2-24 踊る時計塔の最後
【時計塔上層 教国軍元総長バルトス・メラ】
レインバックの首がもげた。
――ブチッ、と。それは良い音を立てて。
「――え?」
「――は?」
「――??」
…………え?
その場にいた全員がそのやり取りを視界に入れていた為に固まる。
眼帯の斥候は口をあんぐり開けたまま微動だにせず。
残り命が少ないであろうトカゲですら目を見開いてガン見。
かくゆう私も予想斜め下の事態に魔剣をぶらぶらさせてしまった。
「え――ええッッ!? え、えっ?? ――ッッ!?!?」
だが一番ヤバイのは、うっかりもいでしまった当人の太った騎士だろう。
濃い顔をさらに濃くし筆舌にし難い形相で声にならない絶叫を上げている。
そんな中、ついつい眼帯の斥候、私、トカゲの視線が戸惑いのあまり交錯する。
――なんで首取れた。
そんな疑問が敵味方関係なく共有された。
だが問題はそれだけではない。
「俺はもう覚悟を決めた! ここでヤツを殺すッ! そのために生き残った人生なんだ!! 例えこの首が落ちても、その喉元に喰らいつき、噛み千切ってや――」
さらに意味不明なことに生首が元気に怒鳴っているのだ。
そう。生首がキリッとした顔で、決死の覚悟だから離せとか何とか、語っている。
と言うか、戦うか前から首が落ちてしまっているので、最初から噛みつきしか戦闘方法がないのではないか。いや、そもそもどうやって生首が声を発して――。
――……いや。いやいや、そういう問題じゃありませんね。まずい私まで混乱している。
「おいっ! だんまりか!!」
「ひィッ!?!?」
しかし一向に太った騎士が反応しないので、生首もキレる。
騎士も涙目だ。自分がもいだ生首に執拗に喋りかけられるのなど狂気の沙汰だろう。
「何か言ったらどう……ん? 手足の感覚が、ない?」
「いや、それより、おっ、お前っ! なんで喋れるんだ!?」
「は? 何を言っているんだ貴様は?」
「……い、いやだって……っ!! その、ごめん……なんか、取れちゃったし」
「は? 取れた? 取れたって……一体何が取れ――」
生首がやっと自分の首から下を見た。
「…………は?」
そこで生首もついに己の状態に気付く。
「ぇ…………あの、さ。俺の胴体と身体、離れて、ね?」
「ごめん」
「いや。いや待て貴様。何がだ? 何がごめんだ?」
「その、つい、強く引っ張ったら……」
「引っ張ったら?」
「取れちゃった……首」
死因――強く引っ張ったから。
まるで冗談にしか聞こえないが、目の前で生首がある以上、誰も突っ込めず、重苦しい沈黙が場を支配した。
……が、当人からすればそんな所ではない。
「…………はあああ!? なんじゃこりゃああっ!? なにこれぇ!? ねぇなにれぇ! 俺、どうなってんの!? つかなんで俺まだ生きてんのッ!?」
「とっ、とにかく生きてるんだよなっ? 喋れるって事は死んでないよなっ? つまり人殺しじゃない、セーフ! セーフだよな? ぎりぎり間一髪セーフだよなこれ?」
「どう見てもアウトだろォッ! お、俺の首っ、首から下、ハナレ、バナレ! アウト!」
「いやほら喋れるし! 軽量化したと思えば――」
「思えねぇよ!? そっ、そんな事より戻せ! こんな意味がわからない状況なら、もしかしたらそのままくっ付ければ、案外元通りになるかもしれんッ!」
――いや無理だろ。
「あっ――てっ、天才かよお前っ! よーしっ、今、元に戻してや――」
完全にパニックになった太った騎士が、犬でも小屋に返す様な声で、レンバックの生首を元の身体の部分に置こうとした――その瞬間。
――くるっ。
「「――え?」」
レインバックの胴体。すなわち首の無い身体が一人でにその場で私の方へと急に勝手に反転した。
そして――。
――どかどかどかどかどかどかどかッ。
私に向かって生首を置き去りにして走り出した。
「おまっ、ちょ!?」
「俺の身体ぁっ!?」
置いて行かれた生首が叫ぶ。だがこちらもそれどころではない。
「――ッッッ!!」
あろう事か身体は私に斬りかかってきた。
「なんだとッ!?」
その剣を魔剣で止めるも――止まらない。
――重いっ!? しまっ、負けっ。
想定外の剣圧に押し切られ体に刃が食い込む。
だが魔剣ごと斬り伏せられる直前、気化を使い霧となって何とかかわした。
ただ霧のまま距離を取るも、私の頭は混乱している。
――何がどうなってるんですかっ!? しかも明らかにレンイバックよりも数段強いっ。なんですかこの異様な力は。それに……。
しかも首無しはよく見ると瘴気の様なものを発しており、感じる魔力も桁が違う。これではもはや人間では――そうか。
ふとレインバックの下半身の正体に気付く。それはおそらく。
「デュラハンかッ!!」
やはりレインバックは死んでいるのだ。
その上で首から下だけが魔物化した。それ以外に目の前の首無しを説明する道理がない。
だがそれでは生首が喋れているのはどういう……それに、死んでこんな短時間で、ここまで強力なアンデッドになるはずが――。
そんなことを思考しながら霧から実体化した直後、別方向から悪寒が走る。
振り返ると同時に宝石の棘と化した“膝”が顔面を掠めた。
「チッ――いい加減に当たれよ!」
「今度はトカゲかっ、貴方ももう限界でしょう!?」
すり違い様に魔剣を放つもやはり魔剣ではヤツの身体を傷付けられない。
――いやそれよりも、なぜまだ動けているッ?
「竜核を命として代用したなら、もういい加減死んでいるはず……っ!?」
「悪いが延長したんだよ! “お前を倒す間だけ”勇者様の力で――うおっ!」
不穏な言葉を発し終える前にトカゲの言葉はデュラハンの横槍にかき消された。
「って俺も標的かよッ――いやこいつ“時計”が狙いか!?」
横からトカゲとデュランの戦いを見ると、確かにデュラハンは執拗にその心臓だけを狙っている。
――どういうことです? デュラハンはレインバックが魔物化したもの……だから私への攻撃は復讐という動機がある。しかしなぜ、味方であるトカゲを狙う? ダメだ状況が二転三転しすぎて訳が分からない!
デュラハンが時計を狙う意思は一体どこから来ているのか。ただそこで……ある一つの可能性が浮かぶ。
――もしや誰かが死んだレインバックをデュラハン化させ、使役している?
“死を――”
不意に。
思考の中で長身のフード姿が私を見ていた。
それに気付いた瞬間、かつてない程に“恐怖”という感情が爆発した。
「……っ!?」
ただそのローブ姿は一瞬で露と消える。
「いっ、今のは?」
幻覚。そうとしか思えない一瞬の惑い。けれどデュラハンを見ると、何故か先ほどの筆舌し難い恐怖が蘇る。それは否応なしに先程の仮説を強くする。
――この学園にはまだ、得体の知れない第三の存在が、クラフトガンを凌駕する死霊魔術師がいるのか!?
「ッ、冗談でしょう? まさかこれ以上、まだこの時計塔に何かいるとでも?」
それが我々を何処かから監視しておりさっきの視線は――。
――ドォーンッ!!
そこへ不意に響く轟音。
まさに悪い事態は畳み掛けてくる。
「今度は何だっ!」
怒りに任せて叫ぶと一瞬だけ遅れて床が、塔が強く揺れる。
自然と収まっていた塔の揺れまでもが再開し始めたのだ。
「くっ、次から次に――なっ」
しかも揺れどころか…………明らかに視界が、塔が傾き始めた。
倒壊。
そんな言葉が脳裏をよぎる。それに気付いたらしいトカゲが、デュランを片腕で殴り飛ばして叫ぶ。
「まずいっ――ガキ共! 逃げろっ、もうこの塔はもたねぇ! 死にたくなけりゃあ今すぐ走れッ!」
その言葉を裏づけ様に再び轟音が響きまたしても視界が傾く。
「でもッ」
「邪魔だって言ってるんだよ阿呆!」
「っ、了解っすっ!」
それを受けて太った騎士が覚悟を決めて走り出した。
「——゛え。
……いや待て貴様。待とうじゃないか。おい。だからちょっとまて。まてッ、だからっ、俺の、俺の身体はどうす――身体あああっ!?」
一方それに抱かかえられながら、悲痛な叫びを上げて持ち去られる生首。
「いやいや、身体も大事ですがこのままじゃあ、あっし全員どうせペシャンコですよ! 生首あるだけでも良しとしておきましょうや!」
それに続き疑似聖剣を持った眼帯も続く。
「待ちなさいッ、この――行かせる訳がないでしょうッ!」
私もこれは見過ごせない。
三度目にして槍の様に鋭利に尖った先端が二人を貫くべく急伸する。
「やらせねぇよ!」
しかしやはりと言うか、疾走する魔剣は間に割って入った、宝玉と化したトカゲの皮膚に阻まれた。
「まだだ!」
なので、伸びきった魔剣を床へ振り下ろし、この下の階ごと潰す方向へと変え――。
「ッッッ!!」
「なっ!?」
が、今度はデュラハンが私へと剣を薙いできて、魔剣の起動を反らしてしまう。
そしてついに。
その隙に二人と一頭? は階段へ落ちる様に消え見えなくなった。
「……ええいっ! どいつもこいつも邪魔ばかりをッ! こんな所で揃って死にたいのですかッ!? もはや助かる道はありませんよッ!?」
「ハッ、こちとらもう死ぬのは確定してるんでなぁっ! 大した価値もなかった命だ。精々最後は勇者――いいや、夢ある若者の為に死んでやるさッ!」
「――ッッッッ!!!」
傾く塔。揺れる部屋。お互いに足元はまるで安定しないそんな中で。
ドラゴニュート。
デュラハン。
元教国最強。
倒れ行く塔の中で我々三人による三つ巴の殺し合いが始まる。
私の宝剣が、デュラハンの怪力が、ドラゴニュートの竜爪が激突し、階や壁ごと破壊していく。
――ギッ。ギギギギキギ……ッ。
けれどその戦闘の爪痕がさらに倒壊を加速させ、この階と周囲まで一緒に崩れ始めた。粉塵が舞い上がり視界を隠す。
いよいよ時計塔の傾きが緩やかながら止まらなくなってきた。
――ッ、最早一刻の猶予もない! こうなったら壁伝いにでも脱出をッ。
限界点。もはや倒壊は不可避。
そう判断し、迫るデュラハンの足元を剣の一つ、飛ばす斬撃たる飛剣で破壊する。
「――ッ!?」
「驚きましたか? 切れるカードの多さが長生きの秘訣でしてねっ!」
足場が破壊され、落下するデュラハン。
その肩を踏み台に残った唯一の窓へ飛び移り脱出しようとする。
「だから行かせるかァッ! テメェは俺と一緒に道連れだッ!」
「なっ!?」
が、トカゲが空中で私の腰に片手でタックルを仕掛けその重さで窓に届かず、辛うじて残った半壊した床に二人して転がった。
その合間にも塔はどんどん傾きを加速させ、そして――。
「このッ……なんて執念深いっ。ふざけるなよ!? 無名の竜人風情がッ、教国の根幹を成す一人であるッ、この私の命と釣り合うはずが――ッッ!」
「知らねぇなぁ! こっちは三十年間しらばっくれた約束があんだよ。その為にテメェは精々、死にゆく俺と一緒に、地獄行きだよザマァみろッ!!」
「断るッ! 私は死なん。死ぬのは貴様一人だッ、このッ――死に損ないのトカゲ風情があああッッ!」
そうして――。
私は竜人の巻き添えとなり、時計塔は倒壊した。
【学園グラウンド 騎士プティン】
『ああああッッ!?』
倒壊する時計塔の四階を降りている頃には、もはや倒れ始めていた。
そこから叩き付けられるより早く四階の窓からジャンプした俺達三人は、そのまま地上に投げ出される。
それでも何とか魔技を使ってダメージなく着地できた。
その直後。
背後から鼓膜が破けそうな程の轟音。
振り返ると巨大な時計塔が地面に倒れ砕け散っていた。慌てて隣を見る。
「無事か眼帯!?」
「な、何とか……何回殺されかけたか忘れやしたが、生きてます。ええ」
「そうか。いや危なかった。けどやってやったぜ俺達。間一髪だが、全員無事に逃げおおせ――」
「嗚呼、俺の身体があああっッ!?」
『あっ』
倒壊した塔に身体を置いてきた生首が泣き叫ぶ。
そういえば逃げることに必死で忘れていた。無事なんだろうか……。
“あり得ねぇ”
そんなとき、眼帯の持つ疑似聖剣とやらからヤツの声がした。
“あり得ねぇ! 負けたっていうのか!? 総長が? 引退したとは言え元教国の最強がか!?”
「ええいっ、うるさい!」
俺は眼帯から疑似聖剣とやら受取り、地面へと叩き付けた。
「聞こえてるんだろ死霊魔術師! アンタらが守っていた塔はこれでぶっ壊れたぞ! フハハハハッ、次はこの聖剣なんたらの番だ。散々してやられた恨みッ!」
そういって壊れた斧を振り上げ。
“馬鹿な……だ、だが、それでもこれは腐っても聖剣、テメェのような”
「必殺のぉ、アースバウンドォォォォォ!!」
渾身の一撃を叩き込んだ。
まるで時間が加速したかの様な感覚。その結果――。
斧が完全にバラバラになった。
しかし。
同時に疑似聖剣とやらもまた、バラバラに砕けた。
次の瞬間、魔力が周囲一帯へと迸る。
「けっ! …………これでちっとは役に立ったかロック・シュバルエ!! あとはもう……しらねー。疲れたっ!」
そう言ったのを最後に、俺は大の字で地面に倒れ込んだ。
【闘技場 隷属状態の冒険者科学生たち】
時計塔が倒壊した。
あの音が聞こえてから、ずっと体を支配され闘技場で殺されそうになっていた俺達。
それを助けようとしてくれた奴等が殺られていく姿を、ただただ、見ている事しか出来なかった地獄の様な時間。
それが不意に、呆気なく、終わった。
遠くで響いた大きな音と小さな揺れ。その直後、手に、足に、力と感覚が戻った。
「――ああ」
擦れた声で呟く。
視界が“自分と同じ高さ”に戻る。
右手、左手、右足、左足、全て感触がある。
見える。
動く。
話せる。
――俺は再び自分の体を取り戻した。
そう理解して無意識に周りを見渡す。
目が合った。俺だけではない。皆が皆、静かに、それぞれ回りのやつと目が合う。
けれど喋る奴は誰もいない。
しかしそれは、やがて一つの意思となって、ある一点へと向けられる。
巨大なゾンビ。
……その足元。
――アハハハハハハッ! アンデッド相手に相討っ? クハハッ、それじゃあ足りねぇんだよ!? 分かるか宿屋ッ! テメェーにゃあ経験ってものが足りてねぇ! だからオメーは戦略を見誤ったッ。
「……ッッ!!」
誰かが歯を食い縛る音がした。
隣で拳を握る音がする。
後ろで荒い鼻息が聞こえた。
――よくも。
抱いた感情は同じ。
考えていることは誰も口にしていないのに、分かり合えた気がした。
そして全員が死霊魔術師を睨み付けその内側に――。
「よくも――仲間をやってくれたな」
静かに、憤怒の火が燃え上がらせた。
各人の状況
『学園闘技場』
・ロック(宿屋の倅、プルートゥといちゃいちゃ)
・道化師プルートゥ(道化師、ロックといちゃいちゃ)
『学園時計塔』
・プティン(元パーティーメンバー、デブ、脱出し聖剣破壊)
・眼帯さん(元パーティーメンバー、認識阻害ギフト持ち、 脱出)
・総長(教国軍元騎士団総長、現状最強、生死不明)
・黒髪イケメン(本名レインバック、身体のみ行方不明)
・鬼神教官(ドラゴニュート、タイムリミットで時間回帰により死亡)
『日本』
・沁黒(暗殺者、千葉県木更津 光明寺)