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2-28 第一の魔王 【憤怒の現人神 紅蓮大帝】


【紅蓮騎士】




 その刹那の悪夢から覚めた直後。


「があああああああああああああああああああああああッッッッッッ!?」


 紅蓮騎士は臓物を引き裂かれるかの様な激痛に襲われた。


 ――今の夢はなんだったのか。あのローブ姿はなんだったのか。


 そんな思考する暇さえ許さぬ程の痛みが、彼の全身を襲う。

 それどころか甲冑がまるで内側から破られるかの様にボコッ、ボコッと盛り上がっては戻り、また別の場所が盛り上がる。


 自分の体が今どうなっているのかまるで分からない。けれど人間の形を保っているとは到底思えはしない。


『閣下。絶対にランタンは灯してはいけません』


 それは教国軍の総長からこの甲冑を着るに当たってしつこく注意された言葉。


『その神器を灯した結果、先代は流星を放つと同時に、内側から鎧と共に爆散しました。もし使うのであれば、その時は必ず光の勇者を道連れにして下さい』


 そんな遅過ぎる警句が蘇る。


 ――星に願いを。


 彼は先ほどの夢の前に、迫る二万の王国軍にこの侯都だけは奪わせまいとあの流星を発動させたのだ。

 だが結果的にその身体は弾け飛ぶ寸前となっている。


「かっ、閣下!?」

「やっぱり力を制御出来なかったんだッ。このままじゃ爆発するぞ!」


 激痛で巨大な甲冑姿がのたうつ。彼と共に駆けつけた教国兵達も打つ手なく狼狽するばかり。


 ――このままバラバラになって死ぬ。


 紅蓮騎士はそう直感的に理解した。


「……しかしそれでは、貴様の怒りは果たせんぞ?」


 そう終わりを許容し始めた彼の前に、いつの間にかあの夢に現れたローブ姿がいた。


「えっ、なんだこいつは!?」

「でっ、でかい……閣下の甲冑並だっ。人間かこいつッ?」


 慌てふためく周囲を無視して、紅蓮騎士と同じ程の長身体躯のローブ姿――ザックーガの欠片は瀕死の騎士に向かって手を差し出し、問う。


「復讐を果たしたくばこの手を取れ。……だが」


 その声に一瞬だけ感情の様なものが宿る。


「その復讐を果たした後、その体は我が頂く」


 このとき、既に紅蓮騎士は激痛で正気を失い掛けていた。

 それでもうっすらと理解する事は出来た。


 ――死者の手。


 絶対にこの手だけは、取ってはいけない。


 体が爆発寸前の様な痛みの中、最後の理性が訴えた。

 だが。


「――それともまた“見ているだけ”で終わるのか?」


 ザックーガの言葉が彼の憎悪に無理やり熱を灯す。


 ――お前はさ、将来王国一の画家になるんだからな!


 彼は気力のみで痛みを押えつけ、ローブを直視する。


 ――果たさなければ。あの怒りを。この人生を賭けて。


 選択肢などなかった。

 全てを精算する為に。前へと進む為に。この怒りを飲み下す為に。


 彼はその手を見た。

 世界が敵に回ろうとも、例え何人犠牲にしようとも、己だけは己が救ってやらねはまなるまい。


 復讐するは……我にある。


「騎士よ――怒りを」


「いっ、怒りを……ッ!」


「我が内なら憤怒を」


「我が内なら憤怒……をっ」


「今こそ」


「今、度こそッ!」


『生きとし生けるもの達に復讐をッ!』


 紅蓮騎士はここに、魔王の手を取った。


 同時にザックーガの手から、黒い玉が入り込む。それはまるで、かつて先代勇者がロックに埋め込んだ物と類似する――。


「――契約は成された」


 ザックーガが宣言すると同時に、その隣に突如としてあの時計塔で暴れたデュラハンが現れる。


「貴様が死にそうになっている理由はただ一つ。人の身に“火”と“土”。低俗とは言え二つの神を宿そうというのだ。器が吹き飛ぶのは道理。すぐにお前は内側から弾け飛ぶだろう……ゆえに」


 デュラハンが一歩前に出る。

 それを見て契約は果たしたものの、未だ激痛に苛まれる紅蓮騎士は思う。


 ――何故か、ひどく美味しそうだと。


「器の容量をこちらも二つに増やしてやればいいだけのこと。さぁ……」


 そう“食欲”を感じると同時に、まるで体が甲冑と一つになった様な感覚が生じる。自分が甲冑であり、甲冑が自分であるかの様な。


「喰って良いぞ?」


 彼は無意識に目の前のデュラハンへ、ヘルムを牙の生えた口の形に変形させ――齧り付いた。


 ――旨い。


 その姿はまるで獣。

 二足歩行の鉄で出来た獣が、ヘルムを狼の口の様に変形させ無我夢中でその肉に喰らいつく。


 巨大な鬼が人間を喰う様に、肉片が辺りに散乱し、血が飛び散らせ、贓物から骨に至るまで租借していく。


 周囲の教国兵達はその光景を目の当たりにし、恐怖と混乱で動く事すら出来ない。


 だがその合間に、紅蓮騎士はデュラハンを瞬く間に喰らい尽した。

 全てを食べ終えた時には、既に体を引き裂くような痛みは消えていた。


 しかし――渇きが消えない。


「足りぬなら、好きに喰らえ」


 ザックーガがそう告げると、周囲の存在に気付いた。


「ぐ、紅蓮騎……」


 ――ああ、なんだ。喉を潤す果実なら、そこにあるじゃないか。


「士さ、ま……?」


 彼は熱を帯びて高温になる巨大な“手”で、その果実を握り取り。


「ひっ!? かっ、閣下はな――ぎやあああああああああああ!?!? ――ぐひゃッ」


 奇妙な音を上げてもぎ取れた果実をほうばる。


 それを見て周りの木々が逃げ出そうとする。

 だが彼等の足元から突然、溶岩の手が生えてその足を焼き止める。


 絶叫。


 生きたまま足が溶けていく様は、まるでかつて少年が苛まれた光景と似ていた。


「いやだいやだいだだだたああああああああ!!」


 それらを一つずつ喰らい尽した時には、ようやく喉の乾きが止まっていた。


 そこへ――。


「きっ、貴様か化物ォッ!」


 王国軍本体との合流前に流星が直撃した為に、難を逃れた将軍たちが現れた。


 その目はギラつき、正気は既に失われている。

 無理もない。戦争をする為に用意した兵士二万が流星で呆気なく消されたのだ。


「あのっ、あの惨劇はっ、貴様がやったのかッ!」


 正常の判断力を失っており、恐怖より激昂に支配された将軍は、叫びながら斬りかかった。


 されどそのレベルはマックスの100。


 一度、光の勇者に敗れたとは言え、彼と激しい戦いを繰り広げた王国最強の中の一人。その腕を認めぬ者はいない。

 事実、並の人間では視認も出来ない高速の一刀。


「爆裂ざ――っ!?」


 それが紅蓮騎士が視線を向けた瞬間。


 ――ジュッ。


 と、一瞬で閃光と共に地面の影となった。


 この物質世界には肉も、骨も、服も、剣も、地面に出来た染み以外には何一つ残さず、王国最強の一人は今ので死んだ。


 遅れて少し遠くにいた将軍についてきた王国軍の騎士達が、バダバタと倒れ燃え上がる。

 それも紅蓮騎士側に向いていた身体の面だけをドロドロと溶かしながら。


 同時に、力が開放された事で視界の先に光り輝く玉座を彼は見た。


 彼は至ったのだ。星の覇者の玉座へと。それに手を伸ばし、触れた瞬間。


 ――星が震えた。


「嗚呼、そうか。この玉座こそが……」


 現人神の生誕、或いは降臨。


 その余波は世界へと走る。

 同時刻、大陸中の魔物が彼の“降臨”を感じ取り、恐慌状態に陥った。


 川に潜む魔物は出来る限り降臨した存在から遠ざかろうと川を逆流していく。

 山の麓に住む魔物達も住処を捨てて、行く宛もなく少しでも遠くへと逃走していく。

 森の魔物達は震え動植物達と共に自らの種の絶滅が近い事を悟った。


 王国と教国近辺の魔物数万が大移動を開始する。


 人間達も同じ。


 降臨と共に、五大女神により与えられた全ての神官たちの祝福が訳も分からず打ち消された。

 エルフ達の創りだした結界は降臨と共に消し飛んだ。

 竜人達は自分達の祖となる竜達が怯え混乱し、絶望の感情を抱いた事を感じ取った。


 そして彼の降臨に発狂し、自然発火と共に燃え上がり焼き尽くされる各神殿の巫女たち。


 ただ例外もあった。


 火と土。


 火と土の力を持つ者達は自分達が平伏し崇め奉らなけれはまならい絶対の支配者の降臨を悟り、人も魔物も問わず彼のいる方向へと同時に、無意識のうちに、その場で平伏した。


 特に自然は……火山は神の降臨に歓喜に震え、何の前触れもなく世界各地の至る所で火山が噴火していく。


 地が割れ。


 溶岩が降り注ぎ。


 溢れ出るマグマ。


 特に候都とその周辺一帯は彼の支配下に入った事で地獄と化す。


 何もない地面が突如として噴火する。


 侯都の地面の至る所から溶岩が無差別に流出しあらゆる物を溶かし始める。


 その溶岩に触れ次々と燃え上がり倒壊していく建物。至る所で巻き起こる悲鳴。地割れと共に崩れる都市の外壁。

 彼の周囲の気温は際限なく上がり、都市は一瞬にして火山帯へとその姿を変化させていく。


 そして侯都は神或いは魔王と呼ばれる者の降臨により、地形と環境を捻じ曲げられ、やがて――炎獄都市ヴォルティスヘルムへ変貌した。


「生誕を祝おう、現人神、紅蓮騎士……いや、紅蓮大帝とでも言おうか」


 溶岩が流れ周辺から生物の消えた中で、そこにはローブだけが立っていた。


「その復讐が果たされた時、その身体を頂きに行く。例え貴様が我が本体と同じく『神ノ座』に手を掛けたものであっても、デュラハンに仕込んだ、同格の我が力を喰らった以上、いずれは必ずその身体を明け渡す事となろう。それを忘れるな――」


 そう一方的に告げて、ローブは消えた。


 そうして胸に去来した感情は一つ。


 ――怒り。


 怒りが滾ってくる。


 奴を殺せと、仇を討てと、この都市を呑み込み怒りを示せと心が、身体が、記憶が叫ぶ。


 今こそ断罪の時。


 もはやこの怒りが誰の物か、誰に対する物かも分からない。

 ただただ、復讐せよ。復讐をせよ! と憎悪が荒れ狂う。


 そして自然とその視線は――侯城へと向けられた。


“閣下!? まだ息はありますか閣下 都市が一瞬で火山の様に変化したのは……”


 が、そこへ甲冑の肩に付けられていた花から総長の声が聞こえた。

 存在すら忘れていた有象無象の一人の声。


 しかし理性まで消失していない紅蓮騎士、あらため紅蓮大帝は無視せず口を開いた。


「全て問題はない」


“閣下の――え?”


「この騎士は今ここに大帝と成った」


 その言葉により、花越しに総長が動揺したのが分かる。


“それは……爆散しなかった、と? つまりこの吹き出す溶岩も全て……”


「我はお前達が求めていた存在となったのだ。喜んだらどうだ?」


 ――もっとも全てが終わった後に、この力を手にするは恐らくお前達ではないだろうがな。


 そんな内心を知らずに息を呑む声。それを無視して一方的に宣言する。


「これより我が“宿願”を果たす」


 復讐を。


 あの悪夢に終止符を。


 全ての罪に鉄槌を。


“まさかこの都市を……”


「蒸発させる事は簡単だが、すぐにマグマに沈めはしない。時間を掛けて追い詰め、最後は全てを打ち砕く」


“お待ち下さい!? それでは我々は――”


「侯城は譲ってやれ。そこを処刑場とする。そして我が道を遮る者は排除しろ……もし邪魔をするのであれば、誰であろうとマグマに沈める」


 どうせ最後には全て消し飛ばすのだがな。

 その言葉を伝えず一方的に連絡を終えると紅蓮大帝は空を見上げる。


「溶岩魔術 第ニ位階――原初の火(オリジア)


 ふと神気が侯都へ満ち、天へ届くかと言う火柱が一瞬で都市の周辺に上がり囲い込んだ。


 消えない火。永遠な炎。触れれば最後、焼き尽くすまで燃え続ける火。

 これで何人もこの都市からの脱出は不可能。


「溶岩魔術 第七位階――新世界ノヴェル


 さらに遥か天空に再び出現する巨大魔法陣。

 けれどそれは王国軍を消し飛ばした『星に願いを(ヴォル・ティガス)』とは違う。


 ――大きさにして数百倍以上。


 高さの問題もあるが、既にヴォルティスヘルムからその陣の端を見る事すら出来ない。


 もし。


 もし仮に、実際に星に願いを(ヴォル・ティガス)の百倍だとすれば、それは間違いなく都市などではなく……確実に王国全土を一瞬で吹き飛ばす規模である。


「溶岩魔術 第三位階――溶魔イフリット


 さらに周辺一帯が溶岩が膨れ上がり、彼はその溶岩を纏い、侯都を見下ろす程の巨大な人型の怪物へと変貌する。


 突如、その地形が火山口と化し、天まで届く炎に囲まれ、天に巨大な魔法陣と炎の巨人が現れる中、その魔王は地獄の王の如くヴォルティスヘルムに現れた。


『今、この都市は我が手にある』


 巻き起こる喧騒。

 侯都にひしめき溶岩や地割れから逃げ惑い、虫の様にこちらを見上げる人間達に彼は告げる。


『かつて保身の為に、罪なき者達を殺し尽くし発展したこの侯都ヴォルティスヘルム。その贖罪の時』


 それは誰かに向けたものだった。


『いるのだろう、チェスター侯爵。これより我は大通りを歩き入城を果たす。そして貴様の目の前でもう一度、流星を落す。その時が貴様の、そしてこの都市の――最後だ』


 その火の巨人は四体に分裂し、一方で紅蓮大帝は再び地面に出来た溶岩の中から現れる。


 そびえ立つ城すらおもちゃに見える四体の炎の巨人。

 その巨人に囲まれた人とも獣ともつかぬ甲冑が宣告する。


『死にたくないのなら、足掻け。かつて油を掛けられ焼き殺された少女の様に。穴から這いでようとしてスコップで顔面を何度も殴打された親子の様に。……この地の獄で絶望と共に』


 地面に再び現れた彼の前には、侯城へ続く大通りが続いている。

 その間は何人か武器を持った騎士や冒険者の様な人間の姿も見える。


「――では、貴様らの火葬を始めよう」


 それらを見もせず、人の身でありながら神ノ座へ至った異形の復讐者は、真っ直ぐ城へと溶岩と共にたった一人、進軍を開始。


 人知れず……世界の終わりが始まった。




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