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2-9 宿屋&道化師VS沁黒

過去二番目の長さです。


【侯都 路地 ロック・シュバルエ】



 沁黒。


 それはかつて沼の森で倒した集団と同じ名前。だがなぜか、その倒した連中よりも遥かに目の前の老人の方が恐ろしく感じる。

 例えばそう、連中はまだ“人”だった。けれど老人はどちらかと言うと“魔物”に見える。


「プルートゥさん。プルートゥさんや」


 俺はそんな黒衣を睨みつけたまま、脇に抱えているだらーんとした姿のプルートゥさんに尋ねる。


「なんですかおじいさん。ご飯はさっき食べたじゃあ、ありませんか」


「そうだったかのぉ。……さっきは庇ってくれてありがとうございます。けど本当に突き刺さった様に見えましたが、大丈夫ですか?」


 彼女は確かにその体を貫かれた様に見えた。あれで無傷というのは普通ならば有り得ず、出血過多による体温の低下まで考えた。

 けれど腕に抱える柔らかな彼女の体は暖かく、血で湿っている感じもしない。


「道化師の神秘で無事ございます」


 マジかよ。道化師すげぇな。


「と、言いたい所なのですが、無事な理由については……まぁー、お互いの持っている祝福と加護の相性の結果です」


「ああ、プルートゥさんのその力、やっぱり女神の祝ふ……ん? え、待って下さい今、なんて言いました?」


 反射的に沁黒から目を離し彼女へ視線を送り掛ける。が、なんとか踏み止まった。それほどまでに引っ掛かる単語が聞こえたのだ。


「あの男の持つ祝福と私の“加護”の相性の結果と申しました。そうです。黙っててすみません……私の力って、神々が信者達に無数にばら撒く祝福ではなく、本物の世界で一柱につき当代の一人にだけ与えられる神の代理権限、いわゆる加護です」


 待て。

 加護を持つ女性って、それは剣のリビアや癒しのシェリーと同じ――。


「はい。実は私、あー、聖女だったり……して?」


「………………」


 あまりにいきなりで衝撃的な告白であった。


 同時にならばなぜ、例の勇者と共にいないのか、なぜ聖女が道化師なんてやっているのか、様々な疑問が過る一方、聖女ならばこれまでの凄まじさに、ストンと納得がいった。


「すみません。正直、会ったばかりの方にお話するには危険過ぎたのと、実は神託で詳細もなにも無く、ただこの都市へ行けと言われていたので、つい警戒していて……」


「神託なんてあるんですか?」


「うぃ。まぁ私の女神様はちょっと特殊でございます。ロックさんは月の女神様と申しましたが、では、闇の女神様をご存知ですか?」 


「いえ、全く」


「にゃははは、バッサリ〜♪ こほんっ。つまりはそういう事です。表に出れない事情がございます。――が、今はそんな事よりあの黒衣ですね。幸運なことに私の持つ闇の加護は、あの黒衣の持つ影にまつわる祝福に対し、絶対の優位があります。まずダメージを受けません」


「それ本当ですか?」


「それがマジマジなのですよー。実際さっき、奴の影は私に一切通りませんてした。何となくその理屈も分かります――ただ、それを考慮してもあちらが上だと思った方が良いです。私の持ってる自前のギフト、危険察知がさっきから物凄いんです。あれ間違いなく本物のあの悪名高い沁黒のボス本人です」


 冗談の気のない断言に頬が引き攣る。もしそうならギルドのブラックリスト、いや各国王侯貴族から名指しで警戒され彼専用の対策が施される戦略兵器級の化物中の化物だという事だ。


 なお危険察知とは斥候役の花型ギフトであり、あれば王宮から破格の待遇で引き抜かれるそれだ。それを彼女が持っていた事にも驚きだがそれが反応している状況が如何にヤバイか。


 ただその一方で、その原因となる目の前の老人。

 彼は何をする訳でもなく動かない。まるでこちらの会話を待ってくれているかのようだ。


「では、このまま何とか逃げますか、プルートゥさん?」


「うーん。むしろ暗殺者であるあの男を見失う事の方が遥かに怖いかと。それより奴をその場で押し留める切り札が、たった一個だけですがあります。閃光玉って言うんですが、影である以上は強烈な光には逆らえませんから、これを使えば奴は前に出れません」


「閃光玉……じゃあそれを使って倒せと?」


「そこまでは無理でしょうが……最悪、足止めだけでも何とかなりませんかロックさん?」


 俺は思考を巡らせる。

 遅延や捻転ではダメだろう。だが一つ、今しがた彼女との握手で得たものがある。


『空間作成』


 この魔術は時計を開放した時に記憶と一緒に入ってきた。もっともすぐに消えたが。

 それでも重要な一部は「おっ、これ宿屋の料理保存に使えそうだぞぉ〜!」等と考えていたおかげで、微妙に要点だけは覚えている。

 確かあれならば、閉じ込めてしまえば内部から出ることは不可能なはず。


 ……そういえば、第二位階は聖女だから発現したのだろうか? まぁ今考えると事ではないか。


「一つだけ、空間作成という魔術かあります。任意の場所一箇所に真っ黒い“異空間”を作れるんです。そこに閉じ込めることが出来れば一番確実です。その代わりに黒衣の誘導を頼めますか?」


 初見殺し。


 格上との戦いで取る戦法はそれに尽きると、師匠達からの直伝だ。

 そう今こそ世界で唯ひとつの魔術、そのアドバンテージを最大限活かす。


 その為の作戦を俺はプルートゥさんに伝えた。するとプルートゥさんも闇のモヤを作り出し、俺の耳元に持ってくると――。










「もう話し合いは終わったかのぉ? だいぶ時間はくれてやったが飽きてきたから、そろそろ行くぞい?」


 黒衣の老人が変わらぬ調子で尋ねて来る。


「やはり待って頂いたようですね。すみませんでした」


「あ、ロックさん的にそこ謝罪ポイントなんですね」


 俺と彼女は即席の作戦を話し合った。

 難しい事ではない。

 ただ俺が奴を閉じ込める檻を作り、彼女が影を迎え撃ち、閃光玉でぶち込む。チャンスは一度だけ。


「ほっほっほっ、気にする必要はない。そうして時間を掛ければ掛ける程に、学生達が死んでいくがの」


「――なんだって?」


 あまりに不穏な言葉に問い返す。なぜ、学生達がそんな目に?


「なんじゃ分からんか? この都市全体に掛けられておる魔術は、抗魔力が高ければ高い程に効きづらい。しかし大抵、それだけ抗魔力が高ければ、洗脳すれば使い道はいくつもある――じゃが」


 沁黒が嗤う。


「たかだか一般人と変わらぬクセにやたら術が掛かり辛く、維持が面倒な餓鬼を、数百も置いておく意味はあるかのぉ?」


 その説明に否定の言葉が出なかった。

 確かに中途半端と言えばそうだ。彼等からすれば、使い勝手の良い“弾”となる人材はたくさんおり、どうせ自爆させるのなら戦闘力はあまり重要ではない。

 しかも催眠が解ける危険もある。


 ――数を減らした方が維持管理も楽。


「残念じゃが、学生の半数は処分じゃ。そして今、学園に向かっておるのは間違いなくクラフトガン、死霊魔術師。処分される女学生は今回参加した兵達の褒美、気分転換の為の慰み者に。そして残った男は、クラフトガンがゾンビの餌にし、生き残った奴だけを使役するじゃろうな。ああ、哀しきことよ」


 嗤っている。

 その言葉に静かに憤る俺を、沁黒は愉快そうに嗤って、マントの様に黒衣を広げた。


 するといきなりそこから無数の犬やコウモリの形をした影が飛び出してくる。


「さぁもたもたしておると友人達の身が危ないぞ小僧……もっともワシとのお遊びで生き残れたらだがな――影造形ッ!」


「ならあんたを秒殺するまで――時間遅延ッ!」


 俺は瞬時に迫り来る動物の形をした影を迎撃する。

 同時に俺に抱えられていたプルートゥさんが、俺の手から抜けだして前へと出る。


「ほいほいほいっ、闇沼!」


 真っ黒いモヤが拡散し、動きの遅くなっている動物の影達にまとわりつく。


「ほうっ」


 そうして起こった現象は流石の沁黒さえ驚きの声を上げた。

 影にモヤが触れた瞬間、影の動物達は霧散していくのだ。


「なるほど、これが槍を受けて無傷だったカラクリか。流石は闇の加護……これ程とはの。よく勘違いされるが光はむしろ影を作る。けれど闇は――」


「ええ、光を飲み込み影を消し去る――さぁ! この道化師プルートゥーと一緒に踊りましょうか、この真っ黒黒すけぇ!」


「その挑発、ノッた」


 次の瞬間、二人がそれぞれ影に、闇に、溶けて消える。

 俺には二人の居場所が全くみえない。


 夕暮れも過ぎて段々と暗くなる世界で俺だけしかいない路地。

 その静寂の中。


「――そぉいっ!」

「温いわッ!」


 突然、物陰でから金属と金属がぶつかる音が響く。

 時折、影から影へ。闇から闇へ。二人が水の中を移動するかの様に飛び回る。その最中に音だけで、如何に激しい攻防が繰り広げられているのかが伝わってくる。


 ――が。


「俺……めっちゃ蚊帳の外……」


 その結果、俺だけが参加できず呆然と立ち尽くしているこの居心地の悪さよ。


 闇と影。似て非なる者達の戦いは苛烈さを増しているのが、表に出てこないので動きさえ追えない。


「空間作成」


 とは言え、今のうちにしなればならないことは多く、一人で仕込みを開始した。










【沁黒】



 ――やり辛いのぉ。


 ワシは影の中を自在に飛び回る。


 本来ならばこうして影の中を移動して、不意の一撃を見舞うのじゃが……この小娘はそうはいかん。

 なにせあちらも自在に作り上げた闇の中を移動してくる。


 それどころか。


「――ほいっ!」


 ワシのいる影を闇が侵食し、本来ならば不可侵の領域に勝手に飛び込んで来る。


 もはや影の中が戦場。

 しかもこちらからは闇で向こうが見えない。なおかつこちらの影による攻撃は全てかき消される。


「ったく……出癖の悪い嬢ちゃんじゃ、な!」


 暗闇の中、ワシだけが見えない相手と素手で戦っとる状態。なかなかに酷い。

 けれど闇から飛び出すという選択肢も躊躇わせる。


 ――問題は弟子共を殺ったのが間違いなく小僧の方だということ。あまり迂闊に姿を晒したくはないところじゃな。


 ただ正直、最初のやり取りで小僧の力量は把握していた。


 弱いとは言わん。けれど強くもない。身体能力よりも、厄介なのは奇怪な能力とその戦術の柔軟性。

 だがそれでも弟子共には勝てんはずなのだ。弟子達はS級冒険者すら殺せる力がある。でなければ世界的に警戒はされん。すなわちあの小僧、まだ何か隠しておる。


「とはいえこれでは埒が明かん――のぉ!」


 ワシは覚悟を決めて小僧の影から外へ出る。

 両手の影から暗器である毒針を八本抜き出すと、同時に影槍で背後から小僧の心臓を狙う。


「させませんよっ!」


 だがそれを遮る様に小娘もまた闇から出てくる。

 案の定、ワシの影槍はヤツの闇の前に霧散する――が。


「なんどやっても貴方の攻撃は――ぐっ!?」


 それは囮よ。


 影槍に紛れて放った八本の毒針が道化の小娘に突き刺さる。


「しまっ……」

「プルートゥさんっ!」


 ――他愛ない。


 小僧の弱点はワシの影がそのまま通るということ。小娘の弱点は物理攻撃までは防げんこと。


 ならば厄介な小娘を消すの為には、小僧を囮に影に物理的な獲物を仕込めば良いだけのこと。子供でも解ける理屈。


 その結果、体に毒針が突き刺ささり倒れる小娘。


 ――ああ、つまらん。“仕込み百式武具”や“影縛り”、“影分身”も使わんでやってこれか。所詮は凡俗。ワシの遊び相手にもならんか。もっと楽しませろと言うのに……。


 せっかくの戯れに少々の肩すかしを感じながら、ワシは小僧を仕留めるべく影に潜って、近付く。

 だがそこで気付く。


 ――ほお?


 なぜか小娘の傷口から一滴の血すら流れていない事実に。つまり、今の一連の流れこそが罠だという事に。


 思わず笑みが溢れる。あれで中々、考えているようだ。


 直後、小娘の手から小さい玉が自然を装った風に溢れ落ち、次の瞬間。


「ぬぅ!?」


 爆発するかの様な強烈な閃光が走る。ワシの潜んでいた影は一瞬で消され、体が空中に投げ出された。


「掛かりましたねっ! ロックさん、これでもう切り札はありませんっ、ここで決めますよ!」


 小娘の体に刺さったはずの針が全て落ちる。

 ふむ、当たる場所に対して的確に闇を創り出したという訳か。


 そうして今度は逆にワシが無防備に空中に曝け出される。


 ――しかし中々の威力じゃな。


 これはさっき影を使って聞き耳を立てておった、こやつ等の密談に出てきた、閃光玉とかいう切り札なのだろう。


 そう。実のところ、ワシは影を使って小童二人の密談を聞いていた。なのでこの閃光玉とやらが、一つしかない事も、何をしようとしているかも漠然とだが知っている。


 ――まぁ確かに影であるワシ相手にはこの上ない切り札となる。しかしそんなたった一つの切り札を、果たしてここで使ったのは正しかったのか?


 使った以上はここが勝負所。そうなれば次は全力の総攻撃だろう。


 ――ん?


 しかし攻撃は来ない。この刹那の時間こそ間違いなく最大のチャンスであろう?


 ――何を考えて……んっっっ!?


 だが異変は何もない筈の後ろへ飛ばされた直後に起こった。


 真っ黒い空間。


 吹き飛ばされてきた正面と地面以外、全てが黒い四角い空間が突如出現した。


「なぜ? この空間は――」


 不意に思い出す。


 それは二人の密談中に出た小僧の言葉。


 “空間作成という魔術かあります。一つだけ任意の場所に真っ黒い“異空間”を作れるんですが、そこに閉じ込められれば一番確実です”


 ――なるほど! これがそうか。これまたけったいな能力よな。


 そうして唯一空いている正面が閉じようとする。

 さらに――。


「時間遅延!」

「んっ!?」


 小僧の奇っ怪な魔術がワシの動きを遅くする。

 そうして満足に体が動けぬ間に、あっという間に正面が閉まっていき、ついぞ完全に閉じきってしまった。


 密閉。いや封印。

 これが小童共の真の狙い。


「よしっ!」

「やりましたねっ、ロックさん!」


 小僧と小娘の歓喜の声が聞こえる。

 こうしてワシはこの何もない真っ黒い空間に閉じ込められて――。


 ――など、いないのじゃがなぁ。


 秘儀、影分身。


 既にワシは閉じた真っ黒な異空間にはいない。


 そう。

 一番最初の襲撃。そこでワシが小僧の背後を取ったのと同じ手。

 つまり目の前にワシそっくりの黒衣の影を作り、それを囮にし、本体は気付かれずに影の中を通って敵の背後へ。


 おかげでワシは今、こっそり異空間の端から伸ばした影を伝って、既に二人の背後――その影に潜り込んでいる。

 若人二人が閉じ込めて歓喜しているのはワシの“影分身”である。


 ――惜しかったのぉ。切り札まで使っての初見殺し。しかし注意力が足らんかったな。


 まぁ悪くはなかった。ワシの遊び心もそこそこ満たされた。


 ――さ、終いじゃ。


 こちらに気付かぬ二人の首を取るべく、異空間とは反対側にある二人の影から、首切り用の直刀を握って飛び出した。


 そして。


 ――え?


 ワシは再びさっきと同じ真っ黒い異空間にいた。


 間違いない。何度確認しても今さっき分身を使って逃れたはずの空間にワシはいる。


 ――えっ? なんで? 馬鹿な。ワシは異空間から出たはず? それがなぜ再び異空間に入り込んでいる?


 異空間を出た先が異空間。


 訳が分からない。小僧は確か作れる空間は一箇所だけと言っておったはず。

 ではワシの影分身が呑み込まれた小僧の奥に見える異空間は? あれは、あれは一体なんじゃ?


「あ――ほらね。用心深い奴の方が引っ掛かる」


 小僧が振り返り、ワシを見た。

 直後、小僧の後ろにあるワシの分身が呑み込まれた黒い空間が、まるで溶けるように崩れた。


 それで気付いた。あれは違う。


「あれは小娘の闇かっ!?」


「ご明察……そしてやっぱり、俺達の作戦聞いてやがったな爺さん」


 あれは異空間でも何でもない。異空間に見せ掛けたハリボテ。そしてその目的は……。


 ――そうかコツヤら! ワシが二人の会話を盗み聞きしているのに気付いてっ……だから全て出任せをっ!


「舐めるなよ小僧ッ!」


 仕事では有り得ない遊びゆえの怒り。

 ついこんな小童にハメられたという事実に面白さと共に全身の血も沸騰する。


 同時に目の前の空間が閉じ切るより早く、全力でここらの脱出を目指す。


「逃がすか――時間遅延っ!」


「抜かせ――影法師ッ!」


 小僧の動きを鈍化させる魔術に対して、人型の影である影法師を数体ぶつけて阻害する。


 だがその間にも異空間はどんどん閉じていく。


「くっ!」


 それより早く、その隙間から外への道を作るべく数本の影を走らせる。影さえ外と繋がれば、それを渡って脱出は可能。

 

「させませんよっ、闇沼っ!」


「知っとるわッ、影鞭!」


 その走らせた影を外すべく、闇で呑み込もうとする小娘に、うねる影の鞭にクナイを忍ばせ打ち付ける。


「闇沼――んぎゃっ!?」


 影は消されたが、クナイは小娘の服の一部を切り裂き、その勢いで転倒させる。鞭の速度ならば先程の芸当は出来まい。

 そうして阻む者がいなくなった影は異空間が閉じる前に、三つそれそれが外へと到達した。


「まずいっ! 脱出されますプルートゥさん!」

「むっ、無理ですロックさん、間に合いません! 切り札の閃光玉だって――」


 それに気付いた小童二人。


 ――だが遅いわっ!!


 ワシは影に溶け込み、影を通じて外へ出る。


 ああ、これがワシを仕留める最初で最後のチャンスだったろう。

 あと一歩じゃった。

 もしこれが決まっていれば、遊んでいたとはいえ、この沁黒を本当に捕縛できたかもしれん。


 しかし甘い。実力が足らん。


 何よりもう許さん。遊びは終りじゃ。レベル100に至ったA級やS級とそれ以外の差を骨の髄まで刻み込んでやろう。そしてその自身の至らなさを、自らの命を以って償うが――。





「――ま、実は閃光玉、本当はまだあと10個くらい持ってるんですけどねっ!」





 突然。


「ほいっ♪」


 転倒した道化師がごみでも捨てるかの様な軽さで、さっきと全く同じ“一個しかないはずの閃光玉”を放り投げた。


「――え?」

「――は?」


 ワシと小僧が間抜け面で、投げ出された玉を呆然と見送る。


 それは紛れもなく、先ほど儂の影を消し飛ばしたあの――切り札にして一つしかないと確かに小娘が話していた――。


「おんっやぁ〜? あれぇ? あれあれあれぇ? もしかして、信じちゃいました? 伝説の暗殺者様とあろう御方が? この道化師の楽しい事しか言わないイケナーイお口を、切り札だから一個しかありませんっ、なんてー、もしかしてぇ、信じてしまいましたかぁっ〜!?」


 その愉悦に満ちた笑み。

 遅れて理解する。あの二人の会話があの時点から、全て罠だったのだと。


「貴さ――ッッッッ!?」


 直後、閃光が炸裂。

 音と光が走り外へ出掛っていたワシの脱出ルートである影が全て、この異空間へとまとめて吹き飛ばされる。


「まああああああああああっっっっ――がはぁッ!?!?」


 影に潜っていた体は再び宙に投げ出され、右も左も分からぬまま、ワシは真っ暗な異空間の壁に激突した。全身に衝撃が走る中、全てが黒に染まる世界でワシが最後に見たのは。


「という訳で、これにて終幕にございまぁす♪」


 暢気に一礼する道化師の姿であった。










【ロック・シュバルエ】



 沁黒を内包したまま空間作成で作った空間が完全に閉じ切った。


 こうなると、もう目の前には何もない。

 最後の入り口が閉じた以上、空間自体がこの世界から切り離されたのだ。


「やっ、たのか? しかし……」


 何とも凄まじいぶっつけ本番であった。


 特に最初の作戦会議。


 あの時、俺はプルートゥさんに奴を空間作成で作った異空間へ閉じ込めたいと話した。

 するとプルートゥさんは、殺された隊長にした様に俺の耳元にあのモヤを持ってきて、俺にモヤを通じて喋りかけてきた。


 ――いわく、こんなに平然と見逃している以上、聞かれている危険があると。


 そしてそれは沁黒のとある発言で確定した。


 ”なるほどこれが槍を受けて無傷だったカラクリか。流石は闇の加護……これ程とはの”


 そうだ。沁黒はハッキリと闇の加護と口走った。少なくとも、言わなければ絶対に分からない情報。なのに奴は闇の女神の加護と断言した。この時点で聞かれていたのは確定。


 ただ、その中で俺にも教えてくれなかった情報があった。


「あの、プルートゥさんって、なんと言いますか」


 切り札の閃光玉が、一個どころか十個もあるという話。俺までまんまと騙された。そのせいで何とも言えない顔で、隣で呑気にお辞儀をしている道化師を見る。


「……ん? ――ぶいっ!」


 ――切り札とか言っていっぱいあるなら、モヤを通じて教えて下さいよ。


 そう言おうと思ったが、こちらを向いて可憐な笑みで指二本――いわゆる勇者サインをしてくる彼女を見て、結局出てきた感想は一つだった。


「ほんと……参りました」


「ふふっ。愉しんで頂けたようでなによりに御座います、お客様♪」


そう微笑む、悪名高い暗殺者を手玉に取った道化師は、見た目だけは相変わらず天使であった。





舐めプ。ダメ、ゼッタイ。


次回から舞台は学園へ。


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