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1-16 時空間魔術を検証しよう


 槍が迫る。


 その槍先は俺の眉間を的確に捉えており、避けなければ脳天を打ち抜かれるのは必定。


「――って、感じですがどうですか?」


 そんなゆったりと緩慢な動きで迫る切っ先の軌道から、俺は横にずれて周りにいる他の師匠達に聞いてみる。


「すげぇな……水の中で動いているみてぇだ」

「ほんとよ。こんなの食らったらそれで終わりじゃない」

「これは卑怯ですよ……」

「ワシの魔技の動きに付いて来れたカラクリはこれじゃったか」


 周囲では俺を指導してくれた古参冒険者達、つまり俺にとっての師匠達が見学している。


 ナイフの扱いを教えてくれる野伏師匠。

 槍の扱いを教えてくれる貴族師匠。

 弓の扱いを教えてくれるエルフ師匠。

 対魔術について教えてくれる魔女師匠。

 斧の扱いを教えてくれるドワーフ師匠。

 剣の扱いを教えてくれる騎士師匠。


 他にもいるのだが今いるのはこの六人。

 彼らは皆して時空間魔術に呆気に取られていた。なぜかエルフ師匠だけ鼻高々だが、そこに無粋な突っ込みはしない。


 そうこうしていると、男爵家の長男なのに冒険者になったチョビ髭がチャームポイントの貴族師匠が急に加速し、その槍が何もない空間を貫く。


「っ――かはっ」


 息を思いっきり吐き出した貴族師匠は、酷く疲れ切った顔である。


「はぁはぁ。これが念動魔術……本当に心臓に悪いですぞ。自分が動けない中、周りだけ動けるなど、完全に無防備になるではありませんか。意識と思考は追い付いているのに体の反応が効かないとはなんと恐ろしい……これで誠に第一位階なのですかっ!」


 俺は頷く。


 エルフ師匠の突撃から半刻。


 とにもかくにも時計の使用回数を考えれば、対魔王以外には使えない。

 なのでまず使える様になった時空間魔術の第一位階を調べてみようと、二人してギルドの地下に来ていた。


 そこでエルフ師匠から、魔術についてレクチャーを受けていた時だ。

 俺が襲撃された事を何処からか知った師匠達が来てくれて、せっかくだからと勇者と時空間魔術の名前は伏せ、念動魔術と偽って第一位階の時空間魔術を見せてみたのだ。


「すげぇな。掛かったら最後。攻撃は目に見えねぇ。こりゃあ初見だと必殺になるんじゃねぇか?」


「ちなみに私くらいになれば、魔術自体は見えるわよ? 今見た感じだと作用する射程は短そうだし、速度もなさそうね。ただ言霊だけで発動させられるってのは凄いわ」


「とにかく皆さん、一つずつ検証してみましょう。いいね? ロック君」


「あ、はい」


 こうして俺より盛り上がる師匠達主導で時空間魔術の検証が始まった。








 検証その一、距離。


「大体こんな感じか。槍の間合いからさらに三歩ってとこか」


 と、まず近場に腕を組んで野伏師匠が立つ。


 俺は手をかざして念じて見る。

 すると少しして野伏師匠の動きが緩慢になる。時計の使用時と比較して大分遅い。


「届くけど、なんか遅いわね。もっとこう、ガツンッ! って飛ばせないの?」


 隣で胸元を出し、スリットの入ったドレスの様な服を着た、スタイルの良い魔女師匠が注文をつけてくる。


「うーん。どうやっていいかそれも良く分からなくて」


「まぁそうよねぇ。とりあえず次に行って見ましょう」


「分かりました。……騎士師匠ー!! 行きますよー!」


 こちらが手を振ると、少し離れた所にいる甲冑姿の美男子が手を振り返す。

 なので同じ様に飛ばして見るが、彼に変化はない。だがしばらくしてその動きが緩慢になる。


「届いたけど、おっそいわね」

「はい」


 それから距離を足していったが、二十歩も離れると立ちどころに時間が掛かり、使い物にならない事が判明した。

 さらにそれ以上距離が出ると効果自体発揮しなくなる。


 結論。


「遠距離は無理ね。中距離も現実的じゃない。接近戦か近距離用ね」








 検証その二、持続時間。


 と言う訳で、師匠達が全員一列に並んでいる。


 そして全員が恐ろしくゆっくりと右手を上げようとしている。


「たぁ――わったし、いっちばーん!」


「っ――二番です!」


「くっ――三番ですぞ!」


「っと――四番ですか?」


「うぬっ――かぁー、五番じゃ!」


「っと――六、って俺がケツかよ!? やっぱりレベル順じゃねぇか!」


 と、時間差でその手が次々と上がる。


 時間遅延の持続時間を調べる為に、この場の師匠全員に掛けて、誰が早く解けるか調べたのだ。


「まぁ普通にレベル……ようは抗魔力の高い順って所でしょうな」


 チョビ髭を撫でながら貴族師匠が出した結論に全員が頷く。


「私、レベル八十代だけど何秒くらい動きが封じられたのかしら?」


「魔女師匠は大体、二秒って所でしょうか」


「…………私でも掛かったらヤバイわねそれ」


「どうでしょうか。しかし、師匠レベル高いですね?」


「そう? B級なんてこんなもんよ。A級からは大体皆カンストしてるし、レベルが上がれば筋力や魔術の威力、タフさなんかも上がるけど、能力や経験、練度がないと宝の持ち腐れよ」


「そんなものですか?」


「そうよ。だって筋肉だけの素人と格闘戦のプロが戦えば、勝つのはプロよ? 私だって、魔術の威力だけ桁違いに大きい駆け出しの子と戦えば圧勝出来るわよ。魔術すら使わせないわ。そういう技は、レベルじゃ習得出来ないでしょ?」


 確かに。

 力が強くてもそれを扱う技術がなければ、全て無駄って事なのだろう。


「貴方だってもう二十くらいには上がってるでしょう? それでも八十近い私達と模擬戦して、戦いになってる時点でレベルの影響がどれだけ低いかって事よ」


「そういえばレベル百の騎士が二十くらいの盗賊に殺されたって話もありましたね」


 俺のレベルもそれくらいだった。

 ただ、今日確認したところ黒衣達を殺したせいか、今では四十二にもなっている。けど、やはりあまり有り難みを感じられないのが正直なところだ。


「レベルはぶっちゃけ基礎力の強化だからなぁ。死に辛くなるし、三十離れると普通に戦ったら受身になるが……逆にカウンターで急所に一撃入れられれば相手死ぬし、魔技を使えばその差は埋められたりもする。万能でもねぇよ」


「当然ですね。生物のレベルで全てが決まれば、この世界は完全な弱肉強食に成り下がります。そうなれば、とにかく早くレベルを上げた者が勝つ。熟練の騎士や宮廷魔術師、冒険者……さらには野盗や人攫い等に誰も逆らえなくなりますよ」


 と、野伏師匠と騎士師匠だ。

 なるほど。レベルが絶対でないが故のパワーバランスなのか。


「だから偽勇者の持つレベルの上限を三十引き上げる限界突破は、実のところそんなに大した事がないのですよ」 


 エルフ師匠が俺に耳打ちする。偽勇者も案外楽ではない様だ。










 それから連発の間隔、使用回数の限界、作用中に相手にさわったらどうなるか、周囲に無差別に放てばどうなるのか等、いろいろと検証した。


「えー、まず連発についてはほぼ数秒の間隔で済んで、使用回数は無尽蔵。恐ろしいわね」


 魔女師匠がその結果に呆れている。


「あなたの魔力って底なしなの? 最初からそんな量を持っているはずはないから、それ才能じゃないはずよ。どんな訓練してきたのよ」


「さ、さぁ?」


 そういえば小さい頃は体が弱かった気がするけど、それってずっと魔力を時計に注ぎ込み続けたからなのか? それが訓練になっていたとか?


「ま、いいけど。魔力を込めれば威力が上がる訳じゃないしね――それより、あっちの結果の方が興味深かったわね」


「あー、遅延中に触った時ですか」


 あれ。

 それは時間遅延を掛けた対象に、その状態で力を加えたらどうなるのか。


 結果はずばり――重くなる。


 そう、いくら押しても叩いても、同じ様に外部から作用する力の反応が、同じ様に遅くなる。


 が、効果が切れると途端にその負荷が掛かるのだ。


「あれね。この魔術の戦法は、まず時間遅延の念動を掛けて、その隙に斬る。これ一択よ……まぁ他にも使い道ありそうだけど、まず対人だとそうなるでしょ」


 全員が頷いている。


 ようは時間遅延で動きを遅くして、その隙に斬っておき、元に戻るとダメージを負うと言うものだ。


「接近戦では無類の強さを発揮致しますな。ただ、やはり一々手を翳す以外の発動方法を考えた方がよろしいのでは?」


 貴族師匠の指摘は最もだ。

 戦闘で一々手をかさして、念じるのは非効率だし隙が大きい。


「うーん。杖でも使わせるかしら? でも一々杖を振り回すのも……」


「なぁ、ようは自分が魔術を相手に撃ち出したって、イメージが大事なんだろ?」


「何よマキラ。野伏レンジャーのあなたじゃ、効率の良い魔術の発動なんて分からないでしょ?」


 マキラと呼ばれた野伏師匠が、頭を掻きながら片手を前に出した。


「まぁそうだけどよ……こう言うのはどうなんだ?」


 ――パチッ!


 彼の指からそんな音がするり。指パッチンである。


「あなたねぇ……そんなもので魔――」


 パチッ!


 俺はついつい魔女師匠に向かって試してみた。


「じ――――ゅ――――つ――――」


「えっ、なにこれ! 凄く使い易いですよっ」


 思わず出来心でやったが、狙いを付け易く、何より速く正確に魔術を飛ばすことが出来た。


「おおっ! さっきより早いじゃねーか」

「手をかざした時より、タイムラグがありませんな。それに何より――」


 他の師匠達もその動作に盛り上がり。


『そっちの方がロマンがある』


 見事にハモった。


「の――――良し悪しが変わる……ねぇ。ロック? 今なんで私に掛けたのかしら? ねぇなんで? お姉さんに教えてくれないかしら?」


 だが動ける様になった魔女師匠にいきなり頭を鷲掴みされる。思ったより手が大きい、ってか痛い!


「いやっ、そのっ、流れっていいますか、なんというか、つい痛っいたたたっ」


「何がロマンよ! いい!? それじゃあご飯にはありつけないの! 分かる!?」


 このやり取りのせいで魔女師匠は不機嫌になったが、やっぱり指パッチンが使い易く速度も出たのでたぶんこっちを使う事になると思う。

 でもおかげで時空間魔術の実戦での活用法が色々と見えてきた。










 それからもう一つ使える様になっていた“空間捻転”についても検証がなされ、黒衣を殺した様な使い方以外にも、やり方によって異なる効果を引き起こせる事が分かった。


 さらに使い方もトラップの様に設置するやり方と、武器に付与するやり方の二通りが見出された。

 そのおかげで攻守に渡ってかなりトリッキーな運用が出来そう。


 検証が終わると、意気揚々と師匠達が模擬戦をしようと提案してきた。皆して時空間魔術とヤッてみたいらしい。


 俺も手にした新たな力を早速使ってみたく、断る理由は無かった。そして時空間魔術を扱う俺に死角はなく、連戦連勝――。


 とは全くならなかった。











「時間遅延っ!」


「アースバウンドッ!」


「なっ、土砂を巻き上げて阻害するってアリっすか!?」


「隙有りじゃ馬鹿者め!」


 ドワーフ師匠に時間遅延を仕掛けるも、アースバウンドにより巻き上げた土砂に阻害され、逆に背後を取られたり。











「空間捻転っ!」


「悪手ですな……百式突きィ! ――見切りましたぞッ!」


「そんなっ!?」


 目の前に空間捻転を設置しても、貴族師匠に雨の様な突きを放たれ、空間の歪んでいない部分を見つけられ突破されたり。











「空間っ――時間っ――って速すぎでしょう!?」


「アホが! テメェが遅えんだよ――そら、今度は四方向からイクぜぇぇぇえ!!」


 時間遅延を当てようとしても捕らえられず、空間捻転を設置しようにも攻撃の手数が多過ぎて間に合わない、野伏師匠の速さに何も出来なかったりした。








「ぜぇ、ぜぇ………………ろ、六戦……全敗」


 結果、俺は誰にも勝てずにボロボロとなって訓練場に転がっていた。


 まだ第一位階とは言え神をも倒す力を開花させた訳だが、素のスペックの低さと経験の無さにより、師匠達の誰にも勝てなかったのだ。


 実に考えさせられる結果だった。


 さっきのレベルの話ではないが、使い方を極めなければどうにもならない。

 そもそもこの力を持つ者がいない以上は正攻法などないのだろう。


 必要なのは思考。


 発想し、利用し、活用する。これはあの化物達と戦うにも必要な事だとも思った。


 そんな事を考えると魔女師匠が覗き込んできた。長い艶のある黒髪が顔を撫でる。


「その顔を見るに、何かしら得る物はあったみたいね。だったら皆でご飯食べに行きましょう、お腹空いたわ」


 そうして手を差し出す。俺はそのすべすべしてはいるが、複数のタコが出来ている手を掴んで立ち上がる。


「そうですね。俺もお腹空きました。あ、奢りを期待してもいいですか?」


「馬鹿ね。一勝も出来ない子は自分で出しなさい」


 そうして俺は師匠達とギルドに併設している酒場へ向かった。


「しっかし、久々に動いたから腹減ったわい」

「良い時間ですからな。そうだ。ロック君の無事も祝って、十年ものでも開けますかな?」

「あ、それなら実は良いお酒がエルフの里から届いたんですよ~。特殊な方法で寝かせた五十年ものの葡萄酒なんですが、市場に出すと金貨十枚はしますよ(本当は勇者様の後継者様のお祝い物なんですが別にいいですよね呑んで……)」

「それは凄いですね。実はボクの実家が葡萄酒農場でして……そんな良いお酒にありつけるなんて大変光栄――」


 水場で汚れを落としてから、そんな他愛のない話をして階段を上がっていた時だ。


「だからッ! そんなヤツは知らねぇって申し上げているじゃあ、ございませんかッ?」

「ちょっ、こっ、言葉には気をつけてよマキラっ!」


 不意に、席を確保をしに先に戻っていた野伏師匠とギルドの受付嬢であるエミリーさんの声が聞こえてきた。


「おかしいですわね。確かにここにいらっしゃっていると聞いて参りましたのに」


 だが次に聞こえてきた声も実は知っている声だった。

 けれど彼女がここにいる事に対して、違和感しかない。


 何事かと慌てて階段を上がると、そこにはギルド内で睨み合う騎士達と冒険者がいた。


 その中心にいるのは野伏師匠と、やはり――侯爵家ご令嬢のユースティ様その人。


「あの、何かあったんですか?」


 俺は思わず近くの冒険者に尋ねる。だが答えが帰ってくるより早く、何故かユースティ様と目が合った。


「――っ」


 彼女の顔が紅潮する。

 そして何故か胸の前で手を組むと、意を決した様に、まるで想い人にその心を尋ねる乙女の様に、無言のまま俺の方へと踏み出してきた。


「えっ、あの――」


「お待ちになって下さいまし」


 俺が声を掛けようとするも、彼女はそれを制する。


「何も仰らずとも分かっております。ですから、一つ。一つだけ、お聞かせ頂きたいのですわ」


 沈黙が降りる。彼女の護衛と思わしき騎士達や周囲の冒険者達の視線が全て彼女に集る。

 そして――。


「――あなた様には、必ずや成さねばならぬ事がお有りですね?」


 その質問に。


 背後で誰か、恐らく、エルフ師匠が息を呑んだのが分かった。




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