹那。









「それでも俺は――魔王を殺すと決めたんだよッ!」









『ッ』


 ロック・シュバルエの拳が魔王の脇腹を殴り飛ばし、そして。


「空間刺突ッ!」


 殴った拳は触れてはいないにも関わらず、なぜか衝撃により魔王が吹き飛ばされた。


 同時に方向のズレた火砕流がロックと人々の視界の間を遮る。


「ゆ、勇者様! 勇者様だ!」

「やはりあの魔王を討てるの貴方しかいないッ!」

「ああっ、やっぱりあの御方は我等を見捨ててはいなかったんだっ!」


 一転。

 人々の希望の声。そして直後、天より鳴り響くあの鐘の音。


 ――ゴォーン。ゴォーン。


 そう。


 ロックは死んだのだ。過去の世界で。自殺した。


 そうして死んだ事で。


 ――第零位階 多重世界による残り二回の蘇生効果により『元の時間で』彼は蘇生されたのだ。


 死による巻き戻りを利用した一か八かの帰還。


 これでロックの蘇生回数は残り一回。だが彼は見事にここへと帰ってきた。


 そして。


『……やはり生きていたかロック・シュバルエ。だが何度やってもこの鎧を突破する事は――ッ!?』


 紅蓮大帝に悪寒が走る。

 それは剣を突き立てられた時とは異なる、鎧を侵食する“何か”の存在。


 即座に吹き飛ばされつつも、衝撃の走った脇腹のマグマを強引に掻き出す。


『これは……金剛石の欠片か?』


 いぶかしむ魔王。

 それは美しい輝きを放つ金剛石の欠片。それはついぞ鎧を突破する事は叶わず、マグマの3/5まで入り込み止っていた。


 あっと言う間に炭化する。

 だがそれは途中で溶けなかった。そう。威力不足でやはり止まっていたが前回と異なり、途中で溶けなかったのだ。


 ――それはつまり、威力させあれば紅蓮大帝の鎧を突破できる事を意味していた。


『なるほど』


 崩壊し掛けた大地へとロックと紅蓮大帝が距離を取り、それぞれ着地。


 同時に彼らに向かって流星群が飛来した。


 それをロックが一瞥もせず真っ二つに切り裂き、紅蓮大帝が羽虫を払うかのように火砕流で破壊。


 そんな流星群が無差別に降り注ぎ、大地は割れ隙間にはマグマが流れる地獄。

 そして巨大な星が空より迫る中、勇者と魔王が今再び対峙する。


『逃げずに戻ってきた事は賞賛しよう――だがもはや遅い。星は我が宿願を叶えるだろう。貴様の作り出したこの世界は貴様等の命と共に崩壊するッ!』


 事実、既に時間重複により分離したロックが決死で掛けた時間逆行の効果は消え、巨星は再び落下してくる。


「まだだッ――時間遅延ッ!」


 それでもロックは天を仰ぎ、即座に空の時間を遅らせる。


 小さい流星群は目に見えて遅延。だが月の様な巨星の落下速度はそこまで落ちない。

 このままでは衝突、すなわち世界崩壊まであと一、二分。


 それでもだ。

 帰ってきたロック。それにより落下がゆっくりになってきた巨星。

 それを見て都市の人々が歓喜する。


 が。


『愚か者が――そんなもので宿願の星を止められるはずがない』


 紅蓮大帝だけはそれを侮蔑する。


 そう。

 これは神気と神気の激突。それも星に願いを(ヴォル・ティガス)は紅蓮大帝最強の一撃。

 暗黒空間ならば力そのものを止める訳ではないゆえ、まだ通じていた。しかし時間遅延では微々たる物。


 完全な悪手。

 最後の最後でロックは選択を誤ったのだ。


 そして状況はそれを許さない。


 ロックに残された蘇生回数は残り一回。その前に巨星が落ちて世界崩壊ワールドブレイクすれば、蘇生に関係なくロックは敗北。

 そして逆転の巻き戻しも二度はない。完全な詰み。


『精々終わる世界で足掻くがいい――溶岩纏鎧アル・ハブリア


 ――あとはこの身を再びマグマで覆い、星の直撃から隠せば終いだ。わざわざあの男を殺す必要すらない。


 紅蓮大帝がそう確信し自らをマグマの要塞で覆おうとした時、ふと気付く。


 それは僅かな違和感。


 ――待て。……なぜロック・シュバルエは今、時間停止・・・・・・・・ではなく時間遅延・・・・・・・・を選択した?


 そう。

 止めるなら停止と叫ぶだろう。だがロックは遅らせたのだ。

 それはまるで落下を許容するかの様な行動。


 それに気付いた瞬間――紅蓮大帝はロックの嘘に気づく。


『放熱せよッ!』


 即座に周囲のマグマの川から、王の号令により熱が放たれ陽炎が作られる。


「チッ!」


 その舌打ちは誰もいないはずの背後から。


 振り返るとロックが陽炎を空間捻転で払うところであった。

 今まさに離れた場所で天に向かって時間遅延を掛けているロックとは別のロック。


『やはり分身だったかッ』


 魔王に啖呵を切り星を遅らせようとしているロックは目くらまし。

 本命は魔王の背後に潜んでいた方。その目的はただ一つ。


 ――この男、星の落下を止めるのはブラフ。最初から星が堕ちるより先にこちらの首を取るつもりだ。それもっ。


 その瞬間、両者は互いの狙いを悟る。


 紅蓮大帝と言えどあの巨星に潰されれば死ぬ。必ずその為に身を隠す。だから。


 ――防御を展開する瞬間こそが、ロックにとっては唯一の勝機。紅蓮大帝には唯一の危機。


 つまり星が堕ちるより早く紅蓮大帝の防御の中に潜り込み、その中で今度こそあの絶対防御の鎧を突破するか。


 或いは。


 紅蓮大帝に防御させず、自ら放った最大の攻撃に巻き込ませて自爆させるか。


 それがロックが紅蓮大帝を殺す最後の可能性。

 だが。


『警戒し過ぎて停止ではなく遅延を使ったのが仇になったな――』


 そう――その策は魔王に見抜かれた。


無限火砕流ホルス・コースト!』

「くっ!」


 空間跳躍の視界を確保するより早く火砕流に吹き飛ばされる。

 そうしてロックが数少ないマグマに侵されてない大地に降り立ち、体勢を立て直し顔を上げると。


溶岩纏鎧(アル・ハブリア)――紅蓮城(ヴォル・ダートス)ッ!』



 今まさに紅蓮大帝周辺がマグマの巨大な球体、防御要塞に包まれ始めていた。

 入り込む隙間も即座に消える。


 巨星が刻一刻と大地へ迫る中、完成に至る紅蓮城(ヴォル・ダートス)


「時間逆行!」


 間に合わない。

 それを悟り球体の時間を巻き戻す――が、魔王の神気が強過ぎて戻し切れない。

 それどころか瞬く間にマグマは山の様に巨大に膨れ上がり何重にも覆われていく。


「させるかよッ!」


 空間跳躍で肉薄し、出し惜しみの余裕はないと空間断裂の応用、空間刺突を込めて短剣を突き立てる。


 一瞬。


 短剣は即座に溶ける。


 だが穴が開く。まだ鎧の様に完全形態ではないから突破出来た僅かな隙間。


 最後の機会。


 これを塞がれれば、もはやロックに打つ手はない。死ぬ。


「空間跳躍ッ!」


 刹那の跳躍。

 陽炎すら突破した空間刺突。その隙間から見える空間へ跳びそして――。







「――え」







 ロックはマグマの要塞、紅蓮城(ヴォル・ダートス)を飛び越えその何もない大地に立っていた。


 訳も分からず振り返る。


 そこにはマグマが次々と紅蓮城(ヴォル・ダートス)に纏わりつき、その守りを難攻不落の聖域へと完成する姿。


 そう。


 ロックは入り込めなかった。


 最後に見えた希望。それは偽りの景色。


『どうした。蜃気楼でも見えたか?』


 それは陽炎により焦点がズラされ見えた偽りの視界。

 そうしてロックは偽りの、見えないはずの要塞の反対側へ跳んだ。跳んでしまった。


 ――直後、紅蓮城(ヴォル・ダートス)が完成する。


 すなわち。


『孤独な世界で一人死ぬがいい、勇者よ』


 閉幕。完全封鎖。


 その間に大地は臨界点を迎え、大陸がついに崩壊を始める。

 巨星も今やすぐそこ。直撃まで残り一分を切った。


 終焉を迎えた世界でたった一人、ロックだけが取り残された。


 もう時点保存&時点読込はない。

 時間を巻き戻そうにも世界の崩壊までは止められない。

 止められない、戻せない、やり直せない。


 時空間魔術をもってして不可能。


 本当の終わり。


 ――嘘、だろ。


 立ちすくすロック。


 そこでたった一人。


 ロックは巨星に潰されて死ぬ。












「――これは貸しじゃぞ、宿屋の」











 その運命を切り裂く様にその老人の声が響く。


「ぇ……っ!?」


 同時にロックは気づく。


 その短剣を投げた腕に纏わりつく、薄く長く紅蓮城(ヴォル・ダートス)へと繋がる一筋の“影”の存在に。


 そしていつの間にか発動していた覚えのない空間作成。

 その異空間が勝手に開いて、その中から“二人”の声がする。


「時空間魔術――次元超越」

「影魔術――影渡り」


 一人はどこか懐かしい妙齢の女性の声。

 もう一人はこの都市で聞き覚えるのあるクセのある老人の声。


 その二人の声は空間迷宮の内側――すなわち空間作成により作られた別空間から響く。


 ――っ!?


 直後、その影を通してロックの脳裏に紅蓮城(ヴォル・ダートス)の内部の映像が浮かび上がる。


「お行きなさい。貴方の使命はただ一つ」


 どこか懐かしい妙齢の女性の声がそう諭す。

 ロックにはこの声の主が誰か判然としない。

 どうやって影を魔王を相手に繋いだのかも分からない。


 だがすべき事は一つ。

 成さねばならぬ道はただ一路。


 三方向から小惑星、地割れ、溶岩が同時に迫る。だがもう関係ない。


「――勝ちなさい。ロック・シュバルエ」


 ゆえに少年は。


「空間――」
















「跳躍ッ!」


 ――ついぞ最後の舞台へ滑り込む。


『なに……? 貴様ッ』


 溶岩の殻の内側で再び対峙する魔王と勇者。


 ……ほぼ同時に巨星の重力で、外の世界が押し潰され始め大地の崩壊が始まる。


 ――巨星激突まで残り三十秒。


 けれど。


 勇者と魔王は未だ健在。


 それで互いに察する。


 それぞれの神は未だ雄大。


 世界の行く末は未だ定まらず。


 分かるのはただ一つ。


「いくぞ――」

『来い――』


 この場に最後に立っていた方が――世界の命運を手にするのだと。


「紅蓮大帝ぇぇッ!」

『ロック・シュバルエぇぇッ!』


 雄たけびと共に両者が前へと躍り出た。


『燃やし尽せ原初の火(オリジア)ッ!』


 魔王の両手よりこの空間全てを燃焼させる大火が放たれる。


「全てまとめて消え失せろッ!」


 ――だが暗黒空間により火は宇宙の彼方へ全て攫われる。


『喰らいつけ溶岩蛇竜(ラゴン)!』


 しかし直後、暗黒の隙間を縫って周囲の五体のマグマの蛇竜が強襲。


「邪魔くせえッ!」


 ――けれどそれは空間捻転により交錯しマグマの壁に自ら激突し消える。


『潰せ溶岩同調(ペルシア)ッ!』


 だがその隙を突いて空間捻転ごとを巨大なマグマの腕が現れ押し潰す。


「押しッ、通るッ!」


 ――しかしロックはさらに何重にも掛けた空間迷宮を作り上げ受け切った。


「くっ!」


 だだそれによりロックの動きが左右からの圧力で完全に封じられる。


「だがっ! 空間跳――」

『逃さん陽炎ッ――溶岩同調(ペルシア)、槍となれッ!』


 即座に魔王がこの空間内部を陽炎で覆い尽くし、ロックの空間跳躍を封殺。

 さらに正面からマグマで出来た槍が疾走。


「分かれろ時間重複! ――がああああああああああああああああああああ」


 瞬間、ロックから別のロック二人がそれぞれ飛び出す。

 その直後に五重空間迷宮を作り上げたロックが避ける事もできず、マグマにその身体を貫かれ死亡。


 だが残された二人のロックが左右に飛び出し、紅蓮大帝の背後へと回る。


「「これが最後だッ、空間刺突ッ!」」


 二人のロックがそれぞれ金剛石の欠片を振り被る。


『無駄だ。何度やろうがこの鎧は突破できんッ! 無限火砕流(ホルス・コースト)!』


 魔王が反転しそれぞれへと両手を広げ、火砕流を打ち放つ――が。

 それはロックの張った罠。


「「空間作成!」」


 二人のロックの振り被りはブラフ。


 その放った火砕流は空間刺突と激突するどころか、彼ら二人がそれぞれ作った異空間へ全て取り込まれる。


『何をっ!?』


 ――巨星衝突まで残り十秒。


 その最中に起こった勇者の意味不明な行動。

 その意味を理解するより早く魔王はその音を聞いた。


 ――ゴォーン。ゴォーン。


『ッ?』


 その鐘の音が意味すること。それはロック・シュバルエ最後の蘇生。同時に目の前の二人が露と消える。


 ――蘇生? なら生き返ったのは。


『――本体は一番最初に殺したヤツかァッ!』

「借りるぞ。アンタの火砕流」


 魔王に怖気が走る。

 それは背後より放たれる劇的な神気の高まり。


 ――衝突まで残り七秒。


「溶けない武器はここに。そして足らない威力は今まさにアンタから頂いた。――終いだ魔王」


 焦り共に振り返った紅蓮大帝は見た。


 右拳を振り被り迫る勇者を。

 その上に浮かぶかつてない神気の塊。それを纏う巨大な金剛石の槍。


 そして――。


 その拳の表面から発せられる寸前なのは、先ほど自らが放ち異空間に攫われた火砕流。それがエネルギーと成って数十トンの空気砲と化したロックの拳を。


 ――巨星衝突まで残り五秒。


「ヴォルティスヘルム教官流ッ――」

『ッ……我が怒りよ! 勇者と金剛石を打ち砕けェっ――』


 拳を振るう勇者。星を呼ぶ魔王。


 両者が同時に叫ぶ。


「――神剣弾丸ッ!」

『――新世界(ノベェル)ッ!』


 爆発的な威力で放たれる金剛石の槍。


 間近よりマッハの速度で打ち出される流星。


 刹那の拮抗。


 だが直後――金剛石は魔法陣から飛び出そうとする流星を打ち砕いた。


「勝つのはっ」

『ッ!?』


 空間断裂がマグマを切り裂き。


 風圧がマグマを弾き飛ばし。


 ロックの雄叫びと共に金剛石の槍が。


「――俺だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!


 愚直な迄に。直向に。ただ真っ直ぐに魔王のマグマを打ち払い突き進みそして――。



















 ――負ける。


 紅蓮大帝はスローモーションの様に、自分の腕を通り心臓目掛けて撃ち込まれる神杭を呆然と見た。


 ――負ける?


 ――我が……僕が、負ける?


 過るのは敗北。


 ――ダメだ。


 ――それはダメだ。負ける訳にはいかない。


 認める訳にはいかない。後戻り等できない。

 そうもがき苦しむ彼の前に、不意にその人は現れた。


 ――兄、さん?


 開放される空気と金剛石。

 そしてマグマの煌きが、この地に眠っている者達の幻覚を魔王に見せた一時の気紛れ。


 ――……ふざけるなッ。


 だからこそ、その悪辣な人を嘲笑う同情に魔王は激怒する。


 ――ふざけるなっ! まだだッ、僕の復讐を亡霊風情が止めるな! 正論なんて要らないっ! 慰めなんてゴミだッ! すべてを賭した! ただ一つの為だけに何もかも捨ててきたのだッ!


 ――分かっている……分かっているさ! 自分がどうしようもなく間違っているのは! 皆殺しにされた百人程の村の為に、何万人もの人間を虐殺するなんて正気の沙汰じゃないッ。狂っている。共感など得られはしない! それは誰よりも分かっている! それでも……ッ!


 決死の形相で泣きながら、身体を千切られる様な苦痛の中で叫ぶ。


 ――それしかないんだよ! もう決めたのだ!


 ――分かるかッ? 王都の憲兵にあの事件を告発しても、事件そのものを揉み消され逆に殺され掛けたあの時の絶望が!?


 ――他の貴族に訴えても、協力どころか無実の罪で犯罪者に仕立てあげられ裏切られた時のあの悔しさが!?


 ――今この国の地図上では僕達の村が、最初から何処にも存在してなかった事になっているのを知った時のあの激情が!?


 ――国がっ、世界がっ、僕達を否定してきたのだ! ならばもう、僕が世界を否定するしかないじゃないかっ。それを今更っ! この復讐を否定なんか誰であろう絶対にさせな――。


 だが。


 それでも。


“――帰ろう”


 亡霊の言葉は彼が恐れたものではなかった。


“一緒に、帰ろう”


 そこには皆がいた。

 村長も、好きだったあの子も、両親も、嫌いな奴も、優しかったお姉さんも……そして大好きな兄さんも。


 あの絵の様な幸せな笑顔でかつてのあの村で、みんなが待っていた。


“みんなで。あの日に”

















「……にぃ………さ………」


 その呟きの直後。


 金剛石の槍が――魔王の鎧を突破した。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」


 マグマ、溶岩、炎のあらゆるものを吹き飛ばし。


 神杭は紅蓮大帝その心臓を――ついに打ち抜き破壊する。


『――がっばあぁッッッ!?!?』


 勇者の決死の一撃はここに成る。


 大量の吐血と共に紅蓮大帝の巨体が吹き飛ぶ。


 同時に神器たるランタンまでもが打ち砕かれた。


 ――ァ!!

 ――ッッ!


 それは意思すら失った死体同然だった炎と土の大精霊最後の断末魔。


 即死。まさに一撃必殺。魔王がその力の全ての失う。


 ゆえに――全てのマグマがここに滅び始める。


 流星は空想に消え。


 大地は神の陥落に鎮まり。


 巨大甲冑はその熱を停止させ。


 紅蓮城は崩壊し。


 衝突寸前の巨星は自然崩壊し露と消えた。


 吹き飛ばされた紅蓮大帝の勢いは止まらず。


 背後にあるマグマや周辺の溶岩、流星の破片を破壊しながら、凄まじい速度で地面を転がっていきやがて……わずかに残っていた侯城の土台部分に激突。


 土台を吹き飛ばし半壊させ、ようやく止まった。


『………がっ………は…………』


 しばらくして。


 心臓に大穴の空いたその体も、ゆっくりと落下していき、そのままマグマへとその屍を溶かして跡形もなく消えた。







 この瞬間、魔王――紅蓮大帝は崩玉した。








 同時に各地の魔王が起こした変化も収束する。

 各地で起きた噴火は軒並み急速に沈静化し、暴れまわっていた魔物達もその力を失っていく。


 そしてこの崩壊し死の大地となったヴォルティスヘルム周辺でも――。


 ――ゴォーン。ゴォーン。


 と最後の時計の鐘が鳴り響く。


 天空に浮かんでいた11時を刻んでいた時計ぐるりと逆回転し0時へと回帰。


 同時に。


 まるで幽霊が実体を持って行くかの様に、流星群、巨星、地割れ、大噴火により破壊された世界が、全て何事もなかった頃の姿によって上書きされていく。


 全てはロックと紅蓮大帝が戦う前の姿へと。


 ……そうして。


 世界は紅蓮大帝との一騎打ちが始まる瞬間へと回帰した。

 いや、正しくは村松によって作られた仮初の世界が目的を終えて破棄されただけ。


 そうして教国軍との戦いが決着したあの時点の世界に戻ったのだ。






















 ……。


 ……。


 ……。


 ……そうしてそこにあったのは、たかが都市が教国軍とマグマにより崩壊した程度(・・・・・・)のヴォルティスヘルム。


 その空は笑えるくらい綺麗な夕暮れだった。


“……………生きてっか。ロック”


「…………………………うん」


 そんな茜色の空の下、全てを成し遂げた少年がいた。

 彼は拳を振りぬいた姿のまま動かない。


 先代勇者村松の問いかけには短く答えただけである。


“……そいつぁ、何よりだ”


 それからしばらく二人は黙っていた。


 満身創痍。

 疲労困憊。

 九死に一生。


 この勝利を手放しで喜べるはずがない。


 果たしてこんな行き当りばったりな勝利で大丈夫なのか。

 こんな戦いがあと何度続くのか。

 このあと世界はどうなるのか。

 ザックーガの本体との戦いなんてなったら一体どうするのか。


 過るものは幾つもあった。


 ただ。


“とりあえず………………”


「…………………………ああ」









「“――1勝”」









 そういって二人は力なく笑った。


 獣の魔王。

 華の魔王。

 死の魔王。

 蟲の魔王。

 鋼の魔王。

 竜の魔王。


 他にも魔王は確かに存在する。紅蓮大帝よりも強いと思われる者もいる。


 だがこれは勇者にとって確かな。


 ――1勝、なのだ。


 ロックはその事実を噛み締める。

 そうして激痛に苛まれながら、紅蓮大帝の作り変えた地獄が全てが嘘だったかの様な、のどかな夕暮れの空を見上げた。


「……………うっ!?」


 しかし突然、前のめりに倒れ伏す。


“なっ!? おいロック!”


「くっ……!」


 苦悶し唇を噛む。

 そんな姿に村松が焦った。


“馬鹿なっ!? 後遺症か? やはりあれだけの無茶の連続っ、身体が持たなかったんじゃ!?”


「っ…………たい……っ!」


“おっ、おいっ!? どうした? いたいのか? どこだっ、どこがいた――”


「や、宿屋……やりたい」


“……………は?”


「ちくしょう宿屋やりたいッ!」


 だが予想斜め下の叫びと共に、ロックがその場でもがき始める。


「マジなんなの!? ねぇなんでこんな命どころか世界の命運賭けて頑張ってんの俺!? 意味わかんないッ、おかしいでしょ! 宿屋やりたいだけなのになんでこんな天変地異相手に死闘してんのさ馬鹿じゃねぇのアホなの!? もういやだ! たくさんだ! 俺勇者辞める!! 俺もう宿屋やって隠居する!」


 背中を抑えられた虫の様に、みっともなく涙を流しジタバタする真なる勇者。


“あっ――”


 流石にこれには村松もガチでドン引きした。


“…………そう”


「魔王とか二度と出てくんなマジぶっ殺すぞこんちくしょうッ!? 死ねっ! くたばれ! 人の安寧をなんだと思ってんだよ! 俺にだって人権――」


“……あっ”


 そこへたまたま限界に達していたのか、近くの家のレンガが崩れロックの脳天に直撃。


「あるん――んがぁっ!? ………うっ……ぐっ」


 そしてそのまま白目を剥いて気絶する人類最強。


 村松はそんなぐっだぐだで、かなり気持ち悪い子孫を見て。


“うわあ”


 さらにドン引きした。

 そんなロックから目を逸し、大きな溜息を吐く。


“いいんかなぁ、人類の命運をコイツに任せて。……ホント、いいんかなぁ”


 せめて最後くらい、かっこよく決めてくれねーかなコイツ。


 そう本心から泣きそうになりながら、村松は夕焼け空を仰いだ。


“…………”


“…………”






“…………ま、いっか。俺関係ねぇし!”

























 こうしてロック・シュバルエは真なる勇者として、同じ神ノ座に至った魔王、紅蓮大帝を討ち果たした。


 ――同時にこれが魔王の数百年ぶりの降臨。


 長命種をのぞく現代の人間が、誰も知る事はなかった神と神の殺し合い。


 その世界改変の権利を持つ生物よりも上位の存在の本気の戦いは、多くの者達に“その存在”を告げる結果ともなった。


 真なる勇者に媚を売りたい者、その力を欲する者、それを否定したい者、それを頑なに信じない者。


 真なる魔王を信じる者、同じ様なことを考えている者、その存在に恐怖している者、それに成り代わろうと企む者。


 ――そして同じ力を持つ神に至った魔王達までもが、ついに動き出す。


 その御伽噺の戦いを世界が間接的に知ったこの日。

 世界は様々な思惑と共に、けれど勇者と魔王を中心に、加速度的に動き始めた。







またレビューを頂きました。長椅子様ありがとうございます!

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