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1-20 ヴォルティスヘルム家の書斎にて

三人称です


【ヴォルティスヘルム侯爵 チェスター・ヴォルティスヘルム】






 遡ることユースティが宿屋の下へ行く為に城を飛び出した直後。


「……護衛は付けて行ったようです。念の為にもう一部隊付けておきました」


 彼女の兄にして、金髪碧眼の次期侯爵ユーバッハが書斎に戻ってきた。


「そうか。……それで? お前は此度の一件、どう見る?」


 彼の父親にして、現侯爵チェスター・ヴォルティスヘルムの言葉にユーバッハは試されているのかと勘ぐるが、どうやら部下として意見を求められている様だった。


「まず間違いなく自作自演かと」


 彼は論点となるだろう問題を断言する。


「あのジンが持ち帰った襲撃者が使用していた武器は考慮せんのか?」


ジン。それはロック達を護衛していたスキンヘッドの教官である。彼はもともとチェスター侯爵にスカウトされ騎士団の指導員もしていたので、未だに侯爵達を彼をジンと名前で呼ぶ。


「ええ。正直、()()()()()()ジン教官まで影響が出たのは引っかかりますが、“人体蘇生”は不可能であるという前提で考えれば答えはそれしかありません」


 彼は至極当然だと言わんばかりに言い切る。


「バッファーは何と言っていた?」


「バッファー? ああ、子飼いの背の高い槍使いですか。彼も他の者と同じ証言です。黒衣に襲われ、死亡し、気付いたら生き返っており、敵は全滅。果たしてこれが事実だとでも仰いますか?」


「だが大穴としてあの子が言う“あの御方”が、聖人だと言う可能性もあるのでは?」


「ご冗談を。聖人ならば黙っている理由がありません。それに秘匿される様な存在でもないでしょう。それにユースティが向かった先を考えれば、あの中の誰がそうなのか分かりましたから」


「ほぅ? 誰だ」


「宿屋です。ポーターとして宿屋の倅が参加しておりました。一般科の寮に向かった以上、そこには彼しかいません」


「フハハハッ、なるほどなるほど。宿屋が聖人なんぞ、随分と難儀しそうな喜劇じゃないか。さぞその喜劇に登場する人物達は大変だろうな」


「でしょうね。それにもう一つ、人体蘇生と口を揃えて言いますが、おかしな事に彼等の服まで蘇生しておりましたから。人体に加えて服装蘇生も加えねばなりませんよ」


「ふっ、全く随分と杜撰な自演な事だ」


 父親のチェスターは盛大に溜息を吐く。


「まぁ分かった。つまり蘇生はない。よって沁黒達も全て偽物、或いは幻とでも言う訳か。ジンの奴も衰えたな……では問題は誰が仕組んで、どうして教官を一人殺したのか。そしてその目的はどう説明する?」


「簡単な筋書きならば宿屋の彼を何者かがそそのかし、協力してこの一件を起こす。しかしあの教官だけ術を破り、仕方なく殺した……ですかね」


「漠然としているな。とりあえず生き残り全員に密偵をつけろ。特に宿屋には念入りな。もし逃走を図ろうとするなら捕らえろ。そしてすぐさま全員の背後関係を洗い出せ」


「分かりました」


「あとは仕掛けたのが何者かと言う事だが……」


 そこにノックの音が響く。


「侯爵様。御茶をお持ち致しました」


 侯爵とその息子は顔を見合わせる。


「……誰の指示だ?」


「それが王都から良い茶葉が届いたと」


 二人はその言葉に驚き、ドアを開けさせる。


 そこには目の細い若い執事服の男がいた。次期侯爵は目で護衛に合図を送ると、二人の護衛も一緒に部屋に入ってくる。


「むしろ人払いして頂きたいくらいなんですがねぇ」


「何者だ」


「申し遅れました。わたくし騎士団、不可視の魔蠍の使いにございます」


 その挨拶に室内にいる全員が息を呑んだ。

 騎士団と言うものは言わば貴族の持つ自衛団にして軍だ。その規模は様々でわずか数人から数千まである。なので名前だけで判別するのは困難。


 そんな騎士団の格を表すものが名持ちである。


 元々は戦争時に様々な騎士団を国軍に組み込む際に、歴代軍務卿により名付けられ身内で使われていたものだった。

 けれどそれが次第に本人達の耳に入り、特異な活躍や勢力は自ずと軍務卿が与える習わしとなっている。


 つまり、名持ちの騎士団はそれだけで一国に重要な存在となる。


 特に目の前の男が名乗った不可視の魔蠍は他でもない、この王国南部を束ねる公爵家の持つ二つの騎士団の一つなのだ。


「公爵様の書状になります。ご確認を」


 そういって差し出された手紙を息子のユーバッハが受け取り、魔刻印と呼ばれる証明用の印を、公爵閣下から与えられた印と照合し確認する。


「本物です」


 そうして渡されたチェスターが封を開くのだが。


「馬鹿な! 教国が宣戦布告だと!?」


 彼は思わずその内容に椅子から腰を浮かせた。


「なぜ今? 誤報ではないのか?」


「商人達の動きからも、国境の様子からも、彼等は来ますよ侯爵様」


 侯爵の呆然とした問を魔蠍の使者が断言する。


「厄介なのが彼等が王都へ向かえる可能性が最も高い、ここ南部からのルートを選択したこと。まずエビデン辺境伯領を突破し、ここ侯都ヴォルティスヘルムを足掛かりにすれば、道中に彼等を阻める程の防塞都市は存在しておりませんゆえ」


「まさかこの地が決戦場になると」


「いえ。上は辺境伯領とお考えです。なので既に国軍は動いております……最も進行速度にもよりますが」


 チェスターは思わず目を覆った。


「分かった。しかし、しかしだ。なぜ今なのだ? 大森林の先に出現した魔王に対し、新たな勇者が各国から選定され、これから一丸となって戦うのだぞ? なぜこのタイミングでこんな事を起こす!」


 そう。

 今の世界における最大の懸念は大森林と呼ばれる、魔が跳梁跋扈する巨大な森の先に建国された魔王国。

 そしてそれを成した魔王と呼ばれる存在である。


 同時期に魔王復活の予言がエルフより伝えられ、すぐさま各神殿で勇者の選定がなされ、それぞれが勇者を排出し一丸となって魔王を討つ、はずであった。


 なのにこの時期に戦争を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。


「理由はこちらも分かり兼ねますが、問題はそちらよりも敵の総大将が紅蓮騎士だと言う事です」


「ばっ――馬鹿な! あの男は死んだはずであろう!?」


 チェスターはその名に震えながら完全に立ち上がる。


「嘘だ! あの男が爆散したのを私はみている! 仮にもし本当に生きていたとして、あの男が動くとなれば一体誰が止めると言うのだ! あの男が公国に何をしたか忘れたか!!」


 紅蓮騎士。


 かつて一度だけ戦場に現れたそれは、単騎で三つの城と砦を消し飛ばした。


 大魔法と言うレベルではない。


 どれだけの位階に到達すれば行使できるのかも全くの謎。

 彼がやったのは極めてシンプル。


 燃え盛る隕石を都市に次々と落としたのだ。


 それは王国と教国の隣国であった公国を崩壊させる程の戦果であり、当時王国からも同盟として兵を出していた為に、生き残った何人かの王国兵だけがその脅威を知っていた。かの騎士が最後には炎に包まれ自爆した事も含めて。

 そして若い頃のチェスターもまたその一人であった。


「この背中に刻まれた火傷を私は未だ忘れてはいない! 仲間を見捨て、部下を身代わりに、これ程の火傷を負い奇跡的に助かったのだぞ!」


 そういって上の服を捲り皮膚を晒すと、首から下には重度の火傷の跡が全身に広がっていた。

 それゆえ思い出すだけでも怖気の走る化物に彼はまるで勝算が見出だせない。


「ご安心を。かの紅蓮騎士は確かに死にました。此度軍を率いる紅蓮騎士は偽物と見ております」


「根拠は何だ! 紅蓮騎士が本物ではないという根拠は!」


「あれは人ならざる者の力にございます。事実、制御できずに前回の紅蓮騎士は死にました。それに王宮より放たれた密偵より、現在の紅蓮騎士がかつての力を持っていない事は確認済みにございます」


「しかし、それでも――」


 なおもを食い下がるチェスターの言葉を使者が制する。


「問題はございません、こちらも本気でございますから。事実、既に王宮は動きました」


「どういう事だ?」


「お分かりになりませんか? 勇者様――レオン様を紅蓮騎士にぶつけるのですよ。近日中に勇者様はこの都市に“観光”に訪れるそうですよ」


 まさか。

 あまりに突拍子もない話に全員が使者の顔を見た。


“勇者は国家間の争いに介入してはならない”


 そう言う取り決めが全ての勇者とそれを支援する国家との間に成されている。にも関わらずそれを破ろうと言うのか。


 だが彼の言葉はこれで終わりではない。


「――ただ、その為には侯爵閣下に一つだけ、お願いがございます」


 その願いに気付いたチェスターは思わず、女傑と呼ばれる大柄な女公爵からの手紙にある不吉な一文へ目を落とす。


 ――君の所の娘さんは王都で噂になる程に美しいそうだね。もしかしたら、それがこの戦争を終わらせるかもしれないよ。


「まさか」


「勇者様は王家との盟約により“国家の戦争に肩入れする事を禁じる”とされております。けれど、勇者様は光の神殿により人々を救う事を認められている。そして当代の勇者様は酷く美しい女性がお好きなご様子。美しい女性を抱く為なら貴族でも正義の名の下に躊躇いなく殺すそうです。なれば、もうお分かりですね?」


「ユースティを、勇者様に差し出せと?」


「そうは申しません。ただ……かの御方なら必ずや紅蓮騎士の手から、ご息女様を守って下さるはず。そうなれば二人が恋仲になる可能性も低くはありません。そうは思いませんか?」


 本来ならばそんなもの認めはしないであろう。


 けれど相手は勇者様。その血を取り込む事はむしろ、頭を垂れて懇願する事だ。

 そしてここにいる人間は貴族である。婚姻は外交手段に他ならない。

 何より現実的な脅威の前に使者の言葉を否定する者は誰もいなかった。


「勇者様の到着に合わせて、ユースティを中心とした歓迎の宴を準備致しましょう」


 こうして侯爵は使者と握手を交わした。

 その頃、自分の娘が宿屋へ愛の告白なのか就職面接か分からないやり取りをしているとも知らずに。



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