本部から視察が来るそうです。
三バカを入れたゴミ箱を外に出し、どうやっておバカな上官をからかってやろうか考えながら部屋に戻ると、うーむとうなり声を上げながら珍しく額にしわを作る上官がいました。
「どうしたんですか? 顔がブサイクですよ」
「ビャクヤ、これを見てくれ」
軽いジャブを無視されて、ペラリと渡された一枚の電信。
「えっと、なになに? ――……ええッ!? 三日後にソクソマハーツ支部に本部視察が入るんですか!?」
「うむ。どうもそうらしい」
「しかも担当視察員が『キビスィー・シセーン』氏!?!? めちゃくちゃ大変なことになってますよ!?」
「誰だ、その面白い名前は」
それは治安局が定期的に行っている視察巡回。
治安局への要望書、実施した計画書、犯人検挙記録等、挙げればキリがないほどの書類を子と細かくチェックし、局員の勤務状況を把握し、支部長へ注意喚起をするこの巡回。
別名:閻魔の視察とも呼ばれるこの視察は非常に目が厳しく、内容によっては局員全員が減給を食らってしまうほどの恐ろしい恒例行事なのです。
さらに言えば担当視察員が、あのキビスィー氏。
彼は視察員の中でも視線が飛びぬけて厳しいと有名で、彼が視察した支部の半数以上が全職員減給処分になったという伝説の視察員なのです。
「いつもなら一ヶ月前に告知が入るというのに、どうして三日なんでしょうか?」
「さてな」
「何をのんびりしているんですか!? 超ピンチですよ、これ」
「え? なんで?」
「考えたらすぐに判るでしょう!? 今回の視察員は影で魔王の生まれ変わりだと噂されるキビスィー氏で、視察対象はうちのステイリィなんですよ!? バカで有名なステイリィを、魔王が視察するんですよ!! もうこの世はラグナロクですよ!?」
「おい。呼び捨てするな。私偉いんだぞ」
「もうお終いですよ!! 見てくださいよ、この一切サインの為されていない書類の山々!! あの三バカのこともありますし、支部長室には私物のウェイルグッズで埋め尽くされているんですよ!? そんなところを見られたら上官、間違いなく減給くらいますよ!? 大ピンチじゃないですか!!」
「何言ってんだ。こいつは逆にチャンスなんだぞ?」
「……はぁ?」
「何言ってんだ?」ってのはむしろこっちのセリフなのですけど。
「もしこの変な名前の視察員に私が酷い評価を受けてみろ。するとどうなると思う?」
「そりゃ全員減給だけで済む話じゃないでしょう? 最悪支部長である上官が――あっ」
「ようやく気づいたようだな!!」
腕を組みニヤリと笑みを浮かべたステイリィは、突然机の上に立つと高らかに宣言した。
「私は今回の視察、甘んじて最低評価を受けようと思う!!」
誰もが絶句する中(こっそり戻ってきた三バカからは拍手が上がったが)、ステイリィ上官がイソイソと机から降りてきた瞬間、私は彼女の頭に「アチョーオワアアア!!」と奇声を上げながらチョップを振り下ろしたのでした。
「ふぎゃ!? わ、こら、何をする!?」
「ふざけるんじゃないですよ!! 貴方のせいで私達の給料まで下げられては堪ったもんじゃないです!!」
そうだそうだと周囲からもブーイング殺到。
しかし上官は不適に笑みを浮かべるだけでした。
「フッフッフ、その辺に関しては心配するな。策はある。断言しよう。今回の視察で評価が下がるのは、私一人だけだ」
「一体どうやって?」
「簡単だ。普段の私とは似ても似つかないが、私が暴君となって支部を私物化しているように見せればいいんだ!! お前達は被害者。私は加害者。ほら、これなら大丈夫だろう?」
「いつもどおりじゃねーか」
「こら、そこのデブ、何か言ったか?」
「死んでくださいと言ったんです」
「そうか。それならいい。どうだビャクヤ。ぐうの音も出まい」
「グーの拳なら出したくなりましたけどね」
つまり簡単に言えばいつもどおりの支部の様子を見てもらえばいいわけです。
実際彼女以外の職員は皆きちんと仕事をしていますし、見られてはまずいものも全ては彼女の私物。
ならば確かに我々にはあまり影響はなさそうです。
「理解しました。流石上官。このチャンスをものにしましょう」
「当然だ。降格するためなら何だってやってやるさ!」
実に清清しい笑顔の上官ですが、その目的が目的だけに笑いしかこみ上げて来ませんでしたとさ。