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2-4 服を着よう(ハードモード)

ロック視点です。時系列的に少し遡って侯城の会議前になります。

【侯都ヴォルティスヘルム大通り ロック・シュバルエ】





「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」


「あああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 拝啓、父さん、母さん、シェリー。

 お元気ですか?


 俺は元気です。

 今日も元気に全裸にマントを羽織って全力疾走しています。もう少しで、新世界が開きそうです。


 でもその前に、背後から走ってくる茨の巨人に殺されそうです。


「なんで侯都のど真ん中に魔物がいるんだよ!!」


 走る俺に、追う茨の巨人。


 ほんの少し前。俺以外に誰もいない大通りで一人で呆然としていた時だ。突然道の一つからこの巨人が出てきたのだ。


 それでも当初、俺は逃げ切れると思った。

 巨人は建物と同じくらいの高さな上、大量の茨が人型になっているだけ。ところがこれがなかなか振り切れない。

 それどころか俺の走る速度と追ってくる速度は殆ど変わらないらしく、今では少しずつ近付かれている。


「一体何がどうなってんの!? みんな何処に消えたの!? あの魔物はどっから来たんだ!?」


 疑問が無数に湧いてくる。

 けれど今はあれから逃れる方法を考えるしかない。


「いっそ戦うかっ?」


 背後を振り返る。

 無数の茨が触手の様にウネウネしている。


「――無理」


 こちとらほぼ全裸だ。

 武器すらなく、装備しているのはこのマント一枚に途中で見つけた靴屋で拝借した靴だけ。


 実際、動く度にマントが揺れていろいろやばい。ポロリではない。モロリである。人がいなくて心から良かったと思った。


 しかしこのままでは体力が落ちて俺の方がやられるのも事実。


「――なら」


 俺は覚悟を決め、マントを翻して振り返る。迫るは巨人。かなりの迫力だ。しかし正直に言えば――決して戦えなくはない。


 あの手の魔物はコアがあり、それが弱点だと師匠達から教えられた事がある。

 きっと頭の部分からチラチラ見える、真っ赤な玉がそのコアなのだろう。


 なら勝算はある。


 しかしそれは武器があってのこと。素手では間違いなく致命傷を与えられない。剣、或いは、そう、ナイフがいる。


 だから俺は魔力を今できる限界まで溜め込み、その茨の腕が伸ばされる瞬間。


「時間遅延!」


 パチンッと指を鳴らした。


「UOOOOOOOOOOO   O O

O

OO  OO


OO   OOO   O ――」


 放たれた魔力の波動は茨を呑み込み、そのせいで茨の動きが突如緩慢になった。


「ま、これしかないよね」


 俺は魔術が解ける前にすぐさま路地へ逃げる。

 それからしばらくジグザグな感じで路地をデタラメに走った。流石に一度見失えば、周囲の建物を破壊してまで入っては来ないだろう。


 そうしてしばらく走って、息を整える。ここまで来れば大丈夫か。

 と、なれば次は――。


「よし、今のうちに着衣」


 ちょうど、路地を抜けたところに服屋が見える。俺の中の何かが目覚める前に、早く何か着なければ。


「失礼しま――」

「ったく、しけた店だぜ。金貨もな――」


 店の扉に手に掛けた途端、何故か勝手にバックした。


「「え」」


 人がいた。

 服装こそ普通だが、腰に帯剣している。休暇中の騎士の様な出で立ちだ。その人が中から扉を開けたのだ。


「「あ、すみません」」


 お互いぶつかりそうになり、慌てて横にズレる。


 けど、相手はそれきり動かない。俺の顔から下までじっと見ている。

 

 そうして冷静になると。


「って、人いた――」

「って、なんでお前平気で歩いてんだ!?」


 突然、距離を取ると男は剣に手を掛けた。


「おい、どうした!」


 さらに男の背後からも足音と声がする。


「意識のあるガキがいる! 構いやしねぇ、ここで殺すぞ!」


「こ、殺す!? 俺をですか!?」


「……運がなかったと諦めなッ!」


 男はそういうと抜剣と共に本当にが斬りかかってきた。


「っ!」


 間一髪、それを一歩下がってなんとか躱した。


 ――パサぁ。


 と、思った直後、ギリギリで斬られた事に気付く。……前を結んだマントの紐類が。


「ちっ、上手く躱し――え」

「な、本当にいやがる。おい、どうした?このまま二人で殺――は?」


 結果、肌けるマント。曝け出されるパオーン。


「「…………」」


 剣を振るった男も、後ろから駆けてきた別の男も、突然目の前に表れた俺の裸体に二人して唖然としている。


「いっ、今だ!」


 なんで攻撃されたのか。この人達は何なのか。

 まるで分からないが、その隙に俺はマントで無理やり前を隠しながら、踵を返して逃走する。


 その直後、背中から生涯誰からも聞きたくなかった絶叫が上がった。


『変態かっ??』

















「いたぞ! 裸マントはこっちだ!」


「路地を追い詰めろ! 相手は変態一匹だ! 確実に殺せ!」


 拝啓、以下略。


 今度は武装した男達に路地で追われています。


「なんなの!? ねぇなんなの!? 人いたと思ったらなんで殺しに来るわけぇ!?」


 今の侯都は一体、何がどうなっているのか。

 間違いなくまともな状況じゃない。


「まさか露出は死罪……? いや、でも抜剣したのは鉢合わせた時だし……」


 俺は再び路地の中を走りながら考える。

 いきなり斬りかかってきた事を考えても、間違いなく平時ではない。何より。


 ――意識のあるガキがいる。


 俺を見て、確かにそう言い放ったのだ。


 つまり彼等は意識のある人間がここにいるとは思っていなかったのだろう。

 そして即座に抜剣し相手を問わずに斬りかかってきた躊躇のなさ。

 そこから頭に過るのは……例えば集団昏倒、制圧下、敵軍という単語の羅列。


 もしかしてこの都市は既に陥落しているのでは?


「冗談抜きで、裸マントで走ってる場合じゃない。本格的に取り返しのつかない事態に陥ってないかこの都市?」


 そうなると一体後ろの連中は何なのか。俺は確認の意味を込めて頭だけ男達へと振り返る。


「なら……おいおい“教国の兵士”は足が遅いなァ!? そんなんじゃ、一生俺の生尻を追いかける事になりそ――」


「――それ以上喋ったら、犯すぞクソガキッ!」


「うわあ」


 やばいやばいやばい。

 めちゃくちゃ血走った目で見られた。とりあえず相手が教国軍である事は間違いなさそうだが、代わりにより危険な状態に陥った気がする!


「残念! 行き止りだ!」


 と、今度は正面からも服装は一般的なのだが、帯剣した男が新たに現れる。


「やばっ!?」


「でかした! さぁ覚悟は出来てんだろうなぁクソガキィ!」


 ダメだ。ここは一本道。逃げ場はない。


 足を止めた俺へ前から来た男が立ち塞がる。少し遅れて後ろからも二人。


 完全に足止めされ、囲まれた。


「さぁ、教国を馬鹿にした罪を償ってもらおうか」


 ……こうなったら、やるしかない。


 俺は意識を切り替える。大丈夫、素手の格闘戦は元武闘家のロンさんに習った。

 最低限の実勢経験もある――もっとも、使うのは時空間魔術を組み込んだオリジナル。師匠達にも“危険過ぎて”使わなかった戦い方だけど。


「っ――そらよ!」


 まず前からの一人。

 踏み込み、片手剣を上から振り下ろしてくる。明らかに素手のこちらを舐めた動き。


「時間遅延!」


 それを逃さず、数秒程度の時間遅延で男の動きがを緩慢なものへと変える。


「なっ!?」

「はぁ!?」


 背後で男達が驚いているが、遅らせられるのは数秒のみで余裕はない。

 俺は目の前の男の懐に飛び込み、その腹に片手を添え。


「悪く思うなよ――ブレイク!」


 ――内蔵を空間ごと捻転させた。


 少し遅れてグヂャッ! と皮膚や服は無事にも関わらず、腹部からクグもった水音がしたと思うと、男がいきなりあり得ない量の血を噴水の様に吐き出した。


「ごホォ、ボゴお、がほォ!!」


 全身から血を撒き散らし男が倒れる。

 

 正直、想定以上だ。けれど躊躇っている余裕はない。俺は即座に男が落とした片手剣を拾って、後ろの二人へ向けて反転する。


「なっ……こいつ、ただのガキじゃねぇぞ!」


 流石に今のを見て一瞬怯んだ男達だが、すぐさま警戒心を最大まで引き上げたらしく魔技の輝き放ち始める。


「同時に行くぞ!」

「おう、動きを片方が封じられたらその隙に殺れ!」


 左右に別れて、同時に男達が距離を詰めてくる。

 左の男は剣、右の男は槍。


 ――ならば。


 俺は左の男を無視して右の男へと踏み込む。


「死ねえ!」


 槍による刺突。

 さらに魔技なのかそれが途中で急加速する。そこへ左からも男が剣を横薙ぎにしようと振りかぶってくる。


 このままでは槍を避けても剣で死ぬ。

 逆に剣を避けても槍で死ぬ。

 二段攻撃。回避は不可能。ゆえに――槍の切っ先へと手をかざす。


「空間捻転――スルー!」


 俺の手に貫通し、脳髄まで撃ち抜く程の加速された刺突――が突如、グニャン! と斜め左へと有り得ない急角度でその機動を曲げる。


「はぁ!?」


 空間捻転の使い方その2、スルー(命名エルフ師匠)。


 これは空間を丸く捻じるブレイクとは異なり、入り口と出口を残し、目の前の空間を筒状に曲げてみたものだ。


 ではもし、その曲がった空間を何かしら物体が通過した場合、一体どうなるか?


 それが目の前の、この突如として木製の槍がグニャリと、物理的に有り得ない角度に曲がっている現象である。

 しかも槍は実際には“空間が曲がっているだけで実際には真っ直ぐ進んている”という奇天烈な状態。

 つまり加速されて放たれ槍は全くその速度を全く落とす事もなく――。


「ガハッ!!」


 横薙ぎしようとしていた左の男の心臓部を一撃で貫いた。


「なっ――!」


 仲間を突き殺した男が動揺した隙を見逃さず、俺は右手で持った剣でその無防備な首を撃つ。


「はッ!」

「グッ――ごフッ」


 剣を振り抜くと槍の男はその首筋から空気が抜ける音を出して、白目を剥きながら倒れた。


「はぁ……はぁ…………よ――」


 し。


 そう言おうと思った瞬間、後ろから凄い衝撃が走った。

 ぐわんっ、と引っ張られる様な謎の浮遊感。ゴチャゴチャになる視界。天地が何度もひっくり返る。

 上、下、右、左、上、下――。


「時間ち、えん!」


 視界がとっちらかる中、自分自身に時間遅延を掛ける。

 

 そして緩やかに回る視界の中で、そいつがいた。


「お前か巨人ッッ!!!」


 路地を囲う建物の上から、まるで隙間のゴミでも掃くように、手を払っている茨の巨人が見えた。


 やがて時間遅延の効果が消え、再び体が回転しながら大きな通りへと弾き出される。

 叩かれたのにそこまで大きダメージがなかったのは、きっと奴が植物だからだろう。


 そうして転がり、地面に手を付きながら顔を上げると目の前には茨の巨人がいた。


 奴の手が存在しない代わりに、触手の集合体の様な腕が迫る。


「時間遅延!」


 咄嗟にその動きを遅延させる。

 しかし魔力を貯めている時間はなく、緩慢にさせられのは数秒。

 が――。


「十分!」


 俺は後ろでも、横でもなく、そのノロノロした手を踏み台にその腕を駆け上がる。


「もう一発!」


 だが足場は隙間だらけの蠢く茨。しかも普通に踏めば体重で沈み込む。まず足場にはならない。


「三発目!」


 けれど、時間遅延が掛かった場所は別。


「四発目!」


 空間遅延で時間を遅らせられた物体は、外部からの干渉による影響も遅れる――すなわち、足場にしても沈み込むのに同じだけタイムラグが発生するのだ。


 それがそのまま足場になる。そこを一気に駆け上がった。


「って事でお客様、お顔を拝見!」


 俺は肩口を飛び、巨人の顔の部分――赤い玉と対面を果たす。


 ほぼ同時に周囲の茨が一斉に襲い掛かってきた。


「五発目!」


 しかしそれも数秒止める。

 その隙に右手に持った剣を投擲すべく振り被る。


 巨人は茨の攻撃が間に合わないと見るや、周囲の茨を玉の前で捻られせ、渦巻きの様にして茨でガチガチに覆い隠そうとする――が。


「悪いが、捻るのは俺の方が得意なんで……ねッ!」


 剣を投擲すると同時に、茨が閉じる回転と逆回転で空間捻転させてその茨を抉じ開け――。


 直後、その隙間を剣が走り赤い玉に突き刺さった。


「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!」


 コアが破壊されたことで巨人の茨が白化していき、ガラスの様にやがて砕け散った。

 一方、俺も俺で空中から足場になるようなものもなく――。


「へぶしっ!」


 普通に墜落した。

 ただ茨が砕けて粉になったものが足元には積もっており、それが多少なりともクッションになったらしい。

 周囲もその埃でロクに見えない状況だが。


「い、いてぇ……けどなんとか倒せた。いややっぱり強くなってるんだな俺。自信はあったけど、まさか本当にあの巨人に勝てるとは」


 そんな中、俺は自分の成長を感じ取っていた。

 やはり力は使い方次第。特に時空間魔術は位階が低くとも、活用方法は多い。


「都市の状況は最悪だけど、とりあえず教国軍らしき連中とは戦えそうだ」


「そうか。それは良かったな少年」


「ええ、一案し……は?」


 俺は恐る恐る声のした方へ振り返る。

 そこにはぼんやりと人影があった。まさか新手の教国軍か?


 でも一人なら。


 そう思った途端、人影が増えた。


 まさか他にも――なんて思っている間にさらに四つ増え、また六つ増え、白い粉塵が晴れる頃に俺はようやく気付いた。


 見渡す限り人がいた。その数、ざっと百人。


 全員が全員、一般的な服装に関わらずその手に剣や斧などの武器を持っている。まるで健全じゃない。

 その中の代表者らしき男が俺に剣を向けてきた。


「ドルイド様の茨の化身を倒すとは大したものだ……だが、俺達百人相手にはどうかな?」


「あの……投降って、受け付けてます?」


「残念、予約でいっぱいだ」


 直後、俺を囲む百人近い人間が一斉に俺に向けて四方八方から武器を向けてきた。


 拝啓、父さん、母さん、シェリー。


 俺は宿屋になる前に服も着れずに死ぬかもしれません。






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