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2-3 たった二人の抵抗者

三人称、少し長めの説明回です。


【侯城 見張り台】




「隷属兵器……いや催眠兵器だっけか? ……なんにせよ凄ぇんだが、なんかこう、うさんくせぇーったらありゃしねぇぜ」


 紅蓮騎士達、教国軍の部隊により秘密裏に侯城が制圧されてほぼ一日。


 意外にもその翌日には全て事が決していた。


 かつての侯都とは違う風景。

 別に建物や道が変わった訳ではない。問題は人だ。人はいる。いるが活気というものが完全に消失していた。


「僅か一日でこれとはな」


 侯城の見張り台から教国軍人である、潰れた帽子を深く被った男、死霊魔術師クラフトガンはその光景を朝露の中で見ていた。


 彼の眼下にはわらわらと侯都の人々が虚ろな目で、侯都各地にある戦時の避難用に作られた教会等の避難所に入って行く姿が映っている。


 その全てに生気がない。


「かつての勇魔戦争……その魔王が持っていた杖の破片を元にした魔導兵器って話だが、それでこんな事が出来るなら、本物の杖はどんだけやばかったって話だ。姫巫女様の発狂といい、枢密院の激変といい……本当に教国は追い詰められていやがるのかもな」


 彼はしばらく頬をついてその光景を見ていた。

 しばらくして各地で暴動が起きてないか、ゾンビ達を通じて確認したが、何事も問題なく人が侯都から消えた事で、彼以外の六人が既に揃っている城の中へと戻った。











「お集まりの皆様、ご苦労様でした。まずは計画の第一段階ですが、無事に達成されたと言えましょう」


 侯城の地下。

 神鉄結界の母体がある場所に、七人の男女が集っている。


 一人はこうして口火を切った、細身だが風格を感じさせる黒髪をオールバックにした初老の紳士――黒髪イケメンことレインバックを勧誘し、ギルドを単身で壊滅させたバルトス・メラ元教国騎士団総長。


 一人は小柄な黒衣の老人――ロック達を襲った暗殺組織の長にしてその組織の名を持つ沁黒ヘイツェン


 一人は潰れた帽子を深く被った男――先程まで外を見ていた学園を制圧した死霊魔術師クラフトガン。


 一人は神秘的な雰囲気を持つ薄い緑髪の女性――七天騎士の深緑騎士の腹心、茨を司るドルイドであるキャサベル・ガン。


 一人はエメラルドドラゴンの皮膚を持つドルイドと同じ髪の色をした男――七天騎士の深緑騎士の腹心、そして魔蠍の男に成り済ましていた紙や皮を操る紙魔術師ミルティク・ガン。


 一人は眼鏡を掛けた爆発頭の男――教国軍の神遺物解析班、つまりは技術者達の班長。


 そして通常の甲冑よりも二回りも巨大な赤黒をベースにした甲冑を着た騎士。

 声からして男だと分かるが顔は兜で見えない。ただその甲冑の篭手だけは異様に巨大化しており、武器は何もない。


 ――紅蓮騎士。


 ここにいるの七人は教国軍の精鋭中の精鋭。

 教国のトップに騎士団総長があり、その下に七天騎士の各騎士団が連なる軍事組織。それを横断して作られた神遺物実験部隊。無論、実験部隊など言うが実際は“紅蓮騎士”を運用する為だけに作られた極秘部隊である。


 そもそも紅蓮騎士とは個人の称号ではない。それは“とある上位存在の二つの死体”を掛け合わせて作られた、甲冑型の魔導兵器を指し示した名である。


 つまり紅蓮騎士の中身はその甲冑に適合できる者が、その時代においてそれを纏っているだけに過ぎない。実際、侯爵をかつて地獄に叩き落した末に爆死した紅蓮騎士と、今ここにいる紅蓮騎士は全く別人であった。

 もっとも甲冑を纏える適合者自体が万に一人もいない程に稀少なのだが。


「閣下も無事に紅蓮騎士を起動させることが出来ました。このままなら“篝火”も灯さずに済みましょう」


 白髪の元騎士団総長が全員に向かって告げる。

 彼が告げた篝火は紅蓮騎士の胸元にあるランタンを指していた。


 もしそのランタンを使う事になれば、例え鎧の適合者であっても死ぬ。使えば最後、必ず死ぬ。それはかつての紅蓮騎士が爆死した様に。

 なぜならその力はロック・シュバルエの時計と同じ――。


「とは言え、計画の進捗状態を一度ここで整理致しましょう。こうして全員が次に集れるのは作戦が完了した後でしょうからね」


 その言葉に全員が頷き、元総長が続ける。


「まず我々はこの城を落とし、特にこの地下にある、帝国の携わった“魔術広域拡散魔法陣”の奪取に成功致しました」


「制圧は簡単でしたよ。まさか閣下と沁黒殿、そして自分達兄妹だけで大方片付くとは思ってもみませんでしたけどねぇ」


 そう嘲笑うのは顔面がエメラルドの竜の皮膚になっている革男。


「ええ。おかげ様で混乱なく城の接収ができました。ですが我々の目的はこの“魔術広域拡散魔法陣”を強奪し、神鉄結界とは異なる魔術を発動させること……班長」


「あ、ああ。全く問題ないよ。“魔術広域拡散魔法陣”の発動魔術を、クイーン・スリザンの神鉄結界から、魔王ザックーガの神遺物である杖の破片を使った隷属魔術へ、ただ入れ替えただけだからね。大成功だよ。後ろに繋がれた棺がそう。で、見てたろ侯都の連中? 二日酔いみたいな顔で、皆してピクニックだ。ははっ」


 彼はクイーンスリザンから外された鎖が、代わりに巻き付いている黒い棺を自慢気に指した。


 このわずか一日で、この侯都から人が消えた理由はこれである。


 侯爵チェスターが二十年の歳月と歴代の当主の溜め込んだ資金を次ぎ込み作り上げた神鉄結界。だがこれをもっと、詳細にたった一言で表す言葉がある。


 魔術広域拡散魔法陣。


 教国にとって大事なのはクイーンスリザンの持つ神鉄結界ではなく、その神鉄結界を増幅させ都市に行き渡らせる魔法陣の方なのだ。


 何故なら魔術広域拡散魔法陣は別に神鉄結界に限らず、どんな魔術でもこの侯都全体に波及させる事が出来る。例えそれが侯都の民にとって害悪になるものであったとしても、だ。


 よって彼等の狙いは神鉄結界ではなく、増幅機の方。


 そして教国の彼等はそれを、魔王ザックーガが残した杖の破片、そこから発動される隷属魔術或いは催眠魔術と呼ばれる物に入れ替えた。


 結果、発動したのはこの都市を守る巨大結界等ではなく、この都市の人々に作用し強制的に催眠状態に陥れる魔王の遺物たる隷属兵器となってしまったのだ。


「なぁにが問題ねぇだ爆発頭。ある程度の抗魔力がある連中には効き辛かったじゃねぇか」


 その成果をへらへら答えていた爆発頭の班長に、死霊魔術師のクラフトガンが噛み付く。


 とはいえ、例え魔王の隷属魔術であっても所詮は破片。彼の指摘する様に、ある程度の抗魔力、すなわちレベルの高い者には作用し辛く抵抗が一部で起きかけていた。


 特に直接的に制圧した侯爵家の騎士団や衛兵を除けば、クラン、学園、ギルドがそうだ。


 彼等は下手に動かすと催眠が解ける危険もあるとして、全員がその三箇所にそのまま閉じ込められている。


「そっ、それは前から危険だから、お宅らを派遣していたり、魔力の抵抗値を下げる薬をエールに混ぜたりした訳で、予定のウチだって! 気にしすぎだよ?」


「ハッ。どうだか。催眠解けたりしねぇだろうな? 一緒に侵入させたウチの国の騎士共を巡回させてはいるし、俺は俺で学園にゾンビ配置してきたとは言え、いきなり全員が催眠から冷めればマジで面倒だぞ?」


「大丈夫さ。大丈夫。この魔術が効かない人間なんて、杖と同じ格の力を受けて耐性の出来たとかじゃない限り有り得ないから。それに時間が経てばその催眠は洗脳にまで達するって」


 慌てる爆発頭をクラフトガンは胡散臭そうに見ていたが、やがて鼻を鳴らした。

 それを見て元総長が話を進める。


「そんな訳で城の乗っ取りから、“魔術広域拡散魔法陣”の転用、侯都全域に隷属魔術を作用させることで都市を制圧と、無事に第一段階はクリア致しました。そしてこれより第二段階に移ります」


 全員の視線が元総長に戻る。


「第二段階。

 一つ目が侯都の者達を完全な催眠から洗脳状態に置くこと。これは今から、再度強力な隷属魔術を放つことで達せられるでしょう。

 二つ目はこの魔術広域拡散魔法陣の接収。こちらは班長に一任しておりますが、これも二日あれば何とかなる見込みです。

 そして三つ目が王国軍ならびに光の神殿が擁している偽りの勇者の抹殺。何れ此処に来る彼等をこの都市に引き込み、この都市の人々を使って殺します」


 その言葉を受けての反応は様々だ。


 ドルイドの女性はいぶかしみ、沁黒は面白そうに笑った。


 まず口を開いたのはドルイドの女性。


「総長。一つお聞かせ頂きたいのですが、一般人を洗脳対象とし、偽りの勇者達を殺すと言うことは、枢密院は“アレ”を実用化する気でしょうか?」


「ええ。当然、姫巫女様には伏せられておりますが、使えるのであれば、使える様にとの命令です。やはり不服ですかな――」


 総長は静かにハッキリと告げる。


「人間爆弾ですか」


 そこ言葉にドルイドの女性は表情すら変えなかったが、別な言葉で答える。


「……洗脳状態にある民などに自爆用の魔法陣を描き、無自覚のまま都市内部に浸透させ、対象相手に深く入り込んだところで次々と爆破――命令ならは従います。けれど、一人のドルイド《精霊司祭》として賛同は致しかねます。しろと言われれば、致しますが」


 だがそこに革男が割って入る。


「キャシー。流石は私の妹だ。なんと慈悲深いのだろう。しかしだキャシー。いずれ姫巫女様が予期した魔王再来の時が訪れれば、私達だって四の五の言ってはいられない。だからこんな侵略戦争までしているんだ。それは分かるだろうキャシー?」


 彼女は馴れ馴れしい革男こと兄を一瞥して、平坦な声で総長に応える。


「ええ。もちろん。ですのでこれより先、教国に起きるであろう地獄を思えば、命令に背こうとは思いません。ただ、私の良心の問題です。どうぞ会議を続けて下さい」


 そういって彼女は黙った。

 ならばと次に口を開いたのは沁黒だ。


「で、偽の勇者とは王国の噂の勇者様じゃな? 王国軍がここに来ることは間違いなかろう。じゃが、討てるのかのぅ。なぜ偽だの何だのお主らに言われておるかは知らんが、光の勇者は正真正銘の化物じゃぞ? ワシでもことを構えるなら十分に準備をかける相手ぞ」


 沁黒の言葉は事実だ。

 王国軍、ひいては勇者がここに来るのは間違いない。そして彼等は誘き寄せたところで殺すつもりだ。

 問題はそれで倒せる相手なのかということ。


「確かに勇者は強い。けれど、所詮は人の物差しです。いずれ紅蓮騎士――閣下のお力を知れば分かります。存在している領域の違いが。おそらく戦えば、ええ、もって十秒」


 それを総長はアッサリと断言した。

 お話にもならないと。

 沁黒は恐らく、この作戦に参加して初めてその表情を真剣なものへと変えた。


 ――分かってはおったが、やはりこやつ等あまりにも異様。


 彼は唯一、教国ではない外部の雇われ人間だ。

 だから際立つ。

 魔王が現れ人類が一致団結しようというこの土壇場での、他国への侵略戦争。


 ――なぜ今、国を上げて勇者を殺してまで新たな土地を欲しがる?


 さらには洗脳、自爆と言った容赦のない非人道的な行為を仕方ないと済まさざるおえない、何かしらの背後にいる脅威の存在。


 ――先程の嬢ちゃんの“魔王再来”発言もそうじゃ。明らかな国難の示唆。だがそんな話は他所では全く聞かんぞ。


 そして勇者すら敵ではないと豪語する、紅蓮騎士に対する絶対的な自信。


 ――勇者が紅蓮騎士の敵ではない等、何を根拠にそんな言葉が出てくる? 教国の姫巫女がとある神託を受けて発狂したと言う噂じゃったが、本当にそんな神託を受けたといことか?


 さらにひとつ、妙に頭に残った言葉があった。


 ――それに、先ほど出た魔王ザックーガとはなんじゃ? これでもこの世界の表も裏も見てきたが、魔王は大森林の果てに魔国を立ち上げた魔族王ではないのか? ザックーガなど……まして杖の破片だけで、他者を支配する力など、東方ですら聞いたことがないぞ?


 立て続けに見せられる教国の異様さ。


 そこには色々な権力者達を見てきた沁黒ですら初めて見る狂気の片鱗が見て取れた。


 だが。


 ――ま、この仕事でおさらばする以上、竜の尾を突く必要もなし、か。


 それを探る意味は今のところない。沁黒は思考を切り替えた。


「そうか。結構結構。ならば良いのじゃ。その時はを楽しみにさせて頂くゆえ」


「そうですか。――で、勇者と王国軍ですが現地諜報員の情報によれば、あと四日程でここに辿り着くとの事です。これから一度出力を上げ完全なコントロール下においた後、こちらの言うことを聞かせられる洗脳状態に持って行くまで、あと二日あればいけますね?」


 その言葉に爆発頭の班長がコクコクと頷く。


「ではこのまま洗脳が完了したら、使えそうな人材と大部分の者達は王都や他の都市へ難民として潜りこませます。残りは勇者達と王国軍を招き入れた際に、そこに転がされている侯爵と一緒に足止めさせます。そして用済みとなったこの都市ごとまとめて閣下に殲滅して頂きます……そういうことで、その時は宜しくヴォルティスヘルム殿」


 総長の視線が地下の隅で、教国の兵士二人に見張られ、体を縛られ足に重しを付けられた状態で転がされている三人に移る。


「……黙って聞いていれば、まるで白痴だな」


 チェスター・ヴォルティスヘルム侯爵が呻く。

 そこには彼とその息子であるユーバッハと、娘のユースティアの三人が拘束されていた。


 彼等には体内の魔力を掻き乱す首輪を着けられ、魔技や魔術が使えなくなっており、なす術もない。


「我々は本気ですよ侯爵。これから再度出力を上げれば、この都市の人間達は人形になるでしょう。そして二日もすれば、自我を持ったままコントロールできるようになり、この都市の人間は我々の手に落ちる。そして勇者は決して、本物には勝てない」


 投げ掛けられた言葉にチェスターは反論しない。が、代わりにユーバッハが噛み付く。


「ふざけたことを! 光の勇者様のお力を知らないから、その様な世迷い言が言えるのだ! あの御方は単身で竜種を屠る力をお持ちなのだぞ! たかが教国の騎士如きに敗れるはずはないッ。事実、貴様等は人間爆弾等という卑劣極まりない手で勇者様を討とうとしているのが、何より証拠ではないか!」


「吠えるのは構いませんが、この都市の人間をけしかけるのは、あくまで逃走防止ですよ。まとめて焼き払うので散られると面倒ですから」


 そう言いながら元総長は彼等に近付く。


「あなた方は平民と違って王家や勇者と接触する機会がありますからね。この都市を完全に把握した後に魔法陣など使わず、あの棺で直接その頭に隷属魔術を叩き込んで差し上げましょう。それまで意識を保ったまま、これからこの都市の人々が人形になる様でも見ていらして下さい」


「――何故、ですの?」


「ん?」


 今度はユースティが、理解出来ないとばかりに声を上げる。


「あなた方は、なぜこの世界の危機に、その様な非人道的なことまでして、侵略戦争なんて愚かなことを選択されるのです!? 他の者達を犠牲にして得る平和など決して――」


「――カルク村」


 だが突然、その言葉はこの場でもっとも予想外の人物によって遮られる。


 ――ガチャ。


 そんな音を金属の擦れる音を立てて、ここまで一言も口を開かなかった男――紅蓮騎士が、侯爵達と総長の方へ歩いてきた。


「は、はい? カル、え?」


「どうされましたか、閣下?」


 カルク村。


 当然、ユースティにはなんの事だか分からない。それは総長達、教国軍も同じだった。全員が彼の言葉が理解できなかった。


「――なぜ?」


 ただ一人、チェスター・ヴォルティスヘルム侯爵を除いて。


「なぜ、その名を、貴様が知っている?」


 自分に向かってくる紅蓮騎士に、トラウマから来る怯えと痛みに苛まれながら、けれど、それさえ上回る疑問に突き動かされ侯爵は口を開く。


「コート村、猟村、ヴォーの村、最北の村……」


 紅蓮騎士は誰も聞いた事がない村の名前を呟く。


「っ!! なぜだ……なぜ、教国の騎士である貴様が、その村々の名を――」


「我がカルク村の者だったからだ」


 冷え切った紅蓮騎士の言葉を聞いた瞬間、チェスターの顔から血の気が一瞬で引いた。


「う……嘘を吐くなッッッ!!! 確かに、貴様が再び私の前に現れたカラクリは、中身が異なるという意味で理解はした! だが、だがそれだけは有り得ん、カルク村の住人は――」


「――貴様等が安心して暮らす為の犠牲になった、か?」


「っ!?!?」


 チェスターが魚の様に言葉を失い、それでも何か言葉を発しようとして、必死に口を魚の様に動かしたまま固まる。


「……お父様?」

「ち、父上?」


 その様子に、息子娘までも怪訝な顔で侯爵を見た。

 けれど彼もそれどころではない。


「……馬鹿な……」


「現実だ。そして我はその為にこの都市に来た。彼等が“何処に眠っているのか”も知っている」


 侯爵は息を呑み、首を振る。


「ち――」


 周りが訝しむ中、時間を掛けて泣きそうになりながら、やっと絞り出した言葉は。


「違うのだ」


 紅蓮騎士の言葉をどこか、肯定するものであった。


「違うのだ。わたっ、私は、知らなかったのだ。まさか神鉄結界の為に侯都に埋め込む、魔法陣の媒介が、まさか……だなんて! 全てを知った時には、もう手遅れだったのだ!」


 侯爵は瞳孔を揺らしながら、誰に言っているのか分からない言い訳を叫ぶ。


「――黙れ」


「っ!」


 けれどそれも紅蓮騎士の一言で止められる。


「例え貴様が指示した事ではなくとも、それを知った上で“あの男”を野放しにし、そのまま計画を進めたのだ。神鉄結界で我を止めよう等と、よくも言えたものだ」


「待ってくれ、私は止めようと……中止しようとしたのだ……けれどあの男が……このままでは……が無駄になると……もう既に四つの村が……何もかも手遅れだったのだ。だから私は侯都を守る為に仕方なく神鉄結界を……」


 それは実に奇妙な光景であった。


 処刑人の如く侯爵を見下ろすのは、侵略者である教国の騎士。

 自らの罪の慈悲を騎士に乞うのは、守護者であるはずの侯爵。


 そして蹲った侯爵に処刑人は。


「貴様は二日後、守るべき民と愛する家族と築き上げた都市と共に」


 静かに宣告した。


「――絶望の中で死ね」


 その言葉に侯爵は一瞬震え、崩れた。


 その光景を侯爵の息子達は何処か動揺を抱えて、一方の元総長も紅蓮騎士を疑念の混じった目で見ていた。


「ふむ。どうやら、やられる筋合いというのもあるご様子……では、早速ですがもう一度“棺”を起動させ、洗脳前に自我を一度消失させて催眠を完全なものにしてしまいましょう――班長」


「了解だ総長」


 爆発頭は支持を受けて、棺の所で作業していた彼の部下達に支持を出す。その棺についた幾つかの鍵、その一つにポケットから取り出した鍵を差し込んだ。


「さて、これをやると人間のとしての自我が、こっちから再度起こしてやらないと二度と戻らなくなるし、抗魔力が低い連中は場合によっては廃人になるけど……構わないよね?」


「ええ。やって下さい」


 総長の言葉に爆発頭の班長が鍵を捻る。


「待て! やっ、やめろッッ!!」

「お待ちなさいっ! それをすれば罪のない方々が――」


 ――カチャ。


 心の折れた父親に変わり、ユースティとユーバッハが静止するも、虚しく鍵が回る。すると棺から本来ならば相当なレベルでなければ見えないはずの魔力が、視認可能な程の濃度で溢れ出す。

 そしてそれが集約し、鎖に向かって走り出し、都市全体に作用する。


 が。


 ――ドゴォン!


 その直前にこの地下にも響く様な衝撃が走った。


「おいっ、待て。なんだ今の明らかにやばそうな音は!?」

「地揺れだが、一度だけですねぇ。まるで何かが倒れた様な感じでしょうか?」


 クラフトガンや革男は一瞬、地下の崩落と最悪の事態を警戒した。


 しかし、地揺れはやはり一回のみ。それ以降、衝撃はこない。


「……は? あれ? ちょっと、なんで起動しないの!?」


 だが安堵する間もなく、今度は爆発頭の班長が棺を弄りながら叫ぶ。


「う、動かん!? クソ、常時出している維持魔術の方は問題ないけど、高出力で出そうとすると魔力が循環しなくて上手く行かないんだけどっ!?」


 技術的な事は彼しか分からない。

 だが彼がそういう以上、今の衝撃によって何らかの問題が地上で生じたのは明らか。


「まさか王国軍のお早いご到着かの」

「或いは、本物の魔蠍の密偵でも紛れ込んでいましたか」


 老人二人はそう冷静そうに口にするが、それでも一刻も早く地上で起きたことを知るべく、動こうとした。

 その時だ。


 ――……司祭…様! 司祭……聞こえ…すか!?


 地下の中で雑音交じりの声が響く。

 ドルイド《司祭》の女性の耳元についている、黄色いラッパ状の花から聞こえた。


「私が各所に配置しておいた通信用の魔花を使った連絡です」


 彼女はそういうと花を取ってそれに向かって話し始めた。


「あなたは?」


「西部地区担当のミハルです。クラフトガン師の直轄です」


 ドルイドの女性がクラフトガンに視線を送る。彼は頷いた。


「ではミハル。今の衝撃により“棺”に影響が出ました。状況の報告を」


「はい。それが……魔法陣の出力先だと聞かされていた塔の一つが、数人によりたった今破壊されましたっ!」


 その言葉に一同に緊張が走った。


 ――やはりまだ魔蠍の密偵辺りが隠れ潜んでいましたか。しかし騎士達の目を掻い潜りこのタイミングで仕掛ける手腕。只者ではありませんね。


 ――ワシの弟子共を殺したヤツかのぉ。面白くなってきたわい。果たしてどんな化物が出るか。


 ――ほらみろ。この規模で催眠なんて、絶対漏れがでんだよ。しかも数人でこの結果。侯爵の切り札か何かだろ。あー、ゾンビ置いといて良かった。


 ――まさか王国軍の一部? 数人で事を起こせるだけの独立性と、それで塔を落とせるだけの力。まさか近衛騎士とかはないですよねぇ?


 ――有り得ない。有り得ないぞおい。あれは例え解けても、一度作用すれば棺が健在ならば頭痛で動けもしないはず。催眠を躱した? どうやって? なんで? 魔王の隷属魔術だぞ? どんな手品を使った!?


 ――まさか、騎士の誰かが無事で……きっとそうだっ! 誰かがやってくれたのだ、そうに違いない! この都市には、まだ希望がある!


 様々な憶測や感想が脳内で飛び交う中、ドルイドは続ける。


「……なるほど。それで、塔を破壊したの誰ですか?」


「そ、それが……」


「それが?」


「ぜ…………全裸の上に颯爽とマント一枚をなびかせる露出狂と思わしき少年と、ウサギ耳のついたフードを着た道化師の少女の二人組、でして……」


 直後、場の空気が色んな意味で凍りついた。


 全員が今、流れてきた報告をどう受け取っていいのか、そもそも、こいつは何を言っているのか理解できず、数秒の時を要した。


 それでも、なんか、こう、単独行動の近衛騎士や凄腕エージェント、果てはたった数人で反旗を翻す小さな英雄達を想像していた彼等にとって、それは予想とあんまりにも掛け離れた、あまりに酷い敵の正体であった。




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