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1-11 惨劇の森

後半少しアクロバティックな展開になるので付いていけなかった方はすみません。


 黒髪イケメンの身体はゆっくりと倒れた。

 顔も布で覆った黒衣はゆっくりと立ち上がる。


 ――沁黒(ヘイツェン)


 それは“自ら名乗る暗殺集団”として、この場の全員が知っていた。

 自ら名乗る暗殺者など正気の沙汰ではない。けれど彼らは名乗るのだ。東方よりやってきた彼らは、金と仁義と名声を求め、恐怖の代名詞としてあろうとしている。

 そして必ず一人、生かす。

 自分達の恐怖を伝えるが為に。そしてそれが許される強さをもった悪名高く殺戮集団。


 自らそう名乗った黒衣の手には既に血塗られた剣が握られている。

 だがそれでも全員が突然の事態に付いて行けず、宙を舞う黒髪イケメンの頭部を呆然と見送ってしまった。


「ぐふぅッ――」


 どさり、そう何かが倒れた音がして振り返ると、女騎士さんが血溜りの中で事切れていた。側には新たな黒衣。


「ぶふっ!? ごほっ――」


 さらに近くいた神官ちゃんの胸からは槍が生え、その身体は魚の様にビクンッビクンッと震えていた。

 後ろに魔技の輝きを纏ったまた別な黒衣がいる。


「――全員ッ!!!」


 既に事切れたリーダーの変わりに大声で叫んだのはプティンだった。


 瞬時に彼と俺とノッポさんと眼帯さんが視線をかわす。


 襲撃者。

 明らかな不利。

 目的は――。


 全員がペッタンさんと優男に守られるユースティ様を見て、瞬時に状況を共有した。


「走れえぇぇぇッ!」


 俺達は一斉に教官達がいる西へと走り出す。


 それはもし陸竜に奇襲され、パーティーが大打撃を受けた場合の方針。冒険者科で必ず指導されるという、緊急時の対応。


 西へ走る。

 きっと自分達の背後には教官達がいる。ユースティ様を学生達だけで森に放り出したりは、決してしないはず。


 だから最悪の最悪が起こった場合、近接戦闘向きの冒険者科や騎士科が足止め、或いは道を切り開き、ユースティ様と足の速いペッタンさんだけでも逃がす。という取り決め。そして出来るだけ早く教官達を連れて来る。


 そういう方針であった。


 そして今、それが結果として実ってしまった。それでも全員が即座に動けたのはこのパーティーの個々が、既に冒険者や騎士、兵士等として実際の活動をしている為であろう。


 そうして全員が走り出すも黒衣達は追ってはこない。


「ッ――上だ!」


 ノッポさんが叫ぶと、高い木の上から黒衣が次々に降って来る。


 二、三度鉄が鳴き、自分以外の所で戦闘が起こっているのが分かる。だがすぐに誰か分からない三人の断末魔が聞こえてきた。


 吐き気が込上げる。


 けれど嘔吐する間もなく、俺の前にも突然前から黒衣が現る。

 そいつは目で追う事すら出来ない速度で踏み込み、俺の構えた剣を一振りで払い、その返す刃で――。


「ウオオオオオオオオオッ!!」


 俺の体を切り裂こうとした寸前、逆に黒衣はその背後から発せられた雄叫びと一太刀に、反転して横へと吹っ飛ばされた。


 そしてそこには腹部を貫かれた跡のある血まみれのスンキヘッドの教官が一人、満身創痍で立っていた。

 他には――誰もいない。


「行けぇぇ! 護衛達はこちらに来れない! なんとしてもお前達がユースティ様を守り抜けぇぇ!」


 彼の絶叫の様な声に後ろを振り返るとペッタンさんと優男に連れられた彼女がこちらに走ってきていた。


 そこへ一斉に黒衣が襲い掛かるも、それより早く戦鬼と化した教官が飛び込み、体を貫かれながら魔技で黒衣達を打ち払う。

 そうしている間にも俺の隣を、三人が走り抜ける。

 一瞬見えたユースティ様の顔は真っ青になっていた。


 その後ろを教官が止められなかった一人の黒衣が疾走してくる。


「アンタも来なさいっ、アンタがいても死体が増えるだけよッ!」


 それに気付いたペッタンさんがすれ違い様に俺へと手を伸ばす。


 だが俺にはそれを払う以外に出来なかった。


「アンタはっ」

「――行って」


 彼等が振り返って辛そうな顔でこちらを見てくれたが、そのまま走って行った。


 俺は……変人だとよく言われる。


 けれど俺の理屈と欲は簡単だ。


 俺の欲はただ宿屋になりたい。けれどそれは、己が思う“善なる良心”を全うした先になくてはならない。

 でなければ、俺は満足に宿屋が出来ない。

 だから必要最低限の“善なる良心”を全うし、それ以外は宿屋に全てを注ぐ。それだけのこと。


 そしてプティン、ノッポさん、神官ちゃん、眼帯さん、女騎士さん、黒髪イケメン……皆、訳も分からず理不尽に死んだのだ。

 絶望にも似た状況にも関わらず、このまま逃げるのは自分自身の心が拒んだ。


「ああ、でも宿屋……やりたかったなぁ」


 恐怖はなかった。代わりに悔しかった。

 自然と涙が出た。それを振り払う様に三人を追おうとする黒衣の前に出る。


「はああああああッッッ!」


 横一閃。

 だが俺の未熟な剣など、児戯に等しいとばかりにより強い一撃で、剣ごと弾き飛ばされる。


「こなっ、クソォォォォォォォッ!」


 手から剣を失うのも気にせずその体へタックルをかます。

 流石に予想外だったのか、黒衣も足をその場に止める。


 ――やった。


 そう喜んだ直後、背中から腹にかけて中を火棒でぐちゃぐちゃにされたかの様な激痛と熱が走る。


「――ぐぅッッッッ!?」


 叫ぶ事もできず、動く事も出来ず世界が引っくり返る。

 地面に投げ出されたのだと気付いた時には首にも激痛と火傷する様な熱さが走った。


 だがそれも一瞬。


 痛みが段々と感じなくなり、目を閉じている訳でもないのに視界が黒くなっていく。

 けれど見えなくなる視界の先で、斬り飛ばされる優男が見えた。

 ペッタンさんも弓で奮戦しているが、どんどん黒衣が集ってくる以上、先はないだろう。


 ああ、どうせ駄目だったじゃないか。そんな事を考えながら死に際に、思ったのは。


 ――やっぱり宿屋、やりたかった、な。


 そうして俺の視界の視界は暗転した。

























 そして――目覚めた。


 その目に映し出されるのは天に届く一匹の巨躯の蟲。


 空腹の蟲。


 蜂の顔に、背中にはそれぞれ蝶の翅、蜻蛉の翅、腕は蟷螂、腹には巨大な飛蝗の口、下腹部には蜘蛛の足、下半身は芋虫、尾は蠍の様な巨大な針。その大きさは山すら容易く越え、地上のありとあらゆる存在を凌駕している。


 ――暴食の現蟲神 “ギャ・ヌ”


 俺は何故かその蟲――女王の名を知っていた。彼女がこことは異なる異世界から来た侵略者にして、かつて一匹の蟲が全てを喰らい尽しやがて神にまで登り詰めた姿だと。


 それだけではない。


 この目に映る世界――映像の情報を何故か俺は瞬間的に知る事が出来た。


 彼女がワームの様な下半身を切開する様に開くと、そこから体内で産卵し育っていた蟲達が一斉に飛び立つ。

 一匹でアロを越える強さを持ち、討伐隊が組織される程のそれは、天を覆い尽し空を黒色へと染める上げる。


 その数、十万。


 そこへ突然、彼女と離れた森の中、五箇所から周囲全てを焼き払わんとする炎が放射され、それが一つの視界を埋め尽くさんとする大炎となって彼女へ迫る。


 それは周辺五国において最強の宮廷魔術師と冒険者、騎士達により組織された魔王討伐隊によるものだと知っていた。


 大炎の前を飛んでいた彼女の子供らも、流石にこれには抗えず何千匹がその炎に焼き払われる。

 そして大炎はギャ・ヌを焼き殺そうと迫り。


 ――ブンッ。


 そんな羽音がした瞬間、消し飛ばされた。


 それは見紛おうことなき、世界最高クラスの魔術師達により放たれ火属性最上位魔術であったが、彼女にとって翅を振るわせる程度の取るに足らない小火(ぼや)であった。


 そのせいでそこに“肉”がある事に気付いた天を覆う十万もの蟲達が森へと殺到する。


 至る所から断末魔と肉を貪る音が響く中、ギャ・ヌはその牙の様な口を開き、そこに光を集約させたかと思うと――閃光を地平へと放った。

 それは細い光だったが、消える事無く照射され続け、周辺の虫をも巻き込み数千キロ先まで――例えばその途中にあった無防備な大国の首都や巨大なダンジョンなども、まるで紙切れか何かの様に、そこにいた魔物や人々を万単位で造作も無く焼き払った。


“食”


 直後、蟲達と俺に女王――いや神へと上り詰めた存在からテレパシーの様な奇怪な声が届く。


“食”“全”“食”“肉”“餌場”


“喰らえ”“全世界”“喰い尽す”“生物”


“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”“食”


“此処”“新世界”“食卓”


“全”“肉”“即ち”“餌”


 こことは異なる世界で生まれ、その世界の生物を全て喰らい尽し、ついには神へと至った一匹の蟲。

 彼女は自らと、その眷属の食欲を満たす為に、この世界へ侵入を果たしていた。














 ――軍勢であった。


 突然、俺の見ている映像が切り替わる。そこには見渡す限り腐乱体の軍勢が映っていた。


 騎士も小さい女の子も老人も魔族も吸血鬼も竜も全てが腐っていた。


 だが皆、なぜか生きているかの様に涙を流している。


 そしてその腐乱した肉体では考えられない程の動きで、生者を見つけると喰らいつく。


 その軍勢の最後方。


 そこには黒いローブ姿の三メートルはあろう長身の、けれど青白い病的に細い手足だけが見える魔術師らしき男がいた。

 その顔は深く被られたローブでは見えず、その手には何かの骨で出来た五メートル近い杖。そして彼の周りだけが深い深い黒により染まっていた。


 ――現冥神、ザックーガ。


 彼はふわりと宙に浮くとそのまま上空へと舞い上がる。

 そして視界の先に見える緑地帯を捉える。エルフと聖王国が異例の共同戦線を構築した、魔を退ける聖なる緑地。

 そちらに向けて彼が杖を振るうと、この世界に新たな“菌”が生れ落ちた。

 その菌達は風と共に緑地帯へと飛んで行く。


 しばらくして……。


 その緑地帯に遠くから見て点々と赤が見え始めた。


 それは染みの様に広がっていき、数秒後に――大爆発した。

 緑地帯が瞬く間に赤く染まっていく。

 腐乱体は未だそこまで辿り着いてはいない。

 むしろ聖王国とエルフ達の戦線は維持されている。


 だがその後ろでは至る所で兵士や民が全身の穴と言う穴から血を吹き出し倒れる。

 そして倒れたものは、突然立ち上がると周囲のものを喰い始める。


 共食い。


 病原菌と共食いの連鎖は一瞬で聖王国とエルフ達を飲み込んだ。

 さらに内側から崩壊する戦線に腐乱体――竜や騎士、吸血鬼達が激突し食い破っていく。


 だがその中でも、その連鎖に抗う者達が存在がいた。


 聖女だ。

 聖王国の切り札が人々を癒し、治して行く。けれど感染速度と回復速度はまるで釣り合わず、一人治せば百人感染している程だ。


 だが感染を防いでいるのは彼女だけではない。

 エルフ達の切り札、聖樹。

 その樹は徐々に侵食されているも、まだ多くの者を感染から守っている。


 この二つの力により、最後の最後の崩壊をギリギリの所で防いでいる。


 が、そこへ一陣の風が吹く。


 風の発生源は天に浮かぶローブ姿の死を運ぶ神。

 症状が発生していない僅かな者達は、その風に不気味な怖気を感じ、思わず空を見る。


「“――”」


 人とは思えぬ彼の声が響いた。


 瞬間、枯れる。

 人が、木が、土地が、鉄が、ありとあらゆる万物から“生”が奪われ枯れていく。

 それは聖女も聖樹も同様であり、聖女は腐った肉の塊に、聖樹は腐り落ちて枯れ木となった。

 緑地帯はその数秒後に、荒野へ変貌を遂げる。


死の化身により世界そのものが死んだ。













 さらに別な映像に切り替わる。


 今度は獣だ。


 頭に小型のドラゴンと思わしき白骨を被った赫眼四つ目な二足歩行する灰狼。


 人狼と思えなくは無いがその腕は六本あり、全身は得体の知れない武具で塗り固められている。


 ――狩人。


 それが一番しっくり来る表現であろう。

 さらにその獣の後ろには数百本に及ぶ杭が地上より生え、その杭に人間や亜人、魔物までが生きたまま串刺しにされていた。

 その背後には山程の大きさの竜や獣等の骨が並べられていた。


 それはまるで、狩った獲物を自慢するかの様な――。















 だが今回はその映像も途中ですぐに途切れ、宇宙空間から迫る巨大艦隊の映像が浮かぶ。


俺は機械という存在を知らない。けれどなぜか宇宙から迫るそれらの船が機械なのだと理解できる。


 天空より巨大な鋼鉄の船が次々と舞い降りる。

 大気圏を突破すると船から機械、或いは人型戦闘兵器と称するのが一番適切と思われる鉄の体をした巨人達次々と生命体を処理すべく出撃する。


 空から襲い来る人型兵器に陸地とそこに住む男も女も老人も子供も関係なく、それこそあらゆる生物が地対空ミサイルや巨大エネルギー兵器で焼き尽くされていく。


 その殺戮の最中、この大船団の母艦と思わしき星程の宇宙船から全身武装した白い特殊な巨大人型兵器が現れる。


 そのシルエットはまるで――。


 それと同時に指示を受けたかの様に地上を攻撃していた人型兵器達が一斉に宇宙へ上がる。

 兵器たちの退避が終わると白い機体が母艦と繋がった一丁の電子的なライフル銃を眼下に見える大地、いや星へ向けその引き金を引く。


 銃口からは何も放たれない。

 だが直後、太陽の様な眩い閃光が走り母艦の主砲から凄まじい光の柱が放たれる。


 それが地上に命中した瞬間――爆発というには生易しい空気の収縮と空間変化が発生し、建造物や生き物を全てまとめて薙ぎ払い、さらに爆発の中心に生じた炎は膨れ上がり巨大な火の玉――最早、太陽と化して星の地上表面を全て焼き払った。


 それどころか大陸ごと崩壊し、星そのものが変形し崩れていく。


その様を数千の人型機械兵団とその指導者たる銃を構えた一機は鋼鉄の眼で見下ろしていた。












 けれどこの映像もまたすぐ途切れる。


 そして次に浮かんだのは竜だ。


 一匹の金色の竜。


 それは俺が今まで見たどの竜よりも美しく、大きく、恐ろしかった。

 その竜の周りを何体かの竜が飛ぶ。

 白銀の氷竜。

 赤黒の火竜。

 黄色の雷竜。


 それらは全て金色の竜に従い、空を舞っている。


“――なんだ貴様()は”


 だがそんな中で今までになかった事が起きた。


 金色の竜が喋ったのだ。


 そう、俺に向ける様にこちらを向いて喋ったのだ。


“人種共か……かの世界の新たなる現人神。さしずめ三代目勇者だな? その取り巻きは創世神(あの女)の置き土産か。いいだろう、余は現竜神、金國祖オウセイシ。貴様らの言葉でいうところの――魔王也。何も知らぬ無知で哀れな勇者よ、我を殺しに来たのだろう? 相手をしてやろう”


 そういって黄金の竜は口を開き――。

















「って――危ねぇ危ねぇ。おはよう、おめでとう。そして残念だったな」


 目の前の映像が消え、いきなり目の前に三十歳程の男が現れた。


 そして自分が何処か分からないが、木造の家にいて応接間の様な所で椅子に座っている事に気付く。 慌てて自分を確認するとなんの傷もなく普通の服でちゃんと自分がいた。しかし一体これが何かは全く分からない。


「いっ、一体今のは――いや、それよりあなたは」


 だがそれより目の前の男の顔に見覚えがある。

 この何処となく“幸薄そうな顔”は確か――。


「そうさ。初めまして我が子孫。俺はかつて異世界よりこの世界に召喚された村松アキラ――いわゆる勇者だ。そして俺はその記憶を封印したもの」


 どう見ても彼は髪の毛の色だけ変えた、俺の顔だった。



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