1-17 ユーアーヒーロー?
侯爵家御令嬢のユースティ様の視点です。
ユースティ様の一人称は私=わたくし、となりますので脳内で変換お願い致します。
なおサブタイトルが妙にダサいのは仕様です。
【ヴォルティスヘルム侯爵家令嬢 ユースティ】
「ご令嬢様は結婚だけ考えればいいのだから、羨ましい。可愛ければ誰でも良いのですから代わって頂きたいわ」
一体、誰の言葉でしたか。
今では仰った方すら分かりませんが、私はこの言葉に自分の存在を否定されたかの様な深い失望感を覚えました。
ですが、同時にまるで歯車が噛み合うかの様な妙な納得をも覚えたのです。
侯爵家の次女。
それは生まれながらにして“宝石”なのだと、私は思えてなりませんでした。
かつて綺麗に彩られ夫に尽す術を教えられ、知りもしない一回りも歳の離れた王族に嫁いでいった姉様を見たからかもしれません。
笑顔を振りまき誰よりも美しくなった彼女。
けれど私は知っておりました。彼女が屋敷の騎士の殿方と恋仲であり、昨日は一晩中ベッドで一人泣き腫らしたのを。
そして姉様が嫁いだ事でヴォルティスヘルム侯爵家と王都の騎士団との間に縁ができ、次男と三男の兄様二人が騎士団、その重要ポストに就職したのを私は知っています。
二つの職と一つの宝石。
ああ、これは取引なのだと、私は大好きな姉様の居なくなった屋敷で幼いながら理解しました。
そして私もまた、綺麗に磨かれ、美しく型どられ、売られる物なのだと、幼いながら悟ったのです。
ですが宝石である事を止めようとは思いませんでした。
そうすればお父様もお母様も私を褒めて下さいますから。そうしていれば、誰もが私を愛して下さいましたから。
“誰でもいい”
ゆえにその言葉はまるで私の人生を現わしたかの様に聞こえたのです。
――いや、ですわ。
お父様もお母様も私の事など愛してはいなかった。周りの者達もそう。
彼らが愛していたのは可愛らしい侯爵家の次女であり、私ではありません。
ではもし、私が侯爵家の次女でなくなったとしたら?
「ぁ…………」
それが、その恐怖が、それを否定できない私の未熟さが、魔術師としての私の原点となりました。
――侯爵家の次女ではない、何者かになりたい。
それから唯一、才能があった稀少な氷魔術の勉強を始めた私は、五年で第五位階まで習得しお父様の運営する学園に入学致しました。
私の結婚は学園を卒業してからとなりますが、既に縁談は多数舞い込んでいる状況です。
ですからそれまでに魔術師として結果を残さねばなりません。
最低でも魔術科での主席卒業。出来れば冒険者として活動し、B級まで登り詰めたい所です。
そんな時、一学年の修了試験が行われる事になりました。
――私以外。
侯爵家の次女である私は“危ないから”という理由で、勝手に学園が合格扱いにしておりました。
――ああ、結局私は侯爵家の次女なのですわね。
魔術師としての私を、誰も見てはくれないのです。
それが嫌で殆ど無理やり私も試験に参加させて頂く様に頼みました。完全に私の我侭ですが、この特別扱いを受け入れる訳にはいかないのです。
そうしていざ試験が始まり、メンバーの所へ向かうと見知った顔がおりました。
私の裏の護衛であるバッファーです。
彼は父のお抱えの武芸者の弟子にして、将来を嘱望される槍士。
背が高く物静かな彼が軽く会釈した事で、学園がメンバーを弄ったのだと私にも分かりました。恐らくポーターさんを除いて、全員が実力者なのでしょうね。
ただ、予想外だったのが“侯爵家の次女”を求める方々が非常に多かった事でしょうか。なぜか私を奪い合う様な事になっておりました。
だからそれを見てつい言ってしまったのです。
“私がパーティーに入った場合、私が得られるであろう事を教えて下さいな”
我が事ながらまるで構って欲しい子供の様ですわね……。
結果的に私を必要してくれるパーティーはおりました。
そうして私はそうしてちっぽけな自尊心を満たしました。
けれどその虚しい我侭が、この私という宝石の価値が如何程なのか、私は何一つも理解していなかったのです。
――ち…………違い……ますわ。
最初は私の騎士になりたいと言ってくれた黒髪の青年でした。
つい先程、アロの首を落とし笑っていたはずの彼の首が、今度は逆に宙を舞っていました。
それから起こった事を、すぐには理解出来ませんでした。
私を魔術師として必要としてくれた人が、騎士になると言ってくれた方が、護衛として参加してくれた人が、私の都合でこの場所に連れてきてしまった人達の血飛沫が、呆然とする私にかかります。
ただ、私は――。
「行けぇ! 護衛達はこちらに来れない! なんとしてもお前達がユースティ様を守り抜けぇぇぇ!」
引率に来ていたかつてヴォルティスヘルムの騎士団を指導していた侯都最強と歌われるあの教官の全身が黒衣達の剣によって貫かれます。
「ち……違う」
胸の底から込上げる“答え”を否定するしかありません。
「走ってユースティ様!」
弓使いの少女に手を引っ張られ、それでも混乱した頭で走ります。
「違うの…………違う。私は――」
「しっかりしてくれッ! 幸か不幸か敵の狙いはどうやら“ボク”じゃなかった! つまりあなただッ! 打ち合わせしたでしょっ、とにかくあなたを逃がす為に戦ってるんだ!」
「――ぁ」
優しげな髪の長い青年が、私が無意識に否定し続ける“それ”を言い放ちました。
――私のせいですわ。
他でもない。
私が侯爵家の次女ではない、何者かになろうとしたから。
私が我侭を言って修了試験に参加してしまったから。
私がちっぽけな自尊心の為に他のパーティーを巻き込んだから。
「あっ……ああっ……あああああっ!」
目の前が真っ暗になりました。
そうして嫌と言う程に思い知らされます。
自分は何処まで言っても侯爵家の次女なのだと。それが嫌なら全てを捨てなければならなかったのだと。
常に嫌だ嫌だと思っていながら、私は侯爵家の次女というものに何一つ向き合ってこなかったのだと。
これは――その罰なのだ。
世界の全てが私を否定するかの様な絶望が、その思い上がりと我侭に対する罰が、未来ある仲間達の命を狩っていきます。
「行って」
戦闘職ですらないポーターさんまでも、追ってくる黒衣の足を止める為にその首を斬られ――。
長い髪の優しげな少年も何処から放たれた水弾によって全身を打ち抜かれて――。
最後に手を引いてくれていた弓使いの少女も、突如として背後から現われた黒衣にその心臓を貫かれ――。
私以外の仲間はついに全員、死んでしまいました。
他でもない私のせいで……。
「あっ、あああああああっ、ああああああああああッッッ!」
アイスジャベリン。
アイスロック。
フリージング。
涙と嗚咽で前すら見えなくなりながら、無我夢中で黒衣達に魔術を放ちます。
五年間、私が積み上げてきた、侯爵家の次女ではない私の――。
「オママゴトはそこまでだ」
ですが私の全ては、魔術を捻じ伏せる様に影から現われた黒衣によって、切り捨てられました。私の五年はただのオママゴトに過ぎなかったと、現実を突きつけて。
「影抜き」
その黒衣に抵抗も出来ず背中を叩かれたと思うと、途端に体の自由が利かなくなりました。
それでお終い。
何をされたから分かりませんが最早、体は全く言う事を利きません。
これが私の五年間の結末。
私が誰でもない何者かになりたいと願った夢の末路。
私の我侭に対する罰。
「護衛の騎士共は来ないな?」
「ああ。今頃例の呪いでわんさか魔物が湧いてるはず。姫様も回収したし、さっさと退散しようぜ隊長」
そんな話をしながら脇に抱えられると、自然と目に入ってしまいました。
私を助ける為に私の我侭のせいで、私の弱さのせいで死んでいった仲間達の無残な姿が。本当ならこんな事に巻き込まれるはずのなかった、気の良い仲間達の姿が。
「だな。帰還するぞ。師匠が待っている」
黒衣達が仲間の亡骸に背を向けて歩き出します。
遠ざかる仲間達に動かない体で私はただ、ただ、心の中で叫びました。
もう既に全てが手遅れになってしまった、愚かな自分で恨みながら。
――ごめん、なさい。
――ごめんなさいっ。ごめんなさいっ……私のっ、私のせいでっ。
――謝りますわっ。侯爵家の次女でいいですわっ。何者かになりたいなんて二度と言いません! 他にもう何も望みませんっ!
――だからっ。だから……だからッッ! だから誰かっ、皆を。どうか皆さんをっ。お願いですから……。
――お願いですからっ……………………………………だれか、助けて。
その誰にも届かぬはずの祈りに――。
「――誰が動いていいと言った」
声が一つ、確かに響きました。