2-13 道化師、机を投げられる
【学園ホール床下 ロック・シュバルエ】
「つまりこの都市は完全に教国軍に占拠されてしまったってことか?」
太眉が目立つ凛々しい顔つきが歪む。
そんな濃い顔に反してたるんだ腹のタマゴ体型をした騎士見習い、プティンが俺の説明に冷や汗を流していた。
「らしいぞ。ただ、俺と今話した道化師さんは理由は分からないけど魔術の影響を受けてない……プティンもだけど。あともうちょっとそっち行って。なんか臭い?」
そういって隣で一緒にうつ伏せになっているプティンを肘で押す。
「当然だ。屁をこいたからな!」
「声がでかいっ、あとこんな近いとこですんな!」
俺は現在、俺とプティンは何とか追手を巻いて校舎の横にある大きな多目的ホールがある建物、その床下に潜んでいる。土と木の間のわずかな空いたスペースに、うつ伏せで入り込んでいるので実に狭い。
本当は道化師プルートゥさんと共に学園に侵入したのだが学園の開放を果たすより早く、運悪くアンデッドに見つかり離れ離れになっていた。そして必死に追手から逃げまわっていると、同じく逃げ回るプティンとバッタリ廊下で再会し今に至る。
なぜこんなところにいるのかと言えば、殆どの学生達がこの上に閉じ込められているからだ。プルートゥさんが行くであろう時計塔に直接行っても良かったがやはり敵の親玉と人質は気になった。
――ところが。
「…………いないな、他の生徒達も死霊魔術師も」
床の隙間から上を伺うも見えるところに人は誰もいない。
「うむ。おかしいな、隠れていた時に工作員がそんなことを言っていたんだが」
「移動したのかね……ってか、プティンって今まで何処でどうしてたわけ?」
「俺様か? 俺様はあの鐘が鳴り出した時、闘技場で模擬戦をやっていたんだ。だがそこに潰れた帽子を被った死霊魔術師が現れたんだよ。そいつが巨大なスケルトンやらゾンビやら、信じられない量のアンデッド軍団を呼び出してきて、俺以外は鐘で頭痛が酷く動けないからどんどん捕まって人形見たくなっていった。さすがの俺も逃げ出すのが精一杯で、見捨てる訳にもいかず、ずっと隠れていた」
「隠れてたのに追いかけられてたのはなんで?」
「腹が減って工作員が食っていたパンを失敬したらバレた。ケチ臭いヤツに当たったらしい」
いやそれはバレる。
「しかし……潰れた帽子の死霊魔術師か」
間違いなく沁黒が言っていたこの学園を支配している魔術師だろう。そしてプルートゥさんが驚愕していた帽子男もまた、こいつのことだ。
「なぁプティン、死霊魔術師って術者を倒せばアンデッド共は動かなくなるのか?」
「まぁそうだな。だだ数が多過ぎると制御が大変だから、杖やオーブを使って制御しているという話を聞いたことがあるな」
「じゃあやっぱり、この学園を開放しようとしたら塔の破壊はもちろん、その魔術師と制御装置を同時に倒さないといけないのか」
「だろうな。しかし……お前、ちょっと待て。まさか本気で言ってるのか?」
「え? なにが?」
怪訝そうな声に振り返ると、プティンが呆気に取られていた。
「学園の開放って、相手は本物の教国の軍人だぞ? 俺達学生とは訳が違う。俺は生徒達を助けるのには賛成だが、塔を破壊して死霊魔術師を倒すのは賛成しないぞ?」
「なんで? さっきも言ったけど塔を破壊しないと、学生達を開放しても意識は戻らないままだし、死霊魔術師を倒さないと全てが上手くいってもまた捕まる。そもそも俺はその魔術師目当てで、ここに来たんだけど」
「しょ、正気かお前っ? 魔術師は俺達が鐘の妨害があったとはいえ、あれだけの数で負けた相手だぞ? 確かに理想はそうだろう。だが俺達には無理だ。出来るのは精々、意識があるやつを引っ張って逃げるくらい。そうだろ?」
「逆に聞くけど、むしろ本当にそれでいいの?」
「えっ?」
俺はプティンの目を見つめた。
本当にそれで良いのか。それは恐らく合理的かつ正しい選択だ。けれど。
「それは学生の大半を見殺しにするって意味だ。俺達が求める結果はそれでいいの? たぶん、ここで妥協したら、確実に多くの生徒が取り返しのつかない事になる。それは分かるでしょ」
プティンが一瞬、虚を突かれた様に言葉に詰まる。だが直後関を切った様に感情を吐き出す。
「ならどうするんだよ!? 俺達は、その辺の学生だ! 一応、学園で学んでいる時点で他の平民よりエリートではある。あるが、工作員やアンデッド、ましてやそのボスに勝てる保証は何処にも――」
「ないからやらない、なら、求める物は一生手に入らないだろ」
できないからやらない。ないからやらない。
そんな考えなら俺は一生、宿屋にはなれない。世界も魔王の降臨と共に破壊され尽くされるだろう。
それが嫌だから戦うのだ。例え相手が何であれ、突き進むのだ。自分の為の人生なら怖くはない。
「プティン。人命が掛かっていることだから、あまり正しい考え方じゃないかもしれない。けど力がないのに何のリスクもなしに、欲しい結果が手に入る訳がない。足らないなら、何かを賭けるしかない。出来ないなら、出来る様に考えるしかない。それは何でも同じ。諦めるならその結果を受け入れるべきだし、それが嫌なら覚悟を決めるべきだと俺は思う」
覚悟の部分で、再びたじろぐ。そして震える声でプティンが尋ねた。
「お前は……怖く、ないのか? それで失敗したら俺達――」
「大したことじゃない。死ぬだけだ。けどそもそもな話、俺は死ぬ気が全くない。むしろ、やる事は最初から決まっているのに、わざわざ失敗を気にするだけ無駄。腹を括ったら突っ走るのみじゃね?」
そう言うとプティンは何とも言えない、様々な感情が混じった様な顔になる。そんな顔に一つとっておきの事実を告げる。
「それに一つ良い報せがある」
俺へ再び意識を向ける彼が弱々しく「なんだ?」と首を傾げた。
「俺と道化師のプルートゥさんは既に工作員を百人近く倒してる。勝算がまるっきりない訳じゃない。それに生徒達を開放さえしてしまえば、数ではこちらが上になる」
「それは……つーか、さっきからなんでそんなに自信満々なんだ」
「違う。自信はあんまりない。ただ覚悟は最初から決まってる」
夢の前には意地でも逃げたくはない。
するとまた表情を二転三転させた後、彼は盛大に溜息を吐いた。
「……お前、俺が逃げるって言っても一人でやるんだろ?」
「うん」
「しゃーない。ポーター……いや、ロック。俺も手伝う。お前の言う腹を括ってやる。……しかしお前さんって」
「なに?」
「まるで勇者みたいだな」
――は?
「え? それは………………ちょっと嫌だなぁ」
宿屋に勇者っぽい勇敢さとか正義感とか正直要らないっていうか……。
「お前割と本気で褒めたのに、なんでそんなに心底嫌そうな顔するんだよ」
プティンから酷く残念な目で見られた。
その時だ。
「……ん!? いたぞ! この建物の下だ! 下に二人いるぞ!?」
遠くで叫ぶ声が聞こえた。
さらに潜ってきた方を振り返ると、薄い朝日を遮る人影がちらついた。
「やばっ!」
「馬鹿な!? 何故バレた!」
俺達は顔を見合わせ、もう一度日の出前の薄明かりの中、自分達の背後をふりかえる。
そこで決定的なミスに気付いた。
「しまった、足跡か!」
「暗いからきづかなかったけど、周囲が明るくなって見える様になったんだ」
お互いに「あー!」みたいな雰囲気になる。
「おいっ、反対から回り込め! 四方から追い込むぞ!!」
遠くに見える光が、断続的になる。周囲かなりの人数が走り回っているのは容易に想像がつく。
「やばい、囲まれる前に逃げる!」
「――待てロック!」
しかしそれを何故かプティンが制した。
「どうした?」
「実は逃げる前に言わなくてはならいことがある。大事な話だ」
この土壇場。さらに普段の調子との違いに、思わず戸惑う。
俺は逃走するのも忘れ、彼の真剣な眼差しを見つめた。
「実はな」
プティンが険しい表情で口を開く――が。
それが一転、途端にプティンの顔がフニャンと崩れて涙目になった。
「お腹挟まって動けなくなっちゃった。たすけて」
……なにしてんの。
【学園内 道化師プルートゥ】
「ふぅ。やぁーと撒きましたぁ」
私は闇の中から頭を出して周囲を確認します。
校舎の床から顔を出して見える廊下には、私を追っていた工作員もスケルトンも、親玉っぽいスケルトンガーディアンもいません。
うん。撒いたみたいですね。
これは嗅覚が厄介なゾンビ犬だけは確実に仕留めておいた結果でしょう。
いやぁ、まさか腐っても鼻が効くとは思いませんでした……生物の摂理に反する理不尽を感じます。
「にしても、ロックさんの方はだいじょぶかなぁ」
決して弱い方ではありませんし、あれで決断力と行動力、冷静さもあります。ただちょっと自己を顧みない無鉄砲さは見ていて心配になります。
「変な人なんですが、凄く男の子してるなぁとも思える不思議な人ですよね」
最初私は女神様の神託があったので彼と初めて会った時、彼のことを変わった力を持ちそれを活かしてこの都市を救う英雄志願者……今まで私が見てきた聖騎士や勇者と同じ、素晴らしくも高潔“過ぎる”方なのかと思っておりました。
けれど彼はあくまで自分の為、夢の為に戦うとおっしゃいました。
理屈は無茶苦茶だと思います。
一見正しく聞こえますが、彼が言っているのは例えば、街が戦争に巻き込まれてパン屋が出来無いから、敵国の王を殺しに他国に乗り込むパン屋がいるかと考えれば、どれだけ彼がぶっ飛んでいるか分かります。
けれどできることを自分のため、そして同時に他の人のために、ひたすら突き進もうとする姿は自分が選べなかったものでありちょっと眩しかったりします。
「まぁそんな細かいことより、あの打てば響く感じが素晴らしいんですけどねっ。昔からの相棒みたいな、反応がない様で実はノリノリ。ふざけてもちゃんと見ててくれる感じが嬉しいんですよねぇ」
私の性格はとにかく人を選びます。
我ながら少し落ち着きなさいと思わなくはありませんが、嫌いな方にはとことん嫌われますし、大抵の方が途中からついてきてくれません。
小さい頃はひたすら私の感情は死んでおりましたし、こうなったのは最近ですが知り合いからはよく怒られました。呆れられてばかりです。
ノリについて来てくれても、同じく騒ぐだけの人ばかりで、ロックさんの落ち着いている様で打てば響き返してくれる方はかなり新鮮で妙な安心感があります。
「それにからかうと誤魔化してますが、あれでちゃんとテレてくれるのが可愛いんですよね♪」
そしてたまにからかうと、澄ました顔で凄く可愛い反応をしてくれるんですっ! あれは卑怯ですねー。
「さ、早いところロックさんとの合流を目指しましょう――でもその前に、ちょっとお仕事もしておきましょう。どろ〜ん」
私をすぐに闇を通ってそのまま、この学園の地下へ潜ります。
監禁するなら地下室。地下室と行ったら監禁。これはもう地下室と書いて監禁と読めます。なに言ってるんですかね私。
「なにはともあれ、道化師は見ました! 工作員さん達が地下に入っていく姿を」
逃走中のことです。
偶然、工作員が地下へ繋がる階段を降りて行き、しばらくしたら別な工作員が出てきたところを見てしまったのです。
「つまり彼等は人質の見張りとして地下に降りている可能性が最も高いんじゃないかって、愚かな道化師は考えました。そしてその監禁している扉にちょーっとイタズラしておけば、きっと鐘が破壊された時、ヘンタイもといタイヘンなことになると思うんです、ふふんっ♪」
私はロクでもない企みで地下の天井裏に着地します。
そうしてバレない様にこっそり、下に向かって頭を出しました。
「……誰もいませんね? と言いますかなんでしょう、この破壊された感じ」
私は落ちない程度にもっと体を乗り出し、見えづらい場所まで見ようとしました。
直後。
第六感と言うか、ロックさんに持ってもいない危険察知があると嘘を言ったせいでしょうか、突如悪寒と風斬り音に反射的に頭を引っ込めます。
「――っ!?」
同時に天井を何かが突き破ってきます。間一髪それをかわしましたが、私の体は闇に入ることに失敗し回転しながら部屋の中に落下します。
「きゃあああ――なんちゃって」
くるくるくるくるシュタッ!
この手の曲芸は本職ですから。
密室の床に着地すると、私は砂埃の先にある人影に気付きました。
「あ、捕まっている方で――」
「……せ」
「はい?」
人影は男性でした。
スキンヘッドのそこそこの年齢をした細マッチョ、しかも牙が生えた。
「……え? なんで牙?」
ですが突然、男は近くにあった机を引き抜きぶん回し始めます。
長い机を棒の様に振り回す姿はまさに鬼神。
「出せ……早く俺をここら出せやぶち殺すぞテメェ!?」
「ひぃ!? なんですかこの殺伐とした人質さん!?」
おかしいです。
ここは助けが来た! 出してくれ! とかじゃないんでしょうか。
机ぶん回して投げてくるとか聞いてませんよー!
各人の状況
『学園ホール(体育館?)』
・ロック(宿屋の倅、ホールの下に潜伏)
・プティン(元パーティーメンバー、デブ、ホールの下で挟まる)
『学園地下』
・プルートゥ(道化師、地下で鬼神教官に机を投げられる)
・鬼神教官(ロック達の引率、机をプルートゥに投げる)
『学園闘技場』
・ペッタンさん(元パーティーメンバー、エルフ?)
・メイド組長(学園最強、洗脳中?)
・クラフトガン(教国軍、帽子男、死霊魔術師)
『学園集会用アリーナ』
・神官ちゃん(元パーティーメンバー、性女、信者増殖中)
『日本』
・沁黒(暗殺者、上野公園)