1-19 実家を飛び出し就職しよう
ユースティ様視点最後です。
【ヴォルティスヘルム侯爵家令嬢 ユースティ】
死体でした。
「――っ!?」
次に私が目を開けた所にあったのは、死んでしまった弓師さんの顔でした。
慌てて周囲を確認すると、他の皆さんの死体も同様に並べられ、それをポーターさんが見ております。
自分もその中で寝かされている様でした。
――ああ、私は確か殺され……そうでしたわ。突然、ポーターさんが起き上がり、私を超常の力で助けて下さったんでしたわ。
助かった。まだ生きている。そう思うと手が震えると共に、無意識に息が漏れます。
けれどすぐ目の前にある仲間達の亡骸に、それすら消え去る悔恨の念が湧き上がりました。
――全ては……私の責任。侯爵家の令嬢という立場を捨てられずに魔術師になろう等という、甘い考えが起こしてしまった結果。
自然と涙で視界がぼやけます。
巻き込む必要などなかった人達。自分がもっと立場に見合った強さを持ってれば、或いは侯爵家と縁を切りただ一人のユースティとして生きていれば、こんな事になりませんでした。
私は思わず唇を噛みます。今は感傷に浸る場合ではありません。込上げる感情を何とか殺して、ゆっくりと起き上がります。
――ここで泣き腫らすよりも先に、まずは彼に謝罪と感謝を延べ、彼等を遺族の元に届けねばなりませんわ。
ちょうど彼は目を閉じて、並べられ横たわっている私達に向かって何かしている様でした。
そんな彼に向かって、私は体をお越し声を掛けようとして――。
「――あれ?」
突然、目の前の弓師の少女の死体が瞬き致しました。
「……………へ?」
「あ――えと、おはよう、ございます?」
――◎△$♪×¥○&%#ッッッッッ!?!?!?!?
硬直する私。
そんな私を気にせず、目の前の死体は周りを見渡し始めます。
「…………あれ、私、なんで寝てるの?」
「……………」
絶句。
と言いますか、体がビックリし過ぎて全く動きません。
そのクセ全身が小刻みに震えているのが自分でも何となく分かりました。
――じ…………実は私、まだ寝ていますの?
けれどそんな事を否定する様に他の寝ている方々が。
「……ん? あれ! 沁黒の連中どうした!?」
「は? おいっ、なんだこれはっ! アロを殺した後、どうなったんだ!」
「ふぇ!? あっ、あれ? あれ? 私っ、胸に槍が刺さって…………あれ?」
続々と起き上がりました。
――嘘でしょう?
皆さんの体には致命傷はなく、すこぶる健康と言えましょう。アンデット化した様子も微塵もありません。
――何が起きているんですの? 確かに彼らは殺されたはずですわ。まさか蘇生? いえ、そんなはずはありません。エリクサーでも不可能だと言うのに、そもそも誰がそんな…………あっ。
そこで思わず“彼”を見ます。
気付くと彼は端っこに移動しており、何故か一緒に起き上がっています。
――まさか……そんな……ですが、あの不可思議な超常のお力を考えれば……ですがこれは本当にこれは神の奇跡……。
そう。
人体蘇生など、女神の六大神殿ですら不可能。
精霊教の精霊王でも同じ。理外のお力神の領域。
――ですがもし、もしその可能性があるならば……まさかポーターさんは……いえ、あの御方は。
「ユースティ様、今すぐ脱出致しますので付いて来て下さい」
「えっ? あっ、はい」
そんな風に考えに没頭しておりましたら、冒険者科の教官が中心となって森を脱出する事となっていました。
そして私は結局、ポーターさんと会話して真偽を確かめるタイミングもなく、候都へと生きて帰りました。
最もここで彼――或いはあの御方を問い詰めても、きっとお話にならないでしょう。もし私の考えが正しければ、父にしか語らないかも知れません。
「ユースティ!」
候都の中心にある城に帰ってくるなり、候爵家をお継ぎになる一番上のお兄様に抱き締められました。
「お兄様……この度は、ご心配をお掛けして申し訳ありません」
金髪碧眼の非常に整った容姿のお兄様が、相好を崩します。
「いいんだ。いいんだよ。こうしてユースティが無事に帰ってきたんだ。しかも襲撃されたのは悪名高い沁黒だったそうじゃないか。こうなってはもう、無事に帰ってこれた事を神に感謝するだけだ。さ……疲れただろう。一度部屋に戻って休んでおいで」
「はい…………」
私はお兄様に勧められるまま、自分の部屋に帰りました。
そこでようやく一人になると、途端に今まで抑えていたものが込上げ、爆発しました。
それからメイドが呼びにくるまで、私は部屋のベッドで嬉しかったのか、悲しかったのか、分からぬまま泣き続けました。
「まずは無事で良かった。ユースティ」
その後、メイドに連れられ書斎に入るとお父様とお兄様がいらっしゃいました。
お父様は白髪を刈上げ五十近い年齢を感じさせない屈強な体をしておられます。
娘である私ですら、中々になれなかったので、城の者以外には畏れられております。ただ見た目とは裏腹にお優しい方です。
そして意外だったのは、今日のお父様もいつもと変わらなかったからです。だからこそ私には逆に嫌な予感がしてなりませんでした。
「今しがた、試験に参加した者全員の聞き取りが終わった所だ。それでお前にもいくつか聞いておきたい事がある」
その言葉に私の心臓がトクンッと跳ねます。
「分かっております……それは、あの御方の事ですわねお父様?」
すると二人は目を細めました。
「あの御方、とは?」
「それは当然、偉大なる創造神様により導かれた…………お父様?」
しかし途中で私は二人の様子がおかしい事に気付きます。
「…………まさかユースティ、お前まで本当に蘇生したと言うのか?」
「えっ? 待って、待って下さいまし。皆さんからお話をお聞きになられたのですわよね? なら、私と彼以外が皆殺されたとお聞きになったんですわよね?」
「そうだ。そうだが、それを私が信じると思っているのか? 異国には極めて高度な集団幻術が存在するとも聞く。もし仮に沁黒が実際に存在したとしても、そういう魔術に掛かっていたのではないか?」
これは思わず私の血が熱くなりました。
「馬鹿にするのはよして頂きたいですわっ! 実際、皆さんは命懸けで私を守り一度は殺されたのですっ。そしてあの御方により沁黒は討たれ、かの奇跡により生き返ったのですっ。事実、裏切った教官は死んだままのはずでしたでしょうっ?」
「あ、ああ……だが。だがな? 蘇生とは神の奇跡なのだ。それを成せる人間など、最早人とは……」
「父さん、ちょっと待って。ユースティ。君はさっきから“あの御方”と言っているけれど、君は沁黒達を倒し、君以外の人間を蘇生させた人間を知っているのかい?」
ここで私も流石に冷静になり、違和感に気付きます。
なぜなら“あの御方”ならば、その体には聖傷と呼ばれる神に導かれた証が存在するはずなのです。
それを見せれば、誰もが納得するでしょう。実際私は、それを知られるのが嫌であの場で話さず、父にのみ聖傷を見せて伝えるのだと思っておりました。
――自らが何者か、何をなさったのか、あの御方は伝えていない?
「その前に確認させて頂きたいのですけれど、お父様、お兄様。聞き取りを行った者達の中に、自らこそが沁黒達を退け、蘇生させたと証言なされた方はいらっしゃいましたか?」
二人は少しの間、私の目を見て真意を図ろうとしておりましたが、やがて口を引きました。
「――いない。全員が“自分は殺されたが、気付いたら沁黒達が死んでおり、自分達も生き返っていた”と同じ内容の証言をした。お前は違う様だがな……」
私は雷に打たれたかの様な衝撃を受けました。
――なぜ? どうして?
死者蘇生。
それが可能なのは五大女神様を唯一越える、創造神様が直接お導きになられた聖人様のみ。
かの御方は、かつての勇魔戦争が集結するも多くの国や都市が世界から消え、幾多の人々が傷付いていた暗黒の時代に現われました。
そして勇者様亡き世界を旅し、傷付いた人々を救い、悪を成敗して回られたのです。ゆえに魔王を倒し世界を救ったのは勇者様ですが、身近な人々を救ったのは聖人様であらせられました。
そして聖人様はお亡くなりになる前に、自分の様な存在もまた、勇者と同じく再び現われるであろうと予言なさいました。
――ポーターさんは間違いなく聖人様であらせられますわ。
それを何故お隠しになるのか。
せめて国家上層や神殿に伝えればバックアップして下さるはずです。
にも関わらず、こうして口を噤んだ理由。
今とかつて。何が違うのか。
「あっ……」
――もしかして、今が平正の世だからですの?
私は一つの答えが過ぎりました。
それは今、多くの人が救いを必要としていないと言う事。
もちろん救いを待つ者がいない訳ではありません。けれどそれを必要としていない者達、むしろ困る者達もいます。
――今の王家や神殿は信用出来ないという事ですのねっ。
かつては、とにもかくにも民を救わなければ国が立ち行かなく、神殿も信徒に力を与えられずにいました。
だから聖人様の救いの手を素直に受け取ったのです。
けれど今は違います。王家も神殿も、無条件な救いなど、必要としておりません。むしろ……。
――彼等が欲しいのは“自分達だけが救われる力”ですわ。
間違いありません。今の世の状況ならば、王家も神殿も、自分達の為に聖人様を利用しかねない。
その事実に気付いてしまった私は、思わず胸を抱き締めて膝をついてしまいます。
「ユースティ!?」
「どうしたのだっ」
――ああ、私はなんと愚かなのでしょう。そんな事にも気付かず口を滑らしかけるなどっ!
そして同時に感服しました。
――なんと気高きお心なのでしょうかっ。あの御方は誠の聖人様ですわ。自らの力を悪用される事を危惧し、人知れずたった一人で、誰に認められる事もなく人々を救う道を選んだのですわっ。
その在り方に、高潔さに、私は心が、体が、何処までも熱くなるのを感じました。
そして至ります。
――ですがそうすると、あの方はこれだけの救いを与えてなお、このままお一人なのですか?
そう考えるだけで胸が締め付けられます。
――私だけでも。せめて私だけでも彼という存在を理解し、認めて差し上げなければ。
そんな使命感に突き動かされる様に、自分の求めたものに対する答えを得た気がしました。
――救って頂いたこの命。最早、躊躇う理由も悩む必要もありませんっ。私は宝石よりも、石ころで良いから、あの御方に寄り添ってあげられる存在でありたい。それが、私の成りたい侯爵家の次女ではない“ユースティ”ですわっ!
「お父様! お兄様! 私はあの御方がそう仰った以上、何も言える事はありませんわ。だから全ては幻覚であったと思って頂いて結構です。いえ、むしろその様に処理して頂きたく思います。代わりに私があの御方の所に参りますっ。そしてどうか、その真偽を確認して参ります」
そう言うだけ言うと立ち上がり、部屋から出て行きます。
後ろで二人の止める声が聞こえましたが、関係はありません。
――確かめねばなりませんわ。あの御方が本当にそうなのかどうか。
「だからッ! そんなヤツは知らねぇって申し上げているじゃあ、ございませんかッ?」
そうしてあの御方の足取りを追ってやってきた冒険者ギルド。
しかし私はそこであまり歓迎されませんでした。
理由は分かります。背後の騎士達をへ視線を送ると、皆今すぐにも抜剣しそうな勢いです。
――はぁ。護衛を頼んだのですが、まさか冒険者ギルドに騎士を雪崩れ込ませる事になるとは失敗ですわ。
私も馬鹿ではありません。
また再び狙われる危険を考慮して、多数の騎士達を護衛に頼んだのですが、些か多過ぎてしまったのです。
そしてそのままギルドに入ってしまった事もあって、冒険者が誤解して立ち上がり、戦闘態勢に入ったのです。
おかげでこちらの騎士も同じ様に剣に手を伸ばし、ギルドの内部は重苦しい緊張感に包まれます。
「ここにロックと言う名の学生冒険者がいらっしゃると聞いたのですが?」
そこであの御方の名を告げると、短髪の軽装備のマキラと呼ばれる冒険者が前に出てきます。
そうしてあの返答です。
隣で受付嬢らしき方が必死に宥めていますが、どうもこちらに対して否定的です。知らないという言葉も素直に信用できそうにありません。
そうして睨み合っていると。
「あの、何かあったんですか?」
その声を聞いた瞬間、また心臓が跳ね上がった気がしました。
引き寄せられる様にそちらに視線を送ると――ああ、彼がいらっしゃいました。
そのお姿に高まる動悸を両手で押さえながら、彼の元へ向かいます。
周囲が唖然としていらっしゃいますが、そんな事は関係ありません。
「えっ、あの――」
「お待ちになって下さいまし」
困惑する彼を制します。
私は貴方様に決して語らせたい訳ではないのです。
「何も仰らずとも分かっております。ですから、一つ。一つだけ、お聞かせ頂きたいのですわ」
静かになったギルドの中で、私は意を決してお尋ね致しました。
「――あなた様には、必ずや成さねばならぬ事がお有りですね?」
空気が震えました。
なぜか彼の背後にいるエルフが口元を押さえて目を揺らしましたが、彼は目を細めただけです。
「ええと、それは、私が生涯を賭けて成し遂げたい仕事の事を、仰っておりますか?」
「はい」
私の断言に彼は少し驚いた様ですが、すぐに小さい声を上げました。
「ならば――はい。確かにあります」
その瞬間、訳の分からない感動に体が思わず震えます。
そしてもう一つ、貴方様が聖人様であるならば、どうしてお伝えしなければならない事があります。
「では……どうか。どうか私にも、そのお仕事を手伝わせて頂けませんか?」
瞬間、ギルド内が騒然となります。
冒険者達も驚愕の表情を浮かべ、背後の騎士達も混乱の声が聞こえました。
彼もまた激しく動揺しております。やはり、私にはバレていないと思われていた様です。
「は………………はぃ!? えっ、その、ユースティ様は侯爵家のご令嬢ですよねっ!? それが俺と一緒にって――」
「構いませんっ。家を捨てる覚悟は出来ておりますっ!」
『ええっ!?!?』
さらにギルド内の騒音が爆発します。
何をそんなに騒いでいるのか分かりませんが、口笛やら、この野郎! ロックの奴やりやがったぜ! 等といろいろな声が飛び交います。
「正気ですか!? 俺の仕事って……いや……アレですよ!? 朝も早いですしっ、たまに変な奴に絡まれたりしますし、常に下手になると言うかっ」
「問題ありません。朝は魔術の鍛錬で早いですし! 社交界の方が面倒な人間だらけですわっ。それに偉ぶる為にやる訳ではない分かります!」
「………………まっ、マジか? マジなの? えっ、でも、氷魔術師だよな? なら食材の冷凍とか可能? しかも貴族だから上流階級の方の対応には慣れているはずだし…………あれもしかして物凄い優良人材?」
彼は私の言葉にしばらくブツブツと何か考えておりましたが、首を振ると私に真摯に訴えてきます。
「でも! なんと言うか、そうなったらユーステイ様みたいに尽される側から、人々に尽す側になるんですよっ! 良いんですか!?」
「全て承知の上でございますわ! それでも私は、貴方様と共に、その理解者として、貴方様をお支えしたいのです!」
『おおおおっ!』
何故か騎士や冒険者達が大興奮しております。
中には騎士と肩を組んで盛り上がっている者や泣き崩れ慰めて貰っている者などもおりました。
流石にこうまで騒がれると、正直恥かしくなってきます。
――勢いで言ってしまいましたが、急に居ても立ってもいられないくらいに恥ずかしくなってきましたわ!
「――」
「あっ――そっ、そのっ。お返事はっ……あ、後でも構いませんわっ。けど、将来貴方様と共にそのお仕事のお手伝いをしたいって……あのっ……私その……思っており…………ます。…………ああっ、もう! あまり騒がないで下さいましっ。はっ、恥かしい………………です。もうっ」
顔が真っ赤になってしまい、言葉が上手く出てくれません。
ただ彼――いえ、ロック様も呆然としておられるみたいです。
――ああっ、限界ですわっ。
「でっ、ではっ、そういう事でございますので! 私は失礼致しますわっ! オーホッホッホッホッ!」
なのでその隙に私は答えも聞かずに、無意識高笑いと共にギルドから走り出しました。
慌てて騎士達が追ってきますが、もうこちらとしてそれ所ではありません。
――恥かしいですわ!? なんでこんなに恥かしいんですのっ!?
そうしてなんか思っていたのと違う、一世一代の告白の熱に浮かされたまま、私はひたすら走り続けます。
「ユースティ!!」
が、そうして大道理を騎士達に守られながら走っていると、突然前からお兄様が乗った馬車がやってきました。
「あっ、その、申し訳ございませんお兄様。私、覚悟を決めました。城に戻り次第お話を――」
「それより早く乗りなさい!」
しかしお兄様はいつもの冷静とは比べ物にならないくらいに焦りながら、私を馬車へと連れ込みました。
「ど、どうしたのですか。騎士達もおりますし、そこまで焦る様な事は――」
「ユースティ、状況が変わったんだ」
「状況ですか?」
お兄様は静かに頷いて告げます。
「教国がこの国に宣戦布告した。これからすぐに戦争が起こるぞ」
なおヒロインは二章から登場予定です。ユーティ様? 今の所、可能性はあるとだけ。