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2-31 ゆえに人はそれを神と崇める



 第一位階到達――時間遅延、空間捻転を発現。




 第二位階到達――時間加速、空間作成を発現。




 第三位階到達――時間逆行、空間跳躍を発現。




 第四位階到達――時間停止、空間接続を発現。




 第五位階到達――時間迎合、空間断裂を発現。




 第六位階到達――魂魄祖逆、暗黒空間を発現。




 第七位階到達――次元超越、次元干渉を発現。




 第八位階到達――時点保存、時点読込を発現。














 魔王が降臨した侯都ヴォルティスヘルム。


 そこは学生や住民達がマグマに飲み込まれ、騎士や冒険者が教国軍に殺される地獄と化していた。


 その暁の空に星が煌く――。





「祝福せよ。


 祝福せよ!


 祝福せよマグマ達よ!


 今ここに我が宿願は果たされる!


 やったのだ! あははは亜は破破は破っ! わたしはっ――僕はついに成し遂げたッ。

 やっとこの地獄が明けるッ。見える。見えるぞ、あの日この色を失った目にもあの断罪の光が見える!

 ようやく報われるんだッ、終わるんだよ兄さん、みんな! 

 この僕の贖罪とみんなの解放は今ここにっ、ヴォルティスヘルムの崩壊という形で果たされるんだッ! 苦しみながら死んでいけぇいウジムシ共がァ!!」


 侯城の地下室。

 一度は廃人と成り果てた男。

 だが死霊の王に魅入られ神にまで至った。その男が狂った様に啼く。


 その導きによりマグマがあらゆる物を呑み込み、ゾンビや教国軍が逃げ惑う人々を殺戮する地獄と化した都市の頭上で、その終星はやがて姿を現す。


「っ……おいっ! そっ、空を見ろ!?」


 その存在に僅かに生き残っていた者達が気付き、見上げ、そして――絶望した。


「星が、星が落ちて――」


 天より迫る流星。

 それは空を引き裂いた様な轟音と、大地を揺らし世界を歪める衝撃波を以って都市に落ちてきた。


「――ッッッ!? ……………ぇ」


 しかし、無事。


 流星は直撃する直前に、ヴォルティスヘルムを護る何かに阻まれ砕け散った。


「た、助かっ……た?」

「いま…………何が、いったい何が起こったのよ!?」

「もう嫌だぁ!! 下は溶岩っ、周りは教国軍っ、上からは星降りっ、神の怒りだ! みんな、みんな死ぬんだよ!!」


 ――だがそう喚く彼等を嘲笑うかの様に再び空に、今度は“無数”の煌めきが走った。


「――あ、ああ」

「…………うそ、だろ」


 流星群。


 その無数の煌めきの前にチェスター侯爵の執念にして夢、『神鉄結界』など塵に等しかった。


 ――粉砕。


 侯爵の理想を煌めきの一つが打ち砕き、またその横を別な煌めきがすり抜け――ついにその時が訪れる。


 地表への直撃。


 直後の閃光、爆音、爆風。


 衝撃波により地表の全ては薙ぎ倒され、巨人が人間を全力で殴りつける程の威力の爆風が地上を蹂躙、瞬時にすべての生物を肉塊へと変える。

 さらには地面を震わす衝撃により、都市の真下に燻っていた溶岩と火砕流が同時に地上へと噴出。

 爆風による空気の戻りがこの熱と合わさり、一瞬で地表は三千度の熱風に呑み込まれた。


 だがまた“次の煌めき”が炸裂する。


 何度も。


 何度も。


 何度も。


 執拗に流星がヴェルティスヘルムを襲う。


 完全なオーバーキル。まるで生物を根絶する様に、人の文明を破壊する様に無数の流星が地上へ降り注いだ。


 隕石二百発。その間、三十八秒。


 それが終わった時にはヴォルティスヘルムだけではなく、その“地方”はただのクレーター郡と化した。


 それを成したのは一柱の神。


 かつて教国の前身である聖国に存在した守護神、火と土の精霊王――そのザックーガによって殺された亡骸二つ。

 そして死者の王ザックーガの欠片、その分身が数百年間ひっそりと溜め込んだ力。

 この三つが交わり、この地に誕生した三神の力の融合体。


 名を――紅蓮大帝。


 蟲。竜。鋼。獣。花。冥。……各世界の王として神へと登り詰めた覇者達と同じく、『人』としてこの世界の頂に手を掛けた覇王。


 その名において下された審判により都市のあらゆる生物が皆殺しにされ、いとも容易く全滅した。


 それが。


 この物語の終幕であった。































「――なんて結末、俺が認めるとでも思ったか」


 ……だがヴォルティスヘルムにもう一柱、紅蓮大帝と同じく世界を平伏させる存在がいた。


 名をロック・シュバルエ。


 彼は目の前で起きた“それ”を否定する。


 そう。


 ただ否定した。


 その瞬間、世界のルールは変わっていく。


 人知れず時間・物理・真理と世界を構成する法則は書き換えられる。

 既に終わってしまった世界にて、少年は傲慢にして理不尽にその結末を蹴り飛ばす。


「時空間魔術」


 魔術とは名ばかりの神の権能。


 時は不可逆の己の存在を捻じ曲げ、彼らの支配者たる一人の少年の意に全意をもって服従する。

 天意は一つ。

 敬われるべき存在はかの少年ただ一人。


「第八位階――時点読込」


 沼の森で沁黒達を屠った時よりも更に一つ上の権能。それは闇の聖女によりさらに一つ上へと位階が上がった証。


 それは突如として、視界を埋め尽くす程の文字の津波という形でロックに襲い掛かる。人間には読む事も叶わないはずの世界の理。

 しかし一瞥。

 それで文字の一つが変わる。そうなるとまるで一つのパズルが合わさり、それが雪崩れる様にして全ての文字が変容していく。


 全てが、元の姿へと。


 芸術的とすら思える干渉で彼は全ての事象を過去へと連れ去る。


 総長の掃討も。

 炎樹鬼の召喚も。

 ゾンビ化した魔獣の大群も。

 炎の巨人も。

 都市の人々と学生を呑み込んだマグマも。

 あの流星すらも。


 それが彼の為の、彼だけに許された、彼のみができる――世界改変ワールド・モディファイド


 結果、その少年は何一つ認めず。


「失せろ。こんな未来など認めはしない」


 ――その結末を力づくで全てなかった事にした。













 ……。


 ……。


 ……。


 ……戻ったのは流星が落ちる数十分前の時間。


 それは紅蓮大帝が降臨した直後。

 流星群はまだ落ちてはおらず、溶岩も暴走せず、炎の巨人すら拳を振り下ろしてはいない。都市が所々で噴火しているだけの刻。


 全ては惨劇の前へと回帰していた。それは当然人間も含まれる。


 こうしてヴォルティスヘルムの人々は皆殺しにされ。

 ――そしてまた元に戻った。


『……………………』


 当然、そんな現実を受け入れられる者など誰もいない。


 一度は流星や溶岩で死んだはずの人々が生き返り、言葉を失いただただ呆然と立ち尽くす。

 誰も彼も思考が追い付かない。まるで白昼夢でも見ていたかの様な現実感のなさ。


 いったい今、このとき、自分達の身に何が起こったのか?


 いったい、何がこの地に現れたのか?


「き…………奇跡だ。神が降臨し、奇跡が起きたんだ」


 しばらくの空白の後に、誰かがそう結論付けた。すると同じ呟きがヴォルティスヘルムの至るところで漏れる。


 これは奇跡だと。信心深い者達は思わず膝を突き、天に祈りを捧げた。


「天は我等をお救い下さったのだ!」


「五大女神様がこの地獄を救うべく唯一無二の奇跡を賜られた!」


「世界に語られる偉大なる裁定が成されたに決まっている!」


 ――断じて否である。


 事実として奇跡などではない。 

 紅蓮大帝とロック・シュバルエからすれば大した話ですらない。


 確かにヴォルティスヘルムの人々は死の瞬間まで、懸命に、絶望しながらも必死に生きようと足掻いていた。

 それはある種、美しい人々の可能性にして、同時に悲劇としか言い表し様のない悲しい結末。

 仮にこれが戯曲の一幕だったのならば、彼らの最後に胸を打たれたかもしれない。


 ――それがどうした。


 が。

 もし紅蓮大帝とロック・シュバルエの正体とその格を正しく把握していた者がいれば、発狂するか平伏しながらそう切り捨てただろう。


 彼らは神格。

 それぞれが“世界改変ワールド・モディファイド”を許された、正しく偽りない世界最強。


 もっと言えば、今まさに二柱が起こした破壊と逆行さえただの前座。


 ヴォルティスヘルムを一柱の神が破壊し尽した。

 ――だから、もう一柱の神はそれを無かった事にした。


 これはただ、それだけの話。


 ゆえにもう人々には選択肢すらない。

 彼等はただのフィールドのオブジェ。全ての結末はこの二柱が一方的に握っている。

 出来る事はただ――。


 紅蓮大帝が生き残る限り、全てが殺されるか。

 ロック・シュバルエが生き残り、この地獄を消し飛ばすか。


 ――その結末が自分達にとって救いあるものになるならんと祈る事。


 ただそれだけのみ。






















 そしてそれを為した片割れにして時間を巻き戻した張本人、ロック・シュバルエは静かにその両目を閉じて大通りに佇んでいた。


「…………」


 その左瞼の前には既にあの神器《時計》の盤面が浮かんでいる。


 ――実のところ、ロックが神器を宿したのは紅蓮大帝の流星群がヴォルティスヘルムの全てを消し去るずっと前。


 まだ各地の最後の戦闘が殆ど始まっていなかった頃、道化師プルートゥと別れた直後なのだ。

 その時、ロックは一人静かに潜む様にひっそりと降臨を果たしていた。


 目的は隔離の準備。


 先代勇者村松アキラによる紅蓮大帝とロックの強制的な多重世界への隔離を準備する為の時間。

 なにせ二人が激突すれば間違いなくヴォルティスヘルムは崩壊、下手をすれば国家や大陸が崩壊するのだ。


 だからロックは先に降臨し、村松の準備が整うまでこの事態を静観していた――のだが。


 ――今、コイツはなにをした?


 その一方、先代勇者の村松アキラは激しく混乱していた。


 彼は現在、ロックが神器を発動させた事で彼とほぼ同化状態にある。

 そして震え慄いていた。他でもない、自分の子孫に対して。


 ――今の巻き戻りが時間読込、だと? 


 先程のロックの巻き戻しは道化師プルートゥと接触し、新たに解放された権能によるもの。


 第八位階、時点保存と時点読込。


 その力はある時点を一度だけ『保存』する事で、任意のタイミングにその時点を『読込』その時点へと回帰させる権能だ。


 いわゆるセーブ&ロード。


 つまりロックは降臨した直後、すなわち紅蓮大帝が進撃し殺戮が始まる前にセーブ《時点保存》を使い。

 そして流星が堕ちた後、そこへロード《時点読込》して全てなかった事にした。


 ……なのだが。


 ――時間保存と時間読込はそんな力じゃない。あれは保存した時点へ自分だけを、それも数秒の時間を元に戻す“短時間”を繰り返す力だぞ? ……それをコイツ、都市ごと数十分まとめて巻き戻したのかっ?


 すべてが巻き戻された世界。

 それは時空間魔術を使えば誰でも容易く可能なこと――などでは無かった。


 少なくとも、全盛期の村松アキラをもってしても、こんな馬鹿げた事は出来ない。にも関わらず、何も教えずに当たり前の様に行われた数十分にして数千人の運命改変。


 村松は先代勇者だから、その異常性が本来の意味でただ一人分かる。ロック・シュバルエが勇者として、いかに天才であるかも。


 ――なんだこれは。才能のゴリ押し。完全な実力行使。無理やりもいいところ。車の加速で時空の壁をぶち抜いたようなもんだぞッ!?


 確かに予兆はあった。

 村松には生涯、三度しか出来なかった時間から切り離された単独蘇生、魂魄祖逆。

 それをロックは最初から既に八人。さらにもう一人出来るという。


 明らかに現代日本から呼び出された凡人の自分とは違う。彼の血脈にして新たな勇者は間違いない“タレント”。


 ――愛されている。


 本人に全くその気がないにも関わらず、ロックは時間に……いや世界そのものに誰よりも愛されているのだ。


 ただ。

 村松が慄いたのはその才能だけではなかった。


“こっ――こんの馬鹿野郎がッ!! なにやってんだお前! あんなデタラメ、下手すりゃ世界がどうにかなってたかもしれねぇんだぞ!?”


 聞いているのかいないのか。

 ロックは未だ村松の怒声に顔色一つ変えずその目を閉じている。


“今のがどれだけ危険か分かってるのか!? いやそれだけじゃねぇ! 言ったよな? あれだけの神気を使えば魔王との戦いにも支障が出るって! それが分かっていたから――もし何か起こってしまったら『全て見捨てろ』と言っただろうッ!? もはやこの都市は助けられないんだよ!”


 そう。

 本当はこの世界改変などせず、ロックは道化師プルートゥ以外を見捨てるはずだったのだ。


 にも関わらずロックは救った。天才が凡人を、神が人を、嘲笑う様に彼等の命を攫い切った。


 だがその結果どれだけの負担があったのか分からない。下手をすればこれが決定打で敗北もありえる。


“ロック! ここから先は戦いのルールが違うんだよッ!? 人がどれだけ殺されようが、国家がいくつ崩壊しようが、お前が勝つ事が全てなんだよ! どれだけ人を救っても、お前が負ければ全ては魔王に引っくり返されるんだッ! それが勇者と魔王の戦いなんだ!”


 村松も鬼ではない。

 道化師の少女だけを時間とは関係ない魂魄祖逆で生き返らせる。それで手を打てと、ロックには言ってあった。


 なにより村松にはこの話をロックが受け入れる確信があった。


 ――ロックは、何か大事なことを諦めている。


 それが近くで彼を見てきた、そして同じものを感じる女を妻とした村松の予感。

 それはこの少年は例え自分以外が死んでもきっと割り切ってしまうというもの。


“なのに――お前らくしねぇんだよさっきのはっ……オイッ! 聞いてるのかロッ……………って…………まさかっ!?”


 そう叫ぶ村松はようやく異変に気付く。

 ロックがずっと目を閉じたまま反応がない事に。


 ――意識がない。


 あれだけの世界改変《無茶苦茶》をしたのだ。どれだけロックが天才でも、反動がない訳ではない。

 まして神気がどれだけ持って行かれた想像もつかない。


“おい。おいおい待てよ……嘘だろ。未だに魔王は健在なんだぞ!? おいっしっかりしろ! 目を覚ま――”


 ――コツンッ。


 そこへ不意に足音が響いた。


 釣られて村松がそちらを見ると、一人の剣士が立っていた。

 そう、剣士だった。


「……これはこれは。一度死んで蘇ってみたら、この事態の元凶――この手で誰よりも殺したい少年がいるではありませんか」


 白髪のオールバックが崩れ、全身と剣にベッタリと返り血を浴びた初老の剣士が、侯都の大通りに立ち塞がっている。


「やっと。嗚呼。やっと貴方をこの手で斬り殺せそうです」


 そこにいたのは一度マグマに呑み込まれ、蘇ってなおヴォルティスヘルムの人々を殺し続けようとする男。


 ――教国軍元総長にして、教国最強の剣士バルトス・メラであった。







 以下、少しロックの神器が使えた事に対する補足。


 ロックが降臨できたのはもう一つ、魔王が先に降臨していたという理由があります。それは先代勇者村松がロックに埋め込んだ宝玉によるもので(1-12 時空間魔術師VS暗殺集団“沁黒”参照)、ロックは魔王以外に本気の憎悪をなかなか持てなくなっています。代わりに魔王が敵であればそれは容易に爆発します。

 また神器――ロックの時計は彼の感情と深く関わっているので、ロックが本気でキレる事態、すなわち魔王が先に降臨する事がロックが神器を使える条件だったりします。

 逆に言えば魔王が関わらないとロックは無意識は別として、本気では神器が使えません。それは魔王戦以外で意図せず神器の使用回数を減らすことを避けた、村松の仕込みです。


 作中で書くとテンポを損ねるのでこちらで失礼致しました。


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