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2-20 疑似聖剣



【時計塔最上部手前 プティン】




 時計塔の鐘を破壊すべく俺と眼帯は時計塔の最上階一つ手前まで来ていた。

 しかしそこに突然現れたのは、得体の知れないローブ姿の存在。


 明らかに俗世の者ではない。


 そのぼやけた姿でなかったら俺達は、想像もつかない地獄に陥っていただろう異常の塊。

 それがまるで神であるかの様に、俺達に“手”を差し伸べる。それこそ救いの手の様に。


 直感的に悟る。

 絶対にその手を取ってはいけない。人が人でありたいのなら絶対に。


 けれど何も抵抗できない。その場で声も出せず震えることしか出来ない。

 ただただその存在が恐ろしく、その神々しさが怖ろしい。


 そして手が近寄るに連れて足元でも変化が起こる。


 ――ポゴォ。


 足場から黒い液体が漏れる様に溢れてきた。

 まず、そこから腕が生えた。

 液体から肉の腐り落ちた腕が次々と生者を求めるかの様に生えてくる。

 それは段々と身体まで這い出し、やがて無数の腐乱死体が俺に叫びを上げながら纏わり付いてくる。


 悪臭と冷気。


 生とはあまりに程遠い死者達が全身に巻き付き、震えることしか出来ない俺の穴と言う穴に黒い液体が入り込んでくる。


 ――嗚呼……嗚呼嗚呼嗚呼ッ!?


 終わる。狂う。壊れる。


 精神が異形化していく。

 俺が俺だと分からなくなってくる。常識が、知識が、心が、道徳が溶けて混ざり捩れ合い自分が腐り落ちていく。


 ――た、助け……。


 最後に零れた心の声も擦り切れて、その手に救われる瞬間。


 ――え?


 時計が現れた。


“………やはり”


 一瞬、ローブの存在が今までとは違う感情らしきものが篭った声を漏らし、その手を止める。


 直後、時計から光が照らされ、俺の形を歪めていた黒い液体が逃げていく。

 纏わりついた腐乱死体達も絶叫と共に液体の中に消え、その液体も再び足元から吸い取られる様に消えた。


 ――助……かっ…………た?


 涙を流し、全身の筋肉が弛緩し、気絶しそうになる。

 そんな中、声が聞こえた。


“……のです”


 時計の放つ光の中に人の形があった。


 全てを飲み込まれそうになった俺達を救った神々しい光。


“……をやるのです”


 ああ、間違いない。

 目の前に浮かび上がる御方は、ローブと同じ神と呼ばれる次元の存在。


 光はやがて薄れ、その輪郭が浮かび上がる。


“……をやるのです”


 俺達をローブから開放した御方。

 彼は俺達に何かを訴える。それは神の啓示。


 その姿はまさしく――。


“宿屋をやるのです”


 ロックだった。


「なんでだよ!!」


 あまりの落差につい叫んだ。しかも神の啓示どころかただの就職勧誘である。


 ――ッ!?


 だがあまりのクソ展開にブチギレた結果、意識と身体が元に戻る。

 同時に時計も光も全てが消えて、目の前にはただ、ローブがいる。


 そう、ただいるだけだ。


「――ッッ!? おいッ!」


 再び動く様になった体で、隣の眼帯の腕を掴むと全力で下の階へと、転がり落ちる様に階段を降りた……。














【時計塔最上部付近 先代勇者 村松アキラ】




「ッッ!? おいッ!」


 再び動く様になったらしい身体でデブと眼帯がこの階から転げるように逃げ出した。


「あれなら大丈夫そうだな」


 先代勇者である俺、村松アキラはその様子に安堵の息を漏らす。わざわざ霊体として無理して外に出てきたかいがあった。


 ――俺は基本的にロックが持つ時計型の神器にいる。


 そもそも俺は霊体としてあの神器に取り憑いており、長く離れられない。一応、遠い距離でなければ離れることも可能だが、摩耗してしまうので極力しない様にしている。

 ただし例外はある。


 魔王の気配の察知。


 それはまさに今であり、俺はかつて国を一つ犠牲に送り返した、地獄の主の気配を感じ取り、単身で時計塔に来ていた。


 そこで目にした光景はある意味予想通り。ヤツの導きを、おデブちゃんと眼帯くんに掛かっているロックの祝福が弾いた姿。


 ただ一点、言葉を失うのは。


“…………いや、宿屋の祝福ってなんだ”


 時計塔の最上階手前から転がり落ちる様に走って逃げていった二人の学生。

 俺は彼等を見送りつつ、同時にあの二人を鑑定して溜息を吐かざるを得なかった。


 二人のステータスに輝く文字――宿屋の加護。


 目頭を押える。どこでどう間違ってしまったのか。

 彼等はロックが魂魄塑逆で蘇らせたメンバー。魂魄塑逆、と言うより覚醒時の時空間魔術は魔術ではない。


 ロック覚醒時の時空間魔術は正しくは神ノ権能――世界書換の力である。


 その中でも魂魄塑逆は魂に直接、神気が作用する。

 ゆえにまともにその影響を受けるとそれが祝福となり、正しい意味での“時空間魔術”の一つを、ロックから加護として授けられた形で各自が使える様になっていたのだ。


 この事実について少なくとも俺は把握していたがロックには伝えていない。


 しかし。


“普通、ステータス的に時空神の加護が正しいんだけどなぁ……”


 俺もかつて同じことをした経験がある。その時は決して宿屋の加護なんて阿呆な名前ではなかった。


“ロックが俺以上に時の力と相性が良すぎる結果か? つまりロックが授ける、だから宿屋の加護? だがそうなると、あいつの宿に止まる度に時空間の加護が……なんてことはないよな? よな?”


 若干、想定外の方向に変化し始めている力に、一睡の不安を覚える。――が。


 ま、いっか。


 俺は持ち前のポデシィブで思考を切り替え、むしろ、本当の問題と向き直る。


“――で? どこのバカだよ。このザックーガの残骸を利用しようとした底抜けの阿呆は”


 ぼやけたローブ姿の存在。

 これは決して本物の魔王ザックーガではない。その残りカス。されど魔王の片鱗。


 もし仮にこれが本物のザックーガなら、学園に生者はいない。


 その威光だけで学園程度の範囲内の生物は抵抗すら許されず即死。不死者に堕とされる。むしろ王国全ての生者が腐った不死者となる。例外はロックくらいだ。


 見ただけで死に導かれる存在。

 周囲にいても死を撒き散らす。死の概念。死の体現者。破滅の使徒。病魔の王。腐乱の根源……現れただけで破滅は必定。


 その――ひと欠片。


 だから洗脳程度で済んでいるのだ。というよりあれは洗脳でも隷属でもなく、魂を生者の体から摘出している状態。魂が体から乖離しているだけ。そこに別な魔術が付け込んでいるのだ。


“またお前と対峙するとはな。もっともお互い残りカス同士、直接的な干渉はできねぇけどな”


 目の前のザックーガの欠片と俺は、お互いに神気を持つゆえ、生者には影響できるが、互いに神格ゆえ影響を与えられない立場。


“……既に種は撒いた”


 不意に前回戦った際、殆ど喋った記憶のないローブが重低音の声を発した。


“なに?”


“怒りの芽はもうすぐ開く。灼熱の土砂が生者の魂を溶かし尽し、未来永劫嬲り続ける”


“待て、何の話だ? もし下の階にいるあの黒髪のヤツのことを言っているなら、あれは()()だ。テメェとロックで、ある意味最悪だが、とにかく分けだ。お前は半分しか導けなかった”


“否、先代の現有惑星下生命体の覇者、人神にして守護者よ。我が導きの種を撒いた者は貴様の力に由縁する者ではない”


“は? だったら”


“神ノ器を持つ存在はもう一人いる”


 ――。


 一瞬、絶句した。

 考えられなかった。この都市にもう一人、ロックと同じ存在がいるなど。


“かつて我が殺し尽くした、万物の力を司る者達――精霊王と名乗った奴等の亡骸で作られた神器を持つ者。彼奴は既に我が導きを受けた”


 それだけ言うとローブの姿が薄れていく。


“おい待てッ! テメェは――”


“炎熱と大地の力を持つ神器は、我が怒りと力に染まった。あとはその溶炉が灯るのを待つのみ……神罰は近い”


 最後にそう言い残し消え去る宿敵の欠片。それに俺は叫び。


“っ……ハッ! 問題ねぇわ。こっちはこっちでなぁ、神すら屠る宿屋がいるんだよッ!”


 豪快に中指をファックしてやった。













【時計塔上層部 下の階に逃げたプティン】



「い、生きてる……眼帯?」

「……え、ええ……」


 満身創痍。


 時計塔最上階手前にてローブの存在と出くわした俺達。

 あまりの恐怖から下の階へと必死に逃げたが途中で限界に達して、壁際にもたれ吐いていた。気付くとパンツもびっしょりである。


 ――っ、一体なんだあのローブは。


 何故かロックのせいで全て打ち壊されたが、一歩間違えればどうなっていたか考えたくもないくらい、ヤバかった。


「…………う、動けるか?」

「…………なんとか」


 その後、俺達は手足の震えと吐き気が収まるのを待って動きだした。

 とはいえ、絶対に上へは行きたくない。あれは無理だ。教国が何を仕込んだのか知らない。けれどあんなもの、ドラゴンよりも下の総長よりも遥かに恐ろしかった。


「戻ろう。俺達にはやっぱり、無理だったんだ」


 塔の攻略はこれで完全に失敗した。


 教官達がどうなっているかは分からないが、あのローブがいる以上、例え光の勇者がいてもどうにもならないだろう。


 ――俺達の努力は何の意味もなさなかった。


「…………」

「…………」


 その事実に俯く他にない。


 このままでは捕らわれている学生達の解放は不可能だろう。

 ロックの方もこのまま援護がなければどうなってしまうか分からない。もしかしたら既に危機的な状況かもしれない。


「このまま戻って、いいんですかね?」


 思わずと言った風に眼帯がこぼす。


 ――良いわけがないだろう!


 そう叫びたかったが、口から出た言葉は全く別のものだ。


「……じゃあ、お前、あのローブをどうにかできるのかよ」


「それは……」


 分かっている。

 互いに分かっているのだ。それが不可能だということも、また、不可能だからと言って諦めて良い状況ではないことも。


 けれど再び最上階に上がることはただの自殺と変わらない。


「すみません……余計な質問をしやした」


「いや……」


 もはやどうにもならない。

 結局、俺は英雄でも何でもない。所詮は食いっぱぐれた男爵家の三男坊なのだ。


 そこからまた二人とも無言だった。


 重苦しい事実に打ちひしがれ、どうしうよもない無力感と失意の中、後はただ階段を降りるだけ。


 そんな、時だった。


“ハハッ! アンデッド相手に相討っ? クハハッ、それじゃあ足りねぇんだよ!? 分かるか宿屋ッ! テメェーにゃあ経験ってものが足りてねぇ! だからオメーは戦略を見誤ったッ”


 ――いきなり壁からイキった声がしたのは。


「え?」

「はい?」


 二人して出所へ目を向ける。


“あと三十回はニッゲル・バッゲルを再生させる魔力を俺は持っている。くっ……くははははっ、厳密に言えば、それだけの魔力を、俺はパスが繋がっている疑似聖剣から引き出されるのさ!”


 それは階段の途中にある壁の中。

 そこから滅茶苦茶イキッた感じの男の声が聞こえてくる。


 そう、壁だ。

 何もないはずの場所から関わらず響く声。


「……なにこれ」

「……さぁ」


“そうだ。なに、ようはただの魔力タンクだ。この学園に隠した疑似聖剣が破壊されない限り俺の量は魔術師百人分、ほぼ無尽蔵に引き出せる……つまりッ!”


 思わずお互いに顔を見合わせる。

 おもむろに眼帯が無言で壁を調べ始めた。


“ここにいるアンデッド共は、俺と擬似聖剣が健在である以上、何度倒されようが復活するって寸法だ。ははっ、つまり最初からテメーらに勝ち目なんてなかったんだよ……踏み潰せニッゲ――”


 ――カチャ。


「あ、開きやした」

「マジかよ」


 そんな音と共に壁が引き戸になっており、スーっと横にスライドしていく。

 すると物置の様な小部屋が出てきた。


“残念だったな宿屋。まぁ元々、テメェが俺に勝てる可能性は限りなくゼロだったって話だ。英雄譚も終いだ――死ね、ロック・シュバルエッ!”


 その中にあったのは……。


“アハハハッ! 分かったか? 俺には疑似聖剣がある以上、アンデッドは無限に沸き続ける! もはや誰にも俺を倒す事は出来ないんだよオッッ!”


 そう叫ぶ。


 剣が一本。


 刺さってた。



アキラ「五・七・五かよ」





各人の状況

『学園闘技場』

・クラフトガン(死霊魔術師 勝利を確信)


『学園時計塔』

・プティン(元パーティーメンバー、デブ、隠し部屋を発見)

・眼帯さん(元パーティーメンバー、認識阻害ギフト、隠し部屋を発見)


『日本』

・沁黒(暗殺者、新宿の雑居ビルにて集団土下座される)



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