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2-15 学園開放狂想曲


【学園時計塔内部 ロック・シュバルエ】




「ふははッ、吹き飛べ骨々野郎!」


 プティンのフルスイングで、塔の中にいたスケルトンが吹っ飛んでいく。

 清清しい程のパワープレイだ。


 現在、俺とプティンは眼帯さんと合流した後、三人で隷属魔術の発動拠点の一つ、学園内にある時計塔に侵入していた。


 一応、俺達は帽子を被ったりと変装して、塔の入り口にいる工作員と接触したのだが、割符の効果か眼帯さんの力なのか、あっさりと中に入れた。

 それから半分くらい階段を進むとアンデッドが出現し戦闘になっている。


 ……なのだが正直、警備が緩すぎると思う。帽子男でも出てくるのかと思ったが、その様子もない。

 しかも今はプティンが頑張っているので、俺達の出番が殆ど無い。


 ……その他にも気になるのが。


「ねぇ眼帯さん。プティンの斧、どう見ても急加速してますよね?」

「え、ええ。魔技の青い輝きもないのに、突然、斧が加速してまさぁ。あと敵地なんでいちいち声を上げるのはちょっと……」


 頬を引きつらせ、胃を押える眼帯さん。

 彼にもプティンのあの異常なスウィングの速さが分かるらしい。


 ――あれ、どう見ても俺の第二位階の時間加速だよな?


「ふはははははははっ! なんだなんだ! 来る途中にくすねて来た斧だが、随分と切れ味がいいな!」


 そりゃ残像が見えるくらいの速さだし……ってか俺のせいなのあれ? バフなんて一回しか掛けてない。永続効果な訳もない。なのにどうしてプティンは自覚なく、時空間魔術を操っているのか?


「……謎だ」


 もしかしてプティンも真の勇者とか?

 いやー、だったら代わって欲しいけど……話と食い違うしなぁ。うーん。


 そんな風に俺一人が悩み眼帯さんが胃を押え、プティンが高笑いしながら塔を昇っていった。


「よしっ、そろそろ鐘の場所に着くぞ!」


 結局、プティンの快進撃もあって塔のアンデッドを駆逐しながら、ついにあと数階という部屋まで俺達は昇ってきた。

 ここで階段は途切れ、反対側にある時計内部へと繋がる別な階段へ移る様だ。


 なおここまで来る途中、上がってくる工作員もいなければプルートゥさんもいない。

 あまりにアサッリしすぎて逆に怖いくらいだ。


「おいロック。鐘は破壊しちまっていいんだよな?」


 一休みとばかりにプティンが斧を床につけると、デップリとした腹を擦りながら聞いてくる。


「ああ。仕組みは分からないけど、鐘を破壊すれば――」

「上ですッ!」


 突然、俺の隣にいた眼帯さんが叫ぶと同時に、銀色に煌く何かを投擲した。


 ――キィン。


 高い金属音を響かせプティンの頭上でそれは何かに弾かれたが、そのおかげでプティンは転がりながら振ってきた剣を避けた。


「あ――ぶねぇっ!?」


 ぐるんっ、と一回転して床に転がったプティンが再び斧を構える。

 俺も剣を抜き、降って来たもの――黒い剣を握るフードの人物と対峙する。


「…………ん? あの剣」


 だがその黒い剣を見た瞬間、何処かで見た記憶がある。

 そうだ。あの剣は――。


 不意に向こうも気がついたのかフードを取って叫ぶ。


「貴様……ポーターのロック・シュバルエっ!? しかも沼の森で同じパーティーだったあのデブ騎士と骨格の歪んだ眼帯まで! 貴様等、こんな所で何をしているんだ!?」


「あっ、あなたは……っ!?」


 そこには短めの黒髪をした偉丈夫、そう黒髪イケメンがいた。

 そう本名……あれ? 本名……ええと……本名って。


「あの、誰でしたっけ?」


「なんで俺が覚えているのに貴様の方が忘れているんだッ!」


「いやだって、お前自己紹介の時に自分だけ名乗らなかったじゃん」


 プティンの冷静なツッコミで思い出した。

 そうだこの人、最後まで名乗ってないぞ。


「そんなはずはッ! ……あったな」


 ……。

 なんだか微妙に絞まらない空気になった。


「ま、まぁいい。それより貴様等、こんなところで何をしているんだ? 隷属魔術下にあるはずだろうポーター」


「いや、それがお……僕とかプティン、眼帯さんは無事みたいですよ?」


「なんだと?」


「でもあなたも同じですよね? そもそもここにいるって事は、この塔の時計を破壊しに来た訳でしょう」


 少なくともそうでなければ、こんな所にいる説明がつかない。


「――それは違うぞ」


 しかし彼はハッキリ否と答えた。


「俺はここでこの塔を守っている。貴様等の様な輩を通さない為に」


 思わずプティンと眼帯さんと視線が交錯する。

 ――これは何の冗談なのかと。


「つまり、だ」


 プティンが黒髪イケメンを睨みつけながら立ち上がった。


「お前は教国軍で、俺等の敵ってことか?」

「違う!」


 え? 違うの? なに、どういこと?


「俺が教国軍に協力しているのは事実だ。だが彼等はこの都市に対して害意はない」


 は? え? 全裸の少年を追い回して槍とか足場投げたり、投石器で潰そうとしてきたり、影使いの暗殺者を寄越したり、でかい骸骨で叩き潰そうとしたりすることが……無害?


「すみません、ちょっとなに言ってるか分からないです」


「だから! 俺は……その……昔、教国にいたんだが、そこで世話になった人が今回、この都市の制圧に関わっている」


「だからなに?」


「その人の話では、今回の制圧は光の勇者を誘き寄せて殺す為のものなんだよ。だから住民に対してどうこうしようとする意思は無い。むしろ抵抗することの方が危ないんだよ!」


「????」


 あれ? なにこれ? もしかして洗脳でもされているのかこの人?


「いや、それはおかしいだろう……敵国を制圧して放置なんて意味が分からんがな」


 なんだかプティンまで面倒臭い者を見る目に変わっている。


「違う! 殺す事の方が手間なんだ! だから事が終わればこの都市は放置される。それにもし殺す気ならこんな面倒な事をせず、普通に皆殺しにすればいい」


 そんな訳がない。

 こちとら尋問の結果、計画の概要……人間爆弾まで聞かされているんだ。


「……そうは言いますけど、だったら普通に暗殺で良いじゃないですか。それこそ都市を落とす意味がない。それに僕、彼らから住民に魔導具や呪術やら仕込んで人間爆弾にするって、とんでもない計画を聞かされているんですけど」


「ばっ、そんなはずは……」


 ない、と言い切らない黒髪イケメン。

 大丈夫かこの人? 明らかに様子がおかしいというか、なんでこんな変な思考になっているんだ?

 母国を信じたい?

 いや、そんな風でもない。それとも懐柔された?


「まさか貴族にでもしてやると言われましたか?」


 黒髪イケメンの瞳が露骨に揺れる。その様子に他の二人も目を細めた。


「黒髪さん」

「お前、まさか――」


「違うッ! 違うっ、確かにそういった話はされた! けれど俺だって内容を聞いて断ったんだッ! だがっ、だが……あの人は俺の恩人で約束してくれたんだっ! 少なくともこの学園の生徒には手を――」


『あー、あー、聞こえるかゴラァ!? 闘技場を見ろクソ餓鬼共ォッ!』


 黒髪イケメンの弁明を遮り突然、塔の外から反響した様な声が聞こえてきた。

 聞いたことのない男の乱暴な声。拡声魔導具を使った音声に間違いない。

 俺達は顔を見合わせ窓に張り付くと――そこから見える闘技場を見た。


『塔に何人かいるのは分かっている……宿屋ッ! 道化師ッ! デブッ! テメェら教国に叛旗を翻す馬鹿共に告ぐッ! これから闘技場にて、大事な大事な友達ってヤツを甚振って殺すッ! 即座に投降するなら命だけは助けてやる。だが遅れれば遅れるだけ――ガッ――ガガ――ってのよ! 聞こえてるポーターっ!? アンタは助けに来ようなんて考えなくて良いからねっ! 弱っちいアンタが来ても無駄死によ! こっちは何とかする逃げなさいっ! あ、デブは少し頑張りなさい! いい!? 絶対に来ては――ガッ――ガガ――せぇて、言ってんだよこのクソアマッ! ったく、とんだじゃじゃ馬だぜ……って訳だ。逃げ回ってねぇで姿を見せなきゃ、このクソアマの両足を一本ずつ引っこ抜く。じゃあな、テメェの勇気に期待してるぜポーターくん?』


 そういって拡声された声は途絶えた。ってか今の。


「……もしかしてペッタンさんの声?」

「ペッタンさん? ああ、あの同じパーティーにいた、貧乳通り越して無乳の弓使いのことか。しかしデブって俺のことか?」


 だがちっょと待て、あのパーティーは俺とプティン、眼帯さん、黒髪イケメン、神官ちゃん、ノッポさん、ペッタンさん、優男がいた。つまりメンバーのうち五人が無事。


「もしかして沼の森で襲撃を受けたあのパーティーメンバーだけは、なぜか隷属魔術が掛からないのか? これはいったいどういう事だ?」


 黒髪イケメンですら困惑している。

 そうだ。なぜプティン達には効かないのか。


 隣で眼帯さんも訝しみボソボソとしゃべる。


「まさか弓使いの彼女も覚醒状態? ならいよいよあのパーティーは全員無事って可能性も……となれば“奴”も現在、野放しなのか? 最悪だ……まぁ今はそんなことより、さっき生徒には手をー、とか言い掛けてましたが、まださっきの話を続けます黒髪さん?」


 眼帯さんが、卑屈な笑みを浮かべで黒髪イケメンを見る。俺達も彼に目を向けた。


「……ち、違う。そんなはずは……あの人は確かに、手を出さないと、約束してくれたんだ……じゃないと、そうじゃないと、俺はあの人と……」


「あの、大変混乱してる所、悪いんですが今の話を聞いてここにいる訳にも行きませんって。早く鐘を破壊しましょう! そうすれば闘技場で捕まっている学生達も戦力になりますから!」


 そうだ。こんな所でこのイケメンの言い訳を聞いている時間はない。


「だからっ、それが無理なんだよ! お前等は分かってないっ、あの人がいる限り学生全員集めたって皆殺しにされる末路しか有り得ないんだよッ!」


「だーっ! いい加減にして下さいっ。あなたもさっきからあの人、あの人って一体――」


 そんな風に尋ねた時だ。


 ぞわっとする感覚と共に俺の体に線が走った。


 ――え、なにこれ?


 そう呟くより早くその線が、爆発した。


「え――ロック!?」

「馬鹿なっ、生物の気配はなかったはず!?」


 プティンと眼帯さんの声が遠ざかる中、衝撃で体が二転三転した後に背中に衝撃が走る。


「――がはっ!」


 肺の空気が勝手に漏れて、むせ返る。痛みで思考が鈍い。

 ――なんだ今の? 明らかに、線をなぞって強烈に叩かれた様な……。


「おや? なんで真っ二つになってないんですかね?」


 ――コツンッ、コツンッ。


 叩きつけられた壁際で、思わずその足音の主を見た。

 静かに上の階段から降りてくる初老の男。


「あっ……そ、その……こ、これは」


 黒髪イケメンは明らかにその男に――怯えていた。

 燕尾服の様なキッチリした格好をした、白髪交じりの黒髪をオールバックにした剣士に。


「ああ、君が尽く我々の邪魔をしてくれた宿屋の倅くんですか? すみませんね。確かに一刀で両断したつもりだったのだけど……どうやら腕が鈍っていたらしい」


 初老の紳士は帯剣したまま、一切の抜剣の様子も見せず、氷の様に冷たい顔を無理やりに微笑ます。


「私は現在、この侯都を制圧している部隊の指揮をしております、元教国軍総騎士団長――すなわちかつて教国軍全騎士団の上に立った者、バルトス・メラと申します。気軽に元総長とでもお呼び下さい。そうそう、これでも現役は引退致しましたが、教国軍、いえこの大陸でも最も強い剣士で通っておりましてね……と申してもあまり伝わらないですか。でしたら、ああ、そう」


 視界に映る存在は間違いなく、今回の制圧に出てきた教国軍のボスにして最強格。


 その所作だけで、全身が凍りついた。

 脳裏に浮かんだ思考はただ一つ。


「――光の勇者に単身で勝てる強さと言えば、伝わりますか?」


 今はまだ、この男には決して勝てない。















【学園闘技場 死霊魔術師クラフトガン】





「ったく……こんな感じで良いか」


 学園の闘技場。

 骨で作った台座の上から俺は拡声用のラッパの様な魔導具を部下に渡す。


 これで今、時計塔にいるこの学園に潜んでいる奴等には伝わっただろう。塔からこちらに来るか、他所にいる奴等が来るか。

 ただ正直、塔の方は心配していない。


 なにせ総長バルトス・メラがいる。


 あの人だけはいくらアンデッドをけし掛けても殺せるイメージが沸かない。


 だが取りこぼしがあっても困る。

 ここは確実に行きたい。なにより敵は既に手柄を立てている。トウシロじゃねぇ。


 ――なら全ての準備を施したこの場所で迎え撃つのが万全だろうな。


「つー訳だ。これからどうなるか分かってんなクソアマ?」


 俺は部下に一度は取り押さえられ、無様に転がっているエルフの少女を見た。

 拘束はしていない。

 だが周囲はゾンビと骨、そして兵士に囲まれている。逃げ場などない。


「分かっているわよ」


 さぁここからは徹底的に嬲ってやる。精々泣き叫ぶがいい。


「そうかい。だったらそんな口が二度と聞けない様な目に合わせてやるぜ?」


「ふんっ、まどろっこしいわねっ。こういう事でしょう!?」


 そういって小娘はいきなり着ていた狩人の様な上着やズボンを脱いでいく。

 最後は羞恥心に頬を染めながら、下着まで脱ぎ去った。


 つまり全裸だ。


「……ほぉ?」


「こっ、これで手間は省けたでしょう!? さぁ、さっさとしなさいよ。ただし……全力で抵抗させて貰うけどねッ!」


 そう小娘は全裸になってなお、こちらを睨みつけ叫んだ。


「なるほど見上げた度胸だ」


「なによっ! まずはアンタからって訳!? しょ、処女は一番偉い俺様が頂こうっては――」


「まぁ俺はただ、拷問するだけで抱くつもり全くないんだけどな」


「ら積りなんで――え?」


 全裸の小娘とジトっとした目を向ける俺の間で視線が交錯する。

 物凄く気まずい沈黙が降りた。


「え? いや、あの、普通……え、しないの?」


「する訳ねぇだろ。まだ敵いんだぞ。やってる最中に襲われたらそれこそお前、アホ丸出しだろう」


 動物だって交尾するタイミングと場所は選ぶわ。


「――」


 オイこいつ反論したら、確かに! 見たいな顔してきやがったぞ。


「そもそも、俺は巨乳派なんだ。貧乳所か無乳って」


「……なっ、なによ!? 私は手を出す魅力もないって言うの!?」


 なんか少し涙目である。んなこと俺に言うなよ……敵だぞ……。


「エルフって顔立ちはいいけどよ、彫刻みてぇじゃねぇか。芸術作品としちゃあいいが、手を出したいかと言われても別に……お前等は?」


 思わず部下の方を見る。


「え? まぁ、嫌ではけいど……」「なんか綺麗だけど違うんだよな」「守備範囲外だわ」と散々な意見が返ってきた。

 よく見ると小娘がプルプルと震えている。


 ――面倒くせぇ女だな。


 とりあえず同情心が沸く前に、さっさと痛めつけないと手間だ。


「おい、襲え」


 俺は近くにいたゾンビ達に命令する。


「まさか……死体と!?」

「なぁっいい加減そのピンク色の頭から離れろや!?」


 だが冗談はゾンビに通じない。奴等にとって目の前のエルフはただの肉。

 ゾンビが次々と襲いかかっていく。

 同時に俺は叫び声を拡散させる為に、部下に指示を出して拡声魔導具を使わせる。


「まっ、待ちなさいよ! ほ、本当に食わせる気なの!? 正気っ、ゾンビに食べられて死ぬなんてっ、嘘でしょ!?」


 わらわらと集るゾンビを相手に何体かは蹴り飛ばすが、それも無駄。


「……最初の襲撃で思い知ったはずだろ? いくら倒してもコイツらは再生する。そういう“仕掛け”をしてあるんだよ、この闘技場には」


 そう、どれだけ抵抗しても無駄だ。

 たとえ俺を倒してもゾンビに永続的に魔力を供給している。この学園に隠した杖を破壊しない限り闘技場のゾンビは終わらない。


 結果、小娘はあっと言う間に取り押さえられ、地面に叩きつけられた。


「こっ、このっ、や。やめっ! いやっ、こんな死に方だけはっ!」


「まずは腕だけだ。殺すな」


 群がるゾンビの一匹が、口を開いて小娘の二の腕に齧りつく。

 それが合図となって他のゾンビ達も肉を喰らおうと襲いかかる。


「やっ、やめッ――゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああっっっ!」


「あとはこいつの叫び声を拡声させ――」


 指示を出そうと、部下に向けて振り向いた瞬間。


「――悪趣味、極まりありませんね」


 風が吹いた。


「は?」


 目で追えたのは一瞬。

 闘技場に突然現れた“それ”は、一連の動きに一切の淀みがなく、その連射を為した。


 粉砕されるゾンビの頭。

 風穴が開く部下の腹。

 開放されるエルフの小娘。


「汚物はお掃除です」


 訪れる沈黙と、ふわりと舞い降りる長いスカート。

 レースのリボンに、片手には銀に輝くレイピア一本。

 現れたそれは、念入りに痛めつけたはずの危険人物。

 ……できるならば、最もこの場で先に処分しようと決めていた、洗脳状態にあるはずのクソアマ。


「……清掃業者を頼んだ覚えはねぇぞ」


「これは失敬。職業習慣で汚物を見ると除去したくなるのです。なにせ私――」


 そこには学園占領の際に最も手こずらされた女学生が、悠然と襲撃時と同じ舐めた格好で控えていた。


「――メイドですから」















【学園内敷地 教国軍一般兵ヘニッチ】




 ――これは、何の悪夢だ?


 俺……教国軍の工作員ヘニッチは目の前で起きている光景をただ、呆然と口を開いて見ているしかなかった。


「がはっ!!」


 人が、空を飛んでいく。


 それも一人ではない。

 その“脱走者”を捕える為に突っ込んでいった同じ教国軍の工作員達。彼等はその“捕縛対象”にぶつかると、空へと冗談の様に打ち上がって行く。


「邪魔だテメェら!!」


 ――あれ絶対、人間じゃないよ。


 俺は今はまだ遠くにいる囲んでいる工作員達を次々と吹っ飛ばす脱走者の姿に、絶望感しか沸かなかった。


 確かに教国軍にも、多くの化物に属する人達がいる。

 クラフトガン様や元総長はもちろん、七天騎士の皆さんはまさに、だ。


 だがいくら何でも人間を掴んでぶんぶんと振り回して、空へとブン投げる化物は知らない。


「おっ、おいお前ッ!」

「――えっ?」


 突然、俺の隣にいた隊長が俺の肩を掴みガクガク揺さ振ってくる。その顔は真っ青だ。


「お前っ! ホールにいる奴等も連れて来い! あんなのっ、俺達だけじゃ無理だ! 急げッ!」

「っ、はいっ」


 怒鳴られて我に返った俺は慌てて化物に背を向けて走り出す。背後から再び訳の分からない人が打ち上がる声が聞こえるが、耳を塞いで必死に走った。


 ――とにかく増援だ! あんな化物、俺達じゃ止め様がないっ。


 恐怖と焦りから必死に走ると、すぐに他の工作員達がいるであろうホールに辿り着く。

 しかもホールの出入り口付近に何人も工作員達が集結していた。


「おーい! ちょうど良かった、大変なんだ! 実は――」

「良いところに来やがったぁ! 手伝え! 早く! こっちに来てドアを押えるんだッ!」


「――え?」


 だが返ってきた言葉は予想外のものだった。

 よく見ると彼等はホールの出入り口、大きな開閉式のドアを横一列になり、なぜかもたれ掛かる様に必死に押えていた。


 ここには確か貴族や神官の意識のない学生達が幽閉されているはず。彼は完全に眠っていたし、警備も最小限だ。

 なにせ時計塔を破壊しない限り彼は決して隷属魔術から開放される事はないのだから。


 ――なのに。


“せーの、押しなさいっ!”


『押せぇッ!!!』


 中から大勢の少年少女達によるくぐもった大声が聞こえてくる。


「来るぞォ!」「押えろ!」「全体重で押えるんだ!」「ここを突破されたら俺達全員クビだぞ!?」「ちくしょう増援はまだかっ!」


 それに対して並んで必死にドアを押える仲間の工作員達が叫ぶ。その直後――。


 ――ドゴォン!!


 押さえていたはずのドアが工作員達ごと跳ねる。

 特に後ろにいた工作員達の何人かは跳ね飛ばされる。


「えっ、はあ?」


 俺はただただ混乱する。有り得ない。確かにホールの中にいた者達は全員、隷属状態にあったはず。なのになぜ? 彼らは一致団結して外に出てきた?


 だがそんな俺の混乱を他所に事態は進む。吹き飛ばされた工作員達が、慌てて立ち上がり再びドアに集結した。


“さぁもう一息です! 皆さん、魔技を使うのです!”


 中から指導者と思わしき少女の声が響き。


『おおおおおおおおおおおおおっ!!』


 応える様に再びホールの中からクグもった大声が聞こえる。これに仲間の工作員達も負けじと叫ぶ。


「こっちも魔技の準備だ!」「直前に一気に行くぞッ!?」「来い、鉄化ッ!」「不動――っ!」「気合を入れろォ!」「脚部っ!」「頼むから持ってくれっ!」


 そしてドタドタドタドタッ! とホールの中から大量の足音が近付いてきて。


「今だァッ!」「うおおおおおッ!」「――全体ッ!」「――硬化!」「止まれぇぇ!」「強化ッ!」「押し返――」


 その瞬間。


“邪魔です!”


 ――ドゴォンッッ!!


 そんな轟音と共にドアと工作員が、砲弾が着弾したかの様に四方八方へと吹っ飛んでいった。


「――」


 もはや目の前の光景に顎が外れた俺はただ、馬鹿みたいに突っ立っていた。


 そして中から出て来たのは――。


「さぁ皆さん! このまま教国軍を蹴散らしましょう!」


 机か何かを改造して作られた神輿の上で、少女達を腰に抱きつかせ遠くを指で指し示す神官の少女と。


『おおっ、聖女様に従え!』


 それを担いで疾走する宗教団体にしか見えない男子学生達。


「しゃあッ!」「自由よ!」「教国軍ぶっ潰すッ!」


 そして続々と武器を持って叫びながらホールから飛び出して来る学生達。


「…………やばい。やばすぎるこのままだと」


 そう呟いた直後。


「へぶっ!?」


 聖女と讃えられている神官少女の神輿に俺は轢かれた。

 路上に落下する最中、俺が最後に見えたの――なぜか神輿の足場から生えたウサ耳だった。






各人の状況

『学園時計塔』

・ロック(宿屋の倅、時計塔で黒髪イケメンに遭遇)

・プティン(元パーティーメンバー、デブ、最近やけに斧のキレがいい)

・眼帯さん(元パーティーメンバー、認識阻害ギフト、ストレス性胃痛持ち)


・黒髪イケメン(元パーティーメンバー、総長は命の恩人、迷走中)

・総長(教国軍工作メンバートップ、元総長、時計塔防衛の切り札)


『学園闘技場』

・ペッタンさん(元パーティーメンバー、エルフ、無駄に全裸になった人)

・メイド組長(学園最強、覚醒しペッタンさん救出)

・クラフトガン(教国軍、帽子男、死霊魔術師)


『学園敷地』

・鬼神教官?(ロック達の引率、地下から脱出して地上で猛威を振るう)


『学園集会用アリーナ』

・神官ちゃん(元パーティーメンバー、性女、信者と共に監禁場所突破)

・ヘニッチ(教国軍一般兵、神官ちゃんの神輿に轢かれた被害者)

・プルートゥ?(道化師、神官ちゃんの神輿の後ろにウサ耳が……?)


『日本』

・沁黒(暗殺者、指定暴力団桜木会系列地下カジノ胡蝶にて要人暗殺)


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[一言] 沁黒さんほんまなにやってんねんwwww
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