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2-2 溶かし尽す者

三人称になります。ロック視点は2-4までお待ち頂ければorz

【侯城地下 神鉄結界心臓部】




「――なんだと?」


 宿屋の倅ロックがゴーストタウンで呆然とするよりも、侯都の乗っ取り宣言が成されるよりも前。


 この侯都の主たる侯爵チェスター・ヴォルティスヘルムが、侯城の地下で魔蠍の男と密約を交わし握手をした直後の話。


魔蠍と名乗った男は自らの顔面の皮を剥いで、全く異なる顔――それもエルフの顔で口を開く。


「では、もう一度言いましょう。この都市の防衛の要であるこの神鉄結界――もっと言えばこの魔術をこの都市全域に作用させ続ける、帝国が作り上げた“魔術広域拡散魔法陣”を我々に下さい。ひいては、この都もそこに住む人々も、全部。全部全部全部全部、我々に下さい」


 笑っていた。

 男はその本性を隠そうとせず細い目で不気味に笑って佇んでいる。


「…………どうやって魔術印を偽装した?」


「いいえ。いいえいいえ、偽装だなんてとんでもない! ただ手紙と顔の皮を剥いで貰っただけですよ。いやぁしかし助かりましたよ、魔蠍の使者を殺してその顔と手紙を奪うだけで、こうも簡単に目的の兵器の場所を晒して下さるんですもの」


 ニコニコと笑い手をヒラヒラさせる男。

 これに侯爵を護衛していた騎士達が、抜剣し前に出ようとする。


「閣下ッ、危険ですお下がり――なっ!?」


 が、動かない。

 頭から下が全く、石造になったかの様に動かないのだ。


「――影縛り。ほっほっほっ。温い。温いのぉ」


 声の主はクイーン・スリザンの頭の上にいた。

 黒衣の小人。

 手足だけが長い、小柄な不気味な影がそこにいた。


「おお、沁黒殿ですか。助かりま――」


「うおおおおっ!」


 そう魔蠍の男が振り返った瞬間、チェスターが動けない騎士の一人の剣を抜き、魔技の輝きをまとって男の顔面を一閃する。


 一剣両断。

 侯爵はかては一軍も率いた事がある男だ。剣士系の上位クラスの魔技、鎧さえ両断するその一撃に淀みなし。


 ――ガンッ。


「なっ! 生身で一剣両断を受けるだと!?」


 にも関わらず、その剣は男の横顔に叩き付けられたまま、有り得ない音と共に止まっていた。


「ッッッ、いってぇーーーーーーーっ!」


 男にも衝撃はあった様によろめいている。

 だが全く切れてはいない。生身の顔面なのにだ。

 少なくとも魔技の輝きはなかった。では一体、何がチェスターの剣を止めたのか。


「っっ…………沁黒テメッ、わざと一人、それも侯爵を拘束しなかったろうッ!?」


「ほっほっほっ。いやはや、流石は深緑騎士の懐刀、噂の紙魔術とは面白い。良き物が見れたわい革男殿」


 チェスターの存在を無視して会話する魔蠍の男――革男がその顔面に手を掛ける。


 ――ビリ。ビリビリビリ。


 それは一般的に自らの皮膚を剥ぐ行為。


「それすら偽物かっ!」


 驚愕するチェスターを尻目に、男は自らの顔面を剥いでいく。

 そしてその下から現れたのは、翠玉に輝く皮膚。


「下にもう一枚エメラルドドラゴンの皮膚を仕込んでおかなければどうなっていたか。まぁ、知っていてけし掛けたんだろうが……雇われの身のクセに随分と遊びが過ぎやしませんかねぇ?」


 何故か沁黒を睨みつける翠玉の皮膚を持つ革男。侯爵の事は眼中にもないらしい。


「侯爵様ッ! 何事ですか!?」


 そこへ地下のドアから外で待機していた騎士三人も雪崩れ込んできた。侯爵もこの期に革男と距離を取る。


「賊だッ! 気をつけろッ、一人は影魔術師、もう一人も訳の分からん魔術を使う!」


 その言葉に応じて侯爵を守る様に三人の騎士達が展開した。


 2対4。


 数の上では有利な侯爵達。けれど敵は全くの未知数であり油断は出来ず、地下は一瞬で熱気に包まれた。


「……あーあ」

「ふむ」


 けれど劣勢の立たされたはずの沁黒と革男は冷めた目でそれを見ていた。まるで同情しているかの様に。


「何を余裕なっ! 我々はここに突入する前に警報を地上に向けて鳴らした。ここにすぐさま援軍が…………が…………んんっ?」


 構えていた騎士が、その額から流れる汗で異変に気付いた。


 ――なんか、本当に……この地下、熱くなっていないか?


 騎士達は敵と対峙する高揚から、暑く感じているだけだと思っていた。

 いわゆる感覚による思い込み。錯覚。勘違い。


 けれど違う。鎧に垂れる汗を見ても分かる。


 暑い。いや、熱い。


 それは段々と加速度的に熱量を増していく。次第に鎧に垂れた汗が、熱さによって蒸発する。目の前の敵はまるで動いていない。

 では一体何が?

 彼等は思わず敵から意識を反らして、あまりの熱さに一瞬だけ、周囲を見ようとする。


「――ほれぃ」


 だがそれが命取り。

 いつの間にかクイーン・スリザンの頭から沁黒がクナイを投げ、それが一人の騎士と侯爵のそれぞれ影に刺さっていた。


「しまっ――」

「かっ……体が動かないぞ!?」


「慣れとらんのぉ。レベルも高く魔技も使えそうじゃが、如何せん戦闘経験が乏し過ぎるぞい。ワシから気を逸らした事がその証よ」


 沁黒は若干の呆れを伴い、騎士と侯爵をそう評す。


「クナイは俺が落とす。お前は二人の影からクナイを抜け!」

「頼むぞッ」


 仲間が一人と護衛対象が動けなくさせられたことで、残った二人の騎士は一人が盾となる為に前に出て、もう一人がクナイを抜こうとしゃがみ込んだ。


「こんなもの、抜いてしまえば――ん?」


 だが不意にそんな彼を黒い影が覆う。


 手だった。


 獣の様にツメが映えた、それでいて鋼鉄で出来た巨人の物かと思える、真っ赤篭手が背後から伸びていた。


「「――え?」」


 この時この手を見たのは、正面を向いたまま動けなくなっていた騎士と侯爵だけ。正面で彼等を庇う騎士は気付いていない。


 その手が通過する瞬間、顔を焼く様な熱量が彼等を襲う。


 それはそうだろう。その赤は塗料や地の色ではない。高熱による赤なのだから。


 皮膚が捲れあかる様な熱と共にその手はゆっくりと降りていき、しゃがみ込んだ騎士の頭を掴んだ。


 ――ジュュュュュュッッッッ……。


 何かの肉が焼ける音が響き。


「GYAAAAAAAaあ゛あ゛あ゛あ゛あああああAAAAAAAAAAAAAあああああああああああAAAAAAあああああああああAああああああaaaaaaaッッッッッッッッ!?!?」


 頭を鷲掴みにされた騎士の人間とは思えぬ絶叫が続く。


 だがそんな絶叫をも無視して手は、煙を上げて顔を鉄板で焼かれるかの様な状態にある騎士を持ち上げた。

 そして騎士を背後へと連れ込んだ。


「えっ……なに、が?」

「「――」」


 動けない騎士と侯爵、そして背後の絶叫に動揺し振り返った唯一動ける騎士、三人は呆然とそれを見ている事しか出来ず、ただ、ただ戦慄していた。


 さらに背後へと騎士が消えてすぐ、何かが炎上するかの様な熱量と音が聞こえ、またすぐに、ゴキッ、グチャと言う音がした。


「ぁ……ぁぁ…………」


 唯一動ける騎士がその侯爵達の背後で起こった光景を見て、腰が抜けて無様に尻をついた。


「――遊び過ぎだ」


 侯爵達の背後から響く低い声。


「失礼した騎士殿」

「申し訳ございません閣下」


 沁黒は地上に降り、革男はすぐさま表情を引き締め姿勢を正した。


「まっ、まさか――」


 この時、もう侯爵は気付いてしまっていた。


 あの赤い篭手を彼は知っていたから。

 忘れ様がない。

 かつてその手によって、一瞬でも掴まれたゆえに鎧が溶け、服と共に全身に縫い付けられ、燃え上がったのだから。


「きさっ、貴様はっ、確かに! 確かにあの時ッッ、爆死したであろう!? 有り得んっ、有り得んぞ……貴様はッッッ!!」


 侯爵の絶叫に答える様に彼の体を背後の影が覆った。


 熱の正体。

 敵の正体。

 手の正体。


 再び侯爵の真後ろから伸ばされた二本の腕は、呆然とする騎士と、声も出せずに赤子の様に首を振る騎士に伸びていき――。


「我は公国を焼いた者ではない。だが紛れもなく我は」


 ゆっくりとその頭を掴んだ。


 再び響く肉が焼ける音と、肉が焼けて行く香ばしい匂い。そして騎士二人の地獄の底から響く様な断末魔。持ち上げられた騎士の全身は燃え上がり、着ている鎧共々溶け落ちていく。


 その光景をかつての仲間の姿にフラッシュバックさせ、発狂し白目を剥きかけている侯爵の顔を上から覗き込み、そいつは言った。


「――紅蓮騎士。この都を溶かし尽す者である」





 その日、侯城の心臓とそれを守る為に作られた切り札は教国軍精鋭七人の手に落ちた。




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