2-14 捕まる宿屋とプティン
文化館ホールは学校の体育館をイメージして貰えれば。
【学園文化館ホール床下 ロック・シュバルエ】
「はい、吸ってぇー吐いてー……行くよっ!」
「すーっ、ハァー、――ふんっぬううう!!!」
「んんっ! もっと腹引っ込めて!!」
「無理ぃ!!」
……ご覧の有様である。
抜けない。
プティンの腹が建物と地面の隙間から抜けない。
「ぶははっ、見ろあいつら! 抜けなくなってやがるぞ!」
「バカ! 笑ってないで今のうちに捕まえるぞ!」
工作員が嬉々として速度は遅いが腹ばいで遠くから迫ってきている。
けれどいくらプティンを引っ張っても、彼の着ている甲冑が軋み、顔が真っ赤になって震えるだけで動かない。
しかもよく見るとお腹辺りの甲冑が土にめり込み、床を押し上げていた。
完全にハマった感のある姿に、俺は真面目な顔で結論を下す。
「うん、ダメだねこれ!」
「そんな!? くっ、こんなことならダイエットしておけば良かった……仕方ない、ロックだけでも逃げろっ! 今ならまだ間に合うぞ!」
「分かった考えとく。その前に何とかするけど」
しかしそうは言っても、今度は建物の中からもドタドタと足音が聞こえてくる。
もし上から剣でも突き立てられたら終わりだ。
「……なら」
俺はプティンから手を離し、その場で反転して仰向けになる。目の前には床下。
「どうするんだっ?」
「こうする。空間捻転――ブレイク!」
広く魔力を伸ばしてその円をクイッと回転させる。かなり強く捻った結果、床がバリバリと音を立ててくり抜かれた。当然そのまま落下してくるので、俺は足を抱え込みその裏で落ちてきた床を受け止めた。
「プティン、全身で床を押し返して! 魔技――身体強化! さらに……時間加速!」
「任せろ! 我が閃きの――」
咄嗟に思い付いた魔技と魔術の複合技。その名も――。
「ただの蹴り!」
「エビ反り!」
全力で強化・加速した俺の蹴りと、跳ねる様にしなったプティンの全身が繰り抜かれた床を押し飛ばす。風圧と共に床が高く宙に舞い上がった。
「なっ!」
「ちょ、床がぁ!?」
床は建物――ホール内に踏み込んでいた工作員の一部を巻き込んで盛大に引っくり返り、音を立てて離れた場所に落下する。
その後、出来た穴から二人してホールに飛び出した。
「すまん助かったわッ。そして思った。痩せよう!」
「大いに賛成だ。その前に目の前の舞台から二階に上がって、スロープを伝って校舎に逃げるぞ!」
「了解だ!」
プティンと共に床下から建物の中に上がると、よく先生達が喋っている一段高い舞台へ脇目も振らずに走る。
「あいつら何処に行く気だ!?」
「二階だ! 舞台裏の階段から上に登って逃げる気だぞ!」
ホールで突然の事態に尻込みしていた工作員達も動き出すが、こちらの方が速い。
まず先に俺が空中に足場を作り、一飛びして舞台に上がる。直後にプティンが、ダンッ! と舞台に斧を突き立て、それを取っ掛かりに器用に壁を蹴って上る。
「その程度のこと、こちらにだって出来らぁ!」
「魔技、脚力強化!」
だがそれは工作員達も同じ。
それぞれが魔技の輝きを纏って舞台に向かって走ってくる。
「ロック下がれ、舞台をぶっ壊すッ!」
舞台の奥で反転したプティンが斧を振りかぶった。
と、同時に俺の中で一つ直感的な閃きが浮かんだ。
「プティン、手を繋ごう」
「おう! ――えっ?」
ぐるんっと凄い勢いでこちらを振り返るプティンの片手を強引に掴む。ちょっと赤くなっている。
「いっ、いきなりどうした!?」
「人に掛けるの初めてのバフやるから、失敗しない様にこの状態で振って。って来るぞ正面!」
そんなやり取りの最中、何人かが舞台の下から一気に飛び掛ってくる。
「ええいっ、アースバウン……」
「時間加速――クイック」
プティンが斧を片手で、舞台に向けて振りぬいた瞬間、斧が視界から消える。
感覚的に一秒にも満たない空白。
直後、爆音と衝撃。
いきなり目の前の舞台が爆散した。木片が粉塵と共にホール一面に舞い上がる。
「ドッ! ……え。待て。俺、普通に振っただけだぞ?」
プティンが目を白黒させて混乱しているが、それは本人の視点だ。
傍から見れば彼は目にも留まらぬ速さで斧を振り抜いている。
クイック。それは対象の時間だけを加速させる技。……今さっきの思いつきだけど。
「ロックお前、ずっと突っ込みたかったけど……やっぱ只者じゃないよな?」
「宿屋だからね」
「その返しは正気を疑うわ」
いざ粉塵が晴れてくると、風発か木片かで薙ぎ払われた工作員がその辺に転がっていた。
ただ無傷で混乱しているだけの工作員もおり、俺は手を繋いだままプティンを引っ張る。
「今のうちに行こう」
「って、もう手を離すぞ! 俺達のイチャイチャとか誰得だ。斧も片手だと持ち運びが……って先端なくなってるぅ!?」
消えた斧の頭部分に絶叫するプティンを連れて、暗幕の裏にある階段を昇った。
下から「何者だあのデブ!?」「そんな事より早く瓦礫を退けろ!」と騒いでいる。まだ誰も来る様子はない。
「俺様の斧ぉ……」
「どんまい。ほら、二階着いたよ? ……へぇ。部屋はこうなってるのか」
若干、涙目のプティンと共に二階に上がると、そこは大きな窓がある物置部屋になっていた。
「確か部屋にある二つの扉を開くと、それぞれホールの壁側にあるスロープに出るはず。あれが校舎に繋がってた」
当然、俺は躊躇わずスロープへ続くドアを開けた。
――カタッカタッカタッカタッカタッ!!
『えっ』
が、骨がいた。
スロープの奥、つまりは校舎側の出入り口から、次々と武器を持った大量の骨が湧いてきていた。
『…………』
その光景にドアを閉める。
「……え? あれ? これまずいんじゃない?」
「どうするんだっ、下は工作員。上は骨。完全に囲まれたぞ」
「……プティン、もう一発アースバウンド撃てない?」
「斧もう壊れちまったよ!」
まずい。このままでは挟み撃ちだ。
ならばとここで戦うことも考えたけれど、騒ぎか大きくなればなるほど、物量が増えてきそうで相手にしたくない。
と、そんな時に部屋の窓が目に留まる。
「よし。窓だ。こうなったらあの窓を割って飛び降りよう」
「いやいや待てロック。ここ、縦にデカイから二階と言っても三、四階くらい高さあるぞ?」
「大丈夫、少しなら空跳べるし」
「いや無理だろ? 普通空飛べないだろ、大丈夫かお前?」
だがそんな問答の合間にも、下の方で複数人の足音が聞こえてくる。
「プディン! 最悪、抱えて跳ぶから大丈夫!」
「いやそういうっ……ええいっ! どうにでもなれっ!!」
プティンが窓を先端のない斧で破壊する。
「じゃあ行くよ、1!」
二人して窓の前でなるべく遠くへ飛ぶ為に、体を後ろへ下げる。
「「2!」」
そして出来る限りの勢いで跳躍。
「「さ――ぐぇっ!!」」
……のはずが、飛ぶ瞬間に俺とプティンは服を掴まれる。
反動で体が後ろに倒される。そうして体勢を崩した状態で俺達は、自分達を掴んだ人物を見た。
「ようやく捕まえましたよッ!」
と、工作員がニヤリと独特の笑みを浮かべていた。
【学園闘技場 クラフトガン】
「アンデッド共の準備はこんなものか」
朝日の昇った闘技場で、ゾンビと骨、それと切り札の下準備を終わらせた俺は、用意された椅子に座り込む。
どっと疲れた。
勤労三時間。そのうち一時間も自分の足で立ってしまったのだ。
既に足の筋肉は所々痙攣している。これは大変よろしくない重症だ。しばらく立つのは控えよう。
だが――これで処刑の準備は終わった。
ここまでしてやったんだ。まさか宿屋と道化師が来ないとかねぇよな? むしろこれで普通に覚醒者が捕まってしまえば、それこそ無駄骨。
だが相手は工作員百人を既に撃退している奴等だ。そう簡単にはいくまい。
「おい終わったぞ。それで、逃走している連中はどんな感じだ?」
俺は近寄ってきた現場担当に適当に聞く。
「あ、お疲れ様です。さっき伝令が走ってきたんですけど、なんか覚醒者は捕まったみたいですよ」
「ああ、そう。……はぁッ!? おまっ、ちょ!」
待て、待った、待ってよ。俺の三時間の努力は一体なんだったんだ。
「ふざけんなッ! クソッ。無駄じゃねぇか! 俺なんの為にシコシコ一人でゾンビ作ってたんだよ!」
「えぇ、そんなこと言われても知りませんよ……クラフトガン様が勝手にやったんじゃないですか?」
なんだこの冷徹漢、血も涙もねぇ。俺の体力とメンタルの弱さ舐めてんのか?
「……まぁいい。そういえば情報が錯綜していたが、捕まえたのは全員か?」
「はい。三人とも捕まえたそうです。今ちょうど、塔の警備も割いて現場に向かわせています」
「マジかよ……捕まっちまったのか。ええと、デブと道化師と宿屋だったか?」
「はい。まだ確認はできていませんが、そのようです」
クソだな。
いや良かったんだが、俺の努力が全くの無駄。むしろせっかく用意したアンデッド軍団どうするんだよ。
わざわざ例の森で回収した連中を使って上位のアンデッドを――。
「隊長! 緊急の報告があります!」
そこへ現場担当の部下らしき男が一人、息を切らして走ってきた。
「至急、増援をお願いしますっ! 早くしないと逃げられる可能性がっ」
逃げられる? 捕えたんじゃないのか?
俺と現場担当は顔を見合わせる。そいつが部下に怪訝な顔で尋ねる。
「増援? 捕えているのにまだ必要なのか? 塔の割符も渡したから、そこから連れて行って――」
「何を仰っているんですか隊長!? まだ一人も捕まえていませんよっ」
「――え?」
おい……おいおいおい、雲行きが怪しくなってきたぞ。
「……どういう事だ」
「文化館とか言うホールにデブと少年を追い詰めたのですが、窓から逃げられまして、正門の方へ走っていったしいのです」
冗談だろ。捕まえたという報告は何だったんだよ?
「それはおかしい。俺は確かに捕まえたという報告を――」
――ドコォン!
現場担当の言葉は早朝に響く轟音に遮られる。
俺達は全員、音のした方へ視線を向けた。
時計塔だ。
闘技場からそんなに離れていない、魔術拡散の支点となっている最重要防衛建築物。その下の方で、何かが横へとポーンと飛び出したのが見えた。
「……なぁ。なんか塔から飛び出してねぇか?」
「で、出てますね。スケルトン、じゃないですか?」
さらに何かが飛び出した場所から、ボタボタと何かが落下していく。
「……なぁ。今度はなんか塔からボタボタと落っこちてないか?」
「そ、そう見えますね。配置したゾンビ、っぽいですね。はい」
つまりだ。
「侵入されてるじゃねぇかッ!? 警備ガバガバ過ぎだろッ、どうなってんだオイ! つか文化館ってとこに追い込んだんじゃなかったのかよ!?」
俺は痛む足で立ち上がり、現場担当をガクガクと揺さ振る。
「そう報告は受けましたけどっ」
「報告者の裏取りはやったんだろうな!? ええっ、初歩の初歩だぞッ? 覚醒者が三人しかいないからって、デブと少年と道化師だけ気をつけてたとかじゃねぇよなぁっ!?」
「そんな訳は――ぇ?」
「ぇ? ってなんだ! ぇ? って!?」
「あっ、いえ、それが……その……わっ、分からないのです」
は?
分からない?
「おっ、思い出せないんです! 報告しに来た男がっ、誰で、どんな顔だったのか、まだ時間も経ってないのに、身体的特徴も名前も何も、全く思い出せないんですっ!」
現場担当が泣きそうな顔で訴える。
――しまった。
俺はこいつのレベル――抗魔力を確認しなかった事を激しく後悔した。
「…………ギフトだ」
「え?」
「間違いない。隠密系の最高クラスのギフトだ。ちっ、何者だ一体? おかしいだろ、なんでそんなえげつないギフト持ちの高レベル者が潜伏してるんだよッ」
もしレベル90超えの俺がそいつに対応していたら、恐らく見抜けた。
しかし目の前の男のレベルは高くて50。低ければ20そこら。相手はそれを上回る本職だろう。それほどのクラスはフリーでは絶対にない。権力者が囲っているのは間違いない。つまり――。
「何処の勢力の手の者だぁ? 侯爵家にそんなヤツはいないはず……まさかこの土壇場で第三勢力? あー、クソッ、ウダウダ言っても仕方ねぇ。今すぐ、全員を塔へ向かわせろ!」
「あの、それが」
今度は現場担当の部下が声を上げた。
「なんだよ!?」
「…………デブと少年が正門方面に逃げたと情報が現場で広がっていまして、各所の警備をしている者と、道化師を追っていた者たち以外は皆、全員学園の出入り口封鎖に――」
俺は思わず天を仰いだ。
【学園文化館ホール ??? ※時系列的にロックが窓から飛び出そうとした直後】
ホールの二階の物置部屋。
階段と直結しているその部屋で、数人の工作員達が騒いでいた。
特に指示を出しているリーダーらしい男が、何度も一人の工作員に詰め寄る。それは先ほど部屋から飛び出そうとした瞬間に、二人の服を掴んだ工作員だった。
「おいっ、あの二人は本当にここから飛び降りたのか?」
「はい。一度捕まえたのですがすぐに振り解かれ、二人してここから飛び降りて行きました」
「見間違いではないのか? このホール、二階でも校舎の三階以上の高さがあるんだぞ? しかも一人は甲冑姿だ。無事だとは思えんぞ」
そう言って指示役の男が信じられないと言った顔で窓から下を見る。
「本当です。たぶん魔技を使ったのかと。二人して飛び降りた後は、右の方へ――たぶん正門へと走って行きました」
「となると脱出する気か奴ら。すぐにクラフトガン様から預かったアンデッド共を門へと差し向けろ! 俺達もすぐに追う。まだ遠くには行っていないだろう、甲冑を着て武器を持ちながらこの高さから落ちれば、無傷とも限らんからな。行くぞ!」
そう叫んで部下を引き連れて、ドタバタと階段を降りて行った。
さらに校舎から出てきた骨達も無言でそれに続いて器用に階段を降りて行く。
そして誰もいなくなった。
――訳ではなかった。
ただ一人、指示役に問いつめられていた工作員だけがここ部屋に留まっていた。
「教国軍も熱心なことでさぁ…………もう出てきて良いですよ、プティンさん、ポーターさん」
彼の言葉にロック――つまり俺だ。
俺は目の前の、今隠れている掃除道具箱の扉を押した。
「……ありがとうございます?」
「た、助かったのか?」
同じくギツギツに別な掃除道具箱に詰め込まれたプティンも扉を開け、呆けた様に呟く。
……実は目の前の工作員に捕まえられたと思った俺達だが、その後、彼の手で何故か部屋にあった二つの掃除道具箱に無理矢理に押し込めれたのだ。
その直後に他の工作員が二階に上がってきたが、彼は俺達のことを隠し通した。
だが――。
「えーと、助かりました。でも」
そう。
目の前の特徴の全くない、普通の工作員に一切の心当たりがない。
俺もプディンも顔を見合わせるが、やはり目の前の工作員が何者か分からず、彼が俺達を助けた意味も謎で反応に困った。
「?? あ。ああそういうこと……こいつは失礼しやした。あっしのギフトが発動しっぱなしでした」
そういって工作員は懐から“眼帯”を取り出して、片目につけ――。
「あっしですよ、あっし。沼の森の探索で同じパーティーになって、斥候やってましたヴァロメにございます」
直後、目の前の男が強烈な存在感を醸し出す。今までなぜ気がつかなかったのか不思議なほど、目の前の人物は個性的だ。
歪んだ骨格、目立つ眼帯、小柄な背丈、老人の様に真っ白い髪、これぞ小悪党とばかりの三下感。
「あっ、お前同じパーティーだった!」
「眼帯さん!?」
「ええ、ご無事な様で何よりでさぁ。ヒヒッ」
そこには試験で組んだパーティーで唯一の本職斥候にして、顔に反してストレス性の胃痛持ちの眼帯さんが、あの独特のニヤリ顔で笑っていた。
「ところでご両人……実はあっしこの集団催眠を引き起こしている時計塔、そこへ侵入できる鍵を“たまたま”持ってましてね」
彼はおもむろにポケットから半分の木の板――割符らしき物を取り出した。
「理由は分かりませんが、無事な姿でここで会ったのも何かの縁。つきましては……ちょいとあっしと一緒に殴り込みの一つでも、しに参りませんかねぇ?」
なぁに学年末のクエストの続きみたいなもんでさぁ、と彼は汚く笑う。
「……良いですね。やりましょう」
「……ああ、壊すのは得意なんだ」
当然、俺達二人も顔を見合わせ同じく邪まな笑みで頷いた。
――反撃開始と行こうじゃないか。
各人の状況
『学園時計塔』
・ロック(宿屋の倅、時計塔へ移動)
・プティン(元パーティーメンバー、デブ、時計塔へ移動)
・眼帯さん(元パーティーメンバー、認識阻害ギフト、ロック達と合流)
『学園闘技場』
・ペッタンさん(元パーティーメンバー、エルフ、捕縛中)
・メイド組長(学園最強、洗脳中、捕縛中)
・クラフトガン(教国軍、帽子男、死霊魔術師)
『日本』
・沁黒(暗殺者、キサラギコーポレーション本社ビル12階社長室)