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1-24 都市が眠った日

一章最終話。ロック視点です。


【ロック・シュバルエ】






 困った。


 困ったと言うか、ヤバい。


「俺、犯罪者としてこまま拷問されるの?」


 あんまりな急展開過ぎて戸惑いの方が大きいが、このままでは大変な事になるのは分かる。


 何としても誤解を解くか、最悪ここから脱出しなければならない。


「……かと言って俺、全裸だしなぁ」


 自分の姿を見るとどうしても現実感のなさを覚える。牢獄の中に何もないのが、それを加速させる。


 とにもかくにもあまりに突拍子もない展開にどうしようもないのだ。


「一先ず待ってみよう。何らかの誤解である事は明白だし」


 最悪、ユースティ様に聞けば誑かした等の誤解も解けるだろう。


「けどもし、どうにもならなかったら。そもそも沁黒の死体が消失したってのも気になるし。もし先に拷問官が来たら…………その時は戦うのも、やむ無しだ」


 俺はとにかく覚悟だけ決めて、どっかりとその場で座り込んだ。


「来るなら来い」


 そして……。













 そのまま二日が経ちました。


「…………なんで誰も来ないんだよ」


 俺は甘く見ていた。


 まさか、誰一人も来ないなんて想定外過ぎる。


「どうなってんの。放置なの? ……空腹と喉の渇きが……やばい。ほんとやばい」


 体感二日。

 実際にはそんなに経過していないのかもしれない。時計も窓もない為に正確な時間は分からないのだから。


 だがそれくらい全く、誰も、来ないのだ。

 どういう訳かあのお兄様、一度たりとも戻ってこない。


 拷問官も来ない。

 見回りも来ない。

 食事も来ない。

 誰一人として来ない。


 おかげで切れかけている蝋燭だけが灯り続ける部屋で一人、空腹と喉の渇きで発狂しそうになっている。


「まさか拷問って既に始まっているんじゃ……」


 何度目か分からない嫌な予感が過ぎる。


 それは、実は餓死してもいい奴とか思われている可能性。むしろこのまま餓死させるのが目的だったとかだ。


 どうする。

 いっその事、脱出を試みてみるか?


「けどあの鉄格子、なんだか非常に嫌な感じがするんだよなぁ」


 この牢獄の入った時から、俺は鉄格子に言葉で表現し辛いもやもやを感じていた。

 それに俺が何らかの魔術を使えるのは、きっと向こうも把握しているはず。

 にも関わらず裸にひん剥いただけとは考え難い。


 だとすれば、なんらかの魔技や魔術、ギフトの対策がされている。それが恐らく鉄格子ではないだろうか?

 もし下手に魔術を行使したら逃走と見なされる危険もある。


「…………でも流石に冤罪とか気にしている場合じゃない。試してみよう」


 それでもやはり、もしもの場合ここにいるのはあまりに悪手。それに、まだ国境から距離があると言ってもあと五日もしたら、教国軍がここまで来る可能性もある。

 俺は立ち上がり、鉄格子に近づく。


「空間捻転」


 かざした手から魔力を放出し、鉄格子の一部を包み込んだ。


 実は最近、自主トレと魔女師匠の指導の結果、魔力のコントロールを地味に修得していた。

 魔力をコントロール出来ると何が良いのかと言うと、発動した魔術の規模、速度、影響範囲、物への干渉等が任意に調整出来る様になるのだ。

 なので時空間魔術の第一位階である二つの魔術、“時間遅延”と“空間捻転”に関して、影響を及ぼす範囲や威力、他にもちょっと面白い事が出来る様になっていた。


 ――が。


「……ダメか」


 鉄格子に作り出した魔力が触れると、少しして霧散してしまう。もっと魔力の質を高めれば何とかなりそうなのだが、第一位階の自分では出来そうにない。

 やはりこれが魔術対策らしい。

 仕組みは分からないが世の中面白いものがある。


「――とか思ってる場合じゃない。このままじゃ、本当に餓死する」


 俺はいよいよ危機を覚え、牢獄の中を見渡した。


 何処から脱出できる?

 どうすれば脱出できる?


「あっ、そっか。別に鉄格子じゃなくても、いいのか」


 俺は鉄格子の横の土壁を見る。

 そこには何らかの模様が入っていた。これも対魔術用のものなのだろうか?

 それにしては鉄格子と比べて、違和感はない。俺は躊躇わずに手をかざした。


 イメージするのは円。


 掌を中心に丸く大きな半円状に、魔力の膜を壁に向かって広げる。


「空間捻転――ブレイク」


 加えるのは空間を捻じり切る力。


 すると半円状の魔力の膜が境になって、その内側の土がぐるんっと、塊となって一回転してくり抜かれた。


「おおっ、土なら鉄とかと違って結構力を入れないで行けるな」


 俺がやったのは何てことはない。魔力を丸いスプーンの様にして捻転させて、その空間をすくったのだ。


「よし。このまま掘る」


 俺はそこから脱出トンネルとして、人一人が通れる穴をくり抜き続けた。

 幸いそこまで土は柔らかくない。崩れる感じもなく、鉄格子を避ける形で外へ穴を掘る事ができた。


「これ、土魔術師とかいたらどうするつもりだったんだろ? やっぱり壁の模様は何らかの意味があった気がするんだけど、何だったんだろ?」


 何らかの理由で動いていなかったっぽい。だがまぁ何にせよ脱出できた。

 俺は部屋に誰かがこないうちに、机の引き出しから時計と服を回収しようとする。


 ――が。


「あれ、服がないぞ」


 時計はあった。けれど服がない。

 流石にこのままではまずいので何か衣服を探すと、くたびれた黒い外套が見つかった。


「……………」


 裸にマント。


 俺は何も考えない様にそれを羽織り、前側部分をきつく締めると、今度は部屋のドアに耳を当てる。

 まぁあたりまえだが人がいる気配はない。

 俺は空間捻転で鍵を壊して階段へ出る。……いつか空間捻転でこういう鍵を開けてみたいな。


「にしても、見張りまでいないとは。一体何処なんだここ」


 俺はドアの先にあった薄暗い階段を登っていく。その先には光が差し込んでいる。


 またドアに張り付くも、やはり人の気配はない。


 ――きぃ……。


 そんな音を立ててドアの隙間から外を覗くと、どうやら誰かの部屋らしかった。


「なんでえ。本当に誰も見張りはいないのかい」


 あまりに拍子抜けな警備体制に驚きつつ、部屋を見渡す。


「うん。平民が使う普通の部屋だな」


 俺は最後となるこの部屋のドアに近づく。あいも変わらず人の気配はない。


 俺はドアを開けて外に出る。

 どうやらスラム、とまでは行かないが、あまり綺麗な場所ではない様だ。

 目の前の路地にも人はいない。


「もしかして、再開発地区かな?」


 何となく思い当たるものがあった。

 いわゆるスラムの住民を、新しく通りを作るのに移動させた後の場所だ。

 それなら人がいない事にも納得が行く。


 俺は人目につかない様に路地を足早に歩いていく。


 ――まずは学園? いや、あれは王族と侯爵の共同設立だったはず。となるとギルド? でも師匠達に迷惑掛かるしなぁ。


 とりあえず大通りの雑踏に紛れて、信頼できそうな人の元に行こう。


 そんな事を考えていたら、大きな通りに出た。


「あれ? こんな大きな所、新しく作って――」


 そこでその通りを見た瞬間、全身に怖気が走った。


「なん――え――は?」


 その景色は何らおかしな事はない。


 立ち並び野菜や陶器等が売られる市場。

 今まで子供が遊んでいたであろう歪なボール。

 店の汚れを掃除していたと思わしき掃除道具。


 それらに何等、おかしな事はない。


 ――誰一人として人間が存在しない事以外にには。


 この侯都の真ん中に十字に走る、最も人で溢れる場所に、人影は一切ない。


「ここ……先生と一緒にいた大通り、だよね?」


 他に考えられない。見間違いようがない。


 では。

 では牢獄に閉じ込められるまで混雑していた人々は、屋台で声を枯らしていた店主は、路地で遊んでいた子供達は、一体何処へ消えた?


 周囲に一切の雑音と人影はない。


 まるでゴーストタウン。


 それも候都という巨大な都市で。


「あっ、まさか教国軍が!」


 一瞬、軍事的な脱出を想像した。

 それならば突然、人がいなくなった事にも納得できる。


 だが屋台で目に付いた“ある物”が、それを否定した。


 近付いてそれを手に取ってみる。


「いくら敵が来てるからって、銀貨を置いて逃げるのか?」


 そこには銀貨の入った袋が置いてある。

 他の店もそうだ。硬貨や食べ掛けのパン。作り掛けの品物まである。


 ――これは、これはありえない。


 這い上がる言い様のない不安に、俺は近くの建物のドアを開ける。

 だがどの家を空けても、そこには人っ子一人いなかった。


「いや。いやいやいや」


 俺はその中でも豪商の持ち屋だろうか、一際高い建物に入ると屋上まで階段を駆け上がった。


 ドアを開けて、そこから見える景色を一望する。


 ――いない。


 大通りや門、他の通りや建物もそう。


 見渡せる限り、人間という人間が何処にも存在しない。全ての日常生活をそのままにして、人だけが忽然と侯都から人が消えた。


 俺は呆然としたまま、建物から出ると、誰もいない延々と続く無人の大通りに立ちすくむ。


 青空の下、ただ一人。


 侯都の人間は自分以外、一人残らず消えてなくなった。


 忽然と、なんの形跡もなく。


「………………何なんだ、この状況?」


 だがその問に答えを返してくれる存在もまた、何処にもいなかった。




















 これより未来に語り継がれる第二次勇魔戦争。


 それは勇者という個人と、魔王という個体による、世界を奪う者と退ける者による人外の戦争。


 後の歴史家達は当時の“過ち”を繰り返さない為に、多方面から十分な研究が成された。


 その中でも第二次勇魔戦争の始まりを何処に定めるかは、諸説ある。


 それは当時の勇者が極めて異様な目的を持ち、また異様な環境に置かれていた為である。

 ゆえに初めて勇者が魔王と戦った事を指す者、全てが白日の下に晒された日とする者、未だその正体が定まらぬアンノウンとの戦いだと主張する者……様々だ。


 その中で一定の支持を受けるのが、侯都ヴォルティスヘルムで勃発した事件とする者達だ。そう、歴史には大々的に記されなかったが確実に魔王、或いは魔王に匹敵する何かと勇者が対峙した事件。


 彼等はその説の元となる事件を、後に都市の主であったチェスター・ヴォルティスヘルムの記した手記にある言葉になぞらえて、こう呼んだ。


 ――沈黙の都市、と。

 





『第一章 時空間魔術開花編 完』






『第一章 時空間魔術開花編』

はこれにて終幕です。




次回か或いは閑話を挟んで。

『第二章 沈黙の都市 ヴォルティスヘルム編』

になります。


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