2-10 勇者、置いていかれる
後半にクソ勇者が出ます。嫌いな方はご注意下さい。また後半の視点が若干俗物的になります。
【侯都学園 教国軍所属 死霊魔術師クラフトガン】
月明かりの中、俺はダムアウルと呼ばれる巨大な梟の魔物の背に乗っていた。
当然この魔物は死んでいる。それを死霊魔術で操っているに過ぎない。
しばらく飛んでいると、魔導具により照らされる目的地が見えた。俺は事件の最初に占拠した、侯都を代表する学園の闘技場へと舞い降りる。
なぜ再び城からこんなところに戻って来たかと言えば、大体宿屋と道化師のせいだ。
もっと言えば、なぜか閣下が宿屋の餓鬼の事を知っており、連中はここへ向かうと予測した為。
「状況は?」
ダムアウルから降りて近寄ってきた学園の管理をしている工作員に尋ねる。
「それが覚醒者が二人ほど出ました」
「なにぃ? 城への報告は?」
「済ませております。おそらく、入れ違いになったのかと」
覚醒者。そのまんま、魔術による隷属状態から覚醒した者を指している。宿屋と道化師もこれだ。
だが本来ならばそんな存在はいないはずだった。
――クソが。あの爆発頭、自信満々に言っててこれかよ!
思わず装置を起動せている班長に内心で悪態を吐いた。
「ったく、言わんこっちゃねぇ。で被害は?」
「一人は最初から監禁状態にあったので異様な暴れ方をしておりますが、一応問題はありません」
「なんだその歯にカスでも詰まったみてぇな報告は」
「とりあえず、見て頂いた方が早いかと……」
俺はそいつに連れられて、学園の地下と案内された。
「はよ出せやコラァ!? ガキ共に指一本でも触れてみろ、肉片になるまでブチ殺すぞテメェらあッ!? 地獄で懺悔する言葉は決めておけッ!! 俺が秒速で肉塊にしてやらぁッッ!!」
猛獣がいた。
「な、なんだコイツは」
反省部屋と書かれた密閉された部屋。その中にいる、細身だが筋肉質なスキンヘッドの男。
そいつが魔技の輝きを放ちつつ、素手で部屋の壁などを殴り始めたと思ったら、今度は机を地面から引き抜きブンブンと振り回す。
目は血走り拳には裂傷が出来ているが、その叫びと暴力行為に一切の曇が無い。
「……なんでも戦闘学科の教官らしいのですが、魔術の効きが悪く念の為にこの独房に放り込んでおいたら、この有り様です」
「あ、あれは猛獣か何かか?」
工作員が静かに首を振る。
「猛獣ならある程度暴れれば落ち着くでしょう。けれどあの男はかれこれずっとこれです。ある意味、猛獣なんかよりもずっと性質か悪い。正直、人種じゃな可能性すら感じます」
マジか。
よくもまぁ、こんな危ないのが教官なんてやっていたもんだ。
頬を引き攣らせて見ていると、不意に目が合った。
「いい加減に出さねぇと独房ごと……アアンッ? なんだテメェ? お前が親玉かぁ!?」
「――げっ」
机が物凄い速度で扉にぶち当たって来た。一応、魔術的に強度と抗魔力を上げている部屋らしく、びくともしないが精神的に来るものがある。
「オラァ! こっち来いやブチ殺してやらぁ!?」
「ど、どうします? 殺されますか?」
どうにかして下さい。――俺に尋ねる工作員の目が明確にそう訴えていた。
そもそも「殺されますか?」ってなんだ。俺がコイツを殺すかどうか尋ねたんだろうが、逆に俺がコイツに殺されてやります? みたいな流れになってんじゃねーか。
その言葉の主張に気付いていないフリで、踵を返す。
「見張りを増やしとけ。覚醒者が野放しでなければ、城の連中が調べるから生きたまま寄越せとか言ってやがったぞ」
「どうやって運搬するんですこんな男!?」
「飢えでぶっ倒れるまで放っとおけ! いいな? 動かなくなるまで絶対に開けるなよ?」
「言われなくても開けませんよ……」
だろうな。
俺と工作員は未だに騒いでいる教官の声を背にして地下から上がる。
「おい、もう一人もこんなんじゃないだろうな?」
「そっちは暴れてはいません。ただ――」
「ほんと、大人として恥ずかしくない訳? 洗脳とか「俺達まともに戦ったら勝てないからこうするしかないんですー」とか自分達で言ってるようなものじゃない? あーやだやだ、自分より弱い学生の意識を捕まえて、強者気取りとか貴方達の親も今頃、なんて恥ずかしい子供に育ったんだと泣い――」
今度はひたすら嫌味を言い続けている胸の無い赤毛の女学生がいた。
「なんなんだよ……裸マントから始まり道化師、猛獣に嫌味女と、この都市には頭のイカれた奴しかいねぇのか」
俺は学生達が集められたホールで天を仰いだ。
隷属魔術で体の支配権を奪った学生達は、拘束しようにも場所がないので、ホールの入り口やその周辺を兵で固めることで監禁した。
数百人が虚ろな目で座り込んでいる。
その中で一人だけ意識がある、手足を雁字搦めにされた体の一部が絶壁の女学生がいるのだが、そいつの口がさっきから全く止まらないのだ。
「貴方達だって良心くらいはあるんでしょう? 自分の子供くらいの学生を拉致監禁。こんな事をしてるって子供が知ったら――」
清々しいくらいに毒を撒き散らしている。
これはこいつらが勝手に手を出せないのが分かってて言ってやがるな。おかげで女学生を監視している工作員達の顔から精気が抜けてやがる。
「おいクソ餓鬼」
ハッキリ言って俺は暴力に弱い。殴られたら複雑骨折する自信がある。
その分、こういう口煩い輩の方が楽だ。
……けっして弱い者いじめではない。
「なにをイキってんのか知らねぇが、状況が分かってねぇようだなクソ餓鬼」
「なにアンタ? こいつらの親玉? だったら離しなさいよ! 一々やる事がセコいのよ!」
「うるせえ! 戦争に綺麗も汚いもある……ん? ってお前、エルフか?」
「っ!? な……なんのこと?」
「いや。お前エルフだな」
女学生が明らかに動揺した。他の工作員もこちらを見た。
なんだ、誰も気付いてなかったのかよ。
「バレないとでも思ったか。俺くらいになれば魔術の発光が見える。耳のイヤリングは魔導具だろ、淡く光ってやがるぞ」
俺の指摘にエルフの女学生は顔を歪める。
「しかしなんでエルフがこんな所にいる? 術が掛からなかったのは、こいつがエルフだからか? いやだが教官は人間だった……人間だよな? ったく、宿屋、道化師、教官に……エルフか。こいつ等の共通点はなんだ?」
考えれば考える程、共通点が見出だせない。爆発頭は術が効かないのは神格に関係する共通点が何かしらあるとか言ってやがったが――。
「それで、彼女はどうしますか?」
工作員が聞いてくる。
本来ならば、爆発頭のところへ送るのだが。
「お前、ロック・シュバルエって奴に心当たりは?」
「は? ロック? そんな名前の奴なんて聞いた事も……あれ……ん? そういえば……あのポーターってそんな名前だった様な」
俺はその反応に黒い喜びを起こす。
「知ってるのか?」
「そ、そいつがなによ?」
エルフの少女が訝しむが、既に遅い。
「ところで話は変わるがお前に良い報せと悪い報せがある」
「は? 何よいきなり」
「まず良い報せだが、お前と地下に閉じ込めた教官以外に、騒ぎを起こした馬鹿がいる。それが宿屋ロック・シュバルエ。そしてそいつはここに向かっている可能性が高いそうだ」
エルフの目が見開かれる。
「そして悪い報せは、貴族や一定の強さの学生を除いた半分は処分して良いという命令が降りた。つまりだ――」
反して俺は自分でも分かる様な悪辣な笑みを浮かべた。
「お前達はロック・シュバルエを誘き寄せるエサとして使う。宿屋の倅が現れた時、順番にその首斬り落としてやるから覚悟してな」
絶望に変わるエルフの顔。
だがそれも一瞬、彼女は俺を睨み付けた。
「ハッ、なにを言い出すかと思えば……彼はポーターよ。荷物持ちが学園を救いに来る訳が――」
「クラフトガン様! 敷地内で怪しい人間を発見しました!」
ホールに駆け込んできた工作員に、俺は笑いを浮かべ、エルフは驚愕する。
「うっ、嘘よ。あの子、ただのポーターなのよっ? この学園の解放なんて、出来る訳ないじゃないの!?」
「ははっ! なんだ意外に骨があるじゃねぇかよ、宿屋の! 良かったなぁエルフ、英雄様の登場だぞっ! ――おい、闘技場にこいつ等を移すぞ! 女はそこで好きにしていい、男は首を落としてゾンビ化だ!」
『おおっ』
ホールを守っている工作員共のテンションが目に見えて上がる。女日照りだからな。多少の息抜きはいるだろうよ。
「ま、待って下さいクラフトガン様!」
「あぁん?」
しかしそれを報告に来た工作員が止める。
「それが、発見した怪しい奴なのですが、どうにも、こう、話に聞いていたより遥かに――」
工作員は如何にも深刻そうに言った。
「……デブ、なんです」
【公爵領 南方砦 トロン・バートン】
俺はトロン・バートン。
王国で従騎士をやっている。
十二歳の時にギフトの危険察知が判明、騎士団にスカウトされ、王都の騎士学校へ入学した。元は村人であり、貴族の子弟達には苛められたりもしたが、俺には剣の才能もあったらしく、メキメキと腕を上げて学校を卒業と同時に、王都の騎士団の一つ銀狼騎士団へ配属される事となった。
そこで俺は危険察知のギフトと同年代では右に出る者のいない剣術で、期待の若手としてもてはやされた。
そんな俺に銀狼の騎士団長がある日。
「貴様の腕を見込んで頼みたい任務がある……世界の危機に関することだ」
そういって一つの任務を勧められた。
拒否することも出来たが、俺はその内容を聞いて即座に飛びついた。こんな任務を辞退するヤツがいたら、そいつは騎士でも何でもないとすら思った。
それから三ヵ月後。
俺は今、その任務に従事している。その任務とは……。
「おいッ! 温くなってんぞ! もっと火力あげろカカシ!」
「はいっ、ただいま勇者様!」
勇者様のお風呂沸かし、もとい、あのゴミクズ勇者のパシリである。
目の前には大きな土の壁。その向こうでは溜めた水を沸かして作った即席のフロに勇者達が入っている。俺はその水を火をつける魔導具で沸かす係り。
ああ! 三ヶ月前の自分をぶん殴ってやりたい!
何が世界の危機だ。
何が断るヤツは騎士でも何でもないだ。
今でもこの任務に指名されたことを嬉々として話した時の先輩達の微妙な顔が過ぎる。あの全員の掛ける言葉がない的な顔。
知ってたろアンタら! 勇者がこんなクズだって!
勇者パーティーの補佐って、ただのパシリと肉壁だってこと!
まぁそれでも分からなくはない。あれだけ俺が嬉しそうに自慢げに話した手前、言い辛かったんだろう……それでも誰か止めて欲しかったよ。
なにせこの勇者、本当にクソである。
下半身に脳がついているんじゃないかって言うくらい、寄ってくる女を食いまくっている。そのクセ、責任なんて全く考えてない。恋人がいようが女に脈があれば平気で口説く。
一方で男は自分の引き立て役か、パシリ扱い。
俺がパーティーに加入する時も、物凄い難色を示していた。第一王女のメイブ様が説得してくれなかったら、俺はそのまま帰っていたかもしれない。
陛下や公爵様に平然とタメ口を聞いていた時もビビった。年上に対する礼儀とか知らないのか、と。人間としてどうなんだコイツと。
しかし強い。
それだけは確かなのだ。女神様から授かった力がどれもこれもぶっ飛んでいて、竜ですら容易に屠る。
そして顔も良い。腹が立ってしょうがないのだが、顔はまるで役者か何かだ。おかげで女性にだけは優しいこともあり、男からは嫌われ女にはモテる。
「もしあのクズが勇者でなければ、絶対俺斬ってるわ」
現に今も……。
「いやぁん、オイタはダメですよレオン様」
「もうっ、そういうのはベッドでって言ったじゃないレオン」
「あっ、外には従僕もいますから、そんな……」
俺が作らされ、現在もお湯を沸かしているフロに入り、王女様やご令嬢達と裸でイチャイチャしている。流石に女性陣の方が自重してくれるため、最後までいかないが、それでもああ、ぶっ殺したい……ッ! めっちゃ羨ましいッッ!!
「ああ、ちくしょうめ……唯一の救いはリビア様とシェリー様がいないことか」
王女様にご令嬢様、ダークエルフの姫様はよく寝屋を共にしており、その部屋を警護する俺にとっては地獄でしかない。
しかしリビア様とシェリー様は、今のところクズと一緒に寝ているところを見た事はない。特にシェリー様は年齢的にも幼く、そういうのは魔王を倒してからとよく口にされている。
「そういう意味じゃあ、リビア様だよなぁ。処女なのか、非処女なのか、それが問題だ」
めちゃくちゃ気になる。
もしリビア様の貞操が無事なら……もしかしたら俺にもワンチャンあるかもしれないのだ。整った顔立ち、活発そうな笑顔、一本に結んだ髪もそれらを引き立てる、健康的な魅力がある。
せっかく勇者パーティーに入ったのだ。夢の一つや二つ見てもバチは当たらないだろう。ただ……。
「ぜんぜん脈がねぇんだよな。飯に誘ったら一瞬で断られたし。それに勇者とイチャイチャだけは普通にしてるからなぁ……あれは男女のそれなのか、友人のそれなのか……もしかして俺にバレるのが嫌で、外とか俺のいないタイミングで既に他のハーレムメンバーと同じく、やる事やってるのかもしれん……はぁ~気になるぅ」
そんな益もないことに頭を悩ませていたときだ。
「従僕様っ!」
俺達が待機している拠点から兵士が数人走ってきた。
現在、俺達は南の公爵領にある砦に待機している。
それはここで王国軍の本体と合流し、侯都ヴォルティスヘルムへ向かうためだ。そこに滞在する事で教国軍への抑止力となるらしい。今まったりフロに入っているのも、合流待ちでさしてやることがなかったせいだったりもする。
「あれ? どうしました?」
「この手紙が王国軍本体から届きましてっ!」
息切れしている兵士達から手紙を受取り、俺はその中身を見た……。
「…………はぁっ!?」
内容を思わず三度見返した末、思わず土の壁を登る。
勇者達のイチャイチャする声が聞こえる中、土の壁を登り切るとそこには勇者と美少女三人がいた。
「勇者様ぁ!」
俺は彼に聞こえる様に全力で叫ぶ。すると女性陣が悲鳴を上げる。これは役と――いけないいけない。
「あ、アンタ私達も入ってるのよ!?」
「くっ、あとで唯では済まさんぞッ!」
「王女である私の体を見て無事で済むとお思いですか?」
即座に体を隠す女性陣。思ったより見えなかったのは悔やまれる。
「しっ、失礼致しましたッ、急報でしたので気が回らず!」
俺も意識を切り替え慌てて後ろを向く。ただこちらにも一つ言い訳がある。
「誠に申し訳ございませんっ、しかしメイブ様は殿下より“勇者とはいえ夫婦でもない男に肌を晒すことは許さん”ときつく言われていたと聞いておりましたので、てっきり何かしら着ているものかと思っておりました!」
「くっ…………た、たまたまです! これはレオン様の慰安の為ですからっ」
んなわけねーだろ。しかしこれを言われたら俺を非難できまい。
ただ勇者もご立腹であった。
「テメェ、次に俺の女の体を見たら殺すからなッ?」
「ひっ!? は、ハッ、以後気をつけます!」
「チッ……でなんだよ、緊急の事態か?」
俺は後ろを向いていることをいいことに、ちょっとだけ笑み浮かべながら叫んだ。
「それが勇者様は――王国軍に置いていかれてしまったらしいのです!」