学校ぶり
私の初めての家庭教師の先生は、おじいちゃん先生でした。
「紗月ー、もうすぐ家庭教師の先生来るから準備して」
一階からお母さんの声が聞こえた。
マジか。
読みかけの漫画を勢いよく閉じた。急いで漫画を本棚に戻そうとしたが、高い本棚には背伸びしても届かず、ぴょんと跳ぶとやっと入った。一つ息を吐いて部屋の扉を見る。生まれて初めて学校の担任意外に先生を持つ。そのことに不安と期待が入り混じって、胸がざわついていた。私が把握しているのは性別と年齢。男の人で、歳は私の三つ上。若い。
若いのは嬉しいな、うん。年が近いと親しみやすいかもだし。
はっとして、頭を振った。
そうじゃなくて。問題は、異性ということだ。そうなると若いのも問題だが、何よりの問題は私の部屋に上げるということだ。その後に一時間半も二人っきりというのもとにかく最悪だ。
綺麗に掃除した部屋を見渡し、しわ一つない布団に駆け寄りダイブした。そのまま顔を布団に埋める。
「むり…」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
目を見開き、勢いよく体を起こし姿勢を良くして「はい!」と言った。
「紗月?どうしたの」
扉の奥から顔をのぞかせたのはお母さんだった。ほぅと息を吐いて、力なくベッドに座り込む。
「お母さん…やめてよびっくりした…」
「なに、緊張してるの?紗月にしては珍しい」
「うるさい。よーけんはなんですか」
「あーそうそう。お母さん今から寄り合いあるからさ」
「……は」
一瞬で固まった私を見ないで話を続ける。
「先生いらっしゃったら自分でコーヒー出してね。……何その顔」
「…はああ!!?ちょっ……本気で言ってんの?私初対面で二人っきりとか…??」
「仕様が無いでしょー?急に決まっちゃったんだから」
「だって…っ!お、お父さんも帰って来れないんでしょ?」
「うん」
「うんって…!お母さんはいいの??大事な娘を見知らぬ男と二人だけにさせちゃっても!」
「まぁ…心配だけど。彼女もいないみたいだし」
「やばいじゃん!!なにそれこわすぎでしょ!?」
「うーん…」
ちらりとお母さんの視線が腕時計に移る。目を見開いてまじまじと文字盤を見た。
「もうこんな時間!」そう言って扉を閉めかけた。
「ごめん時間無い!なんかあったら電話頂戴よ!!いってきまーす」
「ちょっ…お母さん!?」
少し強めに扉が閉まる。廊下を移動して階段を降りる音。しばらくすると外に泊めていた車のエンジン音が聞こえた。
「……うそでしょ」
つい、漏れた。予想もしなかったことに対して。
あまりにも急に不運が舞い降りた。じっとしていられなくなり、立ち上がって部屋を歩き回る。
どうしようどうしようどうしよう。家族には強がってるけど結構人見知りなんだけど。それも異性とか論外すぎるでしょ。
その時、車のエンジン音が家の前まで近づき止まった。
「ひいっ」
心臓が跳ねあがった。
そして聞こえるドアを閉める音。すぐにインターホンが鳴る。
「きたきたきたきたきたきたぁぁ……!!」
その音しか聞こえないくらいの大きさで心臓が鳴る。
どうしよう。と思ってももう玄関から出るほか手段が無い。
「い…行かなきゃ…」
ゆっくり自室から出て、ゆっくり階段を一段降りる。屈んで覗いてみると、ドアの磨りガラスからは何やら黒いものが見える。スーツだ。
「いるいるいるいるいる…っ」
勇気を出して階段をもう一歩降りようとすると、またインターホンが鳴った。
「ひっ…!」
びっくりしたが叫び声は小声で抑えられた。
マッテラッシャル…。
唾を飲み込み、遂に一気に階段を降りた。素早く玄関の鍵を開け、勢いに乗せて言った。
「こ、こんばんわぁ!!!」
恐る恐る目を開けると、目の前には凄く見慣れた顔があった。
「こんばんはぁ、紗月~」
「お…岡田…先輩?」
二人目は大学生のお姉さんで、授業以外でも仲良くさせてもらってます。