異世界で交通事故をやらかす
10分ほど電波じみた発言を繰り返す彼女"リリス" の話を無理やり聞かされる羽目になり、
彼女の話した内容ははいかにもファンタジーよりのゲームや冒険譚にありがちなものだった。
興味のない「設定」を聞かされるのは勘弁して欲しいものである。
何やら向こうの世界"リール"では、カイドー暦53年に突如現れた魔王フリーズが魔族や魔物を従え、魔界の領地拡大を狙い、人間の住む領域に侵攻して来たのだという。
魔族は恐ろしい力を持つ肉体・魔術・呪いにより、訓練された王国の兵士でも5人掛かりで、かろうじて倒せるくらい強さを誇り、
また魔族の使役する魔物は単独は絶対に挑むなと言われるほどのものらしい。そんな魔王軍の兵およそ666万が彼女らが住んでいるユニバ帝国の王都アゼルを攻めると戦線布告してきたらしい。
宣戦布告を受けた人間サイドは、ユニバ帝国とサーミ帝国の帝国兵に併せ、ヤーマサ・オズミー・ケピー・ダイトロンの近隣諸国から集めた義勇兵を含め、
1200万と数では勝るものの戦力的にはとても勝負になるものではなかった。
そこでカイドー暦のはじまりとなった年、53年前からユニバ帝国の一部の皇族関係者のみに伝えられている勇者召喚の"周期"があるらしく、
リリスはユニバ帝国とサーミ帝国の繋がるフェス街道に勇者が現れる前兆があると神託があり、巡回していたらしい。いつもなら馬で1日程度駆ければ、
サーミ帝国までつくのにいつまで走っても着かない事に異常を察知し、来た道に戻ろうにも途中で水を飲ませていた馬が逃げ出し、
どうにもならないところで徘徊していたらこの場所に辿り着いたのだという。
「で、リリスさんは異世界に迷い込んだ倒れているところに偶然助けた俺が伝承の勇者と思っている訳だ?」
「ええ、そうです。」
「理由を伺ってもいいかな?」
「伝承では異世界に迷い込んだリール世界の人間は、異世界側の人間との邂逅で空間に歪みが生じ、元の世界に送られると言われています。
この際、リール世界の人間が異世界の人間の手を掴むと魔方陣が展開されて…。」
おい、凄く嫌な予感がしてきたぞ…。まさかとは思うが向こうの世界にお持ち帰りされるとかないだろうな。
彼女から遠ざかろうと距離をとろうとするが、手をしっかりと掴まれてしまった。
「リールの世界に行けるみたいですよ?」
「イイエ、ケッコウデス。」
「いやいや、遠慮せずにどうぞどうぞ~。これも人助けだと思って~。」
「おい!こらっ、やめろ!掴むんじゃない、むこうに連れて行こうするんじゃねえええ!」
周りの景色が絵の具を混ぜ合わしたかの様にぐにゃりと歪み、突如現れたブラックホールの様な空間に吸われたところで俺の意識を失った。
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ドスンとベッドから転がり落ちたような感覚が体を襲う。恐らくこの感触は土の上だろう。
瞼を開けると目がチカチカして、周辺の状況が理解できていない。が、生い茂る草や林、土の匂いがする。
昔、父方の実家に行った「婆さんの家の庭」の様な懐かしい匂いがした。バアちゃん元気にしてるかな。
ようやく視力が回復し、改めて周辺を見渡してみると、パッと見では林の中にいるようだったが、人の手によって整備がされた道のようだった。
勿論、現代の先進国が整備している道路と比べるのはナンセンスな話ではあるが、人が手入れを行い、
また馬車などが頻繁に通っていないとここまで綺麗な道はできないだろう。恐らくそれなりの交通量はあると思われるが詳細は不明だ。
周囲を見回しても緑々とした木々と一本道しかない為、どちらに行けば街や村に着くのかもわからない。異世界に連れて来られた犯人も見当たらず、
どこを目指してあるけばいいのかもわからない為、しばらく呆然としてしまったが、日が傾きかけており数刻で日が沈んでしまいそうなので、とりあえずその場から移動した。
「はあ…、なんでこんな事になってるんだか…。」
現在の時刻は午後5:30 摩訶不思議なテレポートを体験し、移動先は林道。助けを呼ぼうとポケットからスマートフォンを取り出したが圏外。
地図アプリを起動してGPSで現在地を確認しようとしたが、エラー表示が出てしまい現在地が不明。平太が契約しているプランでは海外でも使用できるスマートフォンのはずだが、
それも圏外でネットも電話も繋がらない。
バッテリーは70%もあるが、スマートフォンのバッテリー持ちが悪いのは判っているので、長持ちしても明日には切れてしまうだろう。
もし、ここがリリスの言っていた異世界"リール"であるなら、スマートフォンは使いどころがなくなって困るなと、
本来異世界に召喚(拉致?)されてそれどころじゃない!と喚きたいところだが、その場に留まるのは悪手だと思い、とりあえず人を姿を見つけるため走り始めた。
「うん…?なんか身体が軽いような、踏み込む力がやけに強く地面を蹴れる感じが…?」
走り始めて5分ぐらいしてから、身体の様々な違和感を感じ、戸惑いが生じた。息切れを起こさないのだ。
ここ最近、運動らしい運動を行っていなかったので、ちょっと走っただけで息切れを起こすと思っていたのだが、5分以上を結構なペースで飛ばしても息切れがしない。
最初は意識していなかったが、ペースアップも自分が想定していた以上にできるようになり、自転車を漕いでいる速度から原付並みの速度を出せるようになっている。
さらに足に力を入れれば入れるほど、トランポリンの上を走っているような感覚に陥り、かえって走りづらくなりなる次第だった。
途中で足が縺れてコケそうになったが、スキップするような地の蹴り方で加速と姿勢の維持が楽な事に気づき、
最終的には平太は時速80km相当のスキップしながら馬車道を疾走していた。
平太が恐ろしい速度でスキップしはじめてから15分ほどして、少し緑が薄くなった丘陵を越えると城下町が目に入ってきた。
まだ距離はあるものの、あと五分も進めば恐らく町の入り口にたどり着けるだろう…。
突然異世界に召喚されるという異常事態と人通りが見受けられない馬車道を走り抜けていた影響があったせいか、注意が散漫おり…
疋強 平太は生まれて初めて「自分が人を撥ねる」という交通事故を起こしてしまう。