2-18 崩壊(時計塔Side)
学園編が残り少ないので決着するまで隔日で投稿します
【時計塔最上部 プティン】
――なんだこれ?
時計塔の最上部。
鐘の破壊という目的の為に俺と眼帯はそこまでやってきたのだが……。
「革、だと?」
次の階の入り口に革が張っているのだ。
おかげでこれ以上、上の階に登ることが出来ない。
「ちょいと失礼しますよ」
そういうと眼帯が革を触って調べる。
「これ……鮫肌? しかもこの硬さ、もしかしてタイラントシャークの……」
だが次の瞬間、革が開いた。
――あ。
眼帯が声を漏らすのとほぼ同時に、鮫肌の革は眼帯を飲み込む。
ワンテンポ遅れて俺も手を伸ばす。けれどこのタイミングで間に合うはずもなく、革は閉じられ――かと思われた。
ギュンッ、と俺の世界が加速した。
間に合うはずもなかった手が届き、眼帯を掴むと瞬時にこちらに引き戻す。
思わずそのまま二人して階段を転がり床に投げ出された。
「ぐへっ!?」
「あたっ、がっ、ぼへっ」
二人して階段から落ちて床にうつ伏せになる。途中から無意識に魔技で体を強化したので、何とか体は無事だったが、慌てて背後を振り返った。
しかし革は何事もなかったかの様に元に戻っている。
「あっしとしたことがトラップを見抜けなかったとは……にしてもありがとうございやす。よく掴めましたね?」
「え? ああ、いや……??」
なんだろうか。今、俺の手が一瞬加速したような……。
魔技なんてかけている暇もなかったし、むしろ今のは、そうだ。ロックの動きみたいだった気がする。
「しかしここを抜ければ、鐘なんですがね。何とかなりま……ん? あれ? 鐘の音がする?」
眼帯が立ち上がり、上を見つめる。
「は? 鐘の音ってなんだ。何も聞こえないぞ?」
「いやいやいや、なんか、こう、クグもった音が聞こえやしませんか?」
「そんな馬鹿な――」
――ァ――ァ――。
んっ?
不意に耳が高い、何かの音を拾う。
鐘? これが?
確かに鐘の音と言われれば、そんな気も何故かする。けれど同時に明らかに違う音にも聞こえる。
なんだこれ。
“見YU”
「――ッッ!?」
「――ひっ!?」
不意に脳に直接、地の底から響く様な人とは思えぬ声が響いた。
なんだ。
なんだ今の声は。
“匂UZO SEI者AN”
だが次にその声がしたのは背後から。
――やばい。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、血液が凍りつき、皮膚が泣き叫ぶ。
下で対峙した総長の比ではない。あれが可愛く思える程の存在。
違うのだ。今、自分達の背後からする声の主は根本的に次元が異なる。
“死”だ。
死という概念がもし生物として存在するなら、それはきっとこの背後の存在だろう。
教国軍どころではない。下で起きている総長と教官の戦いすら目の前の存在をもってすれば全て瞬時に終わるのが分かる。
不意に自分の体が後ろに振り返る。
――やめろッ!
そう叫ぼうにも口は動かず、気付くと体は勝手に動いていた。
見たくなかった。見たら死ぬと思った。
けれど、幸運なことにそれはなぜか“ぼやけて”いた。
だから発狂せずに済んだ。そうでなかったら、今すぐ自分の喉を掻っ切ったか、塔から飛び降りただろう。
“――死は、そなた等を歓迎しよう”
突然、目の前の存在――この縦に長い時計塔の部屋で屈む程の高さの、ローブを着た“何か”。その声が聞こえる様になった。
男とも女とも子供とも老人ともつかぬ声。
そうしてローブの何かはゆっくりと俺達に手を伸ばしてくる。
“怒りを。怒りを滾らせるのだ。我と共に”
拒むことは許されない。
例え目の前の存在が紛い物による姿でも、そのおぞましい程の嫌悪感と、思わず直視することさえ不敬に思える神々しさは偽りなく本物。
――導かれる。
なぜか脳裏に浮かんだ言葉は、目の前の存在からは考えられない言葉であった。
そう、まるで、目の前の存在が神があるが如く。
“このザックーガの手を取るがいい”
【時計塔上層部 レインバック(黒髪イケメン)〕
――本当はずっと目が覚めていた。
時計塔内部。
学園の教官と俺の恩人による殺し合いが繰り広げられている
それを尻目に上の階へと消えたデブと眼帯によって俺は今、壁際に寝かされていた。
ただ、本当はずっと起きていた。
ポーターに騙まし討ちされた直後、武器を奪われた所で既に目が覚めていたのだ。
“最初からどちらに転ぼうが、学生と君達には死んで貰うつもりですよ”
だからこそ聞いてしまった言葉。
最初から俺の命の恩人は、俺との約束なぞ守る気もなかった。
――やっぱりな。
しかし自然と浮かんだ言葉は、諦念。我ながら矛盾していると思う。その男の指示に従いながら、信じていなかったのだから。
“手伝えば学生達は見逃しましょう。そしてゆくゆくは祖国、教国で処刑された家族の汚名を晴らし、貴族に返り咲かせて差し上げます”
そんな上手い話がある訳がない。それは頭では理解していた。
では……分かっていながら甘い夢を見てしまったのか?
――違う。
俺はただ、ただ怖くなったのだ。
幼き日に憧れだった父が、優しかった母が、守らなければならなかった妹が、冤罪で捕縛され処刑台に送られた日。
俺も共に送られる運命だった中で、一人救い出してくれて、王国へと亡命させてくれた恩人を疑いたくはなかった。……いや、正しくは疑うことが怖かったのだ。
この国に連れてこられた日、彼と別れる際に一つどうしても聞けなかったことがある。
なんで僕だけを助けてくれたんですか?
奇妙な問い。
謙っているようで責めているかのような言い方。
特に恩人――騎士団長を務めていた父の上司であった総長のことは、父からよく聞かされていた。
非常に合理的な人間だと。そして義理深い。――ただ、自分自身を何処か他人の様に見ている人だと。
そんな人が俺を助けてくれた時は素直に感謝した。
けれど時間が経つに連れて、あの別れ際に浮かんだ質問は大きくなっていった。
なぜ俺だけを助けたのか。
同情ならば妹を見殺しにしたのは何故か。
打算があるなら何故、俺を今の今まで放置したのか。
だから彼は善人であると信じようとした。
俺を助けてくれたのは、弟子の死に心を痛めたからだと。素晴らしい人だからと。
――しかしそうではなかった。
「終わりです」
「このッ――がはぁッ!?」
白剣がすれ違い様に踊る。
激闘の最中、総長と教官が交錯した後、教官が口から大量の血を撒き散らした。
――浸透剣。
一切の防御を無視して中身だけを切り裂く、総長の持つ七剣の一つ。
あの剣の前では例え金剛石の皮膚であっても、何の意味もなさない。
崩れ落ちる教官。
いくらドラゴニュート、それも上位種である宝石竜の眷属であっても、年老いたとは言え教国軍ひいては大陸中の剣士達の頂に君臨し続けた男を倒すことは叶わなかった。
「手間を掛けさせる」
総長は倒れて動けなくなった教官の元へ歩みを進める。
トドメを刺そうとしているのは明白だ。
あの戦い中にはどう考えても入れなかった。しかし今なら……。
俺は教官の姿を見て――捨てられた黒剣を拾い気付かれない様に立ち上がった。
けれどそんな俺に総長は振り返りもせず告げる。
「…………やはり、血は争えませんねレインバック」
「っ、気付いていたんですか?」
「ええ。立ち上がらない理由も含めて。それで、話は聞いていましたね? この学園の生徒を見捨てて私の手を取るか、ここで死ぬか、どちらに決めたんですか?」
唇を噛む。
全て見透かされたその物言いが酷く心をざわつかせる。
「卿。卿はなぜ俺を――僕をあの日、僕だけを助けてくれたんですか?」
しかし出てきた言葉はそのどちらでもない言葉。
十年越しの問い。あの日、どうしても聞けなかった理由。
総長が静かに振り返る。
「――頼まれたからですよ」
その言葉に少し安堵した。彼はただ、父さんの頼みを聞いただけ。
彼はやはり――。
「貴方の父親が暴こうとした教国の暗部……死霊の魔王“腐り落とす者”についての資料を、どこに隠したのか。貴方の命と引き換えに、喋らせた結果です」
「――え?」
言っている意味が理解できなかった。
魔王ザックーガなんて聞いたことがない。けれどもっと意味が分からないのは……。
「教国が数百年の歳月を掛けて秘密裏に追い求めたのは、再び降臨するザックーガを如何にして討ち果たすか。その為にあらゆる非人道的な実験や開発を行ってきました。今こうして我々が起こしているこの侵略戦争すら、あの悪魔から教国の民を逃がすために仕方なく起こしているのですよ」
その集大成の一つが紅蓮騎士なのです、そう彼は説明を続けるが俺には何一つ理解出来なかった。
教国が追い求めたもの? 魔王ザックーガ? 非人道的実験と開発?
――そんなものはどうでもいい。
そんな事よりも俺が、俺が理解出来なかったのは。
「貴方の父親はその方針に賛同しなかったのです。あまつさえザックーガの情報を各国に流して共有し、共に立ち向かうべきだ、と……だから」
だから、どうしたと言った。
「私が師として、貴方の父とその家族を処刑台に送りました」
思考が止まった。
俺はきっと、自分は利用されているのだと思っていた。
けれど口から出てきた言葉は到底、受け入れられるものではなかった。
「ま――待て。待ってくれ。それは卿、冗談、ですよね?」
「事実です。国家反逆罪をでっち上げたのも私です。無論、弟子を殺したくはありませんでしたが、致し方がなかったのですよ……と、そんな話をしてもツマライですね」
「……」
「ああ、でも、ちなみに貴方を生かしたのは、取りこぼした情報を持っているかどうか、その確認も兼ねていました。監視には気付かなかったでしょう? 逆に今回の作戦に声を掛けたのは私なりの慈悲なのです――が、それも無駄でした。貴方はあの下らない男と同じでした」
――ッッ!
あの下らない男、父を侮蔑する言葉に現実感のなかった脳が、一瞬で沸騰する。
「ふっ、ふざけるな……ふざけるなッ! そんな訳の分からない理由で、どうして父さんをっ、俺の家族を殺したァッ!?」
「祖国の為に」
全身の血が煮え滾る。
怒りの赴くままに、剣の握りが砕けるんじゃないかという程に握り締める。
「貴様ああああああああああッッッ!」
無意識に駆けた。
全身を巡る憎悪に突き動かされ、目の前の怨敵を斬り伏せんと、黒剣を振り被り――。
「自惚れるな。お前が父に生かされただけのこと。そして」
銀星が走った。
「――それさえも今、全て無駄になった」
――気付くと俺の視界は宙に浮いていた。
信じていたのに……信じようとしたのに……絶対に、絶対に貴様だけは赦さないッ!
激情に支配され、回る視界の中で“首のない誰かの身体”を見ながら吼える。
――殺してやるッ! 貴様だけは必ず殺してやるッ!!
叫ぶ。
魂が擦り切れる程に叫ぶ。
けれどなぜか声が出ない。崩れ落ちる誰かの身体。
視界までぼやけてくる。
ちくしょう!
父のッ、母のッ、妹の仇ッ!
そんな俺の憎悪には目もくれず、怨敵は歩みを進め、動けなくなっていた教官の前に立つ。
同時に何故か俺の頭が地面にぶつかって跳ねた。
――待てッ! 待……てよッ……こっ……だ……お前……の相手は…………殺……のは……。
悔し涙なのだろうか。
ぼやけた視界に映った最後の映像は、剣が振り下ろされる姿。
――ああ……っ、リジェ! 父……! ……ん! 俺は……お……っ!
ただ願う。
心から願った。
もし神がいるならば、どうか、どうか、もう一度だけ俺に――。
けれど。
――カチリ。
そんな音がした直後、動けない教官の心臓が潰された。
その光景を最後に、俺の意識は消えた。
水曜に闘技場Sideを投稿します
各人の状況
『学園闘技場』
・ロック(宿屋の倅、死闘中)
・ペッタンさん(元パーティーメンバー、エルフ、ゾンビ撃退中)
・メイド組長(冒険者科元最強、負傷中、満身創痍)
・クラフトガン(教国軍、帽子男、死霊魔術師)
『学園時計塔』
・プティン(元パーティーメンバー、デブ、☓☓☓と邂逅)
・眼帯さん(元パーティーメンバー、認識阻害ギフト、☓☓☓と邂逅)
・鬼神教官(元ロック達の引率、半人半竜、総長に敗れ心臓を潰される)
・黒髪イケメン(元パーティーメンバー、恩人と敵対、首を刎ねられ死亡)
・総長(教国軍工作員トップ、黒髪イケメンの恩人にして仇、元騎士団最強剣士)
『学園内で不明』
・プルートゥ(ヒロイン、道化師、闇の聖女)
・神官ちゃん(元パーティーメンバー、性女、神輿で進撃中)
『日本』
・沁黒(暗殺者、浅草にて式神との戦闘突入)