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2-30 ヴォルティスヘルム大虐殺


 【侯都大通り】




 ――結局のところ。


 紅蓮大帝の進撃を阻める者は誰もいなかった。


 しかしそれも仕方のないこと。なにせ歩くだけでその地面を溶岩へと変える程の相手。


 さらにその周囲には、水が瞬時に沸騰する程の高熱をまとっている。近くを通るだけで自然発火していく周囲の建物を見ればそれは明らかである。


 接近、すなわち死。


 そのため時折、紅蓮大帝に向け遠距離からの魔術攻撃や弓矢だけが襲い掛かる。


 ――が。


 魔術は紅蓮大帝が纏う神気の前に消える。


 魔力とは世界干渉の力。

 神気とは世界改変の力。或いは創造の力。


 特にその鎧は神ノ権能そのもの。ただの魔術が彼に通るはずはなかった。


 矢に関しても言わずもがな。鉄の融点はマグマよりも低い。触れる前には溶けて液化する始末。

 ……隠れながらそんな攻撃を繰り返す冒険者など、まるで羽虫以下の存在でしかなかったのだ。


 そうなると結局、時間が稼げる唯一の可能性は焼き尽くされる覚悟を決めた上で、彼の前に出るしかなかった。


 そんな自殺でしかない無謀を実行しようとする集団が果たしているのか。


 ――が、実は二つも存在した。


 無駄だと知った上で自殺に等しい特攻を試みようとした侯爵家の騎士達。そしてあれを殺さないと生き残ることは不可能と悟り挑んだ冒険者達だ。

 つまり隷属装置が破壊された事で、身体の自由を再び取り戻した集団だ。


 けれど未だ彼らは紅蓮大帝の前に辿り着くことさえ出来ない。

 なぜならば……。


「クソオッ、レジェットバーストッ!」

「兜割ィッ!」

「シールドバニッシュッ!」


 紅蓮大帝が歩く大通りとは別の、大通りと交錯するいくつかある通りの一つにて。


 三方向からの魔技による同時攻撃が、その白髪の剣士を滅多打ちにする――が。


「一ノ太刀」


 まるで霧を攻撃したかの様に攻撃がすり抜けた直後、それらの攻撃が全て三人の騎士へと打ち返された。


 ダメージを相手にも跳ね返す呪術剣。


 攻撃した側の腹に風穴が空き、頭部が破壊され、内臓を粉砕され、即死した騎士達が宙を舞う。


「他愛ありませんね」


 一方、白髪をオールバックにした初老の剣士が霧から肉へと己の肉体を戻し吐き捨てる。

 そのまま流れる様に、殺した者達の背後にいた他の騎士達へ剣を振り上げると今度は――剣が消えた。


「殺しますので避けなさい……三ノ太刀」


 先のない剣が振るわれる。動揺した騎士達の間にそよ風が舞う。


 直後。


 数十人の騎士達の頸動脈が斬り裂かれ鮮血が飛び散った。

 剣の微小化。風に乗る斬撃。威力は低いが彼程の使い手になると、その最小限の威力で数十人を絶命させるに至る絶技の剣。


「ばっ……化け物っ」

「今、いったい何が起こったっ!?」


 瞬時に半分近い仲間が目の前で殺され、残りの有象無象の騎士達は動揺し後退る。

 謎は不安を呼び、不安は恐怖を呼び、恐怖は剣を濁らせる。

 自ら作り出した死体の山を前に男が一喝する。


「さぁ、我が剣の錆となるか。溶岩に沈むか。貴方達に許された最後の選択をするがいいッ!」


 紅蓮大帝へ決死の覚悟で挑む者達の前に立ちはだかったのは他でもない、教国軍元総長にして元最強剣士バルトス・メラ。

 彼の前に侯都の騎士達は新兵の様に駆逐されていった。











【侯都大通り――路地】


 ……一方その頃、紅蓮大帝への奇襲の為に、他の騎士や冒険者達が潜んでいた大通りと平行する路地では。


「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

「うっ、うわっ、助けっ、たす――がはっ!?」


 溶岩を避ける様にして数十体の巨大な茨が、屋根の上から隙間にいる人間を釣り上げていた。

 そして絡め取り、絞め殺し、引き裂き、叩き付ける。

 最後に弱った者は精気を吸われミイラの様に干からびていく。


「がっあああああぁぁぁぁぁ……――」


「喜びなさい、自然へ帰るのです。マグマで死ぬよりマシでしょう?」


 建物の上に佇む茨を操る美しき妖精。


 女司祭、七天騎士の深緑騎士の腹心にして茨を司るドルイドであるキャサベル・ガン。

 彼女もまた、路地を掃討し奇襲を試みた隠密の騎士達や隠れ潜む冒険者達を駆逐していく。


「悪役は悪役らしく、ですね。全てを道連れに、最後の反攻の機会すら奪い取って差し上げましょう……おい出なさい炎樹鬼」


 彼女はその妖精の様な容姿に反する暗い笑みと共に、手を天へとかざし巨大な人型の樹木を呼び出した。


 それは紅蓮騎士の炎の巨人などより遥かに小さいが、建物よりも遥かに大きく、さらにその木々とそこにぶら下がる大きな木の実で構成された体は燃えていた。


「貴方ならばこの都市でも大手を振って動けるでしょう? あの流星が落ちるまで、勇敢なる正義の英雄達を殺して差し上げなさい」


 妖精の指示に炎樹鬼が、茨と交戦する騎士や冒険者達の前に降り立つ。


「なんで木の魔獣なのに燃えているんだコイツっ!?」

「知るかっ。けど茨みたいに火のついた建物にぶつけても、これじゃあ意味がねぇぞッ」

「ふざけんなっ、茨だけでも手一杯だって言う――」


 ――バンッ!!


 そんな騎士や冒険者の悪態は、突然の爆発音に掻き消される。


 その音の後、既に炎樹木の体にあった木の実が煙を上げ開いていた。

 対して前衛の騎士や冒険者たちは、微細な“何か”が鎧すらも貫通し穴だらけとなり、一瞬で全滅していた。


 炸裂したのだ、炎樹鬼の体にぶら下がっていた木の実が。


 ……その木の実は炎によってある一定温度に達すると、破裂し中の鉄程の強度を持つ種を四方八方に打ち出す習性があった。

 先代勇者の言葉を借り現代風に言えば、それはまさに微細な鉛玉をぶちまけ周囲の人間を蜂の巣にする対人地雷クレイモア。


「……ぁ……ぁぁっ」


 残されたのは後方のシーフや魔術師のみ。


 彼らは見た。

 一瞬で前衛を全滅させてその屍を踏みつけ、鬼の様な顔で自分達を嘲笑う燃え盛る木の化物を。











【侯都大通り――広場】



 ――それでも、だ。冒険者達と騎士達の最大の迎撃ポイントはそこではなかった。


 それは侯城近くの大通りと交わる大広場。

 途中で侯城へと分岐する道の近く。かつてロックとプルートゥが出会った場所である。


 そこで侯爵お抱えの魔術師達と冒険者の魔術師達が共同で、迫る紅蓮大帝に向けて一つの魔術を放とうとしたいた。


 ――融合魔術。


 それは軍の魔術師達が使用する、二つ以上の魔術を纏め上げ、より強大な魔術とした放つ攻撃。

 ただし魔術の効果自体を強く発揮させることは難しく、それは属性の付与された砲撃キャノンに近い。


 本来ならその中心となる、軍属魔術師が必要になるのだがここにはいなかった。――しかし、その代わりを顔色一つ変えず出来る女が一人。


 ロックの師、またの名を魔女師匠。


 隷属装置破壊でロックの師匠達も開放されていた。

 そのうちの一人である彼女はレベル100に近く、魔法陣は彼女を中心にしてその周りに何人もの魔術師達が集まり、迫る陽炎の先にいる魔王へと杖を向けている。


 ――だが。


 それも今や崩壊寸前であった。


「UOOOOOOOOOO!!」

「GYAAAAAAAAA!!」

「BUOOO!!」


 彼らの周囲には百を超えるゾンビ化した魔獣が押し寄せていた。


「こんなものっ、いつまでも守り切れるものではありませんぞ!!」


 彼らを守る様に戦う冒険者達。

 その中の一人、レイピアで腐肉と化したウォーモンキーの頭を突き通す貴族師匠が叫ぶ。


「アースバウンド! グラビティバウンド! ボムバウンドォ!!」


 隣ではひたすら技だけ叫び、ゾンビ魔獣を片っ端から吹き飛ばすドワーフ師匠。


「ここだけはっ……ここだけは彼女の為にやらせはしないとっ、俺は誓ったんだ!!」


 かつてその恋を身分差の為に諦め、ひっそりと騎士を辞めても今なお、一人彼女へ操を立てその彼女が愛したこの地を守り続ける騎士師匠。


「チッ――! お前は後ろに下がってろ!」

「マキラ! もう無理よ! お願いだから下がって!」


 ギルドの受付嬢のエミリーを庇いながら、傷付いた足で狼の群れを捌く野伏師匠ことマキラ。


「もしかして……あれは本当の魔王なのか!? あるのですかそんなこと? ここ数百年出現してなかった魔王が、それも、人が魔王に至るなど!?」


 唯一、真なる勇者と真なる魔王を知るエルフ師匠は、弓で漏れて魔術師達に襲い掛かろうとする魔獣を撃ち殺す。けれどその頭は紅蓮大帝の前に大混乱に陥っていた。


 彼等は確かに奮戦していた。


 だがそれは戦線を維持するのがやっと。時折抜けた魔獣が魔術師達に襲い掛かり、詠唱が中断され思う様に進まない。


「……ははっ。ははははっ! ははははははは何だこれ!?」


 そんな彼らを一人で制圧し掛けているのは、あの帽子男。


 ――死霊魔術師クラフトガン。


「力が! ゾンビが! 無尽蔵に沸き出して来やがる!? 今ならもう負ける気がしねぇ! あのクソったれの宿屋のガキを今度は殺せるッ、総長にだって勝てるッ! ははははっ!!」


 彼の足元の魔方陣から湧き出すのは、亜竜、巨狼、巨大昆虫、上位スライム、魔霊長類など……様々な、一体何処から集ったのか分からないゾンビ化した魔獣の数々。


 そしてそれは一向に尽きる気配がない。

 学園では教国が開発した疑似聖剣で魔力を水増ししていたが、その時よりも遥かに魔力が溢れ出ているのだ。


 その紙一重の攻防。だが紅蓮大帝の歩みは止まらない。


 ついに彼が侯城へと分岐する最後の道へと、枝分かれする所まで到達してしまう。


「……もうっ、無理。限界よ! このまま放つわっ!」


 不完全ながら発動を魔女師匠が決意し、魔術師達全員の魔力が高まり魔法陣が発光する。


「っ……おいっ、周りの雑魚は無視して発動を止めろ!!」


 その様子にクラフトガンも動く。

 さらに彼の足元の闇から倍の数の魔獣が現れ押し寄せる。

 師匠達の構築した防衛線を、その頭上なり脇なりをすり抜ける。魔術師達に疾走する腐敗した魔獣たち。


「しまっ――」

「おいっ、逃げ」


 叫ぶマキラと貴族師匠の声を掻き消し魔術師達が叫んだ。


『融合魔術、水虎砲!!』


 だが間一髪。

 魔法陣から水属性の砲弾が撃ち出される。


 放たれる瞬間、一瞬崩壊仕掛けた魔法陣も魔女師匠の天才的な感覚で修正され、紅蓮大帝に向けて疾走する。


 そのサイズは紅蓮騎士を呑み込む程の巨大さ。圧縮された超重量の水。直撃すれば何であろうが粉砕される。城の外壁ですら砕くであろう。人間などバラバラである。

 しかも紅蓮大帝は避ける素振りすら見せない。直撃は必至。


「くたばりなさいこの化物ッ!」


 ただ。


 やはり敵は神であった。


 ――一振り。


 まるで虫を払うかの様にその手を振った瞬間、水弾を地面から噴出した溶岩が喰った。


 溶岩が一瞬、巨大に膨張する。


 爆発的な水蒸気が舞い上がり、辺り一帯に温かい雨の様に降り注ぐ。


「……え?」


 それで、お終い。


 もっとも当たった所で何の慰めにもならなかったのは、推して知るべしだが。


「――」


 当の紅蓮大帝は呆然とする彼らを一瞥する。ぶつかったのは視線、そして殺意のみ。それでも魔女師匠以外の魔術師たちは気絶した。


 ――やばい。


 唯一、意識を辛うじて保った魔女師匠は彼の前に立ったことを、心の底から悔いた。

 その全身から汗を吹き出させ、無意識に足は震え、年甲斐もなく失禁すらしていた。


 ――違う。あれは違うっ。人間なんて者じゃない。


 魔に通ずる者だからこそ、その魔を持ってして決して届かぬ、絶筆し難い遥か仰ぎ見る事しか出来ない超常の存在だと理解してしまった。


 自分の心臓が破裂せんばかりに鳴り響く。


 一秒、一分、一時間。神との邂逅。極限状態の中で魔女師匠の中で時間の感覚が消えた。


 けれど。


 紅蓮大帝はその視線を城へと向けるとその進路を、枝分かれた城へ続く方へと切った。


 彼女は崩れ落ちる。周りが魔獣相手に大混乱に陥る状況で、彼女だけは心の底から呆然としつつも安堵した。


「助………………かっ……たの?」


 少なくとも紅蓮大帝は一瞥しただけ。


 ――きっと弱過ぎたのだろう。


 取るに足らない、あまりにどうでもいい存在だったゆえに、見逃された。

 それは本来、屈辱的な事なのかもしれない。けれど失禁し腰が抜ける程の、一生分の恐怖を味わった後では、そん気さえ起きなかった。


 ただただ、良かった。そう安堵した。


「本当に……良かった」


 そう呟いた直後、影が彼女を覆った。


「――え?」


 見上げるとそこには、城の数倍の高さを持つ炎の巨人がその拳を振り下ろそうとしていた。


 その直後、彼女へ――師匠達のいる大広間に炎の拳が直撃する。


 瞬時に大通りや路地に沿って炎が凄まじい勢いで拡散し、道と言う道にいた生存者達を全て呑み込み焼き尽くした。












【侯都大通り――侯城前】



「――閣下」


 紅蓮大帝が城の前へ到達すると、そこには革男ことミスティク・ガンがいた。


 侯城へと続く橋の横で膝をつく彼と、その隣では空を飛び交う魔獣の革に捕われた男女数人の姿があった。


「…………侯爵の息子を捕縛しておきました」


 彼はそういうと捕まっている男のうち一人を降ろした。

 ロックを聖人と勘違いしているご令嬢、ユースティ……その兄であるユーバッハ・ヴォルティスヘルムである。


「ぐっ――この」


 紅蓮大帝の前に落とされた彼の表情は恐怖と後悔に染まっていた。


 だがユーバッハは燃え上がることはなかった。

 意図して熱は下げられ、溶岩は主の意に沿って鳴りを潜めたのだ。


 自分が生かされている事に気付かず、恨みがましく彼が口を開く。


「……分かっていた。貴様がこの都市に潜入している工作員として、もっとも怪しい人物だったのは事が起こる前から分かっていた。失敗したのは、まずは確証を得ようとすぐに貴様を投獄しなかったこと。しかも確証を得るべく捕まえた彼は無関係だった。私の失態だ」


 ユーバッハの喋りは皮肉と自虐があった。だが紅蓮大帝は何も答えない。


「……まぁいい。それで。貴様は復讐を果たすと言っていたね。父上、いやこの都市に。どうせ僕はこれから貴様に嬲り地獄の所業で殺されるんだ、何があったかくらい聞かせてくれないか?」


「――時間稼ぎか?」


「っ!」


 一瞬だけ表情を歪ませるユーバッハ。

 それを見て黙ったまま様子を伺っていた革男は内心で「おお、青い青い」とせせら笑った。


「どうやらあの男はまだ愚かなことをしようとしているらしいな」


 侯城へと紅蓮大帝の視線が向けられる。

 その彼に先程とは一変し、激高したユーバッハが叫ぶ。


「だったらなんだッ! 父上が何をしたのか私は知らない。けれどそれでも父上を信じている。例えどの様な事があったにせよ、それは都市の為であった!」


「そうか」


 しかしそれは一種の肯定。

 侯爵が許可したあの地獄を、自分達の為と肯定する言葉。

 巨大な腕がユーバッハを掴んだ。


「――ぐっ」


「ならその都市の平和の為に死んでいった者達の、怒りを教えてやる――生きたままな」


 そして再び炎は生きた肉をゆっくりと味わう様に喰らい始めた。












【侯都光の神殿】



 ……同時に都市に流れる溶岩達には、ユーバッハの絶叫こそが合図となった。


 青年の絶叫とそれによる主の黒い愉悦を、都市の溶岩達が己が本懐として理解し始めたのだ。


 それは言わば溶岩達に意思が宿った瞬間である。


 ――眷属化。


 自らの種を軍勢とする暴食の現蟲神 ギャ・ヌの様に、憤怒の現人神 紅蓮大帝が自ら生み出した溶岩達。それは神へ従う眷属へと変化していった。


 だから彼ら溶岩達は考える。


 生み出した主は何を愉悦とし、何を己達に期待しているのか。

 そして悟る。


 ――ああ、呑みこめばいいんだ。と。


 それはこの都市に起こる最悪の引き金であった。


「早くこちらへっ! 光の神殿までもう少しです!」


 ユーバッハの肉が生きたまま焼かれる頃。

 侯城や大通りから離れた別な場所では、メイド学長を筆頭に学生達が都市の人々を誘導していた。


 隷属化されていた人々が装置の破壊により自由となり、逃げ惑い混乱していた彼らを学生達が道標となり、また護衛となって助けていた。


 時折、無差別に発生する噴火と都市の火災から人々を守り、噴火が起きないであろう神殿を目指す彼ら。


「見えたぞっ!」


 その中の一人が、一際豪華な神殿を指差す。

 それを見た学生も誘導された人々も安堵する。


「もう大丈夫だっ。早く神殿へ!」


 騎士リドルが元気づける様に周囲を励まし、神殿へ人々を走らせる。


 神殿の入り口では先に神殿に入った学生達、少年少女が「早くこっちに!」「もうかなりの人数だ! それで最後か!」等と声を出し、手招きしていた。


「おうっ、これで投獄場所は全部――」


 回った。


 その言葉は掻き消される。


 ――呑み込めばいいんだ。


 ぞくりっ。

 騎士リドルは悪寒と共に、幼子の様な声を誰かが出したのを聞いた気がした。


 直後、神殿の周囲が同時に噴火する。


「………………」


 恐らく声を出せた者はいない。


 四方から狙った様に吹き出す溶岩。上空に打ち上がったそれは神殿を目掛け、津波の様に降り注ぐ。

 入り口にいた学生達はもろに溶岩を浴び叫ぶ間もなく崩れ落ち蒸気を上げて倒れる。


 建物も一瞬。


 中から凄まじい絶叫が上がる。

 その間、わずかに見えない何かに溶岩が弾かれた。けれどそれは一秒も持たず、数千人が避難していた最後の希望は瞬く間に2000℃の溶岩達に覆われた。


 全員、発狂、蒸発、溶解。


 絶叫が聞こえなくなると同時に跡形もなく彼らの希望と守るべき者達は呑みこまれた。


 わずか五秒の出来事。


 誰もその現実を理解出来なかった。

 外にいて生き残った者達は、誰も仲間たち、そして都市の人々と言った数千人が瞬時に死んだ事実を受け止められず固まっていた。


 しばらくして過呼吸に陥る者、泣き始める者が出始める。けれどやはり誰も言葉を発する事ができない。


 だが彼らは気付くべきであった。


 彼らの真下が熱くなっていたことに。


 ――呑み込めばいい。


 リドルはまた確かにその幼い声を聞いた気がした。今度は自分達の足元で。


 ……。


 ……。


 学生達を溶かした溶岩達は動き出す。


 この都市の生きている者達に狙いを定め地面の中から一人、一人と生き残った者達の全身の皮膚を蒸発させ、肉と骨をどろどろと溶かすべく、意思を持って襲いかかった。












【侯都地下】



「……………………きたか」


 騎士は斬られ。

 隠密は蜂の巣となり。

 冒険者は焼かれ。

 学生と市民は溶け。


 地の獄の本性を現し始めた炎獄都市。


 その最後にして最奥の場所、侯城の地下。


 そこで侯爵チェスター・ヴォルティスヘルムは自分の背後に、巨大な何かが降り立った事に気付いた。


「――ああ、どれだけこの瞬間を待ちわびたか」


 背後から聞こえる歓喜の色を含んだ声。


「……ワシだけを殺そうとは、思わなかったのか?」


 侯爵はそいつに振り返る事もせずに問う。

 彼はずっと、地下に隠蔽されていたクイーン・スリザンの前に立っているだけだ。


「我だけを殺そうとしたのならそうしただろう」


 その質問に激怒する訳でもなく、吐き捨てる訳でもなく、静かに答える侵入者――紅蓮大帝。


「――すまなかった」


 だが侯爵の言葉に地下の温度が明らかに上がった。

 謝罪。それは紅蓮大帝の憎悪をくべるに十分な言葉。


「侯爵、謝罪の必要はない。既に貴様の子供は生きたままゆっくりと焼き殺した」


 だが立場が上なのは紅蓮大帝。その宣告に一瞬、侯爵の肩が跳ねた。


「…………そうか」


 ただ彼の声もまた、表面上は平坦。


「それで、私も焼き殺すのか?」


「ああ。だがその前に、見せてやりたいものがある」


 紅蓮大帝は事もなく言い放つ。


「――この都市が消える様をな」


 それは最初の宣言。

 侯城へ辿り着いた時、侯爵の目の前でもう一度あの流星を落す。


「そうだ、貴様のもっとも大切な者は全て消し飛ばす。その目を見開き、何も出来ずただ見ているがいいッ、チェスター・ヴォルティスヘルム」


 激情と共に紅蓮大帝が手を天へと翳す。


 その掌から炎が駆け、侯城を溶かしながら貫通して消える。


 空が見える程の大穴。


 そこから見えるのはあの魔法陣。

 巨大すぎて全容が見えない二万の王国軍の軍勢を殺し尽した流星の陣。


「溶岩魔術 新世界ノヴェルを開けィッ!」


 その魔法陣から煌きが生じる。

 ついに二撃目の流星が姿を現す。


「貴様が守り続けた全てを、今度は我が奪い取るッ! その虚空に震えるがいいッ!」


 ついに至る復讐の時。

 だが――同時に侯爵も振り返った。


「否ッ! 私の方こそ、この時を待っていたッ!」


 その瞳にはまだ戦いの意思があった。


 呼応する様に背後の巨大な魔獣――クイーン・スリザンの目が光り、足元の一度は教国軍に奪われたはずの魔法陣が輝きだす。


「教国軍は消えた。そして例え起動用の塔がなくなろうとも、私の心臓を鍵とすればこの私の“執念”は動くのだッ!」


「貴様」


 初めて紅蓮大帝が驚愕の声を上げる。

 侯爵の足元の魔法陣と背後の魔獣はついに本懐を遂げる機会を得たのだ。


 ――思えば、奇妙な因果関係であった。


 先代に追い詰められた作り上げられた兵器にして、その兵器の製造において目の前の二代目の化物が生まれた。


 ある種、この結末は必然だったのかもしれない。


 今、侯爵の命・罪・執念を糧にしてついにその兵器は起動する。


「神鉄結界――起動ッ!」


 瞬間、侯爵が吐血しふらつく。

 けれどクイーン・スリザンに魔力が行き渡り、魔法陣がそれを拡散。侯都全域を覆う様にして展開する半透明な世界最高クラスの結界が発動する。


 天より断罪すべき落ちる流星。

 地より執念の果てを巡らせる結界。


 両雄、激突。


 二万の軍勢を破壊し尽くした衝撃が侯都を覆う結界に走る。

 地響きと共に轟音が反響し、炎獄と化していた都市でさえ、あまりの衝撃とその持続する長さに意識が天へと奪われる。


 そしてしばらく拮抗の後に。


「馬鹿な……」




 流星が砕け散った。




 バラバラになった流星が結界の上を滑る様にして都市の周辺へと炎の壁を通過して落ちていく。

 見ると神鉄結界も限界であり、半透明な見た目は蜘蛛の巣の様な亀裂が無数に走っていた。


 だが。


「は――はははははははははっ! 見たか!? これが私のチェスター・ヴォルティスヘルムの執念だ! ついに至ったのだ、何人にも侵されない、そう、例え紅蓮騎士であっても破壊不可能な都市へとッ!」


 既に自分の心肺機能の大部分が失われたにも関わらず、侯爵が歓喜に震える。


「ありえない。この紅蓮大帝の流星が……まさか……」


 そう、憎悪と執念の戦いは確かに執念が上回ったのだ。


 それは崩壊する都市での最後の最後で残った希望。

 この都市は最後の最後で守られた。




「まさか貴様――よもや流星が一つだけだとでも思ったのか?」




 ――訳ではなかった。


「な、に」


「たった一つの“小石”を防いだ程度で、まさか喜ばれるとは思わなかったぞ、侯爵」


 その声は黒い感情に溢れていた。

 今まさに侯爵は、希望を抱き、執念が成就し、自己犠牲の果てに都市が救われたと、思い込んでいた。

 だからこそ――。


「ああ、最高だ! 新世界ノヴェルよ、今こそ生きとし生ける全てを踏み躙るべく降り注げェ!」


 だからこそ、侯爵の目の前で同じ小さい流星を二百発落とす。


「さぁ二百倍だ。頑張ってみせろ、負け犬」


 侯爵の絶望に染まり恐怖に慄く顔に、紅蓮大帝は嗤う。


「はははっ。はははははっ、あははははははははっ、あはははははははははははははははははははははははははははははは――」


 今度こそ、雨の様な流星が降り注ぐ。

 最初の一発が触れた瞬間、結界は限界を向かえ粉砕される。


 それで終い。


 もはや都市を守る物はない。


 一撃で二万を屠る兵器が絶え間なく都市を破壊し、衝撃で建物は全て吹き飛び、地面は深く深く抉れ全てが消えた。


 そうして。


 ついに侯都ヴォルティスヘルムは、わずかに生き残っていた人間達と共に跡形もなく世界から消失した。






















































「時空間魔術」


 だが――。


 たった一人。


「第八位階――時点読込」


 その結末を、例え世界のルールに背きそれを強引に捻じ曲げてでも、決して認めない少年がいた。






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