2-25 学生連合VS帽子男
【闇の中 ロック・シュバルエ】
「――動きましたね」
宿屋と道化師。
二人並んで手を繋いで闇の中。静かに頭上の光を見上げて立っていた。
上の出口から光が差したということはそこを塞いでいた例の黒肉だか肉塊だかの、キメラゾンビが動いたということ。
ならば行かねばならない。あの死霊魔術師とゾンビを倒しに。
「じゃ、行ってきます」
そういって俺は彼女の手を離そうとする。
「――どうしても行かれるのですか?」
「えっ」
が、プルートゥさんにその手を握り返される。振り向くと悲しそうに、俺のことをじっと見ていた。
「失礼ながら、ロックさんは負けてしまったからここにいるんですよ? しかも相手は無限に蘇るゾンビ達。ロックさんがいくら頑張っても、今度こそ死んでしまうかもしれませんっ。オヨヨヨ……」
まるで恋人や夫を戦地に送る女性の様に涙を堪え、自分の指で目尻を拭う彼女。もっとも口調はどこかおどけて見える。
しかしふと、真面目な顔になった。
「でも……事実としてロックさんはもう十分に頑張ったじゃないですか。斬られて、叩かれて、落とされて。誰にも褒められず、何も報われず、私がお手伝いしたとは言え、たった一人でここまで戦ってきたじゃあ、ありませんか。ここにいたって、私は決して貴方を責めません。それでも、行かれますか?」
「それは……」
それは本当だろう。この人はもし俺が立ち止まれば、それを受け入れてくれると思う。
――けど、俺は真なる勇者だから。
神器を開放する程ではないにしろ、この力があり自分の手の届く所に厄災があるのにも関わらず“無力な一般人”のフリは出来ない。
少なくとも俺という人間はここで彼等を見捨てる自分を許せない。
……流石にそうは言えず、言葉に詰まる。
黙ってしまうと彼女は小さく溜息を吐いた。
「ロックさん、実は私にまだ何か隠しておられますね? だって宿屋だから人を救うなんて仰いましたが、流石にここまでするのは話が合いません。まぁー、言いたくなかったのでしたら? 別に? 構わないんですけどね? ねっ!」
さっきの涙はどこに言ったのか、何処か拗ねた様に可愛く口を尖らせて、上目遣いに覗き込んでくる彼女。
「は、はい。正直まだ言ってないことはあります……けどやっぱりそれも僕のワガママなんですよ」
「それは――」
「いや分かっています。ワガママだからと言って、もう負い目には感じていません。プルートゥさんのお陰です……ただ、これは僕の意地でもあるんです」
――俺のしてる事はきっと“正義”ではなく“独善”である。
俺が勇者を全うした上で、平和な世界で宿屋をやりたいだけの話。
ようは全部が俺の都合、俺の勝手。人なんてしったこっちゃないのだ。無償の英雄様とは根本的に異なる。
「もっと言えば僕一人が戦ったって、この都市を救えるかどうか分かりません。そもそもあの死霊魔術師に勝てる可能性も低いです。見っとも無く足掻いているだけです。けど――」
それに俺は逃げようと思えばいつでも逃げられるのだ。
宿屋をやるから、勇者はやらないと目を背けてしまえばいい。見て見ぬフリをして、関係ないと見捨てればいい。
「けど俺は、宿屋を逃げる為の言い訳になんか使いたくない」
それでも心配してくれた彼女の優しさに俺は感謝する。その言葉はやっぱり嬉しいものだから。
「だから一人でも勝てなくとも僕は行きます。ありがとうございました」
そう答えると彼女はジッと珍しく困惑した表情でこちらを見ていた。
一方で俺は俺で地上に戻る前に剣を握りなおす。
上に戻ってするべきことは明確だ。
――倒すべきはあの死霊魔術師。
ゾンビの方が無限再生すると分かった以上、周囲にこだわるべきではない。
ようはどれだけ早く本体の帽子男を叩けるか。
幸い、ヤツの攻撃手段は既に一つ潰した。体力もある様には見えない。
時間遅延で周囲を遅らせて一撃で仕留める。
問題は俺が使い捨ての物量に押し潰されるより早く――。
「――もうっ。本当にずるい御人」
「えっ?」
――などと考えていたら、彼女が急に俺の手を握ったまま、ぐるっとその場で一回転した。
「のあっ!?」
当然、手を繋いだ俺まで回される。
「嗚呼! なんということでしょうかっ! この少年は己が夢のため、その道を歩む為にそこから溢れる全てを拾おうと言うのです!」
そのまま前に見た道化師モードに突入した彼女が、くるくると俺の周りを回る。俺も回される。
「ちょっ、プルートゥさ――」
「しかも! 責務を果たす心は全て己が意思と、全ての行いを自らの責とし、孤高にもまた孤独にも、歩もうとしております!
なんと気高く、そしてどうしようもなく愚かな御人なのでしょうか!
この道化師、涙が思わず流れてしまいます」
わざとらしい涙の演技。ただ、それだけにも見えなかった。
「――なればこそっ」
彼女は泣きの演技を止めて、微笑んだ。
「この道化師。死地へと一人旅立たれる勇敢なる貴方様に、僭越ながら一つばかりのご忠告を差し上げることで、その旅路への手向けとさせて頂きましょう」
ぴたっと止まった彼女が距離を取り、執事の様に頭を垂らす。
と、同時に俺の手を離した。
急激な浮遊感に包まれる。彼女との接触がなくなれば、ここにはいられないのだ。
「貴方様は自分が勝手にやっている事だと申されました。ですが、それで救われた者がいるならば、貴方様は紛れもなくその方にとって――」
“――です”
俺は彼女の言葉を朧気にしか聞き取れず、急な閃光によって視界もやがて奪われた。
「ロックさん。案外、見てくれている人はいるものですよ? 私のように」
――っ。
雑音がする。
白い光に覆われ周囲は見えていない。プルートゥさんの闇に長く居過ぎたせいだろう。
それでも徐々に戻ってくる現実感。
自分が今、地上に戻ったことを自覚する。
と同時に、目の前に何かいる事に気付いた。
つまり眼前には敵。
「やばッ、時間ち――」
――ゾンビ。
それ以外になくとっさに遅延させようとして重ねた指を前に出す。
が、それを発動させるより早く視界が完全に戻る。
そこにいたのはゾンビ――ではなく一人の男子学生であった。
「…………え」
少しガラは悪そうだが、どこからどう見ても普通の男子学生。
それも何処かで見た事がある様な……。
「…………てた」
「え?」
そして彼は呆然としたままこちらに近付き次の瞬間――なんと俺に抱きついてきた。
「ポーター生きてたぞおおおっっ!!!」
「はぐぅ!?」
突然の全力抱擁。
しかも全く心当たりがない。ってか誰だ!?
「えっ、はっ、ええっ!?」
というか……あれ? なんでそもそも意識のある学生がここに――。
「えっ、嘘!?」
「なんだと!」
「本当なのそれ!?」
そう混乱が収まるより早く、周辺から続々と声が上がり視線が俺に集中する。
次の瞬間、何故か大歓声が上がった。
まるで劇の主役か何かになったようだ。
「一体なにが――」
思わず釣られて周囲を見ると、彼等は戦っていた。
「え、なんで?」
ゾンビと学生達。
迫るゾンビに学生が壁を作って、俺を囲む様に守っていた。
その壁役や後ろで控えていた魔術師や弓師、遊撃達がこちらを見て声を上げているのだ。
「はっ? うそ、本当じゃない! 本当にゾンビじゃなくて本物なの!?」
「ははっ、ほらやっぱりな! あんなゾンビにうちのポーター様が負ける訳ねぇんだよっ!」
「嘘だろマジかよっ、潰れたんじゃねぇのかっ。何もんだよマジでお前っ!」
訳が分からず呆然としていると、そんな歓喜やら祝福やら尊敬やらの声が四方八方から降ってくる。
「よくやったポーター! 流石は俺達のクラスの星!」
「ヒューッ! お前さんっ、あのレイより凄ぇよ!」
終いには周囲の学生達から背中やら頭を叩かれる始末だ。
「え、いや、あの、これは一体何が」
「うぐっ……すまねぇっ…………お前が苛められた時に助けてやれなくて……ううっ」
しかし俺の質問は戦いの騒音にかき消され、唯一答えてくれた抱き付く男子学生も答えになっていない。
いやそもそも貴方、誰な――あ。
そこで気付く。彼はポーターとして冒険者科に入った時のクラスメイトの一人だった事を。
――確か妹さんと喧嘩してたから、彼女の服を直してあげた人だ……。
とりあえず彼を引き剥がし周りの人達を確認する。
よく見ると他にもクラスメイトだった、カレー作ったら泣いて喜んで弟子入りしたいとか言ってきた料理人の息子や、父の形見を直したら頭を下げて謝ってきた番長みたいな人もいる。
ただ、やはり知らない人達も多い。
「これは一体なにが……そういえば時計と――ええ!?」
思わず周囲を確認するとそこにあるはずのものがない。
「…………」
ない。
塔がない。
先程までいた時計塔が綺麗サッパリなくなっている。
――なんで? どういうこと!? 何があった!?
けれど答えなんか出る訳もなく、ここにいる学生達が隷属状態から開放された彼等なのだという事は察した。
だとしても彼等を見張っていた教国の工作員はどこに行った?
そもそもなんで俺に……こんな歓声が飛んでくるのか?
「ロック・シュバルエ」
すると周囲とは異なる沈んだ感じの、またまた何処かで見た事のある、体格の良い男子学生が目の前に立っていた。
「えと、何方ですか?」
「え? あ、ああ。そうか、名前も知らないんだよな。俺はリドル。リドル・レーカー」
そう言われても、記憶に引っ掛かる人物はいない。
やはり初めて聞いた名前なのだろう。
「……こんな時に言うべき事じゃないかもしれない。けど言わせて欲しい。ありがとう、そして――すまなかった」
そういって彼は俺に深く頭を下げた。そこでふと、リドルと名乗った彼の正体にも気付く。
――あ、この人は確か学園にいた時、俺の剣を壊した人か?
「は、はあ。いやでもなんで?」
「それは見ていたからだ。ずっと俺達は、動けない身体でお前が戦ってくれている姿を見ていたんだ」
「え?」
待て。見ていた? あの戦いを? まさか隷属状態でも彼等はずっと意識があったのか?
「……俺はずっとお前を軟弱な卑怯者だと思っていた。冒険者科の入学試験は厳しい。俺の友達も一人、落ちて村に帰った奴がいる。だからお前が無試験で編入した時、卑怯だと思った。なんで頑張ってたアイツが落ちて、お前みたいな宿屋がポーターとは言え、入れるのかと」
彼は自分の罪を告白するかの様に続ける。
「だからお前が使っている剣を間違って壊した時、そのことを言い出せなかったんだ。その時は卑怯な手を使った罰だと、一人で勝手に納得していた。けど」
そうしてもう一度頭を下げる。
「すまない。間違っていたのは俺の方だ。お前は卑怯者なんかじゃない。誰よりすげーヤツだった」
「………………」
え、なにこれ?
なんで今?
それに卑怯者なんかじゃないって、どういうこと?
「いやあの、卑怯者じゃないって言うのはどうして――」
「だってお前は、来てくれたじゃないか」
「来た?」
「体が動かずゾンビに囲まれ、生きる事すら諦めてさ。これから殺されてアンデッドにさせられそうになって、ただただ怯えていた俺達の、それもお前を学園から追い出した俺達の為に、お前はたった一人、死物狂いでここに来てくれたじゃないか」
不意にさっき、プルートゥさんがあの後なんと言ったか思い出した。
“それで救われた者がいるならば、貴方様は紛れもなくその方にとって――英雄ですよ。それにどんな理由であっても、貴方様は間違いなくこの場において、皆の希望として光り輝いているのです”
――違う。
俺は……俺はそんな立派な人間じゃない。
自分の為に戦ってるだけの、周りを無視した、身勝手な――。
ついそんな否定が頭に浮かぶ。けど実際に否定する言葉は出なかった。
むしろリドルの方が話を続ける。
「俺は恥かしくなった。濡れ衣を着せて笑っていたヤツが、俺達の為に、俺達でさえ怖くて身が竦みそうになる化物と、一人で戦っていた姿を見て、どうしようもなく恥かしくなったんだよ」
「――」
「皆同じだ。だから隷属が解けても逃げようなんて誰も考えなかった。俺達の為に戦い潰されちまったお前の姿を見た時から、全員腹は括っていたんだ。絶対に許さねぇ。俺達の為に来てくれたお前を潰した奴は、絶対に許さねぇって。だからこれは全部、お前のおかげなんだよ」
呆然と周りを見る。
どこかしこで、押し寄せるゾンビと学生達が今も戦っていた。
「おいそこ突出すんな! 防戦でいいんだ! ってか矢足りねえぞこれ!」
「くっ、押され気味なので一回吹っ飛ばします! 冒険者科は魔技いきますよ!?」
「おいっ、そこの騎士科のヤツ! もう限界だ俺と交代しろ!」
「右から遊撃に出るぞ! 足に自信のある奴はついて来い!」
「おーけー前衛下がって! 私達のとっておきの魔術を叩き込むわ!」
特にあのキメラゾンビには、数十人の学生が束になって戦っている。
そう、戦えている。
防戦だけなら彼等だけでも、十分に戦えているのだ。
俺がやらなくちゃと必死になっていた事を、皆がそれぞれの力を活かして、必死になって成そうとしている。
「……受け入れられませんか?」
後ろへ振り返る。
そこには見た事もないくらい、優しげな柔らかい笑みを浮かべた道化師がいた。
「知っていたんですね?」
「はい。だって、ロックさんが“一人でも戦う”なんて寂しいことを仰るんですもの。だから知って貰いたかったんです。貴方の隣には私も、貴方に感謝してる皆さんも、たくさんいるんですよ、ってね?」
「でも、これは、僕がここに来たのは――」
「ふふっ。……もう、そんな顔しないで下さいロックさん。受け止められないなら、少しずつでも良いんですよ。でも貴方の頑張りは無駄ではなかったことを、貴方の為にも知っていて欲しかったんです。ロックさんの見せた“意地”は、誰かを救い、皆を奮い立たせたんです」
今なら分かる。闇の中でなぜ彼女があんな事を言ったのか。
きっと彼女はこの状況を知っていて、俺にあんな質問をしたのだろう。
――ああ、敵わないな……本当に。
俺は聖母の様に微笑む道化師に、まんまと踊らされたらしい。
けど、そこに不快感はなく、むしろ――。
「クソがああああああ!」
その感傷を一瞬でぶち壊す怒声が響く。
「なんでこうなる!? どうしてこうなった!? 何を間違えればあの状況からここまで悪化する! ってか、なんで宿屋が生きてるんだよッ、テメー本当に何なんだッ」
二人して我に帰ってそちらを見ると骨で作られたお立ち台に立つ死霊魔術師こと帽子男がブチ切れていた。
……もっとも本当に怒りを感じているのは果たしてどちらなのか。
「何処にでもいる時間を支配する宿屋だよ、三下」
「テメェ……ジョークもそこまで来るともはや気狂いの域だなッ!」
一方通行な会話。ただ、不思議と負ける気がしない。
例え目の前にあの総長とか言う男がいても、負けるイメージが沸かなかった。
そうして死霊魔術師と視線をぶつける俺に、謝罪してきたリドルが尋ねてくる。
「ロック・シュバルエ。今、俺達は敵の攻撃を凌げてはいる。だが体力の差でこちらが不利なのは明白。だから本体のあの帽子男を遠距離から倒そうとしたんだが、障壁が張られていて攻撃が通らん。矢も魔法も弾かれる」
「障壁?」
よく見ると確かに死霊魔術師の周囲が、透明な青い膜で覆われている。
近接武器しかない俺相手には使っていなかったが、遠距離が揃う学生の為に使ったのだろうか?
「なので手数を掛けて斬り込もうとしても、俺達ではあのデカブツとゾンビの群れを抑えるので手一杯。あの骨の上に行く余裕もなければ、突破出来る程の威力を出せる奴がどれだけいるか分からない。――けどお前なら」
周囲の学生達が俺を期待の眼差しで見る。
「――できます。いいえ、必ず倒します」
「即答かよ。ホント、なんでポーターなんかやってるんだよ」
確かに俺なら空間捻転であの障壁を突破できる。
もう一度、距離さえ詰められれ問題ない。
「だったらお手伝いしましょう。私達があのゾンビの海を切り開きます」
「一番美味しいところ譲って上げるんだから、必ず勝ちなさいよ」
後ろを振り返るとメイド組長とぺったんエルフさんがいた。
メイド組長さんは怪我は大丈夫なのかと思ったが、さらに後ろで神官の生徒達がいたので、応急処置はなされたのだろう。
「とにかくゾンビは俺達が何とかする。だから、頼む」
さらにリドル達が頷く。
そして――。
「プルートゥさん」
「はい、なんでしょうか?」
にこにこしながらこちらを見上げる彼女に、俺は今まで言えなかった事を告げる。
「僕と一緒にちょっとこの都市の救ってくれませんか?」
「よしきたっ♪」
そのやり取りをまってリドルが振り返りよく通る声で叫んだ。
「よしッ――ここから攻勢に出るぞ!! 全員、ポーターに加勢しろォ! 何としても魔術師までの道を俺達が作るんだッ!」
『うおおおっ!!』
学生達が雄叫びと共に一気に攻勢に転じる。
「任されたわポーター!」
「仕方ねぇ花道は譲ってやんぜ!」
学生達の声に押されて俺達は走りだす。
狙うは戦線を維持していた盾を構えた騎士科の生徒達が目の前のゾンビを押し返し、強引に作り上げた隙間。
「喰らえやッ! シールドバニッシュッ!」
その隙間にリドルが魔技を放ち、ゾンビの集団をまとめて吹っ飛ばして道を作る。
「行け!」
彼はその場でゾンビをたたっ斬り道を維持する。
その後ろを俺達が走り抜けた。
「チッ――宿屋、テメェがいたらやっぱそう来るよなぁ……おいニッゲル・バッケル!?」
だが帽子男も突破されるのを見越したのか、すぐさま動く。
「きさMWAAAAAAA!」
「やばっ、すまんッ! 突破された!」
帽子男の杖の動きに合わせて黒肉ことキメラゾンビが、その相手をしていた生徒達を無視して、一気に横から突っ込んでくる。
「ヤバっ、アイツは!?」
前回潰された嫌な記憶が蘇る。
キメラは魔技の輝きと共に、その腕を三つに分裂させ、俺達を潰そうと振り下ろしてきた。
「殺SYU! GOR――」
「ところが道化師!」
が、その頭の部分がさらに黒く闇に染まり、攻撃が外れる。
「プルートゥさん!」
「ここは道化師めにお任せにございまぁす」
空高くフリルのスカートとうさ耳、銀髪が宙を舞う。
「さ、皆々様には最初で最後の人体マジックをここでお見せ致しましょう――ご注目頂きたいのはこのナイフ!」
「JYA魔OSRUなAAあ!!」
彼女は無秩序に振り回される腕を闇を渡る事でかい潜り、その服の内側から漆黒のナイフを数本取り出した。
けれど、はっきり言ってそれは果物ナイフの様な小ささである。
「なんとこのナイフ!」
ゆえにきっと、とんでもない魔導具か何かなのだろう、そう予感させた――が。
「人に刺さりません!」
「――NAN?」
『は?』
そう宣言して周囲を唖然とさせたまま、彼女はナイフをキメラゾンビの身体の真ん中目掛けて一斉に投擲する。
投げられた肉塊もあまりにしょぼい攻撃に、さらには先ほどの宣言にも困惑したか、そのまま受けてしまう。
実際、確かにその体にナイフは刺さらない。
「ええ、なにせこのナイフ、私の力で無機物以外は一定期間すり抜けてしまうんです」
実際、肉塊の中へとナイフが飲み込まれた。
「もっとも? 貴方様の場合は、筋肉でナイフが止まった方が都合が宜しかったのでございましょうか」
人体を通過できる。ではその通り過ぎたナイフが当たるのは一つ。
つまり――。
「G? ――ḡYUOOOOOOOOOO!?!?」
魔物のコアを外から直接攻撃出来るということ。
「あらあら――これは失敬」
道化師のお辞儀と共に、コアを直接攻撃された肉塊がその場で悶絶しのたうつ。
「――こちらは任せて行って下さいロックさんっ!」
その戦いの横を俺とメイドさんが走りぬけた。
するとようやく骨のお立ち台が間近で見えてきた。
「なんだあの女。そんな攻撃、どう考えてもぶっ壊れてるだろッ? ――クソっ、だったらッ! 雑魚共も行け!」
流石に切り札をああもあっさり止められると帽子男も動揺を見せ、杖を振るい他のゾンビもこちらにけし掛けてくる。
「行かせるかよ!」
「お前らの相手は俺等だろうが!」
だが残りのソンビ達も俺達に届く前に、キメラゾンビの相手をしていた学生達によって倒され、足止めには至らない。
「足止めにもならねぇのかよ――なら来いッ、バッズブ!!」
突然、足元から泥人形の様な巨大な人影が出現する。
「下級だが吹き飛ばさなきゃ死なねぇ野郎だ……俺が逃げるまで時間を稼げ!」
「FOOOOOOOOOOOO!!」
帽子男はすぐさま別なアンデッドの召喚の詠唱を始めた。
泥人形もその指示に従い、俺達を泥で呑み込もうとする――が。
「――惑いなさい」
だが泥人形の前にメイドさんが立つと――。
瞬撃。
電撃が走った。
それが人間の突きによるものだと理解する間もなく、泥人形が跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んだ。
「なっ!?」
「っ! これで、弾切れです。あとは任せましたッ……よ、ロックくん!」
けれどメイドさんはそう呟いて崩れ落ちる。その横を通り抜け、ついにお立ち台の前に出た。
「帽子男!」
「っ、宿屋如きが!」
一気に骨を足場に駆け上がり、俺は青い障壁に手を添える。
「空間捻転――ブレイクッ!」
ギチっ、ギギギ――バリンッ。
と抵抗を見せるも、耐え切れずに透明な青い膜が割れる。
「まだだッ、来いダムアウル!」
だがその間に、帽子男の背後から巨大なゾンビの怪鳥が舞い降りその肩を掴んだ。
飛び立って逃げるつもりか。
「逃がさん――ッ!」
「テメェはそこで死んでな! 骨喰槍ッ!」
同時に俺の足元のお立ち台が動いて、槍の様に鋭利な骨を下から突き上げてくる。
――下っ!?
しかし対応すれば逃げられるのは必然。無視しても足をやられかねない。
そう刹那の思考の決断を迫れる――が。
――ダッダッダッ!!!
下から突き出される骨が、後ろからの攻撃で全てピンポイントに粉砕される。
「エルフ舐めんなっ! 行けポーターッ!」
前に進む足を止めずに一瞬だけ背後を見ると、膝をついて湯気が立つ弓を構えたエルフさんがいた。
――これでもはや遮る障害はない。
「が、一歩足りねぇんだよ!」
しかし帽子男は既に怪鳥に掴まれ、空中に飛び上がっていた。
自分の無事を確信した顔。
――なので。
「いち!」
「えっ?」
俺はあの時間遅延と空間捻転の組み合わせにより、時間のズレた空気を作り出して足場にして空へ飛び上がる。
「はっ、おいっ、待て待て待てっ!?」
「にぃ!」
もう一歩、二歩さらに空中を飛び上がる。
「こいつ空走って!?」
「さん! 残り――っ!」
「っ、おいもっとだ! もっと飛び上がれダムア――」
「させるか時間遅延!」
空気の波紋が当たる。
緩慢な動きになった帽子男。
そこへ最後の一歩を踏み出す。
「よんっ!!」
ついに背後の声と共についに同じ高さまで飛び上がった。
目の前には帽子がズレて死人でも見たかの様な恐怖と苦渋の表情の死霊魔術師。
「決めろポーター!」
「幕引きですロックさん!」
「終わりですッ」
「ぶっ殺せぇ!」
「ラストおおおおおおおッ!」
「止 め ろ おお お お お お おお っ !」
一閃。
その体と前に出した巨大な杖へ、時間遅延に干渉しながらゆっくりと斬り込んで――加速。
「ぐはっ……っ!?」
遅延が切れた瞬間にぶった斬った。
けれど。
――また浅いのかっ!?
勢いのない空中のせいで力が入らず、ややどうしても斬込みが浅い。
しかし杖が壊れたからか、致命傷に至ったからか、うじゃうじゃと学園にいたゾンビ達がほぼ同時に苦しみ始め、瞬く間に崩れ落ちていく。
背後で大歓声が上がる。
「がああああああああっ」
帽子男も痛みに悶絶し血を撒き散らしながら、ふらつく死鳥と共に学園の外へ空中を右へ左へ蛇行しながら飛んでいく。
そして最後は墜落して見えなくなった。
なんにせよ。
「勝っ――」
た。
と思った瞬間、足元の抵抗も消えた。
――あ。
そう。こっちも時間切れである。
「たああああっ!?!?」
勝ったのに頭から地面に激突する!?
その間際に真横から黒い人影に抱き着かれ、二人して地面に激突――しなかった。
――ずぼんっ。
ああ、この着水する様な感じ。
これは……。
「――おかえりなさい、ロックさん」
闇の中。
彼女のふにゃっとした愛らしい笑顔と、体温がすぐ近くにあった。
「うん。――ただいまです」
【時計塔跡地 ???】
塔が倒れた。
中に取り残された者はまず、瓦礫に潰されるか外に投げ出され地面に激突して死ぬ程の惨事。
――が。
「舐めるな畜生がッ!!」
生きていた。
否、私――教国軍元総長ことバルトス・メラは生き残った。
「こんな所で死んでたまりますかッ!!」
塔が倒壊する中で、何とか抱き着いたまま絶命したドラゴニュートを蹴り飛ばし、ぺしゃんこになる直前で身体を“気化”する事に成功。
気化したまま地面に叩き付けられたので、しばらく散ってしまったが、こうして復元に成功したのだ。
けれどあと少しドラゴニュートを蹴り飛ばすのが遅ければ、ひき肉になっていたのは間違いない。
「だが……それでもっ……私は生き残った。元教国最強を舐めて貰っては困りますなッ」
すぐさま瓦礫の中から愛剣を拾う。この剣は何処にあろうが分かるので問題ない。
――さて、これだとクラフトガンも無事だとは思えませんね。
その直後、闘技場の方から若い大歓声が響き渡る。
「……負けましたか」
二人してあるまじき失態である。
自分とあの男がいて負けるなど、階級からしてあってはならない事なのだ。
そうなるともう取れる手段は一つしかない。
「仕方ありません」
――皆殺しだ。
私は剣を握り、塔を倒壊させたであろう連中の元へ歩き出す。
そう。
これは確かに失敗だ。
けれどあのトカゲも死んだ以上は“私がここの学生を皆殺しにすれば何の問題もない”のである。
なにせ私は今のところ、してやられはしたが、誰にも直接戦闘において“敗北”はしていない。
――塔の連中を先に殺し、次に闘技場の連中ですね。
ハッキリ言って彼等が束になって掛かって来ても負けはしない。
効率の問題。手間だからやらなかっただけの話。しかしこうなったらもはや自重も躊躇も関係がない。
手間ですが手ずから一人ずつその首を刎ね――。
“……長! 総長、聞こえますか総長っ!”
不意に連絡用の花から女性の声――仲間の司祭の声が聞こえる。
同時に茨を従える妖精の様な部下の姿が頭に浮かぶ。
――ああ、塔の倒壊した音で流石に他の者達も気づきましたか。まぁ少なくとも説明の必要はあるでしょうね。
私はそう思い、通信用の花へと喋りかけた。
「私です。先ほどの音は魔術の起点が一つやられた音です。ですが安心して下さい。これからここら一体の者達を皆殺しに――」
“そうではありません! そんな事よりも、来てしまったんです!!”
――はい?
彼女の言葉は流石に予想外であった。
塔が一つ落とされたのだ。そんな事で済まされる事態ではない。と言うより……。
――来てしまった?
「あの、お待ちなさい。一体なんの話をして――」
彼女は困惑した声で叫ぶ。
“王国軍2万の軍勢が来たんです! 予定より何故か五日も早く!! 今まさに侯都へ繋がる道を歩いて、こちらに向かって来ているところなんですよ総長!!”
「………」
――馬鹿な。
その報告に、まだどうとでもなると考えていた私の計算は音を立て、呆気無く崩れ去った。
各人の状況
『???』
・沁黒(暗殺者、上野駅にて時間を操る金髪の和服女性と取引をする)
これでようやく学園編は終わりです。ぐだぐだしてすみませんでした(汗