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2-36 紅蓮大帝VSロック・シュバルエ Ⅰ

【補足資料 時空間魔術と溶岩魔術の位階】


 時空間魔術


 第一位階――時間遅延、空間捻転

 第二位階――時間加速、空間作成

 第三位階――時間逆行、空間跳躍

 第四位階――時間停止、空間接続

 第五位階――時間迎合、空間断裂

 第六位階――魂魄祖逆、暗黒空間

 第七位階――次元超越、次元干渉

 第八位階――時点保存、時点読込

 第零位階――多重世界


 溶岩魔術 


 第一位階――無限火砕流ホルス・コースト

 第二位階――原初のオリジア

 第三位階――溶魔イフリット 溶岩蛇竜ラゴン

 第四位階――大噴火ゴッジユ・ノードス

 第五位階――溶岩同調ペルシア

 第六位階――溶岩纏鎧(アル・ハブリア)

 第七位階――新世界ノヴェル

 第?位階――星に願いを(ヴォル・ティガス)





 つまり――初手必殺である。




『マグマよッ』

「空間ッ」


 紅蓮大帝も。

 ロックも。


 相手を先手で仕留める――という考えにより、必然的に二人の答えは完全に一致した。


 なぜならば不明だから。


 神気とは何か?

 自分の力はどの程度か?

 敵は格上か格下か?

 攻撃は通じるか通じないのか?


 そう。

 紅蓮大帝もロックも同格の相手との戦いはこれが初。何一つ分からないのだ。


 しかし脳裏には『時間の巻き戻し』と『降り注ぐ流星群』という、互いの理不尽さが焼き付いている。

 ゆえに両者は初手必殺と言う結論に至り前へ出る。


『呑み込めッ!』

「跳躍ッ!」


 その結果――ロックは既にいた。

 開戦と同時に大帝の眼前、その懐に。


『っ!?』


 これには魔王も驚愕する。


 第三位階 空間跳躍。

 瞬きするよりも短い間で、魔王は殺される距離に既に踏み込まれていた。


 そしてやや遅れて腕の形をしたマグマが地面からロックのいた場所を襲う。


 第五位階 溶岩同調(ペルシア)

 大帝もまたマグマを自らの身体の一部の様に操り、ロックへと手を伸ばしていた。


 だが遅い。

 圧倒的に遅い。時間の支配者を相手に先手など取れるはずがない。


「死ねッ」


 ロックの剣、その延長線上に放たれる空間断裂が大帝を至近距離から切り裂く。


『舐めるなぁッ!』


 即座に紅蓮大帝も攻撃から防御へと転じる。

 甲冑の前に瞬時に溶岩の壁を割り込ませた――が。


 それは一瞬で分断される。


『なにッ!?』


 いとも簡単に突破される魔王の防壁。

 ロックの空間断裂が魔王の身体、数百トンのマグマで出来た溶岩纏鎧を空間事切り裂く。


 即決着。


 ――するかと思われた。


「なっ」


 だが驚愕したのはロック。


 表面的には裂ける甲冑。

 けれどそれはわずか数十センチ、実際には濃縮された二十トン程のマグマほどを分断しただけで、空間断裂が力を失い無効化される。


 ――効かないっ……いや浅いのかッ!


 正しくは呑まれたのだ。


 ロックの神気により生まれた第三位階 空間断裂(世界改変)が、紅蓮大帝の神気により生まれた第六位階 溶岩纏鎧(世界改変)により塗り潰された結果。


“駄目だロック、お前と魔王とじゃ時間を巻き戻した分、やはりお前の神気の方が弱いッ。それに身体に近ければ近いほど程、神気の伝導率は高くなる。直接攻撃じゃなけりゃ、ヤツの身体と同化した鎧を切突破する事は不可能だ!”


 その攻防を見た村松の声が脳内で響く。ロックはそれで大体を察した。


 ――確かに身体から近い方が時空間魔術は効果的になる。つまり足りないのは俺の神気、或いは距離か。なら今まで使っていた空間捻転も時間停止も、魔王に直接的に叩き込まねばその効力を発揮できないのか。


 敵の展開した第六位階 溶岩纏鎧(アル・ハブリア)


 三メートルを超える巨大な怪物の見た目その全てがそのまま、紅蓮大帝の絶対防御。

 それを突破しない限りロックの攻撃は一切届かない。勝ちの目も一切ない。


 ――これまでの様な剣の延長線上での空間断裂も無駄。直に剣の刃先と空間断裂を同調させて斬るしか手は……。


『今度は貴様が死ねぃッ!』


 だが思考する暇もなく、再び両側から巨大な溶岩の手が現れロックを押し潰す。


 されどロックにも防御はある。空間捻転と空間接続の合わせ技、マグマの眷属達を無効化したあの空間迷宮。

 彼の周辺の空間はぐちゃくぢゃに捻じ曲げられ、さらに内側は熱さのない上空とリンクしている。


 その不可視の迷宮に溶岩の手は阻まれ、ロックをその場で抑え付けるだけで握り潰せない。


 ――はずだった。


『防御ごと擦り潰すのみッ!』


 さらなる力、大帝の神気が加算されていく。

 同時にぞくり――と嫌な予感がロックを襲う。


「空間跳躍ッ!」


 それは肌が焼ける様な一瞬の熱さ。本来なら絶対に感じるはずはないもの。

 だから紅蓮大帝の背後へと彼は跳んだ。


「――っ、なぜ」


 直後、その背中の服が焼けていた事に気付く。


 それは空間迷宮が熱で溶かされる・・・・・・・・・・・・・・という理外が起きた事の証明。


「あの溶岩の腕と迷宮の防御なら溶岩の方が上って事かッ、本当に理不尽だなオイ!」


 神気と神気の戦いでは紅蓮大帝に分がある。敵の絶対防御とは雲泥の差。


 だが空間迷宮をすぐさま補修するロック。それがなければ周辺の熱、二百度だけで死ぬのだから仕方ない。

 少なくともマグマを数百トンの集合体である紅蓮大帝と同じ空間に立っている事は既に人間の限界を超越しているのだ。


 ――だがそれまでじゃねぇかっ。マグマは確かに時間停止か暗黒空間で処理できるだろう。しかしヤツのマグマや溶岩と同調した“直接攻撃”だけは全て回避するしか。


『後ろかッ!』

「――っ」


 さらに危機は続く。

 今は空間跳躍した事で互いが背を向け合う状況。


 ロックの正面には壁。すなわち計らずとも『視界に映る場所にしか飛べない空間跳躍』の最大の弱点により回避が出来ない。

 そこへ後ろから視界を覆い尽くす程のマグマが襲う。


「時間停止ッ!」


 即座に空中で止める。


 だがそこには一面のマグマ。

 隙間なく視界を覆い尽されている以上、これでは空間跳躍が使えず脱出は不可能。追い込まれた。


 ゆえに同時に。


「時間加速、空間捻転ッ!」


 マグマの個体時間を超加速。熱を飛ばしてただの岩壁へ変え、捻転での破壊を試みる。


 しかし。


『――死ねい』


 背後だ。


 ロックの死角。無防備な壁しかないはずの後ろから魔王の巨大な腕が突如出現する。


「ぇ――」


 溶岩魔術第五位階、溶岩同調(ペルシア)は大帝の力を溶岩へ移し自在に操る……だけではなく、自らが溶岩・マグマと化す権能。


 ゆえに魔王はその身体をマグマへと変え岩壁を隠れ蓑に地底を移動、背後を取ったのだ。


 そこから繰り出されたのは神気そのものである最悪の直接攻撃。ロックの纏う迷宮は一瞬で消し飛ばされる。


「時間停――があああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAA??ッッ!?」


 ついに魔王の手がロックを捕らえた。


 数千度の熱。

 咄嗟に時間停止で熱の伝播を止めようとするが無駄。そんな小手先の技が通じる相手ではない。


 溶ける。


 全身が。


 時間も何もかも。


 握られた場所から炎に包まれロック・シュバルエだった肉は、その叫びを最後に瞬くに溶解した。













 ――と言う未来を見た。


「ッ、時間重複!」


 過ぎった怖気を吹き飛ばす様に叫ぶロック。


 彼は最悪の未来を回避すべく、瞬時に【一秒前のロック】と【現在の時間のロック】の二人へと、時間ごと分離する。それはもはや分身。


『……ちぃッ!』

「時間停――があああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAA??ッッ!?」


 【一秒前のロック】が魔王の腕に掴まれ、予知と同じ様に掴まれ絶叫と共に即死。


 だがその一瞬の隙に無事な【現在のロック】は、何とか岩壁を崩し僅かに覗く空を見た。


『逃がさん、第一位階 無限火砕流(ホルス・コースト)!』

「空間跳躍ッ!」


 すかさず魔王の手から噴射される火砕流。

 六百度の高温ガスが時速100キロで侯城内を瞬時に制圧――する刹那、【現在のロック】はわずかに開けた視界から跳躍していた。


「あっ――ぶねッ!」


 ロックは既に侯都上空数百メートル。


 直後に火砕流によって内側から侯城が大爆発。さらにその周囲へ火砕流が周囲へ轟音と共に拡散、尋常ではない速度で白い化物が都市を雪崩の様に呑み込んで行く。


「BOUUUUUUUUUUUU!!」

「――って、こっちもか!」


 だがロックも周囲を見ている余裕はない。跳躍した先にも敵はいた。


 地面からこの高さの空にまで届く巨大な炎の人型が三体、彼を囲む様にして待ち構えていた。

 師匠達を一度は殺した巨人と同じ。それが自然落下し始めたロックに襲い来る。


「邪魔なッ、空間捻転ッ ――時間加速!」


 けれどロックに一度は瞬殺された存在。

 視界を埋め尽くす炎はリング状に歪められた空間に巨人の炎は取り込まれ、ロックをかすりもせずその周りを延々と回転。

 さらに個体の時間を加速させることで巨人の炎が急速炎上、やがて自壊。


 ――やはりマグマにも炎の巨人にも時空間魔術は効く。おそらく魔王の身体から離れ神気が少ないからだろう。……分かっていた事だが問題はヤツからの直接攻撃とあの鎧。


“ロック、下から来るぞ!”


 だが息をつく暇もなく村松が叫ぶ。

 その言葉に従い適当に少し先の空へとまた跳躍し、そこから下を見た。


 ――まるで噴火。


 少し遅れて跳躍する前の場所が、天高く打ち上がるマグマの槍で貫かれる。

 ……だがその槍は追尾してくる。


『第三位階――溶魔イフリット 溶岩蛇竜ラゴン


 魔王の声が響く。


 その言葉に従い蛇か竜か分からぬ造詣のマグマが、高度数百メートルから自由落下するロックへと反転し急降下。


「時間停止!」


 当然その動きを止める。

 がしかし。


「なっ!」


 止まったのは蛇竜の頭の部分まで。

 その後ろからマグマが左右に枝分かれし、また新たな二匹の蛇竜となりロックへと迫る。


 ――なんだそりゃ!


 それはマグマの連続性ゆえ。

 面或いは個体を停止するタイプの時間停止では溶けた土の集合体、連続性から成っているマグマを止め切れない。止められれば、切り離せば良いのだから。


「ちっ!」


 受けるのは危険と判断しロックは落下しながらまた再び別な場所に跳ぶ。


「――面倒なッ!」


 だが下を見た瞬間に吐き捨てる。

 ゆうに数百体はいるだろう蛇竜が地上から続々と打ち出されていた。


 もう地表は近い。

 一瞬、さらに上空か侯都の外へ出ようかと言う考えが過ぎる。


“待てッ。何を考えてるか分かるが、ここは俺の作った『多重世界』だ。あまりにも外側へは出れないし、最悪この世界が破壊される恐れもある! 高さも限度があるのを忘れんなッ!”


 だがそれを先回りした村松に止められる。


「……確かに、逃げてばかりでもジリ貧かッ。空間接続!」


 ロックはまず、空中に念の為の避難口を一つ作る。


「時間停止、時間遅延!」


 続いて時間停止で落下先の空気を止め、時間遅延で衝撃を消してそこへ舞い降りた。


 上空。


 何もない空気の上で仁王立ちし、両手を前へと突き出し迎え撃つロック。

 数百ものマグマの蛇竜がそこへ次々と襲い掛かる。


 ――が。


「空間捻転。さらに――」


 四方八方からロックに殺到する蛇竜は彼を呑み込む直前、その方向を空間捻転により正面へと無理やり誘導される。


 その行き着く先は。


「地獄にでも堕ちていろッ」


 ロックの突き出された両手に開いたそれぞれの穴、暗黒空間――鍵穴。

 次々と宇宙の彼方へと呑み込まれるマグマ達。蛇竜は瞬く間にその数を減らしていく。これならば連続性は関係なく呑み込める。


 ――しかし。


「っっ!」


 蛇竜。その中の一体に、ゾッとする程の神気を感じ取る。咄嗟に空間捻転をさらに捻じ曲げ横へと反らす。


『気付かれたか。……だが』


 ロックの隣へ逸れた蛇竜の頭が突如、魔王へと変貌。下半身が大蛇、上半身が紅蓮大帝の姿でとぐろを巻いてロックへ強襲する。


 ――暗黒空間で呑み込むのは無理かッ。


 迎え撃つのは不利と判断したロックが視線を何もない空へと向け。


「空間跳――」

『愚かなり』


 跳ぼうとした時だ。


「なっ」


 不意にロックの視界が歪む。

 いや、周辺の景色全てが湾曲する。


「っ……これはっ!」


 放熱による陽炎。

 それはただ視界を妨げるだけの無意味にも見える行動。


 だが空間跳躍の仕組みを理解していれば別。ロックは敵が『こちらの弱点』を察した事を理解し、舌打ちする。

 一方の魔王はその様子に確信する。


『先程の攻防、貴様は背後を取った時にすぐに飛ばなかった。そして先に壁に穴を開ける事を優先した。つまりだ。――貴様はあの時、転移の為に視界を求めたのだ』


 空間跳躍は跳ぶ先を見て、わずかな時間を使う必要がある。視界が安定しなければ飛ぶ事は出来ない。それを紅蓮大帝はあの一度の攻防で読み切ってきた。


「まだだッ、空間接続!」

『遅い』


 再びの火砕流。

 魔王の両手から爆発的に噴出した高温高濃度ガスがロックを呑み込む。


「効かねぇよッ!」


 だがロックもそれを両手の暗黒空間で全て喰らい尽くす。


 そして即座に最初に空間接続で作っておいた避難口。そこへ繋がる背後の門へと、バックステップで飛び込もうとする。


『――今度こそ捕える』


 されどそれより早く火砕流を目暗ましに、巨大な腕がロックへと伸ばされる。


「ッ!?」


 その熱量の前に最後の守り空間迷宮も瞬時に崩壊。


 刹那、ロックは選択を迫られる。


 空間跳躍、は間に合わない。

 時間停止、は魔王に通じない。

 未来予知、はもはや手遅れ。


 ならば。


 ――自分を加速させるまでのことッ!


 相手が駄目なら自分を強化する。その答えに従い権能を発動。そのまま背後の別空間へ繋がる出口へ。


「っ、時間加――」


 速。


 そう叫んだ瞬間。


「――がぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 衝撃と激痛。


 突然の熱線で身体を貫かれた様な痛み。全てが一瞬で吹っ飛ぶ。


 ロックは何が起きたか分からない。


 ただ呼吸すら出来ない。

 手足も痛みで痙攣。

 しかも未来の出来事ではない。


 だが分かる。今まさに受けたのは――取り返しのつかない致命的な一撃。


『……惨めに逃げ回る貴様の考えそうな事だ』


 その攻撃は背後から。

 つまり空間接続で繋げた門、逃げるはずだった避難口からの一撃。


「がっ……はっ…………っ…………ッ!!」


 呼吸、会話、理解、挙動が痛みで出来ない上、混濁する思考。その中で一瞬、ロックは自分の胸から飛び出している物体に気付く。


 それは表面が真っ赤に染まった溶岩の槍。


『恐らく貴様の背後にあるその空間の歪みは門。すぐ側にある場所への出口なのだろう。だがこの場を制圧しているのは我だ。分かるか? ここら一帯は放熱により歪んでいる。にも関わらず空間が唯一歪んでいない場所を溶岩蛇竜ラゴンが見つけたのだよ。そこへ放ってみれば……この通り』


 気付くとまるで蛇の巣窟の様に、蛇竜の形をしたマグマが天を舞っている。

 そのうちの一つが、別空間ゆえに陽炎が浮かばない特異点――空間接続の出口を見つけてしまったのだ。


『あとは貴様の纏っているその何かを、先にこの手で直接破壊してやれば溶岩蛇竜ラゴン如きでも、容易に貴様を殺せるという事だ。もっもと、もう聞こえはしないだろうがな』


 ロックからの言葉はない。

 胸を貫かれた痛みで口から泡とも血とも分からないものを撒き散らし、焦点の定まらない目で何かを為そうとしていた。


「じっ……かん……ぐふッ……ぎゃ……こ――」


『ああ、死ね』


 ――グシャ。


 最後の希望、時間逆行。

 それに全てを賭けたロックだが、それが発動するより早く魔王により握り潰され、炎上。


 今度こそ溶ける。


 少ししてロック・シュバルエルという有機物はマグマによって溶け落ちた。


 それから紅蓮大帝はしばらく、周囲を警戒する。

 だが変化はない。


 あの時の様な謎の巻き戻り現象は発生しない。何も起きない。それはつまり――。


『…………』


 自らの手の中でドロドロに溶けた、かつて勇者だった燃えかすを眺めながら魔王は笑う。


『こんなものか? だがこれでようやく再び終幕へと進める。我の復讐を止める存在は全て排除した』


 そうして眼下に広がる都市を、これから再び蹂躙の限りを尽す標的を見下し嗤う。


『ハハッ、手間は掛かったがこれも余興。一度蘇り希望を持った者を再び、さらなる絶望の淵に叩き落すのもまた――ん?』


 再び宿願へ手を掛けた魔王。

 だがその対象である都市を眺めていて気付く。それは一つの違和感。


 ――人間は何処にいる?


 火砕流で力を持たない者達は死んだであろう事は理解できた。

 しかしそれにしては死体がない。


 ましてや生き残っている者達もまるで見当たらない。

 それは教国軍も同じ。眼下に広がるのは一切の生物が消えた世界。


『どういうカラクリだ? ……ん?』


 ――ゴォーン。ゴォーン。


 そんな音が天から響く。

 時計だった。

 ロックが紅蓮大帝の第六位階 溶岩纏鎧(アル・ハブリア)と同時に、最初に発動した権能と共に出現した透明な巨大時計。


 何の役割も果たしていなかったそれが突如鳴り響き、八時を指していた針が動いて九時へと変わる。さらにだ。


『……自壊、しているのか?』


 同時に時計の周囲にあった細かい装飾品や盤面の一部といったパーツが崩れ落ちていく。

 ただ時計が壊れるまではいかない。もう少しの所で形を保ったまま自壊は止まる。


 不気味なものを感じた魔王は片手を時計へと向ける。


『――第一位階 無限火砕流ホルス・コースト


 この人の消えた世界の原因はおそらくあの時計。

 紅蓮大帝の火砕流が宙に浮かぶ壊れ掛けた巨大時計を呑み込む。


 ……がしかし時計に当たる事はなく、弧を描く様に白い怪物は地面へと落ちていった。


『ふむ。当たらな――』


 そういぶかしんだ瞬間、ぞくり――と背筋が震える。


 背後。

 神気で満たされた何かが現れたのを感じ取る。


『ッ!?』


 それは完璧な不意打ち。


 魔王は完全な無防備であった。

 勇者を殺した以上、もはや自分に歯向かえる存在はいない。

 そう思っていたからの千載一遇の隙。


 そしてそれを為せる者はただ一人。


『貴様…………不死身だったかロック・シュバルエ!』


 そこには殺しはずのロックが、無事な姿で剣を両手で逆手に持って振り上げる姿。


「終わりだ紅蓮大帝ッ、空間断裂――ブレットッ!」


 魔王の背後、その首元めがけ放たれたのはロック渾身の突き。

 そう。きっと振り下ろしでも駄目。薙いで駄目。その刃はマグマに阻害され届かないだろうという考えの末。


 より一点に集中された神気。


 突きという極小の形で放たれた弾丸の様な、魔王の絶対防御を射抜く空間断裂の刺突。


「何事をも貫く――魔王であろうともッ!」


 それが何よりも深く遠く速くその鎧の中身深くへ疾走しやがて――。











『――――――それすら阻むゆえに我は大帝なのだ愚か者めがッ!』












 止まった。


「なッ!?!?」


 ロックの空間断裂は再び鎧の前に潰える。


 今度はロックが慄く。

 完璧な不意打ち。今出せるであろうロック最大出力の攻撃。全ての無駄を排除し貫通という一点のみに全力を注ぎ切った二度はない必殺。


 しかし届かない。


 魔王にはまるで届かない。


 必殺は必殺に成り得なかった。


 そしてそれはもはや――ロックに紅蓮大帝を殺す手段はない事の証明。


『何度挑もうが我が鎧は抜けん。その間に何度でも貴様が死に絶えるまで殺し尽してくるわ』


「クソったれがあッ!」


 紅蓮大帝の神気の高まりに、陽炎で覆われるより早くロックが空間跳躍で距離を取る。


 そこで彼はようやく何故、渾身の一撃が阻まれたかに気付く。


「……刀身が、溶かされたのか!?」


 ロックの手にある魔王から引き抜いた剣はその刀身がドロドロになって溶けてなくなっていた。


 空間断裂による必殺の刺突を阻んだのは数百トンのマグマ。その厚み。そして。


 ――熱で鋼の剣が溶かされた事で空間断裂まで効果を失ったかッ。ならもうマグマの熱でも形状を維持できる武器がない限り、何をやっても無駄じゃねぇか!?


 熱。


 あの鎧はマグマの集合体。

 その中は数千度の高熱でありいくら神気である空間断裂を乗せた剣であろうと、同じ神気を纏った鎧の前では単純にマグマ対鉄として溶かされるのだ。結果、ロックの空間断裂も剣という指向性を失い魔王の力に呑まれた。


 ――そんな中で両者は再び空中で対峙する。


 片や魔王は殺したはずの勇者の存在にいぶかしみ。

 片や勇者は渾身の一撃が通らない現実に焦りを抱えて。


 だが先に答えを見出したのは魔王。


『――そうか。貴様は確かに多重世界とあの時、叫んでいたな。その結果として現れたのがあの時計。この誰も人間が存在しない空間。そして貴様が死んだ事で動いた時計の針、同時に崩壊する時計の一部……』


 紅蓮大帝はその因果関係に大よその見当をつけた。


『あの時計の出現とこの人間の存在しない世界の出現は同じ。そして一針動いただけであれだけ自壊したのだ。恐らく十二時にまで至れぱ完全に崩壊するだろう。それは恐らくこの世界の崩壊も意味する。そしてあの針が動いた理由は……』


 魔王がロックを指差す。


『貴様の死、或いは蘇生だ。――違うかい、ロック君?』


「さぁな。知りたければ勝手に試せ溶岩野郎」


 ロックは意地でそう吐き捨てる。

 だが紅蓮大帝の推察は大よそ当たっていた。



 ――――――――



 正確には村松が発動した多重世界。

 この権能は複数の世界を作りあげ無理やり一つにまとめ、その中のロックと紅蓮大帝を除く者達を隔離した世界。


 また重ねた世界の数だけ発動者であるロックが存在し、それは一人のロックへと重ねられる。それがいわゆるライフとして存在するのだ。


 簡単に言えばロックが分身の様に見せた時間重複の強化版。

 全てのロックを殺さない限り、ロックを殺したとは言えない世界線。


 そしてその重ねた数だけ時計の針が戻っている。十二時が世界の崩壊であり現在は九時。残っている重ねた世界と元の世界のロックを合わせて彼の命はあと三つ。


 つまりあと二回殺されてもロックは蘇生する。

 これが対魔王戦において、絶対に必要不可欠な村松とロックの切札。


 格上である魔王との戦いでは、一度や二度殺されるのは『当然』の結果。そこからようやくスタートするのだ、魔王攻略は。

 そしてもし、その重ねた数よりもロックが殺されればこの多重世界は崩壊し、ロックはそのまま死亡。あとは勇者なき世界へ魔王だけが戻る。


 それで終焉。


 ただその代わり、ここでの戦闘は元の世界に一切の影響を与えない。

 それはかつて魔王の一柱ザックーガVS先代勇者村松&五大精霊の戦いで、魔王を冥府へ退けた余波により国が崩壊した事への、村松の後悔の念から作られたものでもあった。



 ――――――――



 つまりロックの正しい残りライフは現在三。

 そして三度目に殺された時、世界は滅ぶ。


 それを魔王はロックの蘇生、人のいない世界、崩壊する時計の関連性だけで漠然とだが察していた。


『いいだろう。今が九時を指すのなら、あと三度殺してみれば全てハッキリする――第四位階 大噴火ゴッジユ・ノードス


 その言葉と同時に巨大な地揺れが発生する。

 地殻変動の様に地面が唸り始め、都市はその揺れで崩壊していく。


「なにをっ!?」


『――さて。お互いに小手調べは済んだ。ここまでの戦闘で互いの力関係と相手を殺す為の条件、すなわちこの戦いのルールも把握できただろう。ならばいよいよ、本番と行こうか勇者よ』


 魔王が嗤う。

 同時に遥か遠くで赤い何かが天へ向かって次々と打ち上がる。

 それも段々と増えてやがて全方位、同時に一片の隙もなくそれが天へと昇る。


 この瞬間、魔王の攻撃の規模が変わる。

 両者の戦いはさらに次のステージへと強制的に引き上げられた。


「……ハッ。いいだろう。俺も身体が温まってきた所だ」


 武器なし。

 対処なし。

 策もなし。


 それでもロックは空元気を浮かべ、轟音と共に迫る“それ”を笑いとばす。もはや絶望などしている暇もない。


『ククッ。そうか。それはいい。ではゆくぞ? 貴様の敵は大地そのもの。これは大地の怒り。星の意思……』


 ――大噴火。


 もはやそんな言葉では済まない、全方位から炎の巨人よりも巨大な空すら飲み込もうとするマグマの超巨大津波。


 それが全方向からロックただ一人を殺すべく押し寄せる。


『――さぁ地獄はここからだぞロック・シュバルエ』



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