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1-21 渦中のポーター野郎

ロック視点です

【ロック・シュバルエ】





 冒険者ギルド。


 そこに併設された酒場で騎士や冒険者が静かに見守る中、金髪ロール髪のお嬢様が大きな胸を張って宣言した。


 ――私も貴方様と一緒に宿屋をやりたいんですわ!


「……っ!」


 俺はその宣言を聞いて反射的にベッドから起き上がる。


 どうやらまた夢を見ていたらしい。俺はベッドから降りて、寮のカーテンを開けた。


 素晴らしい朝日が俺を照らす。


 そして脳裏に再び浮かんだのは彼女の告白。


 ――私を貴方の宿屋で働かせて下さいませ。


「しゃァッ!!」


 思わず両手の拳を握り込め喜びを噛み締める。ああ、何と目出度いのだろう。まさか、まさか宿屋を開く前から従業員志望者が現れるなんて。


「朝からうるさいぞロック!」

「死ねロック!!」


 ルームメイトが何か言ってくるが全く気にならない。なんて爽やかな朝なんだろうか。


「ダメだロックのヤツ、今日も俺達の声が届いてない。軟禁されてもう五日目だし、やっぱり気でも狂ったんじゃないか?」

「あいつ宿屋の事になると途端にポンコツになるからな。可哀想に。ついに妄想で従業員を産み出すまでになったか」


 例のお嬢様の告白から今日で五日目経った。


 実は俺はその日の夜から外出を禁じられ、どうしても出掛ける時は騎士に見張られるという軟禁状態に陥っていたのだ。


 当初は娘さんを宿屋に勧誘する元凶として侯爵様に目をつけられたかと頭を抱えていたが、どうやら試験のパーティー全員が今の状態らしい。

 何でも王国の南部にある教国が宣戦布告をしてきた為、今回の事件との関連を疑っているそうだ。


「つーかロック。俺達もう明日から実家に帰るから、夜に飯でも食おうぜ」

「お前の軟禁解除祝い込みだな」


 また侯都は南部の教国との国境から、そこそこ距離はあるのだが、絶対に安全とも言い難い王都とのルート上にある。その為、戦争の余波でこの都市の学生達は実家に帰る者が殆ど。二人も正にそうだ。


 一方、俺の方も沼の森から昨日調査しに行った騎士団が帰って来たそうで、事件の捜査が終わったとお達しがあった。

 よってこの軟禁は今日でお終い。これから騎士さんと一緒に学園へと向かう事になっている。


「分かった。じゃあ夜は空けておくよ」


 そんな何とも慌ただしい学年末であった。













「おい、見ろよ……」


「あれが例の……」


「顔は……悪くないわね……けど幸薄そう」


 そうして捜査結果を聞く為に再び学園を歩いているのだが、何故かめっちゃ注目されている。


 すれ違う男子からは舌打ちされ、女子には値踏みされる始末。


 何なんだろうか、これ。


「あっ、あの人がポーターでありながら……を落としたっていう!」


「英雄だ……俺達平民の希望だ!」


「許せん…………あのおっぱいを自由に……平民風情が……」


 別に活躍した様な記憶はない。ましてや注目を浴びる理由も思い当たらない。なのに見知らぬ学生達から好奇、嫉妬、疑心、尊敬、敵意と様々な感情と、微妙に聞き取れないざわめきを向けられる。


 俺は何とも言えない視線に晒されながら、指定された学園の一室に辿り着いた。


「失礼しまーす」


『あっ』


 部屋に入ると調査結果を聞きに、全員が既に集まって椅子に座っていた。


 プティン、ノッポさん、黒髪イケメン、神官ちゃん、眼帯さん、ぺったんさん、女騎士さん、優男……ただ、ユースティ様は来ていない様だ。


 しかし何だろう。


 彼等もなんかソワソワしている。特に黒髪イケメンがチラッチラッと挙動不審にこっちを見て何か言いたそうにしている。


「おはようございます。あの、どうしたんですか?」 


「お、おう。おはよう。なんか久しぶりだな…………おい、誰か聞けよ」


「ひひっ、お久しぶりですねぇ。あー、そういえば、そのぉ……お元気でした?」


 プティンと眼帯さんが何故かお互いにチラチラ見ながら挨拶してくる。


「はい? ええ、元気でしたけど……あの、ところで皆さん僕に何か――」


「きっ、貴様に一つ、聞いておきたい事があるっ!!」


 突然、黒髪イケメンが立ち上がった。


「その、なんだ? あれだ。当然、嘘だとは思うのだが、何の根拠もない、馬鹿らしい噂だと思うのだが、一応な! 一応、ほら、貴様の口から直接、聞いておこうと思ってだな……あっ、いや、別に信じている訳ではなく――」


「ええいっ、まどろっこしいわね! ねぇアンタ! ユースティ様にギルドの衆人観衆の中で告白されたって本当?」


 何故かキョドっている黒髪イケメンを無視して、今度はペッタンさんがキレ気味に立ち上がる。相変わらずお胸がぺったんさんだ。


「あっ、はい」


「ほらね? こんなポーターが侯爵家のご令嬢に惚れられるなんてあるわ――え?」


 全員がギョッとした目でこちらを見る。

 まるで時間が止まったかの様に誰も動かない。


「告白ですよね? はい。されましたけど、どうかしました?」


 全員が息を呑んで、何故か少し後ろに仰け反るか後退った。


「……ホントに?」


「はい」


 しばらく沈黙が訪れる。皆してお互いに顔を見合わせている。


「………なんでそうなっちゃったんですか?」


 神官ちゃんが恐る恐る手を上げた。まるで悲劇みたいな言い草である。


「告白された話ですか? それは――」


 一応、俺は彼女が熱く語った事を話す。如何に彼女が情熱的で、熱い告白だったのか。


「……って感じで、特に“全て承知の上でございますわ!” って胸を張って言った時は、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいでした――」


「キサマァっ!?」


「ひっ!」


 いきなり黒髪イケメンが俺の襟首を掴んで持ち上げてきた。


「自慢か! それは自慢なのか、ええっ!? ポーターの分際で侯爵家のご令嬢にそこまで言わせる俺すげぇだろ? 羨ましいだろ? とか思ってんだろ貴様ァ――ぐっ!?」


 が、暴走する黒髪イケメンの脇腹に、無言のままノッポさんの槍の尾が小突かれ崩れ落ちた。


「ええと、大丈夫ですか?」


「…………ぜんぜん」


「そ、そうですか」


 へたり込んだまま動かない。ホントに大丈夫かこの人?


「何故だ!? 将来有望で現時点でも序列三位の俺なんかより、なんでお前が選ばれるんだ!! 可笑しいだろ。百人中百人こいつと俺なら俺だろう……これでは折角のお家復興のチャンスが……」


「何をブツブツと残念がっているのか僕には分かりませんけど、彼女は本気ですよ。なにせ侯爵家を捨ててまでなりたいと言ったんです」


「っ!? ……くっ、そうか。そうだな。そこまでして彼女は――」


「宿屋になりたいんです」


「結婚し――は?」


 急に黙って黒髪イケメンが顔を上げると、可愛らしく首を傾げた。


「今なんて言った?」


「え? 宿屋になりたい、って。彼女の告白ですか?」


「え? 宿屋? は? 彼女は告白したんじゃないのか?」


 おかしいな。さっきからそうだって言っているのだけれど。


「ええ。告白しましたよ、僕に貴族の地位を捨てでも宿屋になりたいって。正直、僕も驚きでした。まさか侯爵家のご令嬢である彼女がその立場を捨ててまでやりたかったなんて。何より同じ志を持っているとは、本当に夢にも思いませんでした」


 またしばらくお互いに顔を見合わせるメンバー。

 そしてしばらくして。


『あっ、あ〜』


 全員が全員、急に俺へ向ける視線が好奇から一気に、残念な者を見る目に変わった気がする。


「あー、なるほど……」

「相変わらず変な男ねぇ、アンタ」

「何だ冗談かよぉー。つまらん」

「変だと思ったんですよね。侯爵家ご令嬢様がポーターさんに一世一代の告白なんて」

「あははっ、大方ギルドにいた人達が面白可笑しく誇張したか、勘違いっぽいね」


「あの、どういう事なんですか?」


「だからさぁ、噂になってたのよ。ユースティ様がアンタにギルドで愛の告白をしたって」


「はあっ!?」


 愛の告白?

 侯爵家御令嬢、この都市の姫様が、俺に? 宿屋になりたいんじゃなくて?


 そんなことって。


「あははっ! ないっ! ないですって! 僕ポーター扱いの平民ですよ? いくら宿屋が世界で最も魅力的な職業だからってそれはないでしょう! 笑わせないで下さいよっ!」


 俺はあんまりにも突拍子のない話に、腹を抱える。

 すると元気を取り戻す黒髪イケメン。


「そっ、そうだよな! よく考えれば姫がこんな幸薄そうなポーター如きに熱を上げられる訳がないな! 思わず下らない噂に取り乱してしまった!」


 実にご機嫌である。


「そうだな、そうだ。少し考えれば分かる話だ。姫に似合う男は俺の様な実力があって顔も良い男であって、こんな何処にでも荷物持ちのはずがない」


「そうですよ。そもそも惚れられる心当たりもありません」


 実際、本当に心当たりがない。それをいきなり愛だの恋だの言われてもピンと来ない。

 その様子にぺったんさんも大きく呆れた様に溜息を吐いた。


「はぁ。そんな事だろと思ったわよ……でも、宿屋を世界で最も魅力的な職業とか本気で言ってる辺りイマイチ信用出来ないのよねぇ、コイツの感覚。まさか、ねぇ?」


「――全員、揃っているな?」


 そんな話をしていると、ドアが開き教師陣が入ってきた。

 俺達は慌てた用意されたテーブルにつく。


 そこに教師達のその後ろからユースティ様が現れた。


「「あっ」」


 見掛けるのはギルド以来。目が合ったので軽く会釈をしておく。すると一瞬彼女は固まり、少し遅れて。


 ――ボンッ!


 と、音がしそうな位に顔を真っ赤にして、両手で頬を抑えて俯いてしまった。


「〜〜〜〜っ」

「えっ?」


 それでも可愛らしく真っ赤に熟れた頬を押さえ、潤んだ瞳で何処か恨めしそうな上目遣いで俺を見てくる。


 ――バンッ!

 

 背後で大きな金属音がした。めちゃくちゃびっくりした。


「――失礼致しました」


 振り返ると黒髪イケメンが倒れた剣を拾っていた。どうやら床に落としたらしい。

 が、そうして剣を拾い上げた彼の顔は、まるで全ての感情が抜け落ちたかの様に作り物めいていた。そんな顔をこちらに向けて、何も言わずジッーと見てくるのだ。なんかめっさ怖い。


「これで全員か。これから事件の捜査結果と軟禁中の君達の今後について話そう」


 背後に気を取られているうちに、教師とユースティ様はテーブルの対面に座っており、学園長らしい白髪の老人が説明を始める。


 事件のあらまし、実行犯、犯人の目的、背後関係、試験の最終評価等など。聞いている限り特に問題はなさそうである。


 ただ、その隣のユースティ様とたまに目が合うと、彼女はこちらを見つめながら、伏目がちに少し照れた様に小さく俺に手を振ってくる。

 と同時に背後から突き刺さる様な殺気らしきものもヒシヒシと感じる。


 なに、この状況……。


 前と後ろから真逆のプレッシャーを受けつつ、一時間くらい説明を聞き終える頃にはがっつり精神が疲弊していた。


「さて、こんな所か。これでこの件について、今後君達が関わる事はないだろう。来年から初心に戻って、一人の学生として学業に励んでくれたまえ」

「それでは解散。と、言いたい所だが冒険者科と魔術科……この場合はシュバルエ君以外か。君達はこれから別室で、それぞれ面談があるのでまだ付き合ってくれ」


 教師の一人がそう告げると、前と後ろの二人は俺を見た後、渋々と言った風に教師に付いて行った。


 何だか随分と妙な事になっている様な気がする。何か決定的な食い違いがある様な、ない様な……。


「ま、いっか」


 俺は深く考えず、しばらく顔出せなかった師匠達の所へ向け一人部屋を出る。


「あれ? シュバルエ君? シュバルエ君じゃないか」


 そこでばったりと、珍しい人と出くわした。俺の一般科の時の元担任、ユーノ先生である。



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