2-5 時空間魔術師(第一位階)VS教国工作員百人
【侯都大通り ロック・シュバルエ】
動いたのは周囲全員。
「ブチ殺せぇ!」
指揮官と思わしき男の声と共に男達が迫る。
剣、槍、斧、双剣、槌、棒、棍棒……ありとあらゆる武器が、同時に四方八方から俺を殺す為だけに向かってくる。
避ける隙間も時間も術も何もない。
「ッ――時間停滞!」
「死ねぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ」
俺は咄嗟に、時間遅延を応用して出来る様になった時間稼ぎの技を使う。
時間停滞――無差別な全体へ向けた時間遅延。
発動と同時に俺、敵、周囲全てに時間遅延が掛かる。自分にも掛かるが、特定の何かを狙った遅延よりも、効果が長くなり、なおかつ細かいコントロールがいらないメリットがある。
当然、俺は動けないがその代わりに十分に思考は出来るのだ。
――どうするっ。どうするんだこの状況。逃げ場なんて何処にもないぞ!?
ゆっくりと流れる時間の中で、俺は必死に対策を考える。思いつかなければ、それ即ち死。
――考えろ。どうすればこの包囲を突破できる? どうすればこの武器の雨をかわせる?
時間遅延では確実に詰む。一部を止めても、そのうちに他に殺されるのは間違いない。
空間捻転は大きさに限界がある。周囲全部を巻き込んで捻転させるのは今の俺では無理だ。
打つ手がない。敵を倒すのは不可能。どう足掻いても死ぬ。
でもだからと言って逃げ場もない。唯一あるとすれば――。
俺は段々と近付いてくる剣や槍の上を見た。
頭に過ぎるのは先程、茨の巨人を打ち倒した腕への駆け上がり。
だがそれは踏めるものがあって成り立つ。
――踏めるもの。マント? 無理だ、人垣を超えられない。他にあるのなんて、もう……え?
「ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ――ぇぇッッ!」
「って、やばっ!」
が突然、周囲と自分の時間が加速する。
遅延の効果切れ。突き出された剣や槍が瞬時に迫ってくる。
「くそっ――こうなったら一か八かだッ!」
一番間合いの近い槍が一斉に俺へと全方位から突き出される。
「時間停滞ッ!」
俺は再び全ての時間を遅らせる。今度は思考の為ではない。
目的は精度。
槍を最小限の動きでかわしつつジャンプ。突き出された槍の一本に、ゆっくりと落下して、ピタリとその上に足を置く。全てこの遅さだから出来ること。
その瞬間、時間がまた通常へと戻る。けれど無事に足場ができた。ならば――。
「時間遅延ッ!」
今度は、今足場にしている槍を持っている男に対し時間遅延を掛けて、槍からそいつの顔面に飛ぶ。
またそこを起点にして再びジャンプ。
その直後、足があった所を剣や槍が我先にと通過する。
一歩遅ければ足を切り落とされていた。
「悪手、空中に逃げれば終りだ!」
誰かが叫ぶ。
それは事実。ここから先は着地する足場はない。
「空間捻転、ブレイクッ、時間遅延!」
――だから作る。
空中に空間捻転で歪んだ空間を作り“空気”をくり貫き、その“空気”に時間遅延を掛けるのだ。
咄嗟のアイディア。試したことはない。
そしてその空気の下には、教国の男達が針山の様に武器を構えている。中には魔技の輝きも見える。
――もし踏めなかったら死ぬッ。
俺は全体重でその空気に右足を着地させた。
――飛べぇっ!!
ぐっ――と踏み込むと同時に、遅延による独特な、若干沈み込むも確かな抵抗が返ってきた。
「しゃあッ!」
思わず叫び右足を起点に、さらに高くジャンプする。
「はっ? ………おいおいおいっ、なんで落ちて来ないんだアイツ!?」
「馬鹿な空中を走ってやがるぞ!?」
「まさか空歩かっ!? あんな小僧が!?」
「いや、魔技の輝きはねぇ! 一体何がどうなってやがる!?」
下で男達が困惑する中、俺はさらに次の足場を作って空中を跳んで行く。
「なら落としてやるまで! ――っ、空中で止まった!?」
下の連中もただ見ている訳ではない。何人かが武器を突き出したり、槍を投擲してきた。
しかし今俺の足元にあるのは、時間遅延の塊。
槍は何もない空間に突き刺さり、空中で緩慢な動きに変わる。
「あの空飛ぶ変態を追え、なんとしてもここで殺せ!」
「変態じゃない、宿屋だばかぁッ!」
困惑する敵の指揮官についつい叫び返しながら、俺は空中を跳んで人垣を超えた。
だが、それで逃げられる程に甘くない。
人垣を超えて走りだした直後、不意に風斬り音がする。
「ッ、時間停滞!」
ゾクリと背を這う嫌な予感に、俺は時間を緩やかにし意識を集中させる。
――背後から何か来る!?
迫る音が頭の後ろへ近づくにつれ、何とか頭を下へと隠す。
その直後、時間が戻り加速した二本の投げ斧が俺の髪の毛を撫でながら飛んでいく。
「あ、ッぶね!?」
だがそれだけではない。急に足に何かが絡み付いた。
「鞭か!」
それが後ろに急激に引っ張られ――。
「空間捻転――ブレイク!」
俺は引っ張られる力に対抗し、ぐちゃぐちゃに空間を捻って、鞭を強引に捻じり切る。
そうして今度こそ走りだそうとするが、鞭を外そうと振り返った視界に煌めきが幾つも見えた。
その一つが凄まじい速度で俺に向かって突っ込んでくる。
「今度は――って槍ぃ!?」
魔技の輝きを纏った槍。誰かがとんでもない威力で次々と投擲してくる。
「空間捻転、スルー!」
俺は背後に大きな筒状の曲がった空間を展開しながら、思い切って走りだす。
降り注ぐ槍が次々と俺の周りに着弾し地面を砕いて行くが、直撃しそうなのは全てその軌道を曲げて周囲の家々を破壊していく。
しかもさらにその横を、立ち並ぶ家々の壁を足場にして魔技の輝きを宿した男達がアクロバティックに並走してくる。
「人材豊富過ぎだろ教国軍!」
そんな彼らからの命懸けの逃走劇の果てに、俺はやがて先生と見た巨大カボチャの場所に出た。
つまり都市の中央。
咄嗟とはいえ完全に逃げる方向を完全に間違えた。
しかも――。
「いたぞ! 北は塞いだ!」
「東もだ!」
「西は任せろ!」
広場へ向かう全方位の道が先回りにより瞬く間に塞がれる。
――どうする。
俺は広場のど真ん中にある、頭から左右二本の巨大な筒を生やした、やたら強そうな巨大カボチャを見た。
そして広場にある時間を報せる鐘撞き塔と、その塔を起点にカボチャを囲む様に作られている空中回廊。
そしてその二つを結ぶのは一本道の足場。
「……他に逃げ場はない」
殆ど狩りの獲物の様に追い詰められ俺は一番近くにあるカボチャと繋がっている足場、空中回廊へと上がった。教国の騎士達も他の足場から続々と上がってくる。
時折飛んでくる矢の軌道を曲げ、いきなり現れる壁走り共を遅延させながら逃げまわる。
「ほんと何人いるんだよっ」
しかも上がってくる敵の数が尋常じゃない。物凄くいる。わらわらいる。次から次へと足場に上がってくる。
「シッ!」
不意に気合と共に男が、空中から斬りかかってきた。
「じか――やッ、空間捻転スルー!」
「――えぇ!? あああああぁぁぁぁぁ…………」
とっさに曲げる。
すると男はジャンプ台から発射される様に、勢いそのまま真横へ吹っ飛んで行き足場から消える。下から痛そうな悲鳴が聞こえた。
「いや、なんで上から――ってオイオイ人間投げてんのかい!?」
下で大男が魔技の輝きと共に次々と槍ではなく人間を投げてくる。
馬鹿げているがこの物量に不意の襲撃は嫌らしく、俺はジリ貧で空中回廊から一本道を渡り、逃げ場のないカボチャの前に追い詰められる。
「だが逆を言えば道は一つに絞ったぞ」
俺は周囲を空間捻転で覆い、矢や人間(?)等の飛び道具をあさっての方向へ逸らす。
正面から来るのは時間遅延がある限りこちらが圧倒的に有利。一対一を延々と繰り返せば、勝機はある。
「――とでも思っているのだろう?」
何処からか先ほどの指揮官の声がやたら大きく響いた。
「貴様は今、攻撃を曲げる未知の魔術と、人間の動きを遅らせる同じく全く未知の魔術、この二つがあれば一本道で延々と撃退することが可能……そう考えているのだろう?」
「っ、そうではないとおっしゃいますかね?」
「……火を放て! ただし、カボチャのハリボテの方だ!」
「マジかよっ!?」
指揮官の声に何処から火のついた矢が放たれる。
問題はそれが俺の背後だということ。
突き刺さった火の矢の場所から次々と炎上する。
「なるほど焼き殺す気か」
「それだけではないわ!」
その雄叫びと共に城のある大通りから、突然大きな滑車のようなものが現れた。
その上で仁王立ちする指揮官。
「今までの動きから貴様の魔術はどうやら巨大なものは逸らせないらしいな……だからこいつを用意した! たかが変態一匹に光栄と思え!」
「投石機ぃ!? 人間一人に馬鹿じゃないのあの人!?」
だが。
あの岩は俺が作れる筒の大きさを遥かに超えている。
冗談抜きでヤバイんじゃないかこれ!?
「行くぞ! 戻れば兵達、跳べば槍、迷えば大火、もはや貴様に逃げ場はない! 放てぇ!」
背後で火の手が増す中、俺目掛けて岩が飛んできた。
でかい。でか過ぎる。人間三人分は逸らせない。
「時間遅延!」
とにかく最大威力の遅延を放った。
岩の飛来してくる時間はこれで稼げる。だが方向は決して変わらない。つまり元の速度に戻ったが最後、俺はぺしゃんこだ。
「飛び降りるか? しかし下にも兵だらけ、空中で飛んでも無防備な上から狙い撃ちされる。正面突破は数からしてもっと無理。後ろは火災。……駄目だッ、このままじゃ本当に逃げ場がどこに――なっ、いぃっ?」
と思わず混乱したまま、背中のカボチャに手を置いた瞬間だ。
ガチャッ――。
という音と共にガクンと手が沈み込んだ。
「……ぇ?」
レバーがあった。
なぜかカボチャに謎のレバーがあり俺はそれを思いっ切り押していた。
直後、カボチャが爆発する。
「ファ!?」
充満する煙。吹っ飛ぶハリボテの外側。
だが爆発したのは外側だけ。
そして煙の中、ハリボテの中には真っ黒い球体が舞台の上で鎮座しており、それが突如勝手に割れる。
すると中から――女の子が姿を表しそして、いきなり叫んだ。
「レディーーーーーーーーーースアァ〜〜ン、ドッ、ジェントルめんっ! 今宵、この時、この饗宴! 一年の恵みを祝う宴の最後を飾りますのは……この〜哀れで〜愚かな〜でもちょぴっりお胸のおっきい美少女道化師! ……良い子も悪い子も耳の穴を大きくしてお聞きなさんな、そう私、このプルゥーーーーーーーートゥーーーーーーにっございまぁ〜す♪」
それは思わず見惚れる程に美しい、うさ耳のカチューシャを被る道化師だった。