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1-18 未知の魔術師

引き続きユースティ様視点となります。



【ヴォルティスヘルム侯爵家令嬢 ユースティ】




 まるで、邪魔な木の枝を剣で凪いでいる様な適当さでした。


 そんな適当な剣により、黒衣の一人が倒れます。


 正直、目の前で何が起きているのか分かりません。


 それを成した彼の動きに優れた部分など全く無く、邪魔だから斬ったとでも言う様な横柄な殺し方。

しかも相手はあの悪名高き『沁黒』。


元は皇国を中心に活動する最悪の魔術、影魔術を扱い多くの要人をその手にかけてきた大陸一有名な暗殺集団。おそらく勇者様に匹敵するかそれ以上とも謳われ、多くのクランや王侯貴族は対影魔術への対策を常に求められます。勇者語録に則ればまさにチート。

 そんな伝説級の暗殺者相手に本来ならば当たるはずのない太刀。


 けれど遠くに見える黒衣は、まるで本当に動く事を禁じられたかの様に、従順に立ち続け、そして死にました。

 最もそれよりもさらにおかしいのは。


 ――有り得ませんわっ。確かに貴方は殺されたはずでしょう!?


 薄っすらと開いている目に飛び込んで来た光景に、思わず否定が先に来ます。


 彼は確かに殺されてしまったのです。なぜならその背中に剣が突き立てられ所を私は、何も出来ずに情けなく見ていたのですから。


「――は? おいっ」


 遅れて私を抱える黒衣達が驚き、振り返ります。


「生き残りか?」

「有り得ない……確かにアイツは殺したはずだぞ?」


 黒衣達が初めて動揺を見せます。

 けれど、彼等は油断なく剣を再び抜き、私を抱えた者と大柄な者を除いた全員が彼に狙いを定めました。

 それに私も我に返ります。


 ――ま……まずいですわっ! このままではまた同じ様に殺されてしまいます。早くっ、早くお逃げなさい!


 さっきまで誰かに助けを求めていた私も現実に立ち返り、このまま殺されるであろう彼へ逃走を促そうとします。


 けれどやはり体は全く動きません。言葉も出ません。


「行くぞ。念の為、油断はするな」

「おう」


 私の心の叫びなど無視して、黒衣達が動き出してしまいます。

 その中の一人が凄まじい早さで距離を詰めます。


 ――っ! 体よ動いて下さいませ! 今っ、今動かなればっ、せっかく無事でした彼もまた殺されてしまいますっ! だからお願いですからっ……。


 ゴキリッ。


 けれど、その未来はそんな音と共にあまりに容易く捻じ曲げられます。


 ――なっ。


 ポーターの彼の間合いに入った瞬間、先行した黒衣の体がまるで何かにまきこまれたかの様に異様な回転と、怖気の走る先程の音と共に、全身が有り得ない方向へと捻れたのです。


 ――なんですの今の!?


「なんだ今のは!?」


 私を抱える黒衣までもが、目の前で起きた不可思議な殺人方法に、声を上げます。


「空間捻転」


 不遜。

 あまりに不遜に、こんなものかと見下すかの様な傲慢な響きを伴って彼は静かに告げます。

 最早、私の知る幸薄そうなポーターさんは何処に居りません。その左目には薄っすらと時計の盤面の様な物を投影させており、それに見られるとゾクリっと心臓を鷲掴みにされたかの様な恐怖が湧き上がります。


「魔術? いや、魔技か?」

「あれは魔術だ! 魔力の発光があるっ。だが…………だが、人間を空中で捻り殺す魔術なんて聞いた事がないぞ!?」


 そう。私ですらそんな魔術に心辺りはありません。彼を取り囲む様に動いた黒衣達も、それは同様でただただ困惑しております。


 ですがその中の一人が恐怖に耐えかね動きます。


「その左目と言い、一体何の魔術だ。まさかリッチか何かに化けた? だがそれでも…………問題ない」


 その黒衣は背中の鏡の様な盾を取り出し、構えます。それには見覚えがありました。


 ――あっ、あの盾の男は、弓師の少女の魔技をその盾で跳ね返し、私のフリージングを反発させた黒衣っ。このまま戦っては……。


 黒衣は盾を構えて、威圧を跳ね除けるかの様に告げました。


反射盾リフレクトシールドで――」


 が、その声を嘲笑うかの様に突然、黒衣は背後からその心臓を貫かれます。


「ぐはぁ!?」


 ――いけま……えっ!? はい!? えっ、ええっ!?!?


 そこには一切の予備動作なく背後に現われて、剣を突き立てるポーターさんがおりました。


「は……ハァ!?」

「馬鹿なッ!」


 離れた場所で見ていた私や私を抱える黒衣達ですら、目の前で起きた出来事に理解が追いつきません。

 周囲の黒衣達も遅れてビクッ! と反応し全員がそこに居るはずのない存在に目を向けます。


「――空間跳躍」


 そしてその存在を見て思わず自分達が囲んでいたはずの存在に目を戻し、そこでようやく気付くのです。

 もう既にそこには誰もいないのだと。


「――囲めッ!」


 戦慄すらするポーターさんの仕掛けに、リーダー格らしき黒衣が叫び、混乱している他の黒衣達に指示を出します。

 流石は暗殺集団、その指示に我に返った黒衣達が斬り掛かります。


『オオオオオオオオオオ――』


 本来、彼等は声など出すはずはないのでしょう。けれとそんな彼等が声を上げて自らを鼓舞しなければならない。


 けれどそれさえ。


『オオオオオオ――オ       オ      オ     オ      オ    オ    オ      オ      オ   オ       オ     オ      オ   』


 まるでお遊戯。

 彼の前ではその突撃も歩くよりも遅くなって行き、ふざけている様な光景に変わります。


 それを首を狙って雑に斬り飛ばすポーターさん。


 ――が起きているんですの?


 目の前の超常現象の数々はもう魔術という言葉で語れるものではありません。


 ――何なのですか。あの力は。


「何の力だ? 本質が全く分からねぇぞ」

「俺に聞くなっ! あんなの魔術どころか現象としても聞いた事がない! 氷? 影? いや重さか!?」


 呆然としているのは私と私を抱える黒衣達だけではありません。

 他の黒衣達も戸惑っております。ですがそれは一瞬。目の前で起きている理不尽極まりない殺戮から我に返ったリーダーが再び叫びます。


「クソったれめッ――打てぇッ!」


 全て準備されていたのでしょう。呼応する様に木の上から光が輝き、魔術や矢が炸裂しました。


「当たるぞ!」


 それは仲間を犠牲にした上の必殺の攻撃。ゆえにまるで縋る様な叫びでした。


「――空間接続」


 しかしその願いは届く事なく、直撃したかに思えた一瞬の後に、放った者達の方向へその全てが打ち返されました。


 森に木霊する断末魔。木の上で弾け飛ぶ肉片。ゆったりとした動きのまま爆散する黒衣達。


「まだだッ!」


 その失敗を上書きするかの様に、突然黒衣達がポーターさんの近くの地面から現われ、四方向から襲い掛かり――ましたが、彼が突如として四人に増えました。


 ――ぶっ、分身!?


 もはや何でもアリと化した彼はそれぞれが目の前の黒衣の動きを止めて殺していきます。


 ですが一々驚いている間もなく、今度は目にも追えない速度で二人の黒衣が木々の隙間を疾走したと思うと、次の瞬間にはその首が跳んでおりました。

 喋る間もない一瞬の決着。


「嘘、だろ?」


 私を抱える黒衣達は最早言葉も出ず、呆然としておりました。


 全滅。


 私達を容易に殺し尽くしたはずの黒衣達は彼に傷一つ負わせる事も出来ずに、全滅。


 ――夢でも見ているのでしょうか?


 思わず自分の正気を疑ってします。

 ですが、ざっ――と草木を踏み付け、気付くと夢ではなく、彼は私のすぐ目の前に現れました。


「舐めるなッ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお魔技ッ、神鉄――」


「――空間断絶」


 そして一振りで大柄な黒衣を静かに両断し、ついに最後の一人の前に立ちます。


 その時、ぐっ――と動かない私の体が引っ張られました。


「この狂人がッ! こいつがどうなっても」


 ――まさかこの方、私を盾にするつもりですか!?


 そうして視界が正面に戻ると、既に彼の剣が私目掛けて突っ込んで来ていました。


 その時、頭の片隅で「……もしかして私、もう死んでいると思われてるのでは?」と最高に嫌な予感が過ぎりました。


 ――えっ!? ちょ、おっ、お待ちに! ああっ、お待ちになっ……あー! あー! あー!


 そんな心の叫びも虚しく、私に剣が突き刺さります。


 ――むっ、報いとして死ぬのは構いませんがこんなっ…………………………あれ?


 けれど、何時まで経っても痛みは来ません。

 背後で黒衣の体がビクッと何度か震えたのが分かり、視界が空に向きます。


「空間接続」


 彼は仕組みは分かりませんが黒衣だけ殺した様でした。


 投げ出されらしい私は一人安堵します。が同時にリーダー格と思わしき黒衣の声とポーターさんの声が聞こえたと思うと、急に視界が暗転し意識が遠のきました。





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