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2-33 天衣無縫Ⅰ




『勇者……か。城まで来れたなら、相手をしてやる』


 紅蓮大帝は静かにそう告げた。そしてマグマ達に命じる。


『――殺せ』


 と。

 それだけ言うと紅蓮大帝はマグマの中からその気配を消した。


 残ったマグマ達は紅蓮大帝が告げたその言葉を、主による宣託と受け取る。

 王の号令。

 彼らにとって紅蓮大帝は自分達精霊を生み出した神と言える存在だから。


 ――。


 そして一斉にロックを見た。

 王の指示が誰を指したものか本能で理解していたから。誰が敵なのか。見間違える事は無いから。


 ――呑み込めばいいや。


 巻き起こるマグマの津波。

 或いは氾濫した濁流か。押し寄せる死がロックを全方位から呑み込み一瞬で蒸発する。


「邪魔だ雑魚共」


 ……はずだった。


 ――呑み込めば……え?


 押し寄せるマグマを前に、ロックが一瞥どころか侮蔑すら篭った言葉を吐き捨てた瞬間、彼の周辺に複雑怪奇な不可視の迷宮が誕生した。


 同時に全てのマグマ()が空転する。


 ロックを襲ったマグマの濁流はあらぬ方向へと流れ流され、目の前にいる彼へと辿り着けない。


 ――コツンッ、コツンッ。


 その中をガラスで守られた水中道を歩く様に、まるで意に介さずロックは進んでいく。


 ――なにやってるの?

 ――おかしい。おかしいよこれ。

 ――なんで呑めない? どうして? なぜ?


 一度は万に迫る人間達を溶かし尽くしたマグマ達はただただ困惑する。


 彼らは理解できない。

 マグマの精霊にして紅蓮大帝の眷属。すなわち選ばれた自分達が――所詮、ロックの前では“たかがその程度の存在”でしかない事を。眷属如きが真なる勇者の歩みを止められる訳がない事を。


 ――おかしい。

 ――やばい。

 ――違うよ。こいつは違う。

 ――いけ。いけ。

 ――呑み込め。

 ――だめだ。

 ――呑め。

 ――無理。

 ――呑め!

 ――呑め! 呑め! 呑み込め!!


 それでも何度も何度も視界を埋め尽くす物量でロックに押し寄せる。

 また再び呑み込まれるロック。


 ――コツンッ、コツンッ。


 だがやはりその歩みは止まらない。全てはロックが作り上げた空間迷宮のせいだ。


 空間捻転と空間接続の合わせ技。周囲の空間を隙間なく捻じ曲げ一切の侵入経路を絶ち、代わりに中は別な場所、危険のない天空と繋ぐ。

 ――つまりマグマ達から見えているロックのいる場所はほぼ空中。ゆえにその本当の入り口は、遥か数百メートル先の上空にこそあった。


 だから数千度に達するマグマに囲まれてなお、ロックは涼しい顔でいられるのだ。

 ……しかしマグマがそれを理解出来るはずもなし。


 ――おかしい!

 ――邪魔! こっちじゃない!

 ――進めないッ!!!

 ――辿り着けないっ!!!

 ――ぼくらは王の徒なのにっ!!!


 結果、彼らはトンネルの外側に津波の様に押し寄せその上をただ滑りしているだけ。

 必死に殺そうとするマグマ達の間を、嘲笑うようにロックはただ歩いて行くおかしな光景。それはさらにマグマ達を苛立たせ……ついに彼らも悟る。


 ――なんなんだよコイツ。

 ――殺せない!

 ――やばい。

 ――こいつダメ。触っちゃダメ。

 ――みんなで行こう。

 ――戻るな進め!

 ――呑む。

 ――違う。

 ――違う?

 ――違う。あれは。 




 ――“殺そう”。




 その意志が発せられた瞬間、マグマ達の動きが統一される。


 ――そうだ。“殺そう”。


 この瞬間、彼らは進化した。


 その意思によって一つの存在へと変容していく。

 ロックの周囲で踊らせていたマグマがまるで一体の大蛇の様に天へと昇る。


 ――殺す。


 産まれて初めて殺意という明確な目的を得たマグマは大精霊となり、ロック・シュバルエを上空から強襲する。

 捻転された空間より巨大な口で逃げ場などなくすべてを――否、たった一人を殺すべく彼等は疾走する。


「――馬鹿が」


 ……されどやはりロックはそんな彼らを心の底から見下した。


「時空間魔術 第六位階」


 彼は一度もその視線を大蛇に向けず、空間迷宮を解除して何気なく片手を天へと翳す。


 ――愚か!

 ――無駄!

 ――滑稽!

 ――無意味!

 ――死ね!

 ――死ね! 死ね!

 ――死ねッッッ!!


 蛇が大口を開けて急降下する。

 と、同時にそれに合わせて、天へと翳したロックの掌の上に小さな黒い玉が現れる。

 当然それを無視して最悪の大蛇がロックを呑み込もうとし。


 ――殺せ。

 ――殺せ!

 ――殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ 殺せ! 殺せ! 殺――。


「失せろ、永久に」


 不意に掌から宇宙が覗いた・・・・・・・・・・・・。第六位階の暗黒空間、名を付けるなら『鍵穴』。


 ――ぇ。


 それを見た時、マグマは生まれて初めて“恐怖”を知った。


 底しれぬ闇。無限の終焉。極寒の虚無。


 だが止める間もなく呑み込まれる。

 呑まれるのはロックではない。逆。マグマの大蛇の方が。襲ったはずの者達がその小っぽけな“黒”に。全てを。何も残さず。一瞬で。


 ――やめッ!?!?


 やめろ。

 そう最後まで言うことも出来ず恐怖に慄きながら彼らは一瞬で攫われる。宇宙の彼方へ。

 ロックの掌に生じた暗黒空間に、何もかもが一瞬で――消えた。


 それで終い。


 ――コツンッ。コツンッ。


 先程まで都市を破壊し荒れ狂っていた巨大なマグマの大蛇は、この星から消え去った。


 残ったのはただ、最後まで視線すら向けず侯城だけを見て歩くロックのみ。


 精霊(雑魚)は死んだ。














「何でだよ! 何なんだよッ!! せっかく、せっかく訳のわかんない現象でみんな生き返ったってのにっ、なんでまた殺されなくちゃならねぇんだよ!?」


 さらにロックの進む先の大通りでは、仲間の死に対する慟哭が響いていた。


 それを嘲笑うのは教国軍の女司祭が召喚した火樹鬼(ヒジュキ)共。

 ――火を灯す事で体に成った実を炸裂させ、鋼鉄の様な種をまるで対人地雷クレイモアの用に撒き散らす外法の樹人。


 彼らに発射された種で全身を穴だらけにされ、無残にも殺された仲間の屍を抱きしめて冒険者の一人が叫ぶ。


「もう嫌だ! 俺達は物じゃない! 殺されて、生き返って、また殺される! まるでオモチャじゃねぇか!? なんで一つしかない命がこんな風に弄ば――」


 しかし直後、その冒険者も眉間を火樹鬼の種に撃ち抜かれ絶命する。


「――いいえ。モノよ。閣下の前に生き物なんてモノでしかなかったのよ」


 死相すら感じさせる生気のない顔で、教国軍の茨を操る女司祭――キャサベル・ガンが吐き捨てる。

 その背後には無数の冒険者と騎士の死体が転がっている。


 その光景に他の冒険者や騎士が慄き後ずさりする。


「くそっ、これじゃあさっきの再現じゃねぇか!」

「早く走れ! また“あれ”が降ってくるぞ!」


 一斉に女司祭と火樹鬼達から逃げ始める彼ら。


 が。

 彼らが本当に怯えているのは“上”であった。

 それが揺れて地を揺らす轟音が響く。


 ――オ オ オ オ オ ォ オ オ ォ オ オ オ ォ オ オ オ 。


「ちっ、来るぞぉぉ!!」


 全員が走りながら背後の上を見た。


 そこにあるのは天を突く巨木。総長の命に呼応して出現したそれ。

 女司祭が紅蓮大帝の庇護を受けた事で呼び出してしまった最悪の化物。


 名を――皇帝火樹鬼。


 あまりにも太く巨大な人面を持つ樹人。

 幹はすでに大通りの横幅より広く、高さは都市に番人の様に佇む火の巨人には届かないものの、侯城すら超える山並の巨大さ。


 それが震える度に撒き散らすのだ、その枝に咲き誇る花より花粉を。すなわち――火薬を。

 そう、皇帝火樹鬼に咲く花は花粉ではなく火薬を撒き散らす。そこに運悪くが風が吹いた。


「まずい全員っ、息を止め――」


 爆発。


 止めろと言い切る前に口から入り込んだ花粉(火薬)で、騎士の一人が内側から爆散する。さらに周囲に引火し、その周辺で大爆発を引き起こす。それが木の下の至る所で起きるのだ。


 まるで絨毯爆撃。

 皇帝火樹鬼の周囲が爆撃されたかの様に爆発が連鎖し焼け野原となる。


「分かりましたか? もう終わりなんですよ。もう誰も生き残らない……皆等しくここで死ぬんですよ!!」


 その爆発の連鎖の中で女が嘆く。彼女もまた、魔王の狂気に染まり壊れ始めていた。


「くそっ、あんな化物にこれ以上付き合えるかよ!!」


 花粉を避ける様に建物に隠れた者達が、再び逃げ出す。

 しかし彼女がそれを許すはずもなし。


「無駄です。もう何もかも全て消し飛ぶんですから」

「なっ――止まれッ!」


 彼らの退路にも突如として火樹鬼が無数に生える。

 これでもう逃げ場もない。


「っ……このッ!」

「何体召喚できるんだよあの女!?」

「くそっ! くそっ! くそぉっ!!」


 火樹鬼達が嗤い、その枝についた果実に舞う火の粉が引火する。すなわち散弾銃の弾の様な種が冒険者達目掛けて打ち込まれるのだ。


「このちくしょうがああああああああああああッッ!」


 冒険者と騎士達が全員が死を覚悟し本能的に身体を隠す。




「第五位階 時間停止」




 ――けれど彼らにその種が届く事はなかった。


「………………ぇ?」


 突然聞こえたその声に反応し恐る恐る目を開くと、全てが停止していた。


 空中で停止する種。嗤ったまま動かない火樹鬼。爆発した瞬間のままの果実。

 さらに直後、火樹鬼達の上半身が横に滑った。


「なっ」


 空間断裂。

 斬れていた。火樹鬼全てが。下半身だけを残し上半身が伐採された様に崩れ落ちる。


「いったい……なにが」


 ――コツンッ。コツンッ。


 その現実を理解する間もなく、火樹鬼の間を抜けて一人の少年が歩いてきた。


「…………は?」


 実に異様な光景。

 上半身が消えた火樹鬼達の間を、少年――ロック・シュバルエがただ一人真っ直ぐ歩いてくるのだ。


「………………」


 誰も声を掛ける者はいない。

 ロックも彼らを見もしない。だから騎士や冒険者達はそのまま自分達の横を通り過ぎるロックを呆然と見送るしかない。


 だが彼らも遅れて気付く。

 その歩みの先にはそびえ立つ巨木がいる事に。


「――って、ばっ、馬鹿殺されるぞ少年!!」

「おい誰か止めろ!」


 我に返り慌てた彼らが少年を止めに行こうとする。

 しかしそれより早くロックの進路に影が差した。

 

「お行きなさい火樹鬼たち」


 ロックの目の前に巨大な火を灯した樹人が何体も着地し、大通りの地面が捲れ上がる。

 その火樹鬼の枝には幾人もの騎士や冒険者の死体が串刺しにされている。


「……貴方ですか、総長を殺したのは?」


 樹人の背後には女司祭。その声にはこれまでにはない明確な殺意があった。彼の最後はすべて、彼女の貸していた通信用の花によって拡散されていたから。


 だが。


 ――コツンッ、コツンッ。


 当のロックは何事もない様に、女司祭も冒険者達の声も無視して歩みを進める。


「自殺する気かよ!?」


 後ろで見ていた冒険者達もその姿に唖然とし、女司祭もその態度に顔を歪ませた。


「ッ、あくまで無視ですか。ならば死になさい!」


 火樹鬼達が獲物を前にした嘲笑を浮かべる。ロックを完全に見下した笑み。


「――雑草如きが」


 けれど直後、彼らの視界は歪む。いや、正しくは彼らのいる空間が捻れた。


「えっ!?」

「なんだ、ありゃ……」


 見守っていた冒険者達も思わず目を疑う。まるで空間が蜃気楼のようにうねったのだ。


 だがそれは蜃気楼などではない。

 紛れもない実体を伴う現実。


「?? ――ッッッ!?」


 一瞬でその歪みが収束。

 ならば当然、樹人はミキサーに掛けられた様にギュンッと巻き込まれた。


 ボキッ、バキっ、ボキッ、バキっ。


 何十体の火樹鬼が子供が枝でも折るような簡単さで、全身を何重にもへし折られ――即死する。


 まるで児戯のような殺戮。


「ッ!? なるほど……そう……そうなのね。…………やっぱりお前かぁッッ!!!」


 それを見た女司祭が怒りと共に叫ぶ。

 そしてついに――巨木が動いた。  


 彼女の背後の皇帝火樹鬼はその身体を最大限震わす。


「貴方の力は今の現象とこれまでの話から空間と見たッ! 信じ難いですが、貴方は思うままに空間を操れるのでしょう!? ――ですがこの巨木の前ではそんなものは無意味ッ!」


 天より一斉に花粉、つまりや無数の火薬が撒き散らされる。

 それはこれまでの比ではない。まるで雲の様な量。どれだけの爆発になるか想像も付かない。


「万が一にも紅蓮大帝(閣下)の前には行かせないわッ。何より総長の仇っ、新緑騎士より預かった神樹の前に死ねイレギュラーッ!!」


 さらに巨大な根が地面から伸び出して、ロックに向けて鎌首をもたげる。


「じょっ、冗談じゃねぇぞッ! あんなの爆発したらここら一帯は消し飛ぶ!」

「だとしても何処に逃げるんだよ!? 広がり過ぎて逃げ切れねぇぞあれは!?」


 空の爆薬の雲は状況を見守っていた騎士や冒険者達も当然、巻き込まれる規模だ。

 だが逃げ場などない。


 さらには地面より這い出た無数の根がロックと冒険者達に向かって疾走する。


 走った所で逃げ切れやしない。


 ――コツンッ、コツンッ。


 …………しかしやはり、ロックだけはただひたすらに侯城だけを見ていた。

 そして呟く。


「空間断絶。及び空間捻転、圧縮」


 不意に巨木が包まれる。出現したのは時空間の断絶により生じた、不可視の壁。落ちてくるはずの雲がその場で木と共にその空間に幽閉される。


「なにっ?」


 その結果、空中で停滞する花粉。

 そこに下からの火種が入り込んだ瞬間――空間内で目を覆う様な大爆発を引き起こされた。


 しかし爆風、爆炎、一切漏れず。


 巨木だけがその爆発に晒され、巨大な幹の表面に焦げがついた。その影響で襲いかかろうとしていた根も動きを止める。


「まさかっ、あの高さまで自由に空間を隔離できるって言うの!?」


 女司祭は頭上で巨木の周りに作られた謎の空間に目を見開く。


 ――しまったッ。想定よりもこの少年の力は強い! これなら皇帝の花粉は巻き散らせないっ!


「くっ! 隔離すればただの巨大な木っ……なるほど恐れるに足らずって訳ですか、ええ!?」


 だから彼女はそこで目の前の少年との相性の悪さを呪った。


 だが。


「――ズレたこと抜かしてんじゃねぇよ」


 初めてロックが女司祭に告げた言葉はマグマに向けたものと同じ、侮蔑。

 確かに彼女の考えはロックの前ではあまりにも驕った、勘違いもはだはだしい愚かな考えであったから。


「っ? なにを――」


 彼女が言葉の真意を図りかねそう呟いた直後、ミシッ――という、かつて聞いた事のない大きな音が響いた。


「え?」


 思わず振り返る。

 冒険者達も逃げる事すら忘れ、そびえる巨木に目が釘付けになる。

 そして思い知る。


「――うそ、でしょ」


 四十五度。


 大爆発にも表面を焦がす程度しか傷付かなかった山の様な巨木。その上側が四十五度に傾き、ミシミシととんでもない音を立てていたのだ。


 だがその傾きは決して止まらない。

 段々と五十度、六十度、七十度と傾き……ついに。


 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ…………ッッッ!!


 へし、折れる。


 樹人特有のゆっくりとした断末魔と共に真ん中から、真横に、侯城よりも巨大な大木が折れる。


「…………」


 その超常の光景に誰も言葉を発せない。誰も山より巨大な木が折れる等、想像すらしていなかったから。


 ギュンッ。


 だが――まだだ。


 折れた巨木の先が捻られる。

 それがさらに折れ、捻られ、丸められ、折れ、捻られ、丸められ、また折れて……バキバキと耳をつんざくような音で蹂躙されていく。


 それはまるで破壊的な嵐に晒された産まれたばかりの苗木の様に、なすすべもなく一方的に。


 そして――圧縮。


 まるで誰かの掌の上で紙が丸められる様に、巨木は空中で回転しながら稲妻や時空間の歪みと共に段々と、空間の圧縮により引き起こされた超重力によりその体積が圧縮されて行く。


 ――……ォ…………ォ……ォ…………ォォ…………ォ……ォ…………ォォ…………。


 まるでゴミ。


 そうやってか細い声を上げながら片付けられるゴミの姿を、地上の殆どの人間が口をあんぐりと開け、目を見開き、言葉も発せずにただただ見ている他になかった。


 …………そしてやがて巨木は顔も枝も葉も果実も花も無くなり最後には――“それ”となって地面に落ちた。


「…………う、そよ」


 女司祭はその場で訳も分からず、無意識に涙を滲ませ現実を否定する。


「…………うそよ……こんなの……うそよ…………」


 なにせ、彼女の前に落ちて地面を粉砕し深く減り込んだ“それ”は折れぬはずのもの。

 縮まぬはずのもの。

 潰れぬはずのもの。


 どれだけの負荷が掛かってもオリハルコンと同等の硬さと柔軟性を手に入れた究極の超巨大木属生物。


「…………ぁ……ぁぁ……」


 それが原型が何だったのか分からぬ姿で地面深くに重さに耐えきれず埋もれた。


 そう――ただの玉と成って。


 表面には一部、苦悶に歪んだ人面部分と思われる名残だけが不気味に残る玉。人の背丈程の大きさのスクラップを圧縮したかの様な歪な球体。本来の体積では説明のしようもないそれ。


 これが皇帝火樹鬼の死体だった。


「……あ、在り得ない……こ、皇帝火樹鬼は……もっとも硬い……ぁ……ぁぁ……」


 もはやこの玉を皇帝火樹鬼、いや侯城よりも巨大で大通りよりも太い、天に迫る巨木だったと言い張る者はいないだう。


 だが現に紅蓮大帝に影響を受けて召喚された最強というに相応しいはずの樹人は、ロックの前にただの玉となった。


 ――コツンッ、コツンッ。


 されど彼は止まらない。


「ひっっっ!?!? ぁっ、ぁぁっ、ひぃっ!?」


 不意に聞こえた足音に思わず彼女は震え上がり、恐怖から足を縺れさせ無様に倒れる。


 その足音が誰によるものか分かっていたから。


 ――ころされる。


 巨木をこんな姿にできる人間が、人をつぶせぬ訳がない。いやそもそも人間であるはずがない。


「っ……ぁ………ぁぁ……っっ」


 本能的な死の予感。

 恐怖から震えから腰が抜け、失禁しつつも這うように逃げる姿は司祭という言葉からはかけ離れあまりに不様。


 ――コツンッ。コツンッ。


 だが。


「…………ぇ?」


 ロックは頭を抱えて怯え震える彼女の横を素通りした。目もくれなかった。今のロックの前では彼女はあまりにも――弱過ぎたのだ。


 そうしてまるで誰も触れられぬ嵐の様にロック・シュバルエは進軍し続ける。ただ侯城だけを睨みつけ、天衣無縫のままに。


「な………………なんだ、彼は」


 その一部始終を見ていた冒険者や騎士達も、他に言葉がない。


 すごいだとか。


 つよいだとか。


 とんでもないだとか。


 そういった言葉すら出なかった。

 その少年があまりにも圧倒的過ぎて、誰もその存在と強さを理解すら出来なかったのだ。


 もはや少年を人と思う者は皆無。

 それは彼らの想像の埒外。ロック・シュバルエを正しく形容できる言葉ナシ。


 あるとすればそれはたった一つ。


「…………勇、者?」


 誰かが呟く様に捻り出したそれは、人類最強の名。


 だがそれは有り得ないはず。

 彼らは光の勇者の活躍を伝聞で知っていた。そしてその活躍は所詮、人の範疇。ならば目の前の少年が勇者であるはずがない。


 しかし。けれど。だが。


 その歩む先にいるのがあの――全てを破壊した紅蓮大帝《本物の魔王》だと言うのならば。


 ――神が賜った同じく本物の勇者。


 それは先に紅蓮大帝という本物の魔王を知り、それによって一度は崩壊したゆえに至る感情と理解。


 騎士達は訳の分からぬ畏敬の念に、思わず膝をつき彼を敬う。あれこそが自分達の目指す本当の姿なのだと。


 冒険者は知らず知らずにその強さに涙と嗚咽が込上げる。その強さはこの都市で負け続けた彼らにとって何よりも心強い味方だと。


 その戦いを目撃した侯都の人々もその姿に救いを見た。蹂躙され一度は殺された自分達を救う唯一無二の希望の光だと。


 敬わなければならない。誇らなければならない。祈らなければならない。


 彼こそが。あの少年こそが。


 人が最後に縋り、奉り、敬い――そして信じなければならない、本当の世界の守護者。


 人類最強にして最後の守り手。真なる勇者。


 それを誰に言われる訳でなく、死と再生を繰り返し魔王と言う破滅を知った人々が本能で理解し、ロック・シュバルエという少年の前に打ち震えた。







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