3.面倒くさい事に巻き込まれたようだ。
うおおお!? と、心の中で声にならない声で絶叫しつつ
瞬時に自分が置かれている状況を全力で理解しようとする俺だが
こんな状況を経験した事がないので非常に焦っていた。
平和ボケした日本人は危機感がなさすぎると外国人には呆れられている話を聞いた事があるが、
自分はそんな物騒な事に巻き込まれないだろうと思い込んでいた。それは自分や知人には関係ない話だと。
まさか自分がこういうトラブルに巻き込まれるとは!
身体が硬直し、動悸と目眩が起こり、この場から逃げ出したい焦燥感に駆られる。
あれは人の死体ではないのだろうか?事件に巻き込まれた被害者?それとも事故よるものだろうか?
「人が倒れている不気味さ」に呑まれ、行動を起こすができない。
それくらいに眼下の光景はあまりにもショッキングすぎた。
とりあえず落ち着くんだ!焦っている時こそ、一度状況の整理をしよう!
状況の整理ができなければ、自分が今何を優先すべきなのかわからなくなる。
懸命に落ち着こうとするが、パニックのあまり中々落ち着くことができない。
人が倒れていれば呼びかけて介抱する。
危険な状態だったら誰かに助けを呼びつつ、救急車を呼べばいい。
落ち着いてさえいれば、そう難しい事ではない。
意を決して、倒れている人に声を掛けようと思った時にソレは呻いた。
「うぅぅ…、お腹空いたよぅ…。」
ぎゅうううぅぅぅと音が辺りに鳴り響く。
それはアニメのSEにも負けじ劣らず、とても良い音だった。
聞こえてしまったこちらが恥ずかしくなるほどに。
張りつめていた空気が一気に弛緩する。
なんだろう、酷い茶番のような感じは…。
「お姉さん、かなり辛そうだけど大丈夫か?ここで座っていると(倒れていると)他の人にぶつかっちまうから、
休めそうなところに移動した方がいいぞ。」
俺は感じが悪くならない程度に意識した声色で相手に話かけると、
相手は音がなりそう勢いで首をこちらに振り向いた。
「人っ!?人がいる!?さっきまで誰もいなかったのに!!」
「おっ、おう…。俺はたまたま通りがかっただけだが…。」
「お願いします!なんでもしますから、食料を分けてください!あと飲み物もっ!」
パッと見では20歳ぐらいだろうか。
最初は髪を金色に染めている人だと思ったが、どうやら地毛らしい。少しくすんでいるが、根元から毛先まで金色だ。
外国人特有の整った顔立ちだが、空腹のせいか困り顔になった彼女は眉間に皺が寄り、少し可愛らしく見えた。
やたら日本語が流暢だったので日本育ちの可能性もあるが。
食ってかかる勢いで距離を詰められ、物凄い勢いで肩を掴まれた。
女性とは思えない程の力でギリギリと力を入れられ、その腕は万力で挟まれたかのように外れない。
余程必死なのだろう、目力も強くなり、ちょっと怖くなってきた…。思わず目を背けてしまう。
ふと目を背けた先に自分の左手で握っていたビニール袋が目に入る。
つい先ほど余りメダルで交換したあんパンとジュースだ。別に大した物でもないし、譲ってもいいか。
「菓子パンとジュースで良ければ要ります?大したもんじゃないし、宜しければどーぞ。」
彼女に左手の袋を渡そうとすると怪訝な目で見られた。
ホールが使うビニール袋には会社名などが記載されていない物を使う場合がある、
スーパーやコンビニの袋でない事が気になったのだろうか?
彼女はしげしげとビニール袋に興味を持ったように覗き込み、
袋の中に入っていた菓子パンと飲み物を取り出した。
「えっと、初めて見る袋ですね。これどうやってあけるのでしょうか?」
うぅん?え、今この子なんて言った?ビニール袋やラップ包装を初めて見た?
ラップ包装されたあんパンとペットボトルのカフェオレを手に取りながら、
物珍しいと見るように観察しながら開け方を探しているようだ。
余程、俗世から隔離されて箱入り娘として育てられないと普通はこうもならないだろう。
俺は世の中にはこういう人もいるんだなぁと適当に解釈しつつ、彼女の手からあんパンとカフェオレを取り上げて袋をあけてから再度渡した。
「はいよ、開けたよ。安物だから口にあうかはわからないけどね。」
「あっ、ありがとうございます…。」
暫く食べ物を口する事ができなかったのだろう。彼女は目を細めながら、黙々と食べている。
声にならない声をあげながら、一口咀嚼するたびに幸せそうにしている。そんなに美味いのかあんパン…。
喉の渇きを潤すためにカフェオレを飲むにいたっては、口に含んだ瞬間に驚いたように目が見開かれていた。
外国人って感受性豊かだから、表現が若干過剰にな傾向あるよなぁっと
聊か失礼な事を考えながらも彼女が食べ終わるまで近くにあったベンチで腰掛けて待つことにした。
「あの、ありがとうございました!とても美味しかったです!」
食事というには少し粗末な気がするのだが彼女は満足したような感じだったが、
すぐに表情が少し暗いにものになる。
「こんなに柔らかくて生地にすらほんのりと甘みがあるパンは初めて食べました。
しかも中身には甘豆の煮つけをこした餡を挟むなんて、帝都で買われた高級店の御品ですよね…?
飲み物も冷えた牛乳に僅かな苦味を加えた香料を混ぜたものなんて、貴族が飲むような嗜好品だと思います。
あいにく旅路の途中で路銀が心許ないので、これで足りるかどうかわからないのですか…。」
彼女は財布のようなものを取り出し、銀色の光を放つコインを2枚ほど取り出した。
そのコインはまるで歴史の教科書に出てくるような中世ヨーロッパの銀貨のようで、
美術や図工にに心得がある学生がデザインしたようなものだった。中央には髭面の男性が描かれている。
「あー…、えーっと、すまない。ちょっと待ってくれ。さっきから理解が追いつかないんだが、お姉さんどこに住んでいるんだ?
先ほどから酷い違和感をヒシヒシと感じているんだけど、あんパンやカフェオレを見た事がなかったり、貴族とか言ったよな?
現在の日本において貴族なんていないぞ。あとその硬貨はどこの国のものなんだ?整形はされているようだけど、成型加工された硬貨じゃないだろ。」
最初は気にしていなかったが、よくよく見ると彼女の服装も少し特殊だ。演劇で見る旅人や吟遊詩人が着ているような服装だ。
オーバーは特徴的なデザインの緑と茶色の組み合わせ、胸元の茶色はもしかして皮かアレ?ボトムはチノパンっぽいからさほど気にならないが…
あんまり女性の体をじろじろ見るのも失礼だし、相手の顔を見るように目線を戻して話すと彼女は次にトンデモない事を口にした。
「ニホン?ここはユニバ帝国の帝都ではないのですか?生まれはメーイシー地方ので、一応帝都の民ですが。」
ユニバ帝国?メーイシー地方?帝都の民?この子は何を言っているのだろう。
これはアレか、ラノベの読みすぎかゲームのやりすぎて【仕上がった人】の最終形態なんだろうか。
面倒なニオイがプンプンしはじめたぞ…。ここは適当に話をあわせて、離れたほうがよいのかもしれない。
「悪いが、俺はそろそろ帰らないといけないんだ。道に迷ったならそこに検問所があるから、衛兵の人に聞くといい。」
俺は交番を指さして面倒ごとは全てお巡りさんに擦りつけようとした。ある意味間違った対応ではない。
体内の危険センサーがシグナルが全力で警鐘を鳴らしている。コイツはヤバイ奴だ。すぐに逃げろ、まともに関わるなと。
申し訳なさそうな顔をしながら、その場を去ろうとした。
「そもそもこんな街づくりが見たことありませんし、こんな異様に高い建物が乱立しているのがおかしいです。
街道を歩いていたら霧が濃くなって彷徨っていたんですよ。検問所を通らずに、いきなり街に着くのもおかしい…。
まるで異世界に迷い込んだ居るような…。」
彼女がブツブツと独り言を言い始めたが、俺にとっては電波なセリフを延々と喋ってる人にしか思えん。
ここはさっさとズラかるべきだと判断し、逃げるのコマンドを入力する…が。
腕を掴まれてしまった。ガシっと、力強く。ていうか、力つよっ!ビクともしないんだけど!ビクともしないんですけど!
「待って下さい!何故逃げるんです!?」
「いや~、ほらネ?若い女性が中年にさしかかってるオジさんと話するのは、変な光景じゃないか?
事案にされて通報される前に退散しようかなぁっと」
と言い訳してみたが、その理屈では食べ物を与えて観察していた事はどうなのだと指摘されてしまう。
チッ、やけにするどいぞコイツ。行き倒れていた癖に頭の回転が早いようだ。
そして自分でオジさんと言ってて少し凹んだ。
「しかも途中から目つきが変わってますよ!何か珍しい物を見る目から、面倒な物を押し付けられた様な目になってる!」
事実すでにメンドクサイ状況である。すぐにでもこの場を逃げだしたい。