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幕間 観察者たち


【王国宰相 王城】




 勇者レオンが魔竜を討伐した頃。


 そんな勇者一行と騎士団の様子を、王城の一室で鏡を通して見つめる二人の男がいた。


「…………揃いも揃って馬鹿丸出しですね」


「実際、馬鹿だからな」


 一人は面長で丸眼鏡を掛け、髪を逆立てる冷ややかな印象の壮年の男。

 この王国で宰相の地位にいる人物である。


「酷いものだな。努力もせず、貸し与えられた力を、自分の力だと思い込んでいる。加護は女神の気紛れで剥奪される事もあると知ったら、どんな顔をするか。まぁ教えないがな」


 それに続いたのはもう一人の、青みがかった長い髪の優しげな青年。


「周りの取巻き聖女達もそれを本心で讃えておりますのがまた何とも。特に剣と癒しは故郷の村がなくなった事も知らず、馬鹿騒ぎしているそうではありませんか。まぁ光の連中が緘口令を敷いているのでしょうがね」


 この時、リビアとシェリーの二人は実家のアルト村が戦火で消失した事を知らない。殆どの住民は事前に避難指示により難を逃れているが、光の神殿はそれすら伝えてはいなかった。

 彼らからすれば二人は、先代勇者的に言えばアイドルであり、むしろ背後関係が消えて喜んでいる始末であった。


「そして何より勇者。わざわざ聖女が危険に陥ってから動く性格の悪さ。本当の勇者ならば、騎士団に被害一つ出さず処理出来たでしょう……それを騎士達は見捨て、仲間の女性に戦わせ、それがピンチになったのを見てから助けるとは」


 彼は大陸における最大勢力、五大神殿より信者の数では圧倒的に劣るマイナーな月の女神を崇拝する月の神殿の大神官である。

 また王宮での彼の肩書きは宮廷魔術師筆頭補佐。つまり王国におけるナンバー2の魔術師。


「だがあの男は今、人生の絶頂期を迎えているのだ。ある意味、仕方ないのかもしれん」


 宰相が鏡に映る勇者を見て目を細める。


「なにせ手にした力と地位を考えれば、大抵の欲望は叶う。しかも元々は馬子の倅だったそうではないか。くくっ、馬を引いて馬糞に塗れ一生を終えるはずだった餓鬼が、今では王女様や各神殿の聖女、貴族の姫達の尻を掴んで我が物顔だ。自分を中心に世界が回っていればそうもなろう。なあ?」


「確かにそう考えれば致し方ないかもしれませんね。――ですがロクに訓練もせず、王女殿下を呼び捨てし、男は助けず騎士団を見捨て、まずは女性達だけに戦わせ、挙句その女性の危機の時だけ『やれやれ、面倒くせぇ』等とほざきながら勇者の力で格好をつける。そんな勘違いした、女性の尻ばかり追いかける人物など器の釣り合いが取れません……そのせいで我々も“こんな争い”をするハメになっているのですよ」


 宰相は丸眼鏡の位置を直しながら視線を外す。青年の言葉に猛烈な怒気を感じたからだ。

 実際、確かにあれほどに醜い者もそうはいないだろう。それになびく女もだが。


「……そこまで酷いと『勇者派』の第一王女には少しばかり同情もする」


 宰相は鏡に映る勇者を褒め称える王女に、今度は視線を向けた。


 勇者派。


 それは王宮にて勇者レオンを担ぐ一派を指している。

 現在、王国は数百年ぶりの勇者の誕生と、王の病状悪化により、王子・王女による四つの派閥が誕生しているのだ。


 最大勢力『勇者派』。

 勇者レオンを担ぎ上げ、彼を王にして自分達が実権を握ろうとする者達。

 主だった者は勇者の第一夫人となる第一王女、そして光の神殿と宮廷魔術師筆頭など。基本的に女性が多い。


 第二勢力『王子派』。

 勇者レオンを否定し勇者に頼らない軍事強化を訴える、つまり勇者を政治に関わらせたくない男達。

 主だった者は王位継承予定の第一王子と軍務卿、近衛騎士。そして一部の好戦的な大臣達と言った軍人達だ。


 そのどちらにも属さない『離脱派』。

 これは勇者と軍務卿の対立に危機感を持った第二王子と、それに伴い離宮しようとする者達。

 主だった者は当の第二王子と、受け入れ先の辺境伯。そして不干渉を貫く残りの大臣達。


 そして最後に『静観派』。

 彼らは少数ながら王宮に存在した月の女神の信者達。或いは“とある奇怪な神託”から大逆転を狙う者達。

 主だった者は第二王女。

 そしてこの二人の男――すなわち宰相と、月の女神の大神官にして、宮廷魔術師筆頭補佐。


「だからこそ――」


「ええ。“本物”が現れた時がさぞ、見物ですね」


“真なる勇者”。

 二人の脳裏に浮かんだのは、彼らの人生を根本から逆転させる救世主の存在である。


「我ら『静観派』の第二王女ロズディーヌ様が、エルフと竜人族の訴える“真なる勇者様”を味方に付けられれば、全ては引っくり返りましょう。第一王女なぞ、体を許した上で真実を知れば発狂するのではありませんか?」


「ハッ――聞いてみたいものだな。馬臭い馬子の倅とのまぐわいは楽しかったですか? と。間違いなく血を見るであろうが……ただ、我らの企みとてそう上手く行くものかね。果たして真なる勇者と、真なる魔王は本当に存在するのか。存在した所であの馬鹿……光の神殿が導いた勇者レオンと、一体どれ程の差があるのか。さしたる違いしかなければ、奴等はこちらを偽物認定し抹殺するだけだぞ?」


「その危険については……我ら月の神殿も否定し切れないのですよ。なにせ月の女神様より数百年ぶりに突如として与えられた神託は三つ。


“五大女神の勇者は全て偽物であり神託を信じるべからず”


“真なる勇者を探し真なる魔王の降臨に備えるべし”


“この神託を我が月の下で秘匿せよ”


 それだけですから。正直、ロズディーヌ様が月の女神様に導かれた高位の信徒でなければ、話自体がうやむやになったと思われます。下手をすれば宗教戦争《禁忌》への関与を疑われます」


 この混沌とした王宮において一部の者にもたらされた驚愕に値する神託。


 それは各神殿が選定した勇者達の否定と、“真なる勇者”と“真なる魔王”の存在の示唆。そして他教への秘匿と言う、女神間の不和を匂わせた。

 これにより月の神殿本陣は大混乱に陥る。中には解釈の誤り――直接的に言えば信頼すべきではない神託と言う意見まで出た。


 けれどいざ調べてみれば、エルフ族と竜人族による既存の勇者観の否定や、勇者史における不可解な点に対する解となる等、神託を裏付ける材料が出るわ出るわ。


 その結果に賭けた者達が『静観派』という事だった。


「仮に本当に真なる勇者とやらがいたとして、どう引き込むつもりだ?」


「そこは男ならばロズディーヌ様に頑張って頂き、女ならば私が」


「結局、色恋か。理解できんな」


 ある意味で貴族らしく、恋愛等というものに殆ど関わらなかった宰相は呆れ顔である。


「もちろんそれだけではありませんよ。金銀財宝は当然として、実力を示した暁には公爵位を。月の神殿の見目麗しい美男美女を使用人として送り、誑し込みます。それにお忘れではありませんか? 月の女神様の最上位の祝福の中には、異性に対する“魅了”の力がある事を。そう、鋼の意思か、性欲すら越える欲望を持たなければ、取り込みは時間を掛ければ可能です」


 宰相は青年の顔に大神官と言うより宮廷魔術師という魔窟に君臨する、ナンバー2としての強かさを見た。


「流石だな筆頭補佐殿。実に頼もしい…………ならばやはり、私も少し大胆に捜索の手を広げるべきか」


 いるか分からない“真なる勇者”の捜索を引き受けているのは宰相だ。だがそれは秘密裏になのでどうしても限界が来る。

 ここはやはりリスクを負うべき所か。そう思っての発言だったが……。


「いえ、その必要はないでしょう」


「なぜだ?」


 青年は優しげな顔に、確信にも似た自信を漲らせ答えた。


「――世界の天命を握る者が、燻っている訳がありません。時代が動くその時、必ずその者は現れます。だから勇者なのです」


 この時の彼らは実に的確に時流を読み切っていた。


 真なる勇者の存在。

 時代のうねり。

 本当に味方にしなければならない者は誰か。


 だがただ一点、彼らは見誤った。


 それは想像上の真なる勇者が、勇者レオンの様な女好きで破天荒な男だった事。

 だから出来ると思っていた。金、地位、女、魅了の力で落とせる人物だと。


 決して、自分が宿屋になりたいが為に魔王共を抹殺すべく立ち上がった等と言う、頭のイカレた人物だと、この時は想像もできていなかったのである。


 王都の派閥争いの先行きは、最早誰にも分からない混沌したものであった。
















【沼の森】










 一方、候都ヴォルティスヘルムよりさらに南下した場所にある沼地のある森。名前もそのまま沼の森。

 そこに候都より送り出された騎士達が到着するより前に、とある男達が訪れていた。


「こいつはヒデェな」


 吐き捨てる様に、一方で楽しそうに、潰れた帽子を被った男が呟く。


 男の名はクラフトガン。


 彼は黒衣の連中によって集められる無残な死体達を木の上から見下ろし、その最後を想像する。


 ある者は真っ二つに。

 ある者は首を刎ねられ。

 ある者は心臓を一突きに。

 ある者は上半身が消し飛び。

 ある者は原型の分からぬ肉塊だ。


 これを成した人物は一人ではないだろう。最低でも三人。


 一人は間違いなく達人級の剣士。


 巨漢の男を真っ二つし、何人かの首を跳ね飛ばす等、並の力量ではない。

 間違いなく上級の剣術系魔技を習得し、剣士としてのレベルも一流と言えよう。


 もう一人はこちらも凄腕の暗殺者。


 多くの死体が首の急所を同じ様に掻っ切られている。

 剣士による可能性も考えられたが、背後から心臓を一突きされている死体や、後ろを振り返ろうとしたまま事切れている死体の数、そして雑な傷口から剣士とは異なると思われた。

 こちらも上級魔技、或いは何らかのギフト、魔術の類を操る事は容易に想像がつく。どうやればここまで綺麗に殺して回れるのか、衝撃さえある。


 そして最後に複数人、或いは三属性トリプル以上の魔術師。


 上半身が消し飛んでいる死体は、残った肉片から見て風属性。人身が消し炭となっているのは言うまでもなく火属性。飛礫がめり込み肉塊になっているのは土属性。


 他にも判断に困る死体もあり、判別は容易ではないが最低でも三属性と見て間違いない。

もし仮にこれを一人で成したならA級以上の冒険者か、魔術学園より認定された上級魔術師くらいしか存在しない、三属性トリプル使いの魔術師となる。


「間違いなく脅威になるわな」


 クラフトガンは目元が見えない程に深く被った帽子を押さえ、誰に言うでもない悪態を吐く。


「あーあクソッタレが。どうすんだよバカ野郎。作戦の第一段階から躓いてやがんぞクソが。これじゃあ閣下の足を引っ張っちまう。……つか、こいつらアンタの自慢の弟子なんだろ? ならせめて一人くらい生き延びてねぇのかよ。本国に雇った暗殺者が使えねぇってクレームいれっぞ」


「口が悪いの、それは残念至極。こういう事もあろう。実際、まぁものの見事に雁首揃えて皆殺しよ」


 クラフトガンのいる木の枝に突如として、小柄な黒衣が現れる。


「いやあむしろ、アッパレ! とこの惨劇を成した者を褒めてやりたい所じゃな」


 その黒衣はしわがれた声で嬉しそうに笑う。


「頭沸いてんのか魔物爺。テメーが推してやがった影魔術師の弟子も、あっさり死んでんだぞ」


「致し方なし、致し方なし。ヤツはか弱かったのよ。ゆえ喰われた。ならば道理よ理よ。“沁黒”たる我が名を語るには役者としての格が不足しておった、それだけの事」


「沁黒――アンタの名前を継ぐはずだった弟子が殺されているのに暢気過ぎだぜ。ウチの組織じゃ上司の責任問題だろ。これだから個人経営の暗殺組織は……」


「問題はなかろう。沁黒とはあくまで我の事。弟子共に後継争いとして名乗らせた結果、組織等と勘違いする輩が増えたがのぉ。その我が健在である以上、天地が引っくり返ろうがどうにでもなる。それに比べて御主の様な国抱えの公務員は大変じゃのぉ~」


 黒衣の老人は顔を覆った黒いの布の隙間から笑みをこぼす。


「代わりにこの死体は全てくれてやるぞ。使うのじゃろ? ん? 口が悪いの、好きに遊ぶが良い」


「言われなくとも持って返らぁ。――そら、深淵に触れし魂共よ」


 木の下にいた黒衣の連中が集め終わったのを見て、クラフトガンが背丈並みにでかい漆黒の杖をかざし、言葉を紡ぐ。


「――我が配下となり永遠の呪縛と共に我が尖兵となれ……死体掌握」


 杖の光に当てられた死体達がビクンッと跳ねると、続々と立ち上がる。


 肉塊になっていた者やバラバラになっていた者も体同士が合体し、得体の知れない奇怪な造形物として生まれ変わる。


「よーし。死体は俺が動かすから、テメェら証拠隠滅して帰っぞ」


 彼の言葉に黒衣達はまた散らばっていく。

 こうして死体達は再び動き出し、その痕跡は黒衣達によって次々と消されていった。


「さてと……あー、沁黒殿」


「なんじゃ?」


「俺を背負って下にゆっくり、丁寧に降りてくれませんかね?」


 ふと沁黒は目の前の男、その上司にして沁黒の雇い人の言葉を思い出す。


“そいつ、運動させると体力無さ過ぎて血を吐いて死ぬから頼むね”


 その忠告を思い出し盛大な溜息を吐きながらクラフトガンの着る外套の襟首を掴む。


「ああ、ゆっくり頼…………待て、沁黒殿?」


「なんじゃ?」


「何故に俺の襟首を持っ――ぎゃあああ!」


 だが内心面倒臭くなった沁黒は、クラフトガンの言葉をガン無視して木の上から適当に放り投げた。


 自由落下の果てに地面に直撃する直前、地面に産まれた影にクラフトガンが絶叫と共に飲み込まれた。


「やれやれ、いんどあで前線に出るなんぞ阿呆かコヤツ」


 そうして沁黒もまた木の上から忽然と姿を消す。そして沼の森には死体と共に誰もいなくなった。


 その後。


 侯爵の指示より現場と死体を確認しに来た騎士達は結局、何の死体も発見できなかった。


 そう、陸竜アロの死体も含めて。




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