9月27日 ウェイトレスな私
9月27日
前の手紙でお知らせしたとおり、喫茶店のアルバイトの面接を受け、無事通りました!特別な能力が必要なわけではない代わりに人間性が重視されると思っていましたが、私みたいな学生でも大丈夫でした。メガネを外したからかな?かけたままだと、『なんて陰気な子だろう!ただでさえ暗い店内なのに、この子がいると店内の光がさらに暗くなって前も見えなくなってしまうじゃないか!』なんて思われたかもしれませんね!
なにはともあれ、おとといから私は喫茶店のウェイトレスになりました。マスターはとても優しい人柄です。おまけにユーモアに富んでいます。これからクスクス笑う機会が増えそうです。また、ここは大学の近くの喫茶店なだけあって、マスターはこれまでもたくさんの学生アルバイトを雇ってきたらしいです。私のような小娘の扱いにも慣れているようで、のびのびと過ごせそうな予感がしています。
マスター曰く、学生の持ち味をそのまま生かすことを心掛けているとのこと。何年も前には、低くてしかもよく通る、とてもいい声をした男子学生のアルバイトがいたらしく、その人がいたときだけカウンター席が高級ホテルの受付みたいになっちゃったようです。マスターは真剣に『彼がいる日だけ、コーヒーの値段を上げてみようかな』なんて考えたみたいですよ。さて、私がいる日のコーヒーは値段が上がるでしょうか?いや、上げて見せます!そうすれば私の給料も…
それにしても、私の持ち味って何だと思いますか?小さい頃、そろばんをやっていたので計算は得意です!そうか!レジスターがなくてもお会計できますね!
せっかくなので、昨日お店にやってきた一人のお客さんについてちょっと書いてみます。
その人は、私と同じ大学の医学部の学生でした。注文を頼まれたのでその人のいる二人掛け用のテーブルに向かうと、彼は専門書を鞄から取り出すところでした。そのとき背表紙がチラリと見えたのです。「○○解剖学」という本だったので、医学部生だとわかりました。同じ大学だと思ったのは、このあたりの大学で医学部があるのは私の通う大学だけだからです。
彼は、ブラックのホットとプリンを一つ注文しました。少しして準備ができたので、私はコーヒーカップとスプーンをカタカタ鳴らしながら、テーブルまで向うと震える手でコーヒーとプリンを出しました。彼は、「○○解剖学」に目をやったまま、小さく頭を下げて礼をしました。カウンターに戻る前に、空いている席のテーブルを布巾で拭いたのですが、その間彼の飲む様子を見ようと体を少し彼の方に向けました。もちろん彼を見たかったのではなく、私の出したコーヒーとプリンの行方を見届けたかったのです。しかし、私がテーブルを拭いている間は、彼はコーヒーにもプリンにも手を出しませんでした。なんだ、つまらないなと思った瞬間、彼はカップを手に取り、口に近づけました。そして、湯気の立ち上るコーヒーに2、3回ふうふうと息を吹きかけたのです。湯気は、コーヒーの表面に吹きかけられた息によって根っこから掻き消えました。しかし息を吹きかけ終わると、彼はコーヒーを飲むことなく、そのままカップを皿にカタリと置きました。「なんだ、猫舌じゃん!」きっと賢いのであろう医学部の学生の「弱点」を見た私は、なんだかとてもほのぼのとした気持ちになって、しばらくの間横目で彼を見ていたのでした。きっとその間、私は小さく微笑んでいたのだと思います。私の様子を見たマスターも、心なしか笑っていましたから。