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2-7 教国側の対処


【侯城地下 神鉄結界心臓部 三人称】





「………………つまりええと、その少年と道化師の少女は現場の指揮をしていた隊長を引き摺ってそのまま逃げたと?」


「はいっ! おかげで殆どの者が白目を剥いて泡を吹いたまま動けず、中には瓦礫の下敷きになったり、足場から振り落とされ重症の者もいます!」


 連絡用の花から聞こえてくる声に、ドルイドの女性は深く溜息を吐いた。


「そうですか。あなたは一先ず救出活動を続けて下さい」


 そういって彼女は何とも言えない視線を、この場にいる他の者達へ向ける。


 先程ロック達が暴れた結果を聞いた面々の、この、なんとも言えない空気である。

 そんな中で元騎士団総長が口を開いた。


「で、皆さんどう思います?」


 ――どうもこうも意味が分からない。


 この場の全員の心の声が一致した瞬間であった。

 ドルイドの女性がおずおずと口を開く。


「あの……そもそも、なぜ裸だったのでしょうか?」


 それがまた微妙な疑問であり、お互いがお互いの顔を探りあう。しかしそれが分かったら逆に凄い。


「趣味……じゃねぇの? たぶん」


 潰れた帽子の死霊魔術師クラフトガン。

 彼の苦渋に満ちた一言に続く言葉は誰からもなく、とりあえず全員それで無理やり納得した。


「――で、問題はそんな特殊性癖にも関わらず偉い強いって事ですよねぇ」


 エメラルドの皮膚をした革男が核心を告げる。


「そうだな。一体何者だよそいつ。格好はともかく、ギルド、クランのB級以上の冒険者と、侯都の騎士団の隊長クラスは全員確認したはずだよな?」


 クラフトガンの疑問は最もだ。

 彼等は事を起こす前に要注意人物として様々な腕利きの人物を把握していた。

 なのでギルドやクラン、騎士団と言った要注意人物はちゃんと確認して拘束している。


「しかもそいつ、司祭の使役した茨の巨人も一人で倒してやがるんだろ? なら間違いなくB級、下手したらそれ以上だ。しかも百人の攻撃をかわし続けたカラクリも聞けば聞くほど、意味が分からねぇ。なんだ攻撃がことごとく曲げられたって?」


 だからこそ、その正体がますます混乱してくる。


 見た目はともかく未知の能力とB級以上の実力を持つ少年。そんな存在が今まで一体何処に隠れていたというのか。


「やはり魔蠍の者では? 魔蠍の使者を殺した際に、もう一通ここ侯都に配属された魔蠍の密偵に宛てたと思われる文書があったではありませんか」


「そうでしょうかねぇ。だとしたらなぜ、わざわざそんな目立つ姿で? 事件が仮に解決したとしても普通の神経じゃ恥かしくて名乗れませんよそれ」


 そこに総長と革男も加わり、いくつかの推論が出されるが、これと言った答えはない。


「司祭様、先程のミハルです。一つ思い出した事がありました」


 そんな時に再びドルイドの女性の持つ花から再び声がした。


「なんですか?」


「少年の正体についてなのですが、そいつが包囲を突破する時に自分を宿屋だ! と叫び返していたのを思い出しまして……」


「はい? 宿屋? 宿屋ってあの宿屋ですか?」


『っ!』


 その言葉に侯爵家令嬢ユースティ・ヴォルティスヘルムと次期侯爵ユーバッハ・ヴォルティスヘルムが反応する。


 頭に浮かべたのは二人とも同一人物。

 けれどそれぞれの表情と考えは全く異なる。


 ――まさか……やはり貴方なのですねロックさん! けれどなぜ裸なんですの?


 ――……やばい。そういうば宿屋の倅を全裸で地下に閉じ込めた様な……確か教国と裏で繋がっていたから服を剥い……でも教国側と戦っているってそれ、完全に冤罪だったんじゃ……あ、あれ?


 妹は若干戸惑いつつも顔を紅潮させ、兄は段々と顔を青くさせ冷や汗を垂らす。

 それ気付かずにクラフトガンが苛立った声を上げる。


「おい待てよ。宿屋ってなんだ。冒険者でも騎士でもないのか?」


「ふむ……そういえば私の協力者が、宿屋の少年が一人、前日に都市から消えたという話をしておりましたね。実際、その少年は学園で捕まえた者の中にもいなかったそうです。一応、実力者ではなかったはずですが、一つ気になる点が。その少年、実はご令嬢襲撃の現場にもいたはず」


 総長の言葉に、話半分だった者達も一気に険しい顔つきになる。


「もしかしたら我々の兵を倒しまくっている宿屋の少年と、沁黒殿の部下を全滅させた者が同一人物という可能性も――」


「ねーよ。何処の世界に暗殺者集団を返り討ちにして、兵士百人を壊滅させる宿屋がいんだよ。それもう宿屋じゃねぇ、違う何かだろ?」


 だがそれをクラフトガンが全力で否定する。

 確かに武装した兵士や暗殺者を次々と排除していく宿屋など普通ではない。


「…………ところで、そこのお二人が“宿屋”という言葉に微妙に反応していたんですけど、何か知っているんじゃないんですかねぇ。しかもユースティ様ってあの場にいたのでしょう?」


 革男がヴォルティスヘルム兄妹を見ると、他の者達も視線を向けた。

 それを受けてユースティはハッキリと告げる。


「残念ですが――終りですわね。あなた方は」


「……なに?」


「あの御方――ロックさんは決して唯の宿屋ではありませんわ。あの御方は黒衣の集団を見た事もない魔術による圧倒的な力で、まるで雑草を刈り取るかの様に全滅させ、さらに一度はあなた方に殺された同じパーティーのメンバーを奇跡によって蘇生させた御方……そう、かつて人々を導き救った伝説の聖人様なのですっ」


 流石に突然のスケールアップに一同が動揺する。それが事実ならとんでもない話である。


「なんだと?」


 その中でもクラフトガンが意味が分からないとばかりに尋ねる。


「――にしては見た目と自称が一致しなさすぎだろう」


「あ……いや、そこは……私も……」


 盛り上がった熱気が急に萎んだ。全員が一瞬で冷静になった。けれどその空気の中で総長が確認する。


「ご令嬢。その言葉に偽りはないですか? 本当にその宿屋が沁黒殿弟子達を殺したと?」


「ええ。私は護身用のプローチのおかけで一度は魔術をレジストし、その戦いの最中に意識がありましたわ。そこであの御方は圧倒的な力で彼等を倒した……そして今、その力はあなた方に向けられている」


 ユースティが総長を含めた教国連中を睨みつける。

 その目には今話題に上がった少年が負ける姿など、微塵も思っていない自信が見て取れる。


 その様子に「ふむ」と考え込む総長。一方クラフトガンは叫ぶ。


「いや落ち着けよお前ら? いくらなんでも冗談だろ。聖人だぞ? 勇者に次ぐ伝説じゃねぇか。下手したら教国でも祭られるレベルの存在だからな?」


 クラフトガンがそれは有り得ないと全員に強く訴えている。

 一方、その傍らでユースティは、隣でいつの間にか物凄い勢いで顔を青くしている兄の姿に気付き首を傾げた。


「どうかなさいましたかお兄様? というか、なぜお兄様が宿屋の所に反応を?」


「えっ!? あっ、いやっ……」


 だが実は彼、ユーバッハは現在この中の誰よりも焦りに焦りまくっていた。なぜならロックを教国の尖兵と認定し、全裸にして牢にぶつ込んできたの彼である。


 ――本当に聖人様なのか? 嘘だろ? だって蘇生なのに服まで戻ったんだぞ? まさかそういうものだった……とか? でも仮に彼が本物で今、侯都を救う為に奔走しているなら……。


 ユースティは突然唸りながら頭を抱え始めた兄にただただ困惑する以外になかった。

 そんな侯爵家、教国軍それぞれ紛糾する敵の正体についての話を総長が終わらせる。


「とりあえずクラフトガンの仰ることは分かりました。ただその宿屋のその、ロック少年が聖人かどうかはさておき、塔が破壊された以上は排除しなくてはなりません。――班長、隷属魔術の影響はどうなっておりますか?」


 総長がさっきか鎖に繋がれた棺を弄っている爆発頭の技術者を見る。


「あ、ああ。一応、都市全体への効果は全ての鐘かコイツが壊されない限り大丈夫だよ。ただ塔、というより鐘が破壊されると、その周辺の隷属効果が落ちるかな。大通り近くは高レベルの者を監禁してないよね?」


「一応、ここの地下が近いと言えばそうですが」


「あ、ここは他の場所と被ってるから問題ないよ。ただ強力な隷属魔術の上書きは時間が掛かる様になってしまったと思う。たぶん? あと一応、魔法陣を転写して持ち運びできる小型の鐘があるから、もし周辺に人がいる塔が破壊されたらそれを持っていって貰えば、上書きは可能かな」


「ふむ。ありがとうございます。ならば今すべきは次の塔が破壊されない様にすること、そしてその少年と少女を殺すこと。おそらく隊長を拉致したのは情報を仕入れる為でしょう。そしてこちらのある程度の情報が漏れたと考えた場合……問題はどの塔へ向かうか」


 鐘が設置されている塔は全部で五つ。残りは四つ。


 学園。

 クラン。

 ギルド。

 大門。


 もし隊長が塔の重要性を喋りロックが本当に聖人であるならば間違いなく、これらの何処かへ行く。

 問題は何処に行くのかが予測できないこと。


「――学園だ」


 しかしそれを予測したのは、またしても予想外の人物であった。


「ロック・シュバルエならば学園へ行く」


 壁にもたれた紅蓮騎士である。


 これまでの話に一言も参加せずにいた騎士は、少年の隠しミドルネームを除くフルネームで呼び、そう断言した。


「閣下? 閣下はご存知なのですか? その少年の…………ああいや、彼はご令嬢と同じ学生でしたか。ならば愚問でした。学園の守りを強化しましょう。ですが他の場所も念の為、我々の誰かが向かいます。構いませんね?」


「それが賢明だろう」


 紅蓮騎士はそういって黙った。

 他の者達はまるでロック・シュバルエを知っている風な口ぶりに少しいぶかしんだが、総長はなにやら把握しているらしかったので口を挟みはしない。


「では――」


「俺だな。学園にはゾンビやスケルトンガーディアンを配置してある。それとオイ、魔物爺、あんたも部下の仇だ。一緒に来る――」


 クラフトガンが潰れた帽子を押さえながら沁黒のいた方へ振り返る。


 けれどそこには、既に誰もいなかった。


 そこで気付く。工作員の報告を聞いた時からずっと、誰も沁黒の声を聞いていないことに。













【侯城地下牢 バッファー(ノッポさん)】



 侯城の地下。

 ユースティ様達が連れ去られた地下とは、また違う場所にある地下牢に私はいた。


なんたる失態だろうか。


 ユースティ様の護衛として正体を隠し学生に扮して沼の森まで護衛したのは数日前。あの場で自分がいながらパーティーが襲撃され全滅。にも関わらず生き返り、今日まで混乱の中にあった。

 それがいけなかった。敵の存在を認識していながら余計なことに意識がいき、内部から教国軍に襲撃を受けた。


 一緒にパーティーを組んだ卵っぽい騎士や宿屋のポーター、神官の少女は無事だろうか。こうして捕まってしまった自分にはもはや何もわからない。


 しかしいったいどれだけの工作員が潜入していたのか。数年勤めていたはずの騎士すら裏切り者だった。おそらく教国は数年前からこの都市を掌握する為に計画を進めていたのだろう。完全な後手。

 ただそれでもこうも簡単に侯都が落とされるはずはなかった。


「……生きておられますか、騎士殿」


 私は何度目か分からないコンタクトを、同じ牢に閉じ込められている騎士達に試みた。


「……」


 しかしやはり他の騎士達からは一切の反応がない。


 そう。

 侯城が教国軍に支配され、あの鐘の音と共にここに連れ込まれてから、彼等は何の反応も示さなくなった。


「なぜ………自分だけ」


 私は槍の名手としてユースティ様の裏の学生護衛をしている関係で、ここいる騎士達とも面識があり襲撃時は城で戦争時の対応について話し合ってもいた。


 無論、襲撃に対して即座に応戦したが抵抗虚しく仲間は次々と討たれ、終いにはあの鐘の音と宣言である。

 その直後に共に戦っていた騎士達は完全に彼等に支配されてしまった。今では喋りかけても何の反応も示さない。


 だからこそ不思議なのだ。


「なぜ私だけが意識を保っていられる……?」


 おそらく侯爵家の方々は何らかの首輪をされていたから、影響下にはないのかもしれないが、あの方々を除けば今、城で動けるのは私だけ。

 つまり自分には彼等を開放出来る可能性がまだあるということ。


「ただし、こうして死に掛けでなければ、な」

 

 視線を自分の脇腹に落とす。


 戦闘中にエメラルドドラゴンの皮膚を持つ男に貫かれ、そこには穴が空いている。

 なんとか自力で応急処置をして出血を抑えているが、このままだと私は時間の問題だろう。


 ――せめて少しでも戦えれば。


 思わず唇を強く噛む。

 何らかの理由で私に洗脳が効かないにも関わらず、この体たらく。


 今、この城で唯一逆転の可能性があるというのに。


 そう力むだけで痛みが増す。

 私はこのまま死ぬのだろう。だがせめてどうにか奴等に一矢報いねば死ぬに死に切れん。


 ――コツンっ。


「……?」


 そんな時だ。頭の上の方から小さな音が聞こえた。


 思わず牢の外にいる教国の騎士達を見るも、彼等はお喋りに夢中。

 私は気付かれない様に上を見る。


 すると天井のほんの僅かな隙間から何かに巻かれた小瓶がゆっくりと降りてきていた。


「!? ……っ」


 私は気付かれない様に痛みを押し殺し、その小瓶を手に取る。


『反撃の時に備えよ』


 まとわり付いた紙に書かれた文字、そしてその横に描かれた蠍の絵を見て思わず身体が震えた。

 慌てて小瓶を開けて匂い嗅ぐ。


 ――ポーション。


 ランクは分からないが間違いなく回復ポーションだ。私は慌ててそれを飲んだ。

 全身から滾る力。穴の空いた脇腹が物凄く熱を持ってくる。


 下級などでは無い。おそらく上級。

 感謝と共に上を見るも、既に天井の隙間は塞がっていた。


 ――有難い。


 紙に描かれた蠍の絵……あれは間違いなく公爵家の魔蠍騎士団のもの。

 一体誰かは分からないが、命を救ってくれた者に心の中で感謝を告げ、全身の魔力を活性化させる様に深呼吸する。


 上級ポーションと言えど、飲んですぐ穴が完治する訳ではない。ならば今は傷を癒やすことに専念する。


 いずれ来る反撃の時。


 私だけではないのだ。間違いなくこの城に、同じ王国の魔蠍の手の者が潜伏している。ならば、来たるべき時の為に私は体を休め、この腹の傷を塞ごう。


 そうして、次は必ずや届かせるのだ。


 ――あの革を自在に操る魔術師に、今度こそ私の槍を届かせる。




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