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2-32 真なる勇者 ロック・シュバルエ








「――マグマに呑みこまれた時に気付いたんですよ」


 最強と謳われる初老の剣士、教国軍元総長バルトス・メラ。


 紅蓮大帝を除けば間違いなく教国軍で最強の存在が、ロックへと歩みを進める。


 ――よりにもよってこんな時にっ!


 先代勇者の村松は焦りと共に吐き捨てる。


 ロックは今や神格だ。

 ならば人間など恐れる事はない。しかし、村松はゆっくりと歩みを進める男に“嫌な”予感を覚えていた。


「分かりますか宿屋の倅。閣下は神なのです。そう、閣下こそが教国の怨敵、復活を遂げようとしている魔王ザックーガを倒しうる救世の存在なのですよ」


 総長は沈黙したロックに、そう諭す様に語り掛ける。しかし足取りは乱れ、目には理性とは異なる光が宿っている。


「人では抗えぬあの力ならば、必ずやかの死の化身を、煉獄の炎をもって焼き払える」


 確かに時計塔でロックと対峙した時の姿は、老衰を一切感じさせぬ覇気があった。最強と言うに相応しい不動の貫禄があった。

 ……けれど今や、その顔は病魔に取り付かれ、死の淵にいる老人。


「教国の新たな神はここに成った。そして我等もまた、その力の庇護を得たのです」


 だが同時にその禍々しさはかつての比ではない。

 その身体に纏うのは薄っすらとした神気。


 ――こいつやっぱり眷属化してやがるかッ。


 村松の脳裏に過ぎった予感。

 それは現冥神ザックーガや現蟲神ギャ・ヌと言った、覇王共が従えていた蟲や死霊の側近達。

 彼らは仕える王によって、その神気を僅かばかりか与えられる。


 ――つまりコイツの剣は、ロックに届く可能性がある……っ!


 神気とは格である。

 魔力が世界の理により世界より与えられる力なら、神格は世界を構成し作り変える力。


 だから世界そのものである魔王や勇者に魔術など、通常なら通じはしない。

 だが世界を変える神気があれば別なのだ。


「だから蘇った私も閣下に続く事が私の正義。祖国の為に、閣下が排撃する全ての生物を殺す。それが祖国繁栄の道。そう私の剣も囁くんです」


 ただ。

 神気に常人が晒されれば、その代償として大き過ぎる力を得る事になる。それは必ずしも、良い結果とはならない。


 それは総長も例外ではなかった。なにせその愛剣を持つ手は既に――。


“なるほど……だから剣の方に魂が喰われ始めてやがるのか。それにあの剣……”


 彼の腕は剣に侵食され同化し始めていた。

 村松はその剣を見て、顔をしかめる。


“やはり昔に見た無垢の剣だったか。斬り殺した者を何でも取り込む悪喰剣。悪魔に妖魔、魔物に怨霊、果ては聖職者まで取り込んでいたらしいが……魔王の怨嗟に触れてその全てを御しきれなくなったかッ!”


「分かりますかねこの全能感がッ! かつてない程の力が私を満たすんです。今なら生涯到達出来ないと諦めていた七太刀すべてが使える! 制御する為に力を抑える必要もない! やっと十全の力を振るえるのだ! この様に――」


 突然、痩せこけた老人の背中に黒いコウモリの羽が生えた。

 それを皮切りに全身には呪いの紋が浮き上がり、腕には無数の目が開く。肩には光り輝く逆さ十字の傷が浮かび、やがてその全身の筋肉が異様に誇大化していった。


 剣が取り込んだ化物共――それが逆に総長を取り込んだ瞬間である。


「ええ、ええッ、聞こえていますか教国軍よ! 我々はようやく死霊の王、ザックーガ討伐の道を見出したのです! その為には殺すのです! 何度でも! 全ての生命を閣下の為に!」


 狂気は司祭から与えられた通信用の花によってエコーの様にさらに拡散する。


 呼応して大通りの先で超巨大な樹木が立ち上がり、その奥で禍々しい瘴気が立ち昇る。空には巨大な革で出来た竜が姿を現した。


「手始めに――そう、君だッ! 全ての騒動の根源。貴方もこの都市の未来もここで終わりに致しましょう!」


 大通りに狂気が伝播する中、沈黙し目を閉じるロックの前でその腕と完全に同化した剣が振り上げられる。


“ちくしょうめっ! おいロックッ! 起きろ! 頼むから目を覚ませ――”


「――」


 だがそれでもロックは伏したまま。


「ああっ、怖気づきましたか!? 絶望しましたか!? けれどその方が幸せでしょうね。学生達も都市の民衆も君といた騎士や道化師も“また”いや“何度”でも私達が殺すのですからっ!」


 振り上げた剣がブレた。

 総長の一ノ太刀から七ノ太刀。それはかつて殺した者達の力。それが総長という楔が外れた事で七体同時に出現する。


 一振七剣。


 目を閉じて動かないロックへと、七方向から異なる力を持った剣が襲いかかる。


“目を、目を覚ましやがれッ、ロックッッ!!”


















 宿屋にさえなれればいい。




 ロックは小さい頃からそう思っていた。


 ――私は勇者様と一緒に世界を救いたいの!

 ――兄さんは偽物だから。


 特に幼馴染みのリビアと義妹のシェリーが出て行ってからはそれが顕著になった。


 せめて自分のやりたい事くらいは――。

 そう考える自分に納得しつつも、周囲との温度差はよく分かっていた。


 ――宿屋なんて目指して何になるんだよ?

 ――小っぽけな夢だな。男はもっと大きく行こうぜ!

 ――坊主はそんなんだから二人に捨てられるんだよ。

 ――誰でもできる事を夢なんて言わないよ。


 周囲の奇異の目も知っていた。 

 気にしない様にした。けど誰よりも本当は気にもしていた。ただ、訴えた所で何もならないのも、知っていた。


 ――でもだからと言って、どうしようもない。だったら俺は一人でやっていく。それだけ。


 理解なんて要らない。

 夢だけあればそれでいい。

 俺は俺の為に生きる。


 ……ロックはそう自分に言い聞かせて生きてきた。もう誰かに期待する事にも疲れてしまったから。


 だから彼が勇者だと言われた時に真っ先に思ったのは――不満だった。


 ――要らない。そんな力。


 例え時と空間を自在に操る伝説上の力があったとしても、そんなものは宿屋には必要がない。

 なにより。


 ――なんで宿屋の俺がそんな事をしなくちゃいけないんだ?


 宿屋が勇者する理由がない。どう考えても夢とは関係がない。


 しかし……だからと言ってその力から背を向ける事も出来なかった。


 なにせ戦えるのは一人だけなのだ。

 ロックが放棄したら魔王と戦う者がいなくなってしまう。


 ――いや……本当は違う。


 本当は信じられるものが自分しかなかったから。自分を裏切ったら誰も残らないから。


 ――宿屋を言い訳に勇者から逃げる自分を、俺はきっと許せない。そうなったら俺はきっと、もう誰も信じられない。


 それがここまで、ロックが暴挙に等しい無茶をしてきた理由。


 沁黒達を相手に戦ったのも、この都市を救おうとしたのも全部、何もかも自分のちっぽけな意地の為。人の為ですらなかった。


 プルートゥに地下で、なぜ戦うか問われた時に心の中で呟いた言葉が蘇る。


『これは“正義”ではなく“独善”である』


 そう、独善(ひとりよがり)


 自分しか見ていない。自分だけ。理解してくれない他者を拒み、自分の夢に縋りついた。狭く、細い生き方。


 それがロック・シュバルエという男の正体。


 ――なんて、小っぽけな男だろうか。


 だからこのヴォルティスヘルム解放に対しても、自分がその結果として命を落とす事に対しても、ずっと彼は心の何処かで冷めていた。


 逃げる事もできない。――かと言って勇者として戦う熱意もない。


 まるで惰性。

 言ってしまえば誰よりも他人事。全力でしたくも無いことに自分の命を賭けている、生死すら賭けた妥協。


 この宿命を背負った時から露呈した治る事の無い、前向きに見せ掛けて何処までも後ろ向きな歪んだ生き方。


 それは生涯、治る事はないだろう。それをロックも受け入れていた。


 ――だが。


『ロックさんは夢を追いかけて良いんです』


 そんなロックに道化師はそう言って笑った。


 それが初めて夢を理解は出来ずとも赦してくれた人との出逢い。


『しゃーない。ポーター……いや、ロック。俺も手伝う。お前の言う腹を括ってやる』


 自分を省みずに突き進むロックに、一緒になって付いて来てくれた騎士がいた。


『すまなかった。間違っていたのは俺の方だった』


 何処までも自分の為。けれど決して逃げないその生き方を、認めてくれた者達がいた。


 それがロックにとって。


「どうしようもなく……嬉しかったんだ」


 初めて自分の夢を赦された気がして。


 自分のこの不器用な生き方が報われた様な、後ろ向きでも逃げなかった自分が救われた様な気がして。

 涙が出る程に、どうしても嬉しかったのだ。


 だから。


 だからロックは。







『――助けて』






 そんな彼らが虫の様に殺されていく姿を見て。


 溶岩と流星に全てを蹂躙される世界を見て。


 魔王と言うものが何なんのか思い知って。


「――ああ、そうか」


 自分が何者か悟った。


「だから俺なんだ」


 そしてそれゆえに、自分がしなくてはならない事がハッキリする。


 ――俺が夢を見る為にも、やらなくてはならない事がある。


 それは他の誰でもない。自分が果たさねばならないこと。


 ――倒さなければならぬ敵がいる。


 これは独善(ひとりよがり)ではない。


 何よりこの怒りは。


 この怒りは彼一人だけのものではなく――。












“――目ぇ覚ませぇ、ロックぅッッ!!”


 誰かがその名を叫ぶ。


「あの道化師も! 太った騎士も! 学生達も! 冒険者達も! 侯爵家の人間達もッ! 何度でも……そう何度でも我々が殺し尽くしてやりましょう!」


 ロックの眼前で正気を失い人間ですらなくなった総長が、剣と一体化した腕を振り上げ嗤う。


“動けッ、戦えないなら逃げろロック!”


 それでも動かないロックへ村松の声だけが虚しく響いた。


 しかし。


「…………何事かと、さっきから聞いていれば」


 ふと。


 場違いとも思える静かな声でロックの口から小さな呟きが漏れた。


“っ、ロック!?”

「――ぬっ!?」


 一瞬、虚を突かれた総長。

 だがすぐにその表情に狂気を浮かべ。


「……ハハッ、ようやく口を開きましたねっ!? だがもう遅いッ! 我が人生の頂きの一振りにて――死ねッ!」


 再びロックへとその奇剣は振り下ろす。


 直後その剣は七つの剣へと太刀筋が分かれ――。


 ――魔剣は分裂し複数の鞭の様にしなる刃となって乱舞し。


 ――呪剣はよりこれまで受けたダメージを刃に乗せて。


 ――聖剣はあらゆる魔術を打ち消して進み。


 ――宝剣はよりあらゆる防御を無視して中身だけを切り裂く力が付与され。


 ――飛剣はより斬撃は一陣の風となって舞い。


 ――鬼剣はより相手が傷付ければその分だけ力を増す因果が組み込まれ。


 ――虚剣は全ての剣を不可視の太刀と成って。


 一振七斬。人類においてある種の限界到達点。それが神の恩恵を受けて奔る。


 今ここに光の勇者すら討ち果たす怪物の一撃にして七撃が成された。


「全ては閣下がいる無駄と知れぇ! どうせこの都市の全員ッ」

「…………な。さっきから、テメェは」


 放たれた回避不能、捕捉不能、防御不能の七閃。

 その最中にあって、ロックただ静かに呟く。


 ゆえに敗北は必定。それが――。






「皆殺しにされ――」

「────────ごちゃごちゃとうるせぇんだよ三下ッ!!」






「る――ぅッッッ!?!?」


 瞬間“それ”の前に剣に潜む七の化物共が竦み上がった。呑み込んだのは恐怖。


 しかしロックから放たれた“それ”は剣ではない。

 魔術でもない。

 そもそも攻撃ですらない。


 それは――ただの怒気。


 対魔王の為、村松により埋め込まれた宝玉によって抑制され続けた怒り。


 そして……ロックが全て見てしまったがゆえの、初めて彼が持った自分以外の為の怒り。


『――助けて』


 彼は見てしまったから。


 自分の在り方を赦してくれた者達が目の前で無残にも殺されていく姿をたった一人、最後まで見てしまったから。


「いい加減こっちも」


 だからもはやその力を押え付けるものは、何もない。


「腸 が 煮 え 繰 り 返 っ て ん だ よ ッ !!」


 瞬間、時空間がその意に服従する。


「なッ!?」


 総長が叫ぶ間もなく世界が歪みその怒気は――物理・因果・時空の全てをもって七剣を蹂躙する。


 分裂し鞭の様にしなる魔剣――は異空間に呑み込まれ次元の彼方へ消え。


 傷を跳ね返す呪剣――は因果を逆転させられ逆に崩壊し。


 魔術を打ち消す聖剣――は容易く空間と共にへし折られ。


 中身だけを切り裂く宝剣――は永遠に時間を停止させられ。


 斬撃が風となった飛剣――は加速して無意味に通り過ぎ。


 相手の力を吸い取る鬼剣――は空間ごと刃を捻り取られ。


 不可視となった虚剣――は存在の時間が遡りただの鉄くずへ戻り。


 まるで紙くずの様に、怒気一つで人類最高の到達点の一太刀は霧散した。


「馬鹿なっ!? ぐッっ!?」


 さらに直後、そのダメージは全て無垢の剣へと跳ね返る。


 ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?


 粉砕。

 数百年、猛威を振るい続けた悪食の剣は、戦いですらない怒気だけで断末魔を上げて砕け散る。


 その一瞬の崩壊を前に、総長は何が起きたか理解する事すら出来なかった。


「今なにがっ――」

「邪魔だ」


 けれど驚愕している余裕など彼にはない。

 全ては遅い。いつの間にかロックがその首へ目掛け、持っていた安物の剣を一閃する。


「ッ! ――気化ッ!」


 だが腐っても教国最強。


 とっさのギフト発動により、ロックの剣が到達するより早く身体を気体化する事に成功する。


 ――なんだっ。今のは何なんだッ!? いったい何が起きた!?


 しかしその気化した身体は心身共に震え上がっていた。

 目の前な存在は根本的に違う。


 怒気だけで本能的に理解する。

 明らかにそれは彼をマグマに呑み込んだ紅蓮大帝と同格。触れてはならぬ者。決して戦ってはならぬ者。


 ――だ……ダメだ! 早くッ、早くこの男の存在を閣下に伝え。


「なに勘違いしてやがる」

「――ぇ」


 ……なければ。


 そう考えている間に、身体が元に戻っていた。


 第三位階、時間逆行。


 気体化したはずの身体も、先ほど全く同じ場所に、同じ物理の身体で立っていた。


「誰がお前の逃走を許した」


 ――ヒュン。


 先ほどの凡庸かつ、三流の様なロックの剣が、今まさに最強剣士の生身を斬り飛ばした。


「あ――」


 有り得ない。


 そう叫ぶはずだった声は出ない。

 既に首から空気が抜けてもはや出ることも無い。


 ――あり、えない。この私が、こんなっ、こんな三下の様に。


 それを最後に身体は崩壊し、折れた剣の残りも粉々に砕けた総長は、元の人の姿で地面に崩れ落ちた。


 ――コツンッ、コツンッ。


 ただロックだけがその横を侯城だけを真っ直ぐに見つめ、一切の淀みなく通り過ぎる。


 それで有象無象と変わらず――教国最強は死んだ。


“ロ、ロックお前!? 大丈夫っ…………なのか?”


 そこへ村松の動揺した声が響くが、ロックは足も止めず視線も城から外さずに応えた。


「ああ――ようやく分かった」


“えっ? いや、そうじゃなくてだな、神気とか体とか大丈夫なのかって話で――”


 だが村松の否定を無視してロックは喋る。


「――抹殺だ」


“……は?”


「魔王は全て抹殺する」


 村松は思わず意識の中で目を見開いた。

 それは宿屋という夢に固執するロックの姿からは、想像も出来なかった言葉だからだ。


「俺は勘違いしていた。心のどこかで魔王を舐めていた。あれが現れても自分は戦える。もし負けても人類が力を合わせれば何とかなる。そもそも世界なんてどうでもいい。俺は、俺は宿屋をやりながら仕方なく戦えばいい……いや、もっと言えばそれすらどうでも良いと思っていた」


 だがロックが見せつけられた、魔王が降臨したヴォルティスヘルムの現実は到底、受け入れられるものではなかった。


 何より失いたくない人が出来た彼にとって、彼等があまりに呆気なく死する姿を見せられ悟ったのだ。


 自分の持つ夢の平凡ゆえの儚さと、彼らの死を見過ごせなかった自分の気持ちを。

 だから。


「――俺は魔王という存在を絶対に認めない。魔王を全てブチ殺さないと結局、自分の夢すら追えないのだから」


 自分以外の存在を見捨て、ロックの夢が独善で何とかなる仕事ならば、そうなったかもしれない。


 けれどロックは惰性にも関わらず彼等を見捨てられなかった。

 なにせ彼の夢、宿屋は結局のところ何処までも客商売。つまり――独善ひとりよがりでは決して成り立たない商売なのだ。


 ならばもう、戦う以外にロックが前に進む道はない。

 魔王を抹殺する以外にロックが夢を叶える道は最早ないのだ。


 ロック・シュバルエはそれを悟った。


「あれは。奴等は。俺の――人の夢の、大敵だ」


 村松は思わず息を呑む。


 似ていたから。


 それがあまりにも。


“アキラは世界を守りなさい。私は宿屋を守るから。それで私達の夢は一つになるわ。それが結婚の条件。そしてそれが貴方の戦う理由で、私が宿屋をやる理由。だから勝ちなさい――あらゆる手を使って魔王に”


 自分が勇者をする事になった日、当時はまだ幼馴染だった最愛の妻に、そっくりだったから。


 それも……ものすっっっっっっごく怖い意味で。


“あ、ああロック、お前……”


 内心、村松はロックの心のタガが外れた音を聞いた気がした。


 ――呑み込めばいいよ。


“っ!?”


 だがその直後、不意に幼い声が周囲に響いた。


“何か来るぞ!?”


 地割れ――そしてマグマだ。

 突如として四方八方から突然、マグマが噴き出し始める。


“気付かれたか!?”


 それは全てがロックめがけて天高く津波の様に立ち昇る。


 ――呑み込めばいいよ。


 エコーの様に響く幼い声たち。

 それは産まれたての精霊。魔王によって意思を持ち始めたマグマ。教国軍と同じ眷属達の声。


 巻き戻す前に数万人の人間を溶かしたそれらは、ロックを不倶戴天の敵と理解したのだ。


 だがそれだけではない。


「……見てるな? 溶岩野郎」


 不意にロックが襲い来るマグマを一瞥する。それは同じ神格だから分かった視線。


 紅蓮大帝は今、この眷属達を通してこちらを見ている。


『…………貴様は何だ?』


 そうマグマを通して低い声が響く。

 その気配からロックは自分の宿敵が、未だに侯城にいる事を悟る。


 ロックの巻き戻しも、同格かそれ以上かもしれない魔王を巻き戻すには至らなかったのだ。


「宿屋の倅。そして」


 マグマを見ずに侯城だけを睨みつけ出た言葉、それは少し前のロックでは考えられなかった言葉。

 村松はその口上に初めて自分の後継を見た気がした。


“ああ、やべぇぞこれ”


 宿屋という夢が魔王が存在する限り脅かされ続け、初めて彼を受け入れてくれた者達も危機に瀕すると知ったゆえに。


「今だけは名乗ろう」


 ここに勇者は成ったのだ。


「――真なる勇者、ロック・シュバルエ」


 そして今、宿屋に固執し続けた男が、やっと、初めて、その捻じ曲がった狂気と執着心を。


「この夢に懸けてあらゆる魔王を、そしてテメェをブチ殺す男の名だッ!」


 ――ついに魔王へと向けた。










・2018年クリスマスSSについて

 感想で見当たらないとありましたが、クリスマス限定公開と書いた様に正月に合わせて削除致しました。二章佳境でロックとプルートゥのイチャラブコメディを挟む訳にはいかないのでご了承下さい。


 なお活動報告にて教国の背景と、頂いた感想に対する補足を載せておきますので、興味のある方はご覧下さい。


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